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Angel Dust -第12章-

 ヴァーミリオンは目前に迫るアッシュの槍をレーヴァテインで受け止める。
『あはは、見事だねフレイ』
 レーヴァテインに突き立てられている槍が赤く妖しく蠢き、レーヴァテインが押され始める。
《まずいのう。向こうの神秘強度の方が上らしい》
「神秘強度?」
《要は向こうの武器の方がこちらより強い、ということじゃ》
「なら……。レーヴァテイン、励起!」
 レーヴァテインが西洋剣の見た目に変形し、青い炎を纏う。敵の槍に押されなくなる。
『そう、君はそうするしかない。君の扱える近接武器の中でこの武器ランス・オブ・ロンギヌスを上回る武器はそれ以外にはないわけだから、ねっ!』
 アッシュが槍の力を弱め、後退する。ヴァーミリオンは危うく転倒しかけるが、結晶の翼、メギンギョルズでなんとか立て直す。
 ヴァーミリオンが視線を上げたその先ではアッシュがダビデ・スリングを振り、まさにヴァーミリオンに射撃を行ったところだった。
「きゃああっ」
 とっさにメギンギョルズで防御するも、結晶は欠け、翼が失われる。
「なんで……」
 赤く妖しく蠢く槍がヴァーミリオンのコックピットブロックへと突き立てられる。
『ダムウェントスを持たない新人類相手に、今度こそ僕たちが負けるはずがなかった。なのに、君の存在が新人類の反撃の導になってしまった。だから、君を倒すのさ!』
 コックピットに槍が入り込み、そして”私”の身体を……。


 ◆ Third Person Out ◆

 

「はぁ……はぁ…‥夢?」
 やけにリアルな夢だった。最近こんな夢ばかり見る。ミノタウロス型に苦戦したことや、パツァーンから模擬戦を挑まれたこと、色々効いてるのかもしれない。
 あと寝たままにされてるのも良くない。もう動けるのに、安静にしているようにと寝かされている。まぁ本は読んでいいとのことだったので、色々読ませてもらったけれど。
「グラスノスチ、ないなぁ」
 パツァーンが言っていた謎の言葉が二つある。それがグラスノスチとダムウェントスだ。
 ダムウェントスについては、直後の新人類と言う言葉もあって、彼のバックボーンに関する何かと関係する言葉だと思われるので、ひとまず置いておくとしても。当初私に仲間の振りをして近づいて来た時に発した「グラスノスチ」と言う言葉は、文脈から私も知っていて自然、といった風だった。が、実際には知らなかったので、今こうして調べている。
「語感的にロシア語っぽいんだけどなぁ」
 厳密にいえば、辞書には「公開」と言う意味だとある。が、それでは意味が通らない。おそらく、何らかの出来事、政策、技術あたりの事のはずなのだ。
「フレイさん?」
「あ、グラーニアさん」
 神話を勉強したことでこの人の話にもついていけるようになった。むしろ何も知らない私に色々教えるのが楽しいらしい。そのおかげでよくお見舞いに来てくれる。退屈せずに済む。
「パツァーンの件について相談があるそうです、行きましょう」
 だが、今回はそれ以上の用事だった。言われて喜んで立ち上がる。いきなり立ち上がったことと、ここのところ寝たきりだったせいでふらつく。
「ちょ、いきなり立ち上がってはいけませんよ。これから看護師が点滴とカテーテルを抜いてくれますから、まだ寝ててください」
 グラーニアさんが慌てて、私を支えて、そして、ベッドに寝かせてくれる。

 

