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退魔師アンジェ 第15章

『〝光と影を操る者〟片浦カリン』

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 父を霊害れいがいとの戦いで失った少女・如月きさらぎアンジェはいつか父の仇を討つため、父の形見である太刀「如月一ツ太刀きさらぎひとつのたち」を手に、討魔師とうましとなるためひたすら鍛錬を重ねてきた。
 そして最後の試練の日。アンジェは瘴気から実体化した怪異「黄泉還よみがえり」と戦い、これを討滅。討魔組のトップである月夜つきや家当主から正式に討魔師として認められた。
 翌日、月夜家を訪ねてきた生徒会長、中島なかじまアオイは、自身が宮内庁霊害対策課の一員であると明かし、「学校が狙われている。防衛に協力しろ」と要請してきたのだった。
 アオイから明かされた事実、それはアンジェ達の学校が「龍脈結集地りゅうみゃくけっしゅうち」と呼ばれる多くの霊害に狙われる場所であると言うことだった。
 早速学校を襲撃してきた下級悪魔「剛腕蜘蛛悪魔ごうわんくもあくま」と交戦するアンジェだったが、体術を主体とする剛腕蜘蛛悪魔の戦法に対処出来ず苦戦、アオイに助けられる結果に終わった。
 アオイから恐怖心の克服を課題として言い渡されるアンジェ。玉虫色の粘液生物と戦ったアンジェはヒナタの何気ない助言を受けて、恐怖心の一部を克服、再びアンジェを助けた白い光を使って、見事学校を覆う謎の儀式を止めることに成功したのだった。
 しかし儀式を試みた魔術師は諦めていなかった。それから一週間後、再び学校が今度は完成した儀式場に覆われていた。アオイは母・ミコトの助けを借り、儀式場の中心に到達するが、そこに待ち受けていた邪本使いマギウス安曇あずみの能力の前に為すすべなく、その儀式は完遂されようとしていた。
 そこに現れたのは「英国の魔女」と呼ばれる仮面の女性。彼女は事前にルーンと呼ばれる文字を床一面に刻むことで儀式の完遂を妨げたのだ。そして、英国の魔女は「この龍脈の地は私が治める」と宣言した。逃げる安曇。追う英国の魔女。蚊帳の外の二人。アオイは安曇は勿論、英国の魔女にも対抗することをしっかりと心に誓った。
 ある晩、アキラから行きつけの古本屋を紹介してもらった帰り、アンジェとアキラは瘴気に襲われる。やむなくアキラの前で刀を抜くアンジェ。しかし、一瞬の不意を撃たれ銃撃されてしまう。謎の白い光と英国の魔女に助けられたアンジェはアキラの部屋に運び込まれ、週末に休みの期間をもらう。
 休みの時間をヒナタと街に出て遊ぶのに費やすアンジェ。そこで剛腕蜘蛛悪魔を使役する上級悪魔らしきフードの男と謎の魔術師と遭遇する。追撃することも出来たが、アンジェは怪我人の保護を優先した。
 アンジェは父が亡くなった日の夢を見る。時折見るその夢、しかしその日見えた光景は違った。見覚えのない黒い悪魔の姿があったのだ。そしてその日の昼、その悪魔とその使役主である上級悪魔、悪路王あくじおうを名乗る存在、タッコク・キング・ジュニアが姿を現す。アンジェはこいつらこそが父の仇なのだと激昂するが、悪路王は剛腕蜘蛛悪魔を掃討すると即座に離脱していってしまう。
 そして同時にアンジェはアオイから知らされる。父が死んだその日は「大怪異」と呼ばれる霊害の大量発生の日だったのだ、と言うことを。
 イブリースが大攻勢をかけてきた。悪路王と英国の魔女は陽動に引っかかり、学校にいない。アオイとアンジェだけでは学校への侵攻を防ぎきれない。最大級のピンチの中、アンジェは自身の血の力と思われる白い光を暴走させる。それは確かにイブリースごと全ての悪魔を消滅させたが、同時に英国の魔女が封じていた安曇のトラップを起動させてしまい、学校を大きく損傷、死者まで出してしまう。
 アンジェはその責任を取るため、討魔師の資格を剥奪されることになるところだったが、突如乱入してきた悪路王がアンジェの血の力と思われる白い光を強奪。最大の懸念点だった力の暴走の危険は無くなったとして、引き続き討魔師を続けて良いことになった。
 アンジェの力の暴走、通称「ホワイトインパクト」の後、長門区ながとくは瘴気の大量発生に見舞われていた。アオイは一時的に英国の魔女と同盟を結ぶことを決意。アンジェと英国の魔女はタッグを組み、御手洗町みたらいちょうを守ることとなった。
 ホワイトインパクトに対処する中、英国の魔女は事態収束後も同盟を続けようと取引を持ちかける。アンジェは取引は断りつつも、英国の魔女の座学から様々な知識を学ぶのだった。
 英国の魔女に連れられ、ロアの実例と対峙するアンジェ。しかしそこに、ロア退治の任を受けた討魔師・柳生やぎゅうアキトシが現れ、アンジェを霊害と誤認。交戦状態に入る。それを助けたのはまたしても悪路王であった。
 父の仇である悪路王は如月家の血の力を盗んだ。そして如月家について、明らかに何か知っている。アンジェはそれを問いただすため、そして可能ならば討ち倒すため、アンジェは悪路王のいるとされる達達窟たっこくのいわやに向かう。そこでアンジェを待ち構えていたのは浪岡なみおかウキョウなる刀使いだった。アンジェはウキョウとの戦いに敗れ、その右腕を奪われる。
 アンジェの右腕は英国の魔女の尽力により復活した。悪路王はアンジェの血の力について、ウキョウを倒せるレベルにならなければ返却できないと語り、あのアオイでさえそれに同意した。そしてアオイはアンジェについてしまった及び腰を治療するため、ある人物とアンジェを引き合わせることを決める。
 アンジェは竈門町かまどちょう片浦かたうら家の討魔師・カリンを鍛えるためにやってきた宝蔵院ほうぞういん家の討魔師・アカリと模擬戦形式の鍛錬を行うことになった。アカリに一太刀浴びせれば勝ちだが、アカリは短期未来予知の血の力を持ち、彼女に触れられるものは殆どいない。

