退魔師アンジェ 第11章

『"ルーン使いのメイガス"英国の魔女 下』

  

――最後に。ロアの話です。封筒が届いた際、私はいくつかのロアを調べてみたんです。
もちろん、簡単に検索しただけなんですけど。
そのとき、少なくともソユーズなんて宇宙船を見つけることは出来なかったんですが、
今検索するとあります、そして記憶にもあるんです、ソユーズが。ロアが現実化している?まさかね――(2チャンネル03/08/29 00:06の書き込み・◆eWjx0HtbGI)

 

 真夜中の駅前、人がおらずよく視界が通る。だから分かる。誰もいない。
 まったくもって、人の気配がない。
 とはいえ相手は英国の魔女、ルーンで気配を消している可能性もある。
「何をそんな警戒してるの?」
「!」
 後ろから声をかけられ、抜刀する。
「おぉ、落ち着いて下さい」
 英国の魔女だった。
「なら帯刀している人間の背後から声をかけるなど辞めることですね」
「まぁ、あなたに負けるとは思えないので」
 むっとはなるが、白い光があった頃は白い光に助けられ、白い光が無くして以降は、英国の魔女の助けがあってようやく戦えている。正直今の実力で英国の魔女に勝てるかと言われると、答えはNoだろう。
「それで、ここにいるんですか? その、ロアが」
「いえ、いるのは千駄ヶ谷せんだがやです」
「千駄ヶ谷……って、渋谷のですか? 明治神宮とかの近くの?」
「はい。その千駄ヶ谷です。用事があるのは厳密に言えば新宿区なんですけどね」
「えっと、電車ってもう動いてないです、よね?」
 念のため駅をチラッと覗いて英国の魔女を伺う。
「はい。なので……。とりあえず、こちらへ」
 英国の魔女が線路沿いの草むらに入り、何かを探すようにごそごそと探り始める。
 しばらく無言の時間が続いたので、ふと気になったことを質問してみる。
「この前喫茶店に行った時から気になってたんですけど、口調がコロコロ変わるのはどう言うことなんです? それも認識阻害ですか?」
「いえ、これはまた別の……、ランダムに口調が変換されるように細工してあるのです。そうしないと例えば以前のあなたのように認識阻害を無効化出来る相手に口調から正体を知られる可能性がありますからね」
 私の血の力、あの悪路王に奪われた白い光は魔術を解除する効果があった。それは認識阻害を私が無効化出来たりするような恩恵も与えていたのか。
 そして、英国の魔女は認識阻害、変声、口調変更と念入りに正体を隠している。おそらく彼女が特別なのではないだろう。魔術師を相手にする時はそういった何重もの回避策を突破しなければならない、ということか。
 そう考えると安曇と呼ばれたあの邪本使いマギウスは正体を完全に晒していた。あれは極めて特異な例なのだろう。
「安曇のことを考えていますか? であれば、彼もある程度は防御手段を講じていますよ。当時のあなたには通じなかった、というだけの話です」
 そうだったのか。なら、血の力を失った今、私は安曇に気付けない可能性もあるのだな。
 自分で意識してないだけでずっと血の力に助けられていたのだと再認識し、改めて自身の弱体化を感じて不安になる。
 英国の魔女の視線を感じる。自分ならその弱体化分を補える、そう言いたいのだろうか。
「さて、では、このルーンに触れてください。大丈夫、車輪ラド大地オセルのルーンを組み合わせた転移用のルーンです」
 見ると小石に何かルーン文字が刻まれている。
 恐る恐る触れる。

 