「で、結局あのパツァーンって言うのが何者なのかって話よ」
 会議が始まると同時にその話題が出た。
「えっと、この基地で会ったんです。それであの、水棲型の上級ルシフェルと戦った時に、なんか変な杖で水を割って助けてくれて」
「あ、フレイ。あの水棲型だがな、特殊ルシフェルって分類になった。あのミノタウロス型と同じ分類だ。名前もマカラ型と呼ばれることになった」
 イシャンが口を挟む。マカラ、確かインドの神の乗り物だったりする魚だったか。象のような鼻に、とぐろを巻いた尾と言う特徴は確かに一致していた。
「えぇ。それと、あなたが以前倒した猪型もトゥルッフ・トゥルウィス型と言うことになったわ。この前のミノタウロス型の後、記録を確認すると、神話に出てきた存在と酷似した特徴を持つユニークな上級ルシフェルが存在することが分かったの。ひとまずそれを特殊ルシフェル、と呼ぶことにしたわ。まぁ、本当にユニークなのかは、分からないけれど」
 メイヴさんが捕捉してくれる。トゥルッフ・トゥルウィスはイギリスの猪の怪物だ。納得のネーミングだ。
「いんや、あれらこそ本当の意味でユニークなルシフェルさ。上級ルシフェルって呼び方に倣うなら、超級ルシフェルって呼んでもいいくらいさ」
 そこに口を挟んできたのは、突然部屋に入ってきたパツァーンだった。
「超級? どう言うこと、あなた、ルシフェルについて何を知っているの?」
「その答えはフレイが僕に勝てたら、って言ったでしょ。今日は場所と日程を伝えに来たのさ」
「日程? ヴァーミリオンがいつまでに治るからまだ未知数で」
「大丈夫、彼にはもう聞いてきたよ。模擬戦の開始は君達の暦で1962年4月21日だ」
「今から3ヶ月後、と言うことね。いえそれより、聞いてきた、ですって? まさかあなた、フレイと同じ……」
「フレイと一緒にされるのは少し心外だけど、まぁ、君達の認識としては間違ってないよ。僕とフレイは同族さ」
「じゃあ、あなた、フレイの能力の正体も」
「おっと、ボーナスタイムはここまでだ。今日は日程を伝えにきただけだからね。バイバイ」
 部屋を飛び出していく。
「彼はフレイと同じ体質……。フレイがシュヴァルツに乗れば、彼のように扱えるのかしら?」
「俺は反対だぜ、メイヴ。”アレ”は使っちゃならねぇ力だ」
 イシャンが反対する。レディ、ではなく、メイヴと名前呼びなところから彼の本気度が分かる。
「妙な反応ね。あなた、ルシフェルに対してはやれ復讐だ、と息巻いてはいたけど、敵だから絶対認めない、なんてタイプではなかったでしょうに」
「違う、むしろあの灰色の奴は初めて見た。そうじゃなくてその前に見たんだ、黒い霧に覆われた禍々しいシュヴァルツの姿を」
「妙な事を。シュヴァルツは対ルシフェル統合軍下でしか運用されませんでした、あなたが知っているわけは……」
 メドラウドさんが否定する。さらに食い下がろうとするイシャン。それを遮るようにユピテルさんという紫水晶のエンジェルである髭を蓄えた老人が挙手する。
「メイヴよ。そもそも儂のような対ルシフェル統合軍解体後にクラン・カラティンに加入した者はそもそもシュヴァルツがどのようなデウスエクスマキナなのかを知らぬ。動かさなかったのは適合するエンジェルがおらなんだからだとしても、どのような性能なのか、格納庫にはなかったがどこにあったのか、なぜ格納庫に置かなかったのか、先にそれを聞かせてくれぬか?」
「そうです! 一体何ベースのデウスエクスマキナなんですか?」
 ユピテルさんの問いにグラーニアさんも同調する。
「フレイさん……」
「いいわ、私が答える」
 何故かメドラウドさんが遠慮がちにメイヴさんに尋ねる。
「まずシュヴァルツのベースは、不明よ」
 自分で答えると言った割にそれなりに長く逡巡し、答える。
「不明? 武装を見ればベースは明白のはず」
「武装はただ一つ、無銘剣《ネイムレス》。それだけじゃない。シュヴァルツは神性防御を持たない。ルシフェルに損傷を与えることも、ルシフェルの攻撃を防ぐことも叶わない。だから封印していたの」
 無銘剣、ネイムレス、確かに聞いた事もない。でも……。
「ですが、私たちの見たシュヴァルツは明らかに槍状の武器を使っていました」
 私が言うより早く、スジャータさんが質問する。
「えぇ。そもそも色もアッシュの名の通り灰色になっていたわ。あれがシュヴァルツなのは間違い無いけれど、私の知らない状態になっているのは確かね」
「ふぅむ、とすると。儂らの持つ情報では、フレイに模擬戦に向けての支援の一つもしてやれぬ、と言うわけか」
「いや、ユキがシュヴァルツに乗った時は、武器がユキの弓になっていたし、カラスヘッドの旦那が乗った時は触手が出てきた。おそらくだが、乗り手の性質がなんらかの形で作用するんじゃ無いか? それにしてもあの神性を奪う黒い霧は普通じゃねぇが」
