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Vanishing Point / ASTRAY #01

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ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。

 朝起きた辰弥はノインによって身体をいじられていた。どことは言えないが。

 河内池辺に到着した三人はまずご当地名物の餃子を食べよう、と店を選び始める。

 とりぷる本店で三人は餃子を楽しむ。

 餃子を食べた後、辰弥は土産物屋でキーホルダーを手に死んでしまった千歳に想いを馳せる。

 RVパーク池辺で晃と合流した辰弥たちはメンテナンスを受ける。

 先にメンテナンスを受けた辰弥と日翔は鏡介の透析完了を待つ間に近くを散策するが、そこで「カタストロフ」の追っ手に襲撃される。

 

「分かってるよ」
 静かでいて、凛とした辰弥の声が木々の間を抜けていく。
 次の瞬間、銃声と共に二人に向かって無数の弾丸が襲い掛かった。
「来やがった!」
 日翔が両腕を盾にするかのように構える。
 すると前腕を構築する橈骨とうこつ尺骨しゃっこつが亀の甲のように急速成長で展開し、銃弾を弾く。
 その一方で辰弥は軽い身のこなしで跳躍し、周囲の木々を蹴って飛来する銃弾を全て回避していた。
「Gene!」
 回避の間にも辰弥はアサルトライフルKH M4PDWTWE P87を生成、KH M4を日翔に向けて投げる。
「サンキュ!」
 展開した骨の盾を格納、KH M4を受け取った日翔が銃弾が飛来してきた方向に向けて発砲する。
 それを援護として辰弥も地を蹴り、その方向へと走り出した。
「Gene! これ使って!」
 走りながら辰弥が携行遮蔽物ポータブルカバーを生成、日翔に向けて投げる。
 空中を舞いながら展開されたポータブルカバーが日翔の前に落下し、銃弾から彼を守る。
 それを確認することもなく辰弥が大きく跳躍した。
 人間ではありえない脚力で跳躍し、空中に舞い上がったところで手近な木を蹴り方向転換する。
 ――いた!
 眼下に見える数人の男たち。
 見覚えのある戦闘服に統一された装備、ノインの言う通り「カタストロフ」のメンバーだった。
 男たちは木を盾に発砲していたが、頭上の辰弥に対しても即座に対応していた。
 数人の男が辰弥に向けて発砲する。
 銃弾が腕を掠めるがそれに構わず辰弥はP87を空中から発砲した。
 銃弾の雨が男たちに降り注ぐ。
『ついげきはまかせて』
 辰弥の攻撃に一瞬怯んだところでノインが追撃を始める。
 髪を何本もの槍にトランスさせ、伸ばしたものが次々に男たちを串刺しにしていく。
 それをブレーキに落下の衝撃を抑えた辰弥が着地、すぐに反対側へと走り出す。
 「カタストロフ」は二手に分かれ、挟み撃ちをするかのように回り込んでいた。
 日翔も気配でそれに気づいていたため、辰弥が片方を攻撃した時点で持ち前の怪力を発揮しポータブルカバーを引っこ抜いて差し替え、その向きを変えることで反対側の攻撃に対応している。
(もう強化内骨格インナースケルトンはないはずなのに……。あれが生体義体の能力ってことか)
 生身だからもう怪力は発揮できないと思っていただけに、今の日翔の動きは辰弥にとって衝撃だった。骨を利用した防御といい、本来の生身ではあり得ない怪力といい、これでは自分と同じ生物兵器じゃないか、と思ってしまうが、辰弥はすぐにその考えを否定する。
 義体とはそういうものだ。元々は平和利用のためであったとしても目を付けられれば即座に兵器転用される。それがこの生体義体に関しては元から兵器利用も可能だっただけのことだ。
 薄暗い森の中ということで視認性は最悪だったが、それでも日翔は弾道から敵の配置を読み取って正確に応戦していく。
 叫び声と共にどさり、という音が響く。
 インナースケルトンを失ったとしても日翔の射撃の腕は落ちていない。
 伊達に暗殺者として生きていないだけあって手慣れた射撃が一人、また一人と「カタストロフ」のメンバーを排除していく。
 そこへ反対側のメンバーを殲滅した辰弥が援護に入り、形勢はあっという間に辰弥たちの側に傾いた。
 どさ、と最後の一人が地面に倒れ伏す。
 音だけの判断だったが、それ以上誰かが動く気配もなく、二人は銃を下した。
「雑魚だったな」
 死体の一つに歩み寄り、日翔が足先で死体を軽く蹴る。
「まあ、『カタストロフ』も桜花の本拠地を潰されてるからね、統率はとれてないんじゃないかな」
 念のため警戒しながらも辰弥が答える。
「鏡介が言ってたよね、『本拠地を潰されているからまだ全力で追跡できないはずだ』って」
「そういやそうだな」
『エルステ、早く離れた方がいい』
 銃声を聞きつけて近寄ってくる人間を察知したか、ノインが辰弥の袖を引っ張る。
「日翔、戻ろう。見られるとまずい」
