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Angel Dust 第10章

「よ、フレイ、浮かない顔してるな」
 パパラチアのエンジェル、イシャンが声をかけてくる。
「あ、イシャン」
「しかし、流石はかつての二大勢力の片割れってところか。資料室の資料も立派だ」
 イシャンがその部屋の本棚を見回しながら呟く。事実、ここはクラン・カラティンの資料室ではない。アメリカの”基地”の資料室だ。私達は、あれ以降、アメリカに滞在している。
「しかし、本当にいろんな資料があるよな。見ろよ、神話関係の本とかもずらりだ」
 そう、神話。私は本当は”あの日”の美琴さんの言葉に従い、神話を勉強しに来たのだ。しかし、私が座っている机の上には一切本は乗っていない。
「ヴィシュヌ信仰の本もあるぞ、フレイも読んでみろよ」
 イシャンが一冊の本を私の机に置く。
「そんな気分じゃないか」
 まさに、その通りだ。”あの日”を境にまるで時間が止まってしまったかのよう。
「フレイにとっちゃ始めて戦友を失ったわけだもんな。まして、その直後にこの状況の大きすぎる変化、無理もない」
 そう、思い出す。”あの日”、その直後にアメリカから聞いた話を。私達は結論を出さねばならない。
「もう今日だぜ、どうすんだろうな、レディは」
 私達はその選択をメイヴさんに預けた。イシャンの言葉に合わせて”あの日”の説明が鮮明に思い出される。

 

◆ two week ago…二週間前… ◆

 

 通信で誘導された通りにヴァーミリオンをしゃがませ、降りる。
『エンジェルの皆さん、お疲れ様です、ブリーフィングルームへどうぞ』
 兵士らしい男たちが、誘導してくる。なんだか、ソビエト崩壊後、軍が力を持ってた頃の嫌な生活を思い出す。が、逆らう理由もないので、従う。そこにあったのは大きなスクリーンが設置された部屋だった。スクリーンというのは、投影という方法で大きく映像を映し出す技術らしい。「映画とか見なかった?」と言われたが、映画というものを見た記憶はない。
『集まってくれて感謝するよ、対ルシフェル統合軍の諸君』
『待ちな、俺たちはクラン・カラティンだ。だから、今俺はここにいる。対ルシフェル統合軍に入った記憶はないぜ』
 偉そうな男の挨拶にイシャンが静止をかける。
『イシャンの言う通りです。我々は対ルシフェル統合軍ではありませんし、違うからこそ仲間になったものたちもいます。呼び続けることで事実にしてしまおうとお考えなら、改めていただきたい』
 メイヴさんが割って入り、えらそうな男がたじろぐ。
『ミノーグ博士がおっしゃるなら。だが、、所属や指揮権についての最終的な結論はこの話が終わってからにしていただこう』
『本気で、私達があなたたちに与する程度のものをあなたたちが持っていると? まぁ、所属や識見についての結論は話を聞き終えてから、というのには同意します。だからこそ、今は我々の組織名を正確にお呼びください』
『噂に違わぬ強気なお方だ。コクセー博士が聞いたらなんと言うかな』
『許嫁の話はやめてください。父が勝手に決めた事ですし、過去の話です。もう父もコクセー博士もこの世にはいません。さっさと本題に入っていただけますか? 続く行軍で疲れている者もいます』
