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Angel Dust 第3章

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 ルシフェルと呼ばれる白い巨人に滅ぼされつつある地球。
 かつてソビエトと呼ばれていた国家が所有していた旧モスクワに住む少女フレイ・ローゾフィアは、ついに旧モスクワに現れたルシフェルの前に死のうとしていた。
 そこに現れたのは銀朱ヴァーミリオン色の巨人。
 銀朱色の巨人はルシフェルと戦い、そして突然、その機能を停止した。今度こそ死を覚悟したフレイに、銀朱色の巨人「デウスエクスマキナ・ヴァーミリオン」は「死にたくないのか?」声をかける。
 半ば強引にヴァーミリオンに乗せられたフレイは見事ヴァーミリオンを操り、ルシフェルを撃破せしめたのであった。
 そして、フレイを乗せたヴァーミリオンは突然白い光に包まれる。
 転移した先は『クラン・カラティン』と呼ばれる対ルシフェル用にデウスエクスマキナを運用する組織だった。
 そのリーダーであるメイヴはフレイの生活を保証し、共に戦おうと誘う。
 承諾するフレイだったが、デウスエクスマキナのパイロットエンジェルの一人である安曇あずみは模擬戦で実力を見せるようにと言い出す。
 フレイはその実力を遺憾なく発揮し、安曇に勝利するが、そこにルシフェルが襲来してこようとしていた……。

 

 
 

 1957年10月4日。当時のフレイは知る由もなかったけれど、それがルシフェルが初めて現れたと人類が認識している日だった。天使のように白く、そして翼を持った〝それ〟はいつしかルシフェルと呼ばれるようになった。世界中は力を結集し、「統合軍」と呼ばれる軍隊を組織したが、現状の科学力ではルシフェル一体を倒すので精一杯。
 次々とやってくるルシフェルに対抗するにはルシフェルに並ぶ、いやそれ以上の力が必要だった。それこそがデウスエクスマキナである。中世の演劇の世界において、物語を都合よく終えるために用意された「機械仕掛けの神」の名前を冠した兵器。超古代先史文明の遺産。
 それは文字通り、ルシフェルを狩るために都合よく運用されたのである。しかし、それでも「統合軍」は満足に戦えなかった。理由は様々あるだろうが、とにかくそれは解体された。
 そして、メイヴにより、「クラン・カラティン」として統合軍はもう一度集められた。彼らは地球で唯一デウスエクスマキナを運用する戦士であり、唯一、ルシフェルを倒しうる存在である。
 こうして、クラン・カラティンと、そこに所属する当時のフレイと、そして地球の命運をかけた戦いが始まったのだった。

 

◆ Third Person Out ◆

 

