退魔師アンジェ 第14章

『"触れ得るものなし"宝蔵院朱槍』

 

 その日、私はアオイさんに連れられて隣町に当たる竈門かまどに来ていた。
「こんな夜中に女子高生が二人、警察に見つかれば即補導ですね」
 夜の街の中、無言の空気に耐えられず、私は言葉を発する。
「はい。補導されるだけなら、対霊害捜査班になんとかしてもらえますが、それによる時間のロスはまずいです。もし警察に見つかりそうになったら、走りましょう」
 大丈夫、我々の体力なら並の警官程度撒けますよ、とアオイさん。
「そろそろどこに向かうのか教えてくれてもいいんじゃないですか?」
 せっかく会話が始まったので、これを好機と見て、先程からずっと思っていたことを口にする。
「これからしばらくあなたの模擬戦の相手を務める教官役と会いに行くんですよ」
「なんでこんな夜に?」
 アオイさんの回答を受けても、私の疑問は消えない。
「えぇ、まぁ。見てもらったほうが早いと思いまして」
「はぁ」
 要領を得ないアオイさんの回答に私は曖昧に返事する。

 

 そんなよくわからない会話の末、私達は郊外の田園に到着する。
「瘴気!」
 そこに広がっていたのは紫色の霧、瘴気だった。
 私はとっさに腰に手をやるが、今日は帯刀していない。アオイさんの指示で刀を持ってきていないのだった。
「大丈夫ですよ、そこの彼女に任せましょう」
 呑気に微笑むアオイさんの視線の先には長い黒髪をポニーテールにまとめた道着の女性が一人。手に持っている十文字槍が目を引く。刀使いではない討魔師とは珍しい。
「いや、すごい規模ですよ。流石に一人じゃ……」
「えぇ、龍脈に少し細工をしてこの辺一帯の瘴気をここに集めましたからね。大丈夫、彼女にはそれくらいで丁度良いのです」
 そう説明するアオイさんの前で瘴気の一部が形を成していく、規模の割にシンプルな黄泉還り壱型の近接系だ。
 その三体の黄泉還りが同時、あるいはほぼ同時といって差し支えないほど同期した動きで三方から女性に襲いかかる。
「!」
 驚いた。だって、黄泉還りの刀が女性をすり抜けた? そうとしか見えない。でなければあそこで一歩も動かずに黄泉還り三体の連撃を回避するなど出来ないはずだ。
「透過系の血の力……?」
「違いますよ。あれは極めて最小限の動きで避けているんです」
 避けている? つまりあの繰り出される連撃全ての軌道を完全に読み切ってしかも、その場を一歩も動かないレベルでしか動かずに回避している、というのか。それが早すぎてすり抜けているように見えている?
「短期未来予知、それが宝蔵院家の血の力です。あらゆる攻撃の軌道を予測し、回避し、攻撃に転用できる。もちろん、その上であそこまで最小限の動きで回避できるのはアカリ殿の鍛錬あってのことですが」
 との説明の直後、アカリさんというらしい女性が十文字槍を振るい、三本の刀を絡め取り、跳ね上げる。
 今のも短期未来予知で十文字槍を一振りするだけで刀を三本ともかすめ取れるタイミングを読み取ったということなのか。
 恐ろしいのは何よりその精神的な耐久力だろう。そのタイミングが来るまで、ひたすらに攻撃を避け続ける。如何に未来予知によるサポートがあると言っても、ひたすらに守勢に回り続けるというのは並大抵のストレスではないはずだ。
 瘴気は劣勢を感じ取ってか、さらに増援を出現させる。今度は近接系の黄泉還りを三体と、遠隔系の黄泉還りを三体。私の住むエリアでもよく見かけるスタンダードな編成だ。だが、まだ多くの瘴気は空中に残り続けている。なんというか、戦力を逐次投入してくるタイプの瘴気のようだ。瘴気に性格があるのかはよく知らないが。
「そういえば、以前、我が国には登録魔術師がほとんどいないという話をしましたね」
 突然、アオイさんが口を開く。
「えぇ、月夜家はその数少ない例外なんですよね」
「いえ、月夜家のあれはあくまで血の力という扱いです。血の力とは別に本当の魔術を使う討魔師も僅かにいるのです。そのうち一人が……」
