Angel Dust 第16章
彼は突然現れた。
私達人類は今、おおよそ母なる星で過ごすには適さない巨大な見た目をしている。
これが元通りの姿になるまで、あと10世紀はかかるだろうか。
我々の母なる星への帰還はその後になるはずだった。
母なる星に、新たな人類が誕生していたが、我らが主が、我らを受け入れる土壌を、我らと同じくする信仰を、用意してくれるはずだった。
ところが、彼が突然現れた。
我らが求めて止まぬ、元通りの見た目をした彼。
それどころか、いかなる神秘か。新たな人類の姿を取ることも可能となっていた彼。
彼は言った。
「いかなる
皆は喜んだ。
そこで地上に送るつもりだった無人偵察機を有人仕様に変更し、地球へと送り込んだ。
そして彼は、新たな人類の凶暴性の最初の餌食となったのだ。
◆ Third Person Out ◆
「夢、か」
最近、ルシフェルたちからずっと聞き取りをしているから、夢に見たようだ。
それにしても夢で改めて映像として見ると本当に謎だ。
メジヂはどうやって人間の姿を手に入れた?
いや、そもそもなぜあと10世紀はかかるはずの小型化をそんなあっさりと成し遂げた?
そして何よりも、彼らの記憶によればメジヂは1947年に死亡している。
その後メジヂが彼らの記憶に再び現れるのは、我々がピッツバーグ解放作戦を進行している最中だ。彼らはこれを「再臨」と呼んでいるらしい。
思えば、あの頃からルシフェルの動きは戦略的なものに変化している。クラン・カラティンの重要地点の同時攻撃、複数体のルシフェルによる集団攻撃、そして……100を超えるルシフェルの投入……、つまり、美琴さんの
「…………」
っと、いけない。冷静さを保たないといけない。私は以前に感情を高ぶらせた結果として、味方に剣を向ける愚を犯した。
その結果、私は今、かつてミノーグ博士とコクセー博士という二人の研究者が主に使っていたらしいフィラデルフィアの研究所にいる。隔離されている、と言うべきだろうか。
過去にDEMを収容するために作られた倉庫にこちらに与することを選んでくれたルシフェル達を収容し、事情を聞く毎日だ。
私達が堕天と呼んできた黒く体を染めたルシフェルはアロンモードと呼ばれる本部からエネルギーを絶たれた状態だ。
よってなんらかの方法でエネルギーを補給しなければ彼らは死んでしまうのだが。
偶然か、意図的なものか、フィラデルフィアの研究所は龍穴と呼ばれる循環している星のエネルギーが噴き出す地点に作られており、辛うじて生命活動を維持できる状態にあるらしい。
まぁ、研究所に残されてる資料の中に、
「さて、今日はここから読むか」
なにせ、ひたすらルシフェルから話を聞くというのも暇なもので、こうして、かつて二人の博士が書いたらしい論文やら、二人の博士が集めたらしい資料やら、そう言ったものを読むのが習慣になっていた。
この二人、特にコクセー博士の方がそうなのだが、かなり興味に導かれるままに研究していたらしい。
フォルト粒子、量子もつれ、二脚歩行技術、そして先の惑星内循環資源……。私は研究者ではないから詳しいことはわからないが、ここまで手当たり次第に手を出していては、成果も出ないだろう。あるいは、その次の世代の研究者……例えばコクセー博士の娘辺りがこのどれかの研究を引継げば、その成果が出るかも知れないが。しかし、それももう叶わない話だ。以前、ミノーグ博士、つまりメイヴさんが言っていた「コクセー博士はもういない」と。故に、コクセー博士の子どもがこの世界に生まれ落ちることはない。
惜しい可能性をなくした。
ここにあるたくさんの研究資料を見ていると、コクセー博士に会ったことすら無いというのに、彼がなくなっているという事実が無性に悲しくなる。これも、ヴァーミリオン……オーディンから受け継いだ第三視点なのだろうか。
カールカール、と窓から入ってきたカラスが鳴く。
「フギンの方、ってことはお客さんか」
資料をざっくりとまとめ直し、資料室を出る。
「フレイ、お客さんが来てる。応接室に通したよ」
まとめ役のルシフェルが私に教えてくれる。
「うん、ありがとう」
ルシフェルに手を振って、応接室に入る。
『よっ、フレイ。調子は良さそうだな?』
『イシャン、久しぶり』
『おう。今日からこの辺の防衛担当は俺になったからな、挨拶しておこうと思って』
『ふーん。わざわざ挨拶に来る人ってそんないないよ。あ、せっかくだからチャイ淹れてよ』
『おぉ、いいぞ。給湯室借りるぞ』
『うん。お願い……。ん?』
給湯室に入っていったイシャンに、なにか変なものがへばりついてたような……?