「敵は……三体ね」
 メイヴさんの声がする。自分たちのいる場所から1kmほど先。三体の白い怪物が立っていた。いや、こちらに向かって歩いてきているのだから、立っているというのは正確ではないが。
「安曇、適当にバックアップは頼んだわよ。フレイ、こちらからも接近しましょう。少しでも街との距離は稼いでおきたいわ」
 再びメイヴさんの声。なるほど道理だ。街を巻き込むわけにはいかないのなら、こちらから近づいてできるだけ街と距離を離しておいた方が良い。
「いくよ、ヴァーミリオン」
《うむ、あの白いのが敵でよいのだな?》
「当然でしょ」
 〝私〟はメギンギョルズを使い、一気に飛び上がる。
「フレイ? ……そうね、先に行って。セラドン、ついて行って」
「了解です。Hounds of Tindalos」
 後ろからそんな会話が聞こえてくる。わずか後ろの方から翼の音がする。セラドンのバイアクヘーの音だ。
《あやつが着いてきておるが良いのか? 先に倒すか?》
「だから、デウスエクスマキナは味方! うっかり撃てないようにしておいて」
《……ふむ、了解だ。デウスエクスマキナに対しては攻撃が出来ないように設定しておこう》
 さすがに早い。ルシフェルの見分けがつくようになる。
「一体、下級ルシフェルがいますね。今のセラドンの状態であれと戦うとまずい。すみませんが、あれの相手はお任せします。雑魚二体は私が」
 そう言うと、セラドンは即座にいびつな五芒星を出現させ雑魚二体の周辺に光弾を放ち、雑魚二体と戦闘を始める。もちろん、通常種とやらもセラドンへ攻撃しようとするが。
「くらぇ!!」
 一気に空中から大型に蹴りをかます。そのまま蹴った勢いでもう一度飛び上がり、銃を用意する。
「拘束の魔銃、《グレイプニル》!」
 撃つ! 命中したらそこが動かなくなる性質があるこの銃は受け止めるだけではその部分が動かなくなってしまう。つまり、防御不可能。そして相手はよろめいていて回避は不可能。
「え!」
 一瞬、起こったことを頭が理解できなかった。一体どんな現象か、敵のルシフェルに剣が出現していた。つまり……あの剣で銃弾を切り払ったというのか。
「何が起こったの?」
《見ての通りよ、あの剣で銃弾を切り払ったのだろうな。グレイプニルは命中した場所にバインド効果を与えるが、そこが動力を持っていなければ意味がない。あの剣はこの前の爪とは違い、本体が振っているだけの武器でしかない。だから、意味はないのだ》
「違う。そうじゃない。どうやってあの剣は出てきたの!!」
《何を馬鹿な。ならば我が手の中にあるグレイプニルはどこから出てきたのだ》
「…………」
 確かにそれはそうだ。考えるだけ無駄、ということなのだろうか。
《そのような愚問をしている暇はなかったな》
 と、ヴァーミリオンが不可解な言葉を……っ!
「っ! なに?」
 慌てて目をつぶると、翼を大きく広げてこちらに剣を突き立てる通常種のルシフェルの姿。〝私〟の装甲は堅い。そう簡単に剣で貫通されたりはしないが、確実に削れる。
「こいつぅ! 災厄の杖、《レーヴァテイン》!」
 手元にレーヴァテインを出現させ、一気に翼に突き立てる。デウスエクスマキナのような武器の出し方をしていようと、その体は生身。業物であれば貫くのは容易い。まして、それが皮膜の翼であればなおさらのこと。
 ルシフェルがバランスを崩し、落下する。
「まだまだぁ!」
 落下しつつあるルシフェルにこちらも落下のエネルギーを利用し、レーヴァテインを突き立てる。
 ギギギギギギギィ。そんな音がした。そう、剣が滑った。
《レーヴァテインではその皮は貫けんようだな》
「レーヴァテイン以上の業物なんて……」
 メギンギョルズを消滅させ、地上に降り立つ。どう見ても生身なのに、デウスエクスマキナと同等の装甲を持っているというのか。
「……これだ! 消滅の槌《ミョルニム》」
 巨大なハンマーが腕に出現する。よし、これを持ち上げれば……。
「んー。んー」
《何を力んでおる?》
「持ち上がらないよ! これ、重い!」
《そのようだのう。このハンマーは私では持ち上げられん》
「そんな」
 詐欺だ。なんだって使えない武器がカタログに載っているのか。カタログによればこのハンマーで押しつぶせないものはないというくらいの質量を持っているらしいが、持ち上げられなければ使えるわけがない。そんな状況で敵が立ち上がってくる。
「もう。この武器はいい。もう一度、災厄の杖、《レーヴァテイン》。権力の象徴、《グラム》」
 さっきルシフェルが〝私"の装甲を削ろうとしたように、"私〟も削れるはずだ。二本の剣で一気に……。
 向こうも剣をこちらに向ける。
「てやぁ!!」

 

■ Second Person (Maeve) Start ■

 