 

 あれから一月が経ち、まもなく年も変わろうという頃。
 私は未だにアカリさんに勝てずにいた。
 毎日のように剣術の参考書を読み漁り、新たな剣術を取得しようとしてみたり、様々な方法でアカリさんに攻撃を仕掛けてみたが、単純な地力の差で負けているありさまだ。
 アオイさん的には今の状況が大変お気に召しているらしく、たまに顔を出しては、その調子ですよ、アンジェさん、などと私に声をかけてくれる。
 その間、御手洗町は平和そのもので、イブリースが撃退されて以降悪魔は現れないし、安曇も星の運びが悪いのか、私が密かに英国の魔女と同盟を結んでいるからか、やはり現れないし、随分平和な日々が続いていた。

 

 十二月の末、学校が冬休みに入っても、アカリさんとの鍛錬は夕方からだったので、朝から夕方までは暇だったりして、基本的には自主鍛錬や新しい剣術の習得に精を出していたのだが……。
「アンジェー、遊ぼー」
 ある日、朝の鍛錬が終わって少し休憩していると、唐突にヒナタが訪ねてきた。
「ヒナタ……唐突ですね」
「唐突も何も、アンジェったら今どき携帯すら持ってないんだもん。スマートフォンを持てとは言わないけどさ、せめてフィーチャーフォンくらい持ちなよー」
「別に家に電話してくれればいいでしょうに……」
 ヒナタは新しいもの好きだ。なにせ今持っているスマートフォンも今年の9月に発売されたばかりのLemon社の新作であるlPhone6 Plusと言うほどだ。
 一方の私は、なんだか常に機械を持ち歩くというと壊してしまいそうで心配で、未だに携帯電話を一度も持ったことがなかったりした。
「アンジェは絶対連絡手段を持ち歩いたほうが良いと思うけどなぁ……」
 とつぶやくのはヒナタ。しつこいな。
「えー、だってアンジェがお出かけ中に、アンジェが動かなきゃいけない緊急の用事とかあった時どうする? このお家だって普段はアンジェ以外はおじいさんが一人だけでしょ? もし急にバッタリいったりしたら大変だよ」
 〝守宮〟殿に失礼すぎる。
 が、しかし、大本の主張自体は言われてみるとたしかに、私が外を出歩いてる時に瘴気の反応が確認されたり、学校に悪魔が現れたり、その他、何かしらの霊害が発生した時、それがすぐさま私の耳に入れば便利だ。……うーん、今度アオイさんにでも相談してみるべきか……。
「まぁいいや。じゃーん、サンテンドー3DM、持ってきたんだ」
 ヒナタがいつもの手品で手元に折りたたみ式の携帯ゲーム機を出現させる。しかし、なんだろう、手品を披露した瞬間、ちょっとだけ心がざわついたような。
「もちろん中にはデビルハンター4ダッシュ! 早速やろー、集会所クエどれだけやった?」
「はぁ、いいですよ。入ってください、集会所は全然触ってないですね……」
「お、いいねぇ、じゃあ今日はアンジェのハンターランクを一気に上位まで上げるのを目的に頑張ろう」
 ゲーム用語が飛び交っているが、要は、私はマルチプレイは全然やってないから、マルチプレイを頑張ってマルチプレイの進捗を進めよう、と言う話だ。
 ヒナタを家に招き入れる。
「おぉ、変わった家だね、左が洋式の家で右が和式の家なんだ。日本家屋に洋室があるのってちょっと不思議」
「はい。基本的に和式のエリアの方が広いので、和式のエリアが月夜の領域、洋式のエリアが如月の領域になっています。本当は洋室のエリアは客間に当たるんですけどね」
 そういえばヒナタは家に来るのが初めてだったか、と軽く解説する私。
「ふぅん、和洋の意味だと逆っぽいのにね」
 ヒナタが月夜と如月の何を知っているというのか。
「月夜の人達は和室の方が落ち着くらしいですし、私は洋室の方が慣れてますから、今の状態が一番しっくり来ますけどね」
「そっか。じゃあとりあえず、おじゃましま~す」
 私に続いてヒナタが玄関で靴を脱ぎ、玄関から左の洋間に入る。意外にもちゃんと靴を揃えて、としっかりしている。
「とりあえず、お茶入れますね」
 棚からガラスのコップを一つ取り出し、石油ストーブの上に置かれているヤカンからお茶を注ぐ。
「あ、おかまいなくー」
「私も自分の部屋から3DM取ってきますね」
 階段を登り、自分の部屋に戻ってサンテンドー3DMを回収する。ここのところサンテンドー3DMでやっていたゲームはデビルハンター4だけなので、ソフトは入れ替えなくても良いはずだ。
 それより、アカリさんと鍛錬するようになってからは全く触っていないので、都合一月ほど遊んでいないことになる。ちゃんと遊べるかな……。
 幸い充電器に挿しっぱなしにしていたので、充電切れという憂き目に合う可能性は免れた。
 私はサンテンドー3DMを手に階段を降りて、ヒナタの向かいに座り、目の前に3DMを置く。
「あれ? ヒナタの3DM、なんかデカくないですか?」
「え、今更? さっき見せた時に気付くもんじゃない?」
「すみません、比較してようやく気付きました」
「注意力が浅いなぁ、そんなんで悪魔の相手なんて出来るのー?」
 う。その言葉はざっくりと私の心を抉った。確かにゲーム内でもリアルでも、悪魔の相手をする時は注意力が大事だ。気をつけていこう。
「これは今年の10月に出たNew3DMだよ。左側に小さいスティックがついてて、画面操作が格段に楽になってんの、いいでしょー」
「へぇ、それはちょっと羨ましいですね」
 普通の3DMだとカメラ操作をする十字キーとキャラクターを動かすアナログスティックがどちらも右側についていて少し大変なのだ。
 本当にヒナタは新しいもの好きだ。どうしてそんなにお金があるんだろう、実家が太いのかな。……そういえばヒナタの家に遊びに行ったことはないな……。
「さ、早速やろ、集会所立てるね」
 ヒナタがゲームを起動する、私もそれに合わせてゲームを起動し、そしてついにずっと昔に抱いた違和感の種が発芽した。
「あれ? 入れません……」
「あれー? おかしいな……、って、アンジェ、それ、デビルハンター4じゃん!」
「え? えぇ、あってますよね?」
「違うよ。今年の新発売タイトルはデビルハンター4ダッシュ! それの拡張バージョンだよ」
「え、違うタイトルだったんですか」
 なるほど、買った時安すぎるとは思ったんだ。上位互換が発売されているから大幅に値下がりしていた、というのが真相だったのか……。
「マジか~。アンジェが最新作買うなんて珍しいなと思ってたけど、そんな落ちだったとは〜」
 ヒナタが呆れている。
 まぁヒナタのことだから一日このゲームで遊ぶ気でいたのだろう。その予定がいきなり初っ端から台無しになったとあれば、ショックは大きいだろう。呆れるのも仕方ない。
「じゃあいいや。予定変更。せっかくだからショッピングにでも行こうよ」
 が、思ったよりヒナタの立ち直りは早く。すぐさまケロッとそんな事を言いだした。
「ショッピング、ですか」
「うん、マイナスイオンに行こうよ。携帯ショップもあるし、携帯買お」
 マイナスイオンは御手洗町にある大きなショッピングセンターだ。規模は大きいとは言えないが、ゲームセンターなどのアミューズメント施設もしっかりる。井処町まで足を伸ばせばもっと大きなショッピングモールがあるが、ちょっと遊びに行くくらいなら、マイナスイオンで事足りる。
「携帯は子供だけでは買えないのではないのでしょうか?」
 すっかり大人だと主張したくなる高校生の身の上だが、権利上はまだまだ未成年、様々な部分で制約を受けるはずで、携帯の契約もそれに含まれそうだ。
「あー、それもそっかー。アンジェまだ高校生だったね」
 ヒナタもでしょ。
「まぁでもなにか特別やることがあるってわけじゃないんでしょ? 行こうよ、マイナスイオン」
 ヒナタがニコニコと笑っている。こうなるとヒナタは結構頑固だ。
「分かりました。行きましょう。カバンを取ってきます」
 私は諦めて、頷き、二階に登る。
「あ、夕方からは用事があるので、三時くらいには解散する方向で行きますよ」
「ほーい」
 階下から分かってるんだか分かってないんだか分からない返事が返ってくる。
 私は外に出るためのコートを身にまとい、カバンを手にとって一階に降りる。
 そして、石油ストーブを止める。うちは日本の家の殆どがそうであるように木造建築なので、しっかり止めておかねば万が一のこともある。帰ってきたら寒いのは嫌だが、やむを得ない。
 待てよ、英国の魔女にいい感じのルーンを刻んでもらうというのはどうだろうか。
 そういえば、英国の魔女にも最近会っていないな。ホワイトインパクトのあと発生した霊害の大量発生が解決して時間が経っているし、このまま疎遠になっていくのだろうか。
 それとも、アオイさんの言う通り、霊害として排除することになるのだろうか。
「アンジェー、扉の前でボーッとしてないで、鍵かけていこうよー」
「えぇ、すみません。行きましょう」
 扉の鍵をかけて、ヒナタに続く。

 

