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No name lie -名前のない亡霊- 第6章

 

 
 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 彼苑かれその度流わたるはテロで親を失った。そのテロから十二年。高校生になった度流は人とは少し違った見え方のする目を生かして、美術部に所属し、絵を描いていた。
 高校二年生の春、コンクールで最優秀賞を取った度流の絵が展示会場から盗まれる事件が発生。それが報道されたのと同巡の三日目に差し掛かる頃、度流は何者かに命を狙われ、「虹野にじのから」と名乗る不思議な少女と出会ったのだった。

 恋人の荒崎あらざき優音ゆねが行方を眩まし、動揺する度流。度流は優音の幻影と話すようになり、様子のおかしさに、周りから遠巻きにされるのだった。
 度流の様子を案じた後輩の海月みづきくららが探してくれた手がかりを元に優音を探しに行く度流だったが、再び襲撃に遭い、中学時代の同級生天辻あまつじ日翔あきとに助けられる。
 日翔から「少しは人を疑え」と言われた度流は、惑いながらも、くららへの疑念を募らせていくのだった。
 度流はくららを疑うことについて、頭を悩ませるも、度流の中の優音が「度流のことは自分が守る」と蓋をする。
 度流はそれに抗い、くららの言葉で語られたことから、自分で判断しようと決意するのだった。
 くららから語られたくららの過去とくららにとっての彼苑度流。それを聞いた度流はくららを信じ、共に優音を探すことにするのだった。
 くららの気づきや日翔からの情報提供などを元に、犯人の手がかりになりそうなことを探す度流。慰霊塔にて行われるとある取引の現場に訪れた度流はまたしても襲撃に遭う。
 通りすがった空に助けられ、事なきを得るが、度流は空からのとある指摘に動揺するのであった。

 

 
 

 

第6章「嘘と機械」

 

「思ったより落ち込んでるけど大丈夫?」
 空がそう声をかけてくる。度流は大丈夫、と返したものの、それは明らかに空返事だった。
 こりゃ重症だね、と言いつつ、空はいつの間にやら手にしていたジュースを開ける。おそらく自分で買っただろうに、「まっず」と顔を歪める。フルーツジュースとなると、簡単には手に入らないため、きっと合成飲料なのだろう。空の口には合わなかったようだ。
「……? 美味しいと思うけど」
「まじか……まあ、慣れればいけなくもない? 慣れたくもないけど」
「そんなに? というか、このジュース、かなり一般的だけど、飲んだことなかったの?」
「まあね。この世界は万引き難しいし」
「え?」
 これは聞き流した方がいいのだろうか。
「細かいことはいいよ。生きててよかったね」
 それはそうである。空が来なかったら、度流は今頃蜂の巣だっただろう。またしても偶然に助けられた。
「私も、そう毎回は助けられないけど、事態は悪化してるみたいだね。話は聞くだけ聞くよ」
「そんな呑気にしてていいの?」
「やつらが狙ってるのはきみの暗殺だよ。人気のないところで殺して、あわよくば死体という証拠も隠滅したい感じかな。これが合っていれば、人通りのあるここでは手を出して来ないはず。そのデバイスの情報が筒抜けなら、尚更、ね」
 実際、大通りに出てから、銃撃はない。空の言っていることは当たっているのだろう。
 こうして、他者から意見をもらわないと、行動ができないのか、と再び噛みしめる。自分の不甲斐なさに悔しさを通り越して愕然とするしかない。
 ぽつぽつと、度流は空に語った。空に初めて助けてもらったあの日から、命を狙われ続けていることを。空の言っていた通り、大切な人も巻き込まれている。苦手な人を疑うということもしてみた。
「でも、それは人から提案されたことで、自分で考えたわけじゃない。だから半端に終わってる……そんな気がする」
「じゃあ、後輩をもう一度疑う?」
「それはできない。もう信じきっちゃってるから」
 くららを疑うのは、はっきり言って、アリだ。度流にそれができないだけで。今回の襲撃だって、協力しているように見せかけて、裏で糸を引いていたのだとすれば、辻褄は合う。
 その可能性を考えたくないのは、ただの度流の感情論だ。
「そういう感情論、私は好きだけどね。好きと現実的は違うもんなあ」
「そうだね」
 どうすれば、いいんだろう……
 意気消沈したまま、度流は空になったボトルをごみ箱に捨てた。

