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Angel Dust 第2章

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 ルシフェルと呼ばれる白い巨人に滅ぼされつつある地球。
 かつてソビエトと呼ばれていた国家が所有していた旧モスクワに住む少女フレイ・ローゾフィアは、ついに旧モスクワに現れたルシフェルの前に死のうとしていた。
 そこに現れたのは銀朱ヴァーミリオン色の巨人。
 銀朱色の巨人はルシフェルと戦い、そして突然、その機能を停止した。今度こそ死を覚悟したフレイに、銀朱色の巨人「デウスエクスマキナ・ヴァーミリオン」は「死にたくないのか?」声をかける。
 半ば強引にヴァーミリオンに乗せられたフレイは見事ヴァーミリオンを操り、ルシフェルを撃破せしめたのであった。
 そして、フレイを乗せたヴァーミリオンは突然白い光に包まれる。

■ Third Person Start ■

 

「ヴァーミリオン、ヨグ=ソトス回廊へ突入」
 広い空間にそんな声が響き渡る。ここは、とある組織の司令部。
「セラドン、ヴァーミリオンの落下コースを固定。10ひとまる秒後に格納庫空間に出現します」
 その司令部の後方に存在する大きな空間に歪な五芒星――先ほどフレイと呼ばれた少女が乗っていたデウスエクスマキナ「ヴァーミリオン」の真下に現れていたものだ――が出現する。
「エルダー・サイン出現。消滅と同時にヨグ=ソトス回廊が開かれます。5、4、3、2、1」
 カウントダウンが終わるのと同時、歪な五芒星は消え、そしてそこに銀朱色のデウスエクスマキナが出現した。

 

◆ Third Person Out ◆

 

 私は目を閉じている。ならば、〝私"は目を見開いている。しかし、"私〟の視界に映るのは真っ白な空間だけだった。
 そして、またしてもいきなり、見たこともない、倉庫のような空間が視界に広がった。
「……ここは?」
《クラン・カラティンの本部。どうやら、到着したようだの》
「動かないで」
 っと、すぐに私の耳に声が届く。スピーカーで拡張された声のようだ。〝私〟は声の方を見る。その先には……。
「あれ、あれもデウスエクスマキナ?」
《うむ、あれは……うーむ……おう、そうだ。スカーレット。スカーレットよ、うむ。うん、そんな名前だった》
 スカーレット、なるほど名前の通り緋色の巨人だ。自信なさげだが、間違っていないだろう。
「じゃあ後ろで控えてるのは、グリーン?」
《いや、あれはセラドンだ》
 セラドン、青磁器の色のことか。
「じゃあ、最後。あのスカーレットの槍は? 何に使うもの?」
《槍そのものは戦いに使うものだな。銘や性能については分からん。武装はデウスエクスマキナごとに違うゆえな》

 

■ Third Person Start ■

 

「動かないで」
 スカーレットのパイロットエンジェル、メイヴは静かにその赤い槍を目の前のデウスエクスマキナ、ヴァーミリオンに向ける。
 目の前のヴァーミリオンのエンジェル、エレナは『フォールダウン』の危機に瀕し、脱出した。今、回収班が回収に向かっているはずだ。
 奇妙なのはそのあと、コックピットブロックが切り離され、もう誰も動かすこともできないはずのヴァーミリオンが動き出し、ルシフェルを倒してしまった、ということ。
 コックピットブロックなしで、デウスエクスマキナを動かせるはずがない。このデウスエクスマキナは今、誰がどうやって動かしているのか、あるいは、まさか、まさかとは思うがデウスエクスマキナが独力で動いているのか……。
 とにかく確認しなければならない。ヴァーミリオンの状態と、そして、私たち「クラン・カラティン」にどう対応するつもりか。
「もしパイロットがいるのであれば、今すぐに出てきなさい」

 

◆ Third Person Out ◆

 

