栄光は虚構と成り果て 第2章
地球に住んでいた少女、コトハはある日、目を覚ますと、太陽が二つある砂漠にいた。
小さな肉食の爬虫類に襲われたところを、二足歩行で歩くトカゲであるラケルタ族のルチャルトラに助けられたコトハは、そのまま町までルチャルトラに案内してもらうことにした。
まもなく町に到着するという時、二人の前に、巨大なワニが姿を現す。絶体絶命と思われたその時、コトハは自身の能力を思い出し、敵を円の中に誘導、消滅させる事に成功した。
「失礼、お二人さん、今、あちらの方向からいらっしゃいましたか?」
ごわっとした服を着て、銃のような形状の筒を持った男が二人に歩いてくる。男の手に持っている武器は銃に似てるが、引き金が無い。コトハはなんだろう、実は謎に丸っこいブーメラン? そんなわけないか。などと思考する。
「あぁ。そんな事より、この子だ。旅慣れない女性で、デザート・アンビストマに噛みつかれてた。応急処置はしたが、早く医者に見せたい」
「そうでしたか。いえ、あちらには大きな生物がいて危険だったと認識していますが」
「あぁ……」
困ったように
「…………」
無意識に自分の右手を見るコトハ。一人自問する。あれは、なんだったんだろう。
「確かにいたが、すまんな、身の危険を感じて威嚇用の武器を使ったら逃げちまった」
ルチャルトラは逃げた、と言う方向で説明する。あれほどの大きな生物、その肉は大事な食料になるはず。倒した、と説明すれば肉を求められるのは避けられないが、しかし二人はそれを差し出せない。こういうしかなかったのだ。
「そうでしたか。ご無事でよかったです。診療所は、広場の南にありますよ」
「ありがとう」
ルチャルトラが頷いて、先に進み、コトハはそれに続く。
「さっきの人の武器って?」
「なんだ、お前の町にも自警団はいただろ?」
「ぶ、武器とか、気にした事なくて……」
コトハは苦し紛れの言い訳をする。
「なるほどな。町を出て初めて身を護る武器の必要性を感じた、と。あれはサンドガンっていってな。砂を固めたもの弾にしてそれを風で打ち出す武器だ。ちなみに俺のはブレス・ブロウガンって言って、俺の吐息を変質させて打ち出すって武器だ」
「砂を固める? 風で打ち出す? 吐息を、変質させる? …………どうやって?」
コトハは奇妙すぎる言い分に首を傾げる。
「どうやってって……。そりゃ魔術さ」
「あぁ、そ、そうだよね」
コトハは、流石異世界、魔術があるのか。と感心する。
「あー、えっと、必要ないからあんまり勉強してなくて」
「なるほどな。もしここに受け入れてもらえないようだったら、必要になる時もあるかもな。風除けくらいなら教えてやるよ」
そして、一つの布で出来たテントにたどり着く。いくつかのテントが連なって出来た大きなテントのようだ。
「足をデザート・アンビストマにかまれたらしい、見てもらえるか」
と言いながら、ルチャルトラがテントに入っていく。
「よし、いいってよ、見てもらって来い」
「え、でもお金とか……」
「対価? あぁ、超獣に追われて町を追い出されて、さまよって怪我した、なんてやつから対価はとれないってよ」
コトハは違和感を覚えた。今、コトハは確かに「お金」と言った。対してルチャルトラは「対価?」と聞き返してきた。
「ありがとう」
とりあえず、コトハはお礼を言って、医者に会う。医者は白衣を着ておらずコトハからはあまり医者のようには見えなかったが、コトハは足以外にも、体の傷をいくつか見てもらった。
そして、診察中に気付いた。口の動きと聞こえてくる声が一致していない。
――そっか、異世界転移者に不都合が無いように常に自動翻訳してくれてるのね。異世界ものにありがち。
だとすると、さっきのやり取りは、「お金」という概念がないという事だろうか。物々交換が主流なのかな。と、このあたりの文化について当たりを付けていく。
「ところで、コトハさんの町は随分、高度なお医者さんがいたようですね」
「え、あー、そうですね」
コトハの町、というのがあるとすればそれは彼女の住んでいた日本の
