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虹の境界線を越えて 第2章

 空は1人独白する。

 

 私には悪癖がある。それがどうしようもなく悪いことだと言うことは知っていても、どうあってもそれだけはやめられなかった。
 それは欲しいものを手に入れるには手段を選ばない事。欲しいと思ったら我慢できない事。 人は私のことを盗人とか泥棒などと言う。何一つ否定できない。
 私の家はあまり裕福な家ではなかった。欲しいものはほとんど手に入らなかった。それで私はずっと何かを欲しいと願いながら生きていた。ある日、学校のちょっとやんちゃな人たちの間で万引きが流行った。私もその流行に乗って万引きをやる事になった。万引きなどと言葉を飾ってもそれは窃盗、犯罪である。けれど、私はその行為に心が躍った。まわりの人たちは「スリルがたまらない」とかなんか色々言っていたけれど、私の場合は違った。「たったこれだけのリスクを犯すだけで欲しいものが手に入るなんて」、私の心躍った理由はたったそれだけ、けれどそれが全てだった。
 犯罪者の伝記も自伝も私は関心がないし存在する意味がないと思うから、私の自伝や伝記なんて欲しいとは思わないけど、もしあるとしたら、私の泥棒の始まりはそんなことからだったと書かれることだろう。
 けれど、ある日、私はとある小説と出会った。その小説はネット上で公開されている。いわばネット小説で、他にも沢山の小説が公開されていた。もともと同じ作者の他の作品も読んでいたので、当然その作品も読んだ。
 その小説には私そっくりの女の子が出てきて、なんだかその姿を見ていて思ったのだ。あぁ、真っ当に生きたいなって。その女の子も過去にそう思ったらしい。けれど、結局バレてしまい、また元の人生に逆戻り。
 創作フィクションって言うのは上手くいかないものだ。だから、せめて私だけでもその子の代わりに真っ当に生きたいと思った。
「決めた、私、真っ当に生きるよ」
 ツイートする。このアカウントは、私がメイド喫茶と言う表向きの職を得た時に取ったアカウントだ。
「過去の自分は脱ぎ捨て新しい自分として今度こそ真人間として生きていくよー」
 なんて、思ってもいなかった口先だけの言葉が最初のツイートとして残っている。これを本当にしたい。

 

「なんて思ってたのになー」
 暗い船のコンテナの中でぼやく。
 気持ちに嘘はなかった。そう空は思っている。事実あれ以来、すなわちあの小説の2話を空が読んだ10月7日以来、彼女は一切盗みをせず、真面目なメイド喫茶の店員として働くようになっていた。
「まさかあの主人公と同じような目に合うなんてなー」
 今の自分の名前、虹野空というのもその小説の主人公の名前から取っている。本当の名前は元の世界に戻ったその時まで封印するのだ。
「さて、武器をどうするか考えないとなー」
 この世界にやってきて、あの基地に侵入するとなった時、彼女は二つの武器を用意した。一つは特殊部隊用としてよく知られるソーコムによく似た拳銃、mark23。もう一つは彼女の大好きな日本刀と似た桜花刀、を模した単分子刀である。
 結論から言うと、拳銃はまるで役に立たなかった。まさか拳銃を撃つのがこんなに難しいとは思わなかった。
「いや、撃つのは簡単なんだけどね」
 自分の思考に苦笑する。銃の存在は戦争のあり方を変えた、とよく言われる。撃ち方さえ学べば、力がなくとも目の前の人間を殺せてしまうのだからそれはそうだろう。ただ、実際に使った空の感想としては、「確かにお手軽だけど、そもそも当たらないなー」と言った感じだ。まぁそれでもよほど至近距離なら役に立つだろうし、ないよりはマシかもしれない。とも思う。
 次が単分子刀だ。これは良い、と空は思っている。近づいて切ればなんでも切れる。お手軽最強武器だ。転移と組み合わせれば、怖いものはない。
 ただ、なんでも切れると言う状態は長続きしない。今手元にあるのは布生地の服に身を包んだ人間を切るのがせいぜいだろう。だから新しいものを調達しないとならないが、残念ながら、あれは趣味人の作った一点もの、そういくつもない。と言うかもうない。
「となると単分子ナイフを用意するのが正解かなぁ。確か、あの空ちゃんも2章で単分子ナイフを太腿にたくさん装備する妄想をしてた気がするし」
 単分子ナイフは一部のPMCでコンバットナイフの代わりとして生産されているらしい。どこかの工場からちょろまかすことはたやすい、と空は考える。