 視界が暗転し、気がつくと全く知らない場所にいた。
 足元には先ほどと同じルーンが刻まれていて、サラサラと砂が散っていくように消えた。
「本当に転移なんて出来るんだ……」
「同じマークを刻んだ二点間を跳躍するだけの簡単なものですけどね。あ、帰還用のルーンも用意してあるのでご安心を」
 オカルトが実在する"裏"の世界を知っているとはいえ、ゲームやアニメで見るような瞬間移動を実際に目の当たりにするとただ関心するしかない。
 先程の説明からすると転移先を事前に用意しておく必要はあるようだが、逆にいえば準備万端の魔術師はそれだけの退路を確保している可能性が高いという事だ。
 勝てるのか?
 あらためて自問自答する。
 英国の魔女は黙ってこちらを見ている。こちらの考えなどお見通しということか。先日申し出を断った事を取り消すのを期待されているのだ。
 正直心が揺れたのは確かだが、代償に何を支払う事になるかも分からない取引に乗るわけにはいかない。
「……まぁ、魔術師を今後相手しようと考えているのであれば、その慎重さは正しい。なにせ相手の使う系統によっては名前を知られることすら危険ですからね。慎重になりすぎる事はない。いいでしょう。私はいつまでも待ちますよ。さて、今回の用事はこの建物です」
 そこは大きなスタジアムか競技場のような建物だった。ニュースで見た気もする。確か――。
「えぇ、国立霞ヶ丘陸上競技場こくりつかすみがおかりくじょうきょうぎじょうです」
「って、確か2020年東京オリンピックのために改修するからとかで、今年の5月に閉鎖されたって言う……?」
「えぇ。それです」
 今年はロシアのソチで冬季オリンピックがあったが、2020年には東京で夏季オリンピックが行われる。確か去年そう決まったはずだ。当時は「どうせ霊害退治が競技になるわけでもないし」とか「父の仇が出場するわけでもないし」とかそんな心持ちだったため、あまり覚えていないのだが、クラスはその話で持ちきりだった記憶はある。
 いや、今もそんな違いがあるわけでもないか、日本代表だろうが、人類代表だろうが、その他、なんだろうが、他人を応援している余裕があるわけではない。
「それで、ここに何があるんです?」
「そうですね……。とりあえず、入ってみましょうか」
 英国の魔女がルーンを刻み鍵を開ける。厳密には違法行為な気がするが、まぁ、霊害退治のためという事だから、見逃そう。

 

