常夏の島に響け勝利の打杭 第2章
分冊版インデックス
「Nileロボットアーツコンテスト」の監視のためにハワイに訪れていた
大会当日、匠海が試合を監視していると、決勝戦でアンソニーの操るロボットが〝裂け目〟を作り瞬間移動を始める。
その〝裂け目〟が突然大きく広がり、向こう側から管理帝国を名乗るロボットが現れ、人々を襲い始める。
大混乱に陥る会場、匠海は電源設備の暴走を利用したECMを試みるが失敗、空の助けによりアンソニーと共に空が作った〝裂け目〟に飛び込む。
〝裂け目〟を使ってハワイ島に離脱した三人は管理帝国の宣戦布告を聞き、何とかしなければ、と考える。そのためには状況を把握しなければいけない、ということで物知り顔の空に話を聞くことにする。
ホワイトボードマーカーも同じように取り出した空は、ホワイトボードに「異世界とは?」と書き始めた。
「まずはそもそも言葉の定義について。『異世界』って言うけど、厳密には並行世界なんだよね。多世界解釈、分かる?」
突然始まった、空による異世界についての授業。
それに関しては匠海から教えてくれと頼んだことなので異論はないが、空の言葉に匠海とアンソニーは顔を見合わせた。
多世界解釈、と言ったが、空はその前に「並行世界」とも言っている。そして、「異世界」は厳密には「並行世界」と言っていることも考えると導き出される答えは――。
匠海が少し考え、答えようとしたところで空が口を開く。
「世界は無数の可能性により分岐した並行世界、パラレルワールドで出来てるの。そのうち、あまりに元の世界と異なる姿になった世界を、ある人たちは便宜上、アナザーワールド、異世界って呼んでる」
「つまり、俺たちがいるこの世界は元を辿るととある世界にたどり着くし、そこから枝分かれした世界では俺が全く違うことをしているかもしれない、ということか?」
先ほど口にできなかった解釈も含めて匠海がそう確認すると、空は「おお、理解が早い」と手を叩いた。
「そうそう、実は空ちゃん、匠海の別の可能性も知ってたりするかもよ?」
「……」
空の言葉に、匠海の口が一度開き、閉じる。
「別の並行世界では和美は生きているのか」と訊こうとして、寸前で言葉を飲み込む。
そんなことを訊いてどうするのだ。「和美が生きている」可能性の世界から連れてくる、とでもいうのか。
そんなことをすればその世界の俺はどうなる、と匠海は踏みとどまった。
俺は和美を救えなかった、その事実を背負って生きていくしかないのだと自分に言い聞かせる。
「……とにかく、並行世界ではそれぞれの世界の俺がそれぞれ何かをしているということか」
匠海の言葉に、わずかに苦みが含まれていくことに気が付いた空だったが、すぐに気づかなかったふりをして頷く。
「そうだね。だから基本的には、異世界って言うけど、どこかでこの世界から分岐した並行世界なんだってことを頭に入れておいて」
「はー……並行世界、ねえ……」
空の説明に、アンソニーも特大のため息を吐く。
「つまり、あのロボットもどこかで分岐した並行世界で作られたものって、ことか」
「そうそう。ちなみに、最初に出てきた二足歩行ロボットの名前は『コマンドギア』だよ」
『えっ』
匠海とアンソニーの声が重なる。
コマンドギアと言えば
しかし、これではっきりと並行世界と多世界解釈という言葉が理解できた。
完全に異なる世界であればこのような名前被りなどよほどの偶然が重ならない限り起こらないだろう。
しかも、こちらはパワードスーツ、向こうは人が乗っていると思しきロボット、とかけ離れているようだが共通点も存在する。多世界解釈による可能性を考慮すれば十分あり得る話だ。
「とにかく、管理帝国を名乗る奴らが使っている二足歩行ロボットは『コマンドギア』。コクセー博士が気まぐれで二足歩行ロボットの技術を開発しちゃったがゆえに作られた、管理帝国の主力兵器」
「ちょっと待て、コクセー博士って……。確か、空間転移技術を開発したあのコクセー博士だよな?」
匠海が「コクセー博士」という名前に反応する。
匠海の記憶が正しければコクセー博士は空間転移技術を開発した天才と言われている。しかし、その空間転移技術には大きなデメリットがあったはずだ。
「そうそう、コクセー博士の空間転移技術って、転移の規模の割にコストが全然合わないってやつじゃなかったっけ」
アンソニーもコクセー博士の名前は知っていたようで、うんうんと頷きながら話に加わってくる。
「でもまさかコクセー博士の名前が出てくるなんて……。一応、言っとくけど俺たちの世界ではとっくに死んでる人だぞ? それとも管理帝国ではまだ生きてるのか?」
コクセー博士の名前は科学を学ぶ人間で知らない者はいない。たぐいまれなる頭脳をもった天才で、コクセー博士でなければ空間転移技術は開発できなかっただろう、と言われている。
アンソニーに言われ、空が「うーん」と首をかしげる。
「空ちゃんも管理帝国の事情は知らにゃいからなァ……。一応、管理帝国に幽閉されたとは聞いたけど……」
