世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- エピローグ
分冊版インデックス
エピローグ-1 エピローグ-2
Epilogue 「『
アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの
通学途中で聞いた都市伝説、義体の不具合時に現れるという
その際に起動された爆弾から彼を救い、叱咤する謎のハッカー。
弟子入りしたいという匠音の要望を拒絶しつつもトレーニングアプリを送り付ける魔法使い。
それを起動した匠音はランキング一位にかつてスポーツハッカーだった
そんな折、メアリーが「キャメロット」の握手会に行くことになるがトラブルに巻き込まれてしまう。それを助けたもののハッキングが発覚して拘束され、メアリーの機転で厳重注意のみで済むものの、和美にはハッキングのことを知られ辞めるよう強く言われる。
それでも諦められず、逆に力を付けたくて匠音は匠海のオーグギアに接続し、父親のビデをメッセージを見る。
その際に手に入れた「エクスカリバー」の性能を知りたくて手近なサーバに侵入する匠音、しかし「エクスカリバー」を使いこなせず通報されかける。
それを謎の魔法使いこと
ハッキングを禁止する理由も、匠海のこともはっきりと教えてくれない和美に反抗し、匠音は家を飛び出し、祖父、
白狼からハッキングを教わりたいと懇願し、OKが出るが教えてもらえるのは
父親の事故の真相を聞きつつもそのハッキングに嫌気がさした匠音はブラウニーの姿を見つけ、追いかけてしまう。
ブラウニーが逃げ込んだ先で匠音は男に声を掛けられる。
ブラウニーについて調べてほしいという男は用意した義体にわざと不具合を起こさせ、ブラウニーを呼び出すことに成功する。
ブラウニーを追跡する匠音。しかしブラウニーが逃げ込んだ先は
イルミンスールに侵入するうちに自信の才能を開花させる匠音。
しかし、そんな彼の前にイルミンスール最強のカウンターハッカー、「ルキウス」が立ちふさがる。
匠音を追い詰める「ルキウス」。だが、その「ルキウス」のアカウントを停止させたのは匠音をイルミンスールへと誘った謎の男であった。
イルミンスールの管理AIである「
それに抵抗した匠音はとある城へと誘われる。
そこにいたのは
匠海は匠音にブラウニーと自分の真実を告げる。その上で、匠音に「自分のことを世界に公表してほしい」と依頼する。
Face Note社の思い通りにはさせないと「エクスカリバー」を振るう匠音。
しかし、窮地に陥った男はその権限で「ニヴルング」にいたメアリーを呼び出し、人質に取ってしまう。
「エクスカリバー」の改変能力で男を退けた匠音はその後、戻ってきた「ルキウス」とも対峙、それを退ける。
匠海のデータを「Oberon」から切り離した和美と白狼と共に、匠音は現実へとログアウトする。
期末試験が全て終わった瞬間、匠音は即座に学校用のアバターを脱ぎ捨て、「ニヴルング」の公開エリアへと再ログインした。
ホームエリアからフレンドリストを呼び出し、一つの名前をタップする。
「父さん!」
極彩色の通路を通り抜け、呼び出したフレンドのホームエリアに到着した瞬間、匠音は部屋の主に飛びついた。
「おっと、」
飛びついてきた匠音を受け止め、匠海が苦笑する。
「よく来たな、匠音」
「だって母さんが『試験期間中はちゃんと試験受けて!』って言うんだよ、おかげで『キャメロット』にも行けなくてさ」
やっと感謝祭休みだよ、もうすぐ冬の「ルーキー杯」だし、と息巻く匠音の頭を匠海が撫で、それから慌てて手を下ろす。
「すまん、ついつい子供扱いしてしまう」
「いいよ」
匠音の幼少期を知らない匠海はどうしても年齢感覚や距離感覚が掴めず、子供扱いしてしまう。それは和美に「匠音はもうそこまで子供じゃないわよ」と言われても抜けず、時折一桁の年齢の子供に対するように接してしまっていた。
「俺だってこの年になって父さんとこうやって会話できると思ってなかったからさ、何話していいかとか分かんないよ」
十年以上の空白を経ての親子の触れ合い。戸惑うことは多いが、それでも言葉を交わしたいと思っていた父親と話せることは匠音にとって喜ばしいことだった。
もちろん、目の前の匠海が生身の人間ではなく性格などを全て再現されたデータ体で、本人ではないということに若干の不安はある。「本当の」父さんだったら何て言うかな、と考えることもしばしばある。
それでも目の前の匠海は匠音にとっては父親だし、考えていても仕方がない。
今、目の前に父親がいるというだけで何もかもが変わったのだから。
あの時、和美と白狼によって「Oberon」から分離された匠海のコアデータをはじめとする全てのデータはそのままイルミンスールのメインストレージから日和が供与されているストレージに移され、さらにその後白狼が借りている
イルミンスール内ではFace Note社が探し出して削除する可能性もあったからだ。それを別の企業のサーバに移してしまえばFace Note社も迂闊に手を出すことはできない。さらに、二人は全てのファイルのインデックスを書き換え、普通に検索するだけでは見つけ出すことができないように細工した。「第二層」を自在に歩き回る魔術師であっても検索できないような、
