Vanishing Point / ASTRAY #01
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「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
朝起きた辰弥はノインによって身体をいじられていた。どことは言えないが。
河内池辺に到着した三人はまずご当地名物の餃子を食べよう、と店を選び始める。
「とりぷる本店」は「餃子専門店が並んだフードコート」のような様相を呈していた。
食事用スペースを囲むように並ぶ人気の店の数々にいち早く反応したのはやはり辰弥だった。
「すご」
出店しているのは常設の五店舗と日替わりで池辺餃子会加盟店の店舗がいくつか。
軒を並べる人気餃子店の数々に、辰弥も日翔も目を輝かせていた。
「そういえば、とりぷるって店名だけどトリプルって普通『三倍』とか『三つ』って意味だよね。看板見るまで気づいてなかったけど表記はひらがなだし、何か意味あるのかな」
看板に書かれた「池辺餃子とりぷる」の文字を見て辰弥が不思議そうに尋ねる。
「ああ、
ここへ来るまでに調べていたのだろう、鏡介が即答する。
「へえ……さすが餃子の街」
「え、じゃあ普通にとりぷる! と言えば餃子が三人前出てくるってことか?」
じゃあさっそく注文で言ってみるか? とノリノリの日翔に、鏡介はバカ、と笑った。
「今はもうオンラインオーダーになっているからな。とりぷるは毛野弁の名残だ」
「ちぇー」
そんな日翔と鏡介のやり取りをよそに、辰弥は店内に並ぶ各店舗のカウンターに視線を投げる。
「こんなにあるとどこから食べるか迷うな」
「いっそのこと全部買えばいいだろ」
ほら、早く並ぼうぜと日翔がさっさと店の一つに向かって歩き出す。
「あ、待ってってば」
日翔を追いかけ始めた辰弥に、鏡介が苦笑する。
「席を取らなければ落ち着いて食えないだろうに」
イートインスペースはかなりの席が埋まっている。時間は食事時近くで早めに確保しておかなければ座れないかもしれない。
仕方ないな、と思いつつ鏡介は二人とは別にイートインスペースに向かって歩き出した。
辰弥は日翔がいれば大丈夫だろう、そんな思いを抱えながら。
先に紙コップに水を汲み、手近な席を見つけたところでちら、と辰弥に視線を投げる。
辰弥は楽しそうに日翔と話しながら注文用の列に並んでいる。
その様子に鏡介の胸がちくりと痛む。
やはり、今の辰弥の姿には慣れない。本人は気にしていないようなので気にしているのは自分だけかもしれないが、他に何か手はなかったのかと考えてしまう。
例えば、自分が昴にHASHを送り込むことができていれば、など――。
済んでしまったことだからこそ、悔やんでも悔やみきれない。いくら自分のハッキングの限界であったとしても、もしあの時昴にHASHを送ることができていれば辰弥にあそこまで惨い選択をさせなくてよかったのではと思ってしまう。
考えても仕方のないことだが、鏡介はそう思わずにいられなかった。
自分が不甲斐無いせいで、と。
そこまで考えたところでだめだ、と首を振り、鏡介が店内に視線を巡らせる。
いくら「カタストロフ」でもこんな人混みで襲撃してくることはないだろう。だが、警戒するに越したことはない。
周囲にいるのは家族連れやカップルなど、一見してごく普通の一般人ばかりのように見える。
だが、自分たちも含めて裏ではどのような立場にいるかは一見しただけでは分からない。
流石にあからさまなことはしないか、と鏡介がため息をついたところで餃子が大量に乗せられたトレイを手にした辰弥と日翔が戻ってきた。
「鏡介、聞いてよ。日翔が注文しまくるんだけどー」
「いいだろ全部食べ比べしたいじゃん!」
ぶつくさ言うものの顔が笑っている辰弥と、元からずっと笑顔の日翔。
二人の笑顔を見ているだけで何故か鏡介の心も軽くなる。
こいつらが笑っているならまあいいか、と思いつつ、鏡介はテーブルに並べられた餃子の数々を見た。
常設の五店舗だけでなく日替わりの店舗も全て網羅した上に全て三皿ずつある。
一人一皿か、と計算したところで鏡介の顔が青ざめた。
「……これ……全部食うのか?」
「たりめーよ! 制覇したいだろーが!」
「いや、普通に、何人分あるんだこれ……」
