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常夏の島に響け勝利の打杭 第1章

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 翌日。
 外は日光が燦々と降り注ぐビーチ日和。
 元々がインドア派の匠海は「外に出たくねえ」と一瞬は思ったものの、折角ハワイに来ておいてビーチに出なかった場合、カウンターハッカー仲間にどうどやされるか分からないと思った匠海は意を決してワイキキビーチに足を踏み入れた。
 青い海、白い砂浜、燦々と降り注ぐ太陽。屋台から聞こえてくるハワイアンミュージックに、ビーチに並べられたビーチベッドで談笑するカップル。
 よくひとまとめにされるが、実際には八つのビーチに分けられたワイキキビーチの中の中でもほぼ中央に位置するプリンス・クヒオビーチが現在地だと、オーグギアの地図情報が示している。
 少し視線を巡らせると、ハワイの英雄的なサーファーとして知られるデューク・カハナモクの像が建立されており、幾つもの花飾りレイが腕に掛けられている。
 匠海は別に泳ぐつもりもなかったし、当然、サーフィンの体験をするつもりもなかった。とりあえずビーチでのんびりとしよう、とホテルから出てきたが、ビーチに行く限りは、とサーフパンツにTシャツ、さらにその上にUV加工が施されたラッシュガードという出で立ちでいる。
 妖精もセパレートタイプの水着に衣装変えフォームチェンジし、ウキウキとした様子でビーチを見回している。
『タクミ、早く行こ!』
「まあ待て、準備が必要なんだよ」
 そう言いながら匠海は近くのレンタルショップに立ち寄り、ビーチパラソルとビーチチェアのセットのレンタルを手配する。
 はじめは1時間20ドル程度のプランにしておくか、とスクリーンのそのプランをタップしようとするが、妖精が「半日だったら30ドルだって」とボタンをハイライトしたため、「じゃあそれにするか……」と半日のセットを選択する。
 レンタルしたビーチベッドの場所を確認し、近くの屋台でフルーツ盛りだくさんのココナッツミルクを購入、サンオイルを塗り合うカップルや友達連れの人々の合間を縫い、目的のビーチチェアに向かう。
 二つ並んだビーチベッドの片方に腰を下ろし、匠海はココナッツに差されたストローに口を付けた。
 穏やかな波が押し寄せては引いていく海岸を眺めながら、ふぅ、と息を吐く。
『泳がないの?』
「泳げないことはないが、一人で泳ぐのもむなしいだろ……」
 そんなやり取りをしながら、匠海は二日後に控えた「Nileロボットアーツコンテスト」本戦に向けて、他の地域で行われていた予選の動画を再生した。
 匠海の仕事としては本戦の最中に誰か、敵味方関係なく参戦ロボットに対して回線介入してのハッキングを防止するもの、その可能性を考慮して予選の動画を確認し、もしハッキングするとすればどのような環境で行うか、などを頭の中でシミュレートするつもりだった。
 しかし、匠海が動画再生した仕事を始めたことで、妖精が、ぶー! と声を上げた。
『また仕事してる! 今日は休みってとうふに言われたでしょ!』
「他にやることないんだよ」
 それに、対策の手は多いに越したことない、と複数の動画を同時に展開し始めた匠海。
 ああもう、と妖精が匠海の眼前に移動し、ウィンドウを払いのけるように手を振った。
 その瞬間、匠海の前に展開された動画ウィンドウがすべて閉じられる。
「あ! 妖精!」
『休めと言われたらちゃんと休む! このワーカーホリック!』
 ほら、泳ぎに行くよ! と妖精が匠海の腕を掴む。
 実際のところ、妖精はAR体なので実際に匠海の腕を掴んで引っ張ることはできないが、匠海の視界、いや、他の人間の視界では腕を引っ張ろうとしてうんともすんとも言わない状況に四苦八苦しているように映っている。
 ビーチにいる周りの観光客も様々な容姿のサポートAIを引き連れ、バカンスを楽しんでいるので匠海と妖精もそのうちの一人、として溶け込んでいるが。
 そんな匠海と妖精が泳ぐ泳がないで揉めていると、そこに一人の女性が歩み寄ってきた。
「ハロー? 隣、空いてる?」
 その声に、口論をやめて女性を見る匠海と妖精。
 長いグレージュの髪をツーサイドアップにした、まだ少女と言ってもいいくらいのあどけなさの残る女性。年齢は二十代前半くらいだろうが、女性に年齢を尋ねるのは禁忌タブーなので推測だけにとどめておく。
