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Legend of Tipaland 第8章

 
 

 

第7章のアルの足跡

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 それから、「世界」は、この世界にドウブツで満ちて欲しいと考えた。
 しかし、それはうまくいかなかった。「世界」に作れるのは動かない人形だけだった。
 そこで、「世界」は世界の外側を飛ぶ光を捕まえて「生」の少女を作り、「生」の象徴として空に明かりを作った。
 世界が生物に溢れれば、慌てて「生」を二つに割って「死」の少年を作り、生命に終わりを与えた。「死」が自身の象徴を欲した時には、太陽が沈む時間を作った。そして、その時間に月と無数の星々が浮かぶようにした。月は「死」の象徴であり、周囲を浮かぶ星々は死した命の名残であるとした。
 ところが生と死はあまりにランダムに起こりすぎるので、そこで「世界」は、再び世界の外側を飛ぶ光を捕まえて、それをまとめられる「運命」の少年を作った。「運命」は一つ一つの命の運びを慎重に決定し、「生」と「死」はそれに従った。
 やがて、「世界」はドウブツ達が安全な一処に止まっていることを不満に思った。自分の世界を余すことなく動き回って欲しかった。だから、「世界」は再び世界の外側を飛ぶ光を捕まえて「冒険」の少年を作った。「冒険」の少年は人々が冒険に出ることを後押しし、そして、たくさんの報酬を与えた。
 冒険に後押しされた人々は世界の外側にまで飛び出すところだった。慌てて「世界」は自分の体の一部を分割し、「重力」の少年を作り、人々は大地に縛られるようになった。
 ある日、「生」「死」兄妹と「運命」、そして「冒険」が喧嘩を始めた。「生」「死」兄妹は「運命」に行動の自由を奪われていると言った。「運命」は「冒険」によって予定を狂わされていると言った。
 どう解決していいか悩んだ末、「世界」は世界の外側を飛ぶ光を捕まえて「調停」を作った。
 「調停」は四人の権限の範囲を調整し、それぞれが自由に動けるようになり、そして神は神を攻撃出来ないと定められた。
 人々は予期せぬ死や、生の誕生を得るようになり、逆に冒険の中で危機にあっても、不思議と助かるようなことも起きるようになった。
 ある日、世界の外側からの来訪者があった。来訪者は恐ろしい外側の技術を使い、世界の人間達を圧倒した。
 「世界」達は彼らを外から来たる技術、外法を用いる魔女だと恐れた。外法がこの世界に氾濫することを恐れた
 「世界」は世界の外側を飛ぶ光を捕まえて「普通」の少女を生み出し、この世界の普通を定めた。これにより、魔女は以前程は自由に力を使えなくなった。
 それからしばらくが経ち、「世界」は今度こそあらゆる問題は解決されたのだと考えた。
 しかし、それでもドウブツ達、中でも一際、人間達は多くのことを望んでいた。そのほとんどは人間達自身さえ頑張ればどうにかなるようなことで、自分達が何かする必要自体はなかったが、悩んだ末、「世界」は世界の外側を飛ぶ光の中でも一際美しく輝く光を捕まえて「願い」の少女を作った。
 「願い」は人々の願いを聞き取り、限定的にあらゆる能力を行使して願いを叶えた。
 ところで「願い」は「世界」の願いをも受けて形作られたが故に、「世界」にとってとても理想的で魅力的な存在だった。
 やがて、「世界」と「願い」は夫婦となった。

 

 そうして、「世界」にとって最も幸福で平和な数百年が訪れた。

 

* * *

 