 

 船が止まる。指で空間に”裂け目”を作って、外の様子を伺うと、そこはアメリカ映画で見るような街並みが広がっていた。
「よし、到着かな。じゃ、出よう」
 ”裂け目”を潜り抜け、手頃なビルの屋上へ。
「夜の摩天楼の綺麗さは、この世界も同じだねぇ」
 つい楽しくなって笑う。
 ――さて、問題は単分子ナイフの生産工場がどこにあるか
 空は盗みのプロフェッショナルだが、当然、盗むべきものの位置が分からなければ盗めないし、可能であれば下見もしたい。
「とりあえず、南にある工場地帯を見て回るかな」
 南を見るともくもくと煙を上げる煙突が複数見える。

 

「ここだなー」
 行ってみると、明らかに他と違う厳重さの工場があった。
「これほどの難易度を突破して盗むのは初めてだなあ」
 どれだけ厳重だとしても、出荷用コンテナの中にでも転移して取り出せば一発なのだが、「盗みに与えられた能力は使わない」、それが彼女の拘りだった。彼女の憧れである、物語の虹野空の拘りでもあった。2章で単分子ナイフを工場から盗み出すシーンでその説明がされた時、彼女はそれにいたく共感したものだ。
「ま、本当に特殊能力を得る機会が来るとは思わなかったけどさ。さて、まずは下見だな」
 まずざっくりと外からの様子を確認。外の警備は小型の無人機ドローン、いわゆるクアッドコプターが担当しているらしい。
「なるほどね。少し前に話題になったアンドロイド三人が主人公のゲームとかもそうだったけど、未来世界にありがちな感じ」
 それから二階のキャットウォーク辺りに人が立っているのが見える。目だったり足だったりに機械がついている。
「であれがサイボーグか。義体を装備した兵士って話だったよね」
 義体とは体の一部を代替し、元の能力以上のものを発揮するものを指す。例えば、陸上選手並みに走れる義足、本当に見えるどころか拡大縮小、暗視までできる義眼、サブアームによりリロードや銃身の安定を行える義手、そう言ったものだ。
 そうした義体を装備した兵士のことをこの世界ではサイボーグと呼ぶ。義体は極めて高価だが、一生そのPMCでやっていく契約を結べば、その代金はPMCが持ってくれる。基本的には戦場で障害を負った兵士が対象だが、中では自ら志願して四肢を切り落として装備するものさえいると言う。もちろん、一般的ではない、傭兵達からしても狂気の判断だ。
 だが、意図的であれ偶然であれ、全身を義体と変えたサイボーグは戦場で圧倒的な力を持つ。
「けどそれって、ロボットとどう違うんだろう。ロボットになってまで戦いたいかな」
 空は考えてみる。自分で例えるならロボットになってでも盗みをしたいか、と言うことになる。
「ないな、自分で鍛えた力をつかってこその盗み。与えられた能力を使うなんて持っての他」
 とここでふと思いだす。小説の中の空も、まさにサイボーグを見た時に同じような思考をしていたな、と。思わぬ偶然に笑う。けれど、そもそも彼女のポリシーに影響を受けての発言だ。考えてみればそんなにおかしいことはないか。
「んー、警備の穴が少ないなぁ、抜く事自体は無理ではなさそうだけど、一応表を見てみよう」
 従業員のふりをして侵入するのは基本中の基本だ。
「IDカード式かぁ。従業員をなんとか沈黙させて成り済ませれば選択肢に入るね。中でどれくらい自由に動けるかにもよるけど……」