『そうでしたな、失礼を。改めまして、クラン・カラティンの皆さん、統合軍ではなくなったからこそ、自己紹介が必要でしょうね。私はサム、この新生アメリカ政府の軍事を担う者です』
『サム? まさか、シカゴの』
『おっと、それ以上は言わない方が身のためだ。単に私のことはサムと呼ぶべきだろうね』
『えぇ、それで構わないわ。メドラウドも変に藪をつつかないで』
『失礼しました、メイヴさん』
『よろしいかね? では説明を始めようかね』
 そういうと、サムがスクリーンの映像を再生し始める。
『これは半年くらい前の映像だ』
 遠くにあの大きな爆撃機が飛んでいるのが見える、その下にいるのは上級ルシフェルか。
『あの場所、少し前に見たクレーターがあった場所ね』
 メイヴさんがひっそりと呟く。
 そして爆弾が投下される。爆弾は地面の付近、ルシフェルの頭くらいの位置で爆発し、そこに太陽が現れた。もちろん本物の太陽じゃない。それは太陽にしか見えないような大きさの火球だった。ルシフェルの大きさと比較して、直径5kmはありそうだ。その後、高さ40km、幅160kmほどのキノコのような雲が発生した。
『やっぱり、アイビー作戦の……』
『ミノーグ博士はご存知だね。1952年、マーシャル諸島で行われた実験で、我々は最大威力の水素爆弾の開発に成功した。これは私達の知る限り最大の威力を持つ武器です。未曾有の大災厄たるルシフェルにこれを使わず、いつ使う? そして見よ、ここにいた上級ルシフェルは見事消滅した。この爆弾さえあれば、私達はもうルシフェルの脅威を恐れる必要はない、と言うわけだ、どうかな?』
『なるほどね、あなたたちの魂胆はわかったわ。その防衛手段、ひとつ欠点があるようね?』
『伺おうか』
『もし、街中にルシフェルが現れたら、どうするつもり。直径5kmを問答無用で抹消するその爆弾では、街の人々を守れないんじゃない? だから、貴方達はクラン・カラティンの力を欲している、どうかしら?』
 メイヴさんとサムさんのやり取りは見事だ。しかし、私を含め多くのエンジェルはショックを受けていた。まさか、ルシフェルを倒す手段がある、だなんて。
『お見事だね。でも、ディック……失礼、大統領はこうも言ってなかったかな? 奴らの巣を特定し、倒す手段さえ提供できる、と』
『随分もったいぶりますね。ご存知なら教えていただければ良いのでは? それとも単なるブラフですか?』
『まさかまさか。本当だとも。もちろん、私達だけでは出来ない。しかし、君達だけでも出来ないはずだよ。だから、私達は協力し合う必要があるはずだ』
『それでは、さっさと聞かせていただけますか?』
『もちろん。こちらを見てもらおう。アメリカが誇る天体観測技術で測定した事実だ。奴らは月からやってきている。奴らの住処は、月だ。そして、月に到達できる可能性があるのは、宇宙開発競争をソビエトとずっと続けてきた、我が国だけだ。そうだろう? 少なくとも君達にはそんな技術も知識も物資もない』
 全員が息を呑んだ。奴らが宇宙から来たる宇宙人だ、と言うのは何度か雑談の話題として使われていた。まさかそれが真実だった、と言うのか。
『お話はわかりました。持ち帰り、検討させていただきます』
『あぁ、構わないよ。ただし、結論が出るまではこのアメリカで逗留してもらおうか。二週間待つ。良い結論を期待しているよ』