「ユキとカラスヘッドって誰よ。そんな人がシュヴァルツに乗ったなんて記録はないわ」
「俺にもよく分かんないんだが。ともかくフレイ、あの自称アッシュがどんな武装を使ったのか教えてくれないか? それが何かヒントになるかもしれない」
 イシャンの言っている人のことは全くわからないが、思い出してみる。
「ええと、ダビデ・スリング、それから、ランス・オブ・ロンギヌス、だったかな」
「なるほど、それはわかりやすいですね」
 グラーニアが頷き、周りも概ね頷く。メジャーなものらしい。
「えぇ、ダビデ王の巨人ゴリアテ殺しに、神の子の死を確認した槍、間違いなく、聖書由来でしょうね」
「言われてみると、聖書ベースのデウスエクスマキナはおらんのう」
 聖書、置いてあったが神話系のものだとは知らなかった。
「すると、パツァーンを名乗る彼は一神教徒?」
「確かに父は無神論者だったけど……。本人の信仰で武器が変わるなんて……」
 メイヴさんがぶつぶつと呟いている。
「厄介なのはダビデ・スリングですね。伝承からして、巨人に対して特に有効な伝承効果が付与されている可能性が高い。デウスエクスマキナにとってこれほど厄介な武器はない」
 先ほどまで黙っていた安曇さんがここで口を開いた。今となっては神秘的な側面に詳しいのは安曇さんだけだ。安曇さんもそれが分かっているから、わざわざ口を開いたのだろう。
「魔術には詳しくないですが、それで行くとロンギヌスの槍のほうはどうなんです? あれも神の子の死を確認したわけだから神殺しとか……」
「確かにあれは、呪いの武器としても神殺しの武器としても作用します。が、一神教徒にとって、あれは神の子の血を帯びた聖槍。むしろ強い神性を持っているという性質の方が強そうですね。一時的、あるいは永続的に出力を向上させるような能力を持っていると見るべきでしょう」
 あの赤く蠢く槍……。いや、あれは夢のはずだけど、でも確かにあれは私のレーヴァテインをたやすく受け止めていた。
「解説ありがとうございます、安曇さん」
「いえいえ、メドラウド辺りが今代の陽の主でも連れてきてくれればいいものを」
「申し訳ありません。英国の魔女はトゥルッフ・トゥルウィス型がイギリスに現れて以来、イギリスを守るために単独で結界を展開しておりまして、イギリスを離れられないのです」
「なるほど、イギリスも、マサーチューセッツ自治領に見習って、結界に閉じこもりですか。政府が魔術師を飼っている国はこれだから」
 やれやれ、と安曇が肩を竦める。
「まとめると、ランス・オブ・ロンギヌスとは打ち合ってはいけない、ダビデ ・スリングは当たってはいけない……」
 なかなか無茶な条件だ。しかも他の武装が分からない以上、さらに警戒すべきことは多い。
「なあに、簡単ですよ。相手の動きを一瞬止め、その間に最大火力で相手を一撃で仕留める。フレイさんのグレイプニルとグングニルなら可能です。最悪の場合シュヴァルツはロストしますが、どうせ使い物にならないデウスエクスマキナです、かまいませんよね、ミノーグ博士・・・・・・
「…………そうね」
 メイヴさんはやはり長い逡巡の末に、答える。
「なら次の話に行こうかの。あのパツァーンとは何者なのか。なぜフレイとの模擬戦を望むのか。それは儂らとの敵対を意味するのか、であればその理由は何か」
「フレイさん、彼とまともに言葉を交わしたのはあなただけです。何か聞いていませんか?」
「えっと、ロシア人なのに色々知ってるのは、グラスノスチがあったからだ、と」
「グラスノスチ?」
 私の発言に全員が首を傾げ、皆それぞれに聞き覚えがないか確認するが、誰も心当たりなし。
「他には?」
「そう言えば、ひとつ気になる言葉があります。確か、そう、ダムウェントス、とか」
 横から口を開いたのはアンバーのエンジェル、シャイヴァさんだ。
「あぁ、俺も聞いたよ。ダムウェントスもなしに俺たちに何が出来るのか、ってな」
「ダムウェントス、聞いたこともないですね」
「神話に詳しいグラーニアも知らないとなると、お手上げですね。我々ではどうしようもない。分かる事はただ一つ。パツァーンを名乗るかの少年は、私達以上にデウスエクスマキナについて、あるいはルシフェルについて、よく知っている」
「それを知るにはフレイに勝ってもらうしかない、という訳じゃな」
 それ以上の話は出なかった。
 グラーニアさんは北欧神話や聖書についてより詳しく調べるために、メドラウドさんやユピテルさんは私に戦闘技術を教えるために、それぞれ自室に帰っていった。
「フレイ、明日、サンフランシスコの本部に来て」
 メイヴさんは去り際、そう言って私のそばを通り過ぎていった。

