虹の境界線を越えて 第8章「新撰組」
地球から、地球とは似て非なる星「アカシア」に文明を築く世界に迷い込んだ少女、
空はこの能力で「カグラ・コントラクター」という
貧乏な家に生まれた空は自らが欲しいもののために「盗み」という手段に手を染めた。しかし、ある日、引退しようと決めた。
だが、今ここに再び盗みの技能が役に立つ時が来た。自らの戦力拡大のため空は単分子ナイフを盗み出すことを決めたのだった。
空は見事単分子ナイフを盗み出したが、アクシデントが発生、手に持ったナイフで一人の男を殺すことになる。
男を殺すという罪を犯した意識に苛まれる空が見たのは、過去に殺したもう一人の記憶と、そして殺した男の妻の様子だった。
復讐の感情までダイレクトに伝わってきたことに困惑する空だったが、その能力について追求するのは後回しにして、カグラ・コントラクターの基地に侵入し、資料を漁ることにする。
資料によって分かったことは、カグラ・コントラクターもまた「別の世界」に行く方法を模索しており、その方法の一つとして「コード・アリス」や「コード・メリー」なる存在を探しているということだった。
しかし、その様子を
独力ではカグラ・コントラクターをどうすることもできないと悟った空はカグラ・コントラクターと戦う組織「レジスタンス」に加入することを選ぶ。
そこでカラを待っていたのは、かつて自分がプレイヤーとして参加し経験したTRPGシナリオと全く同じ展開という不思議な出来事だった。
無事「レジスタンス」に加入した空はある日、クラッキングの腕を買われ、臨時の要員として捉えられた味方を助けるという作戦に参加する。
作戦は見事成功したばかりか、レジスタンスの危機まで救った空は海中の潜水艦である「本部」勤務を許されることとなる。
本部勤務となった空だが、彼女を待っていたのは転移能力を活かした物資輸送任務ばかりだった。しかし、空はそれにめげず、情報収集に励み続けた。
空は、ある日、自分という存在がカグラ・コントラクターに目をつけられていると知る。それどころか、本部の位置がバレている可能性がある、とも。
空は情報を集積している特殊第四部隊直属第三研究所の襲撃を進言するが聞き入れられず。
しかし、ウォルターやスターゲイズといった仲間に恵まれ、独断で襲撃作戦を開始する事ができた。
だが全ては空を捕らえるための罠だった。
ウォルターとスターゲイズは死に、その失敗に打ちのめされた空は、無意識で足元に転移の"裂け目"を開く。
その先に待ち受けていたのは、水色の羽織を身に纏い、誠の一文字を記した旗をはためかせる男の姿であった。
「……ここは?」
空が気がつくと、そこは日本の古い街並みだった。道行く人も皆和服だ。
そして、突然首筋に刀を突きつけられる。
「な!?」
「貴様、虚空から現れたな? 怪しき術……妖術使いの不貞浪士か?」
その冷ややかな声の主に視線を移す。
そこには水色の羽織を身に纏い、誠の一文字を記した旗をはためかせる一人の男が立っていた。
(水色の羽織に誠の一文字、まさか、新撰組?)
だとすると、時間軸こそ大きくブレるが、こここそが空の求めてやまない、空の帰りたかった地球の日本ではないか。
だとすれば、世界の移動自体は成し遂げたことになる。あとは時間さえ跳躍出来れば、元の時間に戻れるのではないか。
「ダンマリか、何も言わずでは霊害と判断するしかないな」
その空の期待は続く男の言葉で否定された。
霊害。
それは、空の大好きな小説に描かれる現代ファンタジー作品の用語。人に仇なす魔術師や幽霊といった神秘の総称。
空の世界にはなかったものだ。もしかしたら秘密裏に存在していた可能性を完全には否定出来ないが、やはり小説の中で描かれていた空のいた世界とは別の異世界と考えるべきだろう。
「もういいだろ、
「待て、
近藤と呼ばれた男の隣にやってきた歳と呼ばれた男が素早く刀を抜き、空に向かって振り下ろさんと、刀を持ち上げる。
同時、空の視界で、刀の先から赤いラインが映し出される。そのラインは自分の体を袈裟斬りするような軌道を描く。まるで刀の軌跡を描いているかのよう。
空は咄嗟に後方に飛んでこの軌跡から逃れると、歳と呼ばれた男の刀は赤い軌跡の通りに振り下ろされる。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って、私は倒幕派じゃないし、霊害でもないよ」
「命が惜しい者は皆そう言う」
刀を斜めに構えた歳と呼ばれた男の鋭い突きが放たれる。
空は視界に映る赤い軌跡を受けて最小限で避ける。
「!」
が、突きを避けた瞬間、その突きが素早く切断に変わる。空は知らないことだが、避けられても素早く切断に移行する、天然理心流の戦い方の一つだ。
空は辛うじて、体を後ろに逸らして新たに生じた赤い軌跡を回避する。
そこから間髪入れずに二度の切断が襲うが、空は赤い軌跡を利用してこれを避ける。
「ほう、今のを避けるかよ」
面白そうに笑うのは歳と呼ばれた男。
――やっぱり、この赤いライン、近接武器の軌道を先読みしてるんだ!
