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ベルゼ・運命の日〜ドラキュラの街

 
 

 テンプル騎士団、という組織があります。
 歴史に明るい人なら、あぁ、十字軍の時代にあった騎士修道会の一つね、と思うことでしょう
 もっとマニアックな人間であれば、1307年に一斉逮捕され、1312年に公会議で禁止され滅んだ騎士団だよね、と思うかもしれませんね。
 ですがそうではありません。
 二十一世紀の今も、テンプル騎士団は存在しています。
 1300年代に滅ぼされ地下に潜ったテンプル騎士団は、インクィジターと呼ばれる秘密組織に保護され……いえ、こんな経緯は今はどうでもいいでしょう。
 大事なのはテンプル騎士団という名前の組織が存在し、今でもある目的のため十字教の使徒として活動をしている、ということです。
 この私、ベルゼ・アグネスがそうであるように。
 ある目的、それは十字教以外のあらゆる神秘を滅ぼすこと……ですが、これも今となっては建前と考えている構成員のほうが多いですね。
 テンプル騎士団の現実的な目的とは「霊害」と呼ばれるものと戦うことです。
 霊害とは、人に仇なす幽霊や魔術師と言った神秘による被害、もしくは加害者そのものの総称です。
 畢竟、テンプル騎士団は人に仇なすヨーロッパ中の幽霊や魔術師を倒して回るために存在していると言って良いでしょう。
「大規模征伐隊、ですか?」
 さて、そんな私は今、バチカン市国の地下にあるインクィジターの本部にいます。
 本部の司令室に入れるのはテンプル騎士団の中でも聖騎士パラディンと呼ばれる最上位の騎士のみで、僭越ながら私も聖騎士パラディンというわけです。
「肯定する。ここにいる聖騎士パラディン全員で騎士ナイトを率い、ルーマニアに向かってほしい」
 司令室のオベリスクのような石塊から声が聞こえてくる。インクィジターの上層部はこのように決して姿は見せない。
「ルーマニア? 神聖空間の内側ですね、大規模な部隊を派遣しなければならないほどの霊害がいるのですか?」
「肯定する。彼は自身をアルカード伯爵と名乗っている。この世界に最後に生き残った原初の吸血鬼だ」
「原初の吸血鬼……。吸血鬼を生んだ生まれついての吸血鬼の一体、ということですか」
 吸血鬼は吸血鬼に血を吸われることによって増えます。では、その始まりは? その答えこそが原初の吸血鬼です。生まれついての吸血鬼たる彼らは吸血儀式と呼ばれる吸血を行うことで、同胞を増やしている。
「原初の吸血鬼はその危険性故、テンプル騎士団をはじめとする世界中の対霊害組織が連携して根絶したと聞きましたが、まだ生き残りがいたのですか」
「肯定する。奴は伝説の原初の吸血鬼、ドラキュラの生まれ変わりを自称している。確実に浄化し、根絶せよ」
「承知致しました」
 私がそう言って頷く。
 この場にいる聖騎士パラディンの数は五人。一人の聖騎士パラディンにつき五十人程度の騎士ナイトを従えることになるので、二百五十人程度の部隊になるのですね。これは大変な戦いになりそうです。
 
