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厄も積もれば異世界行き

 ~『Angel Dust』本編とは違う形で平和になったとある世界にて~

 

「え、えーっと、ごめんください?」
 1969年の3月、美琴みことさんと桜を見る約束をしていた私は日本を訪れた。
「あら、フレイ、久しぶりですね。確かに3月とは言ったけど、まだ3日だから、ちょっと桜を見るには早いですね……」
 美琴さんが出迎えてくれる。何かの作業中だったのだろうか、人形を持っている。
「あ、そうなんですか……。あれ、その人形はなんですか?」
 美琴さんが持っている人形を見て尋ねる。
「え? これは雛人形ですよ。まぁ鏡也きょうや君……日本の神秘復興の手伝いをしてくれてる子から押し付けられた呪いの品ですけど」
「の、呪いの品!?」
 唐突すぎる事実だった。いや、美琴さんは日本で神秘、所謂オカルト的な事象を専門にしているのだから、そう言うこともあるのだろうけど。
「えぇ、どうも厄が溜まってしまってるらしくて」
「厄、ですか?」
「えぇ。フレイは雛人形というのをご存知ですか?」
「いえ、今はじめて見ました」
 そもそも日本に来たこと自体、過去に一度しかない。
「なるほど。では説明したいのですが、間に合いませんね」
「え」
 雛人形から黒い影が飛び出してくる。数は三。殺意に近いレベルの敵意を感じる。
「レーヴァテイン!」
 右手に赤い剣、レーヴァテインを出現させる。
 まずは一体が正面から突っ込んでくる。倒してもいいの? と美琴さんにアイコンタクトすると、美琴さんが首肯する。手には認識阻害の札、人目につく心配もない、と。
 なら、話は早い。レーヴァテインで正面の敵を切断する。
 左右に飛んだ二体がその隙をついて同時に左右から仕掛けてくる。
 受け止めるのは不可能と判断し、後ろに飛んで回避する。
 本当ならここから遠距離武器で撃ち落とせば早いが、うっかり美琴さんの屋敷を焼こうものなら、魔狼フェンリル毒蛇ヨルムンガンドを同時に相手するのに勝る恐怖が待っているだろう。
 と、なれば、ここはレーヴァテインだけで乗り切るべきか。
 黒い影はこちらの様子を伺うように空中を旋回している。空中にいれば安全だと思っているのなら……。
 足に神性エネルギーを集中させ、跳躍する。
 観念したのか黒い影が再び連携して攻撃を仕掛けてくる。しかし向こうはこちらが一直線に飛んで落ちるだけだと思っている。
「悪いけど、先手はこっち」
 神性エネルギーで足元に足場を形成し、黒い影の片割れに向けて、空中で跳躍する
 まさかさらに加速かつ方向転換してくるとは思わなかったらしい黒い影の片方を、すれ違いざまに切断する。
「さぁ、次は、君だ!」
 空中で体を回転させ、最後の黒い影の方に向き直り、空中を蹴る
 そして、黒い影を切断する。
「ふぃー」
 神性エネルギーで空気抵抗を生み、緩やかに落下する。
「流石ですね。フレイが来てくれたおかげでさくっと終わりそうです」
「終わりそう……っていうか、終わりましたけど」
「おやフレイ、私はいつ呪われた雛人形がこれひとつだと言いましたか?」
 美琴さんが最初に出てきた扉を指すので、お邪魔します、と家に上がり、その扉を開ける。
「この光景だけで呪われそうですけど」
「鏡也君はその辺少し適当ですから、困ったものですねぇ」
 そこにあったのは山積みの雛人形だった。
「ええっと、説明を、してもらっていいですか?」
「えぇ、まず、雛人形というのは、雛祭りに使われる人形です。そして、雛祭りには複数の起源があるとされています。いずれにしても平安時代にまで遡りますが……」
 想像より長い話が続いた。
「要するにこういう事ですか? 神性の弱体化により、雛人形の持つ魔性を食い止めきれなくなっている、と」
「簡単に言えば、そういうことですね」
 雛人形には守り雛という厄払いの性質を持っていて、持ち主の厄を溜め込んでいく。
 これまでなら、自然と霧散していくので問題はなかったのだが、困ったことに今の世界ではそうはならない。
「カリ・ユガ、ですか」
 イシャンが「まるでカリ・ユガだ」などと例えていたのを思い出す。
「あくまでイシャンの例え話であって、本当に時代ユガが変動したわけではないと思いますが、言い得て妙ですね。ちなみに仏教では末法と言うんですよ」
 美琴さんは私がイシャンによってインドの神話体系について詳しくなるのが悔しいらしく、時折仏教や神道の話をしてくる。
 ちなみに厳密には人間の寿命が100年と言うところである今はもうずっとカリ・ユガだ、と言うのが基本的な解釈らしい。今を乗り切ればサティヤ・ユガ、徳が支配する時代が来る、という思想なのだろうか。まぁカリ・ユガは432,000年という寿命100年の人間には到底乗り越えられない長さなのだが。
「さて、せっかくフレイが来てくれたんですし、これ、まとめて解放してもいいですよね?」
 山のように積み重なった雛人形に美琴さんが触れる。
「待」
「はいはい、厄祓い急急如律令きゅうきゅうにょりつりょうっと」
 私の静止も聞かず、美琴さんは筆で空中に五芒星セーマンを描く。
 直後、膨大な魔性が雛人形から顕現する。
 あまりに強すぎる魔性が物理現象のように私の肌をチリチリと照らす。
「ヤバくないですか?」
「大丈夫、将門まさかどさんはもっと凄い魔性でした」
 それはそうかもしれないが、美琴さんには区別がつかないのか? あれは将門と呼ばれた魔性の持つそれとは質が違う。
 将門と呼ばれた魔性が元々神性であったものが変じたものなのに対し、そもそもが魔性であるあのエネルギーはまるで違う。将門のそれをプラスのエネルギーと例えるなら、あれはマイナスのエネルギー、それも膨大な。
 視界が歪む。違う、これは空間そのものが歪んでいるのだ、と理解するのに時間はかからない。
 立っていられない……。
「大丈夫ですか、フレイ? しまった、感覚が鋭敏なフレイには強すぎた。なら、仕方ありませんね」
 美琴さんが魔性に向き直る。
 やめて、何か出来るような問題じゃない。逃げて。
青龍せいりゅう白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶ勾陳こうちん帝台ていたい文王ぶんおう三台さんたい玉女ぎょくにょ
 美琴さんが手刀で破邪の法と呼ばれる九字を切る。
 直後、私には分かった。顕現しきった魔性のエネルギーが世界の限界を超えた
 空間は歪みきり、ついにねじ切られる。
 世界と世界の外を隔てる壁に生じた穴は、飛行機や宇宙船の壁に穴が開いて外に空気が吸い取られるように、猛烈に吸引を始める。
「げ」
 私はそれに抗う事も可能そうだが、美琴さんはそうはいかなさそうだ。私は美琴さんを突き飛ばし、その反動で自分はそのまま吸い込まれる。
 世界の外側に出た直後、目の前で世界と世界の外側を隔てる壁が修復される。

