虹の境界線を越えて 第10章「蛤御門の変」
地球から、地球とは似て非なる星「アカシア」に文明を築く世界に迷い込んだ少女、
空はこの能力で「カグラ・コントラクター」という
貧乏な家に生まれた空は自らが欲しいもののために「盗み」という手段に手を染めた。しかし、ある日、引退しようと決めた。
だが、今ここに再び盗みの技能が役に立つ時が来た。自らの戦力拡大のため空は単分子ナイフを盗み出すことを決めたのだった。
空は見事単分子ナイフを盗み出したが、アクシデントが発生、手に持ったナイフで一人の男を殺すことになる。
男を殺すという罪を犯した意識に苛まれる空が見たのは、過去に殺したもう一人の記憶と、そして殺した男の妻の様子だった。
復讐の感情までダイレクトに伝わってきたことに困惑する空だったが、その能力について追求するのは後回しにして、カグラ・コントラクターの基地に侵入し、資料を漁ることにする。
資料によって分かったことは、カグラ・コントラクターもまた「別の世界」に行く方法を模索しており、その方法の一つとして「コード・アリス」や「コード・メリー」なる存在を探しているということだった。
しかし、その様子を
独力ではカグラ・コントラクターをどうすることもできないと悟った空はカグラ・コントラクターと戦う組織「レジスタンス」に加入することを選ぶ。
そこでカラを待っていたのは、かつて自分がプレイヤーとして参加し経験したTRPGシナリオと全く同じ展開という不思議な出来事だった。
無事「レジスタンス」に加入した空はある日、クラッキングの腕を買われ、臨時の要員として捉えられた味方を助けるという作戦に参加する。
作戦は見事成功したばかりか、レジスタンスの危機まで救った空は海中の潜水艦である「本部」勤務を許されることとなる。
本部勤務となった空だが、彼女を待っていたのは転移能力を活かした物資輸送任務ばかりだった。しかし、空はそれにめげず、情報収集に励み続けた。
空は、ある日、自分という存在がカグラ・コントラクターに目をつけられていると知る。それどころか、本部の位置がバレている可能性がある、とも。
空は情報を集積している特殊第四部隊直属第三研究所の襲撃を進言するが聞き入れられず。
しかし、ウォルターやスターゲイズといった仲間に恵まれ、独断で襲撃作戦を開始する事ができた。
だが全ては空を捕らえるための罠だった。
ウォルターとスターゲイズは死に、その失敗に打ちのめされた空は、無意識で足元に転移の"裂け目"を開く。
その先に待ち受けていたのは、水色の羽織を身に纏い、誠の一文字を記した旗をはためかせる男の姿であった。
そう、空が辿り着いたのは日本。ただし幕末の、空が知るのとは別の日本だった。
空は未来から来た神隠しの被害者として、新撰組の厄介になることになるが、そこで特殊第四部隊のウォーラス・ブラウンもこの世界に来ているはずと気付く。
ウォーラスと再会した空は、ウォーラスと戦闘になりかけるが、ウォーラスは自身の不利を悟り離脱する。
その時の言葉に危機感を覚えた空は急ぎ、局長と副長へとウォーラスの事を伝えに行くのだった。
新撰組の一員となった空は、
池田屋事件を乗り越えた空は、総司から加州清光を譲り受けたのだった。
「じゃーん、沖田さん沖田さん、見て見てー」
病床の総司の元を訪ねて、テンション高く空が言う。
「おぉ、虹野さん。どうしたんですか?」
そんなテンション高い空に嫌な顔一つせず、総司が応じる。
「いやね、この前、空ちゃん、沖田さんに加州清光をもらっちゃったでしょ、だからお礼をしなくちゃ、と思ってー」
「そんな、いいですのに」
そもそも捨てるつもりだったものですよ、と総司が言うが、いいのいいのー、空ちゃんが贈りたいんだからー、と空。
なにやら、背中にずっと隠していた打刀を取り出す。
「じゃーん、
取り出したのは
歴史小説などで沖田総司が使っていたとされる刀だ。
実際には一文字則宗は室町時代の時点で極めて貴重な刀であり、江戸時代には。
「大名が持っているような刀じゃないですか。どこでこれを?」
「まぁね。もういらないって言う大名と取引してきた」
