Vanishing Point / ASTRAY #01
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「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
辰弥たちが乗ったキャンピングカーが河内池辺市内に入っていく。
「うわぁ……」
助手席の窓から外を眺めた辰弥が感嘆の声を上げた。
数時間前のフラッシュバックからは完全に立ち直っている。
日翔も鏡介も辰弥がいきなり叫んだ後、トイレに引きこもっていたことに関しては深く追求してこない。
ただ、「調子が悪いなら闇医者に診てもらったほうがいいぞ」とだけ言ってそれ以上は深く触れてこない。
それに感謝し、辰弥はほんの少しだけ上の空で街並みを眺めていた。
「本当に餃子の街なんだね」
大通りに並ぶ飲食店の多くが餃子専門店となっており、サイネージも焼きたて餃子のアニメーションが多い。
餃子と言えばにんにくを使うので食べた後の口臭が気になるところではあるがそんなものを気にしていては何も食べられない。
特に食べるのが大好きな日翔と料理をするのが趣味の辰弥が揃えばこの街はたとえ餃子以外に何もなかったとしてもそれだけで一つの大きなエンターテイメントとなってしまう。
「腹減ったぜ、餃子食べようぜ餃子!」
「レシピとか手に入るといいな」
うきうきとそんなことを言い合う日翔と辰弥に、運転席の鏡介は苦笑して窓の外に視線を投げた。
餃子専門店が多いことを除けばかつていた
それなら辰弥や日翔の望み通りまずは餃子を楽しむことが最優先。内臓を義体化しているが普通の食事もできる鏡介としても「ご当地グルメ」は食べてみたい、と思うところだった。
(
自分でも検索用のブラウザを開きながら鏡介が自分のGNSに格納されたa.n.g.e.l.に問いかける。
鏡介のその問いかけが終わらぬうちに、a.n.g.e.l.が返答した。
『私は地球製のAIですのでアカシアのデータベースに関しては特殊第四部隊が用意した作戦用が主となります。そのため、おすすめの店と聞かれても即答は出来かねますがアカシアが地球と酷似していることを鑑みて河内池辺市が栃木県宇都宮市に該当し得ると判断します』
「――む、」
a.n.g.e.l.の返答に含まれた「宇都宮」という単語に鏡介が思わず声を上げる。
そういえば昴と戦っている際に彼がアカシアではなく地球の人間で、宇都宮というアカシアには存在しない苗字も実は地球の日本という国で普遍的に使われているものだとa.n.g.e.l.から聞いていたはずだ。
地球で言うところの宇都宮とアカシアで言うところの河内池辺が重なり合うものだと言われて思うところは色々あるが、鏡介はそうか、と指を動かして
(今開いた
『アクセスしました。今後、アカシアの詳細マップに関してはこちらのデータベースを元に検索を行います』
相変わらず自己判断によるアクションが早いな、と思いつつ鏡介が言葉を続ける。
(で、口コミ評価が高くて人気も高い店は?)
鏡介がそう尋ねると、視界にa.n.g.e.l.がデータベースの口コミ評価から分析した上位店舗がいくつかピックアップされる。
『評価及び人気の上位店舗をピックアップしました。しかし、こちらの店舗のいくつかは「とりぷる本店」で食べ比べをすることが可能です』
「……なるほど」
人気店舗の餃子が一か所で食べ比べできるのなら辰弥も日翔も喜ぶかもしれない、と鏡介はa.n.g.e.l.の提案を受け入れることにした。
「おい、」
そう言い、鏡介が二人に店の情報を共有する。
「この店なら人気店の食べ比べができるらしいが、どうだ?」
「へえ、餃子の食べ比べ!」
ページを開いた日翔が面白そうに声を上げる。
「いいじゃん、辰弥、どうだ?」
「いいね、色んな店の餃子、食べてみたい」
辰弥も興味を持ったようで、目を輝かせて鏡介を見た。
「よく見つけたね。ええと、a.n.g.e.l.ってAIに訊いたの?」
「ああ、アシスタントとしては申し分ない」
元々は辰弥が「カグラ・コントラクター」の中でも最強と言われる
「とりあえず、『とりぷる本店』に向かおう。そんなに遠くではないし、ショッピングセンターの中にある店だから駐車場にも困らない。そこで一旦飯にしてそれからRVパーク池辺へ向かえばいい」
「了解。ルートは鏡介に任せた」
辰弥の言葉に、鏡介が分かった、と頷く。
