退魔師アンジェ 第12章

『"守護者を自称する者"浪岡 右京』

  

――未練がましいことをしているとは思わないで下さい。私は復讐がしたいのだ。(ドイツの詩人・フリードリヒ・フォン・シラー)――

 

 真っ暗な空間に自分一人浮かんでいる。
 何となく直感する。これは夢だ。
「達谷窟に向かうのか。やめろ、引き返せ」
 タッコク・キング・ジュニアが姿を表し、そう告げる。
「なぜです? 達谷窟にはそんなにみられたくないものがあるですか?」
 ここで弱気になってはいけない、強気に反論しなければ。……って自分の夢の中の悪路王に反論しても仕方ないだろうに。
「それは違うよ、アンジェ。その悪路王は本物だよ」
 突然私の横に現れたヒナタがそう言う。
「ヒナタ……?」
 何故ここにヒナタが?
「私は……あ、えっと、アンジェの深層意識が解説役としてぴったりの存在として私を選んだんだよ」
「ヒナタ、を、私が?」
 あり得ない。いや、でもヒナタはこれで学年一位の成績の持ち主だし、豆知識もたくさん知ってる。こういうわけわからない事象にも解説をしてくれそうだ。
 ……認め難いが、私は本当にヒナタを解説役として適任だと感じているようだ。
「それで、えっと、あの悪路王は本物、というのは?」
「うん、あれはアンジェの中で作られた存在じゃない。タッコク・キング・ジュニアの持つ夢魔としての性質で夢に入ってきてるんだよ」
「すみません、本当に私の人格なんですか? 私の中にそこまでの知識があるとは……」
「じゃあ、逆にヒナタがここまで知ってると思う?」
「……思いません」
 ヒナタはアキラと同じで一般人だ。
 あれ、そういえば少し前に神秘絡みの事件の中でヒナタを連想するようなことがあった気がするけど……。思い出せない。
 まぁそういう事なら、このヒナタはやはり私の深層意識か。
 確かに悪路王の使うナイトゴーントは調べたところ夢の世界の存在らしいと知っているし、ナイトゴーントの日本語充ての一つである夜魔は夢魔の事を意味する言葉だ、と言うのも調べたから知っている。
 その辺の知識と今起きている現象から、悪路王は夢と関連する力を持つ夢魔の類である、と私が判断することは不自然ではない。
「ふむ……、舶来の刻印で縁を作ってやってきた侵入者が夢では姿に嘘をつけないから困っているようにしか見えないけどな……。君こそ、アンジェの中に入ってきてどう言うつもりだ? アンジェに取り入るつもりか?」
 先ほどまで黙っていた悪路王が、口を開く。
 やはりこのヒナタも侵入者? いや。
「矛盾しています。夢の中では姿に嘘をつけない。つまり、彼女は正真正銘ヒナタ本人と言うことになる。しかし、ヒナタは一般人です、ここに入る術も、私に取り入る動機もありません。惑わされませんよ」
「なるほど。ならこれではっきりさせよう」
 悪路王が手を出すと、その先から白い光の球体が出現する。私から奪ったあの光だ。
「アンジェも知っての通り、この光は見かけ上、魔力を分解するような挙動を取る。魔力で構成された僕の体も、少しずつ分解される。今白い光を握っている僕
 の手も、少しずつ溶けているのが分かるだろう?」
 確かに。ここから見ても悪路王の手が少しずつ光の粒子とくっついてどこかへ消えていくのが見える。
「そして当然、夢の産物には効果がない。このように」
 悪路王が降りてきて、私に白い光を押し当てる。何も起きない。
「と言うわけでこれを彼女に当てれば、分かることだよね」
 確かに。私の認識するヒナタは一般人だから、例え、実はこの悪路王が夢の産物で、夢の産物だとしても神秘関係は消える、としてもヒナタは消えないはずだ。
「う、これは……分が悪いな」
 あ、逃げた。
「逃げたね」
「ね、彼女には逃げなければならない理由があったようだよ。君は彼女を裏のない一般人と認識していたようだけど、どうやらそうではないようだね。気をつけないとダメだよ、アンジェ」
 ニヤリ、と悪路王が笑う。
「いや、あなたも人の夢の中に土足で入り込んでるのは同じでしょう」
 自身の攻撃的な意識の発露に合わせて、反射的に腰に手をやる。
 と同時、そこに如月一ツ太刀が現れる。
 私の「ここに愛刀がある」という認知がそれを夢の中の事実としたのだろう。なるほど、ここは私の夢の中、私のフィールド、というわけだ。
「驚いたな、まさかそんな速やかに……、いや……、出自を考えれば不自然でもない、か」
 悪路王が何やら呟きながら、後ろに退く。
「逃がすか!」
 悪路王に追いつくため、一歩踏み切り、飛ぶ。
 しかし、悪路王の高度には届かない。
「ともかく、達谷窟には来るな。力を使いこなせるだけの実力のない君にこの力を返す事はできない」
 悪路王が消える。

