Vanishing Point / ASTRAY #01
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「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
第1章 「A-Erial 架空」
「それ」は河内池辺を目前にして辰弥が用を足すべくトイレに入ったときに発覚した。
ハーフパンツを下ろし、その下のスパッツも下ろしたところで辰弥は違和感に気付いた。
「……」
あまりの嫌な予感に顔が青ざめ、確認するかのように下着に手を突っ込み――。
「ないーーーー!!!!」
キャンピングカーに辰弥の絶叫が響き渡った。
『どうした辰弥!?!?』
バタバタと足音が近寄り、日翔と鏡介がトイレに首を突っ込んでくる。
二人の視線の先でわなわなと震えている辰弥は、ある意味で生まれたばかりの小鹿のようだった。
だが、二人がトイレに駆け込んできたことで辰弥も必死で冷静さを取り戻し、ぷるぷると首を振る。
「な、なんでもない!」
「何でもないことないだろ、何があった?」
「まさか、尿路結石か!?!? しまった、この近辺の闇医者をまだリサーチしてない」
大丈夫か、診た方がいいか? と迫る日翔とa.n.g.e.l.に近隣の闇医者を検索させ始めた鏡介に辰弥が必死に首を振って二人をトイレから追い出す。
「大丈夫! とにかく大丈夫だから! なんでもないから!!!!」
トイレのドアを閉め、鍵をしっかりかけ、その向こうから「本当に大丈夫なのか?」と聞こえてくる声を無視し、辰弥は便器に腰掛けた。
(……ノイン、)
務めて冷静に、心の中でノインに声をかける。
(どういうこと)
『んー?』
辰弥の視界にノインの姿が映り込む。
(なんで消したの! びっくりしたじゃない)
『だってじゃまだから』
(んな、主任のノリで邪魔って言わないで!)
早く戻してと懇願する辰弥と、それをのらりくらりとかわすノイン。
『いやだよそんなもの、汚らわしい』
(主任にも生えてるんですけど!?!?)
『え、それほんと?』
なぜかそこでノインが食いついた。
なんで!?!? と思いつつも辰弥がとにかく、と急かす。
(とにかく戻して! どっちもないとかふざけてんの)
『じゃあエルステ、女の子になる?』
(それはもっとやだ!!!!)
いくら自分に頓着のない辰弥でも一応は男としての誇りのようなものはある。いくら自分を棄ててノインと融合したからといって性別まで捨てるほどプライドのない存在ではない。
むぅ、とノインが頬を膨らませる。
『何がいいの。おち――』
(ノインーーーー!!!!)
だめだ、ノインにそんな単語を言わせたことがバレれば後から晃に殺される。
しかしこれ以上議論を進めればノインは絶対に言葉にする。
今は一旦退いて、後からなだめすかして戻してもらうしかない。そうでなくても自分たちの細胞は流動的に入れ替わっているのでノインがその部分から離れれば戻せばいい――離れてくれれば。
(分かった、このままでいいよ……。今のところは)
『むふー。分かればよろしい』
それなら、と満足したようにノインの姿が掻き消える。
「……」
ノインがいた場所をぼんやりと眺め、それから辰弥は頭を抱えた。
「……どうしよう……」
こんな身体では下手に公衆トイレには行けないし温泉にも入れない。
逃避行と分かった上で、それでも各地の温泉に入れることを楽しみにしていただけにショックは大きい。
いや、タオルで隠せばワンチャン……と思いつつも全く想定していなかった事態とノインの裏切りにショックが隠せない。
「もうずっとこのままなのかな……」
そう呟いた瞬間、なぜか千歳の顔が脳裏をよぎった。
それを起点として様々な記憶が蘇り、胃の辺りから何かが込み上げてくるような感覚を覚える。
「ぅ……」
口元を押さえ、辰弥が低く呻く。
早鐘を打つ心臓と揺らぐ視界、さらには呼吸が浅くなり、それだけで自分がフラッシュバックによるPTSDの発作を起こしていることに気付かされる。
まずい、と胸の辺りを掴んで呼吸を整えようとするが、それだけで治まるほど発作は軽いものではない。
「おい、辰弥、まだ踏ん張ってるのか?」
扉の向こうから日翔の声が聞こえる。
その声が一気に辰弥を現実に引き戻す。
「――っ、大丈……夫」
日翔はただ用を足しているだけだと思っているかもしれないが、それでもいつまでもトイレに立てこもっているわけにはいかない。
大きく息をついて呼吸を整え、辰弥は立ち上がった。
「ごめん、もう出る」
大丈夫、と自分に言い聞かせ、ドアに手をかける。
開く前にもう一度息をつき、辰弥は何事もなかったかのようにドアを開けた。
◆◇◆ ◆◇◆
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