 バスに乗ってマイナスイオンへ。
「そういえば夕方ってなにしてるのー?」
「あぁ、竈門町のとある道場に有名な槍術の先生が来ていて、その方と手合わせさせてもらってるんです」
「へぇ、アンジェ、剣術好きだもんね」
「えぇ」
 好き……か。ただ討魔師として生きるために必要だからやってるだけで、好き、では特に無いような気もする……。
「おお? その表情、なにか訳アリ? もしかして家の事情で好きでもないのにやってるとか? 良くないなー、良くないよー、そういうの。今どき切った張ったなんて、好きなやつがやればいいよ、嫌ならやらなくていいと思うよ」
 ヒナタはこういう時鋭い。正直に言って、とても厄介だ。
「……そうですね、そんなに好きではないかもしれません……」
 隠し通すことは難しい。私は素直に認めた。何も教えてくれないし、痛いし、いつまでたってもやられっぱなしだし、楽しいことなんて何一つない。
「ふーん、でも辞めるとは言わないんだ。月夜、だっけ? の人達、そんなに厳しいの?」
「いえ、そういうわけでは……」
 月夜は私が討魔師になることを決して強制しなかった。むしろ反対を押し切って、私が教えを乞うたのだ。
 父の仇を討つために。
「好きじゃないけど、やめられない、かー。私にはとんと理解できないなー」
「ヒナタは自由そうですもんね」
「そうだよー、子供の頃は嫌なことも強制させられてたけど、ある程度したら、いっそ家出してやったもんね」
 今も子供だろうに、ヒナタはそんなことを口にした。
「家出ですか」
 フィクションの概念だと思っていたが、実在したのか。
「それで決めたんだ。私、親は頼らないって」
 ん?
「待ってください、家出とやらは継続中なんですか?」
「そうだよ? アンジェと私が会った時には、もう私はひとりでお金稼いで、一人で暮らしてたよ」
 なんという……。携帯や家の契約はどうしているのやら。
 しかし、そうか……。
「ヒナタは自由な人間だと思っていましたが、その自由さを得るだけの強さがあるんですね」
「まぁね。でも、アンジェだって出来るよ。まだ若いんだしさ、未来なんていくらでも可能性があるよ」
「……そうですね」
 未来、か。考えたこともなかった。この先ずっと、父の仇を追ってひたすら討魔師として生きていくものだとばかり……。
「ま、暗い話は終わりにしよっか。マイナスイオンに行こ」
 ヒナタが笑顔に切り替え、私の手を引っ張る。
 ぼーっと考え事をしている間に、バスはマイナスイオンのバス停に到着していたようだ。

 

 それからしばらく、私達はマイナスイオンの中にある様々な店を冷やかし、ゲームセンターで白熱したバトルを楽しんだが、頭の片隅にバスの中で交わした会話がずっと残り続けた。
 私の未来。
 私の目的は父の仇を討つこと。それはつまり、あの悪路王、タッコク・キング・ジュニアを討つということ。
 ならその先は?
 ずっと神秘を、霊害を狩り続けるのだろうか。
 その行き着く先はどこにあるのだろうか。
「……」
 時々つい物思いに耽ってしまう私を、意外にもヒナタは黙って待っていた。
「あれ、ベルナデットさんだ」
 と、ヒナタが突然声を上げる。
 見ると、たしかにそこにはベルナデットさんがいた。本屋で何やら真剣な目をして本を読んでいる。
 所謂立ち読みに当たるが、まぁわざわざ注意するまでもないだろう。ところで何を読んでいるのだろうか。
「あれは……」
「地図?」
 それはこの辺りの詳細な地図をまとめた書籍だった。スマートフォンの登場と普及で随分減っていると聞くが、まだまだ存在はしている。
「アンジェみたいに携帯持たない人もいるもんねー」
「うるさいですよ」
 と、そんな事を言い合っていると、ベルナデットさんが視線に気づいたのか、顔を上げ、こちらを向く。
「アナタタチ!」
 険しい顔が途端に柔和な笑顔に代わり、カタコトな日本語で声をかけてきた。
「こんにちは」
「こんにちは」
 ヒナタが笑顔で挨拶するので、私もそれに習う。
「コンニチハ、キョウハ、アノコ、イナイノネ」
「今日は二人でデートなので」
 ヒナタは唐突に私の腕を掴んでドヤ顔で自慢する。
「アラ、ジャア、オジャマシチャ、ワルイワネ」
 ゴユックリ、と、ベルナデットさんは笑顔でその場を立ち去っていった。
「地図、良かったのかな……」
「あんなに真剣に地図を睨んでるなんて、よっぽどの探しものがあったのかな」
 ヒナタが若干開きグセがついた地図本を開く。そこはちょうど竈門町だった。
崎門神社さきかどじんじゃにでもお参りかな?」
 確かに、その地図には崎門神社が含まれている。この辺では結構大きな神社だ。

 

 物思いに耽る時間も長かったとはいえ、楽しい時間はすぐ過ぎる。そろそろ竈門町に向かわなければならない時間だ。
「じゃあまた明日ー」
「また明日来る気ですか」
「折角4ダッシュ買ったんだしそりゃそうでしょー」
「まぁ確かにこれでやらなかったら買った意味ないですね」
「でしょー、じゃ、また明日ねー」
 駅で別れて、私はいつものように電車に乗って竈門町に向かう。

 