 すなわち選択肢は二つ、裏や側面の警備の穴をついて入るか、従業員になりすますか。
「いずれにしても、内部の様子が分からないことにはだなー」
 空はおもむろに工場の裏手に回り、人目を確認して電柱を登る。そして、工場から伸びてきている電線に心電図に使うようなクリップ型の電極をつける。
「お、あったあった。いやー、商売道具は常に携帯してて良かったなぁ」
 その電極の先の端子を携帯端末PDAに差し込む。すると、PDAにそのネットワーク回線内を通る暗号情報が表示される。
「暗号方式はアメリカで見たものに似てるな。第一プリセットから一つずつ試して行こう」
 やがて、暗号は解読され、PDAに監視カメラの映像が流れる。
 これは工場から警備会社と本部にそれぞれ送られている監視カメラのデータだったのだ。一番データを転送するのが早いのは量子通信だが、量子通信の機械は高価かつ大型で、たかだか工場一つにおけるようなものではない。となると、結果的に有線でやり取りするのが最もロスの少ない方法なのだ。
「じゃ、このデータを無線で発信するように示て、と」
 PDAを操作し、現れたダイアログにOKのボタンを押す。
「よっと」
 電柱から飛び降り、スマートフォンを取り出す。先程PDAで設定した周波数を設定すると、スマートフォンに先程のカメラの映像が流れてくる。
「ふむふむ。監視カメラの数は……」
 ボタンを押して監視カメラを切り替えていき、最初の映像に戻ったらカウントを止める。
 監視カメラの数だけ紙を用意し、紙の端の一点をそれぞれ監視カメラの位置と定めて、監視カメラから見える間取りをメモしていく。
 一度スマートフォンを監視カメラの画面からトップに戻して、その間取りの紙を撮影しスキャンしていく。
「よしおっけー」
 次にアプリを起動する。そのアプリに先程スキャンした紙を全て読み込ませると、重複してる箇所が埋められ、一つの大きなマップになる。
「少なくとも、見えないとこはほとんどないって言って差支えなさそうだなー」
 実際には首振りや回転でそれを実現しているわけだから、瞬間的には穴はあるわけだが、少なくとも監視カメラを使ってみることのできない場所がない状態なのは間違いなさそうだ。
 もう一度監視カメラの画面に戻す。さらに別のアプリを起動し、監視カメラの映像と先程のマップを同時表示し、監視カメラとマップ上の監視カメラの位置を関連付けていく。
 終わると、監視カメラの位置と視界と動きがマップ上で確認できるようになる。
「次は警備ルートの確認だな」
 とはいえ、外の厳重さに対し、中にはほとんど人影がない。ロボットもない。僅かながらドローンが飛んでいる程度だ。
「どうせ入れっこないから、中は警備薄いってことかな?」
 そして何よりこの穴のない監視カメラの配置が内部に入ったものを逃さないだろう、と言うことか。
「となれば、監視カメラに異常があればすぐにでも増援が来るだろうな。ケーブルの切断、電力のカット、監視カメラの破壊辺りは禁止か。文字通り、穴をつくだけ、ってことだね」
 しっかりと警備された場所に侵入するとき、人には二つ選択肢がある。一つは、穴をつくこと、もう一つは穴を作ること。今回は穴を作るのはリスクが大きいので、穴をつくことにする。
「じゃ、ルートを選定しよう」
 マップを全画面表示に切り替える。

 