 その言葉が言い終わらないうちに、アカリさんの周囲に真っ白い霧が発生し始める。それはまたたく間にアカリさんの周囲を白い濃霧で染めた。
「見ての通り。今のはアカリ殿の魔術の一つ。周囲を霧で覆い隠す魔術です」
「え、遠隔系相手にそんなことしたら不利に……」
 近接系相手なら気配で戦えるだろうが、遠隔系相手となるとそうはいかない。少なくとも黄泉還り遠隔系は視界が通ってなくてもおおよその位置へ乱射してくる。
「えぇ、普通ならそうですが、アカリ殿には視界など通っている必要がありません」
「あ、短期未来予知」
 私には想像することしか出来ないが、アカリさんには今も何かしらの形で敵の攻撃という未来が見えているのだろう。だから、濃い霧の中でも攻撃を回避し、そしてその元となる場所を攻撃できる。
「避けてチャンスを探るだけではどうしようもない相手用の対策、ということですね」
「えぇ、そのために魔術まで学ぶ、恐ろしい強さへの執念です」
 白い霧が晴れたとき、そこに立っていたのは、言うまでもなくアカリさんだけだった。
 ピンチと見たか、全ての瘴気が一点に集まり、西洋で伝えられるドラゴンの姿を取る。
「しょ、瘴気ってあんな巨体になることがあるんですか」
「えぇ、まぁ意図的に集めない限りありえないですが」
 しかし、アカリさんは動じない、真っ直ぐにドラゴンに向けて駆け出す。ドラゴンが口に炎を溜め、発射する。さすが遠隔系も弾丸無限で撃ってくる瘴気、なんでもありだ。
 アカリさんは十文字槍に魔術をかけたらしく、十文字槍の刃身をシールドのようなものが覆う。シールド自体が刃のように尖って、まるで斧槍のようだった。
 刃身にシールドをまとわせた十文字槍でドラゴンの吐き出す火炎を割りながら前進するアカリさん。
「すごい……」
 アカリさんはそのまま一気に跳躍し、ドラゴンの口元まで接近、そのまま速やかに斧槍の見た目を取る十文字槍の斧部分でその首を落とした。
 頭脳に当たる部分を失ったドラゴンはそれで機能を停止したらしく、霧散していく。あっけなく思えるが、それはアカリさんの圧倒的強さゆえで、もし私であればあんな短時間ではとても討滅できないだろう。
「お疲れさまです、アカリ殿」
 ふぅ、と息をつくアカリにアオイが声をかける。
「アオイ様、この度は貴重な強敵との実戦の機会を与えていただきありがとうございます」
「えぇ、まぁ結果は期待するようにはならなかったようですが」
「全くですね。最初から出し惜しみなく実体化してくれていれば、もっと強い敵が出てきたはずですのに」
 おかげで不完全燃焼です、とアカリさん。
「アカリさん、紹介します。彼女は如月アンジェ、御手洗みたらい町の討魔師です」
「よろしくお願いします、アンジェさん。お噂はかねがね。私は宝蔵院アカリです。普段は近畿圏を活動圏としています」
「よろしくお願いします」
 アオイさんの紹介に二人でお辞儀し合う。ところでお噂、とは?
「宝蔵院家は月夜家と結びつきの強い一家の一つなんですよ。だからわざわざこの近辺の討魔師を鍛えるためにこの地まで来ているんです」
 私の疑問を先読みしたのかアオイさんが答える。
「え、わざわざ私のために?」
「いいえ。ここへは片浦かたうら家の討魔師との鍛錬のために来たのです。そこへちょうどアオイ様からお話があった、と言うわけですね」
「なるほど」
 片浦家。知らない名前だが、状況からしてこの竈門町の討魔師の一家だろうか。
「では帰りましょうか、アンジェ」
「え、もうですか?」
 あまりに早い展開だ。
「えぇ、顔合わせは済みましたから。明日からは片浦家の道場で待ち合わせましょう」
「え、場所を知らないのですが」
「おっとそうでしたか。では明日は華凛かりんさんとも初顔合わせですね。分かりました、明日は迎えに行きます」
「え、待ってください。私は今後しばらく竈門町に通うんですか?」
 てっきり、うちの道場に来てくれるものだと思っていたが。
「えぇ。そういうことですね。定期券か回数券を買うようにしてください」
 どうやらそういうことらしい。これはしばらくヒナタやアキラには放課後に謝り倒すことになるな。

 

