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charm charm charm 第11章 生と所為と

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 ホラー映画を観ていた少女・リナは魔法を使ってしまい、通報され、科学統一政府から追われていた。
 逃亡の最中、森で動く死体の少女・サラと出会い、共に逃げることに。知られている神秘とは違う様子のサラの正体に近づくため、ドイツの黒い森に住む魔女イアンを訪ねることにした。
 サラのことを知るために、魂の魔女・イアンの元を訪れた二人は、目的が決まるまでイアンの小屋に逗留することに。
 そこでイアンが魔法で出していた人魂に、リナは絶叫してしまうのだった。
リナの絶叫により軋む小屋。そんな現状を見てイアンはリナに魔法を制御する訓練を提案する。
 リナを落ち着かせるために気絶させたイアンは、「家族に会いたい」という自分の願いに疑念と戸惑いを抱くサラに語り始めた。
 弟を亡くした過去を。
 イアンの指導の下、リナの魔法訓練が始まるのだが、不意にサラが意識を失ってしまう。
 原因不明の昏倒から目覚めたサラは、口にした。
「——思い出した」
 サラの口から語られたのは、祖母が魔術師として科学統一政府に処刑されたというもの。
 不可解な点が多いこの点、生前よりサラも解明したかったというのもあり、イアンはとある提案をした。
 それは神秘についてのノウハウをイアンに教えた魔術師「安曇あずみ」を救出しようというものだった。
 安曇救出作戦のため、協力者を募ったリナとイアン。
 ナイ神父、中国ちゅうこく、ルドヴィーコの協力を得、サラを伴い、神秘根絶委員会本部のあるヴァチカンへ!!
 潜入した神秘根絶委員会本部で、陽動に出たリナと中国は幹部・アンジェと、安曇救出に向かったイアン、サラ、ナイ神父は幹部・カシムと対峙する。
 どうにか安曇を救出し、引力魔法で場を崩落させて脱出を試みようとしたとき、魔法が打ち消される。
 戸惑うリナたちの前に現れたのは、異端審問官マシューだった。
 あらゆる神秘を無効にするマシュー。彼が「魔女」であることを見抜き、隙を作り、からくも脱出に成功したリナたち。
 早速、サラは安曇に問いかけを投げる。
 問いかけに対し、安曇は「答えるにも情報が少なすぎる」とのこと。
 そこから、当初の予定通り、サラの家族に会うため、動き出すリナたち。休憩の後、向かうことにしたのはリナがサラと出会った森。
 その森に向かう途中、墓参りがしたいというイアンに付き添い、イアンの弟の墓へ。そこでイアンはリナに「弟を蘇らせるために協力してほしい」と手を差し出した。
 イアンに不信感を募らせながら、リナが選んだのは――拒絶の逃亡。
 イアンから逃げ、サラと出会った森でサラの手がかりを探す二人。
 近くの街で聴取をしていた中国から、少女失踪事件と娘が突然死した「ノイアー一家」の話を聞く。――それは、サラの家族だった。
 家族が葬式をし、自分を弔ったことを知ったサラは、未練をなくしたものの、寂しがるリナに「一緒に旅をしよう」という。
 そこでサラが倒れた。

 

 
 

