charm charm charm 第9章 懇願と変貌と
ホラー映画を観ていた少女・リナは魔法を使ってしまい、通報され、科学統一政府から追われていた。
逃亡の最中、森で動く死体の少女・サラと出会い、共に逃げることに。知られている神秘とは違う様子のサラの正体に近づくため、ドイツの黒い森に住む魔女イアンを訪ねることにした。
サラのことを知るために、魂の魔女・イアンの元を訪れた二人は、目的が決まるまでイアンの小屋に逗留することに。
そこでイアンが魔法で出していた人魂に、リナは絶叫してしまうのだった。
リナの絶叫により軋む小屋。そんな現状を見てイアンはリナに魔法を制御する訓練を提案する。
リナを落ち着かせるために気絶させたイアンは、「家族に会いたい」という自分の願いに疑念と戸惑いを抱くサラに語り始めた。
弟を亡くした過去を。
イアンの指導の下、リナの魔法訓練が始まるのだが、不意にサラが意識を失ってしまう。
原因不明の昏倒から目覚めたサラは、口にした。
「——思い出した」
サラの口から語られたのは、祖母が魔術師として科学統一政府に処刑されたというもの。
不可解な点が多いこの点、生前よりサラも解明したかったというのもあり、イアンはとある提案をした。
それは神秘についてのノウハウをイアンに教えた魔術師「
安曇救出作戦のため、協力者を募ったリナとイアン。
ナイ神父、
潜入した神秘根絶委員会本部で、陽動に出たリナと中国は幹部・アンジェと、安曇救出に向かったイアン、サラ、ナイ神父は幹部・カシムと対峙する。
どうにか安曇を救出し、引力魔法で場を崩落させて脱出を試みようとしたとき、魔法が打ち消される。
戸惑うリナたちの前に現れたのは、異端審問官マシューだった。
あらゆる神秘を無効にするマシュー。彼が「魔女」であることを見抜き、隙を作り、からくも脱出に成功したリナたち。
早速、サラは安曇に問いかけを投げる。
「そうですね。妙な借りを作っておく理由もありません」
そう告げると、安曇はかちゃりと眼鏡を直しつつ、名乗った。
「ご存知のことと思いますが、私の名は安曇。日本人の魔術師という認識でかまいません。あなたは?」
「サラ・ノイアーと言います。ドイツ出身です」
サラがぺこりと頭を下げる。ふむ、と安曇はサラに近寄った。近寄ったというか、一気に距離を詰めたというか、興味深そうにサラを観察し始める。
「自我を持つ
「え、ええと」
「失敬。私が神秘に携わって研究している一つに『反魂』……つまり、『死者蘇生』というものがありまして。あなたの存在は非常に興味深いんですよ、サラさん」
「そう、なんですか……」
気圧されながらも、サラは察した。なるほど、この人が神秘根絶委員会に捕まるわけだ、と。多くの神秘使いに嫌われている理由もわかった。禁忌に触れる者と人の事情をずけずけと掘ろうとする者は嫌われる。安曇はその両方に該当した。
が、まあ、疑問を解消すれば、もう関わることはないだろう。既に若干関わりを断ちたくなっているが。
「さて、サラさんのおばあさんと言われましても。私はそこそこ顔が広いですが、一方的に知られているだけ、という場合もありますからね」
「あ、祖母が安曇さんを知っていたわけじゃないんです。たぶん。祖母が日本人の魔術師と交流があったかもしれなくて」
それが誰かはわからない。確かめるのにひとまず、安曇に聞いてみるのはどうか、とイアンに提案されて今に至る。
そんな事情を聞き、安曇はちらとイアンを見た。イアンは涼しげな顔でよそを向いている。
勝手に他人に紹介されたくらいでああだこうだ言う安曇ではない。が、違和感が膨らむ。「魂を抜いて殺す」という魔法の使い方、カシムとの言葉の応酬、そして何より安曇を頼ろうと提案する神経。安曇の知るイアンとの差異が大きい。
「人を生き返らせる……? そんなの、冒涜ですよ!!」
「きみの『弟に会いたい』というのは違うのですか? 願ったことくらいあるでしょう? 魂の魔法に覚醒するほどなのですから」
死んでしまった人に、もう一度。
