リブーター・パニック
俺は頭が良くねぇ。
そもそも頭が良ければ
普通頭が良いなら、こんな不安定な仕事じゃなくて、まともな仕事についているはずだ。
強いて言うなら、勇気があることだけが取り柄だろうか。ちょっと無茶な状況なくらいであれば、頑張れる。馬鹿だから、そういう状況に鈍いんだ。
「ディシディ! 考え事をしている場合ではありません、どうするか決めないと!?」
直後、俺を呼ぶノリィの声で考え事はどこかへ飛んでいった。
「おう、分かってるよ」
少し前から、俺達は自分達を
知性間戦争、あるいは地球圏戦争と呼ばれた戦争で、地球に住む人類である俺達、新人類はそれを使わずには回復できないくらい疲れてしまったらしい。
けれど、三十年前には違法になった。理由は知らねぇ。
確かなことは違法になったはずの
「駄目です。やはり、頭を撃ち抜いても、蘇ってきます」
ノリィが悲鳴を上げる。
いつも冷静なノリィがこうまで焦るのは珍しい。
そう、俺は馬鹿だ。だけど、馬鹿なりに一つ分かることもある。今のこの状況はおかしい。
「ディシディ、こっちへ」
ノリィが俺の手を取って走り出す。
ゴミ山を一つ越えて、遮蔽物に隠れる。
「ここでやり過ごせないか、確認しましょう」
狭い遮蔽物の中でノリィと二人っきり。まるでノリィの呼吸音と心臓の音が聞こえてきそうだが、実際には聞こえてこない。
なんでかと言うと、ノリィも
自分は逃げたい、死にたくないと願うノリィを見て、俺は助けないなんて選択肢は選べなかった。
「けどよ、
「えぇ、相手が
「どういうことだ?
声を抑えたノリィの囁き声が耳に響くのにドキドキしながら、俺はノリィの言葉に首を傾げる。
「えぇ。私達を襲撃しようという動機を持つ勢力は二種類います。片方はリブーター監視局、もう片方は
「あぁ、そうだな」
リブーター監視局は三十年前に始まった
「けど、監視局じゃねぇよな? 連中は
「それです。敵は動く死体のように見えた。ですから、私達は敵を
「違うのか?」
「えぇ。
そういうノリィの首元では
「けど、実際には首もろとも頭部を吹き飛ばしても動いてたよな?」
「はい。まるでゾンビ映画です」
「ゾンビエーガ? ってなんだ?」
ノリィはいろんな知識がインストールされているらしく、俺の知らない言葉を使うこともある。
「ゾンビという動く死体によって巻き起こるパニックを描いたホラー映画です。映画というのは大きなスクリーンに映像を写して、みんなで楽しむエンターテイメント施設です」
「そんなのがあんのか」
動く死体、といえば
「それはディシディが違法な環境に慣れすぎているだけな気がしますが、ゾンビ映画のゾンビはもっと恐ろしいものですよ」
俺も疑問を口にすると、優しくノリィが解説してくれる。
「ゾンビ映画のゾンビは感染するんです」
「すまん、カンセン? ってのは?」
「今回の場合、ゾンビに殺された人間はゾンビになってしまうんです」
「こえーじゃねぇか」
でしょう? とノリィがくすくす笑う。
馬鹿にした風でなくカラッとした笑い方で、とってもかわいい。
「で、そのゾンビは頭を撃ち抜かれても生きてるもんなのか?」
「はい。そういうことになります」
「つまり、あれはゾンビだ、と」
「ではないかと」
なるほど。ノリィが言うならそうなんだろうな。
「で、ゾンビってのはどうやって対処すればいいんだ?」
「分かりません……」
あはは、とノリィが乾いた笑みを浮かべる。
「そもそもゾンビとはフィクション上の存在のはずですからね。実在している場合、どう対処すればいいかは情報にありません」
「普通映画だとどうすんだ?」
「だいたい、撃ちまくって倒すみたいですね」
「そりゃ、俺らにはちょっとキツイな」
銃はある。だが単発式の拳銃で、弾は多くない。
敵も十や二十ってほど多くはないが、一体に数発使うと考えりゃ、全員仕留めるより弾切れの方が早いだろう。
「ぐばぁ!」
うーん、と二人で思案を始めた、直後。俺達の隠れてる場所にゾンビが近づいてきて、俺達を発見した。
「っ!」
素早くノリィが発砲する。上級火器管制アルゴリズム、とやらがインストールされているノリィは素早い射撃でも確実に標的に命中させる。
足を奪われ、地面に倒れたゾンビに対し、ノリィがさらに頭、胴体、腰と撃ち抜く。
ややあって、ゾンビは動きを止めた。
「はぁ……びっくりしましたね」
ノリィがこちらを安心させるように微笑む。
「あぁ……、ところで今、胴体を撃ち抜いた時だけ跳ねる音が違うくなかったか?」
俺は気になって、倒れたゾンビを確認する。
「ディシディ! 射撃音でゾンビ達がこちらに気付きました! 逃げないと!!」
「いや、ちょっとまってくれ」
今サクッと触った感じ、この感触が間違いじゃなければ……。大丈夫。俺は勇気だけはある。敵が近づいてきているこの状況でも、ちょっと足を止めるくらいは……。
「やっぱり。見ろ、ノリィ。こいつ、胴体に
「これは……。まさか、彼は新種の
また彼、だ。ノリィは時折、その言葉を口にする。どうやら、ノリィはそいつから逃げてきたらしい。きっとそいつこそがノリィを作った
馬鹿な俺でもそれくらいはもう察しがついていた。
でも、詳しく聞く勇気だけは、湧いてこない。
気がつくと、ノリィが全ての
「行きましょう、ディシディ」
敵を倒しきったノリィがホルスターに拳銃をしまいつつ、俺の方に手を伸ばし、微笑む。
良いんだ。ノリィが俺に向かって微笑んでいる間は、俺は幸せだから。
Fin
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