 

 ■ Second Person (Maeve) Start ■
 
 会議が終わってすぐ、私はこの場所に来てきた。
「やはりここでしたか」
 どれくらいぼーっとしていただろう。安曇が部屋の入り口に立っていて、こちらに歩いてくる。
「あんなやりとりの後ですからねぇ。シュヴァルツの格納庫に来ていると思いましたよ」
 その言葉、その声で会議での安曇のやり方を思い出した私は安曇を睨みつける。
「なにが、ミノーグ博士、よ。フレイの命やパツァーンから得られるだろう情報を、思い出と感情なんかのために台無しにしたりしないわよ」
「えぇ、流石です、メイヴさん。あなたならそちらを選んでくれると思っていました」
「よく言うわ。そちらを選べって圧力をこれでもかとかけてきておいて。何より、私の口から言わせようとするなんて」
「いえいえそんな。指揮官であるあなたの判断である事を全員に周知させた方が、責任問題にならずに済むと思ったまでです。下らない問題で今の地位を失いたくありませんので」
「あんたって本当に最低ね」
 その安曇の言葉に一切の嘘がないことがわかった私は。半ば吐き捨てるようにそう呟き、部屋から出ようとする。
「伝えるのですか?」
 思わず舌打ちが出る。この男は自分以外の誰にも興味がないくせに、それでいて、誰よりも他人の事を見ている。
「えぇ。フレイには全てを伝えるわ。もうそれしかないでしょう」

 

 ◆ Second Person Out ◆

 

