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Angel Dust 第11章

 人の世がどのような形に変わろうと、おおよそ権力者と呼ばれるものたちの行いはそう変わらない。その変化に適応しその変化に基づいて社会を支配する。ただそれのみだ。故に変化に乗り遅れたものはそこから落伍し、逆に変化にいち早く対応したものが新たな権力者となる時もある。
「クラン・カラティンはアメリカに下るか」
 少なくともラーヒズヤはそうだった。
 ラーヒズヤ・カビーア=ラジュメルワセナ。パパラチアのエンジェル、イシャン・ラーヒズヤ=ラジュメルワセナの父。インド南部東岸に位置するスヴァスラジュ藩王国の王。イギリスの植民地時代から、インドから富を吸い上げることを容認する代わりに領国の統治を認めさせ、インド独立の機運が高まればそれに上手く乗りつつ自身の財力だけは保持し、ルシフェルが現れれば自身の権力で民を守り、そうしてうまく状況に適応して、未だにかつてスヴァスラジュ藩王国と呼ばれたそのエリアはラーヒズヤの支配下にある。
 長男クリシュナの死でさえもルシフェルに反抗する我ら、という構図の演出に使った。
 四男であるイシャンが自分のやり方に反発し家を飛び出した時も、結局口に糊するために傭兵の世界に飛び込んだイシャンの傭兵団をうまく利用したし、イシャンがクラン・カラティンに入った暁にはそれを利用し、クラン・カラティンとの交易を始めた。無論、クラン・カラティン勝利の暁には自分がその勝利に貢献したと喧伝するためだ。
 ところが、クラン・カラティンのリーダー、メイヴはラーヒズヤと同じく権力者タイプであった。メイヴは可能な限り公平なレートでの交易を望み、恩を買うことを拒んだ。もちろん、たまたまクラン・カラティンの他の交易船が損失し物資不足に陥った時などは喜んで安く売りつけた。メイヴも支配者であるからには民を食べさせてやらねばならない。そうなれば涙を飲んでこちらに借りを作るしかない。
 そしていかにクラン・カラティンが正義の味方、大衆の味方を気取ろうと、交易してくれる国としてくれない国であれば優先順位は必然的に生じてしまう。交易先の国が滅べば、クラン・カラティンは、旧サンフランシスコは、飢えてしまう。そうして、かつてスヴァスラジュ藩王国と呼ばれたそこだけが周囲のほかのインドよりも生き残った。
 そうして、スヴァスラジュ藩王国ラーヒズヤの王国は今も存在していた。今や、世界でインドといえばラーヒズヤの支配するこの国のことである。
 しかしそんなクラン・カラティンが新生アメリカ政府と手を組むという。アメリカがインドの持っていない、「ルシフェルとの戦いを終わらせる手段を所持しているから」だと言う。このままでは戦後、アメリカが主導して世界を支配していくことになるだろう。それではラーヒズヤの支配が終わってしまう。再びインドはその主導権を失い、列強諸国に屈する日々が始まってしまう。
マハーラージャ、ただいま戻りました」
「戻ったか。して、結果は?」
 そこに現れたのは、ラジュメルワセナ家と関係の深い武家クシャトリアの出の将校だった。ラーヒズヤをよく思わないイシャンに言わせれば、ラーヒズヤの私兵、そのリーダー、といったところだ。
「はい。『ブラフマーの元へ行く門は開かれた』、とのことです」
「そうか、それは、良い知らせだ」
 ラーヒズヤは顔を綻ばせる。人の世がどのような形に変わろうと、おおよそ権力者と呼ばれるものたちの行いはそう変わらない。その変化に適応しその変化に基づいて社会を支配する。ただそれのみだ。クラン・カラティンがアメリカにつくと言うのなら、ラーヒズヤもその変化に合わせて動くだけだ。このインドを存続させるために。
 残念なのはその暗号の意味を”私”は理解できない、と言うことだが。あれ、”私”って誰だっけ。って言うより、今見てるこれはなんなんだっけ。

 

◆ Third Person Out ◆

 