本当は何を隠そう盗んできたのだが、それを明かせば総司は貰ってくれないであろうし、何より曲がりなりにも体制側の新撰組にそんなことを明かせばどうなるか分かったものでもないので、空は嘘をつく。
「そうですか。やはり未来を知っているから、そんなことが出来るんですかね」
そういって、納得した総司は身体を起こし、一文字則宗を受け取る。
それから数日後の事。
池田屋の一件以降、どういうわけか歳三からの鍛錬から解放された空は、ひたすら三段突きを自分のものにしようと鍛錬を繰り返していた。
「戦の準備だ」
そこに、勇、歳三以下新撰組の幹部達がやってきた。
勇は長州藩の手勢が天王山、嵯峨、伏見などに布陣し、京を狙っていると言う。
総司も既に体調を取り戻しており、具足を装着しようとしている。
勇や歳三も具足を装着し、庭に出てくる。
具足の上に隊のはんてんを身に纏う姿は少し空にはおかしく見えた。
一方、空を含めた平隊士の様子は本当にさまざまだ。
一番良い装備で鎖帷子を着込んでいる者もいれば、一番質の悪い装備としてはただ鉢巻を巻いただけのものもいた。
なお、空は防弾チョッキを身に纏っているので、装備としては良い方だろう。
「なんだ、虹野。今日はあさるとらいふるは持っていかないのか」
「刀と戦う近接距離でアサルトライフルはちょっと取り回しが悪いからね。私だけ、遠くから戦うのも誤射が怖いし」
勇の問いに空が答える。
「考えがあってのことなら、良い」
横から歳三が静かにそう言って、もう興味を失ったかのように空の元を去る。
「なーにあれ。副長ったら池田屋の一件が終わってから空ちゃんに冷たいんじゃないんの」
「まぁな。歳は厳しくお前に鍛錬することで、新撰組への入隊を諦めさせるつもりだったのに、それがうまくいかずに最後まで耐えられた挙句、池田屋で戦果まで挙げられて、実力を認めざるを得なくなって悔しいのさ」
と、勇がフォローを入れる。
あの厳しすぎる鍛錬にはそんな裏があったのか、と空は思う。
そんな一幕もありつつ夕刻。
「伏見から北上する長州軍本隊を勧進橋付近で抑えること」
と、守護職屋敷から使番がきて、新撰組の部署を伝えた。
「ほう、長州の本隊を」
嬉しそうに勇は言う。
「聞いたか歳、本隊のおさえだとよ」
「そうか」
勇の言葉に歳三は小さく頷いた。
空は、あ、これは歳三には何か疑問があるな、と感じた。
その後、使番は詳しい陣割りを語ったが、空は興味がないので適当に聞き流した。
「出動する隊士は百人程度で良い。腕達者を選抜する。それ以外は屯所の留守と諜報だ」
と歳三。
なお、当初出動するメンバーに空が含まれておらず、勇が取りなすことで、空が含まれたと言う一悶着があった。
ときは七月十八日の日没すぎ。
新撰組は竹田道勧進橋を挟んで鴨川の西岸に布陣した。
歳三は「誠」一文字の隊旗を橋の西詰めに立て、その周囲に篝火を炊いた。
旗は篝火に照らされ、これなら遠くからでもそこに新撰組が布陣していると分かるだろう、と空は思った。
「やはり、おかしいな」
一方の歳三は洛中洛外にさかんに諜報担当の隊士を走らせ情報を集めていた。
「どうしたの、副長」
誰も聞かないので、歳三に対して、空が問いかける。
「お前か……。未来から来たお前の感覚からして、この布陣はどう写る?」
見せられたのは、歳三が集めた情報を紙にまとめたものであった。
「うお、すごいね、これ独力で集めたの?」
「あぁ、周辺の情報を可能な限り集めたほうが勝つ。俺が多摩で喧嘩していた時から同じだ」
空はなるほどね~、と笑いながら、紙を見る。
「ふむふむ? 長州側は嵯峨、伏見、天王山にそれぞれ駐屯し、機会を伺ってる。事前の情報通りだね。数は数百ずつで千人ほどってところか」
「そうだ。味方の布陣はどう思う?」
空の見解に歳三は続きを促す。
「味方?」
と、味方の布陣を見る。
幕府軍、というより京都守護職側は、会津と薩摩を主力として三十もの藩の兵士を動かしている。
「幕府軍の数は四万にも上る。直接真正面から兵力がぶつかり合えば、長州側に勝ち目はないね」