常設五店舗が各三皿で、その時点ですでに十五皿ある。そこへもって日替わり店舗のものも三皿ずつ……と考えるともう数えるのも嫌になってくる。
テーブルの上にみっちり並んだ餃子の皿に、鏡介は「どうして……」と呟いた。
「無理だろこれ」
少なくとも俺は三皿が限度だぞと続ける鏡介に、日翔が「ん?」と首をかしげる。
「俺が腹減ってるから残ったら全部食う。辰弥もそれでいいだろ?」
餃子の皿を前に、日翔がテンション高く手を合わせる。
「それじゃ、いっただきまーす!」
「……いただきます」
辰弥と鏡介も手を合わせて呟き、それから餃子を口に運んだ。
「うんめー!」
真っ先に声を上げたのは例にもれず日翔。
一口で餃子を一つぺろりと食べては隣の皿に箸を伸ばす。
「おお、どれもうめーな!」
「もっと他にあるだろ……例えば、ここの餃子は皮がもっちりタイプ、こっちはパリパリタイプとか」
「うん、こっちはにんにくガッツリ、こっちは……にらを多めにしてるのかな」
口いっぱいに広がる餃子の風味に舌鼓を打ちながら、三人はひたすら餃子を食べ続ける。
「いやー、襲撃されてみるもんだな」
「そのおかげで俺は商売道具を壊されたんだが」
ポジティブな発言をする日翔に対し、鏡介が恨めしそうに呟く。
どうやら遠隔操作で自宅のPCにアクセスを試みたようだが応答がなく、破壊されたと判断したらしい。
仮に破壊されていなかったとしても何らかのウィルスや追跡用のプログラムを埋め込まれている可能性があったのでそれを考えると手間は省けたがあのレベルのPCとなると再購入にはかなりの費用が掛かる。
色々便利ツールも入れていたんだが、とぼやきつつも鏡介が餃子を食べていると、横から箸が伸ばされてきて、鏡介は咄嗟にそれを自分の箸で払いのけた。
「日翔!」
「ケチー」
箸を払われた日翔が文句を言うと、鏡介はぎろり、と日翔を睨みつけた。
「お前は! まだ! 自分の分があるだろ!」
「でもお前食いきれないって言ってたじゃん!」
いいだろ食わせろと再度箸を伸ばす日翔と器用にも箸でそれを払う鏡介。
そんな不毛な戦いに、辰弥はくすっと笑みをこぼした。
「なんだよー」
くすくす笑う辰弥に日翔が頬を膨らませるが、辰弥が笑う理由は何となく予想できた。
上町府にいた頃はよくあった光景。武陽都に来てからはあまり見られなくなった光景。
ALSが進行し、弱っていく姿を見せ付けてしまっただけに、脳を生体義体に移植して快復できたことは日翔にとっても喜ばしいことだった。
辰弥と鏡介を悲しませずに済んだ、それだけではなくこうやって旅を楽しむことができる。
旅のきっかけは襲撃だったかもしれないが、それでも叶わなかった夢が叶ったことに、日翔は二人に感謝せざるを得なかった。
「もう、日翔は仕方ないね」
そんなことを言いながら辰弥が自分の餃子を日翔の皿に移す。
「辰弥、甘やかしすぎだ」
鏡介がたしなめるものの、辰弥は苦笑して首を振る。
「俺がしたいと思ったから。やっぱり、日翔にはいっぱい食べてもらいたい」
「……」
そう言われてしまうと、もう言い返すことができなかった。
今はただこの奇跡を噛み締めるしかない。
日翔は元気になった。辰弥ももう心配ない。
その事実に、鏡介は何かが込み上げてきたような気がして慌てて餃子を口に入れた。
これでいい、日翔も辰弥も今が幸せならそれでいい。
日翔が次々餃子を口に運ぶのを見ながら、鏡介は餃子から溢れる肉汁の熱さに思わず顔をしかめた。
『あむあむ。おいしー』
辰弥がふと隣を見ると、ノインも口をもぐもぐさせて頬に手を当てていた。
(味、分かるの?)
『エルステが食べたら、その味が分かる。あ、次、もっかい食べたいからからこっちの餃子食べて』
とノインは相変わらず自由に辰弥の餃子の一つを指差す。
(はいはい)
ノインに従わない理由もなく、辰弥がノインに指示された餃子を口に運ぶ。
ノインが選んだのは池辺餃子の中でも特ににんにくをふんだんに使っている店舗のもの。
(……匂い、気になるやつ)
『むふー。にんにくいいねえ』
あ、次こっちの、と気楽に指示をしつつ、ノインが餃子を楽しむ。
仕方ないなあ、と思いつつも、辰弥は次の餃子を口に運んだ。
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