 競技場に入り、8レーン存在する陸上競技用のトラックに足を踏み入れる。
 競技場はすり鉢状になっていて、周りには観客席と照明が存在しているのだが、その照明が突如点灯した。 
 そしてトラックの内側に存在しているフィールドに江戸時代の大名のような武士が現れ、さらにその周囲に黒い泥のようなものが盛り上がり、形が形成されて、おそらく配下と思われる武士達が出現する。
「江戸時代の落武者の亡霊?」
 なぜこんなところに?
「いいえ、あれはロア。人々の嘘や噂、都市伝説などによって生じた集団認識が神秘によって実体化した霊害です」
 そんなことが起こるのか。
「それってもしかして、トイレの花子さんみたいなのも?」
「えぇ。日本の妖怪のほとんどはロアに分類されますね」
 なるほど。日本にはロアが多い、と言うのは妖怪のことだったのか。
「あれにも名前が?」
「そうですね、さしずめ「幻の徳川家十六代目将軍」といったところでしょうか」
 そういえば、夏と冬に都市伝説をまとめた特番をやる番組で今年の夏にそんな話をやってた気がする。守宮殿があんな番組を見るなんて珍しいと思っていたが、ロアの可能性を探っていたのか。
「けど、ってことはあいつらは所詮、つい数ヶ月前に生まれた神秘か」
 私の刀がいつのものかは分からないが、少なくともお父様が使っていた程度には古い。神秘プライオリティ的にはこちらが有利だ。
 地面を蹴り、敵の集団に突っ込む。
 配下がそれに対応し、こちらに刀を向ける。
 刀と刀がぶつかり合う。しかし、神秘プライオリティに大きく勝るこちらが相手の刀を打ち破る――事はなかった。いや、厳密にはこちらの神秘プライオリティの方が強いのは確かだ。しかし、今年程度に生まれた神秘なら、もっと容易く倒せるはず。
「なんで?」
「ロアの恐ろしいところなのですが、実際の生まれた時期と関係なく「そういう事」になるのです。だから、彼らは歴とした明治の人間です。刀はもちろんもっと古い」
 なにそれずるい。
 こうなったら、英国の魔女に支援を貰って一点突破――。
 いや、落ち着け。こういう時こそ、アオイさんから教わった活人剣を活かす時だ。
 刀を中段に構えて敵の出方を見る。
 敵の攻撃を回避し、胴体を切断する。アオイさんに散々仕込まれたから、目は冴えている。
 数は多いが同時に攻撃してくるのはせいぜい二人が限界。それなら、私の目でも対応可能だ。
 だが、敵はどんどん泥のように湧き出してくる。これは、英国の魔女の支援がないと厳しいか。
 そして気付く。そういえば、英国の魔女が静かだな。
 そう疑問に思った直後、私が戦っている場所とは別の場所で、敵が倒れた。
 英国の魔女?
 その考えは即座に誤りだと訂正された。
 恐ろしい勢いで護衛の武士をなぎ倒し、その中心に位置していた曰く十六代目徳川将軍を斬り払った。
「刀……?」
 直後、そのロアにより維持されていたのだろう照明が落ち、再び世界が暗闇で満たされる。
 日本刀についた血を素振りで払ったその男は、私の方を向いて、低い声で言った。
柳生やぎゅう家当主、柳生やぎゅう 彰俊あきとし
 柳生家。察するに討魔組に属する討魔師か。
「助けてくれて助かった。私は――」
「競技場建設の妨害を行うロアの討滅は私一人が請け負った仕事のはずだが」
 正直助けてくれなくても良かった、と言いたいが、それはぐっと我慢してお礼を言う。しかし、アキトシなる男は私のお礼を完全に無視し、何やら話し始めた。
「其の方、何者か。その太刀が玩具でない事は自明。故なく振るうなれば、其れ即ち霊害」
 討魔師を指して霊害とは随分な言い分だな。
「いや、私は如月アンジェ。如月家の討魔師だよ。討魔組に属してる」
「如月とは聞かん名だな。何より、討魔組より派遣された討魔師は私一人のはず。虚言を弄すると言うのであれば、もはや問答は無用」
 男は刀を構え、片目がこの暗闇でもしっかりと分かるくらい赤く光る。恐らく何らかの血の力か。
「ちょ、本当にやる気?!」
 アキトシが地面を蹴ってこちらに突っ込んでくる。何らかの身体強化か、恐ろしい勢いの突きだ。その速度故、目の赤い光が一本の線と化している。
「愚問」
 慌てて中段に構え、突きを刀でなんとか逸らす。赤白い火花が刀と刀の間を走る。
 アキトシはその勢いのまま私の側を走り抜け、そのまま回転するように私の胴になぎ払を放つ。
 とっさに後ろに飛び下がろうとするが、間に合わない。
 腹に大きく刀傷が入る。
 なんとか致命傷は避けられたが、傷は決して浅くはない。
 しかし、さらに追撃をかけてくるつもりらしい。急いで刀を中段に構え直す。大丈夫、アオイさんから学んだ通り、よく見て、攻撃の隙を突けば良い。
 見えた、突きの構え。回避して小手を狙えば、っ、速い。
 刀と刀がぶつかり合い、火花を散らす。
 回避? そんなレベルじゃない。攻撃の構えが見えたと思った瞬間、相手は既に間合いに入っている。せめて相手の刀が差し出される進路上に自分の刀を置き、軌道を逸らすしかない。
「二度同じ守りに頼るか」
 男がニヤリと笑う。赤く光っている方の目は大きく見開かれたままで不気味だ。
 男の刀が大きく振り回され、私の刀が大きく吹き飛ばされる。
「次の生があったら、戦闘中は武器をしっかり握っておくんだな」
 もう一度突きが来る。防ぐ手立てがない。
 万事休す。私の人生はこんなところで終わるというのか。こんな勘違いで。まだ復讐すら成し遂げていないのに。
「しまった、次の生ではそもそも武器を持たない人生を歩んでもらうべきだな」
 そんな小さな呟きが耳に入る。そんなギャグみたいな言葉が私の最後に聞いた言葉になるの……?
「おっと、それはまずい」
 私の胸に刀が突き刺さる直前、誰かの腕がその刀を掴み、動きを止める。
「なに……?」
 そこにいたのは若いホスト風の男――即ち、悪路王!
「これが、三池典太みいけてんた。良い刀だ。10年前に生まれたばかりの私には少し荷が重い。ナイトゴーント」
 黒い人型が悪路王の左右から姿を現し、男に襲いかかる。
「悪魔か。やはり霊害だったようだな」
 男がこちらを睨む。
 一方の私は、先ほどまで命の危機だった事、助かった事、よりによって助けたのが憎き復讐の相手だった事、アキトシなる討魔師から、より強く霊害であると認識された事、様々な事象が頭の中を駆け巡り、訳が分からなくなっていた。
「神秘プライオリティで優っているとは言え、流石に上級悪魔と単独でやり合うのは難しい。ここは退くとしよう」
 赤い光が消える。そして、男は何処かに飛び去っていった。
「大丈夫かい、アンジェ?」
 貴方に心配されるいわれはない。そう返したかった。けれど、先ほど命を落としかけたというその事実が私の心を締め付け、強気に出る事を許さなかった。
 あと、刀が遠くに飛ばされてしまっているから、ここで悪路王の機嫌を損ねると不味い。
「あ、り、がとう、ございます」
 絞り出すようにお礼を紡ぐ。
「無事ならそれで良い。英国の魔女が戻ってくる前に去るとしよう。さらば」
 ナイトゴーントと悪路王が消えていく。なんなんだ、一体。

 