「「世界」……様……?」
「そうだ。まぁ、信じてもらわなくても構わない。こんなナリの人間に神だと名乗られて信じる方が難しいだろう。だが……」
 「世界」を名乗る少年の言葉が終わるより早く、無数の見慣れない服装の男達が部屋に入ってきて、黒い何かを少年に向ける。
「暗号名「クロゥグア」を捕捉」
「超人研の連中、もう嗅ぎつけてきたか」
 そう言って「世界」を名乗る少年が右手をまっすぐ右に伸ばすと、その先に黒い壁が出現し、その壁にぽっかりとより真っ黒な穴が開き、その穴から一本の剣が出現する。
 柄と刃の間に中央に黄色い宝石の入った歯車のような装飾の入ったオレンジ色の剣。
「ドラゴンソウルソード……?」
 それは神話において「世界」が使うとされる伝説上の精霊武器マナ・ウェポン
 超人研の連中と呼ばれた男たちが一斉に何かから弾丸を連射する。
(なんだあの武器。あんなライフル銃サイズで蒸気機関銃並の連射力じゃないか)
氷よアイス障壁となれシールド
 「世界」を名乗る少年が左手を前に突き出し、そう唱えると、空気中の水分が凝固し、氷の障壁が生じる。
 氷が銃弾を防ぐが、それも長く続きそうにない。
「ゴーレム」
 その間に少年は、剣の装飾の黄色い宝石を押し込む。
 すると歯車の歯のような部分から黄色い光が飛び出してきて、刃部分に触れて消える。
 氷の障壁が砕けると同時、少年は剣を地面に打ちつける。
 すると地面が盛り上がり、人型の巨人へと姿を変えていく。
 氷の障壁を砕いて迫る弾丸が人型の巨人に命中し、地面に落ちる。
「ドラゴン」
 少年はその人型の巨人の背中を足場に飛び上がり、二度剣の装飾の黄色い宝石を押し込む。
 歯車の歯のような部分から赤色の光が飛び出してきて、刃部分に触れて消える。
「はぁぁぁぁぁぁっ! ドラゴンブレススラッシュ!」
 少年は男達の中心あたりに着地し、剣を水平に一振りする。
 遅れて、剣に炎が纏わりつき、その炎が振る動きに合わせて男達に向けて飛んでいく。
「チッ、てっ、撤退!!」
 男達は左手に装着された何かを操作する。するとピンクを主な色とした極彩色の壁が男達の数だけ男達の前に出現し、それが男達の方に移動していく。
 最初、アルはそれを壁を作って防御する魔法だと思った。
 壁と一緒に後退することで、離脱するつもりなのだと。
 だが、後退していく極彩色の壁はそのまま奥の白い壁に接触して消えると、そこにもう男達はいなかった。
「消えた?」
「世界間転移だ。理屈までは知らないけどな」
 少年は静かに首を振る。
「さて、騒ぎになった。追加の討魔師とうましが来る前に、離脱しよう」
「とうまし?」
「説明している時間が惜しい。早く裏側に戻らないとまずい」
 そういうと、少年は右手を水平に伸ばすと、その先に再び黒い壁が出現し、今度は人一人が通れそうな穴が開く。
(世界の壁に似てる……?)
 アルはその黒い壁を改めて見て、世界の壁に似ている、と感じた。
 そう考えている間に、少年はアルに繋げられている二本の管を適切な処理の末に抜き取る。
「どうした、急げ」
「でも、仲間が」
 アルは周囲を見渡す。
 そこには何かに繋がれてベッドに寝かされている仲間達がいる。
「気持ちは分かるが、時間がない。彼らを回収するのは後でも出来る、今は自分の身を優先してくれ。このままでは君はこの表の世界の警察に拘束される恐れがある」
「……」
 アルは逡巡する。
 彼が本物の「世界」である可能性は高い。決め手になっているのはやはり伝承通りの精霊武器マナ・ウェポンであるドラゴンソウルソード。
 精霊武器マナ・ウェポンは堕神戦争時に作られた今では製法の失われた武器で、基本的に同じ武器は一つとしてないとされる。
 その中でも、神が自ら作ったとされる八本の精霊武器マナ・ウェポンはさらに特別だ。
 そんな伝承通りの武器が偶然二つある可能性は低い。であれば、この少年は「世界」本人か、その伝承者、あるいは、名代。少なくとも「世界」の意志を伝えにきた誰かである可能性は高いと言えた。
 その彼が「このままでは警察に拘束される」、と言う。
 しかし、チパランドの神は厳密には神人しんじんと言って、神の力をその身に宿した人間である、と言うのがチパランドの神話学者達による一般的な解釈だ。だから、超然的な神のイメージとは違い、人間らしく嘘も付くし、騙し騙されることもある。この辺りは我々の世界の多神教神話の多くが人間らしいエピソードで溢れていることからもイメージしやすいことだろう。
「すまないが、意志を尊重している時間はない。ゴーレム」
 その逡巡の間に、少年は強引な手に出た。
「うわっ!?」
 戦闘中に呼び出した地面が盛り上がった人型の巨人がアルを掴み、穴に向けて放り投げたのだ。
 アルは突然のことに抵抗出来ず、ただ穴に放り込まれた。
 アルが黒い壁に出来た穴の中に入ったのを確認し、少年もそれに続く。
 それに遅れて帯刀した一人の男が病室に入ってくるが、既にそこには銃弾で荒れ果てた病室が残るのみだった。