「おはようございます、アンジェさん」
「アオイさん、直接顔を出すのは久しぶりですね」
「えぇ、少々、アンジェさんとカリンさんにお話したいことがありまして」
 少しシリアスな表情。仕事か。
西苑山せいえんやまは知っていますね?」
 知らないかもしれない。
「井処町の南西にあるすり鉢状の山ですよね?」
 カリンさんは知っていたようで、すぐに返答する。
「そうです。そしてそこには国道四号線が通っています。そこのトンネルは不定期的に幽霊が出現するスポットとして知られています」
 幽霊。人の残留思念が実体を持ってたり非実体だったりするとかいうあれか。そういえば戦ったことがないな。
「それで建設中にすら人が死んだのに、結局そのルートで決まったんですよね」
「討魔師が十分に備えれば対処可能だと判断されたことと、ルート変更によるコストの増大を許容できなかったためですね……」
 そうか、霊害が脅威であればそれを理由に国道のルート変更とかもあり得るのか。
「それで、どうしたんですか。そこは井処町の討魔師が定期的に見回りに行くはずでは?」
「はい。事実、フブキさんが先日見回りに行きました。そして、除霊用の護符が効力を失っているのを確認したようです」
 護符。おそらくアオイさんのお母さんが作ったものだろうな。
「察するにそれは幽霊が出にくくなる、というような?」
「はい、幽霊の出現を抑える護符です。そして、実際に効力を発するごとに、効力を失っていきます」
 私が問いかけると、アオイさんが答えてくれる。
「つまり、いつ幽霊が次に現れてもおかしくない状態ということですね?」
「そういうことです」
「それで、それがなんなんです? そのまま井処町の討魔師が対処すれば良いことですよね」
 なんだか、カリンさんの言葉の感じがほんの少し強い気がする。フブキさんに思うところがあるのだろうか。
「はい。私の母上が新しい護符を用意するまでの間、かの地を毎日見回らないとだめなのですが、困ったことに本日は井処町では瘴気の発生警報が出ておりまして、フブキさんにはそちらに当たって貰う必要があるのです」
「なるほど、そういうことであれば私は問題ありません。私が行きましょう」
「いえ、アンジェさんは幽霊退治は初めてでしょう? ここは、幽霊退治の経験もあるカリンさんにも行っていただきます。カリンさんはアンジェさんの先輩ですから、一緒に戦うことでアンジェさんが得られる経験もあるでしょう」
「分かりました」
 カリンさんが頷く。少し視線が不満げなのは気のせいか。
「では、本日の18時に西苑山の麓に集合して現地に向かってください。現地はカバーストーリーとして工事中ということになっていますので、車が来る心配はありません」
 こういう時公権力は便利だ。
「では今日の鍛錬は流していきましょうか」
 と笑顔のアカリさん。
 しかし、その言葉は決して真実ではなく。今日も厳しく鍛錬が行われた。

 