 

『どうするんだ、レディ?』
『どうするんです、メイヴさん』
 部屋を出てすぐ、エンジェル達がメイヴさんに問いかけた。私も例外じゃなかった。
『考えさせて。とりあえず、みんな、部屋の割り当てがあるみたいだから、男女それぞれに担当がいるみたいだから、ついていきましょ』
 と、男女に別れる。その間に、メイヴさんは紙に何か書いて、折りたたむ。
『安曇、これを次の定期便でラーヒズヤに』
 腰にぶら下がっていた歪な五芒星にその折りたたんだもの――多分手紙だ――を押しつけると、ふっと消えた。安曇さんが向こうで受け取ったのだろう。

 

◆ Current現在 ◆

 

「考えてみると変じゃない?」
「何がだ?」
 回想を踏まえてふと声に出すと、イシャンがそれを拾ってくれた。こんなふとしたつぶやきすら英語で呟くようになっていた自分に少し驚く。
「いや、ほら、ルシフェルは放射線に弱いっぽいんだよね?」
「あぁ、俺もネバダ州の大クレーターを見に行ったことがあるんだが、なぜかそこに留まってるルシフェルがいてな、ドロドロに溶けて、戦闘どころかもう生きてるのかすら分からなかったよ」
 そんなことがあったのか。
「でもさ、あいつら、宇宙から来たんだよね?」
「らしいな」
「宇宙って放射線がいっぱい飛んでるとかって話じゃなかった?」
「確かに聞いたことがあるな」
「でしょ、なんで宇宙から来たあいつらが放射線に弱いの?」
「…………天然の放射線には強いが、人工の放射線には弱いとか?」
「そんなのあるの? 天然物と人工物の違いなんて有り難さくらいじゃない?」
「いや、ルシフェルは神性みたいなオカルトの存在だから、その有り難さが重要な違いってこともあるかと知れないぜ?」
 真偽は分からないが、説得力はある。まぁ、オカルトなんだからなんだってあり、と考えてしまえばそうなってしまう。実際どうなのだろう。
「美琴さんがいればな」
 考えても無駄なことだ。もう彼女はこの場にはいない。
「ヴィシュヌ信仰の本、か」
 それはつまり神話の本、という事だろう、多分。あの時、美琴さんは自分がフォールダウンする事を理解していたはずだ。つまり、あれは美琴さんの最後の言葉だ。最後の言葉としてあんな言葉を残したからには、そこには何か意味があるはずだ、分からないけど。
 本を開く。しかし、やはり頭はなんだかまとまらず、本の内容が頭に入ってこない。浮かんでくるのはさっき思い出したばかりの美琴さんの最後、即ち、フォールダウン。
 ずっと、名前だけは知ってはいた。「Warning Falldown」の文字は、私にとって始まりの光景の一つと言える。あの時の状況も簡単には聞いていた。エンジェル達はエンジェルオーラを使いDEMを動かす。しかし、エンジェルオーラを使い切ると、フォールダウンが起きる。
 このため、コックピットブロックにはエンジェルオーラの消費をモニターする機能が付いている。厳密には現在の科学ではエンジェルオーラの実態を掴めてはいないので、エンジェル達の体感消費量を元に総量と各使用量の仮の値を設定して計算しているだけだが。コックピットブロックを起動する時、エンジェルが誰かを選択する必要があるのは偏にこのエンジェルオーラの管理のためであり、そしてこの管理は緊急時にコックピットブロックを強制排出するのに使われる。
 しかし、まさかそれがあんな大爆発を引き起こす現象だったなんて。しかし、同時に納得もできる。コックピットブロックの強制排出はどう考えても危険だ。戦場で人間を敵の足元に放り出すに等しい。それどころか、廃人化を引き起こす可能性もあるらしい
 だが、フォールダウンしてしまえば、そのDEMは失われてしまうという前提を組み合わせれば話は変わってくる。コックピットブロックの強制排出はエンジェルを犠牲にしてでもDEMを保護するための手段なのだろう。
「ダメダメ。よし、読むぞ」
 首を振って思考を追い出す。ヴィシュヌ信仰の本とやらを手に取り、ページを開く。

 

「ふぅ、読み終わった。けど……これって……」
 イシャンに確認しないと、と周囲を見渡すが読むのに集中してる間に何処かに行ってしまったようだ。とりあえず廊下に出る。
『やぁフレイ』
「あ、えっと?」
 久しぶりにロシア語を聞いた気がする。咄嗟にロシア語で返せなかった自分に驚く。私と同じ歳くらいの青年だ。胸にカンパニュラの花らしき意匠の入った黄色いワッペンをつけている。アメリカかロシアの軍人?
『初めましてかな? ボクはパツァーン、デウスエクスマキナ・セールイのエンジェルさ。君と同じ、ロシア人だよ』
『そうなんだ、よろしく。私はフレイ。ヴァーミリオンのエンジェル。イシャンを見なかった?』
 クラン・カラティンの仲間だったのか。それにしても久しぶりにロシア語を使った。不思議だ。少し前まではずっと使ってはずなのに。でも考えてみたら前に使ったのっていつだっけ?

 しかし、серый灰色とは。DEMは発見地である中国の意向で中国語で名付けられた紫水晶以外は英語で命名される規則になっている。よって、おそらく彼の乗るDEMの正式な名称はデウスエクスマキナ・アッシュ、と言ったところだろう。
『イシャン? パパラチアのエンジェルの? 彼なら確か向こうの談話室にいたよ。アメリカ軍の人たちと話してたな』
『ありがとう』
 お礼を言って駆け出す。まだ知らないエンジェルがいたとは。それにしても、пацан少年とはなんというネーミングか。親はどういうつもりだったのだろう。
「お、フレイ、こんなところにいたか」
 廊下を歩いていると、角でイシャンに先に声をかけられた。
「あ、イシャン、聞きたいことが」
「それは後だ、フレイ。旧サンフランシスコとこの”基地”近く、それから、俺たちクラン・カラティン所有の捕鯨船『ピークォド』にそれぞれ、ルシフェルが接近中だ。いずれも抜かれちゃならねぇ、フレイは飛行が出来るから、ピークォドに向かえってさ、とにかく、コックピットに乗り込めば安曇が転送してくれるらしいから、頼んだぜ。俺もピークォドに展開することになるらしいから、よろしくな」
 捕鯨船『ピークォド』はサンフランシスコの発電機の稼働に必要な鯨油を運ぶ重要な使命を帯びた船だ。この船が沈めば、サンフランシスコは闇に消える。それは、ダメだ。
 イシャンと別れてDEMの保管場所に急ぐ。アメリカはDEMによる決起を恐れたらしく、アメリカに一時駐留するDEMを分散して配置するように指示した。私とイシャンがそれぞれ違う方向に走り出したのはそのためだ。