 真っ黒の外套を被った空がフェンスを乗り越える。スマートフォンを見るまでもない、警備状況は頭に入っている。
 側から見ると、空は大胆不敵にふらふらと工場の敷地内を歩いているように見える。しかし彼女は完全に頭の中に記憶された警備のほんの僅かな穴をついて進んでいる。
 ゲームのような、と言う例えは不適当だ。どれだけ高難易度だとしてもクリア出来るように意図的に穴が作られているゲームの穴をつくのと、穴がないように作られた実際の警備網の穴をつくのは、全くわけが違う。
「はい、扉に到着。どれだけ未来でも所詮シリンダー錠なのは助かるね」
 針金を取り出し、鍵穴に差し込んでシリンダーを押していく。やがて、手応えを感じて、針金を回すと、カチリと音がなって鍵が外れたことを理解する。
「はい解錠。新記録はならずかー。ま、割と久しぶりだしね」
 僅か1ヶ月とはいえ、彼女が盗みから手を引いていたのは本当だ。その間のブランクは確実に存在する。今回の鍵開けピッキングの遅さにしても、前回見つかって追手にかかってしまうヘマにしても。
「気をつけないとな」
 この章の冒頭で空は「万引きのスリルがたまらない」という周囲の人間の意見を否定した。しかし、欲しいものを盗むことを覚えた空はやがて、確かに盗みのスリルを娯楽と感じるようにもなっている。だから、気をつけないとな、といった空は不思議と笑顔だった。
「さて、問題はここからだ」
 建物の内部はほとんど穴がない。ある監視カメラの僅か数コンマ秒の隙に他の監視カメラから隠れ、と言うことを繰り返さないといけない。
「頑張るぞ」
 ニヤリと笑う。スマートフォンでカメラの向きを確認する。そして特定の方向に向いた瞬間、スマートフォンをしまって、駆け込む。
 先程ゲームのような、という表現を否定したが、しかしながら空はゲームの回避機動のように、その方向に体を投げ出し、そして受け身を取る、と言う動きで、素早く死角から死角を映っていく。全て、事前に決めた通り。
 盗みは、事前準備で全てが決まる。自然にどれだけ完璧に計画し、どれだけその予定通りに自分が動けるか、それがほぼ全て、9割だ。
「よし、ここはサムターン回しで」
 このドアは横に隙間がある。針金を入れて内側のサムターンを回してやれば、完了、カメラがこちらを向く前に素早く駆け込む。
 たくさんのコンテナが積まれた部屋、適当なコンテナを開け、鞄にいっぱいの単分子ナイフを拝借する。
「よし、帰ろう」
 すぐそばの扉を開け、警備をすり抜ける。
 と、想定外が一つ、あくびをして予定より遅れている警備が1人。こちらに気づき、とっさにアサルトライフルを向ける。
「うそ、空ちゃんと同じ展開じゃん」
 先程、9割が準備とその通りに動けるかにかかってると言った。なら残りの1割は? 正解はこのように人間特有の揺らぎによって生じるイレギュラーに対し、いかに素早く対処できるか、と言うアドリブ力。
 撃たれればバレる。なら、この場で引き金を引かれるより前に、叫び声さえなく殺すしかない。踵を返してアサルトライフルを向ける敵に一気に駆け寄る。袖に固定しておいた単分子ナイフを腕のスナップだけで手元まで移動させる。狙うはただひとつ、叫び声を上げさせないために、首。これで終わりではない、引き金を引いて知らせてはならない。続けて腕を切り落とす。物が落ちればそれでバレる。落下するアサルトライフルを掴む。あとは駆け出して逃げる。敷地を出る直後に、そっと地面に置いて、離脱。

 

「はぁ、なんとかなった」
 そのまま街を出てモーテルで一休みする空。買ってきたベルトが自分の太ももに合うかを確認する。
「うん、太ももにも、ナイフにも、サイズはぴったり」
 ――それにしても
 空は思う。
 ――小説内の空と私、状況が似過ぎてる。これは偶然?
 スマートフォンの濃い青と水色の青の円で構成されたアイコンを睨む。
 ――まさか本当に並行世界の事を見ることが出来て、それを小説にしてる、なんてことは……まさかね
 スマートフォンをしまう。
「次のプランを考えないと。いよいよ、カグラ・コントラクターの施設に殴り込み、だからね」

 

To Be Continued…

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