『見間違いかな』
『はいよ』
『飛んでる……』
ピンク色の空飛ぶ板の上にチャイの入ったグラスが乗っていた。
『えっと、それは?』
『ん? あー、話したことなかったか。俺もマスターしたのは去年くらいなんだけどな。とりあえず、立ち話もなんだから』
空飛ぶ板が机の上にグラスを置く。そして、イシャンも座る。空飛ぶ板はそのまま背中の辺りに張り付いた。さっきみえたのはあれか。
『で、どういうことなの?』
『あぁ。まぁ話せば長いんだが』
『長くてもいいからっ! はやく!!』
自分でもびっくりするくらい、知りたいという思いが強い。
実際のところ、本気で知りたいと思えば見えてしまう。この世界の事に限れば、今の私に知らないでいられる事はない。いや、月にまでは届かないから世界は言い過ぎにしても、少なくとも、イシャンやメイヴさんと一切言葉を交わす事なく、クラン・カラティン、そして地球を取り巻く全ての動きを把握できるだろう。
けどそれでは意味がない。こうして誰か越しに情報を聞く、その楽しさ、喜びは大きい。
『まず、事の発端は約五年前、お前がここに配属されるきっかけになった時の事だ。お前はレーヴァテインをその手に呼び出した。覚えてるか?』
『そりゃ忘れるわけないよ。あれのおかげで、わたしはずっとここにいるんだから』
そして第三視点を可能な限り封じ、ひたすら資料とルシフェルとお喋りする日々だ。
『そうだよな。あの後話していて思ったんだよ。DEMに乗ってると、どんどんその神性がエンジェルに移っていくんじゃないか、って。だとしたら、パツァーン……メジヂが他のルシフェルより強い神性を持ってるのも納得だろ? 多分あれは月のコアとやらと接続してたから得られた力。つまりルシフェル達を天使の神性としたら、メジヂのあれは唯一神の神性なんじゃないか?』
『なるほど』
それは少し違う気もする。というより唯一神って神性持ってるのかな。けどいずれにしても、メジヂの神性が一際強い理由がコアと接続してたから、という点には同意だ。
『けどそれって、旧人類そのものであるメジヂとか、旧人類の特性を強く受け継いでる私とかだからできる事なんじゃないの?』
『まぁな、俺もそう思った。だからずっと頭の中には考えとしてはありつつも、俺とは関係ない話だと思ってたんだ』
『ところが、4年ほど前か。一人少年がやってきてな』
『少年?』
『あぁ。キョーヤとか言ったかな、美琴の知り合いだっていってたから、多分日本人だ』
日本人……。どんな人だったんだろ、見てみたい衝動にかられるが、ここはぐっと我慢。イシャンの話を聞こう。今日はそれを楽しむんだ。
『それで、そいつはマラカイトを見に来たらしい。5年おきにマラカイトを整備するって約束だったんだと』
『マラカイトの整備? マラカイトって整備が必要だったの? え、他のDEMってそこまで整備しないよね、コックピットブロックはするけど』
『だな。レディに聞いた所、マラカイトとラファエルは整備が必要らしい』
マラカイトとラファエル。……そうだ、その二つには他のDEMにはない共通点がある。
『新人類の世界であることが前提になってる』
『あぁ。それは俺も考えた』
マラカイトのベース、日本神話は日本列島が如何にして出来上がり、日本の朝廷が如何に成立したかを説明するものだ。別にそういう神話は珍しくない。世界各国に残っていることだろう。だが、DEMのベースになっている多くの神話はそうではない。国家や実際の地名、実在の人物には依らないものが多い。あるいはあったとしても最後の方、人類との接続のためのエピソードだけだったりする。
これは当然の話で、DEMのベースとなる神話は