「もしパイロットがいるのであれば、今すぐに出てきなさい」
 次に聞こえてきた声はそんな内容だった。ロシア語だ。多少英語なまりがあるがネイティブだといわれても違和感がないくらい流暢だった。
「出て来いって」
《出て来いといっておるなぁ》
「いや、いっておるなぁ、じゃなくて。どうやってここを出たらいいの?」
 武器を見せられて「出て来い」といわれて、出ていかない選択をしたらどんな対応が待ってるかなど目に見えている。
 武器を突き付けられて何かを要求される。別に珍しいことではない。ソビエトが崩壊してからは特に多くなった。
 軍人崩れ、と親は呼んでいた。名前の通りだろう。国がなくなって、軍隊に所属していた人たちは居場所を失った。手元に残ったのは力だけ。今なら、それがよく分かる。
《なんだ、ここから出たかったのか》
 そういうと同時に、目の前の壁が消滅し、再びケーブルが私にまとわりつき、地面に降ろしてくれる。
「ほら、出てきたわよ。次はどうすればいいの?」
 要求には従う。しかし、決してなめられてはいけない。それが脅されたときの対処法だ。できるだけ、大きな声で私は言った。
 すると、目の前の緋色の巨人、スカーレットがひざまずき、胸のあたり――さっきまで私が入っていたのと同じ場所だ――が開かれる。
 そこから赤い髪の女性は一本の紐を掴んで、スススーっと降りてくる。滑車か何かを使っているのか、紐を握ると体重によって紐が伸びていく仕組みのようだ。そして、彼女が紐を手放すと紐はもとの場所へ戻っていった。
 ……入るときはどうするんだろう。
 なんて馬鹿なことを考えてみたりする。
「私はメイヴ。あなたは誰? 旧モスクワの人間なの? それともどこか別の場所からこいつを狙ってたの?」
「わ、私はフレイ。フレイ・ローゾフィア。旧モスクワで生まれて育った。デウスエクスマキナのことは、今日初めて知った」
 メイヴを名乗った真っ赤な髪をポニーテールにまとめた女性は私に怒涛のごとく質問を投げかけた。私は、動揺しながらもなんとか答える。
「デウスエクスマキナのことをどうやって知ったの?」
「え?」
 これは思いがけない質問だ。
「え、じゃないわよ。あなたの周りに人は誰もいなかった。エレナはすでにフォールダウン寸前で人と会話ができるとは思えない。コックピットブロックがパージされている以上、通信もできない。ヴァーミリオンに乗る前からデウスエクスマキナのことを知ってないとおかしいわ。百歩譲って偶然、このヴァーミリオンを動かせたとしても、それならデウスエクスマキナという名前を知っているわけないじゃない」
「いや……だってその、ヴァーミリオン自身が『私はデウスエクスマキナだ』って……」
 不可思議なその質問に、恐る恐る答える。
「何ですって!?」
 ひどく驚いた顔でメイヴさんはこちらを見ている。
「じゃ、じゃあ。次よ、コックピットブロックなしで、どうやってこのヴァーミリオンを動かしたの? いや、そもそも中からどうやってその様子を見てたの? そして、武器をどうやって呼び出したの?」
「いや、外の様子は目をつぶればヴァーミリオンの視界を借りられるし、自分の体を動かす要領でヴァーミリオンは動かせるし、武器もカタログから……」
「な……。じゃ、じゃあ」
「カタログ?」
 だんだんと落ち着いて返事をできるようになっていく私と反比例するように動揺していくメイヴさん。そこで、後ろからもう一人男の人がやってきた。見たことない装丁の――そもそも私のところはそんなに本を読めるほどお金があったわけではなかったから、満足に本も読めなかったが――大きな本を持った男の人、やってきた方向と、その先にいる緑色の巨人から考えるにセラドンに乗っていた人なのだろう。
「はじめまして。私はセラドンのエンジェル、安曇あずみと申します」
「よ、よろしく」
 エンジェル? よく分からないことを言う人だ。そもそもこの人、なまりが全然ない。メイヴさんでさえ、流暢ながらも多少なまりがあるのに。
「あ、失礼しました。セラドンというのは……」
「そこの緑色のデウスエクスマキナ。それはヴァーミリオンから聞いた。じゃなくて、エンジェルって?」
「なるほど、エンジェルというのは、エンジェルオーラを持つ者……簡単に言えばデウスエクスマキナに乗ることができる人のことですよ」
「はぁ……なるほど」
 では自分は、ヴァーミリオンのエンジェル、ということになるのか。そしてメイヴさんはスカーレットのエンジェル。
「で、先ほどの話ですが、カタログで武器をご覧になった、と?」
「う、うん。武器はないのかって聞いたら、ヴァーミリオンが見せてくれた」
「ほう。ヴァーミリオンのもともとのカタログといえば、ルーン文字に似た未知の言語で書かれていたと記憶していますが……」
「うん。見たことない文字だったけど、読めたよ」
「……なるほど。メイヴさん、彼女はもしやイシャン以上の……」
「え、えぇ。私もそうじゃないかと考えているところよ、でもまさか……」
 安曇さんもメイヴさんも真剣な表情で話しながらこちらを見ている。しばし話してから。
「フレイさん、でしたか。お腹が空きませんか? どこかでご飯でも食べながら話しません?」
 ……おなかは減った。このままここに缶詰にされていたらいつ食べ物に出会えるかわからない。断る手はなかった。
 私とメイヴさん、安曇さんは様々な色のデウスエクスマキナが並ぶ空間を歩く。倉庫か何かのようだ。とはいえ、どこにも「外とつながる光」が見えない。よほどの施設の奥なのか地下なのかのいずれかだろう。そんなことを考えながら上の方を見ていると、巨大な橋のようなものがかかっているのが見えた。
「あれは司令部です。あそこでエンジェルではない、しかし私たちに協力してくださっている方々が様々な方法で私たちを支援してくれているのですよ」
「安曇、余計なことは話しすぎないで。彼女はまだ味方ではないわ」
「はいはい、では失礼しますね」
 不思議そうに橋を見ていると安曇さんが近寄ってきて教えてくれる。そしてメイヴさんに怒られ、離れていった。多少事情は察してきた。要するにここは何らかの軍隊の基地なのだろう。あの、デウスエクスマキナを運用し、ルシフェルと戦っているのだ。
 あるいはルシフェルと戦うのは業務の一つでしかないのかもしれないが。と、すると私はその兵器を勝手に触った犯罪者だ。むしろこの扱いは軽いくらいだろう。先ほどの話から察するに、誰もがエンジェルになれるわけではないらしい。その辺が関係しているのかもしれない。

