Legend of Tipaland 第4章
第3章のアルの足跡
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そして〝勇者〟を載せた人工の翼を持つ鋼鉄の巨体は
薄いオレンジに輝く明るい球体を胸に抱きながら。
「まもなく亜空間の理論壁面。突破します、衝撃に備えて」
賢者の一人がそう呼びかけ、全員が衝撃に備える。そして、〝艦内〟が激しく動揺し、全員の視界がブラックアウトする。
* *
《2007/Cancer-11 南西州-ドラゴニア平原》
「アマツカゼ クモノカヨヒヂ フキトヂヨ ヲトメノスガタ シバシトドメム」
フードの少年が短い神聖語の詠唱によって膨大な風を発生させ、こちらに立ち塞がろうとしたライガーを全員纏めて吹き飛ばす。
「さぁ、行きましょう」
「すごいもんだなぁ、ミアって言ったっけ?」
「それ、ボクの事ですよね? ミラです」
ジルが感心して頷くのに対して、訂正を入れるフードの少年、ミラ。
「名前を間違えるなんて失礼だよ、ジル。だいたいミアって、女性の名前じゃないか」
「悪い悪い。声が可愛いし、たっぱもちっちゃいから、ついな」
アルがジルを叱るが、ジルはあまり反省していないらしい。
「そんな事より、再びドラゴニア平原に戻ってきたが、この先に目的地があるのか?」
「はい。といっても、目的地は森に埋もれていて位置を見失いやすいので、一度、ポトフまで移動し、そこから再出発する形になるかと思います」
スペンスがジルとアルのやり取りをスルーして、ミラに今後の予定を確認する。
「なるほどな。ポトフってのは確かドラゴニア平原の南にある集落だったか?」
「そうだよ。ドラゴニア平原の豊富なサーキュレタリィリソースを利用した農業が盛んな集落でね。秋から冬にかけては収穫物を使って作る、ポトフって料理が有名なんだよ」
「ほぉー、食べてみたいもんだな」
「今はまだ初夏だけどね」
「もうキャンサー・イレヴンだぜ? 十分夏だよ夏」
「どのみちまだ食べられる季節じゃないよ……」
そしてそのままアルに地理情報を訪ねる。ジルがチャチャを入れる。余談だが、キャンサー・イレヴンは、「キャンサー月」の「イレヴン日」と言う意味になる。これは人神契約語、私達が認識している所の英語なので、日本語に訳すと「蟹月11日」という事になる。さらに私達のなじみ深いグレゴリオ暦に訳すと、7月2日である。日本と気候状況が一緒というわけではないだろうが、ジルの言う通り、そろそろ初夏というよりは夏と言っても良いかもしれない。
「しかし、ミラのおかげで本当にすいすい進むなぁ」
「ここは空間魔力も多いから、魔術はほぼ無尽蔵に使えるし、強い魔術師にとっては理想的な環境ね」
また、ミラがライガーを吹き飛ばして道を開け、スペンスとラインが感心する。
「もうすぐポトフだね。でもなんか様子が変かな?」
「ん? どう変なんだ?」
「ドラゴン除けが反応してない」
アルが違和感を覚え、ジルが聞き返し、ラインが答える。
「畑にワイバーンが!」
「いえ、あれはハイバーンよ。草食の翼竜型ドラゴン」
「そんなのいるのか」
一同が、走ってポトフに向かうと、畑を襲うワイバーンが目に入った。ラインによればハイバーンという種類らしい。
「なんであれ住民を困らせる生物は撃退しないと」
「よっしゃ、とっとと倒すぞ!」
「気を付けて、ハイバーンは!」
ジルが槍を使ってジャンプし、一気に頭部のクリスタルを狙う。
頭部のクリスタルがきらめき、突風が発生し、ジルが吹き飛ばされる。
「風属性の魔法を使う、って言おうとしたんだけど、遅かったみたいね」
「いてて……。どうする? 風対決か?」
吹き飛ばされたジルが立ち上がりながら、ミラを見る。
「同じ力をぶつけあっても仕方ないよ。ライン、どうすれば奴ら撤退する?」
「ハイバーンは本心では臆病な奴らよ、風による防御を突破して傷をつける事に成功すれば、それには挑んでこなくなる」
「なら、雷で!」
ミラが右手を前に突き出して、雷を発射する。熟練した魔術師ゆえの、ほぼ無詠唱での魔術発動だ。
しかし、ハイバーンの風の魔術がそれを防ぐ。
「くっ」
「ハイバーンの風は低空を飛行する時に飛んでくる邪魔なものを弾き飛ばすための魔術だから、だいたい飛翔物は通じないわ」