ラファエルなんかはもっと露骨だ。ラファエルはアーサー王伝説という騎士物語をベースにしているがこれは明らかに我々新人類の歴史上に刻まれている神話だ。まさか旧人類の時代にもブリテンやサクソン人が存在したというわけはないだろう。
『マラカイトとラファエルは新人類によって作られた?』
『のかもな。DEMの主な素材はえーっと……』
『うん。神性記憶合金は日本の玉鋼と神秘的要素が極めて類似している。真似をして作ることは決して不可能じゃなかったはず。戦前の日本は宮内庁じゃなくて宮内省だった。今よりもっと神秘的な部分の権力も強かったはずだし』
『あぁ。しかもちょうどイギリスはかつて日本と同盟を結んでた。日英同盟って言ってな。マラカイトとラファエルはその頃に作られた可能性が高いな』
もちろん、推測の域を出ないけど。
『ってか。違う、イシャンのその空飛ぶ板の話だよ』
『そうだったな。
アヴァターラというのはインド神話において「化身」とかそういう意味の言葉だ。原義には「転落」のような意味もあり、要は何かを成すために身を落とす、というような意味も含む。例えば、ヴィシュヌは世界を救うために何度も人間の姿を取った。厳密にはこれはイシャンが信奉するヴィシュヌ派の見解であり、シヴァ信仰者にはまた違った言い分があるようだが。
『え、ってことは、イシャンはヴィシュヌの化身ってこと?』
『キョーヤが言うには、な。実際、イシャンってのはヴィシュヌの別名だし、もう一つの世界でも、アンリのやつが「名は体を表す」みたいな事を意味深に言ってたし。……そういやフレイ、また脱線なんだが、一つ聞いていいか?』
『ん? 何?』
『”もう一つの世界”以外の世界を見たことは?』
『え、っと、ない、けど』
この世界かもう一つの世界か、そのどちらかだけだ。
『そうか。いや、考えてたんだよ。なんでその二つだけなんだろうと思ってさ。ほら、お前にこの研究所にある他世界解釈の資料送ってもらったろ? あれが正しいなら、もっとたくさん、似たような世界があるはずだ』
『それはそうだよね』
世界は様々な局面で分岐しているはずだ。例えば私が「デウスエクスマキナには発砲できないように」というロックをしていない世界なら、大統領も死んでいないかもしれない。しかしそんな世界を見ようとしても見ることは叶わない。
『となると、考えられるパターンは二つだ。一つはこの世界とあの世界には何かしらの縁がある。もう一つは1957年にルシフェルが襲来した世界は二つしか無い』
『だね。まぁ後者はありえないと思うけど』
『だな。なんであれ選択か乱数が発生すればそこで世界は分岐するはずだからな』
あるいは私達の知らない例外があるのか。
『まぁ、話を戻すか。それで、俺は思ったんだ。もし本当に俺がヴィシュヌのアヴァターラだったなら、もともと神性が宿ってるわけだから、フレイみたいに武器を呼び出せるんじゃないかと』
『確かに』
『で、結果がこれだ』
背中からピンクの板が浮かび上がる。
『え……ってことはそれ、パドマ?』
『あぁ。他の武器は全く呼び出せなかったが、パドマだけはパパラチアの外からでも操作できた』
『へぇぇ……すごいなぁ』
パドマはパパラチアの背中についている蓮の花弁のような装飾だ。ただの装飾ではなく、花弁一つ一つが「パドマ」と呼ばれる変幻自在の自立浮遊する攻守一体の武器で、相手にぶつけたり、味方を守ったり、合体して剣や浮遊するサーフボードに変形させることも出来る。
「フレイ、敵が接近中だ! 1分後にこのフィラデルフィアに到達する」
『イシャン!』
『敵か! よし、フレイはおとなしくしてろよ。言ってくる』
イシャンが研究所を飛び出していく。
……ちょっとだけなら、覗いてもいいかな?