 長い階段を上り終えると、地上に出た。すっかりボロボロだが、未だ建物が並んでいる。
「ここは……?」
「西海岸の旧サンフランシスコですよ」
「ごめん、分からない」
「アメリカという国……まぁ、かつての話ですが。ともかくその国は東と西、両方が海に面しているのですが、そのうち西側の湾岸地域ということです」
 なるほど。ここはアメリカなのか。ソビエトからははるか遠い場所だ、様々な部分で。詳しいわけではないが、ソビエトとアメリカが思想の面で対立していたことは知っている。
 そのまましばらく歩く。
「ここです。入りましょう」
 何か書いてある。当然のことながら英語だ。私には読めない。あのカタログの文字――ルーン文字というらしいが――のように簡単に読めたらいいのに。
 入ると、おいしそうなにおいがした。ここは、スタローヴァヤだろうか?
 メイヴさんと安曇さんに案内され、机を囲む椅子に座る。すると、本が渡された。写真に料理らしきものが載っているのは分かるが、文字が読めない。そして、文字の横にある数字……察するにこれは値段なのだろうか。スタローヴァヤにはないものだ。料理と値段なのは分かるが、まさか頼んでお金を払えば出てくるというのか。……というか。
「……お金、ない」
「大丈夫ですよ。メイヴさんが持ってくれます。なんでも好きなものをどうぞ」
 安曇さんがそう答えてくれるが、メイヴさんは驚いたような顔をしている。そもそも何と書いてあるのか分からないが、安いもののほうがいいだろう。数字が低めのものを選ぼう。
「じゃあ……これ」
「……これはサイドメニューですよ? ……いえ、遠慮しているのですね。お気になさらず……せめて、定食から選んでは?」
 そういわれても困る。そもそも定食とは何なのか分からないし、どちらにせよ文字が読めない。
「ねぇ、安曇。あんたは変な青い玉ですべての文字がわかるのかもしれないけど、フレイは読めないんじゃないの?」
「あぁ、失念していました。そうですね……あなた、嫌いなものは?」
「嫌いなもの? ……特にない。なんでも食べられる」
 えり好みできる状況ではなかった。ソビエトが崩壊してもしばらくはたまの贅沢にスタローヴァヤなんて生活ができたが、ルシフェルが私たちの町に襲ってきたときにはそんな余裕なんて当然なかった。
「そうですか、では好きなものも特になさそうですね?」
「うん」
 好きなもの、特に思いつかない。スタローヴァヤに行っていた時も親が選んでくれたものを食べていただけだ。その中でも特別おいしかったものなど、特に思い当たらない。
「では、お子様ランチで」
「はぁ?」
 安曇さんが何か注文したらしい。メイヴさんが驚いている。
「どうしました?」
「いや、あなたね。いくらなんでもそれはないでしょ。10代半ばくらいの女の子にお子様ランチ?」
「いいじゃないですか、お子様ランチ。ここのは比較的安いですよ。それに、ここのはいろんな料理が少しずつ入ってますから、好みのものを探す手伝いにもなるじゃないですか。食事は大事ですよ。エンジェルやってると食事だけが楽しみですからね。いや、まぁデウスエクスマキナを動かして戦うのが楽しい、なんてエレナさんのような戦闘狂もいるにはいるでしょうけどね。あぁ、メイヴさんのように義務感で戦っている方もいらっしゃいましたね」
「ふん、いいけど。じゃあ支払いは安曇ね」
「さっきはああいいましたけど、どうせ領収書切るんですから一緒でしょう?」
「お子様ランチなんて注文を会計が通してくれたら、ね」
『大事なエンジェルなんですから、懐柔策ですよ、懐柔策』
『あなた、今の、〝玉〟を使わずにしゃべったわね? 性格悪いわよ、あんた』
 最後の安曇さんとメイヴさんの言葉は、聞こえなかった。というか、意味が分からなかった。多分英語だと思う。……メイヴさんの形相から考えて、私に隠れて何かを言ったのだろう。でも、厚意には甘えておく。次にいつご飯を食べられるか分からないのだから。
 ……実は〝エンジェル〟というのは聞き取れた。だから、おおよその意味は分かる。このご飯のお代をだしに戦わせるつもりなのか、それとも他の方法か、なんにせよ私に戦わせたいのだろう。別に構わないと思った。それで、ご飯が食べられるなら。

