縦書き
行開け
マーカー

No name lie -名前のない亡霊- 第5章

 

 
 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 彼苑かれその度流わたるはテロで親を失った。そのテロから十二年。高校生になった度流は人とは少し違った見え方のする目を生かして、美術部に所属し、絵を描いていた。
 高校二年生の春、コンクールで最優秀賞を取った度流の絵が展示会場から盗まれる事件が発生。それが報道されたのと同巡の三日目に差し掛かる頃、度流は何者かに命を狙われ、「虹野にじのから」と名乗る不思議な少女と出会ったのだった。

 恋人の荒崎あらざき優音ゆねが行方を眩まし、動揺する度流。度流は優音の幻影と話すようになり、様子のおかしさに、周りから遠巻きにされるのだった。
 度流の様子を案じた後輩の海月みづきくららが探してくれた手がかりを元に優音を探しに行く度流だったが、再び襲撃に遭い、中学時代の同級生天辻あまつじ日翔あきとに助けられる。
 日翔から「少しは人を疑え」と言われた度流は、惑いながらも、くららへの疑念を募らせていくのだった。
 度流はくららを疑うことについて、頭を悩ませるも、度流の中の優音が「度流のことは自分が守る」と蓋をする。
 度流はそれに抗い、くららの言葉で語られたことから、自分で判断しようと決意するのだった。
 くららから語られたくららの過去とくららにとっての彼苑度流。それを聞いた度流はくららを信じ、共に優音を探すことにするのだった。

 

 
 

 

第5章「嘘と約束」

 

