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リブーター・パニック

 
 

 俺は頭が良くねぇ。
 そもそも頭が良ければゴミ漁りスカベンジャーなんてやってねぇ。いや、頭の良いゴミ漁りスカベンジャーもいるにはいるが、アイツらは特別だ。
 普通頭が良いなら、こんな不安定な仕事じゃなくて、まともな仕事についているはずだ。
 強いて言うなら、勇気があることだけが取り柄だろうか。ちょっと無茶な状況なくらいであれば、頑張れる。馬鹿だから、そういう状況に鈍いんだ。
「ディシディ! 考え事をしている場合ではありません、どうするか決めないと!?」
 直後、俺を呼ぶノリィの声で考え事はどこかへ飛んでいった。
「おう、分かってるよ」
 少し前から、俺達は自分達を失格者インキャパシターと呼ぶ謎の再起動者リブーターから襲撃を受けていた。
 再起動者リブーターとは、三十年ほど前まで合法で使われていたらしい「死体を労働力として活用する技術」だ。
 知性間戦争、あるいは地球圏戦争と呼ばれた戦争で、地球に住む人類である俺達、新人類はそれを使わずには回復できないくらい疲れてしまったらしい。
 けれど、三十年前には違法になった。理由は知らねぇ。
 確かなことは違法になったはずの再起動者リブーターがまだ存在していて、俺達を襲ってるってことだ。
「駄目です。やはり、頭を撃ち抜いても、蘇ってきます」
 ノリィが悲鳴を上げる。
 いつも冷静なノリィがこうまで焦るのは珍しい。
 そう、俺は馬鹿だ。だけど、馬鹿なりに一つ分かることもある。今のこの状況はおかしい。
 再起動者リブーターとて本来なら頭を撃ち抜かれれば死ぬはずだ。にも拘らず、今回の敵はノリィのハンドガンによる精密射撃で頭部を吹き飛ばされてなお、動き続けている。
「ディシディ、こっちへ」
 ノリィが俺の手を取って走り出す。
 ゴミ山を一つ越えて、遮蔽物に隠れる。
「ここでやり過ごせないか、確認しましょう」
 狭い遮蔽物の中でノリィと二人っきり。まるでノリィの呼吸音と心臓の音が聞こえてきそうだが、実際には聞こえてこない。
 なんでかと言うと、ノリィも再起動者リブーターだからだ。なぜ俺が本来違法なノリィを連れているかと聞かれたら、それはノリィに一目惚れしたから、としか言えない。
 自分は逃げたい、死にたくないと願うノリィを見て、俺は助けないなんて選択肢は選べなかった。
「けどよ、失格者インキャパシターは俺より頭いいぜ? 見失ったら捜索くらいするだろ」
「えぇ、相手が再起動者リブーターであれば、こんなことでは隠れられないでしょう」
「どういうことだ? 失格者インキャパシター再起動者リブーターだろ?」
 声を抑えたノリィの囁き声が耳に響くのにドキドキしながら、俺はノリィの言葉に首を傾げる。
「えぇ。私達を襲撃しようという動機を持つ勢力は二種類います。片方はリブーター監視局、もう片方は失格者インキャパシターです」
「あぁ、そうだな」
 リブーター監視局は三十年前に始まった再起動者解放運動リブーター・リベレイションなる運動の末に生まれた、規制対象である再起動者リブーターの保持を取り締まる組織だ。俺はノリィという再起動者リブーターを連れている関係上、奴らからも襲撃を受けることがある。
「けど、監視局じゃねぇよな? 連中は再起動者リブーターは使わねぇし」
「それです。敵は動く死体のように見えた。ですから、私達は敵を失格者インキャパシターだろうと判断しました」
「違うのか?」
「えぇ。再起動者リブーター機械仕掛けの首輪ハーネスによって制御されたナノマシンによって動いています。よって、頭部を吹き飛ばし、機械仕掛けの首輪ハーネスがなくなれば、動けなくなるはずです」
 そういうノリィの首元では機械仕掛けの首輪ハーネスが緑や赤の光を発している。インジケータと言うらしいこの光こそが、ノリィが生きて思考している証となる。
「けど、実際には首もろとも頭部を吹き飛ばしても動いてたよな?」