「サラ!!」
 リナの声はほとんど悲鳴だった。その感情の強さに応じて、引力の魔法が発動する。
 強く揺さぶられたような眩暈。その余韻を引きつつも、サラはどうにか瞼を持ち上げ、リナを視認する。
『おいで、サラ』
 いやに優しい声が聞こえた。知っている声だ。その穏やかさに惹き付けられそうになる。あの人は優しく迎え入れてくれるだろう。だってあんなに優しい声で私たちの名前を呼んでくれる。待ってくれている……
 ちがう。
「サラ! だめ、サラサラサラ!! 一緒に行くって言った!!」
 駄々っ子のような激しい主張。お仕事に行かなくちゃならない母親を引き留める甘えん坊の子どものような泣き声。その強い引力にサラは引き寄せられる。
 しょうがないなあ、と苦笑いを浮かべるような心地で、サラは駄々っ子の方に――リナの方に引き寄せられた。
 自分のものなのに、瞼が異様に重かった。体は重たくない。いや、重い軽い以前に、自分の体をサラは捉えられなくなっていた。体がそこにあるのはわかるのに、手を伸ばしてもすり抜けるみたいな。
 そんなサラの様子にリナはたぶん気づいていない。サラの呼気を感じて、ぎゅう、と思い切り抱きしめる。そうしていれば、サラの魂も離れていかないとばかりに。
 サラはその肩を叩いて、大丈夫だよ、と笑いたかった。でも、腕が持ち上がらない。私の手ってどれだっけ、と困惑してしまう。
 元々表情筋もうまく動かないのをいいことに、リナには異変を気取らせず、サラは語りかける。
「リナ、くるしい」
「あっごめん……でも、これ、イアンが近くにいるよ。イアンの魂の魔法の効果範囲は知らないけど、無限じゃない。近い方が効果は出やすいし。さすがに『魂』の専門家に本気出されたら、私の引力が叶うかは賭けになる……」
 リナの声が震える。
 これは事実だ。魔女の司る『属性』はそれに特化したものである。その分野において、魔法を使えば魔女の右に出る者はない。魔女の魔法とはそういうものだ。
(リナはかなり張り合えてると思うけど)
 咄嗟のこととはいえ、イアンが魂の魔法を使ったのに対抗して、サラの魂を留めた。一度や二度の話ではない。専門家に対して、これは異様なことだ。
 けれど、リナの魔法が強いというだけでは、もう対処が間に合わなくなってきている。
「イアンのとこには安曇さんもいるもんね」
「そうだった。……魔術的な何かで魔法を強化するとかできるとしたら、まずいよね」
 安曇は神秘界隈において長らく悪名を轟かせるくらい魔術に秀でた人物だ。魔法の補助以外でもイアンの計画に噛んでいる可能性はある。
 黒い森にいるはずのイアンがリナたちに追いついているのも、安曇の手助けがあるからかもしれない。
「これじゃあいくら逃げても無駄だよね。逃げるのは得意だけど」
「……リナ?」
 リナの目元が険しくなっていくのをサラが不安げに見る。いつになく真剣な表情で考え込むと、リナは一つ頷き、サラと真正面から向き合う。……体を離そうとして、サラが自立できず崩れかけた事実からは目を背けつつ。
「サラ、私、イアンとケリをつけるよ。逃げるのはやめる」
「ケリをつけるって、どうするの?」
「決めてない。決めてないけど、逃げても終わらない。魔女狩りから逃げるのも、終わらないのはそうなんだけど、魔女狩りと違って、イアンのことは自分でどうにかできそうだから」
 いつも通りの見切り発車。けれど、確かに魔女狩りをどうこうするよりはなんとかできるだろう。
 イアンがリナに望むのは交渉。「死者を蘇らせるための実験」に付き合ってほしいという要求だろう。そのためにサラを人質にしようとしているのだ。
 強引で許しがたい手段だが、交渉を選んでいるということはまだ「話し合い」の余地がある。それなら、サラの魂を好き勝手される前に、こちらから出向いて話をつけるのが良いだろう。
 せっかく共に旅することをサラが選んでくれたのだ。サラを奪われてなるものか、とリナはサラを抱き寄せる。
「立てる?」
「……だめみたい」
 移動のために、サラが立てるよう補助しようとしたが、ほんのりとした苦笑いが返ってくる。サラはもう立てない。それどころか、リナの支えなしでは起き上がってもいられない状態だ。
 リナはサラ本人からそう断じられるや否や、サラを横抱きにして立ち上がる。唯一動く首をリナの方に向け、サラは不思議そうにした。
「重いでしょ」
「でも、一緒じゃないと意味がない」
 今、サラの魂は半ば質にとられている。人質にしようというのだから、当然魂だけに留まらず、肉体も狙ってくるだろう。
 もし、イアンがサラの肉体を狙っていないとしても、リナは交渉の場にサラの肉体を持っていかねばならない。肉体に魂を戻してもらわなければならないからだ。
 それに、咄嗟のときにコントロールがなくなるだけで、リナはそれなりに魔法を制御して使える。「進め」「戻れ」などの合図で「引き寄せる力」と「引き離す力」を使い分け、超高速立体移動を叶えている。それを使えば重さなんて関係ない。
 ただ、直線的な移動しかできないため、方角は見定めなければならない。
(イアンは近くまで来ているって言っても、そんなに近くないよね。サラがまだ私の魔法で戻って来られるし、イアンのところまで辿り着いてないんだろうな。
 何より、黒い森からここまでは物理的な距離がある。魔女狩りに追われてる身で公共交通機関なんて使えないし、魔術的な何かで移動できたとしてもたぶん限りがある。……大まかに黒い森の方角を目指して――)
 考えをまとめていると、サラの頭がかくんと垂れた。
「サラ!!」
 リナが決死にサラの魂を引き寄せる。イアンと違い、名前を呼んだからといって確実に引き寄せられるわけではない。けれど、元々感情や叫びを伴うことで魔法を発現しやすいのか、リナはサラを呼び戻すことに成功した。
 奇しくも、それで方角がわかった。サラの魂は当然イアンのいる方角に引かれる。不可視のそれを引き寄せたことで、どこに向かっていたか、もとい、イアンのいる方角を察知したのだ。
 大まかな方向、ほぼ直線距離の方角であろうが、リナにとってはその方が都合がよかった。黒い森のある方角を目指す、という方向性で間違っていないようだ。
「サラ、苦しかったらごめんね」
 サラをきつく抱きしめ、先程は回らなかった気遣いを口にする。サラの唇から、苦笑のような吐息が零れた、気がする。
 確かめる余裕はなかった。
「進め!」