 久しぶりにサンフランシスコに来た。いつぶりだろう。幾たびものルシフェルの侵攻を受けてなお、この街を「クラン・カラティンのお膝下、世界で最も安全かつ快適な都市」と信じる市民達は今日も明るく労働に励んでいる。
 新生アメリカの都市も大したものだったが、市民の明るさを見ればこの街がどれだけ良い街かが分かる。
 もちろん石油燃料がないこと、電力はクラン・カラティンの鯨油発電機に依存していること、流通や都市の安全はクラン・カラティンに頼るしかないこと、新生アメリカに勝てない部分もあるにはあるが。
「いっそのこと、この辺りを戦後メイヴさんの領土にしちゃえばいいのに」
 そうしない事は知っている。メイヴさんは「新世界秩序を担う誰かは必要だ」と言っていた。メイヴさんがその誰かになるつもりはないのだ。彼女は確かに権力者としての顔を持っているけれど、権力者としてのやり方を、サムやラーヒズヤのやり方を、「受け入れられない」と考えてしまう。
 なぜここまでメイヴさんのことが分かるのか、自分でも不思議だが、ともかくメイヴさんは本来、権力者になどなりたくなかったのに、他にその任に就くものがいなかったから権力者を演じているに過ぎないのだ。本来の彼女はきっと「ミノーグ博士」と呼ばれる彼女なのだろう。けれど彼女は権力者だから、「ミノーグ博士ではなくメイヴ」なのだろう。
 ところで結局、なぜメイヴさんがそのような任を引き受けることになったのだろう……?
「フレイちゃん、久しぶり。またうちでプリン食べてく? アメリカとインドののおかげで砂糖が余裕を持って入荷できるようになったから、甘ーいプリンを作れるよ」
 食堂の料理人と市場で出会う。良い知らせだ。市場を見た感じ、これまでインドとの取引はある程度制限付きで行われていたのを、アメリカとの取引を全面的に解放したために、インドも併せて全面解放したらしい。おかげで、サトウキビの産地世界二位といわれるインドからたくさんの砂糖が入荷できているらしい。
 これは端的に言えばアメリカとインドによる恩の売り合いだが、結果的にサンフランシスコの市民が救われているのだから良いことだと言える。
「今はメイヴさんに呼ばれているから、あとで。甘いプリン楽しみ」
 料理人さんにお辞儀をして去る。のんびり市場を見ていたら、約束の時間に遅れそうだ。
 基地の階段を下り、長い廊下を通って格納庫ブロック手前で左に曲がり、その奥にある扉を開ける。
「来たのね、フレイ。……って、安曇は?」
「あっ。司令室に寄らず直接来ちゃいました」
 出迎えたメイヴさんは怪訝な表情だ。
「この場所は私以外だと安曇しか知らないはずだし、ここに私がいると言うことも安曇しか知らないはずなんだけど……」
 あれ、言われてみると、私はどうしてここにメイヴさんがいると分かったんだろう。そもそもどうしてこの部屋に入る方法が分かったんだろう。
「えっと、昨日、安曇さんとメイヴさんがここで話してるのを見て」
「? どう言うこと、あの時あなたはアメリカにいたわよね?」
 言われてみるとそうだ。私はなぜその会話を知ってるんだろう。
「それはそうなんですけど……。でもここがシュヴァルツの格納庫で、ここでメイヴさんがボーッとしているところに、安曇さんがやってきて……」
「どうやら、冗談ではないみたいね。それもあなたの特異体質の能力の一つなのかしら。だとしたら、もしかしたらとっくに知ってることを教えることになってしまうかもしれないけど」