 

 はっ、と意識を取り戻す。
 揺れる車内。そうだ、ここは新幹線の中だった。確かやまびことか言ったっけ。
「おはようございます」
 向かいの席の英国の魔女が声をかけてくる。ちなみに英国の魔女は今、私以外には姿が見えない状態らしい。
 曰く本体はここにはいなくて、端的に言うと私に取り憑いた生霊だけを放っている状態らしい。
「悪路王が夢に出てきたよ。達谷窟には近くなって」
「あなたの不安の現れか、あるいは本当に悪路王が干渉してきたのか」
「夢の中にはもう一人干渉者がいて、そいつによると、本物だって」
「あなたの夢の中に干渉者が2人も? そんな有名人だったの?」
 うーん、確かに。じゃあやっぱり単なる夢? ヒナタが神秘絡みの関係者なわけないし。
「ちなみに英国の魔女はどうなんです?」
「夢の中への干渉ですか? 対象にルーンさえ刻めば可能ですよ。まぁ夢の中では姿に嘘をつけないので、正体の知らない人間には使えませんが」
 姿に嘘をつけない。悪路王と同じ事を言ってる。じゃあ少なくともあの悪路王は本物って事か。
「それで悪路王はなんと?」
「達谷窟には来るな、来ても力は返さない、と」
「なるほど。ではいずれにせよ悪路王は達谷窟にいるのは明らかなようですね」
 やはり英国の魔女もそう思ったか。

 

 一ノ関駅で新幹線を降りてJR東北本線盛岡行に乗り換え、平泉駅へ到着。
 さらにそこから一時間近く歩き、やがて、達谷窟に辿り着いた。
「誰か、いる?」
 その入り口には誰か一人の男が立っていた。帯刀している。討魔師か?
「おぉ! その刀は如月一ツ太刀! 如月家は未だ健在か!」
 こちらに気付いた男は、私の刀の拵を見て大声で歩み寄ってくる。
「あ、あなたは……?」
「我は浪岡なみおか 右京うきょう呼夜見十二家こよみじゅうにけの聖地たるこの達谷窟を見守る任を預かった者なり」
「呼夜見十二家の聖地? では、やはりここが……」
「えぇ。如月のお嬢さん、あなたをお待ちしておりました。是非中へどうぞ」
「ありがとうございます」
 右京なる男が導くまま、開かれた入口の中に一歩を踏み出し……。
「アンジェ!」
 英国の魔女の叫びと、そして何より、英国の魔女が刻んでくれた感覚強化のルーンが効いたのか、私は辛うじてそれに対抗できた。
 叫びより早く。刀を抜きながら体を捻り、後ろから不意を打たんと放たれた突きの一撃を逸らす。
「ちっ、未熟だろうと侮ったが、この不意打ちを捌くたぁ、なかなかやるじゃないか」
 右京が顔を歪めて笑う。
 私は鏡もないために全く分からないが、恐らく顔が強張っているだろうと感じる。
 先の一撃、確実に心臓を狙っていた。不意打ちで一撃、文字通り、私を殺すつもりだった。
「な、なんのつもりですか!」
「なんのつもりもなにもねぇ、呼夜見十二家には死んでもわらにゃ!」
 相手の太刀が振われる。慌てて受け止める。
「ほう。この卯月微塵砕太刀うづきみじんくだきのたち、本歌は平安の時代に作られた微塵丸らしいと聞くが、その神秘プライオリティに匹敵するか! 流石、呼夜見十二家に伝承される刀!」
 卯月微塵砕太刀。なるほど、言われてみると拵は卯の花の意匠か? いや、それより。
「なぜ卯月家の刀を持っているのです」
「決まってるだろ。卯月家を滅ぼした時に手に入れたのさ! この刀を差し出せば家族の命は守るって約束してな! ま、そんな約束守るわけないけどよ」
 下衆な笑い声を隠さない男だ。
 なぜこんなにも呼夜見十二家に恨みを持つのかは分からないが、間違いない。この男は刀剣という神秘を扱い人間に害を為す存在、即ち、霊害だ。なら、討たなくては。
 刀を構え直す。
「英国の魔女、援護を」
「いや、やられました。この窟の中では、私の魔術が十分に使えません……」
「なんですって?」
 思わず英国の魔女の方に振り返る。が、その隙を右京が見逃すはずもない。
 アニメみたいな「余所見してる場合か!」的セリフすらなく、ただ無言で地面を蹴って突きを放ってくる。
 よそ見していたから刀で受けるのは不可能。
 突きだから後ろに下がるのは論外。なら、左に避けるしかない。
 左に体を投げ出して、地面を転がるように受け身を取ってすぐ立ち上がり、刀を構える。
 咄嗟にやったけど、あのデビルハンター2とかで使えるローリング回避ってこんな感じの動きを記号化したものなのかもな。
「無敵時間はないからね!」
「心を読まないで」
 というか集中を乱さないで。
 この前もゲームの例えをしてたような……。英国の魔女って案外ゲーム好きなのかな。
 と、いけないいけない。集中しよう。対人戦は初めてだけど、アオイさんとの模擬戦は何度もやってきたんだ。大事なのは相手の出方をしっかりと見る事。
 向こうも刀を中段に構えてこちらの出方を伺っている。
 隙と見て放った突きを二度防がれたから、警戒しているのだろう。
 睨み合いが続く。
 お互い、一歩踏み出さなければ刀の間合いに入らない。だが、一歩踏み出すことは相手の間合いに身を晒す事も意味する。
 一歩踏み出した側が姿勢の面で不利だ。
 中島チハヤさんのように誰よりも早く接近し、誰よりも早く刀を振るう、なんていう出鱈目が通用するならいざ知らず、人間の反応速度は高々知れているのだ。
 だからこれは、焦れて動いた方が負ける戦いだ。


