魂の魔女と花の精
密集したドイツトウヒの木々により日中でも暗い森の中。
同じくドイツトウヒの木々を組み合わせて作られた小屋の中で、僕はふわふわ浮かぶ人魂とにらめっこをしていた。
世界中で「魔女」と呼ばれる一種の超能力者が同時発生し、時の政府に危険因子として排除の対象とされている2031年の現在、「魂」の魔女である僕、イアンは、こうしてドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州にある
僕はこの森の中でずっと自分の魔法を研鑽しながら生活している。
そして、まもなく世間はハロウィンだ。
ふと思い立って、僕は新しい研究を始めた。
それは僕の魔法で呼び出せる人魂をハロウィンでよく見るおなじみのおばけの形で可視化できないか、ということだった。
僕の師匠である
けれど、「魂」の魔女である、僕の魔法で呼び出せる人魂は見た目だけの偽物ではなく、本当に幽霊達の世界から呼び出した本物の魂による真霊だ。
そう言えば、先生は日本には真霊に好かれる珍しい体質の一家がいた、とか話していたっけ。ヤマブキ家とかいってたかな。まぁでも、そんな一家が先生に付け狙われるくらいには、神秘の世界でさえ、真霊の存在は珍しい。
そして、僕は真霊である魂を他の人にも見える形に「加工」することができる。今、僕がにらめっこしている人魂も、僕が人魂の形に「加工」した状態で、僕以外でも実際に視認できるし、触れることもできる。
先生によれば、僕が呼び出した真霊が人魂の形をしているのは、それが僕のイメージする魂の見た目だからだそうだ。
逆に言えば、僕のイメージ力さえあれば、魂をもっと任意の姿に変える事ができるはず。
「例えばこんな風にしたいんだけど、うまくいかないね」
手元に置いてあった顔が掘られたカボチャの被せ物をしたランプから被せ物を外して、人魂に被せる。
すると外見としては 所謂ジャック・オー・ランタンが浮いているように見える。
けれど、これでは意味がない。これを百パーセント魔法で再現するのが、今回の僕の研究だ。
とりあえず、もう少し数を増やしてみようか。
「おいで」
何人か適当な名前を列挙すると、それに反応して、数体の人魂が湧いてくる。ちょっと呼びすぎたみたいで、外にも飛び出していってしまった。
今は旅立ってしまった同居人は、よくこの人魂を見て悲鳴を上げていたっけ。
「きゃあっ!!」
うーん、ちょっと違うかな、もっと「ひっぎゃあ」って感じの……、待った、悲鳴?
誰かに見られた?
この黒の森は深い森で未開のエリアが多いため、魔女狩りもなかなか入ってこれない。だから、魔女達が森のあちこちでひっそりと居を構えている。
だから、魔女であればいいのだが、もし普通の人間であれば、これをきっかけに通報されてしまう可能性もある。
僕はこっそりと窓から悲鳴が聞こえてきた方を窺う。
「あれ、誰もいない」
外には人魂が浮いているだけで人の気配はない。ただ……。
「あんなでっかい花、家の前に咲いてたっけ?」
そこにはラフレシアもびっくり、という大きさの花が花弁を閉じた状態で咲いていた。
……。
いや、いくら僕が引きこもりだと言っても、こんなでっかく咲いてたら流石に気付くはず。あんなものは少なくとも昨日までなかった。
僕は不審に思って、外に出た。
外に出てみるとますます花の大きさに驚く。なんせ、見上げるほどに大きく直立している。
「誰か、魔女の落とし物かな?」
ぽんぽん、と花弁を叩いてみる。ちょっと弾力がある。僕の人魂といい勝負だ。これだけ大きかったら、ビーズクッションみたいにもたれかかれるかもしれない。
実際に体を預けてみる。想像通り、程よい弾力が気持ちよい。もしかして、人魂も集めてクッションに入れれば同じようなことができるだろうか。人魂にも自我があるので、拒否されてしまいそうだけれど。
「あ……あの……」
しかしこれはなんなんだろう。やはり誰か……そう、例えば「花」の魔女辺りが作り出した架空の花だろうか? 先生が神秘根絶委員会に捕まってしまったのが惜しい、いれば何かしらのコメントをしてくれたことだろう。
「あのぅ……」
なにかか細い声が聞こえた気がするが、周囲を見渡しても声の主は見当たらない。
僕はこの花の主人について想像を巡らせてみる。
何が目的でこんな花を置いていったのだろう。かつての同居人……リナのように驚いた拍子に魔法を暴発させたのだろうか?