「見つけた。レーヴァテイン。世界樹の頂きで世界樹を明るく照らしている鶏、ヴィゾーヴニルを唯一殺せると言われている剣」
 私は資料室で神話の本を読みあさっていた。そしてついに見つけた。それはレーヴァテインと呼ばれる剣についての記事。あるいは、剣ではなく杖だと言われたりする、か。そう言えば、あの武器の名前は、《災厄の枝》レーヴァテインだった。そしてその名の通り、枝があちこちに張り巡らされたような見た目をしている。よく考えたら私の使ってるアレも、剣ですらないのかも。
 美琴さんからのアドバイスに従って神話の本を読み、私は知った。DEMの武装がそれぞれ特定の神話に基づいている、と言うことを。それが何故なのかは分からない。
 過去にグラーニアさんやメドラウドさん、イシャンがなにかを根拠に武装の推測をしていたのを聞いたことがあった。あれは元が神話であることを知っていたのだろう。というより、誰もが知ってる常識のつもりだったのだろう。美琴さんは私にオーディンの話を振り、私は知らなかった。オーディンは私が乗るヴァーミリオンの武装の元になっている神話に登場する神様だ。だから、あのアドバイスになったのだろう。
 そして先に挙げた三人がそうだったように。神話を知る事はその武器の新たな使い方やまだ見ぬ武器を知るきっかけになる。私が最も使う武器であるレーヴァテインの元ネタを調べているのは、そういうわけだった。
「スルトがふるった炎と同一視される……?」
 読んでいて分かったのだが、神話には「同一視される」と言うものが時折ある。神話の多くは断片的なエピソードで構成されていて、それを後世の人が想像で補っていたりする。その補う過程で生まれる「解釈」の一つが、同一視だ。そして、DEMの武装にもこの同一視という解釈は適応されているらしい。美琴さんが八握剣を天叢雲剣に変化させて使っていたが、あれもそのふた振りが同一視されているからだ。つまり、この情報は、実戦で使えるかもしれない。
「フレイ・ローゾフィア、フレイ・ローゾフィア、ただちに第一ブリーフィングルームへ」
 呼び出しがかかった。ルシフェルが現れたのかもしれない。早速この情報を使えるかも。…………などという不謹慎な想像をする。幻想だと知っている。どうせ、あれだ。

 

「私なら無限に動かせるからって…………」
 それから数時間後。ぶつくさ文句を言いながらヴァーミリオンを動かす私がそこにいた。
 とある街の瓦礫処理だ。
 私達のリーダー、メイヴさんはアメリカの要求を呑むことにしたらしい。
「だからってなんで瓦礫処理?」
《何か聞いておらんのか?》
「うーん、どうだろう……」
『頼まれた時のやりとりを思い出してみたら? 得意でしょ、そういうの』
 アッシュのエンジェル、パツァーンがロシア語で声をかけてくる。
 そう、私は最近、自身の持つとある特技の存在に気付いた。それは、何かを思い出そうとするとすっかり忘れていたような細かいことまで鮮明に思い出せる。という特技。なるほど、私が忘れてるだけでメイヴさんは性格上、その辺の説明をしてくれているはずだ。

 

■ Third Person Start ■

 

