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自由と秩序の狭間で

 
 

 私には人間の友達がいない。
 けれど、友達が人間ではない友達なら二人いる。
「やぁ、玲音れいんちゃん、どうしたんだい? そんなに落ち込んで」
 そう高い声で私に話しかけてくれるのはスケルトンちゃん。名前の通り、ガイコツよ。
「分かるだろ? 『海賊共和国』から逃げ、『キュレネ』から逃げ、逃走生活に逆戻り、そりゃ、玲音じゃなくても落ち込むさ」
 と、渋い声でスケルトンちゃんに説明するのはゴーレムちゃん。名前の通り、人型をした岩の塊よ。
 今、この世界は政府によって「魔女狩り」が行われているの。
 そして私は魔女。
 だから、私はずっと魔女狩りから逃げてきた。
 私の「魔法」は骨と岩を操るもの、とまで言えば、私のしていることの虚しさを察してしまうかもね。
 そう、スケルトンちゃんもゴーレムちゃんも私が魔法で動かしているだけに過ぎない。声も、私が腹話術で充てているだけ。
 なんて虚しい日々でしょう。
 最大の問題は、私の魔法が骨を使う、という部分。
 私は魔女狩りの間で、死体愛好家で死体を操る特に危険な魔女としてマークされてしまっている。……まぁ、死体愛好家なのは否定できないけど。死体っていうか、骨ね。
 けれど、この世界には私の知る限り二箇所、魔女狩りの手を逃れられる場所がある。
 私は最初、そんな二つある「定住地」の一つ「海賊共和国」に逃げ込んだ。
 「海賊共和国」は魔術障壁という透明な壁に囲われた街で、魔女狩りは入り込めない安全地帯なの。
「なら、なんで『海賊共和国』から逃げちゃったの?」
 あら、スケルトンちゃん、良い質問ね。答えは分かるかしら、ゴーレムちゃん。
「あぁ。まず『海賊共和国』は、力こそ全てというモットーがあるんだ。力がある者、成果をあげた者が優遇される。逆に言えば、力のないもの、成果を挙げられないものは……?」
「そっか。玲音ちゃんはものぐさだもんね、『海賊共和国』では良い暮らしが出来なかったんだ」
 スケルトンちゃん? ストレートに言い過ぎよ?
 でも、スケルトンちゃんの言う通り。私は「海賊共和国」の力こそ全てというモットーに馴染めなかった。
 だけど、当時はまだ希望はあると思っていた。
「希望? 何もできないのに?」
 スケルトンちゃんが無垢にそんなことを尋ねてくる。本当にストレートね、この子は。
「意外かもしれないけど。玲音ちゃんもたまにはアーティファクトの回収に赴いてたんだよ」
「アーティファクト?」
 ゴーレムちゃんの説明にスケルトンちゃんが首を傾げる。可愛いわね。
「さっき話した魔術障壁の維持に必要な魔力を持ったアイテムのことを『海賊共和国』はそう呼んでたんだよ」
「あぁ、じゃあ。力こそ全てなのも、街の安全を守るのにそれが必要だからだったんだ」
 スケルトンちゃんは理解が早いわね。
「ん? じゃあ、結局なんで『海賊共和国』を逃げ出したの?」
 聞いてくれる、スケルトンちゃん? それはね、聞くも涙、語るも涙の悲劇があったのよ!!
「う、うん、聞くよ」
 あのね、あのね、「海賊共和国」はね、スケルトンちゃんとゴーレムちゃんを戦力として数えようとするのよ〜。
「そりゃそうじゃない?」
 スケルトンちゃんはドライね。けど、岩も骨も一つ一つが唯一無二なのよ? 例えば、今、スケルトンちゃんを構成している骨の一つを他の骨に入れ替えたら、それだけでスケルトンちゃんのパーソナリティは全く別物になっちゃうのよ〜。
「そういう設定なんだ」
 なるほど、とスケルトンちゃんが頷く。
 設定じゃないのよ〜事実なのよ〜。
 それで、私、任務の途中で「海賊共和国」の船から飛び降りて、「キュレネ」を目指したの。
「『キュレネ』って?」
 本当に聞き上手ね、スケルトンちゃん。