 

「ふぅ」
 世界の外側に出たのは初めてだったが、ヴァーミリオンから譲り受けた神性のおかげで、少なくともすぐに前後不覚になって死ぬということはなさそうだ。
 そして、魔性は……、自己基盤を維持できなくなって消失したか?
「いや、そこだ。ミストルティン」
 ヤドリギで出来た矢が手元に出現する。この武器を使うとヴァーミリオンは渋い顔をするだろう。なにせ、ヴァーミリオンではなくその義理の息子から譲り受けた武器だし、ヴァーミリオンの息子を殺した武器だ。だが、私の使える遠距離武器はこれとグングニルくらいしかない。
 投擲する。魔性はそれを分散して回避する。
 ミストルティンはあらゆる防御を貫通する理論装備だと思っていたが、回避は有効なのか、じゃあグングニルのほうが便利じゃん。まぁ世界の外で強い神性を使いすぎるとあの魔性をどうにもできなくなるから仕方ない。
「そうか、あれ、一個の塊じゃなくて集合体だった」
 とはいえ、分散すると魔性も弱まるらしく、いくつかの魔性が文字通り霧散したのを感じる。
 これが世界の外側の恐ろしいところだ。霧散したのは魔性だからでは決して無い。ここに留まっていればどんなものもやがて跡形もなく消え去ってしまうのだ。
「一気に決めて戻らないとこっちも怖いな。レーヴァテイン!」
 一気に空中を蹴って魔性と正面から衝突するコースへ突入する。
「レーヴァテイン、フレイモード!」
 レーヴァテインが変形する。
 レーヴァテインを振るう。が、やはり分散して回避される。だが、接近戦なら、それにも対応できる。
 分散したいくつかの塊のうち一つに目をつけ、そちらに向けて空中を蹴って突撃する。
 勢いに任せて、レーヴァテインで突く。
 さらに分散したっ!? なら、さらにそのうち一塊に向けて空中を蹴る。
 レーヴァテインを振ると、さらに分散し、その全てが霧散した。
「…………」
 なんというか、手応えがない。
 だが、敵も馬鹿ではないらしい、再び一塊となりこちらに向かってくる。
「融合を始めてる? なら、終わる前に切り裂くしかない」
 魔性に限らないが、神秘構造物というのは、融合して一つになるという選択肢を持つ。融合による強化は単なる加算であるが、単なる加算と侮る事は難しい。神秘の持つ強度の高低は滅多に覆らないが故に、こと神秘に関してはその単なる加算が恐ろしいのだ。
 イメージしにくいなら数値化して考えてみれば良い。10の固さと10の鋭さを持つ敵が何人いようと、こちらが20の固さと20の鋭さを持っていれば恐るるに足りない。これが鎧と剣の話なら消耗により必ずしも後者が有利とは言えないが、劣化のない神秘であれば、この10の差は覆らない。
 しかし、敵が三体以上いて、その三体の能力が加算さればどうだろう。
 敵は30の固さと30の鋭さを持つ事になる。形勢は逆転する。
 だから、融合は阻止せねばならない。
 空中を蹴って一直線に突入する。
「おっと、ごめんねー、このファンタズムは私達が回収させてもらうよ」
 直後、黄色い目をした少女が割り込み、青い炎の障壁で、私の進路を妨げる。
 神秘は感じない。なら、レーヴァテインでゴリ押せる。
「うそっ!」
 レーヴァテインは高密度の神秘の結晶だ。目の前の炎がなんなのかは分からないが、神秘を感じない以上、所詮は物理現象。
 しかし、現実にはレーヴァテインの炎の刃は青い炎の障壁と衝突し防がれていた。
「ふん、人間如きが舐めるなよ。ゼロサイド・リ……」
 黄色い目をした少女が剣呑な視線を私に向け、技を発動しようとするが、直前で止まる。
「いや、お前も人間じゃなく、ファンタズムか」
 ファンタズム、その言葉の意味は想像するしかないが、ファンタズムと呼ばれた二つに共通するのは、神性と魔性しかない。
「ファンタズムは集めないとナァ!」
「ダメよ、ヴェスペル、ここは退くわ」
 瞳の色が黄色から灰色に変化し、動きが止まる。
「兄様、ターゲットは確保しました。転送を」
 次の瞬間、周囲に浮かんでいた世界球と呼ばれるピンクの球体の一つから、円筒状の通路が伸びてきて、少女と魔性を飲み込む。
 世界と世界を世界の外殻と同じ素材でトンネルを作る。最も一般的な世界間転移の手法だ。
「逃すか!」
 縮み始める円筒状の通路に飛び込む。
 流石の私も他の世界に行くのは初めてだ。

 

