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No name ghost -名前のない絵画- 第3章

 

 
 

  第3章 「幕間 肝試し計画」

 

「わあ!?!?
 昼休み。文献保存室から戻ってきた桜庭が悲鳴を上げた。教室の片隅でのことなので、気にする者は少ないが、授業をするのにGNSを入れていない都合上、教室の隅の方にまとめられている度流と優音は桜庭が驚くのを目の当たりにすることとなる。
 珍しく教室にいた日翔が桜庭に悪戯っぽく笑っていた。度流がそれを覗き込む。やや呆れ気味に。
「天辻くん、女の子をいじめたら駄目だよ?」
「いじめてねえよ!?!?
「女の子に限らず、いじめは駄目だと思いますが……」
「それはそう」
 桜庭の冷静な指摘に頷く度流と日翔。優音が桜庭を伺う。
「それで、いじめられたんですか?」
「そんな、滅相もない! ただ、ちょっとびっくりしてしまっただけで……」
「何されたんです? 天辻くんに」
「俺犯人確定かよ」
「……これが、机の上に置かれてまして……」
 桜庭が掌の上にちょん、と乗せた「あるもの」を見せてくる。それを見て、優音は顔をひきつらせ、度流は目を輝かせた。
 乾ききった茶色いそれは「夏の風物詩」とも言える。好みを分けるが。
「蝉の脱け殻……!」
 ドン引きの優音の声とわくわくが隠せない度流の声が重なった。優音が思わず度流の方を振り向くと、度流は意気揚々とスケッチブックと鉛筆を用意していた。あらゆるものが電子化されている世の中で、アナログ品を使う度流は珍しい部類である。
「わ、度流くん、蝉の脱け殻好きなんだ……度流くんも男の子だね……」
「こんな綺麗な形の脱け殻は珍しいよ! 脱け殻って軽いし、脆いし、形が原形を留めているのは時期の今でも探すの難しいんだ。でも、線が細かいし、質感を出すのも技術がいるから、デッサンのし甲斐があるんだよね! 桜庭さん、どこで見つけたの?」
「だから、机の上に置かれていたんですって」
「そうだった!」
「それ、校舎裏にあったぜ?」
「やっぱり天辻くんじゃないですか!」
 桜庭からの突っ込みに、日翔はごめんごめん、と軽く謝る。桜庭は「もう」と少し怒ったように口を尖らせるが、気に病むほどではないのか、それ以上追及しない。
 一方で、悪戯を受けたわけではない優音の方が顔を青ざめさせていた。背筋に悪寒が走ったのか、自らの肩を抱く。
 度流が不思議そうに優音を覗き込んだ。
「優音ちゃん、虫苦手だっけ?」
「動いてる虫はまだ生き物として受け入れられるんですけど、脱け殻とか、死骸とかは、む、無理……」
「そっか」
 本気で声が震えている優音を見、度流は有無を言わせず、蝉の脱け殻をぐしゃりと潰した。その豪快さに、桜庭が思わず「わお」と変な声を上げる。
 不服の声を上げたのは日翔だ。
「ちょ、彼苑! せっかく見つけたのによぉ」
「怖がってる優音ちゃんを放っておけないよ」
「荒崎優音強火担彼苑度流だ……」
 桜庭が何やら不可思議な単語を呟いた気がするが、それを聞いているのかいないのか、日翔がぶうぶうブーイングを飛ばす。
「お前だって興味津々だったじゃねえかよ。デッサンしようとしてたくせに」
「怖がってる女の子を前にしてまで酔狂を通すほど異常者じゃありません」
「真人間みたいなツラしやがって……! さっきの脱け殻探すのに貴重な昼休みが七回以上潰れたんだぞ!」