 

 ◆◆◆

 

 あまり進めた気はしない。日は沈み、辺りは暗くなり、リナはサラを抱きしめたまま、近くの壁に凭れかかった。足ががくがくと震えて立っていられない。リナは限界だった。
 汗なのか涙なのかわからないものを流しながら、サラにすがりつく。
「だめ、だめだよサラ。だめ」
 サラから返事が返ってこない。吐息のような微笑すらない。それでも時折ぴくりと体が反応する。それは魂が戻ってきている反応なのだろうか。トンボの死体が不意に動くみたいな反応なのだろうか。――リナは前者だと信じるしかなかった。
 距離にすれば三十キロメートルほど進んでおり、生身の人間が数時間かけてと考えるのなら、かなり進んではいる。だが、あの広大な森はまだ南西の彼方だ。
 イアンに近づいているのだろう。サラの魂にリナの魔法が届かなくなっていた。リナの心はそれを否定しているが、サラの声を最後に聞いたのがどのくらい前だろうか。
 考えるな。考えるな。拐われたサラの魂からイアンのいる方向を辿れている。私はまだ、負けてない。
 そう奮い立たせても、もう脳は靄がかって、足にも、腕にも、力が入らない。サラを取り落とさないようにするのだけでいっぱいいっぱいだった。どれだけ目を見開いているつもりでも、リナは周りの景色がわからない。ここがどこかわからないレベルで、朦朧としていた。空が暗いことだけがわかる。
「大丈夫ですよ。あなたはよくやりました。おやすみなさい」
 ふっとそんな声が聞こえて、

 

 リナの意識が途切れた。

 

 ◇◇◇

 

「大丈夫ですよ。よく頑張りました。だから今は、おやすみなさい」
 似たような言葉を言われた過去を思い出した。
 リナは八歳の頃に事故に巻き込まれ、両親を亡くした。それからほどなくして、リナは魔法に目覚め、あらゆる人間を巻き込んで、コントロール不能の引力の魔法を発現した。
 現在の意味するところの「魔女」や「魔法」という言葉が一般的でなかった頃、リナの力はたいへんに気味悪がられた。親戚からも疎まれ、家族三人で同じ事故に巻き込まれておきながらリナだけ助かったのはこの力のせいじゃないかとか、そもそも事故が起きたのはこの力のせいじゃないかとか、好き放題言われた。
 子どもは難しい話をしていても理解しないだろう。陰口には気づかないだろう。そんな軽い考えで口にしていたのかもしれない。けれどリナは第二次性徴期。身体的な変化はもちろん、精神的にも変化が訪れ、「ただただ元気なだけの女の子」ではなかった。
 更には両親を失ったばかり。悲しみも明けないのに、そんな陰口を叩かれるのはかなりショックだった。同時に、「本当に私のせいだったかもしれない」と思えてきて、リナなりに塞ぎ込んだ。つらい時期だった。

 