一方で、空も驚いていた。自分にこんな能力があるなんて。
「大した腕だ。それで一般人です、が通じると?」
再び、歳と呼ばれた男が構える。
「本当だよ。私、確かに戦いの訓練は積んだけど、魔術は使えないし、尊皇攘夷にも興味ないもん」
「やめろ、歳。確かに、彼女からは妖術使いから感じるような妙な気は感じない。ここは、
「近藤さん、俺には妖術使いの気の事は分からん。だが、こいつは普通じゃない。俺の太刀筋を一太刀目から見切って見せた」
「待って待って、白黒はっきり着くまで拘束されるって言うなら、従うから!」
あくまでこちらを斬るつもりの歳と呼ばれた男に対して、空は慌てて弁明する。
「こう言っている。抵抗しない者を斬るのは士道に反する行為ではないか?」
「……俺は警邏に戻る」
近藤と呼ばれた男の言葉に、歳と呼ばれた男は少し考えて、この件を近藤と呼ばれた男に預けることにしたらしい。
「分かった。俺は
こうして、空は縛られて、沖田なる人物を待つこととなった。
「局長、すみません。男を見失いました。……あれ?
やがて、男が一人、近藤と呼ばれた男の元に戻ってくる。
近藤と言う言葉と局長という言葉、おそらく間違いない。彼こそが、新撰組の局長、近藤
そして、土方さん、という言葉からして、先ほど歳と呼ばれていたのが、土方
「構わない。歳が一方的に怪しんでいただけだからな。それよりこのご婦人を屯所まで連行する。俺が前を歩くから、沖田は後ろを頼む」
「わかりました」
顔が平坦で、魚のヒラメのような顔をした男だ、と空は思った。彼がおそらく新撰組で一、二を争うという剣士、沖田
歩きながら空を見上げる。夜空を見上げると、そこにはバギーラ・リングは無く、代わりに大きなお月様が空を見下ろしていた。
(月、久しぶりに見たなぁ。ちょっと安心する)
ほんの少しだけ、元の世界に戻ってきたような気がするから。
やがて空は新撰組の屯所に連れてこられ、空室に放り込まれてそこでしばし放置された。
「先生、夜分遅くにすみません」
「気にせんで下さい。国を脅かす霊害と戦うこと、それを手伝えるならそれ以上のことはありません」
やがて、勇と見知らぬ一人が部屋に入ってくる。先生と呼ばれているところを見ると、歳三に対して言っていた「中島」なる先生だろう。
「お主、名は?」
入ってきた推定中島が尋ねる。
「虹野 空」
「出身は?」
「埼玉……じゃなくって、ええーっと、
「年齢は?」
「22」
三度の問いを終えて、ふむ、と推定中島が顎をなでる。
「どうですか、先生」
その様子に勇が問いかける。
「魔力の類は一切感じない。転移や隠匿の術を使っていたのであれば、まだ残り香ぐらいはするはずだが」
「すると、彼女は霊害ではない、と?」
「そうなる。先の受け答えから思うに、彼女は神隠しに会ったのではないだろうか」
「神隠し?」
勇の疑問にうむ、と推定中島が頷く。
「神隠しは時間をも超える。かつて我が祖先は、遠い将来から神隠しされてやってきた子孫と出会ったという伝承もある。その伝承に残っている服と、少し生地が似ているように私には見える。何より、手に持っているそれは、あさるとらいふると言うやつではないかな?」
「え、あ、はい、アサルトライフルです」
まさか江戸時代にアサルトライフルという言葉を聞くことになるとは思わなかった。
「なんと。つまり、彼女はやがて来る世から訪れたというのですか?」
「あるいは、な。そうであれば、放っておくがよい神隠しであれば、時が来ればまた何処かへ去っていくであろう」
「しかし……その間彼女をどうすれば?」
「それは保護したお主らが決めることだ。要件は終わりのようだから、私は去るとしよう。あまり私のような人間がいては都合が悪いだろうからな」
「お送りします」
推定中島は立ち上がり、部屋を出ていく。
それに勇も続く。
一人になって空は考える。
さて、これからどうしたものだろうか。
とりあえず、あの推定中島のおかげで、新撰組からの疑いが晴れたらしいことは喜ばしい。今速やかに殺される可能性は消えた。
とはいえ、ぶっちゃけ転移能力を使えば、この拘束は簡単に解けるので実はあんまり問題ではなかったのも事実だ。
そうしなかったのは、中島先生とやらに頼ることで自分の無実を証明される可能性があると考えたからだ。そして、その目論見は上手く行ったように思える。
(とすると、新選組が私に対してどういう判断を取るか見極めてからでもいいか)
今抜け出せばせっかく疑いを晴らした意味が消失する。そう空は結論づけた。
やがて、勇が戻ってくる。
「神隠しにあって大変だったというのに、縛ってすまなかったな」
勇が縄を解いて空を自由にする。
「行く宛もないのだろう?