 メイヴさんは頷いて、そして奥へと私を導いていく。
「ここはシュヴァルツの格納庫。安曇の言う通り、シュヴァルツはろくに武装もなければ神性防御もない、そんな危険なデウスエクスマキナよ。でも私はそれをこうやってみんなに隠しながらも手元に置いてきた。もちろん、安易に壊すことも出来ない以上、危険だからこそ隠しておく必要があったのもあるけど、もっと個人的な理由があるの」
 見た? と尋ねるメイヴさんに私は首を横に振る。
「私の父は考古学者だったの。父はルシフェルを見て、確信したの。デウスエクスマキナこそがルシフェルを唯一倒せる兵器だ。デウスエクスマキナは過去にルシフェルによって作られたか、ルシフェルに対抗する過去の文明が作った兵器に違いない、ってね。とにかく確信していたのは、ルシフェルとデウスエクスマキナの両者は同様のリソースで稼働している、と言うこと。そんな父の発案の元、それぞれ分野は違えど研究者だった私と母はそのデウスエクスマキナを稼働させる実験と研究を始めた。そうして出来たのがコックピットブロックよ」
 今のシステムとは少し違うけどね。と補足する。
「そして、第一号として起動したのが、ここにあったシュヴァルツ、乗ったのは父。これを実証として、次にメドラウドがイギリスの第二号、ラファエルに乗った。これは輸送中にルシフェルの襲撃を受けてね。大西洋上で初起動し、初めてデウスエクスマキナとルシフェルの交戦が繰り広げられた。結果はもちろん、メドラウドの勝利。こうしてデウスエクスマキナの有用性が世界に示された形になる」
 ちなみに、この時、護衛の航空部隊にイシャンがいたのよ、その時臆することなくルシフェルと交戦し、二度も攻撃を回避した腕前を買って、私がリーダーになったタイミングで勧誘したの、と補足してくれる。
「それからまたしばらくして新たなルシフェルが現れた。それが父の、シュヴァルツの初陣だった。今にして思っても意味が分からない。何故父がシュヴァルツで出撃したのか。父は別に軍人でもなかったのに。周囲の反対を押し切って父が出撃した」
 しかし、シュヴァルツにはルシフェルと戦えるだけの能力はなかった、と言う事は。
「えぇ。父はそれで亡くなった。もう分かったかしら。私がシュヴァルツを大切にここで保管していたのは、これが父の形見のようなものだから」
 それで私も分かった。メイヴさんがクラン・カラティンのリーダーを買って出た理由も、シュヴァルツの能力が信仰によって変わる可能性が提示された時に父の信仰を口にした理由も。
 そして、何よりシュヴァルツを犠牲にする判断をメイヴさんに委ねる時に「ミノーグ博士」と呼んだ理由も。あれは要するにリーダーであるメイヴとしてではなく、個人として、考古学者だったミノーグ博士の娘である「ミノーグ博士」として、回答を求めたのだ。
「ごめんなさい、フレイ。これは私の自己満足に過ぎない。シュヴァルツを壊せとは言わない。ただ、壊す前にこのシュヴァルツが私にとってどれだけ大切なものなのかを知ってもらいたかっただけ」
 確かに、これを知ったところで、私がするべき事は変わらない。メイヴさんの言う通り自己満足なのだろう。
 けれど、例えばイシャンが兄の仇のために戦うように、人には理由が必要だ。シュヴァルツはメイヴさんにとって理由の一つなのだろう。なら、私は出来るだけ壊したくないな、と思った。もちろん、実際には一撃破壊以外にほぼ選択肢はない。基本的には、壊さないなど無茶な話なのだけれど。