「え……えーっとぉ……」
まただ、またどこからか声が聞こえた気がする。もしかして、推定・「花」の魔女はまだ近くにいるのだろうか?
改めて周囲を見渡すが、やはり人影はない。
「は……離れて……くださぁい」
離れて。確かにそう聞こえた。
まさか。
僕は花弁に体を預けるのをやめ、振り返る。
「この花が喋っているのか?」
「あ……はい……そうですぅ」
ゆっくりと、花弁が開いた。
開いた花びらの中心に緑色の肌をした女性が姿を表す。
「君は……魔女? まるで、先生から教わったアルラウネみたいだ」
アルラウネは確か、上級悪魔の一種で、まさにこのような見た目をしているはずだ。元はマンドラゴラのドイツ語読みだったのが、日本で概念が成長し、別個の生物と分類されるようになったと聞いた。
「魔女じゃないですぅ。そのアルラウネですぅ。……厳密にはドライアドとのハーフですけどぉ」
「そうなんだ」
ドライアド、というのも聞いたことがある。木の妖精のはずだ。
「ここで何してるの?」
「それはこっちのセリフですぅ。私はここに住んでたんですぅ」
驚くべき発言だった。たしかに僕はこの土地の権利を持っているわけではない。多分、彼女も土地の権利を持っているわけではないと思うが、僕と同じようにこの場所に住んでいた人……人じゃないかもしれないが、まぁ、そういう知性体がいてもおかしくはない。
「でも、僕も一年くらい前からずっとここに住んでるよ」
黒の森暮らしは結構長いが、魔女狩りを避けて黒の森の中であちこちを転々としてきた。この場所に小屋を持ったのはちょうど一年くらい前だった。
「でもぉ、その前には私が住んでたんですぅ」
「これまでどこにいたの?」
と聞くと、それはぁ、と目を泳がせる。とは言え、嘘をついている風ではない。言いにくいのだろうか。
「えっとぉ……ロ……いえぇ……えっとぉ……さる御方といっしょに旅をしていたんです。けど、その御方がお隠れになってしまってぇ……」
「そうだったんだ、それは大変だったね」
旅をしていたのにその船頭がいなくなってしまった、ということか。それは大変だろう。
皆が皆、リナのように自主的に旅ができる気質ではない。
「それで目的がなくなって、やむなく帰ってきたの?」
「そうですぅ」
気の毒だとは思う。ただ、僕だって小屋を作り直すのは結構な手間だ。今はリナもいないから、本当に一人になる。人魂に手伝ってもらうにも限界がある。
「あのぉ……。どうしても立ち退けないのでしたらぁ、せめて、ここに咲いていていい事に
して頂けませんかぁ?」
どうするか悩んでいると、そんな提案をしてくれた。
「それでいいの? 周りに人魂が飛んじゃうことさえ許してくれるなら、僕としては構わないけど」
「それで構いません。お互い不干渉で生きていきましょうぅ。……ええっと、お名前なんでしたっけ?」
「まだ名乗ってないよ。僕はイアン。君は?」
「私はアスカ・ポールと言いますぅ」
「そっか、よろしく、アスカ」
僕らは約束通り不干渉でお互いに「お、今日もいるな」、くらいの生活をすることにして数日。
「きゃあっ!?」
「あぁ、また失敗しちゃったか」
人魂の加工実験は失敗続きで、時として、アスカを驚かせてしまう。
窓から外を見ると、花弁が閉じている。どうやら、怖いことがあるとあぁして花弁を閉じて閉じこもる性質があるようだ。
少しだけ、驚くと魔法を暴発させるかつての同居人を思い出す。
「お詫びに紅茶でも出してあげるか」
そう呟いて、紅茶を淹れる。
よく考えたら、植物であるアスカにとっては紅茶は同類の死体から毟った葉っぱを加工して作って抽出する残酷な道具ではなかろうか、と疑問に思いつつ、アスカの元に持って行く。
「さっきはごめんね。お詫びに紅茶を淹れたんだけど……、飲めるかな?」
「飲みますぅ」
ゆっくりと花弁が開いてアスカが姿を表す。
猫舌なのか、ちびちび、と紅茶に口をつける。
「おいしいですぅ」
「よかった。アスカにとっては残酷な飲み物じゃないかと気にしてたんだ」