 一時間の鍛錬の後、道場を出て、一度御手洗町に戻って自宅から刀を回収する。
「話は聞いている。幽霊退治は厄介なものだ、気をつけてな」
 と〝守宮〟殿から言葉を頂きつつ、今度は井処町に向かう。
 西苑山は井処町の南西、足立区との区境に当たる山で、つまりは、長門区最南西にある山ということになるようだ。
 長門区の最北東には竈門山があるので、長門区は東京二十四区内でそれなりの標高を持った山を持つ貴重な区だったりするらしい。
 ちなみに竈門山の山頂にあるのが、昼に話題に出た崎門神社だ。非常に長い階段を持ち、登るのはめっちゃ疲れる。にも関わらず、よりによって小学校の遠足で崎門神社に行くことになるのである。すごく大変だった記憶がある。
「あ、カリンさん」
 西苑山に向かう道中で歩いているカリンさんを見かける。
「アンジェさん」
 近づいていくと、カリンさんがこちらに気付く。
「さっきアオイさんが言ってましたけど、カリンさんは私より討魔師歴、長いんですか?」
「一応……、中学三年の時から、やってます」
「へぇ、じゃあ私より一年先輩なんですね」
「でも、経験はそんな言うほどじゃ……。アンジェさんは上級悪魔を撃退したこともあると聞きました。私は上級悪魔とやりあうなんて想像も出来ません……」
 いや、あれはほぼ血の力頼りな上に巻き込んじゃいけないものをたくさん巻き込んじゃったし。なんなら死者すら出したし、私としては完全に失敗エピソードなのだが……。
 そんな事を考えて返答に困った結果、完全に沈黙の時間が流れてしまった。
「あ、あの、でも私、幽霊と戦った事なくて、カリンさんはあるんですよね?」
 たっぷり十分も沈黙の時間を味わい、どうしようもなくなった私は意を決して話題を変更する。
「まぁ、一応……一度だけですけど……」
 なんだか非常に遠慮されている。ここはヒナタに倣って思い切った舵取りをすべきか。
「あ、あと、同年代ですし、敬語じゃなくてもいいですよ?」
「……分かったわ。じゃあお互い、呼び捨てにしましょう。戦闘中もいちいち敬称付きで喋ってたらロスになるわ」
「分かりました。よろしくお願いします、カリン」
「よろしく、アンジェ。ところで今、名前以外は結局敬語じゃなかった?」
「あ、この喋り方は癖なので……。ヒナタやアキラ……友だちの前でもこんな感じなので気にしないでください」
 本当だ。月夜家の厳しい教えの成果か、どうもタメ口というのが喋れないのだ。
「そう……」
 私にとっては嘘偽りない真実だったが、カリンはどう感じたのか、カリンの表情は読み取れない。
 国道四号線沿いを歩いていると、やがてなだらかな斜面に差し掛かる。
「緩やかな坂ですね」
「うん、国道沿いに登っていく分にはね。登山道だともうちょっと険しいらしいけど」
「なるほど。行く前に地図で見ましたけど、不思議な山ですね、本当にきれいな円錐状の見た目をしていて、頂上は不思議なくらい平で」
「うん、ずっと昔に人工的に作られた山って言われてるんだって」
 そんな説が出るのも頷ける。
「なにか根拠とか出てるんですか?」
「えぇ、崎門神社の蔵に記録があるんですって、崎門神社の建設と同時に、西苑山も作られた、みたいな話が。崎門神社には昔、禍神が封印されてたらしいから、それと関係する何かが埋まってたりするのかもしれないわね」
 それならすり鉢状にする必要もない気がするが。なんだろう。
「崎門神社にはそんな昔の記録があるんですか」
「えぇ、蔵には貴重な古い本とか色々置いてあるらしいわ」
 へぇ、古い剣術の本とか置いてないのかな。
「そういえば、その禍神とやらはどうなったんです?」
「え?」
 きょとん、とカリンが私に視線を向ける。
「なんですか?」
「いえ、知らないのね、と思って。禍神は如月家の討魔師が討滅したらしいわよ」
「そうだったんですか、私が小さい時に父が死んで、月夜家で育てられたので、如月家のことは殆ど知らないんです」
 父が生きていたら、教えてもらえたのだろうか。
「そうなの。それは大変ね。じゃああなたは月夜家の意向で討魔師になったの?」
「いえ、それは違います。父を殺した上級悪魔を私がこの手で殺すために、です」
「そう、仇討ちってことね……」
 カリンは特にそれについて何も言わなかった。ただ、カリンなりに色々考えることがあったのか、少し沈黙の時間が流れる。
 と、目の前に通行止めのパイロンとコーンバーが見えた。
「いよいよみたいですね」
「みたいね」
 二人でコーンバーをまたいでまた歩き始める。目の前にトンネルが見える。
「幽霊退治にあたって、他の霊害と戦うより気をつけたほうが良いことはありますか?」
「そうね……神秘物理比率については知ってる?」