 その日、クラン・カラティンはとうとう答えを迫られた。
「さぁ、そろそろ答えを聞かせてもらおうかな」
 サムがメイヴに向き直る。険しい顔をしていたメイヴの元に、安曇の使い魔であるショゴスと呼ばれる玉虫色の液体生物がやってきて、手紙を渡す。
「えぇ、答えは決まったわ」
 その手紙を読んでメイヴは勝利を確信したように笑う。「ヴィシュヌはヴォーロスを頼った」、それが手紙の内容だった。もちろんその暗号の意味は分からない。
「我々、クラン・カラティンはアメリカと協力しましょう。アメリカは我々にルシフェルの撲滅に協力し、我々はアメリカがその準備を終えるまで防衛と労働力を提供します」
 その場にいたエンジェルたちの反応はかなり多岐に渡った。けれど、誰一人としてメイヴに何かを言うことはなかった。そもそもそんなひまさえ許さず、サムが話を続ける。
「うん。良い返事だね。あ、そうそう、君達の頼みだったピッツバーグも君達の領土として使う事を許可しよう。ただし、輸送網の整備に際して、この新生アメリカの国土を含むようにしてくれたまえ」
「それはありがたいですね。輸送網の件はご心配なく。そもそもそうするしかなかったから、こちらに来たのですから。ですが、その口ぶりだと、ピッツバーグには価値を見出していないように聞こえるのですが? 輸送網にアメリカを含めることになんの意味が?」
「うん。話が早くて助かるよ。ピッツバーグを君達の領土として差し出す代わりに、僕らの求める都市を一つ、復興させてほしい」
「なんですって?」
 それはメイヴの予測を超えた提案だった。アメリカはあくまで防衛力と、そして何より支配力を求めていると思ったのだ。
「そう心配することはない。君達の領土のすぐそば、輸送網を途中の場所だ。ルシフェルも現在は確認されていない。ズバリ、ラスベガスだ」
「ラスベガスですって? あそこはニューヨーク・マフィア達の土地でしょう、シカゴの貴方達がなぜ……」
「うん、その答えは簡単だ。連中ニューヨーク・マフィアが弱ってるうちに、彼らの大きな財源であるあの地を頂く。戦後、僕らが政府と切り離されても、十分にやっていける、そう言うことだね」
 なるほど、このサムという男も支配者タイプらしい。
「あなたも、もう戦後を見据えてるのですね」
 メイヴは正直腹立たしかった。現状、決してクラン・カラティンは優勢ではない。ピッツバーグ攻略作戦の最後の最後でルシフェルが見せた大攻勢は彼らが本気を出せば現存するクラン・カラティンの戦力を容易に上回りうる事を示している。彼らの本拠地を攻撃する? そんなことをすれば彼らがあの時以上の戦力とぶつかる事になることは必至だ。その時、クラン・カラティンが勝てるのか。そもそも、私達の戦力は減り続ける一方だと言うのに。アウランティウムとネフェルタリ、マラカイトと美琴。あとどれだけ犠牲を出さずに進められるだろうか。
 だと言うのに、アメリカニクソンシカゴ・マフィアサムインドラーヒズヤももすでに勝った時のことを考えている。もちろん、それは正しい。勝った後の考える者がいなければ、戦後の秩序が保てない。必要だ、このルシフェルとの戦いの後、新世界秩序New World Orderもを作る者が。
 けれど今のメイヴに求められるのはその前の段階、勝つ方法。なのにそれに集中出来ず、そういった権力抗争に巻き込まれるのは、面白くなかった。なぜ世界で唯一ルシフェルと対抗できる私達の作戦行動が下らない陰謀で邪魔されなくてはならないのか、なぜ物資不足なんていう足元の掬われ方をしなければならないのか。
 もちろん、自分がクラン・カラティンというこの世界の最大戦力の総責任者である以上は、それを動かす責任がある。だから、ラーヒズヤにはアメリカに返事をする前にアメリカにつく旨を伝えて反応を見たし、それにより想像通りに動いてくれたのを確認した上でアメリカの協力も取り付けた。けれどいつも思う。なぜ人類はルシフェルという滅亡の脅威に瀕してなお、一つになれないのか、と。
「分かりました。ではラスベガスの復興にはフレイとヴァーミリオンを割り当てます。必要ならあなた方から指示してください」
「結構。それでは、必要に応じて呼びつけさせてもらうよ」
 サムが頷く。

 

 確かここから先はもうこの件とは関係ない話だった。なるほど、要は、

 

◆ Third Person Out ◆

 

