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虹の境界線を越えて 第6章

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 地球から、地球とは似て非なる星「アカシア」に文明を築く世界に迷い込んだ少女、虹野にじの からは、世界の濃淡を感じる力とそれを応用した「空間転移」能力を手にする。
 空はこの能力で「カグラ・コントラクター」という民間軍事会社PMCの人間が同じような転移能力を使っている事に気づき、自らが元の世界に帰る手がかりを得るため、新技術の研究所があると言うIoLイオルに向かうことを決める。
 貧乏な家に生まれた空は自らが欲しいもののために「盗み」という手段に手を染めた。しかし、ある日、引退しようと決めた。
 だが、今ここに再び盗みの技能が役に立つ時が来た。自らの戦力拡大のため空は単分子ナイフを盗み出すことを決めたのだった。
 空は見事単分子ナイフを盗み出したが、アクシデントが発生、手に持ったナイフで一人の男を殺すことになる。
 男を殺すという罪を犯した意識に苛まれる空が見たのは、過去に殺したもう一人の記憶と、そして殺した男の妻の様子だった。
 復讐の感情までダイレクトに伝わってきたことに困惑する空だったが、その能力について追求するのは後回しにして、カグラ・コントラクターの基地に侵入し、資料を漁ることにする。
 資料によって分かったことは、カグラ・コントラクターもまた「別の世界」に行く方法を模索しており、その方法の一つとして「コード・アリス」や「コード・メリー」なる存在を探しているということだった。
 しかし、その様子を御神楽みかぐら 久遠くおんなる全身義体の女性に発見され、戦闘になるが、敗北。なんとか逃げ延び、再戦を誓うのだった。
 独力ではカグラ・コントラクターをどうすることもできないと悟った空はカグラ・コントラクターと戦う組織「レジスタンス」に加入することを選ぶ。
 そこでカラを待っていたのは、かつて自分がプレイヤーとして参加し経験したTRPGシナリオと全く同じ展開という不思議な出来事だった。
 無事「レジスタンス」に加入した空はある日、クラッキングの腕を買われ、臨時の要員として捉えられた味方を助けるという作戦に参加する。
 作戦は見事成功したばかりか、レジスタンスの危機まで救った空は海中の潜水艦である「本部」勤務を許されることとなる。

