退魔師アンジェ 第17章
『〝盗掘錬金術師〟ウンベグレンツ・ツヴァイツジュラ』
父を
そして最後の試練の日。アンジェは瘴気から実体化した怪異「
翌日、月夜家を訪ねてきた生徒会長、
アオイから明かされた事実、それはアンジェ達の学校が「
早速学校を襲撃してきた下級悪魔「
アオイから恐怖心の克服を課題として言い渡されるアンジェ。玉虫色の粘液生物と戦ったアンジェはヒナタの何気ない助言を受けて、恐怖心の一部を克服、再びアンジェを助けた白い光を使って、見事学校を覆う謎の儀式を止めることに成功したのだった。
しかし儀式を試みた魔術師は諦めていなかった。それから一週間後、再び学校が今度は完成した儀式場に覆われていた。アオイは母・ミコトの助けを借り、儀式場の中心に到達するが、そこに待ち受けていた
そこに現れたのは「英国の魔女」と呼ばれる仮面の女性。彼女は事前にルーンと呼ばれる文字を床一面に刻むことで儀式の完遂を妨げたのだ。そして、英国の魔女は「この龍脈の地は私が治める」と宣言した。逃げる安曇。追う英国の魔女。蚊帳の外の二人。アオイは安曇は勿論、英国の魔女にも対抗することをしっかりと心に誓った。
ある晩、アキラから行きつけの古本屋を紹介してもらった帰り、アンジェとアキラは瘴気に襲われる。やむなくアキラの前で刀を抜くアンジェ。しかし、一瞬の不意を撃たれ銃撃されてしまう。謎の白い光と英国の魔女に助けられたアンジェはアキラの部屋に運び込まれ、週末に休みの期間をもらう。
休みの時間をヒナタと街に出て遊ぶのに費やすアンジェ。そこで剛腕蜘蛛悪魔を使役する上級悪魔らしきフードの男と謎の魔術師と遭遇する。追撃することも出来たが、アンジェは怪我人の保護を優先した。
アンジェは父が亡くなった日の夢を見る。時折見るその夢、しかしその日見えた光景は違った。見覚えのない黒い悪魔の姿があったのだ。そしてその日の昼、その悪魔とその使役主である上級悪魔、
そして同時にアンジェはアオイから知らされる。父が死んだその日は「大怪異」と呼ばれる霊害の大量発生の日だったのだ、と言うことを。
イブリースが大攻勢をかけてきた。悪路王と英国の魔女は陽動に引っかかり、学校にいない。アオイとアンジェだけでは学校への侵攻を防ぎきれない。最大級のピンチの中、アンジェは自身の血の力と思われる白い光を暴走させる。それは確かにイブリースごと全ての悪魔を消滅させたが、同時に英国の魔女が封じていた安曇のトラップを起動させてしまい、学校を大きく損傷、死者まで出してしまう。
アンジェはその責任を取るため、討魔師の資格を剥奪されることになるところだったが、突如乱入してきた悪路王がアンジェの血の力と思われる白い光を強奪。最大の懸念点だった力の暴走の危険は無くなったとして、引き続き討魔師を続けて良いことになった。
アンジェの力の暴走、通称「ホワイトインパクト」の後、
ホワイトインパクトに対処する中、英国の魔女は事態収束後も同盟を続けようと取引を持ちかける。アンジェは取引は断りつつも、英国の魔女の座学から様々な知識を学ぶのだった。
英国の魔女に連れられ、ロアの実例と対峙するアンジェ。しかしそこに、ロア退治の任を受けた討魔師・
父の仇である悪路王は如月家の血の力を盗んだ。そして如月家について、明らかに何か知っている。アンジェはそれを問いただすため、そして可能ならば討ち倒すため、アンジェは悪路王のいるとされる
アンジェの右腕は英国の魔女の尽力により復活した。悪路王はアンジェの血の力について、ウキョウを倒せるレベルにならなければ返却できないと語り、あのアオイでさえそれに同意した。そしてアオイはアンジェについてしまった及び腰を治療するため、ある人物とアンジェを引き合わせることを決める。
アンジェは
討魔仕事の帰り、アンジェを迎えに大きなバイクに乗ったフブキが現れる。フブキは言う。「
ベルナデットは魔術師だった。
フブキと共にベルナデットと交戦するアンジェ。
だが、フブキが作ったベルナデットの隙をアンジェは殺害を躊躇したため逃してしまう。
ベルナデットが盗んだのは『
アンジェが回収したカードから、ベルナデットは錬金術師と判明するが、目的は見えない。
そして、自身の覚悟不足によりベルナデットを逃したことを後悔し、こんなことでは復讐も成せないと感じたアンジェはアオイと真剣での鍛錬を行う事を決める。
にらみ合いが続く。
お互いの手には真剣。寸止めが基本とは言え、絶対ではない。
ふいに、アオイさんが一歩踏み込んでくる。無形の位を取っていた構えが霞の構えに変化し、アオイさんの刀、弥水の鋒両刃造りの切っ先が煌めく。
――アオイさんの方から仕掛けてくる? 突きなら、狙いは……。
アオイさんの基本戦術は後の先を取る活人剣。けれど、私との鍛錬においては、あえてそれを崩して攻めて来ることも多い。
だが、それでもここまで露骨に突きを狙った構えで迫ってくるのは不自然にも思える。
私は隙を晒さぬよう自分の刀、如月一ツ太刀を下段に構えたまま様子をうかがう。
再びにらみ合いが続く。
ふいに弥水の切っ先が動く。鋭い突きが私の瞳に向けて放たれる。
「!」
以前なら瞳に攻撃が突っ込んでくる恐怖に負けて無策にこの刀を弾いていたところ。だが、今狙うべきはその無防備な小手。
下段に構えた如月一ツ太刀を上方に切り上げ、小手を狙う。
アオイさんがその動きに気付き、両足を踏ん張って、突きを止め、刀を引く。
弥水と如月一ツ太刀がぶつかり合い、火花を散らす。
――くっ、やっぱり、弥水の方が
古きものが優先されるという神秘の法則、神秘プライオリティの前に弥水が優先される。
弥水がその古さを活かして、如月一ツ太刀の攻撃をしのぎ、再びにらみ合いが始まる。
一月が経ち、真剣での鍛錬にも慣れてきたが、真剣でぶつかり合うことで、神秘プライオリティの差というものを意識させられる。
奈良時代末期に作られたとされる小烏丸の写しである弥水は多くの日本刀の追随を許さない古さを誇り、そこに加えて、かつてチハヤさんによって第二次世界大戦という対人の実戦で使われた事で多くの怨念を蓄え、神秘強度も高い。
つまり、アオイさんとの戦いは、これまでの実力の差がある戦い、に加えて、武器の性能差がある戦いにもなっていた。
――なら、私に体を預けてみない?