「そういえば、なんですけど」
 くららがGNSを介入させながら、優音のCCTを弄り、不意に度流に話しかける。度流はなんだろう、と思いつつ、くららの言葉に耳を傾けた。
 くららは自分のGNSからデータを優音のCCTへ転送し、電子画面に映し出す。画面に出たのは二枚の絵画、それも、度流のよく知る絵画だった。十二年前に度流が描いた「止まない炎」と、つい先日、盗難に遭った「塔と少女」だ。
 こうして並べてみると、年が違うとはいえ、同じ人間が描いただけあって、似ているな、と感じた。
 そんな二枚を、くららは重ね合わせる。
「これ、先輩の才能なのかなって思うんですけど、ほぼ同じ構図から描いてるんですよ。ホテルと塔とで印象は違いますが、周辺配置物とかの一致率が九十七パーですよ? 頭おかしいんじゃないですか!?!?
 興奮気味に、鼻息荒く、くららが力説する。が、それは一周回って、貶していないだろうか、と微妙な気持ちになった。
 まあ、頭がおかしいというのは、言われ慣れている。こんなに厳密な数値を並べられたことはないが。けれど、優音はそれも度流自身の良さだ、と、全て肯定してくれていた。
 改めて優音の存在に感謝する度流をよそに、くららは話を続ける。
「で、思ったんですけど、先輩、この塔の窓に人影があるじゃないですか」
「え? ほんとだ」
「ほんとだって……先輩、本当に変ですよね。ここまで細やかなものを無意識に描けるもんなんですか?」
 くららは彼苑度流という才能に惚れ込んでいるが、理解には遠く及ばない。
 呆れつつも、言葉を次ぐ。本題はここからだ。
「この人影が、彼女さんの誘拐と先輩が殺されかけている件に関係しているのかもしれませんよ」
「どうして?」
「これがもし、誰にも見られてはいけない密会や、取引の現場だったとしたら? もちろん、後ろ暗い非合法なやつです」
「そんなこと、御神楽のお膝元でやる?」
 それはその通りである。が、くららはものすごく大きな溜め息を吐く。度流があまりにお気楽だからだ。
 御神楽ホテル爆破事件慰霊塔は、当然ながら、御神楽財閥の所有物である。そんな御神楽の管理下にある建物の中で、堂々と裏取引ができる組織が、一つだけ、明らかに、ある。
「御神楽財閥内の企業や派閥そのものなら、御神楽の運営する建物を堂々と使えます」
「そんなことあるわけないでしょ。非合法なものなら、それこそ御神楽の上層が許さないはずだよ」
「綺麗事」
 度流の御神楽信望は知っていたがまさかここまでとは思っていなかった。くららは思わず、度流の額を弾く。度流があてっと仰け反った。
「御神楽は巨大複合企業メガコープ。しかも、世界を股にかけてるんですよ? 掲げる理想は『世界平和』とたいそうご立派ですけれども、あれだけ大きければ、不穏分子の一つや二つ、埃のように出てきますよ」
「言ってることはわかるけど、失礼すぎやしない?」
「そんなこと言ってる場合ですか!」
 くららがぐい、と度流の襟首を掴む。
「先輩の命がかかってるんですよ? 疑わしいものは疑うべきです」
 疑う。それは度流がどうしても苦手なことだった。くららのことだって、結局は疑いきれなかったくらいだ。
 胸がずきん、と痛む。くららの言うことはわかる。何もかもに疑いを向けなければ、度流自身の命が危ない。疑いたくなくても、くららを疑ったのなら、それは御神楽に対してだって、同じはずだ。くららの言い方は確かに失礼だが。
「そりゃ、あたしだって、御神楽を疑いたくはないですよ。先輩が精神面での恩人なら、身体的な側面での恩人には御神楽も含まれますから。でも、『あり得ない』ってことはないから、言ってるんじゃないですか」
 確かに、くららの言う通りだ。御神楽が裏で糸を引いているのなら、辻褄の合ってしまうことはある。
 第一に、優音の行方が未だにわからないことだ。優音の両親が警察組織にあたるカグラ・コントラクターに通報しているはずなのに、見つからない。カグラ・コントラクターは御神楽が取り仕切る民間軍事会社だ。その優秀さは桜花国民が警察組織として信頼を置くほど。そんなカグラ・コントラクターが行方不明から四十八時間以上経過している民間人を見つけ出せない、というのには疑問が挙がる。
 それが誘拐の犯人だったというなら、青天の霹靂ではあるが、優音が見つからないことにも納得がいく。
 第二に、度流の絵の盗難事件。これもまた、御神楽のお膝元にあって、不自然なほどに解決の兆しが見られない事件である。これが、慰霊塔を管理する御神楽の自作自演だったなら。その可能性の方が第三者の介入よりもよほど現実味があるというものだ。
 何故、の部分がわからなくとも、可能不可能で言ってしまえば、可能なのである。
「そんなに嫌ですか? 御神楽疑うの」
 度流は何も言えない。御神楽に限らず、度流は疑うのが苦手だ。疑わなくてはならない場面でも、それを躊躇うほどに。