 その日のうちに部隊編成を済ませ、イタリアのローマからチャーターした旅客機で二十時間以上の強行軍で、ルーマニアのブラショフに到着。
 一泊してからアルカード伯爵のいるというトランシルヴァニアへ今度は貸し切ったバスで移動します。
「まずい、異端空間だ!」
 聖騎士パラディンの一人が叫びました。私は咄嗟に外を見ると、ちょうどバスはトランシルヴァニアの町中に入るところ。空が暗闇に覆われていくのが視界に入りました。
「総員、窓から下車してください。霊光甲冑装着!」
 私が号令しながら、バスの外に飛び出すと、他の全員が一斉にバスの窓を割って外へ飛び出していきます。
 外に飛び出した騎士から、疑似聖痕と呼ばれる右手の甲に刻まれたタトゥーに左手を当てて祈祷を開始します。そうすることにより、体に光り輝く甲冑が出現します。
 これが霊光甲冑。テンプル騎士の用いる三大装備の一つ、殆どの攻撃を無力化出来る魔法の防具です。魔法という言葉は神秘の世界では別の意味があるので正確ではないですけどね。
 直後、遠くに見える屋敷から何かが飛んできて、バスが吹き飛びました。
「ベルゼの判断が正しかったな。呑気に降車してたら今頃全滅してたぞ」
「えぇ。どうやら標的はあの屋敷のようです。突入しましょう」
「そうだな。霊光大盾を展開して周囲を防御しつつ、突入するのでいいか?」
「構わないでしょう」
 同僚の聖騎士パラディンと言葉を交わします。対等な立場ですが、私のほうが僅かに先輩なので、指揮権は私にあり、このようなやりとりになります。
「防御班の騎士ナイト密集陣形ファランクスを形成。他の騎士ナイトは防御班の内側に!」
 素早く騎士ナイト達がそれぞれの聖騎士パラディンを中心に正方形の陣を組みます。日頃から訓練している事前に定められた陣形の一つなので、これくらいの早さは当然ですね。
「防御班、祈祷」
 最外縁の騎士ナイトが一斉に祈るポーズを取ると、身の丈ほどもある巨大な光の大盾が出現します。これがテンプル騎士の用いる三大装備の一つ、霊光大盾です。
「前進!」
 霊光大盾で巨大な亀になりつつ、私達は屋敷に向けて前進を始めます。
 屋敷から赤と黒が入り混じったようなエネルギーの球体による砲撃が飛んできますが、霊光大盾に守られた私達には通じません。
「なるほど。これが音に聞くテンプル騎士団の信仰の力か。だが、これならどうかな?」
 流暢な英語が聞こえてきます。
「今のがアルカード伯爵の言葉でしょうか? 何をするつもりなのか……」
 前進を続けながらも私は周囲の警戒を怠りません。
 変化にはすぐ全員が気付きました。空を覆う黒い壁が今度は赤く変化していきます。そして、魔法陣のような模様が空全体を覆っていきます。
「Ieși de aici, străinule!」
「Nu ai dreptul să pui piciorul pe acest pământ!」
 それに呼応し、静かだった町に突然、怒号が響き渡ります。
 建物の中から、たくさんの人々が農具や銃火器を手にこちらに迫ってくる。
「まさか!? 町の人間全員をまとめて吸血鬼に堕としたっていうのか!」
「全員、防御姿勢解除。雪崩れ込まれる前に迎撃体制! 抜剣!」
 前進する五つの正方形陣のうち、先頭をいく三つの陣が陣を変更、擬似聖痕から黄色いエネルギーで構成された光の剣を抜剣します。これがテンプル騎士の用いる三大装備の最後の一つ、霊光剣です。聖なる書において霊の剣として語られる剣。私達の魔法の剣。魔法というのは厳密ではないですけどね。
「Te voi face bucăți!」
 農具を掲げて襲い来る町人達を先頭を進む三つの陣を構成する騎士ナイト達が押し留めています。
「ベルゼ! 我々が道を作るから、押し留めているうちに、残ったもう一部隊と共に屋敷へ!」
「分かりました」
「よし、総員。押し込め!」
 三部隊が一気に鬨の声を上げて前進し、強引に私達の部隊が進む道を作ってくれます。
「Nu te pune cu mine! Te voi sfâșia și-ți voi vărsa măruntaiele peste tot!」
 町人達もまた怒号をあげて、農具を振りかざします。
「全員、陣形を突入陣形に変更します。一気に突入。押し留められたものは、そのまま阻止部隊に加わりなさい」
 日本で用いられたと言われる鋒矢の陣に近い、上向矢印のような陣形を形成し、一気に成立した隙間に突入する。
「Nu te voi lăsa să scapi, străinule! Fâșie-te în fărâmituri!」
 流石に奥に行けば奥に行くほど強力な個体を配置しているのでしょうか、奥の町人は武器を持っていない代わりに鋭い爪を持っており、爪から斬撃波を放ってきます。
 矢印の傘に当たる部分の騎士ナイト達が霊光大盾を展開して防いでいますが、数が多く、離脱も多い。