ふと頭の中で声がする。
え、誰? 英国の魔女の悪ふざけ?
――ひどいな、分かるでしょ? 私は
意味が分からない。何を言っているんだ、私はおかしくなってしまったのか?
――あなたはおかしくなってなんていない。私はあなたが生まれた頃からずっと一緒のもうひとりの
「真剣での勝負に意識を逸らすとは!」
そして困惑する私を余所に、弥水の上段からの一撃が飛んでくる。
「しまっ」
咄嗟に如月一ツ太刀で受け止めるが、弥水の方が
――まぁ、いきなりは難しいか。いいよ、でも、いつでも私を頼ってね、
だから、誰なの。
カラン、と如月一ツ太刀が弾き飛ばされて地面に落ちる。
「ここまでですね、アンジェ」
首筋に弥水が突きつけられる。
「参りました」
降参する。
「頭の中に……声ですか」
ひとしきり反省会が行われた後、私の主張に耳を貸してくれるようになったアオイさんに事情を話す。
「一番可能性が高いのは所謂「悪魔憑き」でしょうか」
「悪魔憑き?」
「えぇ、ドラマとかでみたことないですか?
残念ながら見たことはない。けれど、エクソシスト、というのは話に聞いたことはあるな。
「「悪魔憑き」は、その人間の魂に取り憑く存在の総称です。より厳密に言えば人間の魂と身体を結ぶ、
そう言われてもいまいちイメージがつかない。
「まぁ一度
「なるほど……。それでその、どこに行けば会えるんでしょう」
「旧教系の教会で相談すれば大体繋いでもらえますが、必要ならこちらで都合しましょうか?」
「そうですね、一度見てもらったほうがいいかも……、あ、でも」
もしかして、英国の魔女に見てもらったほうが早いのでは? とふと気付いた。
すっかり仲間認識してしまっているのは、よくないとは思うのだが、実際、彼女の助けがなければ死んでいた可能性が高い部分は多く、今更なかなか無碍にできない。
「なんですか?」
「いえ、こういうのは経験なので自分で行ってみようかな、と」
が、そんなことはアオイさんには言えないので、私はボカす。
「そうですか。まぁ今日はそれどころではないでしょうしね」
アオイさんが良く分からないことを言う。
「それでは私は失礼しますね。私がいると、二人も遠慮してしまうでしょうし……」
アオイさんが立ち上がり、道場から外に出る。
なぜか屋敷の方に戻る渡り廊下の方に行かず、縁側のようになっている側面の窓から出ていく。
私はその様子に首を傾げながら、渡り廊下を抜けて、屋敷に戻る。
今日は日曜日だから最悪丸一日使って鍛錬するのかと思っていたが、昼前に帰ってしまうなんて少し拍子抜けだ。アオイさんには何か用事があったのだろうか。
玄関を通って屋敷の左側に入り階段を登る。
自分の部屋の扉を開けると。
突如、大きな破裂音が鳴った。
「アンジェ誕生日おめでとう〜」「アンジェちゃん誕生日おめでとう!」
何が起きたのか分からず、ポカーンとしてしまう。
「あれ? アンジェ、大丈夫? びっくりしすぎちゃった?」
「もう、やっぱりいきなりクラッカーはやりすぎだったんだよ」
「えー、これくらいのサプライズがなきゃダメでしょ〜」
この声は、ヒナタとアキラ?