 

 《2007/Leo-1 ???》

 

 気がつくと、雲の上だった。
 いや、雲というのは大気中にかたまって浮かぶ水滴または氷の粒ということはチパランドにおいてもある程度勉強している人間であれば知っていることで、アルも知っている。
 だから、自分が立っているのは雲の上なはずはない。はずはないのだが。
「どう見ても絵本とか童話とかで見るような雲だよね、これ」
 チパランドには版画式の印刷技術や活版印刷の技術があるため、ある程度絵本や小説も普及している。アルはさも姓なしのように振る舞っているが、家はそれなりに裕福だったため、子供の頃には絵本や童話も読んだことがあった。
 そして、現代地球の絵本や童話にも時折見受けられるように、絵本や童話の世界には雲の上を立って歩ける描写が時折登場する。
 今、アルが立っているのはまさにそのような雲の上だった。あるいはそのように見えた。
「メルヘンで良いだろう?」
 雲の上を立って歩けるのは創作フィクションの世界だけだ。にも関わらず、自分はどう考えても雲の上にいる。困惑するアルに、「世界」を名乗る少年が声をかける。
「「世界」様……、ここは一体?」
「私を「世界」と信じてくれるのか」
「そりゃ、あの精霊武器マナ・ウェポンを見せられれば、少なくとも関係者であるとは信じざるを得ません。倒した生物の魂を吸い、そしてその魂の力を刀身に宿して使役する武器。それに、最初に使ったゴーレム。あれは、神話に語られる最初の魔女が使役していたゴーレムを退治するエピソードのゴーレムですよね」
 質問に答えず、アルの言葉に質問を返す「世界」だった。ともすれば大変な無礼であるが、アルはそれを気にせず、敬語で質問に応じる。
「なるほど、私達の伝承は思ったより世界に残っているものだな……」
 あれから、何百年も経ったと言うのに、と「世界」は呟く。
「さて、それで、ここがどこか、という話だったな。ここのことを私は「神域」と呼んでいる。チパランドの空に浮かぶ神々のための世界だ。ま、今は私しかいないがね」
 そういって、少し寂しそうに「世界」は笑った。
「あ……」
 その言葉で思い出す。チパランドの創世神話は世界を四つに分ける世界の壁が出来て終わるが、その続きが僅かにある。
 一人残された「世界」は、大地の一部を空高くに持ち上げ、そこを自分の場所とする事にした。
 と。それこそが今いるこの場所だというのか。
「ま、こんな地べたで話すものでもないだろう。とりあえず、私の屋敷に行こう。そこでなら椅子も机もあるし、食事も出せる。立てるか?」
 「世界」が手を差し出すが、なにせ見た目は我々の感覚で言えば小学生である。対するアルは成人男性。
「いえ、自分で立ちます」
 流石に厄介にはなれぬと、アルは自分から立ち上がる。
「なら行こう。そこの庭園を抜けた先だ。これでも自慢の庭園でね、少し見せたかったから直接ではなくここに来てもらったんだ」
 そう言って周囲を示すと、そこは確かに赤いレンガで作られた鉢の中に色とりどりの低木と花々が咲く美しい風景が広がっていた。
「そして、屋敷と庭園の間にはメイズが広がっているんだが……」
 「世界」が正面を示すと、なるほど、アルの背丈よりも高い背丈のキレイに切りそろえられた木々の壁で出来た迷路が広がっていた。