「何やってるの、一体……」
「いいじゃねえか。虫取は古き良き男のロマンだぞ!」
「そうですよね! カマキリとかかっこいいですし」
 意外にも、日翔の意見に賛同したのは桜庭だった。度流と優音は何かを察知し、口を閉ざすが、同志を得た日翔は目をきらきらとさせ、桜庭の肩を叩く。
「おお、桜庭はわかるか!」
「ええ。カマキリとかかっこいいですよね。蟷螂とうろうって呼び方も文字もかっこいいですし。天辻くんはカマキリの卵の話は知っていますか?」
「なんか変わった話なのか?」
「カマキリは冬になる前に卵を産むんですよ。冬眠するからそれはそうなんですけど。ただ、その卵を産む位置っていうのが、その年の積雪量でぎりぎり積もらないラインのところって決まってるんです」
「カマキリすげえ」
「同じように、蜂の巣はその年の降水量を見る目安にもなったりするんですよ。虫って未来予知でもできるんですかね?
 それはさておき、昔々の古き良きロマンである虫取を嗜んでいた男の子たちは、カマキリの卵を自分で孵化させていたのはご存知ですか?」
「何それ! やってみてえ!」
「やめな、それだけは絶対にやめな」
「んだよ、彼苑」
 珍しくあからさまに焦った様子の度流に、日翔が憤然とする。少し顔色を悪くした度流が、事態をわかっていないながらも嫌な予感だけありありと感じ取っている優音に気遣い、日翔にひそひそと耳打ちをする。
「カマキリの卵って泡の塊みたいなやつなんだけど、あれって塊で一つの卵じゃなくて、気泡一つ一つが卵なんだよ。だから孵化すると夥しい量の幼虫が出てくるんだ」
「それで?」
 天辻日翔、物分かりが悪い。
「幼虫一匹一匹が別々の行動するんだよ? 家の中で孵化して、全部の幼虫が素直に外に出ていくと思う? 爪の先ほどもない大きさの無数の幼虫が」
「天辻くん天辻くん」
 度流の説明にぴんと来ていない様子の日翔ににっこにこの桜庭が声をかける。何だ? と思っていると、日翔のCCTが何かを受信する。一応クラスメイトなので、桜庭のアドレスは登録されており、日翔はまあいいか、と開いて、リンクをタップした。
 直後画面に表示される「カマキリの孵化シーン」の動画。日翔は黙ってスクリーンを閉じた。
「……っ! ……っ!」
「怖すぎて悲鳴も出なくなってるじゃん」
「てへ。蝉の脱け殻の仕返しです」
 度流は思わず桜庭を二度見した。果たして先程蝉の脱け殻に驚いていたのと同一人物だろうか。
「度流くん? 何話してるの?」
「優音ちゃんは来ない方がいいって!」
 普段なら日翔が「またいちゃいちゃしやがって」というところだが、今ばかりは度流の言葉にぶんぶんと頷いた。虫が苦手なやつは論外なほどのグロ画像である。ショックがでかいのもあって、CCTの電源を切った。
「桜庭さん、こういう系の怖い話もイケるんだね」
「まあ、虫系の怖い話はテッパンですからね。それに、『怖い話』で調べると、私の求めるオカルト系の話より、虫とか、生活に潜む系の怖い話の方がヒットするんですよ。蝉繋がりで話すと『セミファイナル』とか出てきますね」
「セミファイナル? 映画か何か?」
「死骸にしか見えない引っくり返った蝉が実は生きてるという話です」
「怖っ」
「それで、提案なんですけど」
 桜庭がとてもきらきらした目で度流たちを見つめた。
「夏休み、四人で肝試ししませんか!?!?