「要は、権力闘争の道具として使われたんだ」
 ため息が出る。いや、メイヴさんの判断は正しい。ここに私以外のエンジェルを割り当てるのは愚策だ。唯一無限にDEMを使える私こそがこの場にはふさわしい。ふさわしいのだけれど……、複雑だ。
『ふーん、確かにラスベガスのカジノはマフィアやギャングの資金源だったって言うからなぁ』
「パツァーンはロシア人だよね? なんでそんなに資本主義の国について詳しいの?」
『ん? うーん、グラスノスチのおかげかな? っていうかさ、ロシア人同士なんだから、英語じゃなくてロシア語で話してくれていいんだよ?』
「え」『あぁ、そうだよね、ごめん』
 いつの間にか英語が話しやすい言語になっていた。私はロシア人なのに。
『おっと、いけない』
「フレイさん!!」
 慌てたように安曇さんの英語が通信機から聞こえてくる。
「ルシフェルがそちらに向かっています! ラスベガスだけじゃない、ピッツバーグ、ワシントン、サンフランシスコ、スヴァスラジュ、複数の都市に同時攻撃を仕掛けています。エンジェルを総動員して対処しますから、そちらに援軍は送れません、一機でなんとか持ちこたえてください」
 5箇所同時攻撃か。
《来たようじゃな》
 ヴァーミリオンに言われ上を見上げると、白い点々が見える。
「迎撃しよう。遠距離武器は?」
『あるよ、やろう』
「神の一筋《グングニル》!」
『神の力《ダビデ・スリング》』
 アッシュがその手に持っていたのは、紐のついた中央に石を抱えた形の武器だった。投石機スリングと呼ばれる武器であれを頭上で振り回して石を遠くに投げる、という武器のはずだ。
 早速アッシュが投擲を開始する。ほぼ一本の線にしか見えないその石は一撃で甲種ルシフェルのコアを貫いたらしい。そしてすぐに次弾を装填し始める。私もやらないと。
「大物を狙うよ、ヴァーミリオン」
 狙うのは多脚型の上級ルシフェル。
 ピッツバーグ攻略作戦以降、「上級ルシフェルは一体一体がユニークである」という説が誤りであると判明し、改めて上級ルシフェルが分類分けされた。○○型××タイプ、という風に呼ばれる。
 中でも多脚型には”私”のグングニル並みの熱線砲撃をしてくる砲撃タイプが多い。
 よし、狙いがついた。といっても、特に精密に狙って撃つ必要は無い。狙った相手に必ず当たる、それがこのグングニルだ。
 発射する。背中に反動を感じ、白い光の筋が目標のルシフェルを貫通する。
「次は……、あいつ!」
 防御タイプの上級ルシフェル。あのタイプはグングニルの砲撃を防げてしまう。だが、騎士型の鎧の形状では下に向けて防御は出来まい。今なら、対処不能のまま倒せる。
 二人で目に付いたルシフェルを迎撃していく。
《向こうのルシフェル、こちらに砲撃してくるぞ》
 ヴァーミリオンに言われて視線を向けると、いよいよこちらを斜めに捉えられる状態になった狙撃型の熱線タイプがこちらに砲を向けていた。狙撃型は長い筒状遠距離武器を持つ人間型のルシフェルで、使う弾頭によりタイプが異なる。
「避け……いや、偉大なる翼《メギンギョルズ》!」
 赤い結晶の翼を展開し、それを前面に展開して敵の熱線を防御する。少しずつ、結晶の翼が熱により赤白く変色し、守りが損なわれていく。
『フレイ!』
 パツァーンの声が飛び、砲撃が止む。どうやら、パツァーンが倒してくれたらしい。
『なんで避けなかった?』
「避けたら街が壊される!」
『それもそうか』
 街を守って戦うのは初めてじゃないし、たくさんのルシフェルと違うのも初めてではない。が、その両方を同時にするのは初めてだ。
「砲撃タイプを最優先」
『了解』