「お疲れの君に迷路探検をさせるわけにはいかないからな、ここは空を飛ぼう」
 そう言うと、突然、「世界」の背中に炎の翼が出現する。
「少し失礼するよ、強くシャープ
 「世界」は両手に強化の魔術をかけつつ、アルを抱きかかえ、一気に跳躍、翼をはためかせる。
 アルの眼下にはそれは見事な木々の迷路が広がっていた。
「よくこれだけの範囲をこんな綺麗に生え揃えさせ続けてますね」
「便利な使用人がいるのさ、食事の際に会えるだろう」
 その会話が終わる頃には、「世界」は着地していた。
「ようこそ、我が屋敷へ」
 「世界」はアルを下ろすと、目前の屋敷を示す。
 それは壁面をくすみ一つない白で塗られ、窓枠はやはりくすみ一つない金で塗られ、屋根の色は鮮やかな赤で彩られている。
「ちょっと成金がすぎるかもしれないが、悪い屋敷ではないだろう?」
 そう言いながら「世界」が正面の扉を開け、アルを誘う。
「さぁ、どうぞ中へ」
 内部の調度品も貴金属を惜しみなく使った豪華なもので統一されていた。
「こんなにたくさんの貴金属をどこから?」
 当然の疑問をアルが口にすると、「世界」は言いにくそうに頬を掻いてから答える。
「あぁ、私は「世界」だからね、実は物質を生み出すくらいは訳がないんだ」
 そう言って、「世界」が掌を上に向け、顔の前に持ってくる。
 一瞬集中チャネリングしたかと思えば、そこには小さい金のインゴットが出現していた。
「これが……神様の力……」
 目の前の人間を「世界」だと認知していたアルだったが、実際に目の前で無から物質が生成されるところを見せられればただ驚愕するしかない。
「ま、私には今となってはそれくらいしか神らしい事はできないがね、まさか今から地形を作り直すわけにも行かないし」
 そう言いながら「世界」が導いた食堂らしき部屋の椅子の一つにアルが座る。
 その向かいに「世界」が座る。
「なにか好物は?」
 息を大きく吸い込み、口を大きく開けて何かを叫ぼうとして、思い直したように、口を閉じ、アルに向けて言葉を発する。
「え、あー、何でも食べられますけど」
「なら適当に肉にするか」
 アルは何を頼んで良いものか分からず、曖昧に答える。「世界」はそれに頷いて。
「チキンステーキを二皿とサラダを頼む!」
 大きな声で誰かを呼ぶ。
「肉はチキンが好きでね。っと、しまった、ニワトリはチパランドにはいないじゃないか……」
「ニワトリ?」
「あぁ、私が設計するときにトゥー・バードの元にした鳥なんだが……。まぁ、モモ肉ならおそらく味もそう変わらないと思うが……」
 トゥー・バードはチパランドでは一般的な食用の鳥だ。人懐っこい上、朝に大きな声で鳴くことで有名で、朝を告げる鳥としてペットとしても人気だ。
「もし、口に合わなかったら言ってくれ、チパランドにもある料理を用意させよう」
「チパランドにもある……って、そうだ、結局、あの場所は何だったんです?」
 アルはずっと疑問に思っていた問いを今こそチャンスと問いかける。
「あそこは”表”だ。世界の壁により世界が五つに分かたれた最後の一つだよ」
「五……つ?」
 その言葉はアルの常識とは違った。世界は四つに別れたはずだ。