 

◆ 1961年12月15日(金) 太平洋上 ◆

 

「到着、ピークォド号を視認」
「こちらも同じくだ、だが、ルシフェルはどこだ?」
 転送の完了を確認して通信を繋ぐとイシャンの返事が返ってくる。見ると、ピンクに近いような薄い赤系の色のデウスエクスマキナ・パパラチアが背中に鳥のような翼を展開して浮遊していた。
 あの武装はピッツバーグ攻略作戦中に突然カタログに追加された不可解な武装だ。確か武装の名前は、ガルーダ。先ほど読んだ本においてヴィシュヌのヴァーハナ乗り物と紹介されていたカシュヤパとヴィナターの息子。
「フレイ? 聞いてるのか?」
「あ、うん。ルシフェル、見当たらないね。降下してきたのは、間違い無いんだよね?」
「あぁ。しかも上級ルシフェルだって話だったが……」
 直後、海面から大きな魚のような白い何かが飛び跳ねて、ピークォド号の上を飛び越える。
「今の、まさか、ルシフェルか?」
「まさか水中戦に特化したルシフェルだなんて……、なら……。神の一筋、《グングニル》!」
 背中に重い感覚が乗る。
「待てフレイ、熱線攻撃はダメだ」
「どうして? 敵を追尾するグングニルなら……」
「お前のグングニルや俺のブラフマーストラは高温の熱線を発射する。それはおそらく着水すると周囲の水を蒸発させるだろう。この場でそうなれば、最悪ピークォド号が落下、ただの地面となった海底に衝突してしまう恐れがある」
「っ、そうか……。でも、それならどうするの?」
「海中に侵入し、近接戦闘で仕留めるしか無い」
「危険だよ、向こうは海中戦に特化した姿をしてる、なのにこっちは」
「それでも、ピークォド号を守るためには、やむを得ない。なに、守りは任せてくれ」
 パパラチアの最大の特徴、背中に背負った蓮の花の花弁が分離し、周囲に浮遊する。パドマと呼ばれるその不思議な武器は、かつてパパラチアに搭乗した私が操ることの出来なかった謎の武器だ。だが、その防御に攻撃、移動といった様々な用途をこなせるあの武装はどのような局面でも頼もしい。
「よし、ダイブだ!」
 海中に突入する。動きが重い。水が重く動きを阻害する。これであれと格闘戦??
《まさか水中戦とはのう。ロキめが鮭に変身して川に飛び込んだのを思い出すわい。エーギルの元に導かれんようにな》
 ヴァーミリオンが訳の分からない事を言う。ロキって誰だ。エーギルって誰だ。いや、それとも……。
「来るぞ、フレイ!」
「災厄の杖、《レーヴァテイン》!」
 水棲ルシフェルが突っ込んでくる。レーヴァテインをとっさに呼び出しガードする。
「ちっ、これじゃ、守るので手一杯か」
 そのまま、パパラチアにも迫り、パドマでそれをなんとか受け流す。
「フレイ、俺がなんとかパドマで奴の動きを止める。そこをズバッと頼む!」
「分かった」
 宣言通り、水棲ルシフェルが私のそばを通過しようとしたその時、パドマが左右からそれを挟み込み、動きを止めた。見ると、象のような鼻に、とぐろを巻いた尾、と少し特徴的な見た目をしている。
「よーしっ!」
 斬りかかる、が、水に動きを取られてうまくいかない。
「まだか、フレイ……くっ、振り払われる……」
「×××の杖」
 次の瞬間、海が二つに割れた。
「なっ!?」
 そこから降りてきたのは灰色の鋼鉄の巨人。手には蛇の杖。
「デウスエクスマキナ・アッシュ……?」