 経験の差か、このまま集中力が切れたら、と不安が浮かび上がる私に対し、右京は泰然自若と言った風だ。
 このまま待ちの姿勢を続けて勝てるのか? こちらの集中力が切れたところを狙われたら勝てないのではないか。いっそ突撃して、先の先を取るべきではないのか。何せこちらは一度も攻めていない。こちらの太刀筋は見切られていないはず。今の私が持つ唯一の有利はそれであるからには、それを活かして攻めるべきではないのか。
 そんな思いが頭の中をぐるぐる回る。
 あるいはジリジリ前に進んでみるとか。いや、それはこちらが不利だ。こちらの刀、刃長は80cmがせいぜい、しかし、向こうの刀は100cmほどあるように見える。わずか20cmの差。一歩踏み出すなら、どちらであれ踏み出した側が不利になる程度の誤差とはいえ、ジリジリ近づくなら、レンジが長い方が有利。それはつまり、こちらに不利という事。
 しかしそれなら、なぜ向こうがそうしないのか。いや、あるいは、既に?
 視線が足に向く。
 直後、ザッと土を踏み抜く音が聞こえる
 しまった!
 視線を上げるがもう遅い。
 一歩前に踏み込んだ右京の刃が迫る。もはや回避が可能ではない。だが、防御であれば。
 相手の狙いはここまで常に心臓。なら、せめて刀でそこを守るくらいなら!


 赤く生暖かい液体が飛び散る。
 金属が地面に落下する音がする。
 べちゃり、と柔らかい何かが水溜りに落ちた音がする。
 刀を握る感覚が消失している。
 何が、起きた、?
 その切断は、あまりに鋭利で、痛みの前にそれらの疑問が浮かんで。
 直後、猛烈な痛みが襲いかかった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
 表の私は痛い以外の思考が出来ないようなので、裏で冷静に批判的に私を見つめる私が引き継ぎましょう。
 それは右腕を奪われた痛みだった。
 あまりに迂闊。
 心臓への攻撃を刀で防がれることなど誰でも分かる。
 なら、まずはその刀を持つ腕を奪うまで。当たり前の発想だ。
 もしアンジェが攻撃する側であったら、同じように思いついたはずだろう。
 いかに真剣で行なっているとしても所詮寸止めされ、実際に腕を奪われるわけではないアオイとの鍛錬で、感覚が緩んでいたかもしれない。
 心臓と頭、そして首さえ守れば死なぬ、などと考えが甘かった。
 今更気付いたとしても、もう遅い。
 痛みでとても意識が向かないけれど、恐らく、続く二の太刀は鋭く私の致命的な箇所を狙うだろう。心臓? 頭? 首? 分からない。片腕を失った痛みに絶叫するアンジェにはそれを見ることができない。
 英国の魔女ヒナタは霊体ゆえ助けには来れない。
 仲の良い討魔師アオイもフブキも助けに来れる場所では無い。
「それ以上はさせないよ」
 周囲に大量の魔力成形を検知。恐らく悪路王のナイトゴーントが湧き出したのだろう。
 それにしてもすごい量だ。ここが悪路王の本拠地であることを加味してもよほど膨大な魔力を蓄積している事になる。
 そろそろ血を失いすぎたかも。悪路王が保護してくれればアンジェの止血くらいは出来るだろうし、英国の魔女ヒナタならくっつけてくれるだろう。
 せっかく久しぶりに表に出てきたのに残念。私は意識を失った。
 
 to be continued……

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