「な、なんで二人がここに?」
「あ、やっと正気に戻った」
私の疑問にヒナタが楽しそうに笑う。
「あ、はい。えーっと、誕生日……?」
「そうだよ。今日、1月25日はアンジェちゃんの誕生日でしょ?」
「誕……生日」
そう言えばそうだった。
六つの誕生日以来、私にとって誕生日とは父を喪った嫌な日だった。
それで、かつての私は祝われることも拒否し、結果、祝われることもなくなっていた。
だから誕生日を祝われるのは九年ぶりになる。
(逆に言えば父の命日でもあるのですね。お参りに行かないと……)
「あれー、アンジェ、自分の誕生日忘れてたのー?」
「いえ、どちらかというと、二人がいつの間にか私の部屋にいる方に驚いていました」
嘘だが、まぁそれも驚きではある。
「あ、ごめんね、嫌だった? アンジェちゃんの友達だって名乗ったら、家の人が部屋で待ってるように言ってくれて」
「ケーキも用意したよ、ケーキ!」
「あ、いえ、いいんですよ、アキラ。ただ、いると思ってなかったので驚いただけです」
謝るアキラをまるで意に介さないヒナタをスルーして、アキラをフォローする。
実際、今回はアオイさんが気を回してくれたから良かったが、そうでなければ階下でアオイさんと会話していた可能性もあり、二階の奥まったところに部屋を持つ私の部屋に行かせていたのは正解だろう。
「アンジェとそのお友達さん、お昼ごはんはまだだろう? 育ち盛りがケーキだけでは足りなかろう、君たちの分もお昼ごはんを作るから降りて来ると良い」
と、そこに〝守宮〟殿が声をかけてくる。
高校生ともなると成長期も終わりかけで育ち盛りというにはちょっと遅い気もするが、〝守宮〟殿にとっては私はまだまだ子どもということなのだろうか。
「お、やったぁ、じゃあご相伴に預かろうよ。ね、アキラ」
「う、うん。アンジェちゃんさえ良いなら……」
「"守……」
〝守宮〟殿、と言うのはちょっと変か。お父様……はお父様の事だし。えーっと。
「彼が呼んでくれているのだしいいでしょう。行きましょう」
家族のことを彼と呼ぶのはやはり変だったか、二人が少し変な目でこちらを見ていたが、ともかく二人を先導し、玄関からまっすぐに伸びる廊下の先にある掘り炬燵の用意されたダイニングに入る。
「おぉ、ほりごたつだー、すごーい」
いち早くこたつ布団の下に足を滑らせて、その下が段差になっていることにテンションを上げるヒナタ。
「へぇ、大きい家にもなるとこんなのあるんだね」
アキラも感心気味だ。まぁ確かに掘り炬燵がある民家は恐らく珍しい。確か、如月邸にもあったので、あんまり珍しい気はしないが。流石にその二つの家が例外的に大きいことが分からない程世間知らずではない。
「ほい、出来たよ。あ、アンジェ、鍋敷きを出してくれ」
「あ、えっと」
「〝守宮〟殿、私が出しますよ」
三人で会話をしているところに突然言われて鍋敷きはどこだったかと、顔を上げたところで、新しい声がして、炬燵の上に鍋敷きが置かれる。
「当主様!」
「アンジェ、誕生日おめでとう。一言お祝いを贈ろうと思って立ち寄ったのだが、しっかり祝ってくれる友達がいるようで安心したよ」
顔をあげるとそこには、私が討魔師にデビューした日に立ち会ってくださって以来の月夜家当主様がいらっしゃった。
「そして、そちらのお嬢さん方、はじめまして。私はこの月夜家の当主を務めさせていただいている者です。名乗らぬ不敬をお許しください、当主として責任を果たすため、基本的に単に当主と呼ばれています」
当主様が恭しくお辞儀する。
不思議な風習だけど、大きい家は大きい家なりの風習があるんだ、と二人は納得したらしい。
名乗らないのには理由がある。月夜家は討魔組の代表としての責任を果たすため、名前をターゲットするのに使う呪詛や魔術の対象にされないように、当主を継ぐと同時に名前を呪詛により消し去ってしまうのだ。だから本人すら自分の名前を知らない。〝守宮"殿が名前ではなく"守宮〟殿と呼ばれているのも同じ理由だ。
「ところで、そちらの麗しいお嬢さん、よろしければお名前をお聞かせ願えませんか? そしてどうでしょう、後日また……」
と、当主様が声をかけたのはなんとびっくり、ヒナタだ。当主様、ヒナタみたいなのが好みなのか。
「お生憎ですけど、私、男に興味ないので、そういうのはノーサンキューです」
が、当のヒナタは釣れない反応だった。断りの文句だと思いたいが、「男に興味ない」って、本当にそっち系なのではあるまいな……。そういう偏見は良くないと思いつつも、私はちょっとヒナタから距離を取ってしまう。
「それは残念です」
当主はそれに肩をすくめる。
「それはそれとして、あなたの無事はソフィア様に……」
「……アンジェの義理の兄でもそれ以上は流石に許さない」
が、当主の続けた言葉に、ヒナタが珍しく語気を強める。ソフィア様? って誰だろう。ヒナタは日本人離れした見た目をしていると思っていたが、もしかして母親の名前だろうか。そういえば、ヒナタは絶賛家出中だったんだった。
当主様、ヒナタの母親を知っているのか。
「分かりました。振られてしまったとはいえ、麗しいお嬢さんの機嫌を損ねるのは望ましくありません。これはソフィア様には内緒にしておきます」
再び当主様が肩をすくめる
「まぁまぁ、冷めてしまう前に、食べようではないか」
いつの間にか〝守宮〟殿が鍋敷きの上に土鍋を設置していた。ところで、鍋掴みの類が見当たらないのだが、もしや素手で持ってきたのだろうか。幸い二人は気付いてないようだが。
土鍋の中に入っていたのは煮込みうどんだった。
五人で煮込みうどんを食べる。
「お嬢さん、一つだけ弁明させてください。あなたをお誘いしたのはソフィア様とは無関係にあなたが麗しい方だったからですよ」
「えぇ、ご安心ください当主様。私があなたの誘いをお断りしたのも、あなた方の思想とは無関係に、本当に男性に興味がないからですので」
ヒナタはあくまで釣れない。「あなた方の思想」、ってなんだろう。ヒナタは月夜家についてなにか知っているのか? 神秘を巡って世界中を飛び回っている当主様とヒナタの母親が知り合いだとしたら、ヒナタの家が神秘絡みの家である可能性も出てくる。
……そういえば、ヒナタが私の夢に出てきたことがあったような。まさか本当に?