それでどうだろう? と勇が尋ねる。
「あ、うん。いや、むしろそこまでしてもらって申し訳ないくらいです。ありがとうございます」
「では案内する」
こうして空は仮の住処を得た。
空も流石にタダで食事までもらうのは忍びないので、朝が早いお寺のお坊さんたちに混ざって起きて、食事をもらい、そしてお坊さん達に混じって掃除を手伝ったりなどした。
掃除が終わると、流石にお寺のあれこれに付き合うつもりはなかったので、今度は、新撰組の隊士に混ざって、素振りに加わってみたりする。
空は日本刀が好きだし、それゆえにアカシアでも単分子刀なんてものに手を出したものだが、剣術などというものはちゃんと学んだことはない。
剣術どころか剣道の経験もない。剣道は極めて関心があったのだが、剣道着も防具も自腹で買うものであり、貧乏な空の家では望むべくもなかったのだ。
公園で木の棒を素振りして遊んだことはあるが、それくらいである。
「あれだけ見事にこちらの太刀を避けた割には、身の入ってない素振りだな」
そんなわけで、そのアンバランスさに目をつけられ、歳三に声をかけられる。
「え、あ、えーっと、それは……」
「ふんっ」
返答に窮した空に向けて、歳三の木刀が迫る。
咄嗟に空は自身の木刀でその一撃を受け止めるが。
続く二の太刀を受け止められずに弾かれる。
「あっ」
「なんだ、そのへっぴり腰は。昨晩の回避はどうした。……いや、あるいは」
直後、空の視界に刀の軌跡のような赤いラインが出現する。
空は咄嗟にその赤い軌跡から飛び下がると、直後、歳三の真剣による居合が通り過ぎた。
さらに続く赤い軌跡。空はその全てを赤い軌跡頼りで回避する。
「やはり、お前、真剣での勝負となると集中力が上がるタイプだな」
ニヤリ、と歳三が笑う。
「近藤さんからお前を預かるなんて話を聞いた時は、何を馬鹿なと思ったが、鍛錬に加わるというなら面白い」
歳三が再び刀を構える。空もそれに応じて、木刀を拾って構える。
視界に複数の赤いラインが出現する。
空はその全てを避ける。
「やるな。だが、守ってばかりでは勝てない」
赤いラインが消える。
――打ち込んで来いってこと?
空は木刀を平眼に構えて、一歩踏み込む。
直後、赤いラインが生えてくる。突きだ。
咄嗟に、踏み出した右足を踏ん張って、左に体をずらす。
直後、突き出された赤いラインから、空の方に向かって横方向の赤いラインが伸びる。
――またあの妙な突きからの派生切断か。
だが、切断の位置は頭の方を狙っている。なら、まだ回避は可能だ。
空は木刀を左斜めにずらしながら姿勢を下げて、突きとそこから派生して放たれる切断を回避する。
空の顔が歳三の膝小僧に近接する。
――攻撃するなら今だ!
