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ラスト・ナンバー

 
 

 どこからか狼の遠吠えが聞こえる。
 暗い木々の中。夜の登山道を進む私。単なる女子高生に過ぎない私には本来似つかわしくない場所だ。
「マス……結祈ゆき様からの報告によれば、もう間も無くです」
「もう、あんなやつ、マスターとか様、とか言わなくていいのに」
 私の前を先導しながら歩くのは、この2035年の時代には似つかわしくない騎士の姿をした少年、遼太郎りょうたろう
「マスターが嫌がる気持ちも分かりますが、結祈様は私にとって大切な人でありますれば」
 遼太郎は唇を尖らせる私に苦笑しながら返答する。
「……望未のぞみ
「はい?」
「マスター呼びは無しって言ったでしょ。私はあの魔女気取りとは違うの。名前で呼んで」
「そうでした。失礼しました。……望未」
 少し恥ずかしそうに頬を描きながら、遼太郎が応じる。
 どう見ても人間にしか見えない彼は実は人間ではない。
「止まれ!」
 と、突然、瞼を閉じた瞳の意匠が施された黒いフードローブを身に纏い、二又の槍を構えた男が木の影から現れ立ち塞がる。
「夜の登山道で女性が一人とは不自然な。何者だ?」
「大丈夫です」
 そういって、私は膝丈ほどあるスカートの右端を持ち上げ、右太ももに装着された装置を見せる。仕方ないけどこれちょっと恥ずかしいんだよね……。
「『サモナー』様でしたか。では、あなたが望未様ですか。これは、失礼しました!」
 男が敬礼し直し、どうぞ、とテープを持ち上げる。
「行きましょう」
 遼太郎がテープの下をすり抜けて、こちらに振り向く。
 そう、政府の人間である彼には遼太郎は見えていない。
 数年前から現れ、この世界を脅かしていた常人には不可視の怪物「モンスター」こと「インビジブルモンスター」。その唯一と言って良い人間型の上に喋れる個体、それが遼太郎である。
 そんなモンスターを視認でき、使役できるのが、私達「サモナー」ことインビジブルモンスターサモナーである。
 私は、政府直属の男に気付かれないように、密かに頷きつつ、奥へと進む。
「結祈様からの情報は問題なく政府に届いているようですね」
「握りつぶされてないのは安心だね」
 遼太郎の言葉に私は頷く。
 結祈について一言で説明するのは難しいが、簡単に言えば、遼太郎の元カノのような存在であり、私達の前に立ち塞がった敵だった存在だ。
 紆余曲折の末、死の間際に世界中に点在する「モンスター・アーキタイプ」の位置を残していった。「モンスター・アーキタイプ」はその名の通り、「モンスター」の原型となる存在で、彼らを全滅させれば、「モンスター」は二度と出てこなくなる、ということだった。
 今、私達も、「モンスター・アーキタイプ」の殲滅に手を貸しているところだ。
「反応が近づいています。あの小屋の中です」
 さらにしばらく登山道を進んでいくと、遼太郎がそんな報告をしてくれる。
「扉を切り裂いて中へ。光剣の使用を許可。殲滅のレポートをしないといけないから、仕留め切らないで、でも、先制攻撃は認める」
「はい」
 私と遼太郎を繋ぐ白い糸のような線、シルバーコードが一瞬実体化し、ドクンと脈打ったかと思うと、遼太郎の手元に光の剣が出現する。
 その後、少しだけ、苦笑する。
「ん、何?」
「いえ、マス……望未も指示が手慣れてきたな、と思って」
「もう、今更何よ。行って」
「はっ」
 地面を蹴って、遼太郎が一気に小屋へと肉薄する。
 扉を切り裂いて、中に入っていく。
 そして、遼太郎はそのまま刃を小屋の中にいるであろう「モンスター」に振り下ろ……さなかった。
「なっ……」
 遼太郎が硬直する。
「どうしたの!?」
 慌てて私も近寄る。
 静かに遼太郎が目線で小屋の先を示す。
 私もそちらへ視線を向けると、そこにいたのは……。
「人間!?」
 そこにいたのは、どう見ても人間であった。
「いえ、インビジブル・モンスターです。反応からして、それは間違い無いのですが……」
「どういうこと? 人間の姿を持たせることに成功した最高傑作はあなただけだって……」
「私にも分かりません、どういうことなのか……」
「GRRRRRRR」
 だが、困惑する私達を、は待ってくれなかった。
 人間のような姿に反して、狼の鳴き声のような声をあげて、敵が飛びかかってくる。
「マスター!」
 遼太郎が間に割り込み、光剣で敵を切り払う。
「KYAN」
 キャンキャンと悲鳴を上げながら、敵が小屋の外に飛び出す。
「まずい、逃がさないで!」
「はい!」
 それを追いかけるため、遼太郎が床を蹴って、小屋の外に飛び出す。
「AOOOOOOOOOOOON!!」
 敵が遠吠えをあげ、二足で歩く狼の姿をとる。
「まるで狼男だ」
 遼太郎が呟く。
「狼男?」
「神話とか民話に出てくる狼に変身する人間です。満月の夜だけ理性を失ってしまうと言われています」
 神話や民話が廃れて久しい時代、そういうことに詳しい遼太郎の知識は助かる。
 両手に大きな爪を出現させ、飛びかかってくる狼男。
 遼太郎が爪を光の剣で切り払おうとするが、結果は拮抗。
「くっ」
 思わず、遼太郎が苦しげに呻く。
 光の剣の維持のため、私の魔力――要は体力のことだが――を吸い取られ、少しふらつく。
「マスター、大丈夫ですか?」
「私のことは気にせずやって。結祈の奴、なんて厄介なのを残していったの」
 遼太郎は私が言うのもなんだが、かなり高スペックだ。
 顔が良いという意味だけではなく、持っている技の冴え、魔力の運用効率、技の多種多様さ、何をとっても、凡百の「モンスター」には負けない。
 これまで何度となく苦戦をしてきたが、多くの場合、私の側に瑕疵があった
 それは「モンスター・アーキタイプ」相手でも例外では無かった。
 でも、こいつは違う。純粋に強い。私の遼太郎に匹敵するくらいに。
「GRRRRRRRR」
 直接ぶつかりあうのでは埒が開かないと考えたのか、狼男は一度力を弱めて、切り払う遼太郎の勢いを利用して、後方に飛び下がる。
 そのまま左右に蛇行を始める。
「牽制して!」
「!」
 遼太郎は右掌を突き出す。再びシルバーコードが実体化し、脈打ったかと思うと、右掌の先から炎が発射される。
 だが、狼男は素早く蛇行を続けながら接近してくる。
「くぅ……」
 思わず心の苦しい呻きが漏れる。ここで牽制をさせたのは間違いじゃ無いと思うが、登山したばかりなのもあって私の体力が残り少ない。どうにかして、そろそろ決めないと。
「ごめんなさい」
「いいよ」
 私と遼太郎は素早く目と目で通じ合い、遼太郎が何をするつもりなのか理解した。
 狼男が小屋の壁を蹴り、遼太郎の側面を突く。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
 対して、遼太郎は光の剣を再度出現させる。
 シルバーコードが実体化し、一際強く脈打つ。
 光の剣が巨大化し、一閃される。
「GYA!?」
 一閃した光の剣が狼男を両断する。
 これが私達の出した結論。長期戦が出来ないのなら、無茶をしてでも一撃で仕留める。
 足元がおぼつかなくなって、私はそのまま意識を失った。
「マスター!」
 だから……望未、だってば……。
 