 どこかの戦場。
 最新の兵器達が群れを成して前進し、それを一世代、あるいは二世代上回る兵器達がそれと相対する。
 某国で発生したクーデター軍は完全に国家体制を乗っ取ることに成功した。
 事態を重く見た国連は、カグラ・コントラクターにこの解決を依頼。
 この対応を任されたカグラ・コントラクター第五通常師団は速やかにクーデター軍の主要基地周辺に戦力を展開、瞬く間に制圧し、いよいよクーデター軍の首領が潜む本丸への侵攻を開始した。
 クーデター軍も総力を出し切る防衛戦力を展開。
 数で勝るクーデター軍が辛うじて戦線を維持している状態だった。
「左翼、右翼、共に戦力が少しずつ削られています、このままでは……」
「ぐぬぬ、くそ、カグラ・コントラクターめ」
 基地内部、作戦指揮所で、オペレーターからの報告を聞き、クーデターの長、指揮官ビスク・オットーは歯噛みする。
 現状、クーデター軍は辛うじて戦線を維持している。しかし、それはあくまで、第五通常師団が政府機能を失ったこの国の治安維持活動のために国全体に戦力を割いているからにすぎない。それを辞め、こちらに戦力を集中したら? いや、そもそも第五通常師団以外の戦力を補充してきたら?
 第五通常師団はあくまでカグラ・コントラクターの戦力の一部でしかない。前線に出ているものが全てであるクーデター軍とは総戦力が決定的に違いすぎる。
「やむを得ない。前線が状況を遅滞させている間に、我々は基地を離脱。地下に潜るぞ。総員、準……」
「高速で接近する機影を確認! 義体兵員用輸送機です!」
「このタイミングで義体兵の空挺降下だと?」
 義体兵員用輸送機とは、空挺降下に特化した義体兵を空挺降下させることに特化したマッハの速度で飛行する輸送機である。
 マッハを維持したまま兵員を降下させる事で、制空権を確保できていないエリアに空挺降下することを実現している。
 カグラ・コントラクターのみが保有する馬鹿げた兵器の一つである。
「映像届きました。尾翼のエンブレムを確認。これは……一枚花びらの散った四枚桜にそれを覆うツリガネソウカンパニュラ、特殊第四部隊です!」
特殊第四部隊トクヨンだと!?」
「投下を確認。弾着まであと五……四……三……二……一……弾着、今」
 10,000mを超える高高度からのパラシュート無し降下により生じる運動エネルギーが現場の部隊を襲う。
「本隊に一部隊で当たるつもりか!?」
 そこは後方に辛うじて控えさせることに成功している本隊のいる位置だった。
「本隊との通信途絶。全滅の模様!」
「馬鹿な!? 50を超える戦車部隊と戦闘ヘリがいたはずだぞ!?」
「さらに部隊からの通信途絶……、こちらに向かっています」
「特殊障壁を展開! さらにトーチカ稼働砲塔を全て起動させろ、目標は特殊第四部隊!」
 レーダー上に十二基のトーチカ砲と二十二層の障壁が表示される。どちらも基地外縁部の地面の中に隠された隠し装備である。
 しかし、それが一つ、また一つと消えていく。
「特殊障壁、全て破られました!」
「トーチカ砲、全て沈黙」
「二十二層の特殊障壁と十二基あったトーチカ砲が、全滅、ば、化け物か」
 ビスクが驚愕するその側面の壁が突然切断され、そこから一人の女性が姿を表す。
「ト、トクヨンの狂気……!」
 一切足掻く隙は与えられず、特殊第四部隊のリーダー、全身義体の女性、御神楽久遠がビスクの首筋にナイフを突きつける。
「二度は言わないわ。投降しなさい。うちの社長おじいちゃんはあなたの戦略を強く評価しているわ。大人しく投降してくれるなら少なくとも身柄の安全と減刑に努める事を約束しましょう。もちろん、あなたの協力次第では、それ以上も」
「ば、馬鹿な、誰がお前らの下でなど」
 護衛を務める四人の兵士が久遠にアサルトライフルを向ける。
「なるほどね。あなたを殺せば、私も死ぬ、そう言いたいのね?」
 正直希望的観測と言わざるを得ない。久遠がその気になれば、四人の兵士とビスクを沈黙させる方が早い。
「あっ……」
 オペレーターが何かに気付き声を上げ、久遠に怯え、黙る。
「あら、おじいちゃんもせっかちね。いいわよ、言って」
「は、はい。衛星軌道上のソメイキンプからレーダー照射を受けています」
「馬鹿な。運動エネルギー弾を投下するつもりか!? そんな事をすれば貴様も」
「あら、私は平気よ。投下されたと聞いてからここを飛び出しても逃走には十分だわ。でも、あなたたちはどうかしらね?」
 ソメイキンプはカグラ・コントラクターの持つ宇宙戦艦の一つであり、最大のものだ。ちなみにソメイキンプは桜の名前で、キンプとは金峯山きんぷやまから来ている。ここで取れた桜だと偽って売られた事からこの名前がつけられた。つまり、地球で言うところのソメイヨシノの事だ。
 衛星軌道上からタングステンやチタンなどからなる金属棒を投下して運動エネルギーで対象を破壊するという戦略兵器を標準装備している。
「と、投降する」
 ビスクが観念したように膝から崩れ落ち、周囲の兵士も武器を捨てる。

 

◆ Third Person Out ◆

 