「まだ少し遠いか」
 私は雑魚ルシフェル二体と戦っているセラドンと、甲種ルシフェルと戦っているヴァーミリオンを見つめながら、走らせている。あと、少し。あと少し走れば有効射程に到着するはず。
 ヴァーミリオンは空中戦を繰り広げているが、セラドンは地上戦を展開している。
 ……やっぱり、安曇は分かってくれている。
 私は走らせる。ヴァーミリオンがルシフェルを地上に叩き落した。翼を切断したようだ。
「なに、あれ」
 またしても、見たことのない武装。それは巨大な槌、ハンマーだった。
「トールハンマー?」
 ヴァーミリオンは北欧神話ベースのデウスエクスマキナだ。と、すると最も有名なハンマーといえば、雷神トールの持つトールハンマーだろう。まぁ、ただの鎖のはずのグレイプニルが――拘束効果がついているとはいえ――銃になっているのだから、実際の神話と食い違った武器の可能性も否定できないが。
 と、どういうわけか、そのハンマーは即座に消滅し、再び二本の剣で攻撃を開始した。レーヴァテインとグラムだ。レーヴァテインは圧倒的な業物だが、構成に必要なエンジェルオーラが多すぎてそう連発できるものではない。あらゆる点で劣るにもかかわらず、普段、――あのエレナでさえ――グラムを用いるのはこのためだ。しかし、あの少女はそのレーヴァテインを苦も無く連発し、あろうことかグラムとの二刀流すらしてみせた。さらに今まで使うことすらできなかった結晶状の翼やあの巨大なハンマーを出現させることができた。
 ……とはいえ、これだけなら、単にコックピットブロックを使うことによる〝劣化〟が発生していないだけとも取れる。通常私たちはコックピットブロックが翻訳したカタログの情報を受けることしかできないし、両手の操縦桿と両足のペダルで操作できないものは操作できない。直接カタログを読み、直接体を動かす。見たことない武装を使えるのも、圧倒的な動作性を誇るのも当然だ。だが、それにしても、あの翼、レーヴァテイン、グラムの三つを同時に使うなど……エンジェルオーラが保たないはずだ。即座にフォールダウンしてもおかしくない。やはり……、彼女は……。
 などと考え事をしている間に目の前のモニターの距離計の色が変化している。有効射程圏内だ。
「安曇!」
 すぐに声を張り上げる。
「了解です。フレイさん、そのルシフェルを一気にこっちへ蹴り飛ばしてください」
 そしてヴァーミリオンと戦っていたルシフェルがヴァーミリオンに蹴とばされ、二体の雑魚ルシフェルの近くに落下した。
「Atlachu-Nacha」
 そして、その三体のルシフェルを飲みこむ巨大な歪な五芒星――エルダー・サイン――が三体の中心を中心にして地面に出現し、そしてそこから粘っこい蜘蛛の巣が出現して、三体をからめとった。アトラック=ナチャ。セラドンの支援向けの武装の一つだ。
「どうぞ、メイヴさん。あ、フレイさんは念のため下がって」
「味方に当てたりなんて……」
 私はモニター越しに右手の槍を見て、そして、投げる操作をする。私のスカーレットは槍投げの要領でその極めて神話の描写に性能が近い槍を投擲した。
「しないわよ!」

 

◆ Second Person (Maeve) Out ◆

 

「フレイさん、そのルシフェルを一気にこっちへ蹴り飛ばしてください」
 安曇さんの声がする。よくわからないが、迷っているひまはない。このままでは小競り合いに終始するはめになるのだから。
「こんのぉ!」
 バックステップを決めてから、多少助走をつけて、右足で蹴る。がしゃがしゃと音を立てて、ルシフェルが飛んで、そして落下した。以前、私が見たヴァーミリオンの蹴りの威力はあんなものじゃなかった。
 ……私自身の格闘技の能力が低いからだ。
「Atlachu-Nacha」
 そんなことを言ってる間に、三体のルシフェルが蜘蛛の巣のようなもので動きを止められていた。
《あれはいつ見ても便利じゃなぁ。グレイプニルのようにわざわざちまちま当てなくとも、範囲に入れれば動きを止められる。まぁ、威力はこっちのほうが上だがな》
 そんな気の抜けることをヴァーミリオンが言う。
「どうぞ、メイヴさん。あ、フレイさんは念のため下がって」
 私は言われた通り、後ろに下がる。
『味方に当てたりなんて……しないわよ!』
 なにかかけ声のようなことを叫んで、スカーレットから赤い槍が放たれた。それは山なりに飛び、最大高度まで達したところで無数に分裂し、三体のルシフェルに降り注いだ。パリン、と地面に突き刺さった無数の槍が消滅する。そして、ルシフェル達も私がモスクワで見たように、灰になって消滅した。
「お疲れさま、二人とも」『安曇、ヨグ=ソトス回廊を開いて』
 メイヴさんが私たちに声をかける。後半の発言の意味は分からなかったが、「安曇」から始まっていたのは聞き取れたので、おそらく何か指示を出したのだろう。
「分かりました。では、帰りますよ」
 そして、私たちはもう三度目となる虹色の回廊へ突入した。