 砲撃タイプの攻撃を受け止めるのは困難。けれど回避は不可。となれば、向こうが撃てるようになる前に倒さなければならない。この判断は間違っていない。
 けれど、もしかしたら判断ミスをしてしまったかもしれない、とルシフェルが街中に降り立った瞬間に思った。街中に降りようとするルシフェル達こそ狙うべきだったのではないか。
『街中はこっちに任せてよ』
 そういって、アッシュが腕をルシフェルに向けて振ると、建物に攻撃しようとしていたルシフェルの動きが止まる。そこにすかさずダビデ・スリングが飛ぶ。
「任せた!」
 ならばこちらは近接戦だ。
「グラム! レーヴァテイン!」
 両手に剣が出現したのを確認して、街への侵入を図ろうとする敵に向けて一気にかける。
 二体の雑魚ルシフェルを二本の剣で黙らせる。
《大物だ》
「防御タイプか!」
 騎士型の上級ルシフェルだ。騎士型は本体も硬いのが特徴で武器によりかなり多彩なタイプがある。
 二本の剣を盾に突き立てるが、傷一つつかない。
「硬さ上がってない?」
《そう言われてみるとさっきの熱線も前より暑かったような気もするのうな》
「敵も強くなってるのか……なら……」
 グラムを消滅させレーヴァテインを構える。
「お前は、スルトの炎だ。お前は、スルトの炎だ」
 先ほどの成果を試そうとする。が、方法が分からないのでとりあえず言い聞かせてみる。
 騎士型防御タイプが盾を構えたまま前進してくる。このままだと押し込まれて都市に”私”の体が侵入し、他ならぬ”私”の体が都市を破壊してしまう。
「お前は、スルトの炎だぁぁぁぁぁぁ」
 破れかぶれになって叫ぶ。
 剣が細く短く変形し、より西洋剣に近い見た目に変化する。そして、膨大な青い炎が溢れ出す。
「てやぁぁぁぁぁぁぁ!」
 破れかぶれに切りかかる。驚いた。盾ごと騎士型のルシフェルが両断された。
 その後ろに控えていた多脚型砲撃タイプ二体がこちらに砲を向ける。
「こうだぁ!!」
 青い炎の剣を、空振るように振る。その孤の形の青い炎が飛んでいき、二体をまとめて切断する。
《くっ、ぐっ》
「がっ、ぐっ」
 そして次の瞬間、異常が訪れた。体全身が痛い。まるで体が焼けるよう。ヴァーミリオンも同じような声を出している。
「スルトが世界中に火を放った後、その火は自分をも焼いたとされる、だっけ」
 遠距離攻撃すら可能で、圧倒的切断力を持つスルトの炎だが、その強すぎる火力はこちらにも返ってくるらしい。
「一度、戻れ」
 口にしてみると、再び枝が本体と刃の間に出現し、少し独特の形状に戻った。
「スルトモードは硬い敵相手に一時的に、という風にしたほうがよさそうだ」
『フレイ、街の敵は全員倒したよ』
 アッシュが見覚えのない槍を持って歩いてくる。パツァーンは一度武器を持ち替えても平気なのか。
『残りの上級ルシフェルは硬いのが二人と、柔らかいのが三人。と、数えきれない兵卒ルシフェル。僕のランス・オブ・ロンギヌスでは硬いのはちょっときつい。硬い二人を』
「分かった」
 硬いうち片方に向かって駆け出す。間に雑魚ルシフェルが10匹以上立ちふさがるが。
「お前は、スルトの炎だ!」
 レーヴァテインが変形し炎が溢れる。
「はぁ!!!!」
 斬撃を飛ばす。立ちふさがる雑魚ルシフェルがまとめて吹き飛ぶ。
 その背後にいるのは狙撃型トーチカタイプ。硬い装甲に隠れて筒だけ出ている厄介な相手だ。けれど、そういえば先程から射撃が効いていない。剣の放つ青い炎が敵の鉛玉を溶かしてしまってるようだ。つまり、もはや敵ではない。トーチカもろとも切断する。
「戻れ」
 最後の一匹は……いた、多脚型戦車タイプ。足にごつい装甲がついたタイプだ。私がこいつと戦うのは初めてだ。