「あぁ、はい……言葉だけは」
 確かかなり最初の頃にアオイさんが教えてくれたはずだ。
「その物体がどれくらい物理レイヤーと神秘レイヤーに存在してるかを表したものでしたよね」
「そう。そして幽霊の神秘物理比率は原則神秘に100%。つまり、実体を持っていないの」
「だから刀で切る必要があるんですよね」
「そうね。刀は神秘物理比率を可変出来る優れた対霊害兵装。アンジェは刀の神秘物理比率の変更は……」
「出来ないですね……」
 私は静かに首を振った。
「じゃあここで練習しておきましょう。私もまだ上手くはないけど……」
 カリンが短刀を抜く。
 私も刀を抜いた。
「教えてもらった通りの説明をすると、刀の刀身に意識を集中させて、刀を透明にしていくイメージ、と聞いたのだけど……」
「むむむ」
 私の刀、如月一ツ太刀の刀身を鋭く睨むが、全然ピンとこない。
「戦闘中には使えない技だけど、私の場合は目をつぶって、刀身に手を当てるとちょっと上手くいったわ」
「なるほど」
 右手で刀を構え、左手を刀身の峰に添え、目を瞑る。
 寒い冬の山の風と、そして刀を握る右手、刀身に触れる左手の感覚だけが伝わってくる。
 この左手の感覚を、透明にする……。
 透明にする……。
 念じていくと、手に触れる刀身の感じが変化していく。意外にも最初にそれを感じたのは右手だ。刀の重さが、少し軽くなっているような。
 それに追従するように、左手の方も微妙に触れている感覚が変化していく。
 ちょっとずつ、刀が神秘レイヤー側への存在感を強め、それに合わせて物理レイヤーでの存在を失っていっているのだ。
 そして、それは一定のところで止まった。
「あれ、これ以上は神秘レイヤーの方に振れない?」
「すごい、もう神秘物理比率の調整をマスターしたの?」
「はい、ただ神秘100%にはできなくて……」
「うん、日本刀はあくまで物理体だから、物理20%くらいはどうしても残っちゃうんだって」
「なるほど」
「後は幽霊の方もこっちと同じように神秘物理比率を弄ってくるから、本当は戦闘中に相手の神秘物理比率に合わせられれば良いんだけど」
「相手の神秘物理比率を感じるのも難しければ、戦闘中に変更するのも難しいですね」
「そういうこと。だからとりあえず、神秘物理比率を80:20で行くのがベストだと思う」
「分かりました。それで行きましょう」
「幽霊、いないと良いけど……」
 会話の最後に、静かにカリンが嘆息した。実はあんまり戦いが好きじゃないんだろうか。キョウガさんの口ぶり的にも家の都合で討魔師をやっているようだった。
 ――じゃああなたは月夜家の意向で討魔師になったの?
 さっきのカリンの言葉が脳裏をよぎる。討魔師といっても、色々あるんだろうな。
 私は父の仇を討つために討魔師になった。じゃあ、悪路王を倒した後、私はどうするんだろう……。
「……いた」
 ややがっかりしたカリンの声。
 私は慌てて視線を上げると、そこには、いた。三体。青白い輪郭のヒトガタがふわふわ浮いている。
「私は片浦カリン! あなた達が人類を害する意志を持っているなら、これを討滅しに来たもの。あなた達は人類を害する意志を有するや、否や」
 しっかりと腹から出た堂々とした声。流石は演劇部だ。
 対する幽霊達は何やらこちらに向き直り、同時に周囲の石ころが浮かび上がり始める。ポルターガイスト、というやつか。
「石の弾丸が来るわ、左に回避して」
 直後、石ころが高速でこちらに向かって飛んでくる。
 私はカリンの言葉に従い、左に飛ぶ。見れば、カリンも右に飛んで回避したようだ。
「霊害のようですね」
 刀を中段で構え直す。
 しかし、石の弾丸、銃と違って銃口から敵の狙いを予想出来ないのは厄介だ。それでいて、銃弾と変わらないくらい弾速は速い。
 通常、弾丸を回避したり受け止める場合――私にはまだ受け止めることは出来ないが――、弾丸の動きを見て回避することは困難だ。なぜなら弾丸の動きは恐ろしく早く、見てから避けるなどという芸当はどれだけ動体視力が良くても可能なものではないからだ。故に通常は常に銃口の向きに意識を払い、銃口から身体を避ける事で、弾丸を回避する。
 しかし、此度の石の弾丸は浮かび上がりから予備動作なく加速する。
 今のように素直にこっちを狙って飛ばしてくるなら大きく回避すればいいが、偏差をつけて撃ってくると回避が難しくなるな。
「一気に距離を詰めて倒しましょう。とりあえず私は右を」
「左、任されました」
 一気に左の幽霊に接近する。幽霊が再び石ころを浮かび上がらせ始める。
 現在攻撃の対象になっていない中央の幽霊も同じくだ。左右の幽霊は自身を狙う討魔師を狙うだろうが、中央の幽霊のターゲットは不明、常に警戒しておかなければ。