 くるりと場面が変わる。嫌な景色だ。土埃の煙たい感じの臭いがする。眼前には建物だった何かの残骸。看板らしき部分の文字から、そこが映画館であったことがわかった。
 初めて「潰した」映画館である。
 3Dメガネ、VR映像と技術は発展し、オーグギアを使えば実際に体験しているのと変わらない映像アクティビティが楽しめる時代。リナは父親の趣味だったのもあり、スクリーンで鑑賞するタイプの映画を好んでいた。両親が亡くなった今、それは親との最後の繋がりのような気がしていた。
(な、にを……した、の? わたし……私、何をした?)
 ぼろぼろと崩れた映画館。旧い設備とはいえ、建物自体は極端な老朽化をしていないはずだった。馴染みの管理人が「俺の目の黒いうちは潰さないさ」と言っていたのを覚えている。「だからリナちゃんもいつだって来るといい」……。
 笑顔の素敵なおじさんだった。えくぼがチャーミングで、年がら年中、なぜだか麦わら帽子を装着している人だった。被らないまでも、首からかけたり、腰につけたり、麦わら帽子がトレードマークのおじさん。
 緊急時用の今では本当に使われない固定電話の受話器がころんと落ちていた。受話器の話し口がリナをじっと見ているような気がして、ぞくりとする。受話器に目なんてない。
 責められているような気がした。いや、責められて然るべきである。リナは毎度入場料金をしっかり払っていた。客入りは少ないが、この映画館は経営が傾いて潰れたのではない。
 物理的に潰れたのだ。
 リナが大好きなホラー映画の「いつものシーン」で叫んだときに、ばしゅっと。
 天井が落ちてきた。思わず目を瞑ったのでわからなかったが、自分は自分に落ちてくる天井だけ「引き離した」。だから無事だった。
「どうして」
 少し離れた席にいたカップルが、抱き寄せ合って死んでいる。これが映画なら、ドラマなら、どれだけよかっただろうか。
「どうして……」
 声が震えた。理解ができなかった。
 自分は何をしてしまったのだろう。
 原理は理解できなかったけれど、リナの中である確信が深まった。
 ――お父さんとお母さんだけ死んだのは、本当に私のせいかもしれない。
 だって、こんなに盛大に倒壊した建物の中で、自分一人だけが無事だったから。

 

 リナは寂しがり屋だ。
 誰かにずっとそばにいてほしい。
 くっついていてほしい。離れないでほしい。
 怖いものは近寄らないでほしい。
 お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも友達も、大好きな人、大好きなもの、大切なものがみぃんな全て、私のそばから離れていきませんように。
 ずっと、そう願っていた。
 願っていたのはそれだったのに、

 

 どうしてこんなに、うまくいかないんだろうね。

 

 ◆◆◆

 