「うちには糸も針も技術もありません。大きな傷を負ったりしてもそれを治療する事は難しいです。元の町と同じくらいわんぱくはしないようにお願いしますよ」
とはいえ、その後に続いた言葉になんのこっちゃと首は傾げた。
「よ。ここの長にここに住めないか聞いてみよう」
「ルチャルトラは?」
「おう、俺はこれでも一応、商人なんだぜ?」
「商人?」
「おう。町で珍しいものを買って、他の町に持って行ったり、外で狩りをしてそれを持ち込んだり、とかな。旅をしてる方が楽しくてな。町で畑とか動物を見ながら生きてるのは、なんか性にあわねぇ」
――なるほど、貨幣の概念がないなりに、そういった部分を担う存在はいるんだ。そしてそんな生き方も。生き方、か
コトハは歩きながらそんな別の思考に逸れていく。自分のこれまでの生き方はどうだっただろうか。痛みと怒号の生活に価値はあっただろうか。ここでなら、価値のある誇れる生き方が出来るだろうか。
「おい、ついたぞ」
「あ、うん」
他と変わらない布のテントだ。上に赤い旗が立っているのが分かる。
「あれ……ドラゴン?」
その旗の刺繍は二本の足で立ち大きな翼を持つ、ドラゴンのように、コトハは見えた。
「おう、ドラゴンだ。もうすっかり珍しい存在になっちまったが、ここの町はドラゴンと縁があるんだよ。何か面白い話とかブツが無いかと思ってここを目指してたんだ」
なるほど、ドラゴンは珍しいのか。とまた一つこの世界を知ったコトハ。
「商人のルチャルトラだ。今、いいかい?」
「あぁ、構わないよ」
テントの前で中に向かって話しかけ、返事を聞いてルチャルトラが頷く。
「よし、お前も来い」
ルチャルトラがテントに入り、コトハもそれに続く。
そこにいたのも初老くらいの人間だった。ルチャルトラみたいな人間以外の種族は珍しいのかな、と思うコトハ。
「おや、そちらの方は?」
「実は……」
とルチャルトラが町を失ってさまよっている、とルチャルトラが勝手に納得したコトハの境遇を説明する。
「なるほど。そういう事でしたか。そういう事であれば、もちろん。主な仕事は畑仕事になりますが、出来ますかな?」
「えっと、経験は無いですけど、はい」
「もちろん、教えますから。そんなに心配しないでください」
優しい笑顔で頷く。農業で無双……は難しそうだけど、まぁそんな生活も悪くはないのかな、と思うコトハ。
「それで、この町とドラゴンの関係について話を聞ければと思うんだが?」
「えぇ。いいですよ。せっかくですから、コトハさんも聞いていくといいでしょう」
ドラゴンの事は気になるコトハは、その言葉に従って話を聞く姿勢に入る。
「この近くの山は昔、霊山と言われていて、ドラゴンの住みやすい環境だったのです。そしてそこに住んでいたのがライナ家と呼ばれる竜使いの一家です」
「ほぉ、あの山、霊山だったのか? ……それにしてはハゲ山って、感じだったが」
ルチャルトラはどの山の事か心当たりがあるらしく、疑問を投げかける。
「えぇ。霊山だったのは昔の話。今はもう別の霊山に移ったという事です」
「なんだ、じゃあ竜使いと交流があったのは過去の話って事か?」
「はい。ですが、ライナ家の方々はこれまで世話になったお礼にと、この笛を置いていかれました」
と、奥に大事に置かれている笛を指さす。
「竜使いの笛、ってやつか」
「はい。この町に危機が訪れた時、この笛を吹け、そうすれば一度だけ、我らライナー家のドラゴンが必ずこの町を助けに現れる、と」
「なるほどね、ドラゴンに守られた町、ってわけか」
ルチャルトラが興味深そうに頷く。
「って事はドラゴンゆかりの商品とかは?」
「特にありませんね」
「だよなぁ」
無念そうなルチャルトラ。
「ま、いい話を聞かせてもらったよ。それじゃ、コトハのこと、頼んだぜ」
とルチャルトラが立ち上がったとその時、ズシンと大きな地響きが発生する。
「なんだ!」
ルチャルトラが外に飛び出す。町の長と、コトハもそれに続く。
「何、あれ……」
そして最初に言葉を発したのは、コトハだった。
まるで町だけが夜になったかのように、辺りは完全に影になっていた。何かが日の光を遮っているのだ。
「おっきな、人?」