 突然の眩しい光に一瞬、目を閉じる。
 そして真下は、海だった。
「うわぁ、えっと、す、す、す、スキーズブラズニル!!」
 私のコールによって、巨大な帆船が出現する。
 とりあえず、いつ消えてしまうか分からない世界の外側から脱出出来たことに一安心する。
 気のせいか、滝のように水の落ちる音がする。どこだ?
 メインマストをよじ登り、周囲を確認しようとする。が、それより早く変化が訪れた。船が大きく傾き、落下を始めたのだ。
「えええええ。飛んで! 飛んで!!」
 メインマストに必死でしがみつきながら、叫ぶ。スキーズブラズニルが飛行機能を解放し、滞空を開始する。
「なにこれ、世界の果ての大瀑布?」
 所謂天動説、地球平面説に基づく世界では、世界の果てはただ水が落ちる滝が存在するのみだと言われていたりする。
 今、目前に広がる光景はまさにそんな光景に見える。
 異世界である以上は、天動説で平面な世界もあり得るのか。
「あ、平面な世界なら、遠くはどこまでも見えるはず」
 高度を上げる。
 普通、私達はどれだけ視力がよくても、どれだけ遠くが見える双眼鏡を使っても、見ることの出来る距離の上限は決まっている。
 しかし、それは地球が球体だからである。これは、水平線の帆船が帆から姿を現すことなんかで有名だ。
 だが、平面ならそうではない、視界さえ通れば、遠くさえ見ることが可能なら、どこまでも見える。
 改めてメインマストに上り、神性で視力を向上させて遠くを見つめる。
 遠くに陸地が見える。それと……変な真っ黒い壁。
 まるっきり理解が及ばないが、東と西に、その方向を完全に封鎖するように真っ黒い謎の壁が立ち塞がっている。
「ただ虚無の空間に海から落ちていく大瀑布に、視力さえ強化すればどこまでも見通せる平面な世界、そして世界を覆う黒い壁……。本当にファンタジーだ……」
 私達の経験も大概ファンタジーだと思っていたが、上にはいくらでも上があるのだと理解させられる。
「さて、問題はあそこに近づいていいものかだな」
 とりあえず私の目的は元雛人形の魔性の撃破だ。そして恐らくそれは人が居られる場所にいるはずだ。
 あの魔性をさらったあの人間らしき――人間如きが、と言っていたが――女が海洋生物だったりしたら分からないが。
 私はある程度の距離であれば魔性を感じることができる。だから、とりあえず魔性が居そうな場所の上空を飛び回りたい。
 しかし、例えば私のいる世界には領空という概念がある。これを侵した場合、国の方針次第では無断撃墜もあり得る。
「無難に歩いたほうがいいね」
 スキーズブラズニルを着水させ、陸地に向けて全速で航行を開始する。

 

 海岸線が見えてきたあたりで、スキーズブラズニルを回収し、神性で水面を固めての海面歩行で上陸する。
「さて、と」
 目を瞑り精神を集中する。魔性の感覚は覚えている。かなり減衰していたが未だに強いマイナスのエネルギー……。
「見つけた」
 目を開ける。目が合う。ガルルル、とオレンジ色に近い鮮やかな赤色の犬が三匹、口から小さな火を拭きながら、コチラを見ていた。いや、犬にしてもかなりデカいな。
 目があったのをきっかけに、一匹が飛びかかってくる。
「れ、レーヴァテイン」
 赤い剣を出現させる。犬が剣を咥えこむ。
「え、ちょ、離れて。このっ、レーヴァテイン、スルトモード」