「ん? あ、これは私の分だよ」
私の視線に気付いたヒナタが自分のお椀を守る。……考えすぎか。
「さて、私はそろそろ行かなくては。その前にアンジェ、こちらへ」
食事が終わり、全員に緑茶が振る舞われ、ややのんびりした空気が漂い始めたタイミングで当主様が席を立つ。
「あ、はい」
二人で玄関入ってすぐ左の和室を抜けてその奥の部屋へ。
「念の為防音する」
恐らく認識阻害されていたのだろう、いつの間にか帯刀していた刀を抜き、当主様が刀を振って呪詛を刻む。
「アンジェ、正直に答えてくれていい。英国の魔女とは協力関係にあるな?」
あまりに唐突すぎる質問。
「えっと……」
「とぼけなくていい。背中に一つ、胴体に一つ、両腕両脚に一つずつ、それぞれルーンが刻まれているのが見える。それもかなり精度が良い。それほどのルーンを刻めるのは今代の英国の魔女くらいだ」
あっさりと見抜かれた。同じ印を刻むタイプの術を使う月夜家ならでは、ということか。そして、英国の魔女とはそんなに有名なのか。
「後ろめたく思う必要はないぞ。英国の魔女は秘密裏の存在ながら、イギリス王室から正式に叙任される称号だ。基本的には同じ一家に世襲していくイメージだな。もちろん、日本ではその称号に意味はないから、イギリスから正式な通達なく日本にいる現状は霊害扱いにはなってしまうがな」
イギリス王室から叙任される存在……、思ったよりすごい存在なのか。
「はい、なし崩し的にですが、英国の魔女とは共闘しています」
「そうか。なら、もう少しだけ動きやすくしてやろう。誕生日プレゼントだ。今、日本にいる英国の魔女が本物の英国の魔女だと承認する旨を討魔組から宮内庁に伝えておこう。英国の魔女からは良い顔されなさそうだが、本国に伝わらなければ大丈夫だろう。それよりアンジェが霊害と共謀していると思われる方が問題だからな。英国の魔女もそこは同じ気持ちのはずだ」
「本人に合わずとも大丈夫なのですか?」
「ん? あぁ、そうか。いや、問題ない。先代にはお会いしたことがあるし、今代も一度だけ顔を合わせたことはある。恐らく間違いはないだろう」
そう言いながら、ちらりと腕時計を見る。
「と、すまないがそろそろ時間だ。今日中には宮内庁に通達しておく。それでは、達者でな」
当主様は少し急いだ様子で、屋敷を飛び出していく。
そろそろ時間、と言っていたが、むしろ時間をオーバーしているのだろう。世界中を飛び回る当主様はお忙しい。
「アンジェー、ケーキ食べよ、ケーキ」
和室を出ると、ヒナタがテンション高く奥のダイニングから出てきたところだった。
「えぇ、食べましょうか」
「よっし、アキラー、ケーキ食べようケーキ」
「あ、うん。今行くね。ごちそうさまでした」
ダイニングのアキラが〝守宮〟殿にお辞儀してこちらに合流してくる。
そして、三人で階段を登り、私の部屋に向かう。
「ふぅ、煮込みうどんに、ケーキ、お腹いっぱい」
満足気に私のベッドで横になり、お腹を撫でるヒナタ。彼女の履いているミニスカートがめくれあがって生足が晒されており、かなり際どい。
「ちょっと、ヒナタちゃん、お行儀悪いよ、人のベッドだし」
「別にいいでしょー、男のいない女の子だけの空間なんだし〜。あとアンジェのものは私のものだし」
「私のものはあくまで私のものですが、まぁ別にいいですよ。ヒナタの言動にいちいち怒っていたらヒナタの友達やってませんから」
なんだかんだいって、ヒナタは貴重な友達だ。この程度で怒っていたら、というのも本心だが、それはそれとして、これだけリラックスしてもらえているというのも悪い気分ではない。
――あれで油断なく周りを監視してるように見えるけどね。
またこの声か。何なんだ一体。
「あ、そうだ、アンジェちゃん、これ、あげる」
そういって、アキラがカバンから取り出したのはラッピングされた箱だ。
「なんと、プレゼントですか! ありがとうございます」
まさかプレゼントを貰えると思っていなかったので、思わず声が上ずってしまう。
箱を開けてみると、そこに入っていたのはマフラーだった。
「もうすぐ春と思うとちょっと早いかな、と思ったんだけど、ちょうど編み物に挑戦してるところだったから、作ってみちゃった」
「なんと、アキラの手作りですか!」
これは驚いた。そうは気付かないくらいよく出来ている。
「まぁ、もう早いってことはないんじゃない? 天気予報見たら28日からまた寒くなるみたいだよ」
とヒナタがベッドに寝そべりながらスマートフォンを見ている。
私もスマートフォンを取り出して今週の天気を確認すると、なるほど、最高気温12度あったのが、28日には9度、30日には3度まで下がり、天気も雪になると書かれている。
「ならまだ役に立ちそうだね、良かったぁ」
少し嬉しそうなアキラ。アキラのためにわざわざ調べたのだろう。ヒナタもやっぱり友達思いのいい子なのだ。
「そして、私も手作りだよ!」
ひとしきり私がアキラにプレゼントのお礼を伝えた後、ヒナタが足で反動をつけて空中で一回転してベッドの横に着地する。どんな運動神経してるんだ。
「ヒナタが手作り?」
あの粗雑なヒナタが何を手作りすると言うんだ。いや、なんだかんだそつなくこなす優等生なヒナタのことだから、意外な手作り技術をもっていても不思議じゃないのだが。