 主砲はアッシュの方を向いていて、アッシュはうまくそれを避けたり槍で払ったりしながら他のルシフェルと交戦している。
 一気に前進し、距離を詰める。慌てて主砲がこちらに旋回する。発射を見極めてサイドステップで回避。
「くっ、捉えられると面倒な」
 避けても避けても主砲が追従してくる。
「無事か、フレイ!」
 空飛ぶサーフボードのようなものに載ったパパラチアが現れる。あの空飛ぶサーフボードはパパラチアの基本武装である浮遊する花弁、パドマをくっつけて変形させたものだ。いつ見ても一つで複数の使い方ができる便利な武器だ。
 多脚型の上空で、パパラチアはサーフボードを解除し、全てのパドマを使った大剣を作り出す。パドマ全てを使ってしまうため防御も機動性も捨ててしまうが、それに見合った火力を持つ。多脚型戦車タイプは上面が弱い。パパラチアはそのまま一気に両断してしまった。
「ありがとう、イシャン、でもなんでここに?」
「あぁ。俺はシャイヴァと一緒にスヴァスラジュの防衛に参加したんだが、あっさりと肩がついてな。増援の追加投入に備えた待機ってことだったんだが、あの業突く張り親父の側にいつまでもいるのは嫌だったんで、一人のはずのお前の援護って名目で転送してもらったんだ。……が、一人じゃなかったか」
 イシャンの視線の先では、アッシュが最後の一匹を仕留めたところだった。
「こっちも今終わったよ。せっかくだから、瓦礫掃除の手伝いでも……」
「いや、まだだ」
 パパラチアが上を向く。”私”もそれにつられて上を向く。
 何かが落下してくる。グングニルを……いや、間に合わない。
 ドシーンと大きな音を立ててそれは着地した。二足型か? でも牛の頭は見たことない。それに体もやけにごつい。
「気をつけろ、初めてみるタイプだ」
 イシャンがそう言いながら、パドマを1ユニットずつこちらとアッシュに振り分ける。未知の攻撃が来たらそれで防いでくれるつもりなのだ。
『ミノタウロス……』
 パツァーンが呟く。
「なるほど、確かにそれっぽいな。ユーピテルが回復中だったことを悔しがるな」
 イシャンが同意する。ユーピテルは確か紫水晶のエンジェルだ。
 ミノタウロス。ギリシャ神話の怪物か。あれ……? そう考えると、なんか過去にもどこかの神話で語られたような見た目のルシフェルを何度か見た、ような……。
「MOOOOOOOOOO!!」
 牛の口から牛にふさわしい鳴き声がバインドボイスとして襲いかかる。
「くぅ」
 思わず目を瞑る。直後、金属がぶつかり合う音がして、目を開ける。ミノタウロスの斧とパドマがぶつかり合っている。
「ありがとう」
 そして、その無防備なタイミングは決して逃さない! レーヴァテインで攻撃する。
「くっ、硬いか。なら、お前は、スルトの炎だ!」
 レーヴァテインが変形し、炎が吹き出す。ミノタウロスはその火力を感じたのか巨体に似合わぬ速さでバックステップし、そして、剣を振り切った直後の私に大振りで攻撃が迫る。
『フレイ!』
 いつのまにかスリングに持ち替えたらしいアッシュが私に投石し、私を吹き飛ばす。斧は地面に刺さり、周囲に地割れを引き起こす。
「マジかよ」
 イシャンが思わず口に出す。私も内心そう思った。とんでもない威力だ。食らってしまえば、DEMとて無事では済まない。
「えっ」
 そして起き上がろうとした瞬間、私はその以上に気付いた。立ち上がれない。スルトの炎によるダメージが積み重なっていたのだろう、そしてそこにスリングだ。ヴァーミリオンの足が損壊していた。
「フレイ、起き上がれ、ミノタウロスが狙ってるぞ」
「無理だ……、起き上がれない……」
「なんだと!」
 ミノタウロスがなんと斧をブーメランのように投擲してきた。
「フレイ!」