「申し訳ありません、さすがに他の討魔師に見つかるとまずかったので退避させていただいていました」
 英国の魔女が姿を表す。まぁそうだよね。結局悪路王が出て来たけどね。
「悪路王、何者なのでしょうか……。正直私にも彼の意図は読めません」
「あ、丁度いい。聞きたかったことがあるのですが。以前に悪路王が『呼夜見十二家こよみじゅうにけの最後の一つを滅ぼさせるわけにはいかない』と言っていたのですが、心当たりはないですか?」
 そう、あの時から、この言葉がずっと気になっていた。この言葉こそが、あの時私を助けた理由であるはずなのだ。あるいは、今、私を助けた理由でもあるかもしれない。
「……いえ、心当たりはないですね。ですがその、こよみ十二、と言われると、如月家、貴方の家がその一つなのは間違い無いでしょうね」
 英国の魔女が悪路王とは異なるイントネーションでコヨミ、と言った。暦、十二、如月家。
「如月家のようにカレンダーの月の名前をした家が、あと十一あったってこと?」
「そうでしょうね。しかし、それがなんなのかは分かりませんが」
 確か、如月家は厳密には討魔組に所属していなかったと聞く。それとはまた別の枠組みが、その呼夜見十二家なのだろうか。
 そして、如月家が最後の一つ、とは、いったいどういうことなのか。他の十一の家に何があったのか。
「考えても仕方ありません。帰りましょう」
 英国の魔女が促し、帰りの転移のルーンまで歩く。
「そう言えば、悪路王について調べたんですけど」
「えぇ。有名な悪魔なら調べれば記録があるかもしれませんからね」
「そしたら、悪路王あくろおうと出たんですよね。悪路王あくじおうじゃなくて」
「えぇ。岩手県にある達谷窟たっこくくつ悪路王あくろおう。彼が名乗ったと言うタッコクと言う名前からしても、それで間違い無いでしょうね」
 さすが、英国の魔女も知っていたか。
「どうして、ではなくと読ませているんでしょう?」
「それは分かりませんね。何かしらの理由があるのでしょうけど」
 結局話はそこで終わり、私達は地元の駅に戻って、そこで別れた。

 

「アンジェ、無事であったか!」
 帰ると、とっくに寝ていたはずの守宮殿が起きていて、心配そうに駆け寄って来た。
「柳生からお前と交戦したと聞いた時は驚いたが、無事で良かった」
「な、なぜ私だと?」
 確かに名乗ったが、それだけでは偽物の可能性もあったはずだ。むしろ、あのアキトシなる討魔師はそう報告しただろう。
「柳生は観察眼に優れていてな。お前の刀の柄の拵えを覚えていて、私に報告してくれたのだ。衣更着きさらぎをイメージした着物を重ね着したような拵えの柄の刀となれば、それは間違いなく如月一ツ太刀だ。とな」
 この柄のデザインにそんな意味があったのか。
「そんなことより、悪魔に助けられたと聞いたが? 魅入られたのか?」
「ち、ちが、います。あれは、悪路王あくじおうと言って、何故かは分かりませんが、私をたびたび助けに現れるのです。しかし、それで情に流される事はありません。機会さえあれば、確実に討滅してみせます」
 慌てて報告する。
「そうかそうか。しかし、アクジオウとは聞かぬ名前だな、無名の悪魔か……」
 私の報告に安心したように微笑む守宮殿。
「あぁ、本人の漢字の通りだとしたら悪路王あくろおうのはずなんですけどね、タッコク、とも名乗りましたし」
悪路王あくろおう……タッコク、じゃと?」
 しかし、私が口を滑らせた瞬間、守宮殿の表情は一変した。まるで、起こるはずのない恐るべきことが起きた、と言うように。
「守宮殿は悪路王のことをご存知なのですか?」
知らぬ
「え?」
悪路王なる悪魔など知らぬ。今日はもう遅い。早く寝るが良い」
 豹変、まさにその言葉が相応しかった。
 というか、検索したら1発でWikipediaが出るような存在である悪路王を、神秘に造詣が深い守宮殿が知らないはずがないというのに。
 なんだったんだろう、あの表情は。まるで、存在するはずがない、生きているはずがない、というような……。

 

 私は守宮殿にも何か秘密があるのだと理解した。だから、悪路王が懸念していた、呼夜見十二家について、守宮殿には聞かない事にした。

 

「英国の魔女、私、達谷窟に行きたい。こんなことは他の誰にも頼めない。同行してくれる?」
 次の日の朝、虚空に向かって呼びかける。月夜家を頼れないとなると、中島家も頼っていいか微妙だ。しかし、知識のない私一人で行ってもろくな情報は得られないだろう。そうなると、もう一人しか頼れる人間はいなかった。
 直後、太陽が当然顔に強く照りつけ、思わず顔を手で覆う。
「もちろん、いつでも呼びなさい」
 そんな声が聞こえた直後、ポケットの中に何かが入った。
 なんだろう。
「アンジェ〜、おはよーっ!」
 確認しようとした直後にヒナタに襲われたため、確認はまた後程となった。
 
 to be continued……

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「退魔師アンジェ 第11章」の大したことのないあとがきを
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