「それは誰もが願うことです。恥じることはありません。誰でもその願いだけは捨てられない。だからこそイザナギもオルフェウスも冥界に向かったのですから」
諭す安曇の言葉に、「そういう問題じゃありません!」とあのときのイアンは叫んだ。
「それができるようになってしまうのは、良くないと思います……なんとなく、ですけど」
だめです、怖いです、と。
それ以来、イアンは安曇から距離を取るようになった。
神秘絡みで頼れる先が安曇しかないというのはともかく、在り方が変わった気がする。もしかして、この少女が原因なのだろうか、と安曇は考えた。
それはともかくとして。
「では、サラさん。おばあさんの名前を教えていただけますか? 魔術師だったなら、
「あ、えっと……魔術師だったかはわからないんです。でも、神秘根絶委員会に捕まって、処刑されたんです。魔術師として」
なるほど、と安曇が呟く。サラは続けた。
「魔術師なんて、心当たりはないです。でも、日本語を色々教えてくれて……だから、魔術師の知り合いがいたんじゃないかって、日本人の」
それでイアンから安曇に会ってみないかと提案されたわけだ。筋は通っている。
が、肝心の情報がない。
「おばあさんの名前は?」
「あっ、ごめんなさい! ええっと」
一番最初に聞かれたのに、どうやら忘れていたらしい。けれど、責めるようなことでもない。安曇は穏やかにサラの様子を眺めていた。
ええっとええっとと頭の横を指でくるくる掻きながら悩み始めるサラ。もしかして「一休さん」というアニメをご存知? 渋いなあ、などと考えていると、サラの表情に絶望が灯る。
私は何もしていません、と真顔の安曇。
「覚えてない、です」
そう、サラが絶望した事実とは、
「そもそもおばあちゃんのこと『おばあちゃん』ってしか呼んだことないです……!」
子どもあるあるであった。両親や祖父母のことはなかなか名前で呼ばない。呼ばなくてもいいと、名前を知ろうとも思わない。覚えている、いない以前の問題だ。
これはまあ、仕方のないことだろう、と安曇は軽く肩を竦めるのみ。
「さすがに名前がわからないと、誰か特定はできませんね。何か名前を確認できるものとか、お持ちではないですか?」
安曇の指摘は至極真っ当だ。けれど、サラの顔色は芳しくない。これは比喩である。
そもそも、サラが動かしているこの体が「サラ・ノイアー」だった保証がない。遺棄されていた死体に所持品なんてあろうはずもないが、あったとしてサラのものだったか。
サラの現状の説明を受け、安曇の目には好奇が滲む。が、これ以上踏み込んでやるほどの魅力と義理はない。
「ノイアーという苗字だけでは、さすがにわかりません。もう少し何か個人を特定できる情報はありませんか?」
「ない、です。おばあちゃんの正確な年齢も知らないし……」
もう少しはっきりと生前の自分について思い出したいが、妹たちの名前すら思い出せないのが現状だ。
表情の変化は大きくないものの、落ち込むサラの肩をリナがぽんぽんと叩いた。
「ならさ、サラの家族に会いに行こう。元々、会いたがってたし、聞くなら家族に直接聞くのが一番早いよ!」
「うん」
「なら、早めにここを発って、ドイツに戻る?」
イアンが首を傾げる。リナはきっぱり「無理!」と答えた。
「さすがに疲れた! 一時間は寝たい」
「えぇ。もっと寝てください、リナさん。十六歳はまだまだ育ち盛りなのですよ。過労で死ぬなんてもったいない」
言いながらブランケットを用意するナイ神父。安曇救出を達成した今、ヴァチカン近くに留まる理由はない。が、ここはナイ神父が管理する星の智慧教会。仮眠くらいは摂っても良いだろう。
◆◆◆
ルドヴィーコ、中国と別れ、時折ナイ神父の教会に世話になりつつ、ドイツまで戻ってきた一行。
「サラの家族探すのは最初から賛成だけど、どの辺に住んでたとか覚えてる?」
「うーん……」
家の近辺の景色は覚えているが、詳しい住所と言われると……といった感じのことを目で訴えるサラ。無理もない。
イアンが助け船のように問いかけた。
「サラと出会った森とかに行ってみたら? 案外近いかもよ?」