 

■ Third Person Start ■

 

「これ、おいしい」
 お子様ランチを食べることしばらく。すべてをおいしいおいしいと驚きながら食べていたフレイは、最後にあるものを食べて、とても感激していた。その姿は実年齢よりとても子供っぽく、他二人を驚かせた。
「プリンが気に入ったの?」
 何かしゃべろうとした安曇を遮り、メイヴが話しかける。
「プリンっていうの? こんなの初めて食べた。おいしい」
 先ほどまでずっと遠慮しているのか緊張しているのか、ぎこちない返事ばかり返していたフレイはこの時初めて、明確にメイヴに返事を返した。
「そう。それはよかったわ。もうそれしか残ってないけど、誰も取らないんだから、ゆっくり食べなさい」
 メイヴはこっそりとほほ笑んだ。子供を見る母親のような笑みだったが、安曇は別の場所を見ていて、フレイはプリンに夢中で、誰もその笑顔に気づきはしなかった。まぁ、些細なことだが。

 

◆ Third Person Out ◆

 

 すべてが終わり、指令室と呼ばれる部屋に戻ってきた。
「要するに、世界各国が力を結集して、この……えーっと、ルシフェル対策組織『クラン・カラティン』? が誕生した。そして、デウスエクスマキナを動かせるエンジェルは貴重だから、私にも協力してほしい、そういうこと?」
「簡単に言えばそういうことですね。あ、そうそう。世界各国が力を結集して結成したのはこの組織の前身ですよ。今の組織はバラバラになったその組織をそちらのメイヴさんが頑張って集めなおした組織です。命名も彼女ですよ。ね?」
「そうよ。まぁ、『ナイツ・オブ・ラウンド』とか、『フィアナ騎士』とか、みんな好き勝手呼ぶけどね……」
 よくわからないが、ともかくそういうことらしい。
「それで、エンジェルになってくれるの? なってくれるなら、給料も出す。毎日あそこのレストランで食事が出来るくらいのお金は出るわ。もちろん、各人に個室が割り当てられるし、そこにキッチンもあるから、自炊してもいいけどね。あ、もちろん断るっていうなら旧モスクワに返してあげる。といっても復興は厳しいみたいだから、あなたの希望に合わせて別の場所に送ってもいいわ。家までは面倒見きれないけどね。…………もちろん、エンジェルは貴重、私個人としては残ってくれたらとっても嬉しいわ。まして……」
『メイヴさん、それ以上は』
『少し口を滑らせそうになっただけよ、気にしないで』
 最後のやり取りは英語だった。
 今更モスクワに帰る? 何のために。あそこには家もない。生きる当てもない。私に選択肢なんてないんだから。ただ、一つ気になることがあった。
「ところで、レストランって何? あの、スタローヴァヤのこと?」
「……スタローヴァヤ?」
「あぁ……、ソビエトの大衆食堂ですね。いや、大衆食堂ともまた違うみたいですが。飯屋のような感じに近いのでしょうか。食べるものを選んで、それらを清算する、みたいな形式だったと記憶しています。なるほど、フレイさんにとってはそっちが当たり前だったんですね。道理でメニューから選ぶという風習になじみがなかったわけだ」
「ふぅん。そうね。あそこはレストランっていうのよ。ソビエトにもあるらしいけど……。まぁフレイには縁がなかったのね。それで、解決したところで、どうするの? 戦う? それとも……帰るの?」
 改めてメイヴがこちらをまっすぐに見つめてくる。答えは決まっている。さっきの疑問をぶつける前から、選択肢なんてないのだから。
「戦う、ルシフェルと。それで食べていけるなら」
「そ。決めてくれて嬉しいわ。これからよろしく」
 メイヴさんが手を差し出してくる。握手だろう。私はその手をつかもうと手を伸ばし。
