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ハンターズムーン・ゲーム

 
 

「よっしゃ、今日はハンターズムーンだ!」
 俺、シャルルマーニュが大きな声をあげる。
「いえー!」
 軽装の騎士、アストルフォがそれに応じる。
「ふふ、楽しみましょうね」
 その言葉に二本の剣と一本の槍を装備したオリヴィエが頷く。
「全く、仕方ありませんね」
 やれやれ、といった様子だが、なんだかんだ付き合いの良い黄金の剣を腰に下げた騎士、ローランもこちらを期待した様子で見ている。
 そして、近くの鏡を見ると、俺の姿である老齢の騎士が浮かび上がる。
 こうして四人もの騎士が一同に介しているわけだが、ここは現実じゃない。
 ここは巨大仮想空間メタバースSNS「ニヴルング」。騎士の姿をした俺達もみんなアバターで、本当の姿じゃないんだ。
 本当の俺たちはマンハッタン高校ハイスクールのスポーツハッキング部の生徒だ。
 だが、そんなことはどうでもいい。大事なのは今晩は空に満月の浮かぶハンターズムーンだということだ。
 今やほとんどのことが「ニヴルング」で事足りてしまう時代。
 月見すら、その例外ではない。
 まぁ、実際、今日の天気は雨だった。
 といっても、と言っても、アメリカの月見の文化はないわけだが。
「マーリンが辻ハッキングバトルをやると聞いたら、聞き逃せないものね」
 とオリヴィエ。ちなみにオリヴィエは男性アバターを装備しているが女性で、声も女性の声だ。ちなみに、俺の幼馴染でもある。
 マーリンというのは、スポーツハッキングチーム「キャメロット」の古参メンバーの一人で、超凄腕のハッカーだ。
 今はアメリカスポーツハッキング界隈の二強と言えば「キャメロット」のアーサーと「エンペラーズ」のルキウスだが、彼らが台頭してくる前は、マーリン一強と言われていたほど。
 なんなら、今の二強のうちアーサーを育てたのはマーリンだ。
 ちなみに、ルキウスの方も、今はこの「ニヴルング」の監視官カウンターハッカーとして働いている。
 それはともかく、そのマーリンが、この「ニヴルング」で「ハンターゲーム」なる遊びをやるというのだ。
 十月の満月のことを「ハンターズムーン」と言うらしく、それに掛けた遊びのようだ。
「いいか、間も無く午後九時から、マーリンがこの『ニヴルング』に降りたつ」
「で、それを見つけて、タッチすればいいんだよね?」
 俺の説明にアストルフォが応じる。
「その通りだ!」
 いわゆる鬼ごっこタッグだな。
「そして、ルールは捕まらなければなんでもあり、と言う無茶苦茶っぷりです」
 そう言って、ローランが肩をすくめる。
「制限時間は一時間。マーリンは超凄腕のハッカー。簡単には捕まえさせてくれないでしょうね」
 オリヴィエが頷く。
「だけど、俺達『パラディンズ』だってGWT杯の予選を越えたんだ。やってやるぞ」
 そう俺がまとめた直後、午後九時を告げる鐘の音が「ニヴルング」全体に響き渡る。
「ローラン。索敵だ」
「えぇ、もう始めてます」
 ローランは素早く空中に指を走らせる。その後、こちらにスワイプして、一つのホロウィンドウを共有してくれる。
 ローランを中心に、様々なアバターの名前が一覧表示され、そのうちいくつかが黄色く強調表示される。
「これは?」
感染型プログラムコンピュータウイルスを周囲のアバターに感染させました。今も観戦を続けさせてます」
 AR技術が発達した現在、あらゆる操作はARによって直感的に行えるようになった。それはクラッキングについても例外ではない。
 俺達が普段やってるスポーツハッキングは合法的にクラッキングを行うものだが、今やってるのは当然違法なクラッキングに当たる。まぁ、こう言う軽犯罪的なクラッキングをしているスポーツハッキングの選手は珍しくないのが現状で、実際、時々ヘマして捕まる有名選手もいる。
「この一覧は感染者の一覧か。黄色いのは?」
「今回感染させたウイルスは視界をジャックし、我々に共有させるものです。ですが、膨大な数のアバターの視界を全て確認するのは現実的ではない」
「なんらかの方法で絞り込みをしたってことかな?」
「アストルフォの言う通り。黄色いのは絞り込みです。今回は、視界内に白を数ドット以上認識した黄色く強調表示されるようにしました」