 その光景を見た空の感想は、恐ろしい、だった。
 まさに一騎当千の主人公だ。雑魚敵をバッタバッタとなぎ倒し、並の障害などあっさりと突破し、敵の首領に至る。
 少しくらい苦戦はするかもしれないが、それでも最後には倒す。
(とするとこっちはやられ役じゃん)
 まぁ敵にもエースは何人かいるかもしれないが結局最後には負ける役だ。
 いや、主人公が黒い頭脳派で、敵が白い一騎当千、みたいなロボットアニメもあったか、などと考えるも、それが自身の士気高揚に繋がる訳でもない。
「カラ、右!」
「おおっと」
 相手を切断した瞬間にあんな光景が流れたものだからつい現状を忘れるところだった。
 右から現れた敵の首を切断し、その後、後ろから敵二人も切断する。
 そして、三回、同じ光景をる。
 ――そうか、みんな、久遠にアサルトライフルを向けてた護衛の人達だ。本当に投降した全員を仲間にしたのか。そしてここでまとめて私に殺されたのか
 込み上げてくる胃液を飲み込む。
「操舵室を確保! トラッカー解除後、ランデブーポイントへ航行を開始する」
 耳元のヘッドセット付きトランシーバーインカムに通信が入る。
「これで終わり……」
「だね。さっきはありがと」
 ケインが声をかけてくる。先程、浮かんできた視点に意識を奪われかけたところに声をかけてくれたのも彼だ。
「気にしないで。久しぶりに会ったけど……、元気そうでよかった。本部勤務になったんだって?」
「まぁね。けど本部は作戦立案とかオペレーションのための部門だから、実際に作戦をやりたいケインには向かないね」
「それは違いないね……」
 今回の作戦は船内という閉鎖空間での戦闘が想定されるために近接戦闘特化のケインが呼ばれた。
「それで、……その本部勤務のカラがどうしてここに?」
「うん。もう、すぐに分かるよ。ここのところ私の仕事はこんなことばっかりなんだ」
「こちら、操舵室。空、まもなくランデブーポイントだと思うが、転移は可能か?」
「はいはい。ええっとね」
 いつものように二本の指を構えて空間に〝裂け目〟を作ろうとする。
「まだ作れないね。もう少し近づこう」
「操舵室、了解」
 似たようなやりとりを数度繰り返し、ついに、〝裂け目〟が出来上がる。
「出来たよ」
「操舵室、了解。本部と相対速度を合わせる。積み込み担当、あとは任せたぞ。我々含め他は離艦用意!」
「じゃ、私も行かないと。ケインもついてきていいよ」
 そういって空が向かったのは貨物室である。積み込み担当を任されたメンバーも揃っている。
「じゃ、開きまーす。左が本部、右が輸送潜水艦ミルヒクーでーす」
 空により二つの〝裂け目"が生成され、積み込み担当たちが貨物を"裂け目〟に放り込んでいく。
「これは?」
「うん。話しても問題ない程度に話すとね。うちの本部って誰にも分からない場所に隠されてるわけだけど、そのせいで補給が致命的な弱点なんだよね」
「確かに……。補給を追えば……場所が……割れてしまいますね」
「そう。でも、私が本部とギリギリ転移できるだけの距離で本部に物資を転移させれば……」
「なるほど……」
 そう。空が本部に呼ばれた理由は、もちろん空の有能さが評価されたには違いないが、それ以上に空の転移能力が本部にとっては喉から手が出るほど欲しかった。

 

「はぁ、今日もただの輸送任務。いつになったら……」
(もちろん、私もただ言われるがまま、人殺しをさせられているだけじゃない)
(本部に集積されたたくさんの電子データに目を通した。おかげでたくさんのことがわかった
(私が知ったうち、理解しておいた方が良さそうだと思う事を、みんなにも話しておこうと思う)
「なんちゃって」
(これでうまくいってなかったら、小説だと、いきなりなんちゃってって言ったことになるのか。それは恥ずかしいな)
 まず最初に調べたのはカグラ・コントラクターの母体となっている御神楽財閥だ。
 御神楽財閥の始まり、最初の事業は宇宙事業だったらしい。
 ご存知の通り、アカシアにはバギーラ・リングと呼ばれる土星のような光の輪、微惑星帯が存在する。そしてこの微惑星帯は人類誕生のずっと前から、様々な要因でアカシアに隕石が落下していたようだ。近代以降これはバギーラ・レインと呼ばれる。
 アカシアの歴史は隕石落下の歴史と言ってもいい。
 そんな中、ある男は「意味がない」として忘れ去られていた複数の技術に目をつけた。
 そして男はその技術を組み合わせ、宇宙空間で自在に機動する宇宙ゴミスペースデプリ除去機を開発し、これを運用するための企業、御神楽宇宙開発を興した。
 男は一月後に隕石落下が予想されている地点に存在する企業に声をかけ、予算を確保、見事宇宙ゴミ除去機を衛星軌道に打ち上げ、隕石落下を完全に阻止した。
 このニュースは世界中で報道され、御神楽宇宙開発という企業は一躍有名となった。
 しかし男はそこで止まらなかった。世間の注目が御神楽宇宙開発に集まっている隙を逃さず、各国に告げたのだ。
 宇宙ゴミ除去機の数は少ない。全ての隕石に対応できるかは分からない。予算があれば増産も可能だし、予算をくれる所にはもちろん優先的に対応する、と。
 結果は劇的だった。各国はこぞって御神楽宇宙開発に投資し、御神楽宇宙開発は約束通り、その国の上を守った。
 投資しない国は滅ぶか、あるいは隕石落下に苦しんだ事で動いた世論により、御神楽宇宙開発に投資せざるを得なくなった。
 この男こそ、その男こそ御神楽 宗次郎そうじろう、御神楽財閥の創始者だ。
 ところで、興味深い事実がある。それは、宇宙ゴミ除去機を打ち上げた以降から、隕石落下の頻度が明らかに増えているという事だ。
(事実は分かんないけど、そりゃ陰謀論者も現れるよね)
 確証はない、どこにも証拠はない。しかし、カグラ・コントラクターを世界征服の手段だという者たちは言う。この頃から、奴らのやり口は変わっていないのだ、と。
 ちなみに、御神楽宇宙開発は今もカグラ・スペースとして現存している。カグラ・コントラクターが世界で唯一の宇宙軍を保有する事を実現しているのも、カグラ・スペースのノウハウのおかげと言えるだろう。
「もう一つちなみに言うと、この世界の年号であるP.B.R.はポスト・バギーラ・レインの略で、この御神楽宇宙開発によってバギーラレインの危機から脱したことをきっかけに生まれた新しい年号らしいよ。実質的な御神楽財閥の発足から今年で355年経ってるってことだね」