「まあ、先輩のそういうところがいいところでもあるんですけど……こういうとき、御神楽陰謀論とか唱えてるアンチ御神楽がいれば、手っ取り早いんですけどね」
「手っ取り早いって、何が?」
 度流はぎくりとしながらくららに聞き返す。
「そりゃ、御神楽の怪しい動きとか、噂とかは、荒唐無稽なものもありますけど、アンチ御神楽が一番早く見つけるもんですからね」
「でも、御神楽陰謀論とか、偏見に満ちてるよ」
「誰のどんな意見だって、偏見に満ちてますよ。要はその中から偏見を取り払った情報を見つけられればいいんです。噂程度のことでも、火のないところに煙は立たないって言いますし」
 くららの言葉に度流はむっとしたが、「火のないところに煙は立たない」というのも確かだ。御神楽の怪しい噂の全てが全て、荒唐無稽というわけではない。それらしい噂もあるものだ。
 ただ、御神楽信者の度流はそんな噂に耳を傾けないし、くららもあまり着目しない。故に、「御神楽の怪しい噂」というジャンルにはどうも弱かった。
「わざわざ揉め事の火種になりそうな知り合いを持つはずもなく……って感じで、アンチ御神楽の知り合いなんて、いませんもんねえ」
 ぎくり。
 くららの言葉に度流が身を固くする。くららはそれに気づいてしまった。
「先輩? どうかしたんですか?」
「ええっと、あのー、うん、そうだよね。普通いないよね。アンチ御神楽の知り合いなんて」
「いるんです?」
 いるのだ。度流は心当たりがある。都合よく連絡先まである。先日までならなかったのに、まるでこうなることを予測していたかのような見事なタイミングで揃っている。
 が、気は進まない。
「……あんまり仲良くないんだけど」
「まあ、それはそうでしょうね。先輩ほどの御神楽信者が陰謀論者と反りが合うわけないですし、先輩、結構頑固ですし、見ていて危なっかしいから、お節介焼きたくなる、で済めばいいんでしょうけど、人によっては苛々するでしょうからね」
 ぐさぐさぐさ、とくららの一言一言が度流に刺さる。くららは歯に衣着せぬ物言いをする。それは美徳でもあるが、突きつけられるときついものがある。しかも、全て正論なため、反論の余地がない。
 陰謀論者と反りなんて合わなくていいが、それ以外の二点については、度流も考えていかなくてはならないだろう。
 ――優音がいなくても、大丈夫なように?
 違う、と度流は首を横に振る。優音に頼りきりにならないように、だ。優音とはこれからも一緒にいる。ずっと。永遠だって誓った。
「ちなみに、どんな人なんです?」
 くららの言葉に思考が切り替わる。くららは日翔を知らないから、人となりを知りたいのもあるだろう。
「僕の中学の頃の同級生だよ。少なくとも、怪しい大人ではないよ」
「怪しい大人に育てられた子どもかもしれないでしょう?」
「人の親を悪く言うのは良くないんじゃないかな」
 とはいえ、度流の記憶では、日翔のアンチ御神楽や御神楽陰謀論などは親から聞いたものだったはずだ。日翔の両親に会ったことはないが。
 会ったこともない人物を悪く言うのはどうなのだろう、とは思うが、それはさておく。
「まあ、ピュアな先輩の交遊関係がそんな後ろ暗いとは思いませんよ。にしても、よく連絡先なんて持ってましたね」
「ああ、うん、たまたま、ね」
 度流は不自然なまでに言葉を濁した。わかりやすすぎる度流の反応だが、くららは特に何も言わない。
「まあ、下手に嘘を吐くより、素直に取り合った方がいいですよね。先輩、連絡頼めます?」
「うん、もちろん」
 度流はすぐさま日翔の連絡先を呼び出した。
『はい、どちらさん?』
「あ、天辻くん、彼苑です」
『マジか。何かあったのか?』
 一応、きちんと心配してくれているようだ。日翔の方は度流に頼られると思っていなかったようだが。
 度流もこうもすぐに頼ることになるとは思っていなかった。仲良くないが、「何かあったら連絡しろ」と渡したところに連絡が来て、何かあったのか、と心配してくれるのはありがたかった。
『怪しい後輩はどうだったよ?』
「怪しくないってば。僕なりに疑ってみたけど、怪しくなかったよ」
『お前なりの疑い方が結構怪しいところだが……で? 他にはなんかあったか?』
「うん。その子と話し合って、その」
『待て。「その子」ってまさか、後輩?』
「そうだよ」
 度流がさらりと答えると、度流のCCTから怒号が飛び出す。
『ばっっっっっかじゃねえの!?!? いくらなんでも信じるの早すぎんだろ!?!?
 日翔の声が大きすぎて、度流はCCTを耳から離し、顔を歪めた。当然、日翔の声はくららに筒抜けである。
 これにはくららも苦笑いで「デスヨネー」と小声で呟いた。疑われた自覚はあるものの、度流の疑いのかけ方は薄い。どうやら、度流にそういう入れ知恵をしたのは通話相手らしい、とくららは理解した。
 仲良くないと言っていたが、遠慮がない分、むしろ仲が良いのでは、と思ったが黙っておく。
『おま、おま……マジかよ……本当、甘ちゃんなんだからよ……はあ……』
「……本題話していい?」