「なるほど、マーリンと言えば、白いフードローブだものね」
 オリヴィエの納得に、俺も納得する。確かにマーリンといえば白いフードローブに杖が特徴だ。
「じゃあ、みんなでこの黄色い奴らの視界を探していけばいいんだな?」
「そう言うことです。始めましょう。名前をタップすればその視界を見ることが出来ます」
 全員一斉にホロウィンドウの黄色い文字列をタップし、それぞれ視界を確認していく。
「いたわ。サンフランシスコリージョンのジャパンタウンエリア!」
 やがて、オリヴィエが声を上げる。
「えらく遠いな。そこまでもう感染してるのは流石ローランだが」
「当然です」
「急いで向かおうよ!」
「だけど、今から向かってももういないんじゃないか?」
「大丈夫です」
 そう言って、ローランが空中に指を走らせると、一気に黄色い感染者リストがさらに絞り込まれる。
「ロックオンしたターゲットの動向を常に追跡して絞り込めるシステムも搭載済みです」
「さっすがローラン! じゃあ行くぞ」
 急いで、すぐそばの大型転移装置に触れ、サンフランシスコリージョンへ移動する。
 ジャパンタウンエリアを南下していくと、白いフードの女性が目に入った。
「見つけたよ、マーリン! このアストルフォが相手だ!」
「あ、バカ!」
 アストルフォが堂々と名乗りをあげ、マーリンに飛び掛かる。
「あら、もう見つかっちゃった?」
 マーリンがイタズラっぽく笑うと、アストルフォの飛びかかりを軽く回避する。
 俺は逃がさないとばかりに、地面を蹴って、さらにマーリンに接近する。
「よっと」
 マーリンはそれも軽く回避し、足場を展開しながら空中に逃れる。
「逃がさないわよ!」
 オリヴィエが背中に背負った槍を手に取り、マーリンに伸ばす。
 だが、マーリンは手に持つ杖で槍を受け止める。
「ローラン!」
「はい、岩両断せし聖遺物の剣デュランダル!」
 黄金に輝く剣をローランが抜刀する。
 独自ツールユニーク。優れたハッカーだけが持つ自分だけのツールだ。
「へぇ、独自ツールユニークね」
 受け止めるのは分が悪いと判断したのだろう、マーリンはさらに空中に逃れるが、ローランが追う。
「へぇ、私に並ぶレベルで『ニヴルング』へハッキングするっていうの……」
 「ニヴルング」の空中へ移動すると言うのは簡単に思えるが、実は「ニヴルング」に架空の当たり判定コリジョンを設定するという離れ業だ。そう言ったクラッキングを他の行動もしながら行うとなると、俺達「パラディンズ」の中ではローランにしか出来ない。
 これは追い詰めたぞ。と思った、その直後。
大異教軍グレート・ヘイザン・アーミー!」
 大地を揺るがすかのような強く響く声が聞こえ、周囲一帯にヒゲモジャの兵士達が出現する。
「『エインヘリヤル』のラグナル坊やの独自ツールユニークね!」
「オーディン!」
 強く響く声が響き渡り、兵士達が一斉にハンドアックスを投擲する。
 狙いは……ローランだ!
「チッ、岩両断せし聖遺物の剣デュランダル!」
 ローランの岩両断せし聖遺物の剣デュランダルが黄金に輝き、飛んでくハンドアックスをまとめて迎撃する。
「どう言うつもりだ、ラグナル!」
「どうもこうもない、シャルルマーニュ! この前の戦いでは敗れたが、この『ハンターゲーム』では我々が勝利する!」
「足の引っ張り合いをするつもりか! なら、仕方ない、千変万化虹の剣ジュワユーズ!」
 俺はアプリケーション一覧ウェポンバレットを操作し、虹色に輝く自分の独自ツールユニークを手元に出現させる。
「待ってください、シャルル。ここは私が」
 空中にいたローランが周囲の大異教軍グレート・ヘイザン・アーミーによって出現した兵士たちを切り裂きながら地上に降り立つ。
「でも……」
千変万化虹の剣ジュワユーズは応用が効く武器です。足止めより、マーリンを追う方が向いている」
「分かった。助かる。アストルフォ! 馬を出せ!」
「はいよー、出でよ! 不可能の象徴ヒッポグリフ!!」
 アストルフォが鷲の頭部と翼を持つ馬型の独自ツールユニークを展開する。
 こいつの最大の特徴はまた別にあるのだが、今便利なのは、足場なしで飛翔できることだ。
「飛行ツールね。それ、厄介だから封じるわ」
 マーリンが指を銃の形にして、不可能の象徴ヒッポグリフに向ける。
「ばーん」
