常夏の島に響け勝利の打杭 第1章
分冊版インデックス
空と別れ、ホテルに戻り、翌日の会場チェックは何の問題もなく一日が終わった匠海はやや緊張した状態で大会当日を迎えた。
早めに会場に顔を出した匠海はもう一度ざっくりと会場を回って不信な通信が行われていないかを確認し、それから匠海や他の監視員メンバーのために作られた監視センターに移動する。
会場はワイキキビーチより少しだけ島の内部に位置するハワイコンベンションセンター、その展示ホールをまるまる使った大規模なものである。
「こちら監視センター、回線及び各カメラのチェック」
監視員のリーダーを任された匠海が各エリアに配備された他のメンバーに声をかけ、さらに監視カメラの映像を確認する。
視界に映る十数台のカメラ映像のそれぞれに視線を投げると該当のカメラ映像がズームされ、より細かい確認が問題なく行えることを確認した匠海はふぅ、と傍らに置いたコーヒーの入った紙コップを手に取った。
「ハワイに行ったらコナコーヒーは飲んどけ。お前、コーヒー好きだろ」
そう、ハワイの観光ガイドをチェックしてくれた健のアドバイス通りに、近くのコーヒーショップで購入したコナコーヒーは爽やかな酸味と花のような芳醇な香りが特徴で、一口飲むと癖になりそうな香りが鼻を抜けていく。
これは監視室メンバーのお土産はコナコーヒーで決まりか、と匠海が思いつつチェックを進めていくと、周りも徐々に騒がしくなり、会場のボルテージも上がっていく。
《イベント開始。全員、気を緩めるな》
時計が十一時を指したとき、本部から一斉通信で声がかかる。
「よし、ここから決勝終了まで誰も気を抜くなよ」
匠海もぱん、と両手を合わせ、監視センターで匠海と同じくハッキング監視を行う面々に声を掛けた。
人の背丈ほどある人型ロボットの拳がぶつかり合い、火花を散らす。
観客席がわっとどよめき、時には歓声が、時には嘆息が漏れる会場の熱気が監視センターにも届いてくる。
「今年のレベル、高いな」
匠海の隣で監視作業に勤しんでいたメンバーがほう、という呟きと共に匠海に声をかけてくる。
「そうだな」
モニターから目を離すことなく匠海も頷いた。
今年の大会は例年に比べてレベルが高いのは事実だ。各チームのロボットの動きは洗練されており、また、重い一撃を受けても踏みとどまるほどの防御や安定性を備えている。
そんな試合の数々を監視しながら、匠海の隣のメンバーは面白そうに声を上げた。
「なあ、今年はどのチームが優勝すると思う?」
話を振られた匠海がそうだな、と頷いた。
「今のところお互いソロだがエイヴァリーと南雲が頭一つ抜きん出ているように感じるな。お互いトーナメントの左右グループだし、決勝で当たるんじゃないかな」
監視カメラからの映像を眺めているだけだが、匠海の目にはこの二人は特に洗練されたロボットを作っているように映った。高価なパーツを使っているわけでもないのに動きに無駄がなく、また、対戦相手の攻撃を巧みに回避すらしている。
他の参加者のロボットはなかなかそこまでは至らない。回避を捨て防御に全振りしているパターンがほとんどだ。
これは面白いことになるぞ、と匠海が呟くと仲間もああ、と頷いた。
「まぁ、今のところ特に不正もなさそうだから今回は行儀がいいな」
今年は匠海が当番となったが、過去の大会には悪質なハッキングの不正が行われたこともあったという。それが現時点で兆候すら出ていないのだから今年の参加者はかなり行儀のいいチーム揃いである。
時々雑談を交えつつも警戒は怠らず、試合がどんどん進んでいく。
匠海が決勝で当たるのではないかと予想した二人も順調に勝ち進み、決勝戦のカードは下馬評通りフィラデルフィア代表のアンソニー・A・エイヴァリーと日本代表の
癖のある赤毛の高校生と、神経質そうな雰囲気の大学生がステージの両端に立ち、互いを見る。
アナウンサーによる二人の紹介の後、ロボットの紹介が始まったタイミングで全てのスタッフの緊張も高まる。
今まで何もなかったからといって、決勝戦も何も起こらないとは限らない。むしろ決勝戦を狙って不正や外部からの妨害が行われることは大いにある。