「おはようございます。マスター」
 気がつくと家のベッドだった。遼太郎が家まで抱き上げてくれたのだろう。
「こんなこと、前もあったね」
「ほぼ初対面の時ですね」
 そう、私と遼太郎のちゃんとした初めての会話は保健室のベッドに寝そべってる状態と看病している状態だったな、と思い出す。
「望未、でしょ」
「そうでした、……望未」
 でも、当時とは違う。当時の彼なら今のように恥じらいながら名前を呼んだりはしなかっただろう。
「さて、あの狼男ですが」
 すぐ本題に入るところは変わってない。
「奴は、言うなれば結祈様のラスト・ナンバーだったようです。つまり、一番最後に作られたモンスター・アーキタイプということです、強いのも納得です」
「最後に作られた……」
 それはつまり……。彼は遼太郎の兄弟と言えなくも無いのでは無いだろうか。
 私は心配になって、遼太郎を覗き込んだ。
「大丈夫です。お別れは済ませましたから」
 そう言う遼太郎はやはり、どこか寂しそうだった。
「あ、あの狼男、倒れる直前に自我を取り戻したんですよ、それで喋ることができて……」
 取り繕うように語り出す。これは遼太郎が傷ついている時の合図だと、私は知っている。
 だから。
 私はそっと体を起こして、遼太郎の顔を近づけて。
 その口を口で塞いだ。
 私は結祈とは違う。これから一生かけて、遼太郎と共に生きるんだから。

 

Fin

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