「んでも、近づこうにも吹き飛ばされるんか、厄介だな」
ラインの解説にジルが愚痴る。
「アル、アンチマジックシールドは?」
「もう砦に来た時点で使い切ってたよ」
「マジか」
ジルはアルの愛用している防御魔術を思い出し尋ねるが、読者の皆さんはご存知のように、それは一章の時点で使用されてしまっていた。
「というか、こんな事をしている場合なのか? 俺達は早くルプスの研究所に行かないとならないんだろう?」
「そうだけど、コンクエスターとして困っている人を見逃せないよ」
スペンスがそもそも、ハイバーンを倒す為に時間を取っていいのか、と問うが、アルは即答する。
「そうだ、ジル、君のウィンド・プレッシャー・チャージをミラや僕がさらに加速させたらどうだろう?」
「悪くない案ね、それで行きましょう」
「えーっと、ボクはそのジルさんの技を見た事は無いんですが……」
「大丈夫だよ、ミラ。僕の魔術行使に合わせてくれればそれでいいから」
「いや、俺の意見を聞けよ!」
「え、ジルは断らないでしょ?」
「や、断らないけどさ……。なんか信頼されててうれしいんだかなんだか、複雑だな」
ジルが槍を構える。
「行くよ、ミラ」
「はい、アルさん」
「ウィンド・スプラッシュ!」「アマツカゼ クモノカヨヒヂ フキトヂヨ ヲトメノスガタ シバシトドメム」「
ジルがいつもより膨大な風に吹き飛ばされる。
「ジーザス!! こりゃきっついな……」
ジルが人神契約語で神への祈りを意味するらしい言葉を叫びながらすっ飛んでいき、ぐっさりとハイバーンに突き刺さる。
「やった!」
ハイバーンが大きな鳴き声を上げて、撤退していく。刺さったままのジルを連れて。
「あ」
と声を上げたのは誰だったか。
「トニング!」
そして、ラインがドラゴンを呼び出し、飛び乗って追いかける。
「私がアイツを引っこ抜くから、みんな受け止めて!!」
と、ラインが無茶を言ったので、慌てて他のメンバーも追いかけていく。
「ありがとうございました。コンクエスターさんに依頼していたのですが、フォトンライナーが来れないという事で」
「みたいですね。力になれて良かったです。本部には僕らから報告させてもらいますので」
「ありがとう。あ、これよかったらうちの野菜を持ってって」
「わぁ、ありがとうございます。それでは、急ぎますので」
「お気を付けて」
集落の人々から感謝されつつ、アル達はミラの先導の元、移動を再開する。
「ところで俺、徒手空拳になっちまったんだだ、どうすんだ?」
「目的地まで到着すれば、あとはルプスまで一気に移動できるはずですから、心配ないです。それまでは、皆さんに守ってもらってください」
ジルの槍は今、ポトフの農場に突き刺さっている。ハイバーンの血のついた武器に、ハイバーンは近づきたがらないし、ドラゴンは違う種の匂いを警戒する習性があるため、他の種の血があると近づかなくなる。あの槍は、ポトフを新たに守るための武器となったのだ。
「それにしても、波動みたいなのが飛んできて、ドラゴン除けがはがされたってのはどういう事なんだ?」
「分かんないなぁ。あのドラゴン除けは随分前に誰かが残していった魔法らしくて、もう資料がほとんどないらしいからねぇ」
歩きながら、ポトフで得た情報をまとめて思案するアル達。
「それと、やっぱりコンクエスターは足止め食らってるみてぇだな」
「うん。特に南西州はコンクエスターを排してハンターって人達が出張ってるけど、雲霧林にまでは入りたがらないから……」
「ポトフみたいな雲霧林の奥の集落は大困りってわけだ」
「うん、事態の収束を計らないとね」
一行は改めて事態の重要性を認識する。
「魔物の大量発生、一部魔法の無力化……。なーんか、聞いた事あるような気もするんだがなぁ」
「ジルがそういうの知ってるなんて珍しいけど」
「ひでぇな。とはいっても、聞いた事あるな、ってくらいで全然思い出せねぇよ」
「あ、見えてきました」
と、ミラが指さした先、そこは雲霧林の抜けた先。この地域に数ある遺跡の一つだった。
「確か、聞いた話だと、この辺に……」
ミラが、柱の一つをいじって、そして、ガコンと階段が出現する。
「ほぉ、レリックの類か」
レリックとは、神話の時代に作られた遺跡の事を指す。あるいは、今の時代ではそんな遺跡の中にある再現不可能な技術の事を指す場合もあるが、この場合は区別の為、レリック・テックと呼ばれる。