 とフザケタような発言の直後、突然、アストルフォと不可能の象徴ヒッポグリフが檻に閉じ込められる。
「まずい、湖の乙女の封印シールズ・オブ・ニュミエだ!」
 それは、超有名なマーリンの独自ツールユニーク。対象をかなりの長時間に渡って動けなくしてしまう恐ろしいツールだった。
「私が足場を作る! 言って、シャルル!」
 地上に飛び降りたオリヴィエが空中に指を走らせると、俺の足元に足場ができる。
「助かった! 必ず俺が勝って見せる!」
 その足場を飛び移り、マーリンを追いかける。
「麗しい友情ね」
 けど、とマーリンが杖をこちらに向ける。
 放たれるはウイルス。
「悪いな、流石にそんな直線的な攻撃は当たらないぜ」
「あなたはそうでしょうね」
 そう言って、マーリンが微笑む。
「!」
 慌てて振り向くと、クラッキングに専念していたオリヴィエがウイルスに感染していて苦しんでいた。
「じゃあねー」
「待て!」
 俺は足場を踏み込んで、マーリンに踏み込もうとするが、オリヴィエがウイルスに感染したことで足場を維持できなくなったのだろう、足場が消失する。
「あっ……」
 背中を地面に向けて落下を始める俺。視線の先には満月と、そして、微笑むマーリンの姿。
 ちくしょう、ここまでなのか……。
「大丈夫、シャルル?」
 だが、地面に落下するより早く、俺は緑髪の少女に抱き抱えられた。
「う、うぇ、に、ニンフ!?」
 それは俺の一目惚れした相手、ニンフだった。
「うん。『ニヴルング』に来てみたら、シャルルが落ちてたから、助けに来た、よ」
「そうか。ありがとうな」
 いわゆるお姫様抱っこをされている形だ。ニンフの可愛い顔が超至近距離で、俺、おかしくなりそうだ……!
「シャルル。あの人を捕まえたいの?」
「そ、そうなんだ!」
「じゃあ、私、手伝う、ね」
 じじ、と「ニヴルング」全体にノイズが走ったかと思うと、空中に足場が出来ていた。
「助かるぜ、ニンフ!」
「うん、行こう」
 俺は足場を伝って、再びマーリンの元へ駆け出す。
「どう言うこと。今のハッキング、あなた達にできるような芸当じゃない。そっちの浮いている子は……何?」
「ニンフのことはどうでもいい! お前を捕まえるぞ、マーリン!」
「足場がある程度で、どうにかなると思ったら大間違いよ」
 マーリンがこちらに杖を向けてくる。
 単発の射撃なら回避可能だが。
 飛んできたのは、散弾。まずい、避けきれない。
「シャルル、危ない、よ」
 しかし、全てをニンフが弾き返した。
「なっ!?」
 俺も驚いたが、それ以上にマーリンが驚愕する。
 自分の作ったウイルスの密度に自信があったのだろう。実際、ニンフがどうやってウイルスを防いでいるのか、俺にも分からない。
 一気に距離を詰め、マーリンに肉薄する。
「タッ―――!」
「そこまでだ」
 だが、俺とマーリンの間に、氷の斬撃が飛んできて、俺とマーリンは動きを止めざるを得なくなる。
「ルキウス!」
 俺とマーリンの声が重なる。
「『ハンターゲーム』、だったか。俺の庭でよくもまぁこんな無法な遊びをしようと思い立ったもんだ」
 二人とも、利用規約の現行犯でしょっぴかせてもらおうか。
「これは分が悪いわね。じゃあね〜」
 フッ、とマーリンが消える。
「チッ、最近、ユグドラシルのやつが開発したとかいう量子跳躍ビットジャンプか! 厄介な」
 なら、お前だけでも拘束する、とルキウスの視線がこちらへ向く。
「えっ。ま、待てよ、主犯はあっちで」
「話は拘束した後で聞く」
「シャルル、捕まる? 捕まると困る?」
「あぁ、めっちゃ困る!」
「誰と話している! 大人しくしろ、第一回戦通過者とはいえ、高校生の身で俺から逃げられると思うな!」
「困るなら、ダメ! 私、シャルル、助ける」
 ニンフが俺に触れてくる。リアルな手の感触が俺に伝わった、と思った直後。
 俺たち四人は、最初の地点に移動していた。
「い、一体何が?!」
 言葉は違えど、皆困惑した様子。
 俺は素早く事情を伝え、全員で一斉にログアウトする。
 マーリンにルキウス。いつかGWT杯で当たる相手だ。
 今は勝てなかったが、本戦では、必ず……!
 俺はそう誓いながら、現実世界に戻っていった。
 そんな俺たちを優しい架空の満月が見守っていた。

 

Fin

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