空の木刀が左下から切り上げられる。
「ふん」
しかし、必中と見えた木刀は、いつの間にか歳三の手元まで引き戻されていた歳三の刀の峰により受け止められる。
空の首筋を通過する形で赤いラインが出現する。
「!」
空は咄嗟に後方に飛び下がり、その切断を避ける。
「不思議なもんだな、そこまで太刀筋を見切る才能があるってのに、攻撃するところは分からないのか」
「仕方ないでしょ、私がいた場所では、銃で戦うのが当たり前だったんだから」
「だったら、それを使ってみろ」
思わず、むっ、となった空は能力を使うとどう思われるかなどといった思考を忘れ、〝裂け目〟を開いて自身の部屋から
アサルトライフルを構え、歳三に向ける。
「銃弾って寸止め効かないんだからね!」
引き金を引く。
破裂音が響いて、KH M4から弾丸が吐き出される。
しかし、弾丸が吐き出されるより早く、歳三は姿勢を低くして一気に空に肉薄していた。
「しまっ」
赤いラインがKH M4を捉える。
空は咄嗟に引き金から指を離し、銃身を身に寄せて避けようとするが、それより歳三が早い。
歳三の刀の峰に弾かれ、KH M4が空中を飛ぶ。
「銃くらい今もある。撃たれる前に近づけばいいだけの話だ」
「こんのぉ」
頭に血が上った空は、手首に仕込んだ単分子ナイフをスナップで手元に手繰り寄せる。
空の視界に、歳三の首を通過するような赤いラインが見える。
――これ、前にも見えた……。そうか、私の近接武器の最適な通路が見えるってことか。
「! 小刀か!」
咄嗟に、歳三が飛び下がろうとするが、空の方が早い。
空の方も勢い余って、歳三を殺しかけていることに気付き、咄嗟に腕にブレーキをかけるが、僅かに首に傷をつける。
■ Third Person Start ■
蝋燭の火で灯された暗い部屋の中、二人の会話が聞こえる。
「近藤さん、本気か、あの女を壬生寺で預かると?」
「あぁ、中島先生によれば、神隠しされてやってきた人は幸運を呼び込むとも言われているらしい。今の新撰組にいくらあっても困ることはないだろう、運は」
やや怒気を孕んだ歳三に対し、勇はどこ吹く風と歳三に背中をむけ文を書きながら冷静に答える。
「中島先生って……分かってるのか、あの
「だが、尊皇派というわけではない。そして、京にあって彼ほど妖に詳しい者はいない。先生もそれを理解して、佐幕派、倒幕派を問わず」
「それがタヌキだというんだ。本音がどちらにあるか分からない。あの女が倒幕派が送り込んだ間者である可能性もあるんだぞ」
勇がため息を一つ吐いて、歳三に向き直る。
「どうしたんだ、歳。いつもなら不満そうにはしつつも、俺のやることに直接文句は言ってはこないだろうに。あのご婦人、虹野の何が気に入らない?」
「あの女は怪しい。あの太刀筋を見切る才は並大抵のものじゃない。そんな危険分子が新撰組に入り込んでいる。例の
「枡屋の件なら、交代して見張っているだろう。もうしばらくの辛抱だ。そんなに虹野が気になるなら、歳が気にかけてやったらどうだ」
歳三の言葉に勇がふっと笑う。歳三があまりに露骨に虹野を警戒しているのがおかしいのだ。
話にならん、と歳三が首を振る。歳三に言わせれば、勇にはそういうところがある。様々な先生に話を仰いで影響を受けたり、とにかく人を信じやすい。
もっとも、そういう人懐っこさは、勇の長所でもあり、今調査している枡屋
(近藤さんの言う通り、あの女の事は俺が直々に様子を伺うしかないか)
勇に人を疑わせるのは似合うまい。であれば、その仕事は自分が請け負うべきだ。歳三はそう考えて。
「分かった」
一言そう言って、部屋を出た。
◆ Third Person Out ◆
視界が元に戻っていく。
視界の先で、傷つけられた首を撫でつつ、ニヤリと笑っている。
「やはり、只者ではないな」
だが、と歳三は続ける。
「回避と狙いの鋭さに対して、あまりに攻撃が拙い」
初めて、歳三の鋭い眼光が直接空の視線を真っ向から捉えた。
一方、空はここでようやくこれまで光景が見える、その法則性に気付いた。
――ナイフで切った時だ。
近接武器で切った時にだけ、あの謎の光景は見える。
近接武器の攻撃に限り、赤いラインは現れ、近接武器の接触に限り、あの光景は見える。
――私の能力は近接武器をトリガーにしている?