 レーヴァテインが変形しようと稼働するが、牙が可動の邪魔をしているせいで変形できないらしい。
 それを理解したからではないと思うが、もう二匹も飛びかかってくる。
「グラム!」
 もう一本の剣を出現させ、一匹を受け止める。
 そしてもう一匹は、神性防御で強引に耐えるつもりだったのだが。
 その一匹には矢が撃ち込まれた。脳天を一撃。
「ハウンド3体相手に大苦戦ってところか、戦士ウォリアー? 助太刀させてもらうぜ」
 飛んできた方向を見れば、クロスボウを持った男が立っていた。
 ちなみに言葉は神性のおかげで通じている。今日は朝から神性に感謝する事ばかりだ。
「ありがとう」
 と言いながら、ハウンドというらしい犬に噛みつかれたままの剣を二本とも投擲する。
 その隙を逃さず、クロスボウ使いがハウンドの頭を射抜く。凄い腕だ。
 というより、私の腕が鈍っているのだろう。最近はレーヴァテインさえあればなんとかなる敵ばかりだったから。
「ありがとう、私はフレイ、あなたは?」
「俺はライアー、ルプス所属のコンクエスターだ」
 コンクエスター、何か記憶に引っかかる気がするが思い出せない。とりあえず疑われないように話を合わせておいたほうが良いだろう。
「ライアー、改めてありがとう。まさかあんなのに絡まれるなんて……なにしてるの?」
「何って、ゴールドの回収に決まってるだろ」
 ハウンドの死骸から、何か金色の塊を回収している。よく分からないが、高価なものであるようだ。それにしても思わず聞いてしまった。
「ま、知らなくても無理はないか。さっきのは明らかに外法、お前、〝魔女〟だな?」
 魔女、それは私の知る異世界から逃げてきた生まれつき固有の能力を持つ種族の事、ではないだろう。
 この際、重要なのは魔女と言うのがなんなのか、ではない。ライアーを名乗る人間がこちらにクロスボウを向けている、と言うことだ。
「あー、とりあえずそのクロスボウを下ろさない?」
「ラセン」
 私には分からない謎の法則によって渦巻く風を纏った矢が私のすぐ横をかすめる。
「答えろ〝魔女〟、この世界になんの用だ」
 正解が分からない。いっそ本当のことをぶちまけてやろうか。よしそうしよう。
「私の世界の魔性って悪い奴、それも一際厄介な奴を切除しようとしたら、世界の外側に逃げられて、それを追いかけたら、それをファンタズムとか言って回収しようって奴が現れて、それを追いかけたらここに来たってわけ」
「へぇ、興味深いねぇ。つまり、あんたと同じ世界出身の〝魔女〟が最低でもあと一体、しかもあんたの言葉の通りならこの世界に悪い影響を与えかねない、そう言うことだな?」
 話ぶりからすると、〝魔女〟というのは異世界から来た人の事なのか。つまりこの世界は、異世界から来た人、と言う意味の言葉がある程度には頻繁に異世界と繋がる世界? 
「〝魔女〟って言葉が異世界から来た者って意味なら、そうよ」
「いや、必ずしもそうじゃねぇが。そう言うことなら、コンクエスターとしてその〝魔女〟討伐に協力しよう」
「え、いいの?」
 こちらには土地勘もないし大変助かる。剣呑にクロスボウを突きつけられた次がこれだから、状況を飲み込みにくいが。
「おう。その〝魔女〟、強いんだろ。なら、今の俺の相棒の大好物でな。とりあえず来てくれ、実は合流時間をめっちゃ過ぎてる。仄日が輝く頃にって話なんだ」
 え、私が上陸した時点でもう日はかなり傾いてましたけど……。