 不意に意識が浮上した。ぱちりと青葉色の目を見開き、リナは自分が仰向けに寝ていることに気づいた。
 見たことがあるような木の小屋の天井。他に人がいない。
「サラっ!!」
 叫び、起き上がろうとする。が、体が全然動かない。体に力が入らないのだ。
 リナの顔色が青ざめる。両親の死んだ事故を思い出した。あのとき自分は死ななかったけれど、こんな感じで体に力が入らなかったことを思い出す。ぞっとした。
「いや、いやだ。サラを助けなきゃ。サラ、どこ、どこ、どこ、どこ……」
 ひとりぼっちはいやだ。
 年端のいかぬ子どものような言葉を口にしながら、リナは体を動かそうとした。魔法を使えば体は動くと思っていた。いつも引力の魔法を移動に使っているのだ。その要領でどうにかできるだろうと考えていた。
 けれど、引力の魔法は厳密にはリナ自身に作用させているわけではない。リナに「引き寄せる力」とリナから「引き離す力」である。魔法で動かしているのは、リナの体ではないのだ。
 魔法をコントロールして、鉄塔などの重いものが「普通は動かない」という理に則ったまま引力の魔法を使うことで結果的にリナが「引き寄せられている」もしくは「引き離されていく」ように見えるだけ。
 体を動かす魔法ではない。感覚的に魔法を使っているため、そこまで理解が及んでいないリナは困惑した。どれだけ魔法を使っても、体は動かない。焦りばかりが先走っていく。
「動けっ、動け、動け動け動け!」
 ミシッと天井や壁が軋んだ。床もぎぎぎぎぎ、と悲鳴を上げる。リナはお構い無しに無理矢理動こうとする。魔法では動けないことに気づかないまま。
「魔女アイザック……いえ、リナさん。落ち着いてください」
 そこへ、事態を察知したのか、誰かがやってくる。人の声にリナの魔法がふっと途切れた。しかも知っている声だ。
「安曇、さん?」
「そうです。お話ししたいことがあります。聞いていただけますか?」
「はい……」
 気の抜けた声に、安曇はふと笑うと、まずは改めて落ち着くために深呼吸を、と言った。深く吸って、長く吐き出す。それを二回。
 焦燥がなりを潜めた気がする。リナは目線を動かして安曇を探した。顔を動かすくらいはできたが、リナの動きに、安曇の方から顔を覗かせてくれる。
「こんにちは、リナさん。いえ、こんばんはの方が良いでしょうか?」
「夜なの?」
「ええ。深夜二時、草木も眠る丑三つ時というやつです」
「クサキ……? 日本語の表現?」
「そうですよ。これくらいの時間は人間だけでなく、どのような動物も深い眠りに就く時間。そんな時分には幽霊や妖怪が出やすいと言われています。オカルト……神秘とは切っても切れない時間ですね。そのためなのか、イアンは研究に没頭しているのですよ、この時間は」
 イアンの名が出て、再び小屋が大きく軋んだ。安曇は目を細め、しぃ、と口元に人差し指を当てる。
 リナは力の制御ができないながらも、安曇に問いかけた。
「イアンはサラをどうするつもり? サラはどこ?」
「前者は私にはなんとも。後者は……一応イアンが『保護』していると答えましょうか。大事な人質ですから」
 想定通りの答えではある。それでも歯噛みせずにはいられなかった。
 そんなリナの様子を気にもせず、安曇の目に灯るのは好奇の色だ。
「しかし私も彼女には興味があります。それゆえ、イアンの協力要請にも応じたわけですが。私の研究する死者蘇生の術を『反魂の術』と呼ぶとおり、やはり人の命と『魂』との間には切っても切れない縁があるのでしょうね。魂を繋ぎ止めることで死んだはずの人間の肉体を動かす。しかも『魂の魔女』たるイアンは肉体に留める魂を選別できるときました。特定の人物を任意で蘇らせることができるとなれば、それは大きな一歩となります。なかなか面白いことになりそうだ」
 悪そうな顔である。リナは顔を歪めた。
「あなたが悪い魔術師っていうのはわかったよ。イアンに協力するんだね。私には嫌味でも言いに来たの」
「嫌味だなんてとんでもありません。リナさん、私はあなたにも興味があるんですよ」
「……なんで?」
 リナは死者蘇生の術には反対だ。それを語った後に「興味がある」などと言われても、てんで嬉しくない。
 胡乱げなリナの顔に安曇はくつくつと笑う。
「あなたの属性は『引力』、間違っても『魂』ではありません。アイザックという魔女名は万有引力等で有名なアイザック・ニュートンからきているのでしょう。
 質量のある物体の全ては引き寄せる力を持っている、というものですが、『魂』は元来その法則の中に含まれていません。本来、〝情報〟である『魂』には質量がないからです。けれどあなたはサラさんの魂を引き寄せ、留めた。魂の魔女でもないあなたが『引力』で。
 これがどれだけ可笑しくて、凄まじいことか」
「どう讃えられたって、私は死んだ人を蘇らせる実験に付き合ったりしないよ。その力をコントロールできるわけじゃないし、サラを引き寄せてしまったのは偶然で」
「ふふっ、そんなわかりきった答えを聞きに来たわけではありませんよ。少々語りすぎてしまいましたね。まあ、私の反魂の研究にはイアンかあなた、どちらかがいればいいので」
 それなら、イアンがいるのならリナは必要ないということか。イアンはリナの力を求めているようだが、協力関係にあっても、思想が完全に一致することはないだろう。
「イアンは魂の『質』を選べますが、あなたの引力ほどの引き寄せ、留める力がないのですよ。だから彼はあなたの力を求めている。
 ですが魂を強引に引き寄せ、繋ぎ止める術なんて、魔術的には何千年も研究されてきていることです。それを成す儀式魔術も少なくありません。イアンはそれに気づいていないのです。
 ですから、私は今回、あなたを捕まえに来たのではないんですよ、リナさん。あなたを自由にするために来ました」
「自由?」
「協力する必要のないことに囚われ続ける必要はありませんからね。私が協力して、イアンの手の及ばないところまで、あなたを逃がして差し上げましょう。
 ただ、選んでいただかなくてはなりません。一人で逃げるか、サラさんを助けるか」
「サラを助ける」
 リナは提示された選択に、間髪入れずに答えた。予想はできていたのだろう。安曇はからからと声を立てて笑った。
「良いお返事です。選択を保留されたら私の気が変わるところでした。ではあなたが今すべきことは一つ。体を休めてください。あなたがしっかり回復するまで、時間稼ぎをしておきます」
「ありがとう……って、素直に言っていいかわかんないけど、ありがとう。
 でも、なんで私を逃がそうなんて? しかもサラのことも助けてくれるって……言っちゃ悪いけど、あなたそんなことするほど親切に見えないよ」
 神秘根絶委員会本部で拘束されるような悪名高い魔術師、それが安曇だ。救出作戦の折、片っ端から知り合いに助力を仰いで断られ、イアンのメンタルがごっそり削られたのを目の当たりにしている。それだけで、安曇をよく知らないリナも「良い人ではない」ことは十二分にわかった。
 人に肩入れするような真似をして、悪側の人間が何の裏もないなんて、どんなホラー演出なのか。
 今のところリナに対する「裏」の伺えない言動に、さすがのリナも警戒を覚えた。が、安曇はなんでもないように軽く肩を竦める。
「神秘根絶委員会から助けていただいたでしょう? そういう借りがあるのを放置したくないだけですよ」
「驚いた。てっきりそういうのは踏み倒すタイプかと……」
「っふ、イアンよりわかってらっしゃる」
 常は踏み倒すらしい。開き直り甚だしいコメントに、リナの目は平坦さを保った。
「まずは眠ってください。魔術的な拘束を施し、眠らせますが、イアンを誤魔化すためです。それに、あなたの魔法のコントロールは精神状態と強く結びついています。サラさんを助け出せたとして、あなたが魔法をコントロールできなければ、どんな事故が起こるかわかりませんからね」
 事故、という単語にリナの表情が固まる。
 サラを失うかもしれない。自分の力のせいで。もし、そうなったとしたら、耐えられる気がしない。そんな恐怖が背を這って上がってこようとしている。
 それより早く、急激な眠気が襲ってきた。瞼が開けていられない。安曇が眠りの術でも使ったのだろう。
 それ以上考えなくてよくなったのは、幸いだったかもしれない。

