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家族の味

 
 

 今日は思いつく限り最悪の日だった。
 朝起きてみたら、枕元にそれが置いてあった。
 スターゲイジーパイ……といって伝わるだろうか? 大型のサーディンピルチャードを卵やジャガイモとともにパイ生地に包んで焼いたパイのことだ。
 パイ生地から魚の頭部や尾部が突き出しているのが主な特徴で、見た目が大変美しくない。
「私このパイ嫌いなのよね」
 などと言っている場合ではない。
 このスターゲイジーパイはイギリス・コーンウォール。つまり、私の生まれ故郷の名物なのだ。
 そっと、パイを持ち上げてみると、やっぱり。そこには一枚の置き手紙が置かれていた。
「昨年の我らが国での活躍、見事でした。また、故郷にも顔を出しなさい」
 最後には「ソフィア」の文字。
 私はヒナタ。偽名だが、日本で過ごすにあたって、そう名乗っている。ちなみにぴっちぴっちの16歳の美少女。今年高校を卒業したが、年齢のツッコミは禁止だ。元々高校に通う年齢でもなかったし。
 ソフィアは私の母だ。英国の魔女と呼ばれる、代々イギリスを守護してきた魔術師の家系にあたる。
 しかし、イギリスにいるのが嫌になってイギリスを飛び出した私は、ここ10年は故郷に帰っていない。
 ただ、昨年、そうも言っていられない事態が起きた。
 イギリスのとある貴族院議員により、世界中を巻き込まんとする大事件が起きそうになったのだ。それを事前に感知した日本人の知り合いが阻止するための伝手として私を頼った。
 世界規模の大人災が起きようとしているのを看過出来るほど、私も個人主義じゃなかった。
 だから、私は彼らの頼りに乗ることにした。
 それはいい。殆どの人が知らないとしても、私は確かに世界を一つの危機から救ったのだから。そこに後悔などあるはずもない。
 問題はそこから先だ。どうやってかは知らないが、ソフィアは私の帰国と活躍を知ったらしい。そこから辿られて、家がバレたようだ。
 そして、今に至る。
「はぁ……」
 私がため息を吐いてスターゲイジーパイを睨んでると。
「わーい! パイだー!」
 いつの間にか階段を降りてきていたらしい少女が扉を開けるなり、スターゲイジーパイに気付いた様子でぴょーっんとスターゲイジーパイに肉薄する。
「あ、こら、イライザ、待てステイ
「ワン!」
 私の指示に、イライザが犬のような鳴き声をあげてベッドの前で停止する。
 まるで私がいたいけな少女を犬扱いしているように見えるが、誤解だ。いや、誤解とまでは言い切れないか。
 この少女、イライザ・セアラは父親によってクー・シーと呼ばれる犬の妖精に変えられてしまった少女なのだ。色々とあった事件の末に、私が保護している。
「まだだよ、まだ待てステイ
 フルルルルルルル、とイライザが抗議の鳴き声を上げる。
「そんなに食べたいの? 仕方ないなぁ。よし」
「ワン!」
 私の号令に従い、イライザが鳴き声一つスターゲイジーパイに飛びつく。半透明の犬尻尾をブンブンと振っている。
 ガツガツと食べ始めて、私の分が残らない勢いだが、私はこのパイが嫌いなので問題はない。
「おいしー」
 イライザはお気に召したらしい。スターゲイジーパイは見た目こそふざけているように見えるが、コーンウォールの港町における英雄、トム・ボーコックを讃え、安全を祈念するパイだ。実際、上手い人が作れば味はそこまで悪くない。
「じゃあ、ヒナタのお母さんってパイ作るの上手いんだねー」
「そうだね、お菓子作りは上手な人だったよ」
 実際、ソフィアの下で暮らす中で一番楽しかったのはおやつの時間だったな。
「ふーん、ヒナタとは違うね」
「ちょっと、それ、どういう意味?」
「だってヒナタ、料理しないじゃん。いつもコンビニ飯だもんね」
 な、こいつ、私に養われている分際で。
「私だって料理くらいできますー。面倒だからしてないだけですー」
「怪しいなぁ」
「なんだとー、誰が魔力やってると思ってるんだこいつー」
 コショコショ攻撃を仕掛けてやると、イライザは楽しそうに笑いながら体をくねらせる。
「そんなに料理できないと思われるのが嫌なら、ヒナタも作って見せてくれればいいじゃん」
 笑いながらイライザが抗議してくる。
「お前がパイをもっと食べたいだけだろー」
 とはいえ、イライザの言うことも一理ある。証明するいちばん簡単な方法は実際にやって見せることだろう。
「よし、ここは一肌脱ぐとしますか」