 

「あ、先輩、心配しましたよ」
 くららの家に戻ると、くららがすぐに出迎えてくれた。八の字にひそめられた眉は、演技だとか、とても思えなかった。
「途中で誰かの介入があったみたいですけど、先輩に女友達がいるのは意外でしたね」
「友達じゃないよ。知り合ったのこないだだし」
 度流は空の名前は伏せつつ、最初に助けてくれた人であることを話した。くららは訝しむものの、度流に嘘は吐けないと判断し、なるほど、と納得した。
「今回も襲撃されたわけで、先輩が狙われてるって話は本当みたいですね」
「疑ってたの?」
「疑うとかじゃなく、実際起こらないと確信はできませんからね」
 そこまでの用心を度流はしない。が、今後はしていかなくてはならないのかもしれない。
「あ、それよりすみません。連絡取る用にと思ってCCTを持ってもらってたのに、そこからハッキングされるなんて……想像力が足りていませんでした」
 よく考えれば、先日も、とくららが呟く声がどこか遠く聞こえる。
 くららの用心さえ、完全ではない。完全というものはおそらく存在しない。それでも度流は、自分の命を守るために用心をしなければならなかった。
 やり方のわからない、人を疑うことを。
「抵抗あるでしょうけど、新しいCCTに買い替えましょう。今のはセキュリティもしっかりしてるんですよ?」
「うん。おすすめはある?」
「自分で見てみないんです?」
「僕、機械音痴だからさ」
 軽く苦笑いで流すも、度流はぼんやりとしていた。
 くららが不安そうにする。
「大丈夫です? なんか上の空ですけど」
「ああ、うん。今回も何も掴めなかったなあって落ち込んでるだけ」
「……ですね。でも、先輩がGNS導入してなくてよかったですよ。ガイストハック受けたら、銃弾なんてなくても死んじゃいますもん」
「前に言ってた危ないハッキングだよね」
「です。HASHハッシュもないし、相手に強力なハッカーはいないのかな?」
 危ないハッキングって、ふわふわした認識だな、とくららはひっそり笑う。そのふわふわ感がある意味で度流らしさなのだが。
「いや、油断はいけないな。技量を隠してるだけかもしれないし、そもそもハッキングかけられるだけで危険ですもんね」
「そうだね」
 頷いて、度流はふと気づく。
 ガイストハックというのは、GNSに作用して、時には人を殺すハッキングだ。度流や優音はGNSを入れていないからかからない。が、くららはGNSを導入している
 つまり、くららをこれ以上この件に関わらせれば、ただ巻き込むだけでなく、命の危険にまで陥らせることになるのだ。場合によっては。
 巻き込んだことは、仕方ない。けれど、死なせる覚悟までしていたわけではなかった。自分のために他人に死んでほしいなんて、思うわけがない。
「くららちゃん」
 だからこればかりは、迷わず言った。
「もういいよ。この件に関わるのはやめて」
「え?」
 くららは狐につままれたように目を見開く。度流はそのまま続ける。
「きみに危険な目に遭ってほしくない。誰かが死ぬのを、もう目の前で見たくない」
「死ぬって……」
 大袈裟だな、とくららは笑いたかったが、そこで度流が十二年前のテロの被害者であることを思い出す。くららがそうだったように、度流も、両親を目の前で失ったのだろうか。だとしたら、それがトラウマになっていてもおかしくない。
 くららは、この件で自分が死ぬ可能性を考えていなかった。というか、自分はあくまでも後方支援に徹するつもりであったから、死ぬことはないだろう、とたかを括っていた。
「僕と関わっていたら、それこそガイストハックに遭うかもしれないし、そもそも、GNSからの脱却の影響で、きみの体調は十全じゃない。これ以上は」
「先輩」
 まくし立てる度流に、くららは静かに声を投げた。
「先輩、心配してくれて、ありがとうございます。でも、あたしは大丈夫です。どんなことがあっても、あたしは先輩の味方ですよ」
「くららちゃん……」
「それに」
 くららが笑う。
「あたしがやめたら、他に誰が先輩を守るんですか?」
 ――普通なら、心温まる言葉のはずだった。けれどそれは、度流にとっては違和感しかない言葉だ。
『おかしなことを言うね』
 涼やかな少女の声が聞こえる。くすくすと微笑を言葉の中に潜めて、少女は続ける。
『誰がいなくたって、私がずっと、度流くんを守り続けているのにね』
 それは優音の声だった。濃紫の髪が、度流を抱きしめた肩口から零れる。度流が聞き違えるはずのない、愛しい人の声。けれどそれは、他人ひとには見えない。度流の脳内に存在する幻影だから。