ナビに「とりぷる本店」が入っているショッピングセンターの住所を入力すると、車は滑るように目的地へと向かい始める。
「しっかし、まさかこんな形で旅することになるなんてなぁ……」
後部座席に収まった日翔がふと呟いた。
「そうだね」
そんなことを言いながら辰弥がシートベルトを外し、後部座席に移動する。
「おま、危ねえなあ」
移動中に動くんじゃねえよ、と日翔が苦笑すると辰弥がソファに腰を下ろして首を振った。
「今更。もっと危ないことはずっとしてきたし、うっかり鏡介を蹴ったりしないようにトランスで調整したから」
「うわ、トランスの乱用」
トランス、と聞いて日翔の眉がわずかに寄る。
今更辰弥のトランスについて気持ち悪いとか人間じゃないと言う気はない。それよりも、もっと気がかりなことがあった。
知らずとはいえノインの血を吸っていた辰弥は第一世代のLEBの中では唯一辰弥にだけ備わっていた「吸血した対象の特性をコピーする」という能力で第二世代LEBのトランス能力を身に着けていた。
その弊害としてテロメアを異常消耗するトランスのデメリットをもろに受けてしまったためトランスするたび自分の命を削る、という状態となっていた。
その点、第二世代LEBはテロメアの損傷が起こりにくい体質に設計されており、辰弥もノインと融合したことでその体質を引き継いだが、それでもトランスが命を削る行為であることに変わりはないという認識の日翔は渋い顔をせざるを得なかった。
日翔がこの事実を知ったのは全てが終わってからだ。肉体を生体義体に置換する直前は動くこともままならず、「グリム・リーパー」の活動からは完全に身を引いた状態になっていたし辰弥も何も語らなかったためトランスの弊害など知る由もなかった。
全てが終わり、ノインと融合した辰弥を迎え入れてから何が起こったのか、どうしてこうなったのか、今後どうなるかを説明されただけなので理屈では理解していても実際にトランスされるとどうしても自分の寿命が縮まってしまうような錯覚を覚えてしまう。
「無茶すんなよ」
「大丈夫だよ、この程度でテロメアが大きく削れることはないって」
もう、日翔は心配性だなあと笑う辰弥に日翔は苦笑で返すしかできなかった。
「そう、父さんは心配性なのだ」
「もう呼ばないって。いつまでもこすらないでよ」
「やだ。父さんって呼ばれたい」
そう言う日翔の視線がわが子を見守る父親のそれで、辰弥が思わず目を伏せる。
「……父さんなんて、呼べるわけないじゃん……」
まだ、ノインと融合する前だったら呼べたかもしれない、そんな思いが辰弥の胸を締め付ける。
自分はもう日翔の知る鎖神 辰弥ではない。ただ人を殺すためだけに生み出され、実際に自分という個を棄てて勝つことに固執した成れの果て。
そんな自分が、今更日翔を父親として受け入れることはできない、と辰弥は思っていた。
いくら日翔が血の繋がっていない、ましてや人間ですらない辰弥のことを息子だと思ってくれたとしても、辰弥自身がその思いに耐えられない。それほどまでに汚れてしまったという認識が辰弥にはあった。
「ま、とにかく俺は大丈夫だから」
「むぅ」
話を逸らされ、日翔が不満そうに唇を尖らせる。
「まぁ、お前がそう言うならいいけどさー。父さんはちょっと寂しいです」
「……ごめん」
謝るしかできなかった。
心の中では日翔を父さんと呼べればどれほどいいだろうかと思っても、それを口にすることはできない。この感情だけは、このまま自分の中に閉じ込めておけばいい。
そんなことを辰弥が考えていると、車は静かに駐車場に入っていく。
「二人とも、着いたぞ」
鏡介の言葉に二人が同時に立ち上がる。
「どっちがいっぱい食えるか試してみるか?」
「日翔の方が食べるに決まってるでしょ」
辰弥が苦笑しながら足元のねこまるの頭を撫でる。
「ねこまるは留守番な。後でちゅ~ぶ買ってきてあげるから」
辰弥の言葉にねこまるがにゃあ、と声を上げる。
『ニャンコゲオルギウス16世!』
そんなノインの幻聴には構わず車を降りる。
「こっちだ」
二人の姿を認めた鏡介が先に立って歩きだす。
「あ、ついでだから今夜の食材も買って行った方がいいかな」
「そうだな。RVパークに泊まるならキャンプか! マシュマロ買おうぜ! 焚火で焼きたい!」
後ろではしゃぐ辰弥と日翔に、先に立つ鏡介は口元にふっと笑みを浮かべた。
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