「さ、中へ」
ミラに誘われ、中に入っていく一行。
「うわー、ひっろー……い」
そこにいたのは、ドラゴンだった。それもとびきり大きな。
「え」
「全員、退避!」
ドラゴンが息を吸う。遮蔽物がないこのエリアでブレスを防ぐ方法がない。急いで、階段を駆け上がる。幸い、階段は人間サイズで、登ってくる事はなさそうだ。
「なにあれ!?」
「ここを守るために飼いならされてたドラゴンでしょうね。正規の人間であれば通れるのかもしれませんが……」
「いえ、額のクリスタルが鈍く濁っていた。あのドラゴンは〝堕〟ちてるわ」
ラインが訂正する。
「どういう事ですか?」
「ドラゴンは額のクリスタルからサーキュレタリィリソースの供給を受けて力を使う。けど、何らかの要因で、クリスタルが濁ると、それが停止し、未知の手段で動く、謎の怪物になる。そうなると、私達竜使いでも飼いならせないし、何より、元のドラゴンより何倍も強力になるわ。私達、総力でも勝てるか分からないわね。〝堕〟ちたドラゴンは、コンクエスト発令レベルの強さがあるから」
ラインの話を聞いて黙り込む一同。
「えぇ、全くその通り、おかげでこの遺跡は、内部のレリック・テックを利用されずに済んでいる、ともいえる」
そこに一人の男が入ってくる。
「あなたは?」
「私は、メルキオール。この遺跡の中のレリック・テックを管理する事を任されたモノ」
「メルキオール……? まさか、トブを作り上げ、戦争を終わらせた三賢者の……?」
ミラが驚いたような声を上げる。
「いかにも。そちらは当代の
「あのー、すまねぇ、話が見えないんだが……?」
「あ、すみません。彼らは」
「そんな話より、今はあのドラゴンをどう倒すかが大事です。何とか一時的にあのドラゴンの動きを止めてもらう事はできないでしょうか? 可能ならその間にトブを起動し、それでドラゴンを撃破できるでしょう」
何がそんな話より、だ。いけすかねぇ奴だ、とジルが小声で愚痴るが、メルキオールは気にする素振りすらなく話を進める。
「そんなに強いのか、トブとやらは。動きを止めるなら、まずは翼だな」
「翼を止めるなら、俺の槍……がねぇんだった」
「むしろジルさんはその速さを生かして、トブの起動をしてもらいたいところです」
スペンスの発言を受けてジルが提案するが、ミラによって違う役割を与えられる。
「それから、そちらのもう一人のコンクエスターの方も、トブに回った方が良いでしょうね」
「アルさんを……? どうして?」
「…………そうですね、艦内が本当に無人かは分かりませんから、彼と一緒に戦える戦闘要員がいた方が良いかと。それで、足止めの方は?」
「うちのドラゴンたち、それから、スペンスのエンチャントでなんとかなるんじゃないかしら。あと、ミラも拘束の魔術とか使えないの?」
「そうですね。できそうです」
「よさそうですね。私はトブのセッティングの為にアル君とジル君に同行しましょう」
「じゃ、行こうか」
アルが宣言し、全員が一気に階段を降りる。
「アサボラケ アリアケノツキト ミルマデニ ヨシノノサトニ フレルシラユキ」
ミラの詠唱で、ドラゴンの足元が凍り付く。
「長くは持ちません、急いで!」
言い終わるより前に、ジルとアル、そしてメルキオールが全力で走る。しかし、それを許すドラゴンではない。息を大きく吸い、炎の吐息を放つ。
「ライト・バースト!」
メルキオールがその短い詠唱で、膨大な光の魔術を発生させ、その吐息を打ち消す。短い詠唱での強力な魔術、彼を「賢者」とミラが呼んだのは伊達ではないらしい、とその場にいた全員が理解する。
「トニング、イグニ、コルド、グラブ!」
次に放たれる第二波のブレスより前に、ラインが一気に四つの三角形を出現させ、ドラゴンを呼び出し、一気に顔面を攻撃し、ブレスの対象を逸らさせる。
バリンと、足の氷が砕け、ドラゴンが自由に動き出すが、スペンスがその足に切りかかり、足を麻痺させていく。
「二人が、部屋に入りました。あとはメルキオールさんだけです」
「ドラゴンが、扉の方に向く! 何としても注意を逸らせ!」
スペンスがそう叫びながら、麻痺付与から攻撃に構えを変えて攻撃する。
「分かってるわ。ラグル!!」
さらにドラゴンが召喚される。肉弾戦に特化したドラゴンが、顔に張り付き攻撃する。ミラもひっそりと、詠唱を開始する。