■ Second Person Start (Ishaan) ■
研究所を出る。
空を見上げるとちょうどルシフェルが落下してきていた。
”私”は知っている。イシャンは落下という言葉を使ったが、これは正確ではない。ルシフェルは月から大気圏内までを転移してくる。まぁそこから地上まで落下するのは確かなんだけど。
あれ? ってことは、新生アメリカ政府が確認した月面から地球に向かう途中のルシフェルの映像って一体……
”私”のふと浮かんだ疑問を余所に、俺はルシフェルの落下地点に向かって駆け出す。
背中のパドマを手元に移動させ、筒状にして握りしめる。
ルシフェルが目前に迫る。
同時、背後に俺の相棒、パパラチアが転送されてくる。
俺は躊躇なく、ルシフェルに向けて筒を振りかぶる。
相棒の背のパドマが分離し、筒の先端と筒を握る腕に合体していく。
パドマで出来たDEMサイズの大剣が落下してきたルシフェルを受け止める。その人間の身ではとても受け止めきれない衝撃を腕に合体したパドマが逃す。
パドマの大剣で衝撃を殺されたルシフェルが地面に着地する。
ふぅ、なんとか衝撃を和らげられたな。失敗してたら、ここで研究所が半壊してた。
パドマに捕まると、パドマが俺を直立した俺の相棒のコックピットに運ぶ。
「よっし、いくぜ相棒」
そして相棒を起動させる。
三つのモニターにそれぞれ情報が表示されていく。
正面モニターは正面視界。
右モニターはパドマのステータス。
左モニターはパドマをトラッキングするためのカメラ映像。
「このタイミングでフィラデルフィアを攻撃とは、どういうつもりでしょう」
「分からんな。とりあえず敵は騎士型一体だ。さっさと終わらせる」
安曇からの通信に答える。
「いくぞ、パドマ!」
右モニターに6つ表示されたひし形のうち2つの右に表示されている文字が「
パドマはその気になればどこまでも細かくなる。例えば100を超える小片として全てを個別に操作することも決して不可能ではない。が、それは困難だ。なので、俺は6つの「ユニット」という単位でパドマを操っている。
今の操作は、相棒の背中に合体していたパドマのうち2ユニットが背中から分離し、待機状態、空中に浮遊している状態になったことを示す。
こちらが攻撃姿勢になったことを理解したのか、騎士型が剣を抜く。
「
「なんて言ってんのかわかんねぇけど、相手になるぜ!」
武器は大剣か。なら受け止めるには2ユニットは必要だな。
右のモニターの「
これで2ユニットのパドマが防御配置になった。パドマは単純な命令であれば自動実行してくれる。おそらく相棒が代わりに動かしてくれるのだろう。
防御状態のパドマは敵の攻撃に対して自動で妨害行動を行ってくれる。
「さて、こっちから行きますか」
先程、「
まずは牽制!
2ユニットのパドマをそれぞれ一つの塊として騎士型にぶつける。
相手は防御姿勢すら取らずそれを鎧で受け止める。
「ならこうだ!」
パドマの形状を変化させ、相手に張り付いて連続攻撃を与えるのに特化させる。
直接指示状態のパドマのアイコンの下に「
「こいつを、左右から!」
丸鋸のような形状に変化したパドマが左右から騎士型に襲いかかる。剣は一本、防御するにしても両方は不可能だろう!
「
二本目の剣が出現し、左右両方のパドマが同時に受け止められる。
剣の金属とパドマの回転刃が激しく衝突し赤い火花を散らす。
「まさか、大剣と短剣を同時に使うとはね。大太刀と小太刀を同時に使ったっていう日本のムサシ・ミヤモトみたいだ!」
だが、敵は一歩も動けていない。これで決められる。
「防御を破棄、攻撃開始!」
「
”私”は驚いた。パドマを合計4ユニットも直接指示している。かつてのイシャンは直接指示できるパドマは1つが限界、と言っていたはず。そりゃそうだ。人間は通常、複数のものに常に気を配り続けることなど出来ない。2つまでならまだ、本体も動かしてないし、頑張ったのかなぁという感じだが4つとなると……。キョーヤなる少年から聞いたという話、イシャンがヴィシュヌのアヴァターラだという、どんどんその力が目覚めている、そういうことなんだろうか。
「
騎士型がパドマを弾き飛ばし、一気に駆け出す。
その瞬間、俺は自分の判断の誤りを理解した。
やつは二つのパドマで手一杯だったんじゃない、そう見えるように手を抜いていただけだ!