「被害者住所近くで死体遺棄が行われて、科学統一政府に見つからないもん?」
リナの疑問はもっともだ。サラが死にたてほやほやで、遺棄されたてほやほやだった可能性を踏まえても、科学統一政府による全世界の環視体制は、犯罪の抑止に大いに貢献している。警察の人間も魔女狩りのみならず動きが速い。
とはいえ、他に手がかりになりそうなこともないため、そちらに向かうことにした。
「イアンはどうする? 黒い森に帰るの? 安曇さんを匿うなら、あそこはいいと思うけど」
イアンの住む黒い森は深い森である。そのため、電波が不安定で、有名なケーキの店があったり、クリスマスマーケットがあったりするが、現金決済のみを取り扱っている。つまり、オーグギア装着者が比較的少ないのだ。
科学統一政府の監視網はオーグギアを介してのもの。故に、監視をかわすにも黒い森は適切であるし、観光客が一定数いるため、物資の流通もある。
「今回派手に動いたからね、しばらくは静かに暮らさないと。さすがに僕の拠点は割れてないと思うけど……戻るにしても、その前に寄りたいところがあるんだ」
「寄り道? どこどこ?」
穏やかな声音で答えるイアン。その言葉にサラが違和感を覚えるが、リナはそんなこともないようで、遠慮の欠片もなく質問する。
イアンはほろ苦い笑みを浮かべた。
「弟の墓参りに」
◆◆◆
少しじめっとした空気。何故、墓地というのは湿気が強いのか。映画とかなら、演出と言えるが、残念ながらここは現実だ。夜も更けて、人気もない。月明かりだけが煌々と照らす夜の墓地はいやに不気味で、今にも「出そう」である。
リナが青い顔をしながら、辺りをきょろきょろ見回す。頬や首筋をすうっと撫でる微風にひっと悲鳴を上げかけるのを、サラが後ろから口を塞いで防ぐ。
夜の静かな中で隠密行動。あまりにもリナには向かない。が、どれだけ頑張ってもイアンの目的の墓地にはこの時間にしか着けなかった。昼間に着いて他の墓参り客と鉢合わせても良くない。
そう言い聞かせられたが、怖いものは怖い。リナは文句を言いたげにサラを見たが、サラはどこ吹く風。というか、睨むのならイアンにしてほしい。
リナが輪をかけたびびりであることを知りながら、墓参りへの同行を望んだのはイアンだ。引力の魔法で人様の墓を破壊したら、罰当たりどころの話ではない。
それでも、身近な人がそばにいてほしかったんだろうな、とサラは推測した。イアンの弟は亡くなっていて、森に一人暮らしなことから察するに、両親との交流も断っているのだろう。魔女となってしまったイアンが気兼ねなくそばにいられるのは、同じく魔女のリナくらい、ということなのだろう。
(リナとイアン……仲良しなのかはいまいちよくわかんないけど)
仲良しとか友達とか断言してしまうには微妙な距離感だけれど、もっとお互いを頼ればいいのにな、なんて、サラは思った。
とんとんとん、と腕を三回叩かれ、ふとリナに目をやる。リナは「怖い」のとは違う青い顔をしていて、サラは慌てて手を離した。
「ご、ごめん」
「けほっ……サラって案外、力強いよね」
呼吸を整えながらリナが呟いたことに、そうかな、と首を傾げる。
「神秘による術式を受けて、副次効果で怪力を得るというのは珍しい話ではないですよ」
そこに口を挟んできたのは安曇だった。ここまでイアンなどを特に気にしながら、何やら考え込むように沈黙を保っていた安曇。眼鏡の奥の瞳からは、うまく感情が読み取れない。
サラに向けられた瞳には微かに好奇が宿って見えた。
「死体が動いているだけなら、
途端に饒舌となった安曇の言葉に、サラは複雑な面持ちをする。面白がられるのも微妙な気分なのだが、自分が動いている仕組み、「何故」や「どうして」の部分には、サラ自身も興味がある。
神秘に詳しいであろう安曇なら、サラが動いている仕組みを解明できそうだ。仕組みがわかれば手段がわかる。手段……使用された神秘の種類、術式や儀式の内容がわかれば、犯人を特定できる。自分を殺した犯人を特定したいわけではないが、「何故殺されたか」は知って、すっきりしておきたい。