 ただ、見えなくとも、そのことを知っているはずである。くららは学年は違うけれど、校内掲示板でそのことを把握していたはずだ。度流と優音の関係がそれくらい絶対的なものであることを、誰より近くで目の当たりにしてきたはずである。
 それが、まるで優音がいないみたいに、と反発を覚えかけて、思い直す。幻影の優音は実物の優音と違う。他者にとっては存在しないのと同じだ。それはくららにとってもそう。
 だから、優音がいないように扱われるのは、仕方のないことなのだ、と度流は自分に言い聞かせる。
 度流の考えが伝わったのか、視界の片隅にいた優音の表情が悲しげに歪んだ気がした。けれど、そんな表情も「自分にしか見えないぼくだけのもの」と思えば、狂おしいほどに愛せるものとなる。
 だから、これでいいのだ。
 出かけた言葉を飲み込んで、くららを見ると、くららは真剣な眼差しで言葉を次いだ。
「あたしは『GNSからの脱却』と称して、GNSの自動矯正に抗っています。その影響で、動悸、体の震え、眩暈、呼吸の乱れ……と、まあ、様々な不調に襲われるようになっています。GNSに抗うってことは、脳の機能をおかしくするんです。そんなあたしの行動を、誰かは『自傷行為だ』と言いました。それで人から避けられ続けてきた。そんな中で先輩は、あたしを見捨てないでくれた。その恩返しで助けちゃ、駄目ですか?」
 それは駄目とは言いづらかった。くららにはくららなりのつらさがあるのだ。度流がいなくなったら、くららの心の孤独は深くなっていくことだろう。
 ただ、思ったより、くららが受けているダメージが大きいというのもわかった。三つ以上の発作症状が出ている時点で、くららは「GNSからの脱却」の考えをやめるべきなのだ。それなのに、自分がどれだけ傷ついてもやめないのは、確かに「自傷行為」と言えるかもしれない。
 そちらの意味でも、度流はくららを止めるべきだった。
 悩みながら、度流は、空からもらったあるもののことを思い出す。
『あ、そうそう、これね、あげる』
『何これ。紙?』
『そ。見た感じ作戦指令書だよ。これは、特別サービス! というか、めぼしいものがないか探してたら、ついでに見つけたんだけどね。今時、紙の指令書なんて珍しけど、燃やせば終わりだから却って足が付かないのかな。襲撃者の持ち物、しかも作戦指令書なら、いい手がかりになるんじゃない?』
 空の探していた「めぼしいもの」が何かは知らないが、その申し出はありがたかったので受け取った。
 度流は少し悩んでから、くららに見せる。
「絶対無理しないって、約束できる?」
「できますよ。先輩があたしを信じてくれるなら。それにまだ、死にたくないですしね」
 くららを信じる。度流にはそれが一番、楽な選択肢だった。だから、それを選んだ。
 度流から作戦指令書を受け取る。そこからくららがギミックを探し始めた。暗殺なんて企む後ろ暗いやつの作戦指令書が馬鹿正直に書いてあるそのままであるはずがないのだ。
「紙は普通の紙? 一応ブラックライトとか……わ、まじであった。二次元バーコードかな。ウイルスとかないか不安ですね。先輩、CCT貸してもらえます?」
「え、うん」
 あっさり自分のデバイスを渡す度流に、くららは苦笑する。本当に信じてもらえているというのが伝わってきて嬉しいが、もうちょっと用心してほしい。
「バーコードを発見したんですけど、GNSで直接読み取るより、一旦外部端末CCTを噛ませてウイルス対策します。大事なデータとかあるなら、データを避難させた方がいいですよ」
「データの避難ってどうやるの?」
 そこから? となったが、度流の機械音痴は今に始まったことではない。くららは、気分転換に、度流と出かけることにした。
「データの避難っていうか、バックアップですね。ついでだから、新しい端末も買っちゃいましょう。外部メモリにデータを移すのが一番手っ取り早いです」
「???」
 度流は目をぐるぐるとさせながら、くららについていく。優音の説明なら、きちんと聞き取れるのだが、聞き取れるのと、理解できるのはまた違った話だ。
『つまりね、度流くん』
 理解の及ばない度流のために、優音の声が説明してくれる。
『海月さんは新しい端末を買って、そこにデータを移し変えようって話をしているんだよ』
 なるほど、と頷く度流だが、一つ問題に気づく。
「僕らまだ未成年だけど、保護者同伴なしで買えたっけ?」
「あ」
 店頭では、未成年の場合、通信料の問題や利用規約の了承、責任能力などの都合で、保護者の同伴が義務づけられている。度流は十七歳、くららは十五歳である。桜花における成人年齢は十八歳であるため、二人では新しい端末を買えない。
 というわけで、度流は伯父たちに端末が壊れたバグったことにして、買い替えに行くことにした。

