ゴースト・ルーチン
いつものルーチンというのは誰にでもあると思う。
今年で高校生二年生になった俺、
「お兄ちゃん、また夜のお散歩? 私も一緒に行きたい」
そう言って家を出るところを呼び止めてきたのは妹の
「駄目だ。まだ桜は小学生だろ。夜道を歩くのは危ないよ」
「そんなこと言って、お兄ちゃんだって本当はホドウされる年齢なんでしょ。ママが怒ってたよ」
まだ補導がなにかも分かっていない可愛い桜。けど、俺は桜のためにも、いや、桜のためにこそ、このルーチンを続けないといけない。
「ともかく、勝手についてきたりするなよ。部屋に戻ってもう寝なさい」
「ヤダ。お兄ちゃんが帰ってくるのを待ってる」
「全く、強情だな」
同じ強情でも着いてくる方向性でないのはありがたい。なんだかんだいって夜が怖いんだろうな。
外に出ると、視線を感じた。
(早速か。これは昼間から張ってたな)
そう思いながら、俺は夜の散歩を開始する。
桜の言っていた通り、もし警官に見つかれば補導されてしまう。近くに警官がいないかを警戒しつつ、俺は散歩を続ける。
夜道は静かで、世界で俺一人が取り残されてしまったかのようだ。
だからこそ、ただ自分に突き刺さる視線が少しずつ増えていくのを感じる。
ふと右腕につけた腕輪の
(かなり曇ってるな。だけど、もう少し……)
視線がまた増えている。俺は視線の方を振り返らずにポケットに手を入れたまま歩き続ける。
やがて、俺は小さな墓地を通り抜け、一面田園の道に到達する。
腕輪のスモーキークォーツは限界まで黒く濁っており、これ以上は無理だと叫んでいるようだ。
俺はポケットから手を抜きながら振り返る。
ところで、中学生の頃から夜の散歩を好んでいると言ったが、なにも中二病的な理由から夜遊びをしてるわけじゃない。
俺が夜散歩をする理由は唯一つ。
こいつらだ。
視線の先に薄っすらと見える人型。みな一様にこちらを睨んでいる。
彼らを端的に表すならこの言葉が相応しいだろう。すなわち、
山吹家の人間は所謂「見える人」だ。
厳密には母親の家系がそうだったらしい。確か、
ただ、母にはその能力は遺伝せず、俺と桜にだけ隔世遺伝したようだ、と今は亡くなった祖母が言っていた。
ゴーストが迫ってくる。
祖母曰く、「見える人」はその時点で死後の世界と縁を持っているらしく、この世界に縁を求めているゴーストは「見える人」を狙ってくるのだという。
そしてまだ力の弱い子供のうちはゴーストに抵抗することが難しい。だから、本当なら親は生まれてくる前に特別なお祓いをかけて、ゴーストから身を守るのが通例だ。
だが、両親ともに「見える人」ではなかった俺と桜はそのお祓いを受けていない。
だから、こうして、ゴーストに付け狙われる。
ゴーストが俺の直ぐ側までやってくる。そっと俺の目に触れようと手を伸ばしてくる。
だから、俺は祖母からこれを預かった。
俺はただの高校生じゃない。
右手には音叉、左手には
クリスタルのかけらを目の前に掲げ、力強く音叉で叩きつける。
ピーンと音叉が小気味良い音を立てて響く。
クリスタルチューナー。それがこの音叉の名前だ。水晶を叩くことで4096Hzの周波数が癒やしと浄化をもたらす、というスピリチュアル系の道具だが、この道具は本物だ。
その証拠に、ゴーストたちは一様に苦しみだした。
そう、俺はただの高校生じゃない。言うなれば、除霊師だった。
祖母は確か「退魔師」とか言っていた気がするが、俺には除霊師の方がしっくりと来る。
苦しみだしたゴーストは融合を始める。
(ちょっとまずいな……)
クリスタルチューナーを使うたび、クリスタルは砕けていく。かけらなら一般的な宝石と比べればまだ安いとはいえ、高校生には安い出費じゃない。
だから、可能な限り俺はゴーストを一箇所に集めてからクリスタルチューナーを使うことにしている。
だが、今日はやけに多い。
数が多いと、中に頭の良い幽霊がいた場合、融合を初めて大変なことになる。
「融合されきられると厄介だ」
俺は止む無く美しい紫色をした
クリスタルチューナーで叩く水晶は高価な方が効果が高まる。クリスタルよりアメシストの方が有効というわけだ。
当然、高いので使いたくないが、あまり多数に融合されきると、
モーリオンを切るくらいなら、アメシストを切ってでも融合を止める方が有効だ。
だが、直後、ゴーストは予想外の動きに出た。
融合しかけていた右腕をこちらに向け、ゴーストを放ってきたのだ。
「!」
慌てて側面に飛び、ゴーストの突進を回避する。胴体からアスファルトに落下し、肋骨が痛む。
なんて攻撃的なゴーストだろう。
確かに、ゴーストはポルターガイストなどを用いて攻撃してくることもある。だが、彼らの目的は本来、俺と融合して現世への縁を得ることだ。だから、殺しに来ることはないはず。
はず、だが、融合してその辺りの理性まで失われているのか?
今度は融合したゴーストが左腕をこちらに向けてくる。
「ちっ」
姿勢を立て直している余裕はない。
俺は地面に臥せった姿勢のまま、左手でアメシストを構え、右手でクリスタルチューナーを叩きつける。
小気味よい音が響き渡る。
流石に融合したゴーストもこれには苦痛を禁じ得なかったらしい、苦しみながら、周囲にゴーストをばらまく。
俺は慌てて立ち上がり、飛んでくるゴーストを避けながら、再びクリスタルをチューナーで叩いてさらに除霊を進める。
「ふぅ」
二度ほどクリスタルを叩いただろうか、ようやくゴーストはいなくなった。
周囲のゴーストを感知して曇る特殊なスモーキークォーツも綺麗に澄んでいる。
「帰ろう」
服が少し破けてしまった。お袋に怒られるな。
ため息をつきながら、俺は帰路に着いた。
「あ、おかえり! お兄ちゃん!」
帰ってくると桜が出迎えてくれた。
桜の胸元で揺れているスモーキークォーツもやはり澄んでいる。
小学生である桜は当然、俺よりゴーストに対する抵抗力が弱い。
だから、俺が守ってやらないといけない。
俺が毎晩、出歩いてゴーストを集め、除霊して回っているのはそういう理由だった。
「わぁ、服が破れてる! 急いで部屋に戻ろ、ママが見たら怒るよ」
そんな風に可愛らしく驚いて見せる桜をみて、俺は改めて、絶対に桜を守る、と改めて誓った。
Fin
「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。