「というわけで、はいこれ」
渡されたのは二次元コードの書かれたカードだった。
首を傾げながら読み込んでみると、そこにあったのはlPhone用のアプリストアだった。
「超新星爆発タイマー?」
「うん。『デビルハンター4ダッシュ』の炎属性のエンシェントデビルの超新星爆発、アンジェ避けるの下手でしょ? でも、あの爆発って怒ってから一定時間後って決まってるから、時間測れば確実に使ってくるタイミングが分かるんだよね」
そうだったのか、知らなかった。
「で、このアプリを起動するとカメラが起動するから、そのカメラに映した状態で『デビルハンター4ダッシュ』を遊んだら、アイツが怒ったタイミングでカウントダウンを始めて、超新星爆発が起きる直前にアラームが鳴ってくれるってわけ。ゲーム外の道具を使うのは賛否あるけど、アンジェはあんまり気にしない人でしょ。ゲームそのものを改造するってなると流石にアウトだけどさ」
確かに。大事なのは勝つことだ。
「いや、そんなことより、lPhone用のアプリを作ったんですか?」
「うん」
ヒナタはなんでも無いことのように頷いた。
「いや、流石に怒った状態を識別させるのは大変だったけどね。それ以外はほとんどただのタイマーアプリだし」
そんな簡単なことではないと思うが、まさかプログラマとしての技術があったとは、意外だ。
「あとこれ、普通の3DMに装着できるスマホホルダー。これにスマートフォンをつければ、アプリを使いながらでも遊びやすいよ」
「これも作ったんですか?」
「いや、流石にこれは
それでも充分すごいと思うが。意外と理工系に強いのかヒナタは。
「ま、まぁずいぶん局所的な道具とアプリですが、作ってくれたことは嬉しいです。ありがとうございます」
「ふふん、いいってことよ」
ヒナタは私のお礼に満足げだ。
その後、ヒナタとテストがてら『デビルハンター4ダッシュ』を遊んだり、最近アキラがハマっていると言っていた将棋について教えてもらって遊んだりした。
夕方、二人が帰った後、私は墓地に来ていた。
お父様のお墓の前。ここに来たのは久しぶりだが、しっかり手入れされてきれいになっている。花もお供えされている。
花はまだみずみずしいので、おそらくお父様の命日を偲んでやってきた人が私以外にいたのだろう。
……それにしても彼岸花はないんじゃないか。というか、この時期にどうやって調達してお供えしたのか。
お父様に訪ねたいことはたくさんある。
なぜ、あのタイミングで私に刀を託したのか。
なぜ、お父様は殺されねばならなかったのか。
なぜ、お父様を殺した奴は私に友好的なのか。
だが、何を訪ねても答えは返ってこない。せめて幽霊が出てきてくれれば、と思うが、英国の魔女やアオイさんの話によると、一般的な幽霊というのはその人間の未練など負の記憶が残留しているような状態でしかなく、本人の生き写しというわけではないらしい。魂そのものが残留している例もなくはないらしいが、極めて稀とのことだ。
――あら、私のことは聞かないの?
あなたの事をお父様は知らないでしょ。
――何言っているの。私は
何を馬鹿な。そうだ。彼女について、英国の魔女に聞かなければ。
「英国の魔女、出来たら返事してください」
墓を去って、帰路を歩きながら、虚空に声をかける。
「呼びましたか、アンジェ」
少しして、どこからともなく、英国の魔女が現れる。
「実は……」
「アオイに話していた悪魔憑きの件ですね」
どうやってか聞いていたのか、話が早いが、少し怖いな。
「結論から言えば、あなたには憑物がついている気配はありません。何かしら魔術がかかっている気配もないですし。
「TMF?」
「
「いえ、それが墓参りのときにも聞こえたのです。それに、私に体の制御を明け渡すように迫ってくるのです。話を聞く限りTMFはそんなことはしないのでは?」
違いそうなので、私は首を横に振る。
「なるほど……。そうすると、神秘的な施術によって生み出された多重人格でしょうか。神秘の世界には多重人格を人為的に発生させる施術を施す人々がいます」
「そんな技術が」
「少し違いますが、私も
「あなたの家系……。英国の魔女の称号を世襲するという?」
「……あの月夜家の当主ですね、お喋りめ。名前を抹消してなければ呪っているところです」
吐き捨てるように英国の魔女が呟く。ちょっと怖い。
「まぁそれはともかく、人格ごとに得意分野を分ければ、その人格を切り替えるだけで様々な事態に対処できます。例えば、おべっかと愛想笑いが得意で温厚な人格が対人のやり取りを担当して、粗暴で破壊的な人格が戦闘を担当して、慎重で神経質な人格が調査を担当して、と言ったふうにね」
なるほど。脳内に複数の人格が存在している、というのはゾッとしないが、利便性は分からなくはない。
「ですから、実は如月家は多重人格を作り出し続けてきた家、という可能性もなくはないのです」
「つまり、私に体を明け渡せと言っている彼女は、私のもう一つの人格、ということですか?」
「えぇ、それも戦闘中にだけそう主張するなら戦闘に特化した人格なのかもしれませんね」
私の中に、戦闘に特化した人格が……? それに体を明け渡せば、私という全体はもっと強くなる?