 

■ Second Person (Ishaan) Start ■

 

 なんとかヴァーミリオンとミノタウロスの間に割り込む事に成功した。急いで全てのパドマを結合させ盾の形に変形させる。いつものようにパドマに防御させる手もあった。が、先ほどの威力を見ると、パドマだけでは防ぎきれないような気がしたのだ。パドマと斧が衝突する。どんな原理だ、斧は回転を続け、こちらを押し込んでいく。パパラチアの足が地面にめり込むのが分かる。
「保ってくれ、相棒……」
 だが、その思いは虚しく……。

 

◆ Second Person Out ◆

 

 一瞬、ぼーっとしてしまった。ふと気付くと、目の前でパパラチアが吹き飛ばされていた。まずい、衝突する!
《メギンギョルズで後進だ、飛べなくても》
 後ろには動ける、そうか。
 メギンギョルズを羽ばたかせ、後ろに位置をずらす。その無理でメギンギョルズは折れて消滅した。パパラチアはそのまま先ほどまで”私”がいた地面に衝突する。
 ミノタウロスがこちらにまっすぐ進んでくる。
「ここまで、なの……」
 赤い槍がミノタウロスに突き刺さる。それに続いて、金色の槍のようなものが4本、続けざまに刺さって爆発する。あれは、スカーレットのゲイボルグと、ダンディライオンのヴァジュラ?
「大丈夫、フレイ?」
「メイヴ、さん」
「動きは止めたわ、いまよ、シャイヴァ」
「了解。滅びの力《パーシュパタアストラ》!」
 上空からミノタウロスを覆うように四方に鏃が突き立てられる。
 直後、何が起きたのか、分からない。瞬きした次の瞬間には、ミノタウロスが消えていた。
『なん……だと、ブラフマシラスの使用が許されるほどの新人類が…………』
「随分と詳しいみたいね、あなたがイシャンから報告のあったアッシュね?」
 メイヴさんがゲイボルグを持ってアッシュに向かう。
「アッシュ、ね。妙だと思った。そんなDEM、聞いたことがない。なんで灰色なのかは分からないけど、それ、シュヴァルツよね。サンフランシスコの地下に隠してある」
「! そうだ、シュヴァルツだ。ユキが乗って、弓を使っていた。なぜ忘れてたんだ。………いや、おかしいな。あの時ヴァーミリオンはロキにやられて、ピッツバーグ攻略作戦は中止に……」
 メイヴさんがアッシュのことをシュヴァルツだと呼んだ瞬間、イシャンが奇妙なことを口走った。ヴァーミリオンが長期修復の必要に迫られたことなどないはずだ。今回が初めてだ。
《あぁ、この世界ではそれが正しい認識じゃ》
 と思ったらヴァーミリオンもなんか意味深な事を……。
「私の知る限りシュヴァルツは神性防御を持たない上、武器は剣しかなかったはず。あなたのそれは何? そして何者なの」
『僕はパツァーン。何者かなんて聞いてどうするのさ。ダムウェントスも無しに君達に何ができる?』
「煙に巻かないで、答えてもらうわよ」
『単に見つけて乗っただけ、武器もたまたまなんか使えただけ、理由なんて知らないよ』
「そう。じゃあ別の事を聞くけど、シュヴァルツのコックピットブロック、起動してないわよね? 起動していたら生体情報がモニターされて本部に届くはずだもの。あなた、フレイと同じ特異体質ね?」
『おぉ、それは正解。なんだ、君らも意外とやるんだー』
「説明して、何者なの。何が目的なの、そして、何を知ってるの?」
『んー、じゃあ答えてあげてもいいよ。フレイが僕と模擬戦して勝てたら、ね』
「なっ……」
『嫌ならいいよ。どうせ君らじゃ君らの言うところの特異体質の僕には勝てない、なにせ長期戦に持ち込まれるだけで負け確定だしね。どのみち君達には僕に何かを強制させる力なんてない、だろ?』
「くっ……、フレイ、やれる?」
「え、でも……」
 私は、パツァーンがクラン・カラティンの仲間ではなかった事、私と同じ体質の存在が他にもいた事、もし仲間が間に合わなければ私が死んでた事、いろんな事が頭の中を回っていてまともな返事なんてできなかった。
『どうせ今すぐは無理でしょ。また、ヴァーミリオンの修理が終わった頃に聞きにいくよ、じゃーね』
 どこかへと歩き去っていく。
 スカーレットとダンディライオンは”私”とパパラチアと、そしてなぜか倒れているアンバーの救援を優先する事にしたらしい。
 戦いが終わった事を理解した私は気が抜けて、コックピットに視界が戻り、そのまま視界が霞んで、暗転していった。

 

 To be continue...

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