 度流が目を据わらせる。日翔は滅茶苦茶大きな溜め息を吐いて答えた。
『まさかとは思うが、その後輩と一緒にいるんじゃないよな?』
「? 一緒にいるけど?」
『マジ……? お前、マジで言ってる?』
「こんな場面でふざけたりしないよ」
『荒崎のことがかかってるのに、そんなんで大丈夫かよ……』
 日翔が不安そうにするのに、度流は不服げだったが、くららがふと、奇妙なことを口にする。
「荒崎って、誰でしたっけ?」
「優音ちゃんのことだよ」
「ああ、彼女さん、そういう名前でしたね」
 ここまで話の中心といっても過言ではない人物の名前を、果たして忘れるものだろうか、と疑問に思ったが、くららはいつも優音のことを「彼女さん」と呼んでいるから、苗字はぴんと来なかったのかもしれない。
『で、本題って?』
 CCTの向こうから、日翔の促す声が聞こえる。度流は少し躊躇いながら、事の次第を話した。
「それで、御神楽の怪しい噂がないかっていうので、天辻くんが何か知らないかなって……」
『ほーん、とうとう御神楽を疑うのか。彼苑にしては思い切ったな』
 う、と地味にダメージが入る。御神楽を疑うのは度流としては心苦しいのだ。優音の命と天秤にかかっているため、ようやく疑おうということになっているだけで、本来なら疑いたくなどない。
 が、そんなことを言い続けていては始まらないのだ。――度流の決意が伝わったのか、日翔は感心した風だった。
『御神楽の怪しい噂と言やぁ、最近は新型兵器の製造と違法薬物の取引なんかがよく聞く話だな』
「兵器? 軍用義体とかじゃなくて?」
『さあな。噂はあくまで噂だ。ただ、軍用義体にせよ、兵器にせよ、そっちは一介の高校生が関わるには危なすぎんだろ。調べるなら違法薬物の方がいいんじゃね?』
 違法薬物も充分危険な気はするが、兵器や軍用義体よりはましだろう。度流もくららも生身なのだから。
「天辻くん、ありがとう。何か手掛かりになるか調べてみる」
『……本当に大丈夫か?』
 日翔が声を低くして問いかけてくる。
「後輩のことなら大丈夫だって」
『それもだけどよ。この様子だと、その後輩と一緒に調べるんだろ? 敵でないとしたら、巻き込むことになるんだぞ』
 日翔の言葉に度流がはっとする。巻き込むことになる。それは度流が望まないことだった。
 この件に巻き込むということは、くららにまで命の危険が及ぶ可能性があるということだ。そこまでの覚悟を度流はしていなかった。
 度流は凍りついた表情でくららを見る。絶望の滲んだ表情に、くららは疑問符を浮かべ、どうしたんです、と聞いた。
「……君をこれから危険な目に遭わせるのは、嫌だ」
 度流の口から零れた言葉に、くららはきょとんとし、それから、からからと笑う。
「気にしないでくださいよ。言ったでしょう? 先輩はあたしにとって、命の恩人なんです。そのためなら、自分の命くらい、かけてみせますよ」
「無茶しないでよ」
 そうとだけ言い、度流は通話に戻る。
『大丈夫か?』
「うん、たぶん」
『たぶんかよ。ま、健闘を祈るぜ』
 そうして、通話が切れる。なんだかんだ、日翔もこちらを気にかけてくれたりと、いいやつなんだな、と度流は思った。
 さて、と度流はくららを振り向く。
「違法薬物の取引なんて、どうやって調べる?」
「ディープウェブに潜ります」
「え」
 くららはあっさりと言ったが、ディープウェブとは、ネットワークの深層である。様々な情報が得られるが、危険も多い。悪意あるハッカーなんかも出入りしている場所だ。
 機械音痴の度流は当然そんな場所に行くことすらできないため、くららに任せるしかないのだが、そんな度流でもわかるほどにディープウェブとは危険な場所だ。
 そんな度流の懸念を読み取ってか、くららはにこりと笑う。
「大丈夫ですって。ディープウェブをちょっと覗くだけですから」
「ちょっとで済むの?」
「目的の情報を見られれば」
 目的の情報とは、違法薬物の取引である。見るだけなら危険ではないのだろうか。
「取引現場を抑えましょう。そうしたら彼女さんのことが何かわかるかもしれません」
「抑えるって、僕らただの学生だよ?」
 度流の意見にくららが沈黙する。確かに、度流もくららも一介の高校生に過ぎない。
「先輩、他に何かいい案あります?」
 そんなものがあればとうに実行している。
 それでも度流は考えた。が、結果は芳しくない。
「取引現場の人が優音ちゃんについて知ってるか、直接聞くのがよさそうだね」
「先輩って、思い切りいいですよね。あたしよりヤバい作戦じゃないですか」
「五十歩百歩だよ」
 警察組織であるカグコンが信用できないため、通報するという選択肢がない。そうなると、無茶な作戦でも実行しなければならない。
 度流は嘘を吐くのが苦手だ。隠し事だって、ろくにできない。そんな度流が思いつく作戦なんて、大抵が正面突破である。無鉄砲この上ない。
 まあ、一介の高校生ができることなんて、限られているのだ。