とさっき考えていたことを伝えると、アスカは笑った。
「それを言ったら、ログハウスに住んでる時点でアウトですぅ」
言われてみれば確かに。
「気にする同類は多いと思いますけどぉ、私はさる御方と一緒に旅をしていたので、その辺りには理解がある方なんですよぉ」
「それはよかった」
ところでぇ、とアスカが尋ねてくる。
「ずっとなにをされてるんですかぁ? 時々不気味極まりない人魂が小屋から出てきて怖いですぅ」
「ごめんよ、実は……」
と、実験の内容を語って聞かせる。
すると、アスカは面白い話を聞かせてくれた。
「それは、カボチャへの理解が足りてないんじゃないでしょかぁ」
「カボチャへの?」
「はい。カボチャの形、質感、素材感。そういったものをちゃんと思い浮かべられていないから、形にできないんじゃないでしょうかぁ」
そう言うと、アスカはツルを足元に伸ばしてくる。
そこにぽっこりとオレンジ色のカボチャが実る。
「すごいな」
「パンプキンですから、食用には向きませんよ、食べないでくださいねぇ」
「それを実際に手にとって、色んな情報を頭に叩き込めってことか」
僕は足元に実ったカボチャを手に取る。
思っていたよりゴツゴツしていて、丈夫そうだ。
ちぎるのは申し訳ないので、ツルが繋がったままのカボチャを叩いてみたり、撫でてみたりして感触を確かめる。
「ありがとう。試してみるよ」
カボチャの感触を忘れないうちに、手の中でイメージしながら、名前を呼ぶ。
「マックス、おいで……」
人魂を呼び出す。いつもの人魂ではなく、カボチャ、ジャック・オー・ランタンの姿をイメージする。
そしてそれは現れる。
空中を浮かぶジャック・オー・ランタン。被り物じゃない紛れもなく魂がお化けの形をした姿。
そっと触れてみると、先程触れたのと似た、カボチャのゴツゴツした質感。
「やった!」
達成感から思わず、アスカの方へ向き直る。
「やりましたねぇ」
すると、アスカも微笑んで一緒になって喜んでくれた。
その一件以来、僕らは不干渉ではなく、時々話をする仲になった。
人魂がいるとはいえ、少し寂しかった僕にとってはありがたい事だった。
けれど、その生活は半年ほどしか続かなかった。
「アスカさん! アスカさん! どこですか!?」
ある日の朝、そう言って呼びかける声が聞こえてきた。
「レフレさんですぅ。おーい、こっちですぅ」
アスカがそれに応じると、レフレと呼ばれた女性がやってきた。
二本の狐の尻尾を持つ女性だった。
「わぁ、レフレさん、二尾になったんですねぇ」
「アスカさん! 私のことはどうでもよろしいですわ。そんなことより、ロ……」
言いかけて、こちらに気付いたらしい。
「こちらの方は?」
「お友達ですぅ。イアンさんって仰る魔女ですよぉ」
「そう。はじめまして、イアン様。私はレフレ。見ての通り、しがない
「あ、どうも、はじめまして」
レフレが頭を下げるので、僕も応じる。
「アスカさん、あの御方の分霊を見つけましたの」
「え、本当ですかぁ? まだ残ってたんですねぇ」
途端にアスカが嬉しそうな表情に変わる。
「三つほど集めれば、まだあの慇懃無礼な神性ともやりあえるはずですわ」
「なら、行くしかないですねぇ」
いつもの弱気な彼女はどこへやら、アスカはとんでもないやる気な表情を見せる。
「イアンさん、半年間、泊まらせてもらって、ありがとうございましたぁ。私、また旅を再開することになりそうですぅ」
「そっか。よく分からないけど、また大切な人に会えるならよかったね」
僕はそう言って笑った。笑えていたと思う。
それから程なくして、二人は行ってしまった。
リナが僕のもとを去っていったのと同じように、弟が僕のもとを去っていったのと同じように。
それから、数日後、リナがとある変わった少女を連れて、僕らの関係を今度こそ永遠に変えてしまう再会をするのだけど、それはまた、別の話だ。
Fin
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