「あぁ。だから、長州側は真正面からはぶつかり合わない。二つは陽動で一つが本命だ。どこが主力だと思う?」
「あぁ、幕府軍は伏見を本命と見てるんだね」
伏見にはこの新撰組が配置されており、それだけでなく、会津、大垣、桑名、彦根といった譜代大名が配置されている。
「新撰組が期待されているのは間違いないみたい。よかったじゃん」
「だが、強いのは嵯峨だろう?」
幕府が伏見を主力と見たのは、伏見の長州兵を家老が率いているからである。
「確かに、伏見には総大将がいるけど、士気が高く練度が高いのは嵯峨みたいだね」
「あぁ、長州は確かに総大将を伏見に置いているようだが、実際には嵯峨が意表をついて動く、俺にはそう見える」
やはり進言せねば、と歳三は勇の元へ向かう。
「こいつは裏をかかれるぞ」
と歳三は悔しそうだが、勇はあまり気にしている様子はない。
「まぁ、上が決めた采配だ。いいではないか」
「しかし、近藤さん。ここじゃ武功は転がってこないよ」
「かと言って、部署を捨てて嵯峨へ行くわけにも行くまい」
勇の言葉は歳三にとっても痛いところであった。
故に、二人の会話もそこまでだった。
それから二日後の未明、ついに戦いが始まったらしい。
まだ明るさの到来しない暗闇の向こうで銃声が上がっている。
「藤ノ森の方かな?」
と空が言う。いざという時に転移能力を活用できるよう、この辺りの地形は概ね頭に叩き込んである。
「なら、大垣藩だな。鉄砲の大垣と言われた藩だから相当やるだろう」
軍配を握って、勇は冷静に言った。
一方の歳三は不満そうに、諜報担当の隊士を動かした。
おそらく、勇の動きが鈍重なのが不満なのだろう。歳三は戦果をあげたいのだ。
その後、どのようなやりとりがあったのか知らないが、諜報担当の隊士が大垣藩が援兵を求めていると報告すると、歳三は素早く勇にそれを報告。
勇は頷いて、お気に入りの白馬へと騎乗する。
「筋違橋に向かう。北詰めから攻めて長州兵を挟撃する」
新撰組一同は頷き、移動を始める。
けれど、新撰組が筋違橋に到達した頃には、長州兵は既に伏見まで撤退していた。
新撰組の面々が伏見に到着した時には、既に伏見の長州屋敷は燃えており、もはや長州兵は影も形もなかった。
歳三は尋ねるまでもなく不機嫌そうだ。
「報告します!」
「市中のか、何があった」
そこへ馬で駆けつけてきたのは歳三が市中に散らしていた諜報担当の隊士だ。
彼らは言う。嵯峨の部隊が蛤御門まで侵入。御所で合戦が始まっている。ということだった。
振り返れば、京の空にはえんえんと炎の手が上がっている。
「京へ引き換えそう」
「歳、みな疲れている。今から三里行く間に働けなくなるぞ」
「いや、働かせる。肝心の戦場に新撰組がいなかった、という風聞は許せない」
勇は勿論、普段歳三を慕っている総司でさえもその言葉を真面目に取り合う様子はない。どう考えても無茶なのだ。
だが、そこにもう一人の早馬が届く。
「報告します。長州兵が突如として京内部から出現、街中に火を放ちながら幕府軍を挟撃し始めました」
「なんだと? 長州兵が京内部に潜んでいたはずはない」
池田屋事件とそこから続く戦いで長州藩の浪士は京から一掃されている。人間のすることだから、一人二人生き残っていることはあるだろう。だが、幕府軍を挟撃出来るほどの戦力が京内部にいるはずがない。
「その件について、中島先生から報告です。京内部で何らかの儀式妖術が行使されており、長州兵の出現はその影響ではないかと」
「神秘に頼ったか。おい、虹野。お前、転移を感じられると言っていなかったか? なにか感じないか?」
「え? うーん、私の能力は同じ種類の能力じゃないと感じないんだけど……」
そう言いながらも意識を集中させる、方向は京。
すると、無数の〝裂け目〟が京に発生している。発生源は……。
「見つけた」
「なら、そこに連れていけ、新撰組で乗り込む」
「歳、無茶だ、誰も働けない」
「働かせるのだ! 空、やれ!」
とは言っても、目的にはここから遠い。果たして〝裂け目〟を作れるものか、空には自信がなかった。
とはいえ、ここで断れば、自分が歳三の刀の錆にされかねない。
ままよっ!