 

「上空を空中戦艦が通過する。水中調音に備え、静音状態を徹底せよ」
 そんなアナウンスが流れる。
 潜水中の潜水艦は水上からは見えない。そのため、水上の艦は、水中の音を聞く、あるいは、音を自分から発してその反射を聞く、という二つの方法で水中の艦船を認識する。
 前者に見つかるのを避けるため、敵が水中調音をしている可能性が高い時は可能な限り静かにする必要があるのだ。
 この間は本当に迂闊に音を立てると気付かれるかも知れない事、もし気付かれて撃沈されればほぼ死んでしまう事もあって、かなり息の詰まる瞬間だ。
 空も自分の能力が水中で使えるのかは分からないため、かなり緊張する。空も含め誰だってこんなところで死にたくないのだ。
 待つ事数分。
「静音解除」
 プハッ、なんて声が聞こえた気がする。それくらい、一斉に皆から息が漏れたのだ。

 

 さて、次はいよいよカグラ・コントラクターの話だ。
 まず、カグラ・コントラクターの社長の名前は御神楽 宗之介そうのすけ。以前に対峙し、先ほどもかけた御神楽 久遠の祖父である。
 カグラ・コントラクターは陸海空三つの軍を統合した通常師団という単位の軍隊を7つ保有し、空中戦艦を基地とした特殊部隊を7つ保有し、さらに宇宙軍として宇宙戦艦を7つ保有している。
 ラッキーセブンなのが偶然なのか意図したものなのか、とても気になるが、それはそれとして。
 そして、異世界植民地計画を企み、それを推進しているのが、特殊部隊の一つ、special 4th unit特殊第四部隊、通称トクヨンである。

 

 

 

 特殊部隊は空中戦艦を持つと言ったが、特殊第四部隊も例外ではない。特殊第四部隊が持つのは、ツリガネソウと呼ばれる空中戦艦で、戦艦としては航空機用の格納庫スペースの多い空中空母タイプだ。
 空は知らなかったのだが、ツリガネソウというのはカンパニュラの事で、トクヨンのエンブレムにも使われている。
 前進翼が特徴の最新鋭戦闘攻撃マルチロール機Mk-35を多数搭載し、先程見た義体用の音速輸送機や、光学迷彩を装備しこっそりと敵地に侵入するためのステルス輸送機等も搭載している。
 リーダーである久遠の強さもあって、世界最強の部隊とさえ言われているらしい。
 空の目的は異世界植民地計画の阻止……ではなく自身が元の世界に帰ることだ。
 そのために空が欲しいのはあの転送装置の情報。十中八九、彼らの本部であるツリガネソウにはそれがあるはずだ。
(次のターゲットはツリガネソウって事だね)
 そしてそれは一人では、そして能力を封印したままでは不可能だ。
(つまり私に必要なのは、三つ。一つ目はレジスタンスを説得するためのツリガネソウ攻略の必要性。二つ目はツリガネソウ攻略のための作戦。三つ目はその中で私が情報を得る方法)
 レジスタンスも別に無差別に攻撃しているわけではない。まして最強の部隊と言われている特殊第四部隊のツリガネソウを攻撃するには余程の理由が必要だし、当然、余程の作戦が必要だ。
(三つ目に関しては……最悪、私だけ別行動にすればいいや)
「そうと決まれば、後は情報収集あるのみ、だよね」
 幸いここは各支部から情報の集まる本部。今はただ、機を待とう。
「あ、空。ここにいたか。海面に漁船がいるから転移してくれ。物資を送り出したい」
「しばらくは、下積みだね、やれやれ」

 

To Be Continued…

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