 

「度流が物を壊すなんて、珍しいこともあるわねえ」
 そう言ったのは、度流の隣を歩いている度流の伯母だった。CCTを壊した、と話したところ、今の時代、GNSを導入していないのに、CCTもないのは死活問題だとして、急遽、買い替えに出てくれたのだ。伯父は仕事で予定が空かなかったらしい。
 ショッピングモールを歩きながら、ちらちらと移り変わる電子掲示板の広告を見ると、時折「自由な世界に飛び立て 赤梨協会」と最近よく見かけるようになった、何の広告かわからない広告が表示されては消えていた。
「度流は昔から聞き分けがよくて、やんちゃをしないからねえ。ふふ、もっと手間をかけさせてくれてもいいのよ?」
「しないよ。それに、壊したんじゃなくて、壊れたの」
 伯母の軽口にそう返す度流。そう、今回は度流が自分でどうこうしたわけではない。実際問題「壊れた」という表現が合っているわけではないが。
「もっと物を欲しがってくれてもいいのよ。度流はいい子だからね。CCTだって、壊れてなくたって買い替えるのに」
 それは普通に、あり得ていい話だ。時間が経てば、物が劣化するのはあり得ることである。また、GNS導入者の中でも、お洒落の一環としてCCTを購入し、デコレーションして楽しむという例もある。
 GNS未導入者も、二年使って、新型のモデルが出れば、新しいのを購入するというのもよくある話だ。そう考えると、五年以上使っている度流の方が異常とさえ言える。
 ただ、度流は伯母の言葉に違和感を覚えた。度流がCCTを買い替えたくない理由は、伯母には話してあったはずだ。優音とおそろいだから、と。
 だがまあ、その話も随分と長いことしていない。単に忘れているだけだろう、と判断する。今は買い替えなければならないのだから、細かいことをいちいち指摘することはない。
「そういえば、赤梨協会って、最近よく見るよね。あ、ほら、また電子掲示板に」
「そうねえ。新興宗教か何かかしら。でも、管理されている電子掲示板に怪しいところの広告なんて、載せないと思うけど」
 それはそうだ。もしかしたら、自由を謳うことで、他の広告と差別化し、人の気を引きたいだけかもしれない。企業戦略の方法なんて、度流にはまだわからない。
「バグった、と言っていたけれど、何かデータに不備とか起こったの?」
「うん。保存してた写真がおかしくなって」
 少し早口に度流は告げる。この質問は想定済みのものだった。買い替えの理由が壊れた、ということなら、メーカーへの報告も必要となり、必ず聞かれる質問だからだ。
 当然「ハッキングされた」なんて答えられるはずもない。ハッキングは犯罪行為。発覚したなら行くべきは携帯端末ショップではなく、警察組織カグコンだ。御神楽が信用しきれない以上、カグコンと接触するのも躊躇われる。御神楽が関係なければ、ハッカーが捕まって、芋づる式に今回の犯人たちが逮捕され、万事解決といくのだが。
 嘘が苦手な度流のために、くららが一緒になって考えてくれたのが、画像データのバグだった。よくある話らしいので、信じてもらえるだろうとのこと。
「まあ! 写真とか、画像データがおかしくなったなら、それこそ度流にとって死活問題ね。もっと早く相談してくれればよかったのに」
「いや、おかしくなったの、つい最近だからさ」
 度流は写真から絵を書き起こしたりすることもあるため、理解を得るのは早かった。嘘ということに心は痛むが、こうしてちゃんと心配してもらえることのありがたみもある。
 端末ショップに着くと、店員が出てきて、すぐに対応してくれた。五年使った話をすると、データ容量の話や端末本体の劣化などの可能性を提示され、様々な機種を紹介される。何を言われても、いまいち頭に入って来ないので、度流は一つだけ、条件を出した。
「端末の色が紫のやつが欲しいです」
「紫ですか? ああ、こちらの端末も紫ですもんね。かしこまりました。カラーバリエーションで紫の在庫があるものですと、こちらになります」
 紫は結構人気のカラーで、すぐ捌けてしまうんですよー、なんて言う店員の言葉を聞き流しながら、度流はどれがいいのか見定める。
 すると、背後からふらりと優音が現れた。
『えへへ、私の色を選んでくれて、ありがとう。度流くんは、機械が苦手だけど、写真は結構撮るよね。それなら、容量の大きいこれか、写真の撮りやすさや鮮明さが売りのこっちがおすすめかな。
 決められないときは、実際に触らせてもらうこともできるよ』
「そうなんだ。あの、試しに触らせてもらうことってできますか?」
「はい。では、どちらの機種からに致しましょう?」
 そうして、度流は機種を決めていった。
 当然、幻影の優音との会話は大人たちにも見られていたが、独り言の範疇だと片付けられたようだ。
 データ移動は簡単なのだが、度流は自分でできる自信がなくて、店の人に任せた。
 古い端末は処分を勧められたが、持ち帰ることにし、新しい端末を開く。データのチェックをしようとして、息を飲んだ。
「なに、これ……」
 写真データで、優音の写っているはずのものが、半端にノイズがかかっているようになっていた。
「どうしたの? 度流」
「いや、写真が……」
 度流が画面を見せると伯母が言う。
「あら、慰霊塔、随分綺麗に撮れてるじゃない」
「え?」
「絵だけじゃなく、写真も上手いのね、度流は」
 まるで、何事もないように――そもそも、優音など写真の中に存在しないように語る。
 ぞっとした。足元から寒気が這い上がってくるような気持ちの悪さに襲われる。
 見えているものが、違う。それはいつものことだ。けれど、やはり実際に突きつけられると、ショックは大きい。
『大丈夫だよ、度流くん。私はここにいる。ずっと、ずうっと、ね』
「……うん」
 度流は、優音の声がする方に手を伸ばす。優音が握り返してくれたような気がした。