空は目を瞑って、人差し指と中指を突き出して顔の前に構え、一気に振り下ろす。
目を開くと、そこには〝裂け目〟が開かれていた。
「いくぞ、新撰組続け!」
歳三が〝裂け目〟に突撃する。
空がそれに続き、やむなく、勇と総司以下新撰組隊士も続く。
〝裂け目〟を抜けた先は炎の中の屋敷であった。
奥に炎に照らされた着物の女性が見える。着物の女性は、四本の腕を操り、無数の〝裂け目〟を生み出している。
その〝裂け目〟から長州兵が飛び出し、屋敷の外へ飛び出していく。
「妖怪・隙間女か」
勇がそんな声を漏らす。
「隙間女?」
その言葉、聞き覚えがあった。
「あぁ、お前が来る一月ほどだったか、中島先生が仰っていた。最近、この京を騒がせている神出鬼没の妖怪だ、と」
「なんでもいい。あいつが挟撃の元凶なら速やかに黙らせるだけだ。新撰組、進め!」
歳三の号令の元、歳三を先頭に隊士が隙間女に向けて突撃する。
対する隙間女は〝裂け目〟からアサルトライフルを取り出し、発砲開始する。
歳三は素早い反応で脇道に飛び、連射を開始するが、隊士達がアサルトライフルの連射に倒れる。
「うそ!?!?」
まさかの
(〝裂け目〟で現代火器がある未来から現代火器を取り寄せたってこと?)
空は分析しながらも、弾切れの瞬間を見逃さず、一気に隙間女へ肉薄する。
――見たところ、予備弾薬は持ってない! 〝裂け目〟を開く前に肉薄できれば、一気に袈裟斬りに出来る!
直後、信じられない光景が空の目に入る。
隙間女の手元に突如としてマガジンが生えてきたのだ。〝裂け目〟の反応はない、何が起きたのか、咄嗟に理解できない。
理解出来たのはこのままでは、自分が狙い撃たれる、ということ。
空は咄嗟に目の前に〝裂け目〟を展開し、銃弾の連射を防ぐ。
〝裂け目〟の出口を隙間女に向けると、隙間女もまた防御のための〝裂け目〟を展開し、手近な隊士に向けて弾丸が転移させられる。
(やりにくいな)
空は〝裂け目〟を解除し、歳三と同じ脇道へ飛び込む。
「おい、虹野。あれがお前と同じ未来から来た敵か?」
「いや、単に〝裂け目〟で未来から武器を取り出しただけだと思うけど……」
だが、そこで、空の脳裏にひらめくものがあった。
曰く「『
先程、マガジンを何もない手のひらから出現させたのは、もしや
だとしたら、あの隙間女はアカシアからやってきた? まさかウォーラスが元の世界に戻るために連れてきたのか?