 

 そして、約束の日が訪れた。

 

「待ってたよ、フレイ」
 シュヴァルツが赤い槍を構える。
「早速だけど、始めよっか!!」
 シュヴァルツが突っ込んでくる。レーヴァテインで受け止めたいところだが、あの槍を受け止めきれない事は既に分かっている。
 横にステップを踏んで回避し、グレイプニルを装備、発砲する。
《相手はデウスエクスマキナじゃが、良いのじゃな?》
「うん。ロックを解除して」
 ヴァーミリオンには以前、デウスエクスマキナ相手に誤射しないように、射線上にデウスエクスマキナがいる場合は射撃が出来ないようにしてもらっていた。今、それを一時的に解除する。
「ふん、そんなんじゃ、効かないね!」
 しかし、シュヴァルツもそんな単純な攻撃で倒せはしない、赤い槍でその全てをはじき返した。
 ここまでは想定通り、パツァーンの性格から判断して、このまま距離を離し続ければ。
「そんなに遠距離で戦いたいなら、こっちだって」
 ダビデ・スリングに持ち変える。
「取った!」
 即座に足に向けてグレイプニルを放つ。ダビデ・スリングでは足元に向けた弾丸を打ち払うことは敵わない。
「くっ。だが、足元を固めたくらいで!」
 だが、足元に当てただけではグレイプニルの効果範囲の都合により上半身は自由のままだ。しかし、それでも問題はない。こちらの方が早い。即座に背中のグングニルを発射する。
「ふっ。邪を払う心、《霊の剣》」
 シュヴァルツの手元に、真っ白の剣が出現する。そんな剣一本で、その言葉は口から出なかった。
 文字通り、剣一本を一振りし、グングニルの熱線を両断したのだ。
「そんな!?」
「まずいです。あれは魔を打ち払うのに特化した武器のようです。あんなものを片手に持たれては、何も使えない」
 まだ隠し球があったのか。でも、あの赤い槍は両手で扱っていた。おそらくあれを片手に持ったままでは使えない!
「レーヴァテイン、励起!」
 ユピテルさんから学んだ。武器を変化させるのは気の持ちようらしい。であるならば、出来るだけ短い言葉でそれを為せるようになれ、と。そこで練習した結果、「励起」の言葉でそれを出来るようになった。実はようやく昨日できるようになったばかりなので、見ている全員も驚いているだろう。
 が、魔を打ち払うとは伊達ではないらしい。レーヴァテインが放つスルトの炎は、霊の剣と打ち合うと同時に打ち消され、単なる鍔迫り合いの程をなす。
「これで終わりさ!」
 もう片手からダビデ・スリングが放たれる。メギンギョルズを展開し、空へ一気に退避する。
「よく避けた。けど、その距離じゃ、こっちばっかり有利だよ」
 その通り。私の持つ遠距離攻撃はグレイプニルとグングニルのみ、前者に相手を倒す力はなく、後者は今やただ無意味。
「ねぇ、安曇さん。あの魔の剣でも、すっごく強いエネルギーなら、無力化できなかったりする?」
「え? そうですね、いくらあの武器にも限界はあるかと……」
 なら、一か八か、やるしかないかな。
「ねぇ、ヴァーミリオン。ミョルニムの持ち主って、最初から素手であれを扱えたわけではないんだって?」
《おぉ。あれは重いし熱いらしくてのう。我が息子も魔法の道具なしでは扱えなんだわい》
 なら、きっとそう言う事だ。原典を知らなかったとはいえ、何故これまで一度も試さなかったのか不思議なくらいだ。
「消滅の槌、《ミョルニム》!」
 相変わらず想像を絶する重さだ。だが、浮いていられる。やはり、そう言う事なのだ。
 ミョルニムが起動し、ヘッドの部分から膨大な雷があふれ、ただでさえ巨大なハンマーが、より巨大な黄金のハンマーに変化したかのように見える。
 そう。強大な力を持つミョルニムを、トールはかつて独力では使えなかった。ドヴェルグの作り出した魔法の小手メギンギョルズがなければ!
 振りかぶる、などと言うのは不可能なので、半ば落とすように、シュヴァルツにミョルニムを投下・・する。
 地面とシュヴァルツと衝突すると同時に雷が解放され、周囲一帯が膨大な雷で溢れていく。
「あれ、でも、シュヴァルツとは離れたところで爆発してるような」
「いやー、ビックリした。あのままじゃ死ぬところだったよ」
 雷が消え去った時、そこにいたのは、翼の生えたパツァーンだった。
「あの光、見たことあるぞ。天使のミユキが神性防御を発動させていた時と同じだ!」
 イシャンが叫ぶ。
「そ、シュヴァルツで転換してた神性防御じゃ防ぎきれなさそうだからさ、降りちゃった」
 絶句する。人間が神性防御を持っている。いや、違う、彼は。
「ルシフェル?」
「そう、怪しい少年の正体はルシフェルだったのさ。ミョルニムの消滅エネルギーすら無効化できるほどの、ね」
 言葉が出ない。それでもなんとか紡ぎ出した。
「デウスエクスマキナと話が出来て、無限に武器を使えて、デウスエクスマキナを直接操縦出来て、私と同じなのに、あなたはルシフェル? それじゃあ、私は……なんなの?」
「そりゃそうさ。適応用擬似神性の試作型……、君達が呼ぶデウスエクスマキナは元々ボクらが作ったんだから」
「じゃあそれを完全に使える私もルシフェルなの?」
「はは、君がルシフェル? 違う違う。僕ら旧人類はね、もともと太古の昔に地球に住んでたんだ。ところが大きな災厄があってさ、それで地球を離れたのさ。ところが逃げそびれた上生き延びた奴がいてね。そいつらは君達、新人類と交わっていった。その中でも君は特に旧人類の血が濃い。僕ら旧人類とほぼ同じ遺伝子構造を持つほどにね。もちろん、新人類として育てられ、旧人類の誇りも何もない君は間違っても旧人類ではない。そうだな、僕らの事を君達はルシフェル、天使の名前で読んでるんだから……。そう、君は天使の残した塵エンジェル・ダストをたまたま多く持っているに過ぎない。もし僕が近づいて、対話の末に僕らの側にきてくれそうなら、と思ったんだけど、そうはならなかったね。初期型シュヴァルツは返すよ。次は本気だ、塵よ」
 パツァーンの背後に極彩色の空間が開く。
「待って、なんでも答えるって約束よ!」
 メイヴさんが引き留めるが、パツァーンはどこ吹く風。
「ま、一つだけ答えてあげるよ。君達は僕らがやってきたのを1957年だと思ってるね?」
 その通り。誰もがそう知っている。
「それは勘違いだ。さらに10年前。この世界の全てはその時始まったのさ、じゃね」
 極彩色の空間の中に消えていく。
 私は呆然としたまま、何も言うことができなかった。