気を引き締めてかかれ、と本部からも連絡が入り、監視センターにも一気に緊張が走る。
ゴングと共に動き出すアンソニーと光喜のロボット。
先手を打ったのはアンソニーの方。
脚部に備え付けたローラーを利用して光喜のロボットに急接近、強烈なパンチを繰り出す。その拳から杭が飛び出した瞬間、あちこちから声が上がった。
『おおーっと、アンソニー選手必殺のパイルバンカーが初手から発動!!!!』
実況担当のアナウンサーが興奮気味に叫び、周りからもざわざわと声が上がる。
今までの試合では、アンソニーはパイルバンカーをここぞという時にしか使っていなかった。それを初手から使ったということは、アンソニー側は短期決戦で終わらせる、というつもりなのか。
パイルバンカー、といっても相手の装甲を撃ち抜くような威力はない。当てたついでに追撃して相手を吹き飛ばす、といったものだったが、光喜のロボットはそれを受けつつも踏みとどまり、反撃を試みる。
激しく殴り合う二機のロボットに、観客席からも本部からも監視センターからも声が上がった。
「やべえな」
匠海の隣で仲間が声をあげ、匠海もそうだなと頷く。
アンソニー側のパイルバンカーが決まった瞬間、勝負がついたかと周りは思った。
だが、それでも倒れなかった光喜のロボットの安定性や装甲は並ではない。
これは分からないぞ、と呟いたのは誰だろうか。
試合目前、監視センター内でコナコーヒーを賭けた勝敗予想が展開されたが、匠海は下らない、と言いつつもちゃっかりとアンソニーに票を投じている。
表面上では公正に中立の立場で試合を眺めていたが、内心ではアンソニー行け、負けるなと拳を握りしめている。
一進一退の攻防、しかしアンソニーのロボットがジリジリとフィールドの隅に追い詰められていた。
初手でパイルバンカーを使ったことで、光喜側はすぐに対応したのだろう。アンソニーの攻撃がなかなか決まることなく、光喜のロボットがパンチを当てに行く。
「っそ、こんなところで負けられるかっつの!」
フィールド端の操縦者エリアでアンソニーが叫ぶ。
「こうなったら奥の手だ!」
そう叫んだアンソニーの言葉はマイクで拾われ、会場全体に中継されている。
その声を聞いた瞬間、匠海の背筋にぞわりと悪寒が走った。
危険だ、という本能の囁き。
ハッカーとしての勘が、やめさせろと匠海に叫ぶ。
「おい、あいつ、なんか――」
匠海が周囲に伝えようとしたその時、会場全員の目の前で信じられない出来事が発生した。
追い詰められたアンソニーのロボットがパイルバンカーを放ったその後に〝裂け目〟が発生する。
それは空間が「裂けた」としか言えないような状態だった。
その〝裂け目〟にアンソニーのロボットが突入する。
次の瞬間、アンソニーのロボットが光喜のロボットの背後に出現した。
まるで〝裂け目〟を使って瞬間移動したかのような動きに、会場が一瞬静まり返る。
「――っ、」
咄嗟に匠海が監視システムに目を走らせる。
会場全ての電波状況、量子通信のログ、その他各種ログを確認、会場内で異常が発生していないか確認する。
しかし、匠海が観測できる全てのログは正常値を示しており、何の異常も発生していない。
一体何が起こった、と匠海はモニター越しにアンソニーを睨みつけた。
瞬間移動技術が過去に発明されたことは知っているが、あれはコストに見合わないため使われないもののはずだ。何かしらの不正をおこなったのではないか、と匠海は踏んだが、データを見る限り何も起こっていない。
フィールドを見ていると、アンソニーのロボットが〝裂け目〟を利用した瞬間移動を繰り返し、相手の死角から攻撃を繰り返していた。
追い詰められていた状況から一転しての攻勢。
会場は一気に盛り上がり、目の前の信じ難い光景に興奮している。
「く――、なんなんだ、こいつ……!」
優勢だったはずの光喜が逆転され、信じられないと呻いたその時。
突然、アンソニーのロボットのそばに開いた〝裂け目〟が大きく広がった。
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