家族に会ったとして、別人の体である可能性があるのだ。自分の状況を知っておけば、噛み砕いた説明ができる。嘘をつくにしても、本当のことを知らなければ、うまい嘘もない。
「死者を蘇らせるのって、どんな神秘でも難しいの?」
「今のところは。理に逆らうなどと宣い、忌避する連中が多いですが、多くの神秘において、研究され続けている分野でもあります。科学統一政府は……どうなんでしょうね?」
かくいう安曇も、死者を蘇らすための術を研究していたという。その最中「魂の魔女」であるイアンに出会い、研究に活かせそうだと交流を持ったのだという。
科学統一政府は神秘を根絶しようとしている。死者を蘇らせるなどもってのほかだ。
ですが、と安曇は続ける。妖しげな笑みを浮かべて、すうっと墓地を見渡した。
「死んだ人にまた会いたい、と人は願うでしょう。神秘がなくなろうと。神秘の代替として科学技術を発展させているようですが――果たして、死者を蘇らす技術なんて、科学で成し遂げられるんでしょうか?」
科学で成せないから、人は神秘にすがったのに、と安曇は笑う。
それはその通り、とサラは思った。が、さすがは神秘根絶委員会に捕まるほどの魔術師。煽る煽る。それで、魔女以外の神秘がほとんど絶えたこの世界に生き残っているのだから、しぶとい。神秘根絶を掲げる側としても、目障りで仕方ないことだろう。
助けてよかったのかな、とサラが思い始めたところで、ここだよ、とイアンが足を止める。
特にこれといった特徴のない普通の墓だ。そういえば、花などは調達していないが、と墓参りが目的であることを思い出すリナ。イアンは事前準備がしっかりしている方だが、珍しく行き当たりばったりだな、とリナにだけは誰も言われたくないであろうことを考えていると。
すっとリナの前にイアンの白い手が差し出された。リナはきょとんとする。
「ねえ、リナ。僕を手伝ってほしいんだ」
「ん? どうしたの、改まって」
「弟を……マックスを蘇らせるのを、手伝ってほしい」
…………。
…………。
…………。
リナの顔がさっと青ざめる。
「何、言ってんの、イアン……」
「おかしいことかな? 僕はずっと弟を失ったことが悲しかったんだ。魂を取り戻したら、弟にまた会えるなんて考えて、『魂の魔女』になるくらいには。方法を見つけた。リナとならできるんだよ」
「弟は生き返らないって、泣きながら諦めてたのはどこのどいつよ!? お父さんとお母さんを生き返らせたいって言った私に、叶えちゃいけないって、
死んだ人にまた会いたい。
安曇の言った通り、それは誰もが願うことだ。願ってしまっても仕方がない。悲しみを止める方法などない。
リナだって、願った。けれど、それを嗜めたのはイアンだ。
魂を呼んでも、生き返らせるのは、ダメだよ。越えちゃいけない一線だ――一言一句、違えず覚えている。どんな顔をしていたかも。
方法が見つかった? 見つかったとしても「やっちゃいけない」と言っていたのは誰だった?
「でも、できるんだよ、君なら。証拠が欲しい?」
「証拠なんていらな――」
「おいで、サラ」
え、という疑問符は声にならなかった。会話が成立しなくなってきたイアンが放った言葉は「魂の魔法」の一つ。カシム相手にも使っていた「魂を呼び寄せる魔法」だ。固有名詞を呼べば、特定の魂を呼び寄せることもできる。
サラは意識が遠退いたというより、「イアンが近くなった」ように感じた。瞬間移動でもさせられたかのような感覚。
「いやあぁぁぁっ!! やめてっ!!」
リナの悲鳴が響くと、サラの意識は明瞭に戻る。「リナが近くなった」気がするが、それはいつも通りのことだ。
リナはサラに断りを入れることもなく、サラを横抱きにした。お姫様抱っこ、なんて言える状況じゃない。引力の魔法の浮遊感。
リナは進行方向を叫ばなかったけれど、イアンから逃げたのはわかった。
イアンが遠退いていく。リナの腕の中で、サラはそう感じていた。
To Be Continued…
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