でも、そうだとしたら、私のこれまでの鍛錬の意味は?
そうだ、私が鍛錬してきたのは、他ならぬ私がお父様の仇を取るためだ、それを別の私に取られてはたまらない。
「そういえば、あなたが以前に戦った錬金術師、ベルナデット・フラメルと言うそうですね」
「知っているのですか?」
突然、英国の魔女が話題を切り替える。
「ベルナデットという名前は初めて聞きましたが、フラメルという名前は知っています。というか、この前、
覚えていない。ちゃんと読んだのなんて小学校の時だからな……。
「ニコラス・フラメル。表の世界でさえ知られている賢者の石を作り出した著名な錬金術師の名前です」
あぁ、サブタイトルになってるやつだ。ヒナタも言っていた、賢者の石は錬金術師の大きな目的の一つだ、って。
「つまり、ベルナデットさんはその子孫?」
「恐らく。そして、フラメルの家の人々は各自ニコラスがかつて為した偉業、賢者の石の生成の再現を目指して活動していると聞きます。事情は分かりませんが、ベルナデットも同様の目的のために動いていると考えられます」
逆に言うとニコラスさんは賢者の石を家族に分け与えず自分だけで独占してるってこと?
「でも彼女が盗んだのは詰将棋の本ですよ。詰将棋の本と賢者の石になんの関係が?」
「それが分からないところです。あるいは、ただ棋士であるがゆえに、レアな将棋本が欲しかったという可能性もなくはありませんが」
「そんなことのために町を危険に晒したと言うんですか?」
ベルナデットさんは街中に騎士をばらまき、人々を襲わせようとした。フブキさんのおかげで犠牲者は出ていないが、到底許されることではない。
「えぇ、いくらなんでも、損得があっていません。何かは想像がつきませんが、彼女もまた賢者の石を作るためにその本を盗み出したと考えるのが妥当でしょう。……だとすると、魔術儀式には龍脈の力を欲するはず。龍脈結集地である学校が狙われる可能性もありますね」
「そんな! それは阻止しないと」
せっかく最近の学校は平和が戻ってきている。再び戦場になどさせてなるものか。
「えぇ。誰か錬金術に詳しい人がいれば良いのですが……。いえ、そういえば、以前に日本で彼のホムンクルスを見かけたような……」
「誰か心当たりがあるのですか?」
「いえ、確証はありませんが……」
「どうすれば確証が得られます?」
「調べてみるしか無いですね。調べて彼がいた痕跡を発見できれば、彼に会って助言が得られるかもしれません」
「でしたら、その「彼」を探してみてください。そして見つけたら……。私も、連れて行ってください」
学校に危害を加えるのを黙ってみているわけには行かない。
「いいでしょう。ですが彼は私と違って正真正銘の霊害ですよ。人を害することは滅多にありませんが、割と頻繁に盗みを働いています。彼に助言を求めるならば、彼を見逃すのが大前提です。構いませんか?」
「構いません。その「彼」が学校に危害を加えないのであれば。もちろん、アオイさんや月夜家にも内緒にします」
「結構。ではまた、判明したら連絡します」
そう言うと、英国の魔女は溶けるように消えていった。
それから二週間経って、時は2月11日。
祝日の水曜日であるこの日、私は英国の魔女に連れられて、栃木県の日光市に来ていた。
「足尾地区……?」
「えぇ。知っていますか?」
「ええっと国の史跡に指定されてる足尾銅山跡がある場所、ですよね」
「よくご存知ですね。まさにその足尾銅山が目的地ですよ」
「え?」
そんなところに何を。
「以前、彼は盗みをしていると言いましたが、それは盗掘のことなのです。彼は鉱山に自分の工房を作り、盗掘しながら生活しています。そして対霊害組織に発見されたら移動して、また別の鉱山に工房を作る。それが彼の日常です」
なるほど、足尾銅山ってまだそんなに貴重な鉱石とか残ってるのかな。
英国の魔女に認識阻害のルーンをかけてもらって、登山を始める。
途中、噂に聞く鉱滓ダムの赤い池を見かけたりしつつ、こっそりと私達は足尾銅山の入り口に入り……。
「
白い髪に赤い瞳の女性二人が突然姿を現し、こちらに右腕を突き出し、呟く。すると手のひらの先に黒い球体が出現する。
「
黒い球体が放たれる。
「ほいっと」
英国の魔女が素早く杖を振ると、私と英国の魔女が半透明の球体に包まれ、黒い球体を防ぐ。
「アンリー、私です、英国の魔女です。イギリスに入国させてあげた恩、忘れましたか?」
英国の魔女がイチイの果汁を先端につけた杖で喉にルーンを描いてから、大声を上げる。恐らく拡声の効果のあるルーンなのだろう。
その言葉に返答するように、パチンという音が聞こえて、白い髪に赤い瞳の少女二人が奥に消え、入れ替わりにハルバードを持った赤い瞳に白い長髪の女性が二人現れる。
「あ、あなた、イブリースと戦ってた!」
「? わたしはあなたを存じ上げません」