 石の弾丸が加速する。私はカリンにぶつからないよう、カリンと反対の左に向けて飛ぶ。真左に飛ばず、斜め前に飛ぶのを意識して、出来るだけ距離を詰める。
 そもそもの距離がそこまで離れていなかったため、その跳躍で刀の攻撃可能圏内に入った、幽霊に向けて刀を振るおうとして、目標の幽霊と重なって見えている中央の幽霊がこちらに石の弾丸を加速させたのが見えた。
「ちっ」
 普通に考えたら味方撃ちフレンドリーファイアで終わるところだが、相手は幽霊、すり抜けてこちらに飛んでくる。
 せっかくの攻撃チャンスを逃したく無いが、止む無く左に飛んで回避。
 その間に左の幽霊は手頃な木の枝をポルターガイストで持ち上げ、こちらに殴りかかってきた。
 流石に刀相手に木の枝では防げまい!
 私は着地したその姿勢のまま、木の枝に向けて無造作に刀を振るう。
 が、意外にも、刀と木の枝は鍔迫合う結果となった。
 なんらかの硬度強化か。しかし、それだけでは説明がつかない。
 ……、そうか。こちらの刀の神秘物理比率が神秘に寄っているせいだ。
 木の枝は完全な実体。神秘物理比率で言えば物理100%。対するコチラは物理に20%しかない。如何に優れた刀とて、20%しか実体を持てなければ強化された木の枝と匹敵する程度の力しか出せないということか。
 どうする、一度下がるか、それとも、一か八か、今ここで、神秘物理比率の変更を試みるか……。
「アンジェ!」
 しかし、実際にはどちらでもなかった。
 中央の幽霊がこちらに攻撃を仕掛けていたことで、その隙に右の幽霊を倒せたらしいカリンが、こちらにガラスの苦無を投げる。
 ガラスの苦無は恐らくこれまた物理100%。幽霊には通じないと思われるが……。
 果たして、ガラスの苦無は綺麗に幽霊の眼前を通過し、その瞬間、幽霊の顔面に向けたガラスの面から膨大な光が溢れた。
「今よ!」
「はいっ!」
 幽霊の動きが明らかに鈍った。
 私はその隙を逃さず、木の枝から刀を下げて、再び幽霊に向けて袈裟斬りに斬りかかる。
 やや手応えを感じ、幽霊が両断される。
 残るは中央の幽霊。
 中央の幽霊は不利を悟ってか私とカリンから距離を取りつつ、再び石ころが浮かび上がる。さっきより数が多い上に、幽霊を取り囲むように配置されている。どんな軌道で飛ぶのか、予想もつかない。
「この辺一帯を影にして狙いを甘くさせるわ。一気に接近して叩いて」 
 質問は許されなさそうだ。私は黙って頷いた。
 直後、本当に一帯が暗くなった。突然のことに幽霊も困惑したのか、射撃してこない。今がチャンスだ。
 私が侵入する角度にあわせてカリンのガラスの苦無が飛ぶ。殆どが外れたが、いくつかは石の弾丸に命中し、弾き飛ばす。
「そこ!」
 その隙を逃してはいけない。私は一気に弾丸のなくなったエリアに踏み込み、刀を上段から一気に振り下ろした。
「三体の討滅を確認。これで全員でしょうか」
「はぁ……、ふぅ……。念の為、トンネルの向こう側まで見て回ったほうが良いでしょうね」
「ではそうしましょう。さっきの光と影はカリンの血の力ですか?」
「えぇ。光を操る能力。特定の光だけを増幅させたり、逆にカットしたり出来る」
 こんな風にね、とカリンが自身の短刀を見せる。と、その短刀は影そのもののように真っ黒だった。
「いまこの短刀は全く光を当たってないの。だから真っ黒に見える」
 なるほど、目に見える情報は光が反射して見える情報だ。光が全く当たらなければ、完全な闇に見えることだろう。
「こうすると、相手はその物体との距離感を失うの。それが主な使い方」
 なるほど、さっきはこの辺り一帯の光を失わせたから、相手はこちらを狙えなかったのか。
「しかし、大きな範囲に使えば使うほど疲労する、と言ったところでしょうか」
「流石にわかっちゃうか。そういうこと、さっきは流石に無理したわ」
 トンネルの終端までたどり着く。どうやら幽霊はいないようだ。帰路につこう。
「ところで、あなた、どうしてあの時の白い光を使わなかったの?」
「え?」
 帰り道の途中、唐突にカリンが口を開く。白い光、私の血の力のことか。でもどうして知っているんだろう。ホワイトインパクトの詳細については知らされていないはず。
「どうして、私の血の力のことを?」
「……覚えてないの? 8年前、幽霊に追われていた私をあなたが白い光で助けてくれたんじゃない」
 8年前というと2008年頃か。私が小学二年生の頃だ。
「ごめんなさい、全く覚えてません……」
 その頃、私は既に白い光を操っていた?
「そう、まぁ確かに尋常じゃない感じだったものね」
 そう言うと、カリンは私に当時の話を聞かせてくれた。