「もう少し詳しく説明したいが、なんと説明したものかな……。ほら、君達がまことしやかに語る、「神話以前の神話」があるだろう? あそこで語られる「神々の世界」があそこだよ。まぁ厳密にはそれを再現した場所、というべきなのだが」
 「神々以前の神話」。それは、創世神話の始まり以前を推測した神話学者たちが作った「物語」だ。
 創世神話の始まりは、なにもない世界に「一人の哀しき少年が漂着した」というところから始まる。この少年こそが「世界」なのだが、逆に言えば、「世界」は別のどこかから流れてきたことになる。それはどこなのか? その推測の果にどこからともなく生み出された概念が「神々の世界」である。
 スペンスが使っている刀なども「神話以前の神話」で語られる武器だし、南東州などで実用化が進んでいる「車」なんかも「神話以前の神話」で語られる乗り物がそのアイデアのベースになっている。
「も……」
 もう少し詳しく聞きたくて口を開こうとしたアル、しかし、その前に頭から足まで甲冑で覆われた姿の何者かがトレイを持ってやってきた
「ありがとう」
 「世界」は礼を言って、トレイからチキンステーキのお皿を受け取り、自分とアルの目の前においてから、サラダを真ん中に置き、三枚の取り皿を自分とアルの前、そして誰もいない座席の前においた。
 トレイの上に何もなくなると、甲冑姿の何かは黙って部屋を出ていった。
「今のは?」
「魔導兵と私は呼んでいるが、まぁ魔法で動く人形だ。さっき行った庭師もあれらだよ。うちにはあれがたくさんいるんだ。ほら、神話に詳しいなら見たことないかな? 魂の持たない死を恐れない兵士だ」
「あ、魔物の元になったと言われるあれ!?」
「あぁ、そりゃデマだ。魔物の発生機序に魔導兵は関わっていない」
 アルの驚愕に「世界」は首を振る。
 とそこに、ニャアと鳴き声を上げて、美しい青色の毛並みが特徴の猫がやってきて、「世界」の膝に飛び移り、そのまま机の上に乗る。
「おぉ、ブランド、やっぱり来たな、こいつめ」
 そういって、「世界」は3つ目の取り皿にサラダを盛る。
 すると、ブランドと呼ばれた青い毛並みの猫は嬉しそうにサラダを食べ始めた。
「あ、あの、”表”の猫は草食なんですか?」
 その様子に驚いて問いかけるのはアルだ。猫といえば肉食で、魚や肉を好む。にも関わらずこの青い毛並みの猫はサラダを美味しそうに食べており、アルにとっては驚きの光景だった。
「あぁ……こいつは……ちょっと説明が難しいが、異世界の品種でね、そもそも猫じゃない、アメリキャットという動物なんだ。見ての通り猫によく似ているが草食なんだよ」
 かわいいやつだろ? と「世界」が笑いかける。
「アメリキャット……」
 初めて聞く品種だ。だが、キャットというのは人神契約語で猫という意味だし、やはり猫に親しい動物ではあるのだろう、とアルは考え、ふと気付いた。
「そういえば神様なのに、人神契約語じゃなくて共通語で喋るんですね」
「その方が君にとって都合がいいだろう? 神だなんだと偉ぶるつもりはないからね、君達に理解しやすい言葉で喋るのが一番だと思っているまでさ」
 喋ろうと思えば、神聖語でも喋れるぞ? と言って、「世界」はいくらかの神聖語を披露してくれる。
 アルはそれを興味深く思い、食事しながら神聖語について色々と質問し、その知識を吸収した。