 「キュレネ」っていうのはもう一つの魔女の「定住地」の一つよ。ユークリッドさんという魔女が展開しているユークリッド空間の中にあって、安全なの。
「そうなんだ。あれ? そこは魔女の魔法で維持されているわけだから、今度こそ安心なはずだよね。なんで逃げ出したの?」
「それはね、『キュレネ』が徹底した秩序主義的な街だったからだよ」
 そうなのよ〜、ゴーレムちゃん。
 「キュレネ」ではね、ルールが絶対なの。ルールを破ると厳しい罰が待ってるのよ。
「そりゃそうじゃない?」
 スケルトンちゃんはドライね。けどね、「キュレネ」では死体を収集したり、私有したりするのは禁止だったのよ。
「当たり前だと思うけど……」
 それじゃあ二度とスケルトンちゃんとお話しできないわー。そんなの死んじゃう。
 私、ゴーレムちゃんよりスケルトンちゃんの方が大好きなんだもの。
「骨フェチだって言ってたもんね」
「こうやってね、玲音は二つある『定住地』の両方から逃げてしまったんだよ」
「贅沢なんだね」
 言葉にスケルトンちゃんの言葉が容赦無く私に突き刺さるわ。
 でもそうね、私は、自分の趣味に浸れることと、心身共に安心できる場所であること、その両方が欲しい。それは、贅沢なのかもしれないわ。
 それでも私は、その両方が欲しい。どちらか片方だけで妥協なんて、とても出来ないもの。
 だから、私は旅を続けるわ、単に秩序だけでも、単に自由だけでもない、本当の意味で両方を得られる場所を探して。
「まぁ、その、頑張ってね」
 スケルトンちゃんは呆れた声ね。誰よりもスケルトンちゃんのためなのに……。
「あー、そろそろいいかい?」
 ふと声をかけられ、顔を上げると、そこには一人の人間が立っていた。
「ラカム!」
 そこにいたのは魔女ラカム。「海賊共和国」の軍隊「魔女海賊団」において、私の上官だった魔女だ。
「俺は逃亡者を許せない主義でね。まぁ、この辺りを立ち寄ったのはアーティファクト回収に来たついでなんだが」
 そう言いながら、ラカムは旗を掲げる。「黒地に、上にガイコツ、下に交差させた二本のカトラス」というあまりに有名なその旗は彼の魔女名の元になった人物であるジョン・ラカムの海賊団を示す旗だ。
 カラカラと音を立てて周囲にカトラスを構えたガイコツが起き上がってくる。
「僕の同類?」
 残念ね、スケルトンちゃん。
 魔法で動くガイコツって意味では同じだけど、ちょっと違うわね。私のスケルトンちゃんは実際に骨を使っているのに対し、ラカムのガイコツは無から生み出されるわ。
「なら、僕の方が強そうだね」
 そう言って、スケルトンちゃんは剣を構える。
 え、スケルトンちゃん?
「お、今回のスケルトンは随分交戦的なようだな、そうこなくっちゃ」
「ゴーレム、ここは僕に任せて、君は玲音ちゃんを乗せて逃げて」
「任された」
 え、ちょっと二人とも?
 私は突然ゴーレムちゃんに担がれる。
「逃すな、全軍突撃!」
 敵のガイコツ軍団がカトラスを掲げて突撃してくる。
 対して、スケルトンちゃんが迎撃に出る
「いやー、スケルトンちゃん! スケルトンちゃーーーーーん!!!!!」
「ダメだよ、逃げるんだ、玲音」
 ゴーレムちゃんの上でジタバタするが、ゴーレムちゃんは冷静に私を担いで逃げ始める。
「さよなら、玲音ちゃん……」
 スケルトンちゃんがガイコツ軍団の中に消えていく。
「チッ、やっぱ俺の部下は単純すぎるのが欠点だな。目の前の敵に集中しすぎる」
 そんなラカムの声が聞こえる。
 スンスン、スケルトンちゃん……。また新しい骨を探さなきゃ……。
 私は折角のスケルトンちゃんとの別れに涙が止まらない。
 その間にもどんどん私達の距離は離れていき、やがて見えなくなった。
 ある程度距離を稼いだら、近くの墓地を探して、またスケルトンちゃんを作らなきゃね……。
 私は自分の理想郷に出会える時まで、決して諦めないわ。

 

Fin

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