 

「遅すぎます、ライアーさん。私が遅刻を謝罪することになるかと思ったら、そちらが大遅刻とはどう言うことですか」
 金髪をポニーテールにまとめた女性が私とライアーさんを迎えた。犬歯がやけに大きいのが気になる。吸血鬼ヴァンパイアの類か?
「すまん。いや、お前はいつも遅刻するからこっちも少しは遅れてもいいだろうと思って、魔物狩りを続けてたらよ、気がついたらこんな時間で」
「魔物退治に夢中になって遅刻というのは私も人のことを言えないので怒りづらいですね……。ところで、そちらの方は?」
「あぁ。フレイって言うらしい。〝魔女〟だ」
「〝魔女〟……って魔法使いって事ですね。初めまして、フレイさん。私はマイ・ローウェン。ランバージャックでハンターをしています、よろしく」
「おい、自己紹介は後にしねーか? いい加減日も落ちて寒いし、さっさと野宿の準備といかねーと」
「遅刻してきたあなたが言いますか……。とはいえ、このままでは魔物だけでなく夜行性動物も襲ってきそうですし、急いだほうがよさそうですね」
 三人で協力して焚火のための薪を集め、火床と薪を並べる。
 ライターとかあったかな、とポケットを探ろうとすると、それより先にマイさんが前髪をかき上げながら、焚き付けに口を近づけ、ふっ、と息を吹きかける。……とその息が炎になり、焚き付けが炎上する。
「えっ」
「あぁ、そうか。説明しないとな。マイはドラゴナーって言う種族でな。ドラゴンの特性を人間の姿で引き継いだ存在なんだ」
「なるほど、今のはドラゴンブレス……」
 流石ファンタジー、色々あるなぁ。
「ドラゴンの特性のせいなんか、闘争本能が高くて、とにかく強い奴と戦う事を生きる楽しみにしてる。だから、魔性の件は、こいつも手伝ってくれるはずだ」
「強敵ですか? もちろん、一も二もなくお手伝いしますよ!」
 私は2人に改めて事情を説明し、そして眠って夜を越した。

 