 

 それから、一週間の時が経った。
 「世界」曰く、仲間を回収するには一度ほとぼりが冷めるのを待つ必要があるとのことだ。
 その間にアルは神聖語と、そしてそこから派生した「異端言語」と呼ばれる言葉、かのブラッドが喋っていた言語について教えてもらった。
 異端言語は神聖語を理解した邪神ブラッドがそれを歪めて作り上げた言葉だと言う。なので、神聖語について理解すれば、異端言語を理解するのは簡単だった。
 
 そして、「世界」は約束を守り、仲間達を屋敷へと連れてきた。
 「世界」を前に最も興奮した様子を見せたのはジルだ。なにせ伝説上の剣であるドラゴンソウルソードが目の前にあるのだから、それもそのはずだろう。
「頼む! 買い取らせてくれ! 大事に飾るから!!」
「すまない、これは大切な「願い」との兄弟剣。もはやいないとはいえ、「願い」との大切な絆なんだ。渡す事はできない」
「「願い」様の……」
 「世界」と「願い」は夫婦であることは神話を殆ど知らない人でも流石に知っている人が多い。
 だから、ジルは黙って復唱し。
「そうか、絆がこもったものなら仕方ないな!」
 と納得した。風属性が得意な「援助の人」であるジルは本質的には人の助けにならないことは望まないのだ。
 その様子を見て、アルやスペンス達は「そもそも「世界」様はお金に困っていないんじゃないだろうか」と思ったが、それは口に出さないでおいた。
「さて、ジル君が落ち着いたところで、本題に入りたい。今後の君達のことだ」
 「世界」が全員を見渡しながら口を開く。
「君達には復活したブラッドを倒し、世界を正常化して貰いたい」
 「世界」はまっすぐとアルを見つめ、そう言った。
「ちょっと待って。それをどうしてアル君に頼むの? 神様なんだからあなたがやればいいじゃない」
 だが、そこに待ったを差し挟むのはラインだ。
「流石は観察の人、鋭いな」
 ここまで魔術を使っていないから印象は薄いかもしれないが、ラインは氷属性を得意とする「観察の人」だ。故に、冷静に状況を分析し、疑問を差し挟む。
「結論から言うと、私ではブラッドを倒せないからだ。……厳密に言えば、世界を犠牲にせずに救えない、というべきか」
「どういうこと?」
 「世界」の回答に、ラインはより詳細を求める。
「君達は私達チパランドの神が厳密には神そのものではなく、神を体内に宿した神人と呼ばれる存在だというのは知っているかな?」
 その言葉に、アルが頷く。知っているのはアルだけだった。
「そうか、アル君との会話ばかりしていたので、少し感覚が狂ったな。私達チパランドの神は、外の宇宙を飛ぶ荒ぶる神を捕まえ、安全な外殻をまとわせた上で、体内に宿している。だから厳密に言えば私達チパランドの神は神そのものではなく、神の力を宿しているだけの人間なんだ」
 だから、神人とチパランドの神話学者は名付けたようだな、と「世界」。
「そして、邪神たるブラッドと正面から殴り合うには、私は神ではないから分が悪い。勝つにはブラッドと同じく神である体に宿した神の力を完全に開放し殴り合う必要があるのだが、なにせこの神というのは単一世界に収まらない規模の、それも荒ぶる神でね。私はその力を完全には制御できない」
「つまり、その方法でブラッドを倒そうとすると、荒ぶる神の力で世界全体が無茶苦茶になってしまう、と」
 「世界」の説明をスペンスが引き継ぐと、「世界」はその通り、と頷いた。
「ちょっと待ってよ、神様が真の力を開放しないと倒せないのなら、アル君が倒せるわけないじゃない」
「その通り。けれど、神人ならぬ君達には二つの方法でブラッドと戦うことが出来る」
 ラインの反論にもっともだ、と「世界」は頷きつつ、しかし、と続ける。
「それが、トブとマインド・ソードだ」
 そう言いながら「世界」は近くの装置を操作し、壁に絵を映し出す。
 一同全員がどういう仕組なんだろうと思ったが誰も口には出さない。重要なのはそこではないのが分かっているからだ。
「まず、トブ。これは三賢者が作った神と戦うための兵器だ。神と戦うための兵器だから、神には動かせないセーフティがかかっている。これを扱えるのは神ではない君達だけだ。英雄王から聞いていると思うが、君達の第一目的はこのトブを三賢者が抑えるより早く君達のものにすることだ。そのために――」