思えば、転移の〝裂け目〟もまた、引き裂くように出現させるものだ。
そして、一方で木刀では赤いラインは生じない。
そう考えると、近接武器というよりは、より厳密に「切断」をトリガーにして能力が発動する、と言えるのかもしれない。
「そろそろ沖田の様子を見にいく時間か」
そう言って、歳三は刀を鞘に収める。
そして、空に背を向ける。
「あ、ちょっと、首の治療」
「この程度、放っておけば治る」
「そうはいかないよ、止まって」
ここで怪我をさせたことが後々禍根になっては困る。空はそう考えてポーチから応急処置キットを取り出す。
歳三と空では歳三の方が背が高いようだが、5センチ程度の差なので、治療に手間取る事はない。
綿に消毒液を染み込ませ、傷口を消毒し、傷口を撚り合わせた上で止血用テープを傷口と水平に二つほど貼り付ける。
「これでよし」
空は勝手に満足げだが、歳三の方は空の有無を言わさぬ治療に面食らう。
とはいえ――テープは江戸時代にはないが――それなりの治療を受けたらしい事は分かった。
「これで、懐柔されたと思うな」
歳三は目線を合わさずそう言って、壬生寺を去ろうと歩き出す。
ふと、何か思い立ったように足を止める。
「お前、神隠しは一人か?」
「え?」
そういえば、ウォーラス・ブラウンを巻き込んだような気がする。と、今更思い出した。
「お前を見つける直前、逃げるように立ち去る見慣れぬ服装の男を見た。お前のと似た黒い銃を持っていたように見えた。沖田が追ったが見失った」
そういえば、昨晩そんな話を勇と総司がしていた気がする、と空は思い出した。
「今晩、沖田は戻る。必要なら話を聞け」
一度も振り向かずそんなことを言うと、歳三は再び歩き出し、今度は泊まることなく、壬生寺を去った。
その夜、空は歳三に言われた通り、壬生寺に帰ってきた総司を待ち構え、声をかけた。
「やぁ、虹野さん。こんばんは。あ、干菓子食べます?」
声をかけた空に対し、総司は優しく応じる。
「あー、今はいいや。それより、土方さんから聞いたんだけど、昨日の夜、私以外に怪しい男を見たんだって?」
「もう土方さんと仲良くなったのか。あの人堅物で、なかなか虹野さんのこと認めないかと思ってた」
その言葉に空は、内心、「いや、認めてもらっても、仲良くなってもないけどね」、と思いつつ、質問を続ける。
「怪しい男を見失ったと聞いたんだけど、それってどこか覚えてる? よかったら連れて行ってくれない?」
「ようやく、監視任務が解けて帰ってきたところなんだけどな。とはいえ、土方さんからの入れ知恵となると、断ると後が怖いか。いいですよ、もう出られますか?」
空の要求に、総司は何やらぶつぶつ呟いたのち、結局頷いた。
「うん、大丈夫。じゃあお願いします」
そして、夜の街を歩く。
「そういえば、監視がどうこうって言ってた? 何してるの?」
「いや、流石にそれを部外者に話すわけには……」
気になったことを試しに聞いてみるが、総司も流石に言い淀む。
まあ、流石にそうか、と空は納得する。
(そうだ)
試しにナイフをこっそり握って問いかけてみる。
「そこをなんとか、どうかな?」
「いやー、怒られちゃいますから」
総司は笑って誤魔化す。やはり、ナイフで突き刺さねば意味はないらしい。
ご丁寧に空の視界は赤いラインを表示してくれているが、ここで新撰組と不和を起こしても仕方ない。
空は大人しくナイフをしまった。
「この辺りで見失いました」
なんの変哲もない京の街並みだ。
だが、一見だけ、火災で燃えた後放置されている廃屋が気になった。
「んんー?」
近づくと、夜にしては不自然な熱風を感じ取った。
――この熱風、光学迷彩!?