 翌朝。
「とりあえず、その魔性とやらはどっちにいるんだ?」
「あれ? 少し移動してる? とりあえず、あっちの方みたい」
 反応を感じる方を指差す。
「ルプスの方でしょうか?」
「だな。確か、そいつを回収しようとした奴がいたんだよな。ルプスでテロでも起こす気か?」
 テロ。現実的な話だ。この世界での神性や魔性の貴重度は分からないが、場合によっては手の付けられない敵になる。放つだけでテロとしては最大級の危機だ。いや、世界にもよらないか、私の世界でも十分脅威だ。
「だとしたら、急いでルプスに向かったほうが良さそうですね」
「あぁ。マイ、お前、仲間のワイバーンとか呼べないんか?」
「無理ですね……。私は竜使いではないので、そんな仲間はいません。ドラゴンは群れませんし」
「フレイ、お前の外法にはなんかないのか?」
「空飛ぶ船しかない……。この世界って、おっきい船が飛んできても撃ち落とされたりしない?」
 スキーズブラズニルを展開し、見せる。
「あーー、緊急時だし許されるんじゃねえか?」
「そうでしょうか……」
「他に手段もないししゃーないだろ。いくぞ、フレイ」
 さっさとライアーさんが乗り込む。
「手遅れになるとまずいのは確かだし、行きましょうか!」
 マイさんが微笑み、乗り込んでいく。
 まぁ、確かにそれはそうか。

 

 超高速で空を飛ぶことしばらく。
「すげぇなぁ、こんな旧式の帆船でこんな早いなんて」
「旧式? この世界だとどんな船が主流なの?」
「そりゃ、蒸気機関だな。帆船なんて魔術結晶を買えない程度の富豪が個人所有してるくらいだよ。あと乗り合い漁船とかな。
 剣と魔法の中世風ファンタジー世界かと思っていたが、技術はしっかりと進歩してるらしい。
「間も無くルプス上空だな、フレイ、魔性はどこだ?」
「えーっと……」
 すぐに分かった。煙が上がってる大きな建物。そこから感じる。
「ルプスの研究所か! まずいな、行くぞ!」
「はい!」
 ライアーとマイが躊躇なく飛び降りる。マイにはドラゴンが使う空気抵抗を調整する能力を持っているらしいから、それで降下するのだろう。私もそれに倣うとするか。
 スキーズブラズニルを回収して降下を開始する。
「うわぁっ!?」
 スキーズブラズニルを回収した直後、その場所に雷と炎が通り過ぎて行った。射点は見たところ研究所とやらとは違う場所だ。街の防衛のために放たれたのかもしれない。
 神性を帯びているから大丈夫だとは思うが、危ない所だった。

 

 二人に倣い、天井を突き破って降下する。
 そこは大きな広場だった。
 奥に黄色い目をした少女がいて、その隣に初めて見る非実体の剣を持った青年が立っている。
 その手前にライアーさんとマイさんがいて、その後ろ、私から見ても後ろの方に、何人か、私からすると少し古いライフル銃を持っている人達が立っている。おそらく、この研究所の警備員か。
「天井から失礼するぞ! コンクエスターだ、あの二人が曲者ってことでいいのか!」
 ライアーさんが声を張り上げる。
 コンクエスターが来てくれたのか、と言ったような安堵の声がライフル銃を持つ警備員達から漏れる。
「魔性は返してもらうよ!」
「へぇ、やる気? 人間みたいなファンタズムが!」
 レーヴァテインを出現させ、黄色い目の少女の元に向かうが、直後に何かがレーヴァテインの動きを止める。
「ここはお任せを、メチル様」
 そんな声が聞こえた。何かがいるのか。視界を調整すると、見える、金髪の少女だ。短剣のような水色の双剣を持っている。
「フレイ? そこに何かいるのか?」
「私は感じる。有機亡霊オーガニックゴーストが姿を消してるね」
「有機亡霊は厄介だな、なら、そっちはマイとフレイに任せた、俺は……」
 ライアーが黄色い目の少女に弓を射ると、青年が黒い非実体の剣でそれを弾き飛ばす。
「ヴェスペル、君はメチルと一緒に下がるんだ、エレスの消耗が激しい」
「はいはい、エリアス様」
 エリアスと呼ばれた青年がその黒い剣で世界に〝裂け目〟を作り、黄色い目の少女がそこから離脱しようとする、が。
「させないよっ!」
 マイさんが黄色い目の少女に飛び掛かる。
「くっ、最新式に勝つつもりか、人間如きが!」
「有機亡霊適合者か! 腕が鳴るね!!」
「こいつもエレスの浸食を……。このっ!」
 また、有機亡霊。彼らの知識を借りて、思い出すことにしよう。