 

 ◆◆◆

 

 回復までに、三日かかった。何らかの術のおかげか、こんこんと眠ってしまったが、三日経ったことを聞いても、以前のように焦燥に身を焼かれることはなく、不思議と平常心でいられた。
 安曇の案内に従って向かった先では、サラが簡素な寝台の上に寝かされていた。死人のように青白い肌――「ように」ではないが――瞼はしっかり閉じられ、目覚める気配がない。どうにか生きているような体裁として、呼吸をしているようだが、それもよく耳を澄まさないとわからないレベルのほんの微かなもの。
「度重なる複数人からの魂への干渉。それにより、魂も肉体も限界が近いのでしょう。ねえ、イアン」
「……安曇さん」
 わざとらしく声高に言った安曇に、イアンが苛立ちの滲んだ声で応じながら出てくる。
「リナの居場所を知っていたのなら、どうして教えてくれなかったんですか?」
 安曇は軽く肩を竦めるのみ。代わりのように、リナがずい、と前に出る。
「イアン、サラを返して」
「きみが協力してくれるなら」
「嫌だ!!」
 即答のリナ。イアンは軽く溜め息を吐くと続ける。
「嫌って言ってもね。さっき安曇さんの言った通り、サラちゃんは色々限界なんだ。僕の魂の魔法で繋ぎ止めてこの状態。僕の魔法だけでも、きみの魔法だけでも、もう正常な延命は望めない」
 リナの顔が歪む。だが、イアンは朗々と続けた。
「でもね、二人で協力すれば、サラちゃんを生き返らせることができるよ。だから力を貸してほしい。リナはサラちゃんを、僕は弟を取り戻すんだ。お互いの願いのためだよ。悪くない話のはずだ」
「ふざけないでよ!! 人を生き返らせるなんて、『命を弄ぶ』のとおんなじだよ! こないだまでそう言ってて、私を諭したことだってあるじゃない!! どうして、どうして変わっちゃったの!? イアン変だよ!!」
 堪らずリナが叫び返した。言い終えると奥歯を噛みしめる。そうしないと泣いてしまいそうだった。
 人を生き返らせることもまた、人を殺すのと同じで『命を弄ぶ』行為だ。リナが泣きそうなのは、イアンが変わってしまったからだけじゃない。自分もその禁を犯した一人だと、気づいているから。
 サラと一緒にいたいのは、ひとりぼっちが寂しいからだ。それは変わっていない。けれど、サラの正体や過去に触れていくうち、気づいてしまった。
「変だなんてきみに言われたくないな。行きずりの女の子をやけに気にかけると思ったら、まさか最初から気づいていたの?」
 イアンも気づいているようだった。
 口にする。サラの『真実』を。
「サラちゃんを殺したのはきみだって」
 突きつける。リナに。

 

 結局、お前のせいだった、と告げるようなものだった。

 

To Be Continued…

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 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
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