今、俺の身を守る
ピンチになると人間の頭は高速で思考すると言うが、今まさにその状態だ。
騎士型は依然、突きの姿勢でこちらに突撃を敢行中で剣の先端がこちらの胴体にむけて迫っているのがスローモーションで見える。
どうする……。高速回転する頭がはじき出した選択肢は三つ。
1,ガルーダウィングを展開し、バックステップ、その後空中に退避する
2,スダルシャナ・チャクラを展開し、攻撃をそらす。
3,後ろに下がりながらパドマを展開し、剣が到達するより前に前後のパドマで挟み撃ち。
まず3は論外だ。後ろに下がった程度でパドマを展開する時間は稼げない。
2も無理だ。スダルシャナ・チャクラではあの大剣は防ぎきれない。せいぜい、致命傷を避けられるくらいだ。
……となると、1か。
だが、逃げるだけでは勝てない。
ふと視線を右モニターに向ける。
「!」
いつの間にか、第5ユニットの状態が「
それが相棒の答えなんだな。分かった。それで行く。
「悪を罰する太陽の光、《スダルシャナ・チャクラ》!」
巨大なチャクラムが右手元に出現する。
右操縦桿を操作し、中央モニターのレディクルを大剣の先端に合わせ、右操縦桿のトリガーを引ひ、さらに右操縦桿を左に倒す。
スダルシャナ・チャクラと大剣がぶつかり合い、赤い火花を散らす。コックピットに一直線向かってきていた大剣が僅かにずれる。
左モニターと中央モニターの境目から大剣の先端が突き出し、そのまま俺のすぐ左を黒い壁にしか見えない大剣が貫通していく。
「この状況なら、お前も攻撃を避けられない!」
右操縦桿の親指対応トラッキングボールでモードを切り替え、再びトリガーを引く。
フラフープのように相棒と騎士型の周囲をスダルシャナ・チャクラが取り囲む。刃は炎上を始める。
「騎士型が慌てて距離を取ろうとするが、チャクラムが阻む。
右モニター直下に取り付けられた、赤いボタンをプッシュする。右モニターが相棒の右肩に装着された巨大な砲の操作画面に切り替わる。
ブラフマーストラ。エネルギータンクでもあるパドマにチャージされたエネルギーを消費して熱線攻撃を放つ砲だ。装填されたエネルギーを一気に全消費し撃ち出す性質のため、神性で大きくこちらを勝る相手でも装填したパドマの数次第ではその瞬間出力で勝ることが出来る。フレイの武器でさえ弾かれたパツァーンのヴァイスの神性防御ですら全装填であれば傷つけることが出来る。
そして、相棒がいつの間にか既に1ユニット装填してくれている。
右操縦桿の操作でレディクルを合わせる。人差し指から小指までに対応したボタン全てを同時押しすると、レディクルの形状が変化し、照準が確定したことを示す。合わせて、砲が稼働、伸長する。騎士型の胸元に砲が突きつけられる。
「こいつの接射は、痛いぜ?」
トリガーを引く。
「
砲の先端から放たれた赤い熱線が騎士のコアを確実に貫通し、地面を焼く。
「ふぅ。今回の敵はなんだかおしゃべりだったな。何を言ってるのかはさっぱりだったが」
後でフレイにでも聞いてみるか。
「安曇、俺はいまから降りるから、回収は降りてから頼む」
「安曇? ……どうした?」
通信機のボタンはちゃんと押下しているのに反応がない。
「これ、君たちの通信方法であってるよね?」
「なっ、この声、パツァーンか!」
次の瞬間、通信機から聞こえてきたのはパツァーンの声だった。
「僕は今、全人類に向けて語りかけている。これは最後通牒だ。新人類よ、全滅せよ」
何が最後通牒だ、もうすぐでお前を討伐する準備が整うんだぞ。
「クラン・カラティンに勝ち目はない。なぜなら、未だに人道などというくだらない道理を振りかざしているからだ」
パツァーンの宣言は続く。
「お前たちは五年前のあの時点で、降伏勧告などと言うくだらない戯言を弄さずに速やかにメインコアを破壊すべきだった」
こいつ、俺たちを愚弄してやがるのか……。あるいは分断でも狙ってるのか。確かに俺は当初降伏勧告に反対していた。だが、ユピテルと話した今なら分かる。人道を貫くことこそが重要だ。まして、こいつみたいに人道を下らない道理という人類と一緒になってはいけない。
「勘違いするな。これは純粋な事実だ。君たちが第二次攻撃を準備する五年間の間に、僕もすっかりメイン・コアを制御し終えた。もはや降伏勧告などという戯言は意味をなさない。そして、降伏勧告に従う弱い人類は不要!」
「これより一週間の刻をかけて、我らがゆりかご、月は地球に向かう。即ちかつて我らを滅ぼさんとしたジャイアントインパクトの再来。貴様ら新人類が須く自害しない限り、貴様らと、貴様らに汚染されたこの蒼き星は炎上する。もちろん、五年間かけて熱耐性を得た我と我ら臣下はその例外だが、な」
「以上だ。月面衝突と地球炎上の苦しみに会いたくなければ速やかに自害することをおすすめする」
通信が途切れる音がする。
「イシャン!」
「安曇か!」
「よかった、繋がりましたね。聞きましたか、先程の通信」
「あぁ、聞いた。だが……あんなこと」
「残念ながら彼は本気です。新生アメリカ政府の観測情報からもそれは明らかです。メイヴさんから伝言です。もはや一刻の猶予もない。イシャンはフレイを連れて約束の場所へ、と」
「ついに、反撃作戦か」
「はい。準備は万端とは言えませんが、どうやら、そういうことになったようです」
通信が切れる。安曇らしくない、やや震えた声がいつまでも耳に残った。俺も、”私”も。
To be continue....
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