「さて、安曇も認めてくれたし、改めて。ようこそ、クラン・カラティンへ、フレイ」
「よ、よろしく」
 改めて手を差し出してくるメイヴさんに、私も手を伸ばし、今度こそがっちりと握手した。
「じゃ、自己紹介ね。ま、今ここにはエンジェルは三人しかいないし、とりあえず私と安曇ね。私はメイヴ。アメリカ人よ。まぁ、元を辿ればアイルランドの辺りに住んでたみたいだけど、まぁネイティブアメリカン以外のアメリカ人なんて大体そうだし、大したことじゃないわね」
 にこりと笑う。〝アメリカ人〟という区切りがよくわからない。まぁ、アメリカ生まれでアメリカ育ちなんだろう、多分。アメリカは移民によってできた国だと聞く。ほとんどのアメリカ人の先祖は別の場所に住んでいた、ということだろう。多分。
「担当のデウスエクスマキナはスカーレット。ケルト神話ベースのデウスエクスマキナよ。カタログもオガム文字ベースの言語みたい。まぁ私にはオガム文字なんて読めないんだけど」
 ケルト神話ベースというのがよくわからないが、オガム文字というのはスカーレットのカタログに使われている文字のことだろうか。確か、ヴァーミリオンはルーン文字に近いといわれていた。デウスクエクスマキナのカタログの文字は違うものなのだろうか。
「私は安曇。日本人です」
「安曇はね、ミスカトニック大学出身の魔術師なのよ?」
 安曇さんの自己紹介はなんとも簡潔だった。メイヴさんが捕捉を入れてくれる。
「ミスカトニック大学?」
「アメリカ、マサチューセッツ州のアーカムにある大学ですよ。大量の魔導書が保管されている図書館で有名です。まぁ、一般的には都市伝説扱いですが」
「アメリカ? ってことはここから近いの?」
「いえ、アメリカといっても広いですからね。それに旧サンフランシスコは西海岸、マサチューセッツ州は東海岸ですからむしろ正反対ですね」
 なるほど。ソビエトもそうだが、アメリカもかなり広いのだろう。
「あ、そうだ。セラドンはクトゥルフ神話ベースのデウスエクスマキナです。カタログはこれ、『螺湮城本伝らいんじょうほんでん』を使っています」
「それが、カタログなの? ん、でも使っているって?」
「安曇は魔術師の中でもマギウスって言われる魔導書を使う魔術師なのよ。で、数ある魔導書の中でもクトゥルフ系の魔導書である『ルルイエ異本』を使う。それをクトゥルフベースで相性のいいセラドンの能力で増幅して使ってるのよ」
 なるほど。魔術についてはよくわからないけれど、セラドンを使って魔術を強化して使っているということか。
『『ルルイエ異本』ではありません、『螺湮城本伝』です。原典と写本を同一に扱わないでください』
「はいはい。魔術師あんたらの原典信仰は私たちには分かんないわ」
 安曇さんがなにやら訂正を求めるようにメイヴさんに迫るが、メイヴさんはどこ吹く風だ。ところで、
「じゃあ、本当はセラドンにはさっきから使ってたのとは違う技がセットされてるの?」
「えぇ。まぁ、厳密にはバルザイの偃月刀だけはセラドンの武装ですね。あとはこの本の力です。それとこの本は『螺湮城本伝』。『ルルイエ異本』のような写本コピーとは違いますからね」
 ふーんなるほど。などと感心していると、二人がこちらを見つめている。
「さ、あなたの番よ」
 そうか、自己紹介なのだからこちらもしなければならないのは道理だ。
「私は、フレイ。フレイ・ローゾフィア。モスクワの生まれ」
 あれ、私の自己紹介、安曇さんと長さが変わらない?
「あ、プリン。プリンが気に入りました」
 なんとかひねり出すと、二人が驚いた顔をして笑い出す。
「そう。じゃあ、プリンでも食べながら今後の話でもしましょうか」
 メイヴはひとしきり笑った後、階段へ向けて歩き出した。
「いいですね。そろそろ晩飯時ですし。いきましょう、フレイさん」

 

 To be continue....

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