Vanishing Point / ASTRAY #01
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「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
朝起きた辰弥はノインによって身体をいじられていた。どことは言えないが。
河内池辺に到着した三人はまずご当地名物の餃子を食べよう、と店を選び始める。
とりぷる本店で三人は餃子を楽しむ。
「あ、ここ土産物屋もあるんだ」
一時は食べきれるかと不安になった量の餃子がきれいに片付き、満足そうに水を飲んでいた辰弥がふいに声を上げた。
「ああ、物販もあるとはデータにあったな。冷凍餃子だけでなく餃子グッズもあるのか」
「なんだよ餃子グッズって」
大真面目に説明する鏡介に日翔が笑うが、辰弥はそれに構わずコップの水を飲み干し、立ち上がった。
「ちょっと見てきていい?」
「ああ、見て来いよ」
俺たちはもうちょっと休憩したら皿返してそっち行くわー、と日翔が手を振り、辰弥は物販コーナーへと歩みを進めた。
冷凍ケースには大量の餃子が置かれている。
キャンピングカーには冷蔵庫も完備されているので買っておくのもいいな、と思いつつ辰弥はその横のグッズコーナーに視線を投げた。
餃子を模したキャラクターや店内にある餃子像のキーホルダーやタオルハンカチなど、土産物としては定番のグッズが所狭しと並んでいる。
折角来たんだし、記念に何か買ってもいいな、と辰弥はキーホルダーの棚の前に立った。
人気のキャラクターとコラボしたフィギュアキーホルダーや食品サンプルに金具を取り付けたキーホルダーなど、種類が多くて見ていて飽きない。
『エルステ、主任にお土産買って、ノインからって』
ノインがキーホルダーの一つを指さしてねだってくる。
(はいはい、後でね)
そんなノインの言い分をスルーし、辰弥は棚にぶら下がったキーホルダーの数々に視線を巡らせた。
その中の一つ――女性に人気のキャラクターが身の丈ほどの餃子を抱きしめているキーホルダーに手を伸ばす。
「――千歳、」
思わず、千歳の名を呼ぶ。
もう、話すことはおろか逢うことも叶わない千歳に思いを馳せる。
昴と決着をつけるために、千歳に対する想いは一度清算した。最後の言葉が「好きでしたよ」というものであったとしてもそれは自分を縛り付けるための方便だと自分に言い聞かせていた。
千歳は、俺のことなんて本当は好きではなかった――と。
実際の千歳の感情をもう知ることはできない。知ることができないからこそ、辰弥は自分の心を少しでも軽くするために千歳は自分のことなんて好きではなかった、ただ昴に命令されて恋人を演じていたのだ、と思い込むことにしていた。
それでも、それは千歳の辰弥に対する感情のシミュレーションであって、辰弥から千歳に対する想いはずっと変わらない。
今でも千歳のことは想い続けている。いくら千歳に嫌われようともこの感情だけは手放したくない、その思いで歩みを進めている。
思わずキャラクターもののキーホルダーを手に取ってしまったのももしかしたら「千歳にプレゼントしたい」と思ってしまったのだろう。
そう思いながらも、辰弥はキーホルダーを棚に返すことができなかった。
「お、いたいた」
背後から日翔の声が響き、辰弥が振り返る。
日翔と鏡介が並んで歩いてくる。
辰弥の隣に立ち、日翔は辰弥が手にしているキーホルダーに視線を落とした。
「お前、キャラもの好きだったっけ」
どう見ても女性向けなかわいらしいキーホルダーに日翔が声を上げる。
「ん――」
どう答えよう、と辰弥が考える。
だが、すぐに苦笑してキーホルダーを握りしめた。
「千歳に、と思って」
「辰弥――」
日翔の声が詰まる。
「そんな、秋葉原は」
「日翔、好きにさせてやれ」
日翔の言葉を遮り、鏡介が頷く。
「いいんじゃないか。買っていけ」
「――うん」
キーホルダーを大事そうに握りしめた辰弥がレジに向かう。
その背を見送ってから、日翔は鏡介に視線を投げた。
「鏡介、秋葉原って……死んだんだろ」
「だが、それでも辰弥にとっては大切な人なんだよ――今でも」
鏡介も千歳の最期を目撃しているから分かっている。辰弥にとってあの別れ方は耐えがたいものだったはずだ。
だから、もういないと分かっていても縋ってしまうことを咎めることはできなかった。
本来なら諦めて前に進むべきだとは分かっているが、それは今でなくてもいい。
それに辰弥は千歳のことを引きずりつつも前に進もうとしている。
それなら黙って見守るべきだ、と鏡介はレジに立つ辰弥を見た。
「日翔」
「何だよ」
「今は辰弥の好きにさせてやれ。前に進めるうちは――な」
レジで会計を進め、キーホルダーを袋に詰めてもらっている辰弥に視線を投げながら、鏡介は自分にも言い聞かせるようにそう言った。
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