空はその可能性を見越して用意してきた
すると、廃屋の中に不自然な熱源を発見した。
アカシア世界の光学迷彩は簡単に説明すると立体にプロジェクタを映し出すホログラフィック技術を使って風景に溶け込む技術である。
このため、光学迷彩の機械は高い熱を持つという欠点がある。
空は冷静にKH M4を構えてそして声を張る。
「そこにいるのは見えてるよ。光学迷彩を外して出てきなさい」
「流石にアカシアの技術を知る人間からは隠れられないか」
胸元の機械を停止させ、ウォーラス・ブラウンが姿を表す。
「と、突然人が!?」
驚くのは総司だが、とは言え、流石は新撰組というべきか、動揺はせず、すぐさま刀を抜刀し、構える。
「いや、この世界には驚いた。昼も夜もあまりに長い。いつものつもりで夜を越そうとしたら思いの外ずっと寒くてな。今はこうして光学迷彩で暖をとっている」
「アカシアは一日が八時間しかないもんね」
「アカシアは? まるでこの星がアカシアではないかのような発言だな。……いや、確かにバギーラ・リングは見当たらないし、見たこともない巨大な衛星が浮かんでいるようだが。それでも天体測量によればここは西京都の辺りと出る。アカシアと同じ星のはずだ」
空の発言にウォーラスが尋ね返す。
「そうなんだろうね。私もこの世界とアカシアがどう分岐したのかまでは知らない。多分、同じ星だとは思う。けどこの星の人々はこの星を「
「アース、か。聞きなれない言葉だな。そして、24時間とは、道理で長いはずだ」
なるほど、とウォーラスが頷く。
「あ、あの、虹野さん? 聞きなれない言葉で話さずに、出来ればこちらにわかる会話をして欲しいんだけどね」
二人の会話に総司が口を挟む。
「え? あぁ、ウォーラスさんとの会話だから言語がアルビオン語になってたのか。ごめんなさい、けど、ウォーラスさんは日本語喋れないから、分かるように会話するのは無理かな」
空は地味に便利な能力として、自動翻訳の能力を持つ。
他者のあらゆる言葉は自分の母語である日本語に聞こえるし、自身の発する言葉は基本的に相手の母語に変換される。
だが、それは基本的に切り替え出来ないので、このような事態になる時もあるようだ。
「ところで、そろそろ銃は下ろさないか? ここはお互いにとって異国の地だ。下手に争うのは得策じゃない」
「む」
その言葉を受けて、空は確かに、と思い、銃口を下ろす。
直後、足に力を溜めていたウォーラスが素早く駆け出して空に肉薄し、空を組み伏せる。
左手に持ったアーミーナイフが空のスリングを切断し、KH M4が遠くへ蹴飛ばされる。
「くっ、卑怯者」
「確かに久遠はこんな戦い方許さないだろうな。だが、元の世界に戻るためならやむをえまい。〝裂け目〟を開け、コード・アリス。アカシアに戻してもらおう」
そう言って、ウォーラスは空に
「そうは言われても、私だって世界を超える方法なんてわからないよ。昨日だってたまたま出ただけだし」
「なんだと……。くそっ」
銃口を突きつけたままウォーラスが呻く。
「おい、そこまでだ。虹野さんを放せ」
そこで割り込んできたのが総司だ。構えた刀を霞に構え、ウォーラスを狙う。
ウォーラスは一瞬、Mk.32を総司に向けて発砲しようとするが。
「流石に現地民は巻き込めない」
そう言って、一気に後方に飛び下がり、総司の放つ高速の突きを回避する。
「ありがとう、沖田さん」
空はお礼を言って、手首の単分子ナイフをスナップで手元に呼び寄せながら呟く。
「お前をどうにかすれば元の世界に戻れると思っていたが、どうも話はそう簡単ではないらしいな……」
ウォーラスが、KC M4 FAMSを空に向けながら呟く。
「そっか、ここでなら、一対一であなたとやれるってわけか。むしろ私からするとラッキーかも?」
空は〝裂け目〟を作って、遠くに飛ばされたKH M4を手元に戻す。
「そちらはすでに現地勢力と共闘済み、か。近接武器しか持っていないようだが、確かにこちらに不利だな」
ウォーラスは頷き、後ろに交代しながら、手榴弾を取り出し、スイッチを押す。
「まずい」
スイッチを押された時点で、こちらに止める方法はない。最悪自爆してくる可能性さえある。
空は総司を庇うため、総司を手で制しながら後方へ下がる。
手榴弾は空とウォーラスの中間地点に落下し、膨大な煙を吐き出した。
「やられた、煙幕だ!」
空は慌ててサーマルゴーグルをつけるが、ウォーラスらしき人影の熱源は見えない。
思えば、ウォーラスは総司を傷つけるのを嫌っていた。そんな彼が手榴弾で爆撃してくるはずがなかった。空のウォーラスは敵という認識が判断を曇らせていた。迂闊だった。
「それにしても、「そちらは現地勢力と共闘済み」……って言った? まさか……」
倒幕派と共闘して私を捕まえにくるつもりではあるまいか、と空は考える。
「急いで戻ろう、沖田さん。この危険性を局長と副長に伝えなきゃ」
「え? あ、はい。いや何が何だか……」
To Be Continued…
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