「待ってください」
 安曇さんに止められた。
「なによ、安曇。今いい感じに決まったところ……」
「フレイさん。その前に、あなたの今の実力を教えていただきたい。いえ、私のデウスエクスマキナは直接戦闘向きではない。そんな私のデウスエクスマキナに負けるようなら、あなたはこの組織にいらないでしょう?」
「ちょっと、安曇何を……!」
「いいよ。受けて立つ」
 メイヴさんは驚き、止めようとするが、安曇はあくまで戦うつもりだ。ならば、ここでなめられるわけにはいかない。
「では、ヨグ=ソトスカタパルトを起動させますので、ヴァーミリオンに乗ってください」
 言われ、私はヴァーミリオンに向かう。

「ちょっとまって。私闘なんて許した覚えはないわ! だいたい、そんなことしたら無駄にフォールダウンの危険が……」
「心配ないですよ。私はエンジェルオーラを使わない範囲で戦う。彼女は……そう、フォールダウンの心配はないはずでしょう?」
「それは……でもそれは確定じゃないわ」
「いいえ、確定ですよ。私にはわかる」
 そんな会話が後ろから聞こえてきた。

 虹色の回廊を抜け、平地に出た。目の前には緑色の巨人。そして……緋色の巨人も視界の隅に見える。
「わざわざ審判ですか、メイヴさん。あなたこそ、フォールダウンの心配があるのでは?」
「うるさいわね。《ゲイ・ボルグ》くらい何個でも作り出して見せるわよ」
「はいはい。そうですか」
「そんなわけで、危なくなったら私が止めるから安心してね、フレイ」
 どう安心せよというのか。でも、メイヴさんは口調のわりに優しい人だというのは伝わってくる。安曇さんはどちらかというと逆だ。うん、メイヴさんのほうが安心はできるかも、確かに。
「それから、フレイの機体にはスピーカーが搭載されてないわ。そもそもコックピットブロックすらないついてないけどね。まぁ、身振り手振りでサインして示して」
 〝私〟は頷く。
「お互いの攻撃が命中したら私がダメージ判定をするから、それに従うこと。それじゃあ……」
 セラドンが右手を斜め下に構える。〝私〟もすぐに武器を用意できるように姿勢を取る。
《まずは牽制からだ》
「分かった」
 ヴァーミリオンのアドバイスに返事を返す。そして目の前でパラパラとカタログのページをめくる。なるほど、ならば最初の攻撃は決まった。
「はじめ!!」
「拘束の魔銃、《グレイプニル》!!」
Scimitar of Barzaiバルザイの偃月刀
 〝私〟の両手に拳銃が出現する。一方、向こうの右手からはカシャンと偃月刀が出現していた。
「喰らえ!!」
 〝私〟はセラドンに狙いを定め発砲した。
「Hounds of Tindalos」
 ハウンズオブティンダロス、そう聞こえたと思った次の瞬間、一気にセラドンが〝私〟の視界から消失した。
《後ろだ!》
 とっさに振り返ると、セラドンの正面にあの歪んだ五芒星が出現していた。
「Ithaqua」
 イタクァと聞こえた言葉の直後、竜巻のようなものがこちらに迫ってくる。周囲の草を薙ぎ払っているところを見ると、物を切断する効果があるようだが……。
「そんなもの、ヴァーミリオンには通じない!! 災厄の杖、《レーヴァテイン》!」
 一気に突破し、レーヴァテインで一刀両断だ。
「ダメージ:極小」
 メイヴさんの判定が聞こえる。このまま一気……、
 に? 〝私〟の視界は大空を捉えていた。慌てて、周囲を確認する。
「え、飛んでる?」
《まずい。なんとか……》
「なんか飛べる方法はないの?」
 目の前でパラパラとページがめくられる。
「これだ!! 偉大なる翼、《メギンギョルズ》!!」