 

 度流が新しい端末に慣れてきた頃、くららから情報がある程度まとまったという旨の連絡が入った。
 度流は少しの不安を胸に抱えていた。度流も少し調べていたのだ。写真データに異常が起こっていないか。
 そうしたら、度流の記憶にある限りの優音の写った写真は全て、ノイズで優音の姿を消し去っており、度流以外にはノイズすら見えないというのが現状だった。
 画像データがバグったという嘘から出た誠、と笑えればどんなによかっただろう。優音の写った写真は一つ一つ、度流の中の思い出として残っている。どんな場所で、どんなシチュエーションで、どんな服を着ていたか。どんな言葉を交わして、写真を撮るに至ったか。優音の声色はどんなだったかまで、詳細に覚えている。度流がこんなにも覚えているのに、写真はバグったまま、そこにある。
 これをくららに見せようとは考えていた。だが、それも怖かった。もし、くららからまで誰も写っていないかのように言われたら、自分はとうとうおかしくなってしまう、と度流は考えていた。いないはずの優音の姿や声を感じている時点で、もうおかしいのだが、それ以上に自分を見失ってしまいそうだ。
 放課後、くららと待ち合わせして、くららの家に向かう。赤梨協会の広告が不気味な色をしているような気がした。
「先輩? 大丈夫です? なんだか、顔色が悪いような気がしますけど」
「大丈夫、大丈夫だよ」
『そうだよ、度流くん。私はここにいるからね』
 言い聞かせるような度流の言葉に、くららは不安げに口ごもる。この大丈夫は信用ならない、とは思うものの、それを指摘して、地雷を踏みたくなかった。
 あれから、度流への襲撃はない。原因は不明だが、いいことではあるだろう。今の状態の度流が、悪意ある誰かの攻撃をかわせるとは、とても思えない。度流も、なるべく一人でいるタイミングがないように意識はしているようだし、度流をあくまで人知れず始末したい何者かたちは手を出しあぐねているのだろう。
 しっぽを出さない分、調査は難航したが、わざわざ暗殺者に立ち向かうほど、くららも向こう見ずではない。どうにか、あの作戦指令書から取れるだけの情報を取った。
 くららの家に着く。くららはここでようやく肩から力が抜けた。変な緊張をしていたようで、体がいつもより強張っている。度流を見ると、微かにだが、息を吐き出したように思えた。度流は度流で緊張していたのだろう。
 くららの部屋は相変わらず雑多で、自作の彼苑度流グッズに溢れている。これについて、度流がくららに何か言うことは一切ない。驚きはしたようだが、それだけなのかもしれない。今更隠すものでもないか、と開き直っている次第である。
「で、早速なんですけど、作戦指令書に刻まれていたコードから、御神楽傘下の中小企業の職員であることがわかりました。指令自体はやはり先輩の暗殺でしたね。今頃、作戦指令書を奪われて慌ててると愉快ですね」
「はは、くららちゃんものんびりしてるね」
「先輩ほどじゃないですよー」
 間延びした声で、くららが応じると、度流はくららと顔を見合わせて、くすっと笑った。
 くららと度流の距離は縮まっている。度流がくららに恋愛感情を抱くことは決してないが、友達としての距離の置き方には、慣れてきた様子である。
「まあ、御神楽に所属しているというだけで、思想が全員一緒ってわけじゃないですよ」
