常夏の島に響け勝利の打杭 第1章
分冊版インデックス
飛行機の中。
眼下に広がる青い海に、
『おー、南国って感じだね!』
匠海の肩にちょこんと座り、同じく窓の外を見ていた妖精も楽しそうに声を上げる。
「お前……気が逸りすぎだろ……」
呆れたような匠海の言葉、続いてつん、とつつかれる妖精の頭。
妖精はダイビングスーツにフィンとシュノーケルを完備、その上で浮き輪を腰に付けた姿で匠海の肩に腰かけていた。
現地に着いたら楽しむ気満々の妖精に、匠海は「遊びじゃないんだぞ」とため息を吐く。
「今回のハワイ行きは観光じゃない、れっきとした仕事だぞ」
『えー、「折角のハワイだから前日入りして楽しんでこい」って言ったのはとうふだよ?』
「それな」
今回、ハワイに向かっているのは長期休暇を利用した観光ではない。
窓から視線を外した匠海が、視界にAR表示で映し出されたUIを操作して動画を呼び出す。
映し出されたのは人の背丈ほどありそうな人型のロボットが互いにぶつかり合う映像。
ぼんやりと動画に視界を投げ、匠海ははぁ、とため息を吐いた。
「何が楽しくてコンテストの監視員しなきゃいけないんだよ……」
俺は
『仕方ないでしょ、タクミの情報分析能力を買われてるんだから』
世界に4本存在するメガサーバ「世界樹」、その一基目、「ユグドラシル」に勤めるカウンターハッカーである匠海が今回ハワイに向かっている理由。
それが、今見ている動画にあった。
『「
妖精がぶつかり合い、火花を散らすロボットを眺めながら呟く。
『人型ロボットでの格闘技の大会って、結構野蛮なことするのねー』
そうは言うものの、妖精としてもロボットのコンテストが嫌いとかそういった考えは持ち合わせていない。あるとすれば「本来人間が従事するには危険な作業に従事するのがロボットなのに、どうして戦わせたりするんだろう」という考えだろうか。
それな、と匠海が再び呟く。
「妖精は知らないのか? 知らないならロボット開発周りのコミュニティとか覗いてみるといいぞ。
『人間に近い動きをするロボット……』
ただの作業ロボットであるならその作業に適した形状にした方が効率はいいだろう。それなのに人間に近いものを、と求めるのは何故だろう、と妖精は思考プロセスを開始する。
様々データベースやアーカイブを参照し、出た答えが。
『やっぱり人型ロボットはロマンだから?』
「お前、
日本といえば人型ロボットアニメの聖地である、という匠海の認識も大概だが、実際のところ日本製のロボットアニメはアメリカでもかなりの人気を博している。
匠海はそのようなアニメにはあまり触れていないが、日本から移住した
それはさておき、今回、匠海がハワイに出張することになったのはこの動画で繰り広げられているロボットバトル、「Nileロボットアーツコンテスト」の決勝戦の監視をすることになったからだった。
匠海が勤めている
何故作業効率を求める大会が格闘技に変わったのかは匠海も何となく理解している。
その確認も兼ねて、匠海は妖精に事情を説明することにした。
「人型ロボットがロマン、もあるかもしれないが、大きな理由としては
現在、世界は大きく分けて三つの経済圏に分類されている。
アメリカ周辺を巻き込んだ
これらの経済圏はそれぞれの主義主張、経済的利権、各種資源を巡って水面下で火花を散らしている。
国家間の武力衝突である「戦争」という概念がなくなって久しいが、それでも各経済圏は武力衝突こそはないものの情報戦やそれぞれの主張を拡大解釈した過激派によるテロなどは頻発していた。
そんな三つの経済圏の中でも、
それが「自動人形」。
戦闘用の人型ロボットを
あれはもう一年と半年以上前のクリスマスのことだ。
匠海が勤めている、Nile社所有のメガサーバ「ユグドラシル」での上司、スクリーンネーム「とうふ」こと
四本の世界樹を核ミサイルで攻撃しようという大規模テロ、「
『ふーん、
なんで平和に済まそうとしないのー、とむくれる妖精に、匠海が仕方ないだろ、と呟く。
「世界なんてそんなものだ。今の平和は、その裏で開発された兵器が抑止力となっているから成立しているものだからな」
抑止力としての兵器。それが実際に使われないことを祈るしかない。そして、万一戦争が再び起こった時にはこの抑止力を使用しない限り国を守ることができない。
そんな危うさの上で成り立つ平和なのに、平和を当たり前と思った人間が「兵器はすべて廃棄しろ、世界に軍隊は要らない」と声高らかに叫んでいるのが今のご時世なのである。
『平和って難しいねー』
妖精がぼやき、ストレージを開いてアイテムボックスからトロピカルジュースを呼び出す。
それをずずっと啜り、「でも」と呟いた。
『まぁ、「Nileロボットアーツコンテスト」が
「お前、話聞いてなかっただろ!」
妖精の発言に、匠海が声を荒らげる。
「とうふが言ってたよなァ? 『ハッキングによる不正を防ぐ』って」
『えー、そんなこと言ってたっけ』
あっけらかんとしてとぼける妖精。
それに脱力した匠海がずるずるとファーストクラスのシートに埋もれていった。
「……疲れた……」
『まだ離陸して一時間だよ? ねえねえ、折角のファーストクラスなんだからワイン飲も?』
そう言い、妖精がCA呼び出しコマンドを入力する。
「余計なことするな!」
『えーでももう呼んじゃった』
てへぺろ☆ と舌を出す妖精に、匠海の身体がどんどんシートに埋もれていく。
「……もう嫌だ妖精置いてこればよかった……」
『なーに言ってるのタクミ、「
やってきたCAに「ワインとおつまみよろしく~」と妖精がオーダーし、その声を聞きながら匠海は「もうどうにでもなれ……」とシートに埋まりながら低く呟いた。
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