 

「なるほどね。生まれながらの幽霊、死後に魂がそうなったとかじゃなくて、そう言う種族なんだね」
「こいつ、こっちが見えてる?」
 金髪の少女が困惑している。姿を消して戦うのに慣れていて、真っ正面から撃ち合うのは慣れていないものと見える。
 有機亡霊。死後に魂がとかそういう亡霊ではなく、人間が突然変異でそうなったり、生まれながらにそうだったり、私が知らなかっただけで、どんな世界にも存在するそう言う種族のようだ。最大の特徴は姿を完全に消せること。
「あなた、名前は? 私はフレイ。ちなみにこの剣はレーヴァテイン」
「レーヴァテイン? 北欧神話のロキの剣ね。杖って話も聞いたことがあるけど、剣なのね。……私はシェル。この剣は水明 エマレイン」
 レーヴァテインを知っている。私の世界と似た歴史を辿った世界の出身か。
 鍔迫り合いを演じて実感する。レーヴァテインとこの武器、相性が悪い。
「その武器、水そのものが武器化してるね? 私の炎が全然通じない」
「気がついたらもってたから、詳しくないけど、アメシリアが言うには、そうらしいわね」
「ぐっ、誰か! マイさん、こっちと代わってくれない?」
「そうしたいけど、こっちも、結構忙しい! こいつは硬いし、ライアーが近接戦出来ないから、そっちにも支援してるから!」
 私が辛うじて善戦しているだけで、二人とも、まぁまぁ押されているようだ。
「なら、ここは私が乗り切るしかないか。レーヴァテイン、スルトモード」
 レーヴァテインが炎を放つ。エマレインと言うらしい剣に炎を消されるが、終末者ターミネーターの因子を持つこの炎はそう簡単には消せない。
「なっ、エマレインが押されてる?」
 動揺している間に、すこしずつ軸をずらし、背後にマイさんがいる状態を作り出す。
「ミストルティン、二連!」
 飛び下がり、空中で回転して、黄色い目の少女と、エアリスに対し、空中に出現させたミストルティンを撃ち出す。
 ミストルティンはあらゆる防御を無視する理論装備。防御の強力な二人にもこの攻撃は届く。そして、黄色い目の少女が怯むのを確かに見た。
「マイさん、氷のブレス!」
 私はマイさんとシェルの一直線上から離れたところに着地する。
 マイさんが口の端に指を当て、息を吹く。それは氷のビームに早変わりする。
「くっ、エマレインが」
 シェルはそれを武器で防ぐが、水が武器となった概念装備であるエマレインは完全に凍結し、使い物にならなくなる。
 その隙を逃さず、ノーマルモードに戻したレーヴァテインの腹でシェルのお腹に思いっきり振りかぶり、吹き飛ばす。
「ぐっ、ふっ」
 シェルのポケットから何かが落ちる。
 ピンク色のカケラ、前にアンリさんという錬金術師が持っていたな、確か、フォルトストーン。
「クリミウムが!」
「シェルが戦闘不能で、クリミウムも回収失敗か。やむをえないか。セミには怒られそうだが」
 エアリスが何かの容器を取り出す。感じる。あそこに雛人形の魔性はいる。
「ファンタズムを解放し、時間を稼ぐ。ヴェスペルもメチルを連れて逃げろ」
 容器が開き、膨大な魔性が顕現する。雲のような巨大な黒い影の塊だ。
「では、失礼するよ」
 エアリスが〝裂け目〟を作る。
「逃すか! っと、」
「逃さないよ! おおっと、」
 ライアーとマイが二人に追撃をかけようとするが、膨大な魔性は黒い触手を二人に伸ばし、それを阻止する。
「これがフレイの言ってた魔性って奴か」
「うん。他にもたくさん混ざってるみたいだけど」
 彼らの言うところのファンタズム、魔性をそれなりに集めていたらしい。
 とても膨大な魔性だ。この世界の魔術と呼ばれる力は神秘の強弱には関わらずダメージを与えられるらしいが、リソースの総量が違いすぎる。
「私が切り札を使うから、なんとか、戦いの舞台を外に!」