「ベルゼ。俺の部隊が一気に前進して、さらに道を開く。もう少しで屋敷だ。頼む、最悪の場合、お前一人だけでも……」
「分かりました」
 既に背後で多くの騎士ナイトがすり潰されそうになっています。議論の余地はありませんでした。
 彼らはまだ下級の従属種ヴァンパイア。原初の吸血鬼を滅ぼせば、消滅するはずです。
「Nu vei ajunge la Maestru, străinule. Răsfoiește-ți sufletul chiar aici!」
 屋敷に接近する頃には、私は一人になっていました。
 立ち塞がる町人を素早い霊光剣の三撃で輪切りにして、屋敷に突入します。
「抜かれた、か。まぁ一人なら都合も良い」
 無数のコウモリが屋敷の部屋という部屋から飛び出してきて、目の前の踊り場に収束していきます。
 そこに実体を成すのは、音に聞くドラキュラそのもの。
「しっ」
 自ら姿を現したのなら、遠慮は無用というもの。素早く霊光剣による連撃を放ちます。
「ふんっ」
 対するアルカードは爪の一閃でその一撃を受け止める。
「この魔性量……。なるほど、原初の吸血鬼というのは偽りではないようですね」
 霊光と名のつくテンプル騎士の武装には神性と呼ばれる神の加護が宿っています。これは極めて強力な加護ですが、魔性と呼ばれる力はこれに反発し、中和してしまいます。厄介な相手ですね。
「そちらこそ、なかなか強い信仰をお持ちのようだ。剣術の筋も良い」
 数度剣と爪をぶつけ合う中で、アルカードがそんな風にこちらの言葉に応じます。
「どうかな? 君も私の吸血儀式で吸血鬼になる、というのは」
「お断りです。他者に危害を加える連中の一員になる気はありません」
 アルカードの鋭い爪の一撃に、私の体は思わず後ろへと滑ってしまいます。
「それは勘違いだ、ベルゼ君。私達、血の結社はただ安息に過ごしたいだけなのだよ。他者を危害するなど、イヤイヤ、可能な限り避けたいものだね」
 そう言いながら、アルカードの鋭い爪が私に迫ります。
 私はすんでのところでそれを回避しますが、外れた爪の一撃は階段を崩落させました。
「町の人間を全員まとめて吸血鬼に変えておいて、危害を加えたくないなどと」
「それも誤解だよ、ベルゼ君。なんの降伏勧告も交渉もなく大部隊を率いて攻めてきたのは君達の方ではないかな?」
「交渉の余地があったと?」
「もちろんだよ。交渉さえ成立していたら、身を守るために町の人間全員に天体を利用した簡易吸血儀式を仕掛けるようなこともなかった」
「……」
 確かに、テンプル騎士団の、というよりはその上層部、インクィジターのやり方には問題がないとは言えない。彼らは自分達の用いる神秘「奇跡サクラメント」以外の神秘を全て「異端術」と読んで排除の対象にしている。
 今回のことも、一方的に原初の吸血鬼を悪としている、という批判は当事者から出て然るべきでしょう。
「今だな」
 そんなことを考えてしまったのが運の尽き。
 アルカードは黒い霧と化して私の背後に回り込み、私の首筋にその鋭い牙を突き立てました。
「!」
 右手で左手の擬似聖痕に手を添え、祈祷。霊光甲冑の出力を上げて、アルカードを弾き飛ばします。
「っ!」
「拡散せよ」
 広報に弾き飛ばされたアルカードは素早くマントを翻し、黒い霧へと変じようとするので、私は霊光剣を拡散させて投擲し、周囲を神性力で満たして魔性の拡散を防ぎます。
「ぐっ!?」
 焦りの声をアルカードが漏らしました。恐らく今がチャンスでしょう。
「主よ、我らを守りたまえ」
 私の祈りの言葉により、霊光剣が目一杯に輝きました。
「はあっ!」
 裂帛の言葉と共に、一気に踏み込み、動きを封じたアルカードを両断します。
 祈りの言葉を口にし、周囲の空間をまとめて浄化。
 ここに勝負は決しました。
 窓の外を見ると赤い空は消えてなくなり、青い空が覗いていました。従属種ヴァンパイアもこの空の下では生きては行けないはず。

 

 これで、私の報告書は終わります。
 アルカードに噛まれた傷は浄化済み。傷を貰った直後に祈りで弾き飛ばしたので、実害はありませんでした。

 

 と、表向きは書きました。
「はぁ……はぁ……」
 鏡の向こうには血走った目の自分がいます。
 こっそりと拝借した輸血袋から血を飲み干します。
「はぁ……はぁ……」
 そう、私は吸血儀式により、吸血鬼の体に変えられてしまっていました。
 あの屋敷そのものに吸血儀式の仕掛けがあったのでしょう。私は貴種ヴァンパイア、と呼ばれる太陽の下を歩くものデイウォーカーとして覚醒し、悪魔を使役する術まで得てしまいました。
 ですが、私は血を吸うつもりはありません。もし血を吸わねば死ぬ時が来たら、大人しく死ぬのみでしょう。
 例え、身は悪魔に墜つるとも、心は神の御心のままに。その心がいつまで保つのか、分からないままに。

 

Fin

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