宝石を盗み出したイブリースを追いかけていた魔術師がこの長髪の女性のはずだ。が、相手は首を傾げる。
「確かに二人はいませんでしたけど、どっちかがそうでは?」
「アンジェ、彼女らは人工生命体、ホムンクルスです。彼の趣味でやや個体差はありますが、恐らく似ているだけで別人ですよ」
ホムンクルス、聞いたことはある。実在するとは。
「はい、別の個体と思われます」
「
ハルバードを持った二人が踵を返して歩き出す。これはついてこい、ということか。
坑道を言われるがまま進み、下っていくと、やがて壁をすり抜け、広々とした空間に出た。たくさんのそっくりの少女達がその空間から接続された様々な部屋に出入りし、忙しそうに作業をしている。
その中心で、金髪の男が寝台に寝かされた裸のツギハギの女性を前に唸っている。
「相変わらずその目的を追ってるのですね、アンリ」
「あぁ、我が兄弟子が成し遂げた偉業。その再現が今の私の目的だからね」
英国の魔女が声をかけると、金髪の男が振り返る。鮮やかな赤い目が目を引く。
「それで、どういった用向きかな。トワイライトシリーズはあまり評判が良くなかったと聞くが」
「いえいえ、300人委員会の用事じゃないのです、今日は」
300人委員会? と思ったけど、答えてくれそうにないので、黙っておく。
「実は、ある錬金術師が人に被害を出す事件を起こしましてね、君に助言が欲しくてきたのです。こちらは討魔師の如月アンジェ」
「討魔師か……。まぁ英国の魔女と共に来たのなら、信用しても構わないだろう。初めまして、ミズ・キサラギ。私はウンベグレンツ・ツヴァイツジュラ。錬金術師だ。ウンベグレンツはドイツ語で「無制限」という意味でね、英語ではアンリミテッド、となる。それで、アンリミテッドを略して、アンリ、などと呼ばれてもいるよ」
恭しくツヴァイツジュラさんがお辞儀をする。演技がかった動きは少し当主様に似ている。
「あ、よろしくお願いします。ミスター・ツヴァイツジュラ」
「いや、名前の方で呼んでくれて構わないよ。気軽にアンリ、と」
「では、アンリさん。早速ですが、錬金術について教えていただけませんか?」
「構わない。では、早速始めさせてもらおう。サーテ、13番を」
そう言うと、アンリさんは奥にいる女性に呼びかける。
「はーい、
その呼びかけに応え、真っ白いドレスを来た白い髪をツインテールに纏めた赤い瞳の少女がやってくる。他のホムンクルスと比べて少し表情が柔らかい印象を受ける。
「
そして、恐らくサーテさんと言うのだろう少女が詠唱すると何もないところからクーラーボックスが出現する。
「ありがとう。サーテ。それじゃ、
アンリさんが左手を右腕に添えて詠唱すると、右腕がごっそりと外れる。そして、クーラーボックスの中にも右腕が入っており、それを右肩に近づけると、どうやらくっついたようだ。
サーテさんと言うらしい少女はクーラーボックスに取り外された右腕をしまい、クーラーボックスを持って立ち去っていく。
「すまないね、では、微力を尽くして説明させてもらおう。
絶句する私を知ってか知らずか、アンリさんは詠唱と同時に右手を鳴らす。
すると空中にホログラムのような映像が映し出された。
「
ホログラムの中で、鉛が金へと変換される様子が描かれる。
「錬金術にもやはり地域によって起こりは色々あるのだが、私の専門はヨーロッパなので、ヨーロッパについて話させてもらうが、錬金術の始まりは大きく分けて二つ。片方は純粋なる学術的興味、そして、もう片方は詐欺だ。学術的興味による錬金術は今日も化学という名前で生き残っているが、実は詐欺としての錬金術にこそ、魔術としての錬金術の本質がある」
錬金術が詐欺、というのは一月の中頃にヒナタから聞いた気がする。ベルナデットさんが錬金術師と聞いて、フィクションに出てくる錬金術について聞いた時に話していた。
「これがあれば金ができる」と説明して、金ほどではないなりに貴重なそれらの資源を得ることが目的だった、という話だったと思う。要は、今の投資詐欺に近いものだ。
「こうして、ヨーロッパ中に「ある物質を別の物質に変える術」という「認知」……いわゆる神秘基盤が生じた。ここに、錬金術という魔術が実在するようになったんだ」
「神秘基盤?」
勘違いでなければ初めて聞く言葉だ。
「失礼、その説明がまだだったか。神秘基盤とは神秘レイヤーに刻まれた法則の事だ。魔術師は方法は様々ながら、この神秘基盤を起動させることで神秘レイヤーに働きかけ、魔術という現象を発生させる」
「起動式のプログラムの集積だと考えても構いません。「この
なるほど。だが、「神秘基盤が生じる」とはどういうことだろう。
「ミズ・キサラギ、君はロアとは既に?」
「あ、はい。人の噂が実体化したもの、ですよね」