 

 To be continue...

 

《後書き》
 こんばんは。ようやくここまで来ました。パツァーンの乗るシュヴァルツとフレイのヴァーミリオンの対決。そしてミョルニムの発動。そしてタイトルの回収。この小説を書き始めたときから、ずっと思い描いていた一つ目の中間地点に到達しました。長かったなぁ。話数は三話構成なんで想定通りの話数なんですけど、なんだかそんな風に感じます。
 当然、物語はまだ続きます。今回、パツァーンからもたらされた情報に、フレイはもちろんクラン・カラティンも、新生アメリカも、翻弄されることになります。その一方でルシフェルの「巣」と目される月への攻撃手段も少しずつ準備されていきます。彼らの物語がどこに終着するのか、今後も是非注目いただければと思います。
 そして、ここでひとつ謝罪がございます。ずばり、散々引っ張ったミョルニムの使用方法についてです。執筆当初、(私の誤読なのか、本当にそう書かれていた資料があったのかはわかりませんが)、私は「力の帯」と「魔法の小手」は同じものだと認識していました。が、丁度『未来へのトリックオアトリート』のセッション中に発覚したのですが、この両者は別物で、ミョルニムを使うための「魔法の小手」はヤールングレイプルと言うそうです。
 こうして、ミョルニムの使い方は誰にも分からない状態となりました。ヤールングレイプルを新たに登場させる案もありましたが、ミョルニム使用直前のエピソードになって後から付け足すのも美しくないと思い、当初のプロット通り、「ミョルニムはメギンギョルズの力を使って使う」という方針に致しました。ニアリアル世界の北欧神話ではトールはメギンギョルズの力を借りてミョルニムを使っていた、ということで、何卒よろしくお願いします。
 ミョルニムの使い方を色々と考察してくださった皆様、大変申し訳ありませんでした。今後とも、『Angel Dust』を、AWsをよろしくお願い致します

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