《2007/Cancer-12 南西州-旧トブバンカー-トブ艦内》
「よし、入ったぞ!」
ジルが叫ぶ。
「浮かんでる大きなクリスタルに触れろ」
一番遅れているメルキオールが叫ぶ。
「あいよ」
ジルがクリスタルに触れる。それは本当に未知の手段で浮かんでいる謎の巨大な結晶であった。
「あれ、何も起きないぞ」
「お待たせジル。これ?」
アルもクリスタルに触れる。
【認証完了。トブ起動シーケンス開始】
アル達には読めない言語で、文字が目の前の空間に表示される。
「うわ、空中に文字が。これも、レリック・テックか……」
「起動したか? ニンショウカンリョウ、トブキドウシーケンスカイシ……。なるほど、起動してるようだな」
そこにメルキオールも駆けつけてくる。
「これ、神聖語なんですか? トブとシーケンス以外、神性文字が無いんですけど……」
「あぁ。これは上級神性文字だな。ともかく操作しよう」
メルキオールがクリスタルに触れる。
正面に外の様子が映し出される。
「とりあえず、私が操艦する。翼の機関砲の制御は任せた」
「え、どうするんですか?」
「まて、今割り当てる。よし。画面にレティクル……丸いアイコンが出てるのが分かるか? それが機関砲の照準だ。で、その制御を……」
クリスタルから、左右にテーブルのようなものが出現し、戦闘機の操縦桿のようなトリガー付きのレバーが出現する。
「そのレバーでレティクルを動かせる。トリガーを引けば、弾丸が出る」
「良く分かんないが、これを使って攻撃しろって事だな?
ジルがレバーを手に持ち、トリガーを引こうとする。
「待て、まだだ。今から発進する、射撃タイミングは言うから、今は照準だけ合わせておけ」
と言いながら、メルキオールがクリスタルに両手で触れる。
「なんだ? 天井が、開く?」
スペンスが攻撃を回避しながら呟く。
「急いで、扉の中に!」
ミラが呟く。
「分かった」
スペンスとラインがそれに続く、が。
「おい、あいつ開いた天井の向こうに飛び上がるんじゃないのか」
「ボクが止めます。先に!!」
ミラが詠唱し、翼を凍り付かせる。スペンスとミラが入った直後、鋼鉄の翼竜が空中に飛び上がった。
「飛んでるのか……」
「撃て!」
ジルとアルがトリガーを引く。翼から魔術で生成された弾丸が機関砲のごとく放たれる。
「他の連中は全員、クリスタルに触れろ。このトブはクリスタルからお前たちの魔力行使力を利用して、弾丸を生成するんだ」
「分かった」
スペンスがクリスタルに触れる。
「私はドラゴンに指示を送るわ」
「それなら、そこの梯子から甲板上に出られる。必要なら使ってくれ」
「分かった。ラインが梯子から登る」
「スペンス、僕と代わって。こういっちゃなんだけど、僕の方が魔術行使力が高い」
「それは道理だな」
スペンスとアルが交代する。
「すごい威力だ。あれだけ切っても平気そうだったのに、怯んでる」
「だが、このトブの最高の武器はこれじゃない。行くぞ……」
鋼鉄の翼竜、その口に当たる部分が開き、三重に魔法陣が展開される。
「主砲を使うぞ。全員魔力を回せ、スペンス君とジル君もだ。属性は……。ちょうどいい、氷だ」
全員が思い思いの氷魔術用の呪文を唱える。鋼鉄の翼竜の口から冷気が飛び出し、急激にドラゴンを冷却し、固める。
「よし射撃再開だ!!」
ジルとスペンスが再び、そこに発砲し、頭部の結晶がついに砕け、その強力なドラゴンはついに倒れた。そして、鋼鉄の翼竜が大きく揺れる。
「主砲用のモジュールが完全ではなかったのか!! くっ、ダメージが大きい。着陸すれば再離陸は困難かもしれないな」
「そういう事なら、ボクの事は置いていってください」
地上の遺跡から通信がつながっていたらしい――アル達にはそんな事は分からないのでただただ驚いているが――ミラが、そう告げる。
「皆さんの目的は、奴を再び封印する事です。そのためには、ルプスの研究機関に行かなければ」
「ルプスの研究機関に……?」
「はい。この結晶の解析をしないと」
「……ふん、なるほどな。なら、彼の事は置いていくしかないか。急ごう、世界の壁を越えて、ルプスへ」
鋼鉄の翼竜は
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