いや、だとしたらもうとっくに元の世界に帰っているはずだ。この世界に留まり、倒幕派に与し続ける理由はない。
なにより、隙間女の噂は空が来るより以前からあったという話だ、時系列が合わない。
だが、この刀を一太刀浴びせれば真相は見えるはずだ、と空は思った。
とにかく接近して斬ればいいだけなら、自分には最大の一手、〝裂け目〟による接近がある。
アサルトライフルの弾丸が途切れた瞬間を見逃さず、空が横道から飛び出す。
すぐにマガジンが補充されるとはいえ、弾切れの瞬間が僅かでも隙であることには変わりない。
既に屋敷を覆う炎はかなり広がっており、隙間女と空の間には炎の壁が立ちはだかっていた。
「転移するつもりか? 孤立するぞ!」
「ここは任せて、副長達は幕府軍の援護を!」
空が〝裂け目〟の中に消える。
炎はより燃え広がり、歳三のいる脇道にも伸びてくる。
「ちっ、新撰組、転進。蛤御門で戦っている幕府軍の支援に向かう」
「取った!」
隙間女の背後に〝裂け目〟が現れ、空が飛び出す。
対する隙間女はそれに素早く反応した。もしかしたら、空と同じで、〝裂け目〟の発生を感知出来るのかもしれない。
手に持っていたアサルトライフルを隙間女は防御に用いた。
だが、空の加州清光とアサルトライフルが鍔迫り合う。
「これ……カグラコントラクター製T4アサルトライフル?! やっぱり、この隙間女、アカシアから!」
空はそのまま回し蹴りに移行、ブーツに仕込んだ単分子ナイフで攻撃を仕掛ける。
対する隙間女は残った二本の腕の一本の手元にガラスのナイフを出現させ、単分子ナイフの一撃を防ぐ。のみならず、ブーツの単分子ナイフが砕ける。
「うっそ、単分子ナイフって何でも切れるんじゃないの?」
単分子で分子間結合を切るのであれば、ブレード側の分子間結合は対象のそれより強い必要がある。ところが、ガラスの分子間結合は金属のそれよりも強いため、金属製の単分子ナイフではガラスを切断出来ないのである。
ガラスのナイフが空に迫る。
空は真っ先に後方に飛び下がることを考えるが、直後にその考えを破却する。
――ここで距離を取っても、アサルトライフルを持つ隙間女を有利にするだけ。攻めるしかない!
空はウォークライ一つ、加州清光を強く握り、鍔迫あっているアサルトライフルを押し込む。
「ぐっ」
ガラスのナイフが空の肩へと突き立てられる。
隙間女の腕が持ち上がり、その両手にガラスのナイフが出現する。
このままガラスのナイフで空を滅多刺しにするつもりらしい。
――このままじゃ負ける。
「だったら!」
一か八か、賭けに出るしかない。
加州清光を引き、霞の構えを取る。
「無明剣! 三段突きぃっ!!!!」
一歩踏み出し、一息のうちに三つの突きを放つ。
最初の一撃はアサルトライフルで受け止められる。想定通り。
続く一撃は二本のガラスのナイフで受け止められる。想定通り。
最後の一撃を阻むものはなにもない。想定通り。
隙間女の鳩尾へ鋭い突きが入っていく。
だが、空の視界に変化はない。
(突きじゃなくて、あくまで斬撃じゃないと駄目ってことか)
とはいえ、もはや大した問題ではない。
相手は鳩尾を抉られ、大きなダメージを受けているはず。
今の空には、隙間女を切断する赤い線が見え……なかった。
直後、二本のガラスのナイフが空に迫る。
「っ!?!?」
空は急いで加州清光を引き、そのナイフの一撃を受け止める。
空は困惑する。動きが鈍る様子すらない。
そこで気付いた。この女、瞳が虚ろで意志の力が宿っていない。そして、頭上に王冠のような紫色の光の輪が浮いている。
(まさか、操られてる!?!?)