 

 きーんこーんかーんこーん。気の抜けた終業のベルが鳴る。珍しく教室にいた日翔が、眠たげな目をしぱしぱとさせながら、盛大に欠伸をした。
 そこへ桜庭が寄ってくる。
「天辻くん、眠そうですね」
「誰のせいだ、誰の」
 実は昼休み、話し込んでしまったせいで、始業のベルが鳴り、日翔は教室から出るタイミングを失ってしまった。教室から脱走を試みるも、不良生徒に厳しい歴史の教諭に逃がしてもらえなかったため、日翔は教室に磔にされた、というわけである。
 話し込んだ理由は桜庭が提案した「肝試し」の件もあるが、元々の会話は日翔が桜庭の机に蝉の脱け殻を置いたところに端を発しているため、日翔の自業自得と言えなくもない。
 桜庭と日翔の会話に、度流と優音も合流する。
「僕はいいと思うけどな、肝試し。絵の話も、階段の話も面白かったし」
 度流の発言に、優音がそれとなく目を逸らす。いい感じに忘れていたのに、と内心で思っていた。
「そう! それですよ! こないだの検証でも思ったんですけど、この四人で行動したら、何か起きるんじゃないかと思いまして」
「なんで俺と彼苑と荒崎なんだよ?」
 桜庭が胸を張って答える。
「私一人だと何も起きなかったですし」
 検証済み、と三人の心が重なる。
「まず、荒崎さんみたいに本気で怖がる子が一人は必要だと思いまして」
「ひでえ」
「うんうん。優音ちゃん、怖いものなさそうなのに、そういうところがギャップを生んでかわいいよね」
「お前は息をするように惚気るな」
 日翔が度流を持っていたペンではたく。優音は真っ赤になって顔を覆っていた。顔を覆う手も赤い。
「それに、彼苑くんみたいな霊感担当も必須ですから!」
「僕、幽霊が見えるわけではないと思うけど……」
「素質はあると思います!!!!
「何をもって素質とするんだよ」
「階段で何か踏んでると感じたり、年齢に見合わないくらい表現力の凄まじい絵を描くこととか……芸術系の才能って、科学では説明できないスピリチュアルなものが関わってるっていうのがまことしやかに囁かれていますからね。科学的根拠に基づいただけの『素晴らしい絵』では超えられないものを持つ人がいるからこそ、芸術っていうのはそれ単体で価値を持つんですよ。そういう才能のことを『霊感』と呼ぶことがあるらしいですよ」
「長い長い長い」
「はっ! すみません、つい熱くなってしまいました」
 桜庭が我に返ると、度流が照れ笑いをしていた。度流の才能について「すごい」「凄まじい」など抽象的に評価する大人はごまんといるが、ここまではっきり、細やかに褒められることはなかなかない。同級生ともなれば、尚更。
 照れちゃって、アラマかわいい、と日翔が茶化そうとしたところで、優音がさっと度流の前に立つ。それを見た桜庭が「彼苑度流同担拒否強火勢荒崎優音……」と早口で呟いた。
 からかいが不発に終わった日翔が、唇を尖らせて、桜庭に続きを促す。
「で、俺は俺はー?」
「んー」
「悩むのかよ」
「蝉の脱け殻の恨みです」
「引きずるな!?!?
「女の子の恨みを買っちゃ駄目だよ、天辻くん」
「説得力のねえ忠告ドーモ」
 度流の言葉を軽く流そうとした日翔だったが、視界の隅でちら、と見た度流が、それはそれは真っ青になっていたので、目を剥く。
「な、何? 彼苑、荒崎になんかしたの?」
「ナ、ナニモシテナイヨ」
「嘘すぎる……!?!?
「天辻くん、世の中には、知らなくていいこともあるんですよ……」
「桜庭もなんか知ってんの!?!? おい! 目を逸らすな!!!! さっきの勢いはどうした!?!?
 日翔に迫られ、桜庭も思い切り顔を逸らす。その目線の先にいるのは、にこにこと笑う優音。いつも通りの笑顔のはずなのに、謎の迫力を感じる。
「話すと長くなるんですけど」
「あ、ならいーや」
 日翔とて、触らぬ神くらいは思う。桜庭も知っているということは、小学生時代に度流が何かやらかしたのだろう。度流が優音の気に障るようなことをする、というのは想像しにくかったが、恋する乙女の沸点はわからない。
 日翔に実感はあまりないが、度流は幼い頃に両親を目の前で失うという壮絶な体験をしているのだ。闇の時代くらいあるだろう。優音はそれにずっと寄り添ってきたというから、一度も揉めていない方がおかしいのだ。こいつらも喧嘩することあるんだな、安心した、と勝手に解釈し、日翔はそれ以上の言葉を飲み込んだ。
「まあ、いいけどさ。面白そうだし」
「お、天辻くんも肝試しに興味持ってくれました?」
「仲の良すぎる恋人たちを冷やかすのにちょうど良さそうだ」
「もう! そんなことばっかり言うのは駄目ですよ!」
 ぷんすこ、と怒る桜庭に、日翔は方眉を跳ねさせる。
「桜庭はそんな気持ちが一ミリもねえって言えんのかよ?」
「一ミリしかありませんよ!!!!
「あんのかよ!?!?
「古の恋愛漫画ではホラー体験をして仲を深めるのは定番ですよ!?!?
「んなもん知るかよ!?!?
「吊り橋効果っていうんでしたか。怖いと思うどきどきと、恋のどきどきを勘違いするやつ。そんな要領ですよ」
「そんなんにかかるやついる!?!?
「だから検証するんですよ!!!!
「なるほど!?!?
「天辻くん、納得しちゃうんだ……」
 完全に置いてきぼりの恋人たちが桜庭と日翔の勢いにドン引きしながらそれを眺めていた。反対はしない辺り、興味はあるのだろう。
 というわけで、と桜庭がGNSを操作し、度流、優音、日翔と日程表を共有する。やりたいことは決まっているようで、既にまとめていたようだ。
「準備がいいね」
「こういうのは計画性が大事ですから。あとは皆さんのどの時間が空いているかの微調整です」
 CCTの画面には、三巡分の日程がある。四人が中学生なのも考慮して、保護者同伴の日があったり、真夜中になる前の解散が示されている。
「一巡目は遊園地のお化け屋敷、二巡目は怖い話を持ち寄って話す百物語、最終日は界隈で出ると噂の心霊スポットに肝試しです」
「夏休み始めの二十一日間一週間は課題に集中するって決めてるから、それ以降がいいな」
「うげ、真面目」
「あはは、天辻くんは夏休みの宿題、最終日にまとめてやる派ですか?」
「悪いかよ」
「なんと、これに参加すると、私がこの三巡の体験を自由研究仕立てにした資料を作ります。これで夏休みの宿題が一つ片付きますね!」
「乗った!」
 乗せ上手な桜庭を中心に、四人は夏休みの計画を立てていく。
 本当に何かが起こるなんて、考えもしないで。

 

to be continued……

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