「アッシュだと? いや、あの見た目は、ユキの奴が……、なんだ、ユキって誰だ……、今の記憶は、なんだ?」
「イシャン?」
 突然、パドマが停止する。とはいえ、水を失った水棲ルシフェルは地面の上では跳ねるしかない。私は水から解放され自由になったその体を動かし、水棲ルシフェルのコアを破壊した。
「ありがとう、パツァーン」
『すまない、その言語は分からないんだ。また会おう、フレイ』
 アッシュが武器を消し、水が左右から押し寄せてくる。
「イシャン!」
 パパラチアの腕を掴み、メギンギョルズを羽ばたかせる。
「フレイさん! よかった、繋がった」
「え?」
「通信が切れてたんですよ、ずっと」
「あー、水中にいたからかな。ルシフェルは倒しました、ピークォドも無事です」
「分かりました。それではアメリカの”基地”に転送します」
 いつもの歪な五芒星が出現し、転送が始まる。

 

◆ 2019年12月16日(土) 新生アメリカ ”基地” ◆

 

「おぉ、フレイか、どうした?」
 パパラチアのコックピットブロックを開けると、そこにはイシャンが座っていた。
「どうした、じゃないよ。見当たらないと思って目撃証言を聞いて回ったら、帰還後一度も誰も見かけてなくて、まさか、と思ったら……」
《無駄だ、同胞よ。我が移し身には原因不明の記憶の混濁が見られる。戦闘中から今まで、時間経過を認識できていない》
 パパラチア、私のことを嫌ってたはずなのに、まさか声をかけてくるなんて。
《私が直接、我が移し身をどうにかするのは無理だからな。同胞なる君に頼むほかないというわけだ》
 心を読んだかのようにパパラチアは言う。私は過去にパパラチアの武装を増やすためにパパラチアに載ったことがある。その時、パパラチアは明確に「今回は武器が必要だから仕方ないが、今後私を操ることは叶わないと思って欲しい」と言われたのを覚えている。私に対する敵意と言うより、イシャン以外のエンジェルに載せる気は無い、と言う方が適当なのだろうか。すごくイシャンに懐いてる、みたいな。
「ところでフレイ、お腹空かないか? 一緒に食堂に行くのはどうだ?」
 イシャンの気の抜ける言葉に、私はため息をつきながら応じる。

 

 食堂に着く。スジャータとチュンダ、そして僅かなアメリカ軍の兵士がいる。
 二人で料理を受け取り、席に着く。するとどう言うわけか、食事途中のはずのスジャータとチュンダが席を立って歩いて行った。
「えっと? イシャン、二人に嫌われてるとか?」
「ずいぶんズバリ言うな……。いや、俺がクシャトリアだからだろう」
「クシャトリア? なにそれ」
「俺たちの住むインドにはヴァルナって言われる身分階級があるんだ」
労働者階級 プロレタリアート 資本家階級 ブルジョワジー みたいな?」
「おぉ、それとはちょっと違ってな。その二つは頑張りによっては入れ替わるだろ? ヴァルナはそう生まれたら変わらないんだ。で、俺は 王族 クシャトリア 、スジャータとチュンダは 庶民 ヴァイシャ でな。身分が違って、身分が違うものが一緒に食事をすることは許されないんだ。ここはインドじゃ無いし、俺は気にしないんだが……。インドでは当たり前のことなんだよ」
 身分制について説明するイシャンはやけに熱心だった。そう言えばイシャンは家を飛び出して傭兵として生きてきたんだっけ。身分制を含めて故郷に色々と思うところがあったのかもしれない。
「と、そんなことより、何か聞きたいことがあったんじゃないのか?」
「そうそう。この、ヴィシュヌ信仰の本を読んだの。そしたら、ガルーダとか、スダルシャナ・チャクラとか、ブラフマーストラとか、パパラチアの武装と同じ名前で……」
「なんだ、フレイ、知らなかったのか?」
 と説明すると、イシャンは目を丸くして驚いた。
「DEMは……えっと、俺たちは「ベース」って読んでるんだが、なんらかの神話をベースにしてるんだ。俺のパパラチアなら基本的にヴィシュヌ神の使う武器や乗り物が使えるって形だな」
 全く知らなかった。イシャンをはじめとして、クラン・カラティンにはやけに神話に詳しい人が多いと思っていたけど……。
「必修科目だったんだ……」
 私は最後にとっておいたプリンを完食し、駆け出した。
「え、おい、フレイ? まだ全然食ってねーじゃねーか」
「あとあげるー」
「いや、こんなに食えねぇよ。つかプリンだけちゃっかり食いやがって、偏食は体に悪いんだぞー」
 駆け出した先にあるのはもちろん、資料室。私は、あらゆる神話を今から学ぶ必要があるみたいだ。神話とか童話、知識を得るのに無駄だと思って切り捨ててきたモノに足元をすくわれるなんて、少し悔しい。

 

 To be continue...

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