 

 当時、カリンはキョウガさんに連れられて初めて、片浦家の家業を紹介されたらしい。
 小規模な瘴気の討滅だったそうなのだが、なんらかのイレギュラーにより、予報にないそれなりの規模の瘴気が追加で出現。カリンとキョウガさんははぐれてしまった。
 一人になったカリンは、不安でついそこにいろ、と言われた場所から移動してしまったらしい。
「今思えばそこは父が血の力で安全にしてくれていたと思うんだけどね」
 と、カリンさん。けど一人だと心細いし、つい不安になって移動してしまうのは仕方ないだろう。
 ところが、その判断は結果的に大失敗だったらしい。
 カリンさんははぐれの幽霊に見つかり、追いかけ回される事になった。
 必至で逃げ回った先で、カリンを助けに現れたのが、私だったらしい。
 刀を振りかざし、幽霊に斬りかかり、逆に吹き飛ばされ、出血とともにその地域一帯に白い光が溢れ、幽霊を消滅させたとか。

 

「その発現の仕方は……」
 ホワイトインパクトだ。私は過去にも一度、ホワイトインパクトを起こしていたのか……。
 この前のホワイトインパクトで人死にが出たのはあくまで安曇のトラップのせいであって、ホワイトインパクトそのものが人死にを生むものではないとはいえ、ぞっとする話だ。
 悔しいが、あの力をきちんと制御できるまではあの力は悪路王に預かっていてもらうのが安全なのかもしれない。そんな考えがよぎってしまう。悪路王があの力を何に利用しようとしているのかは分からないが……。どうせ悪魔の事だ、他の悪魔に対して行使するとか、その程度だろう。
「アンジェ……?」
「あ、ごめんなさい、つい物思いに。実は血の力はまだ上手く操れなくて、万が一のことがないように普段は封印してるんです」
「そうだったの……」
 なぜかカリンが少し気まずそうな表情になった。
「ごめんなさい、実はあの血の力があれば大丈夫だと思って、中央の幽霊の注意があなたに向くように仕向けてたの」
 しばらくの無言期間のあと、カリンはそんな事を言って、謝った。
 なるほど、両方同時に攻撃することも出来たはずの中央の幽霊が私だけに石の弾丸を飛ばしてきたのは、カリンが自身への注意が薄くなるように血の力を使っていたからだったのか。
「そんな、気にしないでください。結果的になんともなかったんですし。それにしても羨ましいです。そんなに血の力を使いこなせて。私は全然なので……」
「そう……」
 カリンはやっぱり気まずそうだった。とりあえず優しい人なことだけは確かだろう。

 

 カリンとは駅で別れ、御手洗町に戻ってくる。次の角を曲がれば家、というところで、暴走族のようなバイクの爆音が鳴り響いて、バイクがこちらに近づいてくる。
 ふと気になって振り返る。
「見つけたぜアンジェ!」
「フ、フブキさん!?」
 思わずさん付けしてしまった。なんだその暴走族みたいなバイクは。そしてなんだその背負ってるすごく長い刀は。
「だから呼び捨てで良いって。そんなことより、アオイさんからの連絡でアンタを探してた」
 あ、私、連絡手段持ってないもんな。
「詳しくは移動しながら話す。ほれ、ヘルメット」
 言われるがままヘルメットを被ってフブキさんの後ろに跨がり、フブキさんの胴体に腕を回す。
「こ、こんな感じですか?」
 テレビでみた見様見真似だ。背中に背負ってるなっがい刀が邪魔だ。
「おう、そんな感じ、じゃ、飛ばすぜ!」
 一気にバイクが急加速する。
「つい30分ほど前、崎門神社の蔵に侵入者があった」
「え」
「崎門神社の蔵は実は神秘で防御されてる。それを破って侵入したってことは、相手は神秘使いだ」
「何が盗まれたんです?」
「それはまだ調査中だ。だが、犯人の顔は分かってる」
 フブキさんが左手をハンドルから手放し、コートからスマートフォンを取り出してこちらに見せてくる。
 私は、いや、両手でハンドル握ってー、とビクビクしながら、スマートフォンを受け取る。
 そこに写っていたのは。
「べ、ベルナデットさん?」
 つい昼間にも見たばかりのベルナデット・フラメルさん、その人だった。

 

 to be continued……

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「退魔師アンジェ 第15章」の大したことのないあとがきを
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