 

「で、見つかったんですけど……」
 くららが朗報をどこか不安そうに告げてくる。
「どうしたの? 何か問題でもあった?」
「むしろ何もなさすぎて恐ろしいですよ……」
 くらら曰く、違法薬物取引の情報は思った以上に簡単に手に入ったらしい。取引現場はやはり御神楽ホテル爆破事件慰霊塔。……なのだが。
「おかしいですよ。これ、何かの罠じゃないですかってくらい、あっさり情報が手に入るなんて……」
 先輩との関係を勘づかれないようにアクセスもいつもと違うのにしたのに、とくららが顔色を蒼白にしている。
 度流としては、罠だろうがなんだろうが、手掛かりであることに変わりはないため、行く一択なのだが、くららは止めてくる。
「駄目ですよ! 先輩の命を狙ってる何者かの罠の可能性が高いんですよ?」
「でも、行かなきゃ、何も進まないよ」
「それはそうかもしれないですけど」
 罠かもしれない。けれど、それは度流が動かない理由にはならない。情報を得られたといっても、他に手掛かりはないのだ。
 これは最初で最後かもしれないチャンスだった。だから度流は行くのだ。
 そんな度流の決意にくららはお手上げのポーズを取った。
「先輩って、頑固ですね、本当に……できる限りの支援はしますからね」
「ありがとう」
 それにしても、とくららは呟く。
「なんで慰霊塔なんでしょうね? こだわりがあるんでしょうか」
 確かに、度流が今まで襲撃に遭ったのも、何かの取引現場に使われたのも、全て慰霊塔だ。
 まさか、慰霊塔を拠点に据えているのでは、とくららは考えたが、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、口にしなかった。もし、そうだとしたら、御神楽の内部腐敗もいいところである。
 度流ほど信望しているわけではないくららだが、度流を狙うのが、御神楽そのものであってほしくなかった。御神楽を信じたい気持ちはある。だが、あまりにもできすぎているのだ。
 度流が命を失わないのはもちろんだが、度流を狙う何者かについても、ここらではっきり突き止めたいものである。
「それも、慰霊塔に行けばわかるかもしれない」
「そうですね」
 もう度流を止めるのは諦めた。止めたって、止まってはくれないだろう。つまり、もう後戻りはできない。怖気づくことも許されない。
 それなら、ある限りの力を尽くして、度流に協力するしかないだろう。自分は命が惜しいから、度流のように前には出られない。それに、度流以外が前に出たら、相手は出てきてくれないかもしれない。
 度流はとある二人の人物に、偶然助けられたという。それが本当に偶然だったのかはくららには確かめる術はない。ただ、徹底して度流が一人のタイミングを狙っている気はする。
 その理由は定かではないが、探る価値はありそうだ、とくららは思う。それは自分の命惜しさでもあったが、もしものとき、足手纏いになる可能性の方が高いからだ。
 GNSからの脱却。くららの実験はくららの身体的健康を損なっている。急に意識が遠退いたり、体に力が入らなくなったり、症状は様々だ。どの症状がどのタイミングで出るかもわかっていない。
 もし、くららが同行しても襲われた場合、度流は一人では逃げないだろう。優しいから。くららが何らかの症状を引き起こした場合、置いて逃げろといっても聞かない。そういう頑固さがあることをくららは知っていた。
 だから、行ってはいけないのだ。度流を死なせたくないから。歯痒いが、後方支援の方が力になれる。
「危なくなったら、ちゃんと逃げるんですよ?」
「それは、うん」
 毎度毎度都合よく助っ人が現れてくれるとは限らないのだ。くららは後方支援で、度流を直接助けることはできない。度流が自分の判断で、危険を見極めないといけないのだ。
 もちろん、くららも何もしないわけではない。度流が逃げられるよう、経路の確保をする。それがくららの役割の一つだった。
「じゃあ、いってくるよ」
「気をつけて」
 度流は一人、慰霊塔に向かった。