「あれも超獣だ。お前の町を襲ったのは別の見た目だったのか? だったらお前がこいつを引き寄せたってわけじゃないらしい、よかったな」
――あれが、超獣? なるほど、あんなのに襲われたら、そりゃ町から逃げるしかないし、町は滅びるしかない。この世界が旅慣れない放浪者に優しい理由をなんとなく理解した。
ルチャルトラが何か励ましてくれているようだが、コトハは超獣というその圧倒的な存在の前にただただ驚愕していた。
コトハの後ろから笛に音が響く。上空に三角形の陣が出現し、真っ赤なドラゴンが姿を現わす。額にクリスタルのような結晶が付いているのが特徴的だな、とコトハは感じた。
「本当にドラゴンが来たか。ドラゴンはこの世界最強の生命体だ。超獣だって……」
ルチャルトラがそんな事を言う。しかし、コトハにはそれが希望的観測にしか思えなかった。ドラゴンは確かにでかい。5階建てのビルくらいの大きさはある。けれども、それに相対する超獣はそれより圧倒的にでかい。
ドラゴンは咆哮を発し、超獣に接近、そして口から炎の息を吹き付ける。
「ブレスだ」
コトハのやっぱりドラゴンはブレスを吐くんだ、という思いが少し口に出る。しかし、超獣はそれをほとんど意に介さず、前進する。
「ありゃ時間稼ぎが精いっぱいか、逃げた方が良いな」
ルチャルトラが冷静に呟く。コトハも頷く。見れば、周りも避難を始めているようだ。
「高齢者達の避難が終わるまで、何としても持ちこたえさせろ!」
そして、戦士たちはその武器を手に、超獣の足に襲い掛かる。
「あれ効いてるの?」
私は逃げるために鞄の邪魔な物を捨ててるらしいルチャルトラに問いかける。
「さぁな。まぁないよりマシなんじゃねぇか。魔術を教える約束がまだだからな、次の住む場所が見つかるまで手伝ってやる、逃げるぞ」
とルチャルトラが私を促す。
――まだ逃げられてない人がいるよ? 見捨てるの?
しかし、そんなコトハの脳裏に、そんな想いが浮かぶ。
――それはだめだ。人を見捨ててはいけない。いけない。それは許されない。
そして、コトハの思考が切り替わる。
――どれだけ巨大でも、円の中に囲い込み、唱えれば、消せる ――
頭に声が響く。
――あんな巨大な怪物でも、私であれば、倒せる? なら、やるしかない
「ねぇ、ルチャルトラ。あのおっきなワニを倒したときのやつ、アイツにもできるかも」
「ワニ? いや、それより、なんだって……?」
超獣は前進する。人を踏みつぶし、町を守ろうという人の想いを無視して。
――まずは円を描くだけの時間が必要。そのためには気をそらさないと。あのブレス、全然効いてないようだけど、顔とかなら? さすがに鬱陶しく思うのでは? ――
頭に声が響く。
「うん」
コトハは頷く。
「ドラゴンに頭を狙わせて! それから町から離れるようにドラゴンを移動させて。そしたら、ドラゴンを追って、超獣が町から離れるかも」
「なるほど」
コトハは速やかに頭に響くその言葉を町の長に伝え、自身も走り出す。
――ワニの時みたいな線じゃ、地響きで消えちゃう。何か線を描くもの……
ドラゴンが超獣の顔にブレスを吐く。視界の邪魔をするものをどかすように手を顔の前で振り、それでどうにもならない事を理解すると、超獣はドラゴンの方を向く。
「これなら!」
コトハは畑で大きな白い粉の入ったものを見つけた。おあつらえ向きにそれを撒くための道具もある。
「これなんだろう? 小麦粉?」
正解は、アルカリ性の土壌を中和するための石灰だったが、コトハは知らずに、持ち出す。
線を描きはじめる。幸いあの超獣は人間型。直立している限りは高さばっかり高いだけで、縦と横の幅はまだ小さい。
――これが長い尻尾とかあったら大変だった
ピギィ、というような声を上げて、ドラゴンが地面に叩きつけられる。額のクリスタルがその光を弱める。超獣は少しずつ、町に向き直りはじめる。
「まだ線が書き上がってないのに……」
「ちぃ、仕方ないな」
置いて逃げるか逡巡していたルチャルトラが決心して吹き矢を口に宛がう。
「お前たち、倒す必要はない、奴の動きを止めるんだ。麻酔を使え」
ルチャルトラの大声に、吹き矢を使っていた戦士たちが戦い方を変え、麻酔を発射し始める。しかし、やはり焼け石に水か。超獣はほとんど動きを止める事なく、旋回を続ける。