そういえば、儀式妖術の話が出ていた。隙間女の〝裂け目〟はおそらく妖術ではない。
つまり、その正体はこの隙間女を操るための妖術だったわけだ。
ということは、最悪首を撥ねてもまだ動く可能性があるな、と空は思った。
なんとかして儀式妖術の基点を突き止め、それを停止させなければ、この戦いは終わらない。
(私がアンジェちゃんだったらなー。あの白い光でホワイトインパクト起こして全部解決なのに)
隙間女が放つガラスのナイフ連続攻撃を、視界に映る軌道の未来予知を頼りになんとか受け止めながら、空が考えるのは、彼女が好きだった小説に登場する主人公のこと。あらゆる魔術を
だが、現実にそれはない。
「となると……」
空は〝裂け目〟を開き、隼之丞の元に飛び込む。居場所は知らなかったが、一か八か、隼之丞の場所、と念じて〝裂け目〟をひらけば上手くいった。
「はぁい、中島先生」
「お、おう!?!? 虹野 空か!」
直後、空を逃さぬとばかりに、もう一つの〝裂け目〟が開き、隙間女の顔が覗く。
「やば!」
空がその〝裂け目〟に触れ、〝裂け目〟を閉じようとするが、自分の〝裂け目〟を閉じるようにはいかない。少しずつは閉じているのだが、あまりに時間がかかりすぎる。このままでは隙間女が隼之丞の屋敷を燃やしてしまう。
「あいつ、儀式魔術で操られてる、どうすれば解除できる?」
時間がないと悟った空は単刀直入に問いかける。
「ふむ。頭に紫色の発光が見られる。恐らく妖術発光だろう。頭部を胴体と切り離すのが一番早かろうな」
「オッケー!」
空が再び〝裂け目〟を作り、隙間女の背後を取る。
隙間女は素早く反応し、開いていた〝裂け目〟を閉じると同時に、ナイフで空の一撃を受け止める。
「さぁ、止め方は分かった。後はどうするか……」
そう呟きながら、空は加州清光を引き、次の攻め手を考える。相変わらず、赤いラインは見えない。
そう考えていたところに、大ぶりに振るわれる二本のナイフの一撃が来る。
空はそれを加州清光で受け止め、空と隙間女は鍔迫り合いの状態になる。
隙間女はアサルトライフルを〝裂け目〟の中に収納し、アサルトライフルを構えていた両手にカグラコントラクター製のボタン式手榴弾を出現させた。
出現した手榴弾のボタンを押した隙間女はそのまま手榴弾を手放す。
直後、その手榴弾の軌道上に〝裂け目〟が出現し、〝裂け目〟の中に落ちていく。
同時、空の背後で〝裂け目〟が開いた感覚を覚える。
「しまっ!?!?」
絶体絶命。
かに思われた、刹那、どこからか発砲音が響き、2つの手榴弾が上へと跳ねる。
「!」
空は咄嗟にしゃがんで、頭上に〝裂け目〟を展開しつつ、頭を抑える。
頭上で爆発。だが、爆風は〝裂け目〟の中に消え、空はなんとか無事だ。
問題は、その隙を見逃さず、隙間女がアサルトライフルを空に向けていることだ。
だが、再び銃声が響き、何かが隙間女のアサルトライフルに命中し、アサルトライフルの銃口が上を向く。
直後、空の視界、隙間女の首筋に赤い線が出現する。
「取ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
空が叫びながら一気に隙間女へ突っ込み、加州清光を一閃する。
その一撃は確実に隙間女の首筋を撥ね飛ばす。同時、隙間女が膝を付き、倒れる。
同時、空の視界がホワイトアウトしていく。
■ Third Person Start ■
カグラコントラクター特殊第四部隊第三研究所。
そこでは保護された三人の『
彼らは御神楽財閥の中にあって、彼らの思想に反した研究者達により作られてしまった非合法な生体兵器であり、内部の監察部隊でもある特殊第四部隊により救い出された存在だ。
特殊第四部隊は早速法整備に走り、LEBに人権を与え、夢を叶える支援をした。
まず
そして
ちなみに、
そして、
そもそも
その上で最新型であることを理由に常に過酷な実験の題材とされていた。
特殊第四部隊に保護された時点で、
そんな
「へっへっへ、特殊第四部隊、こんな面白いものを持っているとはな」
隠し持っていた装備で脱獄を果たした研究員達は第三研究所に隠されていた「コード・アリス質」(=空の遺伝子データ)を発見。
「さぁ、これでもっと最強になれ、
面白半分で、単独で隔離されていた
「何をしているの!?!?」
脱獄の報告を受けて特殊第四部隊長の久遠が駆け込んでくるが、時既に遅し。
「コード・アリス質」を埋め込まれた