ただ、それでは匠海自身が自由に歩き回ることはできないのでこっそり「ニヴルング」のアカウントを作成し、そこにコアデータを潜り込ませた。
その結果、匠海は「ニヴルング」の住人としてこうやって匠音たちと交流できるようになっていた。
ゆくゆくは全身義体にコアデータを移植し、ある種のアンドロイドとして現実世界でも活動できるようにならないかという研究が日和を筆頭に密かに行われている。まだ時間はかかりそうだが、いつかは現実に触れあえる時が来るかもしれない、と匠音は楽しみにしていた。
「……で、今日はどうしたんだ? 期末試験が終わったにしては来るの早いと思うが」
頻繁に来るとは言え、それでも先に宿題を終わらせてから来るのがいつもである。
だって、と匠音が声を弾ませる。
「父さんには早く伝えておきたかったから!」
「なんだ?」
匠海の言葉に匠音がふふん、と得意げに笑う。
「父さん、俺、『ルーキー杯』の予選突破した!」
「おっ、やるな」
匠音の期末試験の少し前に冬の「ルーキー杯」が開催されること、そしてそれに匠音がエントリーしたということは聞かされていた。
ちょうど期末試験の勉強と重なったため予選結果はまだ聞いていなかったが無事突破できたと言われ、匠海が破顔する。
流石俺の息子だ、という思考を処理しつつ匠海は話の続きを促す。
「本戦はどんな感じだ? もうトーナメントは出てるんだろう?」
「うん、まぁ……どうかな。父さんみたいに優勝できるかな」
「それはお前次第だな」
落ち着いてやれば勝てる。「ルーキー杯」はその名の通り
「応援するぞ、とはいっても『ルーキー杯』は決勝戦しか中継しないからな……やっぱりトップランカーの戦いの方が派手だから人気あるし」
「デスヨネー……じゃあ、中継される決勝戦まで、俺、行くから! そしたら中継で応援してよ!」
そんな会話をしているうちに和美も仕事を終えたのかログインしてくる。
「あら、匠音来てたの」
「うん、母さんも仕事終わったの?」
ええ、と和美が頷く。
「匠海には話したの?」
「ちょうど話したところ。俺、決勝まで行けると思う?」
「それは匠音次第ね。いくら腕があっても緊張していつもの調子が出なければ勝てないわけだし」
それはそう、と匠音が頷くと匠海も同じように頷く。
「まぁ、匠音ならあの事件でも冷静に対処できたんだから試合くらい軽いものだろ。気負わずに行け」
「……うん」
そんな、穏やかな家族のひと時。
求めていたのはこれだったのか、と思いつつ、話に花を咲かせる。
「……そういえば匠音?」
不意に、匠海に呼び掛けられる。
「ん?」
「隣の家の……メアリーだったか? 告白はしたのか?」
「ぶっ!」
匠音が盛大に吹き出し、慌てて和美を見る……が、彼女は不思議そうに彼を見るだけ。
「安心しろ、
「びっくりした……」
胸を撫で下ろしながら匠音が匠海を見る。
「急に何を」
「いや、惚れた相手にはちゃんとぶつかっておいた方がいいぞと思ってな」
「んなこと言ってもメアリーは『トリスタン』のガチ恋勢だよ? 俺なんて」
どうして匠海がこのことを知っているのかと疑問に思いつつも匠音が答える。
「トリスタン」の名前が出た瞬間、匠海が苦笑する。
「あいつ、相変わらずモテるな……」
「だから俺なんて無理無理」
この想いだけは無理だってと呟く匠音の背中を匠海が叩いた。
「った!」
「
「……そっか」
匠海に諭され、匠音が真顔になる。
「……じゃあ、じゃあさ……もし、俺が『ルーキー杯』で優勝したら、告白してみようかな」
「その意気だ、そっちも応援してるぞ」
そこで話を終わらせ、ウィスパーモードを解除する匠海。
「何話してたの?」
不思議そうな顔をする和美に、匠海が、
「男同士の内緒話、だよ」
そう言って笑う。
そう、と和美は頷いた。
「とにかく、感謝祭休みに入ったんだから試合に向けて頑張りなさいよ」
「もちろん」
匠音も頷く。
「じゃ、俺は『ガウェイン』に色々教えてもらってくるから」
そう言って立ち上がり、匠音は二人に手を振った。
「父さん、またね!」
「ああ、いつでも待ってるぞ」
にこやかにログアウトする匠音を見送る匠海。
匠音の姿が消えてから、匠海は和美を見た。
「和美」
「どうしたの?」
和美が不思議そうな顔をする。
「……匠音、たくましく育ったな」
その言葉に和美がクスリと笑う。
以前、匠海の写真の前で呟いた言葉。
それを思い出し、「やっぱり考えることは同じなのね」と思う。
「でしょ? あれだけハッキングを禁止されても独学で頑張ってたのよ、もう好きにさせるしかないわね」
「やっぱり、今でも反対か?」
ハッキングをさせることに、と匠海が確認すると和美はほんの少しだけ考えてから首を横に振る。
「勿論、何かあったら怖いけどあの事件を乗り越えた子よ、きっと一人でもなんとかできるわ」
「……そうだな」
そう呟き、匠海が和美の肩を抱く。
「今は見守ろう。それが俺たちにできることだ」
「そうね」
頷き、和美は匠海にもたれかかった。
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