「それもそうだね」
「ただ、アンチ御神楽は御神楽の中にも存在することはあります。あたしたちが遭ったテロも、御神楽側にアンチ御神楽の内通者がいて、そのせいで御神楽の対処が後手に回ったって噂もありますし」
「それは僕も聞いたことがある。あのテロをきっかけに、御神楽は一旦内部粛清を行ったとかなんとか」
「おっ、先輩がそれを知ってるのは意外でしたね。あのときだけでなく、御神楽は内部の不穏分子にも厳しく当たっているらしいですよ。んで、ここからが本題なんですけど」
 くららがそう言い置いて、以前の度流のCCTを開き、ウィンドウを表示する。
「一般人である先輩の暗殺を目論むような怪しい連中を、どうして御神楽が見過ごしてるのかって話になるじゃないですか」
「確かに」
「そこから考えられる可能性は二つ。
 一つはまだ決起したばかりのアンチ御神楽組織。
 もう一つは、御神楽を心酔している組織
「――え?」
「そうなりますよねー。でも、どうやら心酔している場合でも、人に害を成すことがあるらしいんですよ。仮に、心酔過激派と呼びますね」
 心酔過激派。しっくりくる名付けだ。どんなものでも、過剰で過激になれば、良くないものになることを非常によく表している。
 ただ、御神楽の思想や存在を良いものとしている彼らは御神楽の内部粛清の対象にはなりにくいということだった。活動範囲も、アンチ御神楽といがみ合う程度の可愛らしいもので、粛清されるには程遠いという。
「じゃあ、だったらなんで」
「心酔過激派が悪意ある活動をしたのは、先輩の暗殺が初めてってことですよ」
 ちなみにその暗殺は全て失敗しており、御神楽本体が知ることはない。
「だったら、すぐにでもカグコンに――」
「待ってください。さっきも言ったじゃないですか。不穏分子は内部にも潜んでいるって。電話かけて出たその人が、今語ってる心酔過激派の人だったらどうするんですか?」
「そんなこと言ったって……」
 優音の命が危ないかもしれないのに、これ以上、自分に何ができるというのだろう。
 そんな焦りを見せる度流に、くららは言葉を次いだ。
「心酔過激派について、面白いことがわかったんです。これが付け入る隙になるかもしれない」
 そう言ってくららが開いたのは、真っ黒なサイト。浮かび上がるのは「人類全てに、自由と救済を」という、どこかで見たような文字列。
「これって……」
「そうです。最近よく見かけるようになった赤梨協会ってやつですよ。件の作戦指令書から、このページに辿り着いたときは、あたしも驚きました」
 トップページから、メニューが開かれ、パスワード入力のロックを当たり前のように通過するくらら。一度調べたときに、突破していたのだろう。
 そうして、そこに浮かび上がった、新たな文字は――
「人類救済計画――随分と大袈裟な名前がついていますが、頭が狂ってるやつは、大真面目にこんなことを考えているみたいですよ」

 

to be continued……

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おまけ

美味しいと思うけど

 


 

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