 

 まず警備員や従業員たちが施設の外に避難していく。
「まずはその間の時間を稼ごう」
 無数の触手が四方八方に飛び散る。
「苦しんでるみたいだ!」
 ライアーさんが言う。
 私も同じような印象を受けた。沢山の魔性を無理矢理に融合させられ、自身を制御できずただ暴れている。ともすればそれは苦しみと言えるのかもしれない。
 レーヴァテインが触手に弾き飛ばされる。まずい。
 さらに触手が迫る。ライアーさんが私を突き飛ばし助けてくれる。
 触手に屋根や壁が吹き飛ばされ、破片が降ってくる。
「ダメだ、このままじゃ、建物が完全に崩れるぞ」
「……それって、もうどうあってもこの建物は壊れるってこと?」
「……まぁ、そうなるな。まさかその切り札とやらをここで使うつもりか?」
「不要です! いつは私が狩ります!」
 マイさんが黒い影の塊に飛びつき、ちぎって、なげ、そして噛みつく。グルルルと喉を鳴らす。
 追い払うために触手が伸びるが、その全てをブレスで焼き切る。
 だが、所詮表面を削っているに過ぎない。
「あいつはあぁなると止まらん。あの魔性とやらを外に連れ出すのは無理だな」
 ライアーさんが肩を竦める。
 じゃあ、仕方ないな。
「なんか締まらないけど。ヴァァァァァァァァァミリオォォォォォォォォォン!!!!!」
 強く叫ぶ。私の体を銀朱色の光が纏ったのを確認すると、徒手空拳でパンチの動きをする。その動きに合わせて銀朱色の鋼鉄の腕が私の背後から飛び出し、黒い影の塊を吹き飛ばす。
「メギンギョルズ!」
 結晶の翼が光から出現し、私を空へと持ち上げる。
「せーのっ」
 空中でかかと落としの動きをすると、その動きに合わせて銀朱色の鋼鉄の足が黒い影の塊の上に落ちる。
「グングニル、六連、形状、リボルバー」
 腕を前に向けて宣言する。六本の光の槍が円形に展開され、回転しながら順番に撃ち出される。黒い影の塊が地面に縫い付けられる。
「とどめいくよ! ミョルニム!」
 雷の槌が出現し、そして即座に投擲する。
 雷の嵐が黒い影の塊を覆い隠し、そしてその魔性そのものを破壊する。
「ありがと、ヴァーミリオン」
 ふっと、私の周囲の銀朱色の光が消える。
 同時に、私の体が光の粒子となって消え始める。
 神性は元の世界に紐づいている。だから、神性の力を使うとその力が元の世界に戻る力が発生してし、それが強すぎれば、自分自身も戻ってしまう。
 コード・アリスのように世界の枷から外れていれば別だが、私はそうではない。
 だから、全力を使った時点で私は元の世界に引き戻される。
「あ、ライアーさん、これ返すね。研究所の人に返しておいて」
 シェルと呼ばれた少女の持っていたフォルトストーン、彼らがクリミウムと呼んだ結晶をライアーに放り投げる。
「お、おう。あっという間だったな。また来いよ。ルプスのコンクエスター本部で俺を指名してくれたらすぐ対応するからな」
「もうお帰りですか? さっきの力、凄かったからお相手して欲しかったです」
 それは勘弁して。首に噛みつかれるのは想像するだけで怖い。

 

 一気に世界に引き戻される。
 目の前には雛人形の山。
 後ろには突き飛ばされて倒れている美琴さん。
 転移の直前に戻されたらしい。
「私の破邪の法が効いた、と言う風ではないですね。フレイ、ありがとうございます」
 美琴さんから見れば、私が突き飛ばすと同時に魔性が消えたように見えただろう。私と美琴さんには1日のズレが生じたわけだ。まぁだからどうってことではないが。
「本当ですよ。すっごく大変でした」
 まぁ、良い体験にはなった。みんなに聞かせてまわるとしよう。まずは美琴さんだな。花見の余興には良いだろう。あ、でも花見はまだ無理なんだっけ……。

 

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