「ウェル・プラーがいる、だったか?」
「その通り。ウェル・プラーは私にすら分からない理屈で無限のエネルギーを汲み出し動作するトブの最重要機関だ。これがなければ今やエネルギー切れとなったトブを誰も動かせない」
 スペンスの言葉に「世界」が頷く。
「つまり、ウェル・プラーを最初に得た側にトブを動かし、主導権を握る立場になれるってことね」
「そう。もう三賢者は動き出している。君達も早急に動き出してほしい。ウェル・プラーは南西州のドラゴニア平原に眠っている。今頃ミラが先んじて場所を探っているはずだ。合流すれば助けになるだろう。君達さえ万全なら今すぐにでも君達を送り込もう」
「待ってくれ、もう一つのマインド・ソードってのは? 名前からして精霊武器マナ・ウェポンだろう?」
 そこに口を挟むのはジルだ。
「心のあり方を刀身に宿す精霊武器マナ・ウェポンだ。殆どの場合、エニアグラムに対応する属性の刀身を出現させるだけだが、おそらく、アル、お前なら、ブラッドに有効打を与えられる光の剣、ライト・ソードを顕現させられるはずだ」
「光の剣? なんで僕にそんな……」
「それはお前の血に宿った宿命が関係しているが、今は説明している時間が惜しい。申し訳ないが、まずはウェル・プラーの回収に向かってもらえないか? ウェル・プラーが三賢者の元に渡れば何もかもおしまいだ」
「そこがわからないのよね、結局三賢者は何がしたいの?」
「……確かに、それは説明する必要があるな」
 ラインの指摘に「世界」は頷く
「彼らの目的はたった一つ。邪神を自らの中に封印し、自分たちこそが世界を統括する神人となりたいのさ」
「自分たちが神人に……」
「あぁ、そもそも三賢者は伝説で語られているような、戦争を止めようとした英雄じゃない。堕神戦争において神人の凄まじさを前にして、自らこそが神人となろうとした三人なのだ」
 アルが驚いた声を上げると、「世界」が頷く。
「でもそれって問題があるの? 「世界」様でさえ今やこの世界には手出しできないんでしょ?」
「伝承ではそうなっているらしいが、実のところ私には「世界の壁」は障害でもなんでもない。あれは三賢者が確実にブラッドを自分達のものにするために、つまり、人間達の国を分割するために作ったものだからな。私が力を使わないのは、それをしても意味がないからだ」
 だが、三賢者は違う、と「世界」は続ける。
「手に入れた力で世界を思い通りにしようとする、か。確かにそれは止めないとならないようだな」
 「世界」の説明にスペンスが頷く。
「やってくれるだろうか?」
「……僕はやるよ」
 アルが頷いた。
「みんなに付き合ってとは言わない。でも、僕は行くよ。ついてこない人は「世界」様に言えば別の州の好きなところにおろしてくれると思う。……ですよね、「世界」様」
「受け合おう」
 一同に向き直って告げるアルの言葉に、「世界」が頷く。
「何言ってるのよ、アル君だけにそんな大変な責務、負わせるわけ無いでしょ」
「水臭いぜアル、俺が眼の前で苦難に挑もうとしてるのに助けないわけ無いだろ」
 その言葉に素早く返事したのは幼馴染のラインと援助の人たるジル。
(勇者に付き従う女剣士と槍使い、かつてを思い出すようだな)
 その様子をみて、何事かを思う「世界」。
「すまない、俺は北東州に戻らせてもらう」
 そして、二人とは正反対に、アルについていかないことを決断するものもいる。
「そっか、あくまでスペンスの仕事はザ・マウンテンの防衛だもんね」
「あぁ、何が起ころうと、この世界の魔術結晶の一大産地であるザ・マウンテンを失うわけにはいかない。邪神の復活なんていう一大事が起きているならなおさらだ」
 スペンスは魔術を使わないため印象が薄いが、その性質は「遂行の人」。自分の目的を第一主義とするし、成功確率の低い課題には挑まない臆病さも持つ。
 彼は新たな神人の誕生よりも、それによって発生するザ・マウンテンの危機をこそ見過ごせなかった。
「では、スペンス君は北東州に、あとの三人は南西州に送り込む。……幸運を」
 「世界」が四人に掌を向けると、四人は真っ白な視界に包まれた。

 

to be continued...

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