「そうだ。人の噂が集まると、神秘レイヤーはその通りに変異する。神秘基盤もそうして生まれたものなのだ。厳密には諸説あるが、私はそう考えている」
「つまり、「杖を振ってちちんぷいぷいと唱えると不思議なことが起きる」という噂が立つことで、魔術師は杖を振ってちちんぷいぷいと唱えることで不思議なことを起こせる、ということですか?」
「その通りだ。飲み込みが早いな。こうして錬金術という魔術は実在する技術となったが、なにせ元が個々人による詐欺だからな、物質を物質に変える方法として彼らが述べた方法は千差万別だった。故に、「
アンリさんが空中を撫でるように右腕を動かすと、ホログラムの内容が変化する。
「錬金術の誕生から今まで、それなりに時間が空いているからな、今はいくつかの大きな体系に分けて理解されている。例えば、私が使うのは物質を可能性という単位に分解し再融合させる「ファクルタテム式」、例えば、
「あ、ケーテ式です。……ところで、
良い機会なので聞いてしまえ。
「ふむ、
「コクトゥーラ式が人気なのは現代の知識、の方ですね。窯に材料を入れてぐるぐる回すタイプの錬金術を使うゲームのシリーズがそれなりに認知されているので、それだけ神秘基盤が安定してるのです」
なるほど。神秘基盤は人の認知により形成されるから、知名度があればあるほど強力になるのか。
「なら、特定の魔術の仕組みそのものを公表してしまえばその魔術は超強力になるのでは?」
「ところが、そうもいかなくてね。現代において、多くの人間はそもそも魔術なんて眉唾だと思っているだろう? だから、魔術が一般の人の目に止まっても、多くの場合人間は「そういう手品だ」と認知してしまう。そうなれば、むしろその基盤は否定され弱化する。神秘不拡散の原則、と言ってね。神秘を守るためには神秘はこれ以上一般の目に触れないのが望ましいんだ。
「アンリ。話が脱線していますよ」
「これは失敬。まぁ、
冷ややかな英国の魔女の言葉に、アンリさんが口をつぐむ。最初のやり取りと合わせるとその組織とやらが300人委員会なのだろうか。
神秘不拡散の原則はそういえば、前にアオイさんも言っていたな。神秘の世界ではそれなりに常識的な事実のようだ。
「で、ケーテ式だったな」
そう言って、アンリさんはケーテ式の基本を教えてくれる。事前に素材をマテリアルカードに変換し、それを戦場で組み合わせる。アオイさんから聞いていたとおりだ。
「知っていたのか。では私は何を教えれば?」
「目的が知りたいんです」
私はベルナデットさんが『象棋百番奇巧図式』を盗み出した事を話した。
「あぁ、それは難しい話じゃない。将棋はね、ミズ・キサラギ。日本で独自に発達したケーテ式に分類される錬金術なんだ」
「なっ!」
私が絶句する横で英国の魔女も驚愕する。
「知らなかったかな? 将棋の駒は全て貴重品だ。そして一番奥まで行けば金に変換できる。分かるかな? 「対象を金に変換する」。これは紛れもなく錬金術だ」
そういえば、三学期の始まり頃にアキラとヒナタがそんな話をしていた。
「私も日本に来て驚いたよ。よく秘匿されている。下手をしたら宮内庁でさえ知らないかもしれないな」
事実、アオイさんは『象棋百番奇巧図式』を魔導書ではない、と言っていた。その可能性は高い。
「では、『象棋百番奇巧図式』は錬金術の……」
「あぁ、恐らくレシピ集だ。ましてや最高峰と謳われるほどのものなのだろう? そのレシピには彼らの錬金術の秘奥が隠されている事に疑いはない」
錬金術の秘奥。……まさか。
「賢者の石?」
「あぁ、かのフラメルの名を冠する女性が狙ったとあれば、その可能性は高い」
「つまり、ベルナデッドの目的は達成された、と?」
英国の魔女が問いかける。確かに、彼女は今頃目標だった賢者の石をついに作り出し、人生のゴールに辿り着こうとしているのかもしれない。だとすればある意味、私達の町や学校の平和はそのままだ。
「なら、よかったのだがな……。将棋は盤上で遊ぶものだろう? だから、将棋を使った錬金術は、ケーテ式に分類こそされるが、複雑なものは儀式魔術なんだ。つまり」
「龍脈結集地が狙われる! やっぱり学校が危ない!」
私は慌てて立ち上がる。
「アンリ。この度はご協力ありがとうございました」
「あぁ、これで借りは返したと信じるぞ」
「えぇ、次なにかある時は良いものを持参します」
私と英国の魔女は速やかに転移のルーンを使い、学校に急行した。
幸い、学校はまだ襲撃されていなかった。だが、今回知った手段が手段である以上、知った内容をアオイさんには話せない。私と英国の魔女で強く警戒するしかない。
to be continued……
「退魔師アンジェ 第17章」の大したことのないあとがきを
こちらで楽しむ(有料)ことができます。
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