「ああ、厄介ごとはごめんだからな」
 日翔も頷き、辰弥に続いて歩き始める。
「……見られたらまずいし、もったいないけど捨てるか……」
 いくら緊急事態とはいえアサルトライフルやPDWなんてものを持っているのを見られれば確実に通報される。トランスではなく生成で作り出したものをさらに別の物体に変えることはできないため、生成した武器は捨てざるを得ない。
 ただ、そのまま捨てると誰かが拾って悪用することも考えられるため、辰弥は手にしていたP87を空中に放り投げた。それと同時に髪を超硬合金の槍にトランスさせてP87に叩き付ける。
 超硬合金の槍を叩き込まれたP87が粉々に砕けて枯葉の上に落ちていく。
「日翔、M4貸して」
「おう」
 日翔からKH M4を受け取り、同じように投げて破壊する。
「一応、鏡介たちの方も確認するか……」
 そう呟き、辰弥は回線を開いた。
「鏡介、調子はどう?」
 ややあって、返事が届く。
《透析中だから身動きはとれないが情報収集だけは進めている。『カタストロフ』が池辺周辺まで網を延ばそうとしているようだな》
「ああそれ、襲撃された」
《はぁ!?!?
 思わず鏡介が大きな声をあげる。
《なんで俺の支援を頼まない?》
「いや、二人で対処出来るし、それに透析って聞くから絶対安静かと」
 という辰弥の言葉に、鏡介はそういえばこいつらは義体の知識はないんだったな、と思い直す。
《義体用の透析は義体の透析スロットに透析用のチューブを挿してしばらく待つだけだから、キーボードを触るくらいはできる。今度からは遠慮なく支援を要請してくれ》
 義体用の循環液の透析は義体側で多くの処理が行われることもあり、他の一般的な透析より圧倒的に楽で制約も少ない。強いて言うならば、チューブが抜ければ大ごとになるので移動上の制約が生じるくらいだ。ホロキーボードで支援する鏡介には問題にならない範疇であった。
《で、大丈夫なのか? 怪我はないか?》
「かすり傷だったしもう治った。ところで、そっち側に異常はない?」
 今、一番気になるのは鏡介たちの安否である。
 こうやって会話できていることを考えると鏡介たちはまだ襲われていないことが分かるが、別動隊がこれから襲撃を仕掛けてくることも十分考えられる。
《こっちは特に問題はない。だが、お前らが襲われたならこっちも警戒した方がいいな》
 a.n.g.e.l.、と続けて周囲の防犯カメラを利用し、索敵を始めた鏡介に、辰弥も「すぐ戻る」と声をかける。
《――いや、防犯カメラやその他もろもろ使って索敵したが『カタストロフ』の姿はもうないな》
 元からそこまでの人員を割けなかったか、と続ける鏡介に、辰弥も日翔もほっとしたように肩の力を抜く。
「まあ、でもいつどう出るか分からないから早く戻った方がいいよね」
《いや、周辺の防犯カメラに『カタストロフ』の戦闘服が映れば即通報するように仕込んでおいた。死角はあるがここはかなり人目に付く、武装した人間が踏み込めばすぐに誰かが通報するだろう》
 そっか、と辰弥が頷く。
「じゃあ、道の駅で夕飯の材料だけ買って戻る。ついでに軽く索敵しておくよ」
 鏡介のことは心配だが、過度に心配してもありがた迷惑なだけである。
 それに鏡介の戦闘能力はよく分かっている。相手がGNSを導入している限り電脳ハッキングガイストハックで一網打尽である。
 昴との戦いの際に「カタストロフ」も対策してローカルネットワークを構築、鏡介のハッキングを妨害したが本拠地である上町支部を潰されてはそれもままならないはず。そう考えると集団で鏡介に襲い掛かるのは「脳を焼いてください」と言っているようなものである。
 その信頼があったから、辰弥は予定を多少繰り上げたとしても全てキャンセルすることはなかった。
 以前ほど過度な心配をしなくなったのはそれぞれがそれぞれの強みを活かして生き残ることができると分かったから。
 前よりは個を尊重した信頼を寄せることができるようになったのは辰弥としても大きな成長だった。
「日翔、買い物して帰ろう」
「おうよ。俺、ソフトクリーム食べたい」
「もう、日翔は相変わらず食いしん坊なんだから」
 あれだけ餃子を食べておいてまだ食べるの? 俺まだ満腹感あるんだけど、と苦笑しつつ、辰弥が道の駅に向かって歩き出す。
「しゃーねーだろ、動いたら腹減るんだよ」
 その会話は、つい先ほどまで命のやり取りをしていたとは微塵も思わせない。
 慣れ切った日常に旅が追加されただけだ。
「で、夕飯何するんだ?」
「キャンプといえばカレーでしょ」
「やりぃ!」
 カレーはおいしい。しかも空の下で食べるとなるとそれだけでうまみが倍増する。
 うきうきと次の食事に期待を寄せながら、日翔は辰弥と並んで道の駅に向かっていった。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

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