 

 となると何パイを作るかになるが、ちょうど十月で、ハロウィンが近いし、パンプキンパイにしようと決めた。まぁ、パンプキンってのは観賞用のオレンジ色のカボチャのことだから正しくはスクウォッシュパイ、と言うべきなんだろけど。
 レシピを適当に調べてみるとカボチャ単体より合挽肉何かを入れたミートパイが多いようだったので、そっちを作ることにする。食べ盛りのイライザには肉っけがある方が嬉しいだろう。
 早速さくっと買い出ししてきて、キッチンに用意した品を並べて指差し確認。
「カボチャ、ニンジン、タマネギ、合挽肉、中濃ソース、ケチャップ、塩コショウ、パイシート、卵、オリーブオイル。よしよし」
「ヒナタ、料理できる人はいちいち指差し確認なんてしないんじゃないかな」
「うるさい! えーっとなになに? まずはタマネギとニンジンをみじん切りね、おっけ」
 レシピを見て、やることを把握して、二つの包丁にルーン文字を刻む。
 ひとりでに包丁達が踊りだし、タマネギとニンジンをみじん切りし始めていく。
「で、次はカボチャを一口大に切る」
 また新しい包丁を一つ取り出して、ルーンを刻む。
 やはり包丁が踊りだし、カボチャを一口大に切っていく。
「メルヘンな光景だね」
「魔術師らしくていいでしょ、ソフィアの料理光景もこうだったよ」
「私のお父さんは普通に料理してたよ」
 イライザの父は魔術師だったが、普通に料理をしていたらしい。変なの。
 次はカボチャを電子レンジで加熱するらしい。電子レンジは持っていない。ルーンで事足りるからだ。
 電子レンジ、とイライザが書いてくれたルーンが刻まれた銀色の箱に耐熱容器に入れたカボチャを入れて、起動用のルーンを押す。
「ところで、ヒナタ、オーブンは?」
「流石に買ってきたよ! 今後は積極的にパイを焼いていこうね」
「わーい」
 今のうちに出しておくか。格納用のルーンからオーブンを取り出し、キッチンの空きスペースに置いて、電源に刺しておく。
 「電子レンジ」のルーンが動作を終えたようなので、耐熱容器を取り出す。
「次はこれを潰してペースト状にするのね」
 棍棒にルーンを刻んで、カボチャをペースト状に変えていく。
「で、これをパイ生地の上に敷き詰めて、と。次は肉と野菜を炒めるのね」
 フライパンにオリーブオイルを垂らしてから、ルーンを刻んで炒める動作を始めさせる。  そこに合挽肉を投入。
 火が通ってきたら、さっきみじん切りにしたタマネギとニンジンも投入し、さらに炒める。
「で、次は? Aを投入? Aってなんだ?」
「材料のところに記述があったよ」
「あ、ほんとだ、偉いね、イライザ」
「レシピによくある書き方だよ」
 知らない知らない。野菜がしんなりしてきたのを確認し、中濃ソース、ケチャップ、塩コショウ、ナツメグと加えていく。
「そこはルーン使わないんだ」
「下手に計量しても良い味になるとは限らないからね。味見しながら自分で味を見極めるのが大事」
「ラノベかなにの受け売り?」
「う、当たり」
 でも良い味になったからヨシ。
「次はこれをパイシートに敷き詰めて、卵黄を塗る、と」
 卵にルーンを刻んで、自ら卵黄と卵白に別れてもらい、卵白を塗っていく。
「で、え??」
「どうしたの?」
「200度に予熱しておいたオーブンで三十分焼く、だって……、予熱なんてしてないよ」
「あらら、先にレシピを読み込んでおかないから」
 慌てて予熱を始める。
 
「でっきたー!」
「やっぱり料理慣れしてないのが隠せてなかったね」
「そんな事言うと食べさせてあげないぞ」
 と言いつつ、焼き上がったスクウォッシュミートパイを切り分けて、かじる。
「うん、なかなかいけるじゃん」
「そうだね、おいしー」
 イライザも満足してくれたようだ。
「でも、焼き加減にムラがあるし、卵黄の塗りが甘いからツヤが足りないし、まだまだだね」
「なんだとー、もう一切れあげないぞー?」
 喧嘩しながらも私のある十月の日常は過ぎていくのだった。

 

Fin

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