「『コード・アリス質』を埋め込んだのね!?!? あれは希望者にしか埋め込んではいけないルールよ!」
などと、無断でLEBなどと言う人間型生体兵器を生み出した倫理観のない研究員に言って意味があるわけがない。
「
そして、続く兵士達が研究員を拘束するより早く、彼らは自らの頭を拳銃で撃ち抜いた。
◆ Third Person Out ◆
「フィアテちゃん……」
小さく呟く。
足元には頭部を失い、倒れた隙間女……否、フィアテの死体。
「ごめんね」
空は加州清光を鞘にしまった上で、フィアテの胴体と頭部を持ち上げる。
そして、〝裂け目〟を開いて、屋敷のすぐ外へと移動した。
「ウォーラス・ブラウン、いるんでしょ」
「……流石に気付かれたか」
そこで声をかけると、光学迷彩を解除したウォーラスが姿を現す。
「火縄銃にあそこまでの命中精度も連射性能も発揮出来ない。まして、撃ったのは手榴弾やアサルトライフルを貫通しないゴム弾だった。そんなの撃てるの、この時代に君しかいないでしょ」
なんでこっちに味方したの、と空は問いかける。
「難しい話ではない。聞けば、長州の連中はこの街に火をつけると言う。無辜の市民の多くが犠牲になる。御神楽の正義に悖る行為だ」
ウォーラスは堂々とそう答えた。
「正義、ね。でも異世界を植民地にするんでしょ?」
「実はそれについては、元の世界に戻ったら、中止を進言するつもりだ」
「え?」
ウォーラスの思わぬ言葉に、空が問い直す。
「俺達は、自分達の住む世界が最も幸運な世界だと思っていた。運良く御神楽宇宙開発がバギーラ・リング除去技術の発明に成功し、バギーラ・レインの脅威から救われた幸運な世界だ、と。世界が多世界解釈の形を取るなら、そうでない世界の方が多いはずだ、と」
「だから、そう言った世界を植民地にして救うつもりだったの?」
「あぁ。だが違った。まさか、そもそもバギーラ・リングが存在しない世界が存在するとは……」
ウォーラスが視線を上げる。そこには満月が美しく輝いていた。
「じゃあ、帰ろう」
「何?」
「出来るかわからないけど、アカシアに戻れる〝裂け目〟を開くよ。それで、植民地計画なんてやめて、それで、フィアテちゃんも埋葬してあげて」
「……あぁ、分かった」
空が人差し指と中指を突き出し、頭上に振り上げる。
さぁ、アカシアに帰る時だ。
だが。
「そこまでだ」
その言葉に振り返ると、そこには
「副長、どうしたの」
「嫌な予感がしたんで戻ってきた」
「そっか。とくに気のせいだよ。空ちゃん、元の世界に帰るね」
厳密にはアカシアは空のいた世界ではないが、ここでは話をややこしくしないためにそう呼ぶことにした。
「それが許されないと言っている。局中法度を知っているな」
「局中法度?」
空が首を傾げる。
「新撰組の鉄の掟のことですよ」
追いついてきた総司が説明を継ぐ。
「一、局を脱すること。違反したものは、切腹」
「!」
空はようやく事態を理解した。
元の世界に戻るのは、新撰組の掟に反する、歳三はそう言っているのだ。
「どうする、空」
ウォーラスが問いかける。
「逃げるしかないでしょ」
「逃すな、総司」
「はい」
一瞬で距離を詰め、総司が空に肉薄する。
空は咄嗟に加州清光を抜刀し、総司の一文字則宗を受け止める。
総司は素早く刀を引き、素早い連続攻撃を仕掛ける。
空は咄嗟に視界に映る赤い線頼りにその攻撃を受け止めていく。
「空下がれ」
直後、ウォーラスのKC M4 FAMSが火を吹き、初弾の曳光弾の明かりが総司の前を通り過ぎる。
連射されるアサルトライフルの連射に、たまらず総司は後方に下がる。
「させるか!」
だが、そんなウォーラスに歳三が一気に飛び込む。
「ちっ!」
ウォーラスは咄嗟にコンバットナイフを抜いて歳三の和泉守兼定を受け止める。
「ウォーラス!」
思わず助けに行こうとするが、
「虹野さんの相手は僕ですよ」
総司がそこに立ち塞がる。
総司と空が睨み合う。
空の視界に赤い線は見えない。即ち、攻撃のチャンスは、ない。
それでも、作り出さなければこのまま二人とも死ぬ。
空は視界の隅に輝く長州兵が使っていた刀に気付く。
(二刀流なんか挑戦したことないけど、でも……)
今、これまで通りの戦い方をするだけでは、勝てない。
空は一気に側面に飛び、左手で長州兵が使っていた打刀を拾い上げる。
直後。
空の視界がさらに変化する。
(赤い線が見える!)