「だめか」
しかし、それでも打ち続けた勝利か、片足の動きが不自然になり、転倒する。
「ありがとう、ルチャルトラ!」
立ち上がるまでの間に、円が書き上がる。
「後はこっちに引き寄せるだけ!」
超獣は前進を再開する、が。
「あぁ、もうちょっとこっちに!」
円に完全には入らない位置だ。
「おい、ドラゴンを使って、誘導させてくれ。コトハのいる方にだ!」
ルチャルトラが長に声をかける。笛の音に反応し、ドラゴンは体を起こし、飛びあがる。額の結晶を輝かせ、炎の吐息を吹き付ける。そして、確かに超獣は円の中心に向いた。が、しかし。超獣が横払いに腕を振り、ドラゴンを横に吹き飛ばす。ドラゴンはそのまま地面に叩きつけられ、滑って、岩に激突する。当たり所が悪かったのか、そのままぐったりと起き上がらなくなる。
幸い超獣はそのまま向きを変更する事なく前進。そして、円に差し掛かる。
「
そして呪文を唱える。一度目にワニを消した時よりも膨大な光が人々の目を一時的につぶし、一度目にワニを消した時よりも膨大な風が周囲の物を吹き飛ばしていく。
目が復活した時、そこに超獣はいなかった。
「やった……」
コトハは脱力し、地面に倒れこむ。
「コトハ、大丈夫か?」
ルチャルトラが心配して駆け寄る。しかし、コトハは疲れからそのまま眠ってしまう。
「おい、医者、医者を!」
そしてルチャルトラは寝ているだけとは知らず、医者を探す。
「ん……?」
誰か男が喋っている。大人の男性だ。言葉の中身はあまり聞こえない。けれど、それが罵倒である事はなんとなく分かる。いや、これは怒号か。男性も一人ではない、なんか、白い服……?
「こ、こは……?」
「お、起きたか、コトハ」
「あ、ルチャルトラ」
「びっくりしたぞ、あの後いきなり倒れちまうんだから。疲れて眠ってるだけでよかったけどよ」
コトハはルチャルトラが本気で心配していたのを声色から感じる。
「うん、ごめんね。あ、そういえばあのドラゴンは?」
「あぁ、死んでたよ。額の結晶が割れてた。そんな事よりお前、どうする? この町に住むか? これから復興のために活動するらしいから、人手は大歓迎だと思うが」
「んー」
コトハは自分の右腕を無意識に見ながら思案する。
――この力、異世界転生によくある転生の特典の能力みたいな奴だよね。だったら、これを使う生活をするべきなのかも
「とりあえず、外の空気を吸うか? ボロボロ具合を見たらもっときれいな所に住みたいって思うかもしれないし」
ルチャルトラが気を使ってそう言葉をかけてくれる。
「うん、ありがとう」
二人が外に出る。
「ありがとうございます!」
「あなたのおかげです」
「わわぁ」
外に出た瞬間、コトハはたくさんの人に囲まれてお礼を言われた。それはコトハにとって、初めての経験だった。その後、コトハは町の長から夕食に招待され、そして芋とキノコ、そして何かの肉が振る舞われた。夕食と言うよりほとんどお祭りだった。
そして、それらが終わって与えられた宿に入る直前、コトハはルチャルトラに声をかけた。
「ルチャルトラ、超獣ってたくさんいるんだよね?」
「あぁ。あれはたくさんいる一体に過ぎない」
「じゃあ私、旅に出ようかな。この力があいつらを倒すのに役に立つなら、私、この力を役立てたい」
コトハはルチャルトラの目を見て、そう宣言した。
「そうか、なら、俺は約束通り魔術を教えねぇとな」
「本当に?」
「あぁ、ラケルタ族は義理深いんだ。それに、お前についていけば、色々おこぼれにあずかれるかもしれないしな」
と、最後はお茶らけて言う。素直な宣言で却って好感が持てる、とコトハは思った。
そして朝、長にそれを伝えると、長は頷いて、二人に色々な物資を都合してくれた。ルチャルトラは大喜びで、「早速証明された。お前と一緒に行く道を選ぶのは正解だ」、なんて、コトハに笑いかけた。
始まりは順調に、二人の旅がこうして幕を開けた。
To Be Continued…
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