 

■ Third Person Start ■

 

 ――驚いた。
 思わずメイヴは空を見上げてそう独白する。セラドンのイタクァで大きく吹き飛んだヴァーミリオンはそのまま重力に従って落下し、地面とぶつかり、「ダメージ:大」の判定を受ける。そのはずだった。
「あれは……」
 それは銀朱色の翼だった。結晶のような固体でできた翼だ。ともかくそれを使い、上空で滞空していた。

 

 

「あんな装備、見たことない」
 メイヴだけでなく安曇でさえも、このときは状況を忘れて驚いていた。そして、そのヴァーミリオンの手元に二丁の拳銃が出現したことで、二人は現実に戻った。

 

◆ Third Person Out ◆

 

 なんとか滞空に成功した。このアドバンテージを活かす!! 即座に発砲。しかし、
「Byakhee」
 バイアクヘー。そうセラドンのスピーカーから聞こえたかと思うと、セラドンの背中にまた歪な五芒星が出現し、翼が生えた。
「Cthugua」
 クゥトゥグア、そう聞こえたかと思うと、セラドンの周囲にたくさんの歪な五芒星が出現する。
「!」
 次の瞬間、それぞれの五芒星から紫色の光弾が発射される。

 

■ Third Person Start ■

 

「ダメージ:中」
 メイヴはそう判定した。間違いなく、大ダメージを受けたはずだ。あれだけのクトゥグアの一斉射撃が全弾命中したのだ。判定的には中でも甘いくらいだ。
 …………!
 驚くべきものが見えた。いや、先ほどのことで大概驚いたつもりだったが、まだまだ甘かったようだ。
 ヴァーミリオンは、その翼でその身を守っていた。翼には少しの綻びもなく、本体もほとんどダメージがないようだった。
「訂正。ダメージ:小!」

 

◆ Third Person Out ◆

 

「チャンス!」
 一気に距離を詰めて倒すしかない。次に同じ攻撃を放ってくるにしても、またあの五芒星を出現させてから撃つなら時間がかかるはずだ。
「災厄の杖、《レーヴァテイン》」
 手元に剣が出現する。一気に翼をはためかせ、接近しながら斜めに振る。
「ダメージ:中」
 まだ足りないのか、なら…………!!
「権力の象徴、《グラム》!」
 今度は左手に剣が出現する。かつて、私が乗る前にヴァーミリオンに乗っていた人が使っていた剣。
「なんですって?」
 後ろからメイヴさんの声。
「このぉ!!」
 剣を二刀流で構え、一気にセラドンを切りまくる。
「Hounds of Tindalos」
 苦し紛れにそんな声が聞こえて、一気にセラドンが地上に移動した。
「そこまで。ダメージ:極大。ヴァーミリオンに勝負あり」
「流石。想像以上でした」
 セラドンは膝をついていた。私も緩やかに降下し、地上に到達した。
 ふぅ、と一息を突く。……と、次の瞬間。
「セラドン、回廊を開いて撤退して。ルシフェルが来るわ」
「なんですって? サンフランシスコに来るなんて、初めてではないですか」
「私たちの戦いを見て、やってきたのかもね」
「そんな知能が……いえ、そういうことなら、私は後方で待機します。まだ魔力は持ちますから」
「了解。ヴァーミリオン、ルシフェルが来るわ。まだやれる?」
 〝私〟は頷く。実質受けた攻撃は、判定:極小と判定:小、のみ。まして、演習用に威力を落としているのだから、実際のダメージはそれより少ない。十分続行できるはずだ。
「よし、ここで守り切るわよ。うっかり通したら、この先の、街がおしまいよ」
 そうはさせない。あの街をモスクワと同じ目に合わせるわけには……!!

 

 To be continue....

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