総司が霞の構えを取る。
空の首、胸、鳩尾に向けて攻撃の軌道を示す赤い線が出現する。
それと並行して、空には、総司の刀のある部分と首筋に赤い線が見えていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
空はウォークライと共に、一気に総司に肉薄する。
「!」
まさか総司も向こうから突っ込んでくるとは思わなかったのか、動きが一瞬止まる。
その隙を逃さず、空は総司の刀を左の刀で受け止め、そのまま加州清光を首に向けて放つ。
直後、首筋へと届かんとする加州清光を一本の刀が受け止める。
「両者、そこまで!」
勇が大きな声で叫ぶと、戦いはそれで止まった。
「局長と、中島先生」
「なんのつもりだ、近藤さん」
不愉快そうに、歳三が睨む。
「なんのつもりもない。あのままでは沖田が死ぬところだった」
だが、勇は動じる様子はない。
「神隠しにあった少女が元の世界に戻ると言うのだ、いかせてやれ、歳」
「掟は絶対だ。それを守らずして、新撰組は成り立たない」
勇の言葉にも、しかし歳三は譲らない。
「だろうな。だから見逃すのは一度だけだ。もし万一戻ってきたら、虹野は切腹してもらう」
勇はそう言った。
「……」
歳三は黙ったままだ。
「じゃ、その時のためにこの刀は中島先生、あなたに預けておくよ」
空はそう言って加州清光を鞘に戻した上で、隼之丞に投げる。
隼之丞はそれを受け止め、承った、と頷いた。
「じゃ、バイバイ、みんな」
空は〝裂け目〟を開き、ウォーラスと、そしてウォーラスの持つ
「逃すか!」
歳三は諦め悪く、空に肉薄するが、その時には既にもう〝裂け目〟は閉じていた。
◆ ◆ ◆
〝裂け目〟の向こうは、どこかの廃工場だった。
銃撃の音が聞こえる。
「ちっ、厄介なところに出たな。俺はここで失礼する。お前のことは話しておく。これ以上敵対しないなら、もう追うこともないだろう」
そう言って、ウォーラスは光学迷彩を起動して消える。
「
「了解!」
そんな声が聞こえて、駆ける足音が聞こえてくる。
「まずっ」
直後、空の隠れている遮蔽物に一人の茶髪の男が飛び込んでくる。
M4にマウントされているのはマザーキーと呼ばれるショットガン。
「ちょいまち、この距離でショットガンはまずいって!」
発砲の直前に空が遮蔽物から飛び出す。
だが、敵が一人ではないのは会話から明らかだった。
飛び出した空に向けて、狙撃が飛ぶ。
「!」
空は咄嗟に持ってきている長州兵の打刀を抜き、その赤い線に従って、その弾丸を切り払う。
「なに!?!?」
「
「まだだ」
StarDustと呼ばれた男がすぐに ボルトを操作し、空を狙う。
「ちょいちょいちょい、何か誤解が生じてるって! 空ちゃん、一般人だよ、たまたまここに〝出〟てきちゃっただけ!
「意味のわからないことを」
その背後からGeneと呼ばれた男が狙う。
「俺達、ラファエル・ウィンドに狙われたのが運の尽きだ!」
Geneと呼ばれた男がそう言いながらショットガンを放つ。
空はそれを大きく横とびして回避しつつ。
「ん? ラファエル?」
その言葉に違和感を覚えた。アカシアに一神教は存在しない。四大天使もいない。ラファエルなどと言う名前が飛び出すのはおかしい。
「ちょいまち。誰か地球人いるでしょ、この場」
「待て、Gene、発砲中止だ。お前、地球人か?」
StarDustと呼ばれた男が問いかける。
「へぇ、ってことはあなたが?」
「あぁ、私の名前は
「……うん。この世界に宇都宮、なんて地名はないもんね」
そこで、新たな出会いを迎えるのだった。
To Be Continued…
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「虹の境界線を越えて 第10章」の大したことのないあとがきを
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