「はい。まるでゾンビ映画です」
「ゾンビエーガ? ってなんだ?」
 ノリィはいろんな知識がインストールされているらしく、俺の知らない言葉を使うこともある。
「ゾンビという動く死体によって巻き起こるパニックを描いたホラー映画です。映画というのは大きなスクリーンに映像を写して、みんなで楽しむエンターテイメント施設です」
「そんなのがあんのか」
 動く死体、といえば再起動者リブーターの事だと思うが、そんなことでパニックになるかねぇ。違法な存在がいれば多少驚きはするだろうけどさ、パニックになるほどか?
「それはディシディが違法な環境に慣れすぎているだけな気がしますが、ゾンビ映画のゾンビはもっと恐ろしいものですよ」
 俺も疑問を口にすると、優しくノリィが解説してくれる。
「ゾンビ映画のゾンビは感染するんです」
「すまん、カンセン? ってのは?」
「今回の場合、ゾンビに殺された人間はゾンビになってしまうんです」
「こえーじゃねぇか」
 でしょう? とノリィがくすくす笑う。
 馬鹿にした風でなくカラッとした笑い方で、とってもかわいい。
「で、そのゾンビは頭を撃ち抜かれても生きてるもんなのか?」
「はい。そういうことになります」
「つまり、あれはゾンビだ、と」
「ではないかと」
 なるほど。ノリィが言うならそうなんだろうな。
「で、ゾンビってのはどうやって対処すればいいんだ?」
「分かりません……」
 あはは、とノリィが乾いた笑みを浮かべる。
「そもそもゾンビとはフィクション上の存在のはずですからね。実在している場合、どう対処すればいいかは情報にありません」
「普通映画だとどうすんだ?」
「だいたい、撃ちまくって倒すみたいですね」
「そりゃ、俺らにはちょっとキツイな」
 銃はある。だが単発式の拳銃で、弾は多くない。
 敵も十や二十ってほど多くはないが、一体に数発使うと考えりゃ、全員仕留めるより弾切れの方が早いだろう。
「ぐばぁ!」
 うーん、と二人で思案を始めた、直後。俺達の隠れてる場所にゾンビが近づいてきて、俺達を発見した。
「っ!」
 素早くノリィが発砲する。上級火器管制アルゴリズム、とやらがインストールされているノリィは素早い射撃でも確実に標的に命中させる。
 足を奪われ、地面に倒れたゾンビに対し、ノリィがさらに頭、胴体、腰と撃ち抜く。
 ややあって、ゾンビは動きを止めた。
「はぁ……びっくりしましたね」
 ノリィがこちらを安心させるように微笑む。
「あぁ……、ところで今、胴体を撃ち抜いた時だけ跳ねる音が違うくなかったか?」
 俺は気になって、倒れたゾンビを確認する。
「ディシディ! 射撃音でゾンビ達がこちらに気付きました! 逃げないと!!」
「いや、ちょっとまってくれ」
 今サクッと触った感じ、この感触が間違いじゃなければ……。大丈夫。俺は勇気だけはある。敵が近づいてきているこの状況でも、ちょっと足を止めるくらいは……。
「やっぱり。見ろ、ノリィ。こいつ、胴体に機械仕掛けの首輪ハーネスをつけてやがる。こいつら、やっぱり再起動者リブーターだ」
「これは……。まさか、は新種の再起動者リブーターまで開発したというのですか……」
 また、だ。ノリィは時折、その言葉を口にする。どうやら、ノリィはそいつから逃げてきたらしい。きっとそいつこそがノリィを作った再起動技師リクラフターであり、本当の主人なのだろう。
 馬鹿な俺でもそれくらいはもう察しがついていた。
 でも、詳しく聞く勇気だけは、湧いてこない。
 気がつくと、ノリィが全ての再起動者リブーターを沈黙させていた。胴体に機械仕掛けの首輪ハーネスがあると分かれば、撃ち抜くのは容易だったのだろう。
「行きましょう、ディシディ」
 敵を倒しきったノリィがホルスターに拳銃をしまいつつ、俺の方に手を伸ばし、微笑む。
 良いんだ。ノリィが俺に向かって微笑んでいる間は、俺は幸せだから。

 

Fin

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