「は? あの世界のコクセー博士も誘拐、ってか幽閉されてたのか!?!?」
事情は知らないといいつつも「管理帝国に幽閉された」と説明する空にアンソニーが目を剥く。
「こっちの世界でもコクセー博士はアンチ・アメリカに誘拐されてカグラ・コントラクターに救出されるまでの20年間ずっと行方不明だったんだぞ」
「アンチ・アメリカ……。そういやあったなそんな組織。確か反自由主義のテロ組織……だったか」
匠海も思い出しつつそんなことを呟く。
アンチ・アメリカと言えば自由主義を掲げる
「しかし、こっちは反自由主義を掲げたアンチ・アメリカ。向こうも反自由主義を掲げる管理帝国……ふむ……」
「お、気付いたね。そ、アンチ・アメリカがコクセー博士開発の新型コマンドギアを手に入れたことで、アメリカを打ち倒して建国されたのが管理帝国だよ」
匠海の呟きをフォローするかのように空が説明する。
「それにしても、カグラ・コントラクター、ね。そういえばピグマリオンオーブの問題を解決するために一時期この世界にいたんだっけ。まだこの世界のカグコンにトクヨンとの連絡手段が残ってるなら、放っておいてもトクヨンが解決してくれるかもしれないけど……」
「俺が知っている限りカグラ・コントラクターが世界最強のPMCだったというのはもう何十年も前の話だぞ。それにそのトクヨンとやらが解決してくれるならそもそも……」
そう言いかけて再び口を閉じる匠海。
カグラ・コントラクターが本当に最強のPMCで、恐らくは部隊名であるトクヨンがこのようなとんでもない事態を解決してくれる、というのであれば二年前の「
だが、そんな泣き言を言っていても仕方がないので匠海は黙っていたが、今回のこの事態をカグラ・コントラクターが解決できるとは到底思えない。
匠海が言葉を濁したことで空もははぁ、と察したらしく、ぽん、と匠海の肩を叩いた。
「んー、今、カグコンが陳腐化した扱いになっちゃってるのは、カグコンを設立した本隊がこの世界からいなくなっちゃったからなんだけど……、まぁ説明しても仕方ないか。それに今ここにいるメンツで解決しちゃった方が楽しいよね。空ちゃんが脇役とか悲しいし」
「いや待って『本隊がこの世界からいなくなった』って、カグコンって異世界から来たPMCだったわけ?」
「まぁまぁまぁ、その辺は、また別の機会に。読者の皆さんは『虹の境界線を越えて』を読んでねってことで」
空の言葉に、「あ、こいつ話変えやがった」と思う匠海とアンソニー。
しかし、今はそんなことを議論している時間が惜しいので素直に話を戻すことにする。
「とにかく、可能性の分岐がコクセー博士の興味を変えたのかコクセー博士の興味が世界を分岐させたのか、世界が分岐した結果、管理帝国の手にコマンドギアが渡り、それが今この世界を脅かしてるってことか」
匠海がざっくりと話しをまとめる。
「まあ、そんなところかな。コクセー博士、天才だったからねえ……。ついでに気まぐれ」
そんなことを言いながら、空はホワイトボードに「管理帝国を追い払う方法」と書き込んだ。
「とりあえず、管理帝国を追い払わなきゃこの世界は管理帝国に征服されちゃう。そのためには管理帝国から送り込まれたコマンドギアと取り巻きの四足歩行ロボットを何とかしなきゃだけど――」
『はーい、提案!』
突然、今まで黙って話を聞いていた妖精が手を上げた。
その場にいた全員が、妖精を注視する。
「どうしたの、妖精ちゃん」
空がそう尋ねると、妖精はぷくー、と頬を膨らませながら三人の目の前に「こちらの世界」のコマンドギアと「管理帝国の世界」のコマンドギアの映像を映し出した。
『どっちも「コマンドギア」で判別しづらーい!』
「おま、言うに事欠いてそれかよ!」
妖精の発言に、匠海ががっくりと肩を落とす。
「いやいや、これは
妖精の言い分、分かるわー、と空が頷き、そう発言するが匠海たちには意味が全く分からない。
分からないながらも「やっぱり混乱するんだ」と納得してしまう。
確かに、二つの種類の「コマンドギア」が存在するのは問題である。全く違うものなのに同じ呼び方ではどちらのコマンドギアを指しているのか分からず混乱する。
これから管理帝国を追い払おうというところでこの混乱はよくない。
どうする? と空が匠海を見る。
あ、これ俺に任せる気だ、と察した匠海はふむ、と呟いてから改めて口を開いた。
「一応
『ネーミングぅ!』
「今後ファンの間ではこの名前が定着するのかなぁ……」
妖精と空が口々に呟くが、匠海はそれをスルーする。
「とにかく、俺たちはロボギアをなんとかしなくてはいけない。
「そうだね。あの大きな〝裂け目〟を閉じなきゃ管理帝国からどんどんコマンド……ロボギアが出てくる」
匠海の言葉に同意する空。
空の口から具体的に〝裂け目〟の言葉が出てきて、匠海は一つ質問することにした。
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