常夏の島に響け勝利の打杭 第1章
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《そこにいるの、カラじゃろ?》
「え?」
匠海が驚いて女性を見る。
そう言えば、この女性、さっきから自分のことを「カラちゃん」と呼んでいた気がする。
え、まさか、といった面持ちで自分を見ていることに気付いた女性が、にっこりと笑って人差し指を立てた。
「はーい、カラちゃんでーす!
そう言い、空と名乗った女性は満面の笑みをその顔に浮かべた。
それから、くるりと匠海に背を向け、まるでそこにカメラがあるかのようにポーズをとる。
「なーんかカメラが回ってる気配! はーい、読者の皆さん、みんな大好き空ちゃんでーす! 今回はたまたまハワイに流れ着いたからバカンス楽しんでるけど、これもしかしてなんかイベントあったりするのかな?」
突然、虚空に向けて語り出した空に、白狼と通話を続けながら匠海が「配信でもしているのか?」と考える。
きょうび配信機材も小型化が進み、配信用のウェブカメラも虫型と呼ばれる超小型ドローンに搭載されるものが主流となっており、アングルの自由度が高い配信が行えるようになっている。
そのような配信機器が普及しているから、配信していてもカメラが見つけられないということはよくある話なので、匠海は「配信している」と認識した次第である。
匠海と白狼の会話をよそにひとしきり喋った空は妖精を見て「よろしくねー」などと声をかけている。
それを見ながら、匠海は白狼と空の馴れ初めを聞かされる羽目に会うのだった。
「……マジでジジイの口説いた相手だったとは」
数分、白狼と通話して空のことを話した匠海がげっそりとしたようにビーチチェアに身を預ける。
「……世の中狭い……」
ってか、ジジイ流石に犯罪だろと呟きながらも匠海が隣に座った空を見た。
《若い頃の話だぞ》
「若いって、ジジイ何歳の話だよ! それともこいつ……空が子供の頃の話だっていうのか?」
だったらマジで犯罪だ、通報するぞと匠海が凄む。
《そうさな……儂が二十代の頃かなあ……》
「ぶっ!」
白狼の答えに匠海が吹き出し、それから隣の空を改めて見る。
白狼の年齢に関しては既に百歳を超えているのは先日確認したところ、二十代の頃と言えば八十年は昔の話である。
ちょっと待てこの空という奴、実はとんでもない美魔女なのか、いや、百年近く生きた人間がどう見ても二十代前半まで若返るのはあり得ない、まさか義体? などと匠海の中で考えがぐるぐると回る。
ちなみに、匠海の中で「義体」という単語は出たが、そもそも妖精を義体制御OSとして開発しようとした
と、なるとやっぱり美魔女……と考えている匠海に空がむぅ、と頬を膨らませる。
「匠海ー、レディの年齢考えるのは野暮だよー? 空ちゃんはちょっと特別なのだ」
「……はぁ」
考えるのはやめよう、と匠海がため息を吐いてココナッツミルクを一口飲む。
「……で、なんで俺に声かけたんだ」
空が妖精について言及していたこと、そこから白狼の孫だと断じたことを考えるとはじめはたまたま空いてたから声を掛けただけで、声を掛けたら匠海だった、というだけの話である気はするが訊かずにはいられなかった。
匠海の質問に、空が「んー」と呟き、
「大体匠海が考えてる通りじゃないかなあ。たまたま見かけただけだってば」
「そうか」
空がそう言うのならそうなのだろう。
それならこちらから話すことはもうないとばかりに匠海が再び動画の再生を始めようとする。
それを妖精が阻止しようとじたばたし始めたところで空が匠海に質問を投げた。
「ところで匠海はどうしてハワイに? 休暇?」
「いや、仕事だ。明後日開催の『Nileロボットアーツコンテスト』の不正監視員として動員されてな」
「Nileロボットアーツコンテスト」自体は別に非公開の大会でもなく、それにスタッフとして参加することも別に
これが、空が参加者であるなら重大なインシデントであったかもしれないが匠海が記憶している参加者リストに空の名前はなく、また、質問の仕方から仲間が参加する、というわけでもないだろう。
その匠海の読み通り、空はふむふむと頷き、くつろいでいる様子の匠海になるほどと呟く。
「流石カウンターハッカー。ってことは、折角のハワイだしで前乗りしたの?」
「まぁ……俺は別に必要ないって言ったんだが、上司に『折角だから前日休暇にしておいてやる』と言われてな」
おかげで一日休む羽目に遭ってな……。と匠海がぼやくと、空の顔色が目に見えて変わった。
どちらかというと呆れ果てた顔。
ゆっくりと空の唇が動く。
「また!?!!」
「また、って知ってるのかよ」
約二年前の苦い思い出が匠海の脳裏に蘇る。
あの時はユグドラシルサーバ出禁にされた上に世界的テロに巻き込まれかけたんだよな……と思いつつ、空にそう言うと、空は知ってる知ってる、と首をぶんぶんと縦に振った。
「『ランバージャック・クリスマス』のことはなーんか知ってるんだよなーこれが。ま、でもあんな事件がまた起こることなんてないって」
「……まぁな」
いささかの不安を覚えつつも匠海が頷く。
そうだ、今度は何もない。ただの休暇で、明日は会場のチェックで明後日は大会。それが終われば今まで通りの業務に戻れる。
そう、自分に言い聞かせ、匠海はもう一口、ココナッツミルクを喉に流し込んだ。
「そう、思っていたのでした、ってね。カメラ回ってるなら、さっきの発言がフラグじゃないわけないんだよなぁ、みんなもそう思うよね?」
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