 黒のベースに白いレース生地をふんわりと被せたセパレートタイプの水着を着用し、首にはプルメリアでできたレイをかけた女性は、引き締まった健康的な肉体で、匠海が思わず見とれてしまう。
 体型や顔つきだけを見ればアジア系、いや、日本人に見えるが、声をかけてきた言語は明らかに英語。
 アメリカ生まれアメリカ育ちの匠海からすれば英語は聞きなれた言語だが、この女性が話す英語には日本訛りは一切なく、ネイティブに聞こえる。
 もしかして、俺と同じ日系人なのか、と思いつつ、匠海が女性を眺めていると。
「んー? カラちゃんの顔に何か付いてる?」
 と、女性が首を傾げた。
「あ、いやすまない」
 慌てて女性から視線を外し、匠海が謝罪する。
「別にいいよー? ほら、カラちゃんかわいいし」
 てへっ、と笑う女性。
 自分のことを「カラちゃん」と呼んでいることから、名前はカラというのかと匠海が考えていると、妖精が匠海の髪を引っ張り始める。
『折角逆ナンされてるのにそっけなーい!』
「なっ」
 妖精に言われて「そういうこと」だと思ったのか。
「そ、そうなのか?」
 恐る恐る訪ねる匠海。
「あっ、そのサポートAI、妖精ちゃんでしょ? ってことはキミがあの白狼しろうの孫、匠海かぁ」
「えっ」『えっ』
 タクミと妖精が同時に声を上げる。
「俺のこと、知ってるのか? ってか、ジジイのこと知ってんのか?」
 女性が匠海のことを知っているのは匠海としては認めたくないが心当たりがないわけではない。
 Nile社のプロモーションで時折メディア露出があるため、知っている人間がいたとしてもおかしくはない。むしろユグドラシルサーバの隠れアイドルとも言われているらしい、と相棒に言われ、手渡されたブロマイドを引き裂いたのは匠海本人だ。
 だが、匠海だけではなく白狼のことを知っているとなると話は別だ。
 白狼など、恋人を追ってアメリカに移住したただの元日本人、一般人から見た認識はそれだけだ。
 匠海の目から見れば白狼はハッカー界のレジェンド、白き狩人ヴァイサー・イェーガーという超有名人ではあるがそれは匠海が白狼の孫だからこそ知っている事実であって、白狼イコールヴァイサー・イェーガーと紐づけられる人間が存在すれば白狼の身が危ない。
 そう考えると、女性が白狼の名前を口に出したことで若干の不安を覚えざるを得ない。
 どこで白狼を知った、いや、どうして俺がジジイの孫であることも知っているのか、と匠海が疑念を女性に向けた。
 対する女性はえー、知ってるよー? とこともなげに言う。
「だってカラちゃん、白狼の知り合いだし」
「マジかよ!」
 思わず匠海の声のトーンが上がった。
 白狼といえば恋多き人間、恋人のために国を捨てた後、その恋人に先立たれてからも多くの女性と付き合ってきた。
 最終的には匠海の祖母に当たる女性、日系人の奈緒美と一緒になって女性遍歴はひとまず落ち着いた……と思っていたのだが。
「ジジイ……俺よりも年下の女にコナかけてたのか……」
 頭を抱え、匠海が唸る。
 これはあまりにも悪夢すぎる。もう犯罪だろこれ……。と呟く匠海に女性は首をかしげてみせた。
「カラちゃんは本当に白狼の知り合いだよ? 何なら電話して聞いてみる?」
「……確認してもいいか……?」
 流石に信じられなくて、匠海がそう確認すると、女性は「どうぞどうぞー」と頷いてくる。
 そこで匠海は空中に指を走らせ電話帳を呼び出し、白狼に回線をつないだ。
 数コールの後、白狼が通話に応じる。
《おお匠海、ハワイはどうだ?》
 開口一番、ハワイでの匠海の様子を訊いてくる白狼。
「そのハワイでちょっとな……ジジイ、あんたの知り合いだって言う女に会ったんだが」
《儂の知り合い? ナンシーちゃんかな、それともナディアちゃん……いや、エリザベスちゃんという線も……》
「……じ、ジジイ……?」
 次から次へと女性の名前を挙げる白狼に、流石の匠海もドン引きである。
 どんだけ女と付き合ってんだよばあちゃんで最後とか言ってただろこのエロジジイ、と匠海のこめかみに青筋が浮かぶ。
 しかし、通話の向こうの白狼は、「冗談はここまでにして」と突然真面目な顔になった。

 

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