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ヴィクターの弟弟子

 
 

 私には夢がある。
 多くの人間は夢物語だと笑い、信じた者は禁忌に近づく行為だと恐れた。
 はじめまして、私の名前はウンベグレンツ・ツヴァイツジュラ。ウンベグレンツはドイツ語で「無制限」の意味で、英語で言うと「アンリミテッド」に当たるから、私をアンリ、と呼ぶ者もいる。
 既に廃坑となった坑道に住みつき、盗掘しながら生活し、所在がバレれば別の廃坑へ移動して、を繰り返している。
 とはいえ、ただの盗掘者ではない。私のことを一言で語るなら、「錬金術師」である。より厳密に語るならファクルタテム式、と呼ばれる方式なのだが、失礼、この辺りについて語り出すと長くなりそうだ。この辺にしておこう。
 さて、なんの話だったかな。
「あなたの夢の話です、忘れっぽい我が主人マスター
「あぁ、ありがとう、イレ」
 おかげで話を再開できる。この私の背後にいる白髪長髪に赤い目をした美しい彼女、イレについても気になることと思うが、また後にさせてもらおう。話には順序といったものがあるからね。
「その順序を乱そうとしていたのが先ほどの我が主人マスターですけどね」
「そこはすまない。錬金術のことになるとつい語りすぎそうになるね」
 話を戻そう。私には夢がある。
 錬金術師なのだから、賢者の石なのだろうって? ところがそうではないんだ。
 この夢について語るには、まず我が家について触れずにはいられない。
 我がツヴァイツジュラ家は錬金術師としては特殊な家だった。錬金術師の共通悲願とする万物を変換し永遠の命をもたらすとされるラピス・フィロソフィカス、もしくはエリクシルと言われる存在、所謂「賢者の石」をどうでも良い、と言った。
 その代わりに我が家には秘伝の技術があった。我らツヴァイツジュラの師父たるパラケルススから与えられた人造生命ホムンクルス技術だ。
 ホムンクルスとは科学で言うところの「人間のクローン」にあたるような技術だ。
 ツヴァイツジュラ家の悲願とはつまるところ、このホムンクルス技術の発展にある。
 今や、我が家のこの技術はかなり煮詰まっていて、今やホムンクルスの語源となったような「小さな人型」ではなく人間に限りなく近い存在を生み出せるようにすらなっている。
 ようやく、イレの話が出来るな。彼女もまた、私の作ったホムンクルスだ。我が初恋の人であるヤステル姉の血液を借りて作った。
 イレだけじゃない、我が工房には百を超える下級ホムンクルスがいる。下級ホムンクルスはこちらの指示に従って行動するだけだが、先程のイレとそれから今は留守にしているが、サーテという二人は上級ホムンクルス。自分の意思があり、自ら考えて行動することができる。
「全員がヤステル様の似姿で、白髪に赤い瞳をしています。実に気持ち悪い我が主人マスターですね」
 イレに至ってはこのように実に辛辣だ。頼もしいだろう?
 現状、イレとサーテは私の最高傑作だ。間にトゥエと言う失敗作も生まれてしまったのは嘆かわしいことだが、彼女についても少しずつ〝治療〟する術を見つけつつある。
 いやぁ、我が最高傑作を紹介できて嬉しいよ。
 ……待て、なんの話だったか。
「ですから、我が主人マスターの夢の話です」
「そうだった」
 けれど、ツヴァイツジュラ家が賢者の石をどうでも良い、と切り捨てたのと同じように、私にとってホムンクルス技術はどうでも良い技術だった……とまでは言わないが、本当に求めたいものではなかった。
 私は子供の頃に見たとある作品に心を奪われたのだ。
 もしかしたら、も知っているかな? メアリー・シェリーのゴシック小説『フランケンシュタイン』だ。
 その作中でヴィクター・フランケンシュタインは、我らが師父たるパラケルススの著作を読んで、生命の謎を解き明かそうという研究の末、一種の人工人間を作り上げてみせた。
 ヴィクターは、彼を怪物と呼んだが、私は彼のこの研究に魅せられた。
 考えても見てほしい、ヴィクターは我らが師父たるパラケルススを師と呼んだのだ。つまりヴィクターと私は兄弟弟子のようなものではなかろうか?
 こうして、私はヴィクターを兄弟子と仰ぎながら、ホムンクルス技術によらない人工人間の研究と言う夢に没頭した。
 あぁ、ようやく最初の話に戻って来られたな。そう、ホムンクルス技術によらない人工人間の研究、それが私の夢なんだ。
 着手した頃は見果てぬ夢だと思っていた。
 だが、今はどうだ。この寝台に寝かされた少女を見てくれ、今にも動き出しそうではないか?
「裸の女性であるにも拘らず、真っ当な男性ならまずはその痛ましさに直視を躊躇うレベルであちこちツギハギだらけではありますが、確かにひとまず人間の形をしておりますね、我が主人マスター
「そうだろうとも。ここまでこぎつけるのには苦労した」
 イレの言葉に反論するつもりはない。確かに、見た目は悪い。
 けれど、今の私が扱える様々な種の錬金術、その粋を集めて作った、間違いなく私にとっての最高傑作だ。
 ただ、それでも、後一つ、後一つだけ、足りない部品があるんだ。
 それが魂。
 人間の根源となる情報の一つ。
 ここまで人間に似せてなお、彼女には魂が宿らない。私には分からない何かしらの法則があるのだろう。
 小笠原諸島で出資者を得て、魂と幽霊の研究をしているという安曇あずみと言う魔術師なら何か分かるのかもしれないが、残念ながら縁がない。
 私のような地下工房に引きこもっている錬金術師にとって、海を渡って小笠原諸島に向かうと言うのは少しハードルが高い。
「出不精を良くもそこまで恥ずかしげもなく言えますね、我が主人マスター
 一応、サーテを遣いにやっているが、小笠原諸島も広い。
 日本を去ることになるまで恐らくそう時間もないだろうこの状況で果たして、見つかるかどうか。
 そこで、せめてその前にこの外郭に仮の魂を与えて動作テストがしたいんだ。
 そう、やっとこの話ができるね。ここで、の出番だ。
 今、の魂は私の持つ魂カンテラの中に囚われている。ハロウィンになって境界が曖昧になっているのを良いことに、私がの世界からここに連れ出したんだ。
 もう分かったかな。君にはこれから、この人工人間の中に入ってもらいたい。何、一通り体を動かしてもらえれば帰してあげるとも。私の目的は完璧な人工人間を作り出すこと。そこには魂の鋳造も含まれる。だから、のような既に完成している魂を入れても完成にはならないんだ。
 ほら、恐れないで。普通の人間の体に慣れているにはちょっと痛いかもしれないが、きっと大丈夫だ。
ご主人様マスター!」
「なんだ、サーテ。もしかして、安曇を発見したか?」
 今、駆け込んできたツインテールにドレスの少女が先ほど話したサーテだよ。
「いえ、宮内庁に嗅ぎつけられました」
「なんだって、こんな時に……」
「急いで逃げましょう」
「あぁ、そうするしかないようだな」
 残念だがここまでのようだ。人工人間を没収されるわけにもいかないし、逃げることにしよう。
 私はの入った魂カンテラを放り出し、人工人間をおぶって裏道へ急ぐ。
 また会おう、異世界の誰かさん。

 

Fin

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