 

 時間は日が傾き始める頃だ。夜じゃないのか、と思ったが、夕暮れ時も怪しいことをするにはいい時間だ、とくららが言っていた。逢魔時と言い、魔物や災いに遭遇する時間とされている。
 要するに、薄暗がりに紛れて、悪いことができる、という解釈なわけだ。
 慰霊塔は閑散としていた。間もなく閉館となる時間だ。人の影は少ない。
『本当に、やるんですね?』
 CCT越しにくららから声がかけられる。度流は頷き、もちろん、と答えた。
 度流は辺りを見渡す。くららが入手した情報では、取引は裏口付近で行われるはず。度流はそこへ躊躇いなく向かう。近づくと、人の気配があった。
「あの!」
 度流が気配に向かって、声をかける。そこにいたのは中年の男性一人だった。度流の存在に驚いたようだが、逃げる様子はない。
「すみません、僕、女の子を探してるんですけど、この子、知りませんか?」
 人畜無害に度流がCCTの画面に浮かぶ優音の写真を見せる。男の反応を度流はじっと見ていた。
 男は優音の写真を見ても、特に反応はなく、「誰だこれ」と呟いた。様子からして、優音の存在そのものを知らないようだ。しらばっくれている、という可能性もあるが、それにしては不自然さが見当たらなかった。
「行方不明なら、カグコンにでも当たりな。俺はそんな子知らん。迷子なら問い合わせればいいだろ」
 妥当な回答だった。度流は少なくとも、この人物は度流の命を狙っているわけではない、と確信した。狙っているなら、とっくに度流の命はないだろう。
「ありがとうございました」
「帰れ帰れ。ガキは帰る時間、だ!?!?
 度流を追い払おうと手を振った男の指先を銃弾が掠めていく。度流は慌てて後ろに下がった。度流のいた場所を銃弾が通り抜けていく。
 度流は走った。逃げれば活路があると信じて。けれど、くららの声が聞こえる。
『まずいです! 先輩のCCT、ハッキングされて、位置情報が相手に筒抜けかも』
 そういうくららの声が、ノイズに呑まれていく。かろうじて、CCTを捨てろ、という指示が聞こえた。
 度流はそれをしない。できない。
「おそろいだね」
 これは優音とおそろいの機種の色違い。長い間、大切に使ってきたもの。優音がいないのに、優音との大切な思い出の品を捨てるなんて、あり得なかった。
 くららが何事か叫んでいるが、ノイズが混じって聞き取れない。おそらく、ハッキングを受けているからだろう。くららの言う通り、これを捨てれば、いくらか時間稼ぎにはなる。
 それでも、捨てられない。
「捨てないの?」
 不意に、少女の声が聞こえた。明瞭で、聞き覚えのある声。見ると、そこには以前、度流を助けてくれた少女、空がいた。
「捨てない」
「ハッキングされて、狙撃されてるのに?」
「捨てない。捨てられない。捨てたくない」
 これは優音がおそろいにしてくれたものだ。

 

「度流くんがGNSを入れないようにってなったきっかけは私だもの。私の願いを聞いてくれた度流くんのためなら、これくらいなんでもないよ」
 CCTが高価なものじゃないか、と聞いたとき、優音が答えた言葉だ。
「だから、私にも、度流くんに見えたそのままの景色を見せてね」
 それが、度流がGNSを導入しない理由。
 GNSで補正された景色ではなく、度流が自分の目で見たままの景色を描き続けるのは、優音のこの言葉があったからだ。

 

 電脳が普及した社会でも、外部端末は当たり前に存在する。そんなわけで、CCTも珍しいものでもない。そう言っていたけれど、一年も経てば、新型のモデルが普及して、一年前の端末はもう古いと揶揄されるほどなのだ。この端末を二人がおそろいにして、もう五年は経つ。同じ型番のCCTが手に入るとは思えない。
 だから、捨てられないのだ。
 空にそう話すと、空は軽く、なるほどね、と頷いた後、腕を横に一閃する。一閃したところに〝裂け目〟が現れ、飛んできた銃弾がその中に吸い込まれて消える。〝裂け目〟が閉じると、何人かの呻き声がした。
「うわあ。こないだは一人だったのに」
 空の言葉に度流の表情にも苦いものが浮かぶ。銃の命中精度は高くないが、数撃てば当たるということなのか、襲撃者の人数が増えているらしい。
 何故、また空は助けてくれたのだろうか。射線上だったとはいえ、一人で避ければ済む話だ。
 すると、空は振り向き、喜色満面に度流を見た。
「命が危ないとしても、捨てないほどの情、いいね、気に入っちゃった!」
「は、はあ……」
 でも、と考え、空は度流に問いかける。
「でもさ、それ、約束を持ちかけたのは君? 御神楽信望もそう。君自身が、君一人で考えたの? 本当に君の内側から、湧いた情?」
「ど、どういうこと?」
 不思議な色の瞳が、度流を問い詰める。
「それは、君が自分で考えてる? 私には、誰かの言葉に言われてるがままに従っているようにしか見えないよ」
「そ、そんなこと……」
 ――ない、と言い切れなかった。
 幻覚を明瞭に見られるほど、優音の言葉は度流の中に根づいている。御神楽信望も「助けられたから」信じているだけ。ここに至るまでだって、日翔やくららの発言に従っただけで、作戦と呼べるほど、一人で考えただろうか。
 自分で考えて、行動してきたわけでないのだとしたら……僕は、一体、今まで何がしたかったのだろう……?

 

to be continued……

第6章へ

Topへ戻る

 


 

おまけ

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 この作品に投げ銭する