 二人になんて言い訳しよう、なんて考えているうちに時間は無慈悲に経過し、気が付くと朝。
「憂鬱だ」
 ただでさえここのところノリが悪い、付き合いが悪い、と言われているのに……。
「いっそ、英国の魔女に分身でも作ってもらえないでしょうか」
 そんなことをぼーっと呟きながら、寝室を出て洋室を抜け、玄関前の廊下を通って和室に入る。
「起きたか、アンジェ、今日は鍛錬を休んだな」
 朝食を用意していた"守宮"殿が声をかけてくる。
「すみません、昨日は眠れなくて」
「構わん、今日からアカリとの鍛錬だろう。むしろしばらくは朝の鍛錬は流していけ、アカリは強い。良い経験になる」
「はい、ありがとうございます」
 "守宮"殿が朝食を出してくれる。私は座布団に正座して、それを待つ。
「そういえば、今日、片浦家の討魔師とも会うそうなんですが、どんな方かご存知ですか?」
「片浦カリンか。覚えてないのか?」
 "守宮"殿は不思議な返答をした。覚えてない、とは。過去にあったことがあるのか?
「……いえ、覚えがないですが……」
「……そうか。それならそれで構わん。今の片浦家については儂も詳しくはない。ついでにその目でしかと見てくるが良い」
 そう言って"守宮"殿は食事を終えて食器を台所へと持っていく。
 時計を見ると、もう登校しなければならない時間だ。私も急いで食事を終わらせ、食器を台所に持っていくと、そのまま学生カバンを持って学校に向かった。

 

「結局学園祭は中止かぁ~」
 お昼休み、無念そうに声を上げるのはヒナタだ。
「仕方ないよ。むしろ今までずっと判断を引き伸ばして開催の可能性を模索してくれてただけありがたいと思うよ」
 と返すのはアキラ。
「うーん、それは分かるんだけどさぁ。あれだけ判断を引き伸ばしておいて、中止ってのはなぁ~」
「それも仕方ないよ。それどころじゃない生徒もいるんだから」
「そう……ですね」
 この学校はあちこちがまだ工事中だ。
 その理由は私がこの学校中に設置されていた爆弾を起爆してしまったから。
 その結果負傷した70名の中にはまだ入院中の人もいる。
 そして、死んでしまった4名を親友だったり恋人だったりとしていた者たちもいる。
 事件自体は、認識阻害と記憶処置の結果、学園祭の準備中に起きたガス爆発ということになったようだが、それで私の罪が消えるわけではない。
 そして、また一つ、事件の隠蔽に学園祭を巻き込んだ影響で、今年はもちろん、今後の学園祭の開催さえ危ぶまれている現状がある。
 私の罪がまた一つ増えた、と言っても、過言ではないのではなかろうか。
「アンジェー、また自分の世界に行ってるよ、おーい」
 ヒナタが私の前で手をフリフリする。そこで私の意識は現実に戻った。
「あ、すみません、ヒナタ」
「別に良いけどさ、アンジェ、学園祭の話になるとだいたいそうなるよね、そんなに楽しみだった?」
「え、えぇ、まぁ、特に今後の開催まで危ぶまれるとなると、とても」
 学生たちに申し訳が立たない。今の一年生や来年以降の新入生は学園祭を経験しないまま学校生活を送ることになるかもしれないなんて。
「本当だね。結局、詳しい原因は不明らしいけど、だれがガス爆発なんて……」
 ……。神秘について知っているアキラにすら、私は真相を話していない。私はズルい人間なのかもしれない。
「ま、この話やめよう。アンジェがどんどん暗くなっていっちゃうし」
 ヒナタが話を変える。
「この前の外国人のお姉さんのこと覚えてる?」
「あぁ、王将の?」
「そうそう。あの後調べてみたら、あの人、棋士なんだって。ベルナデット・フラメルって言うみたい」
「棋士? 将棋をする? 外国人でもなれるんだね」
「そうみたい。最初の外国人棋士は1991年に棋士になったみたい。まぁこの前の女の人と違って、その人は女流棋士だったみたいだけど」
 二人が本当に違う話題を始めている。私も乗らなくては。
「この前の女の人と違う? あの人も女性でしたよ」
「ふふーん、それが違うんだなー、アンジェー。女流棋士は女性だけのプロ制度の棋士の事で、性別を問わないプロ棋士とは別なんだよ~」
 それは本当に知らなかった。
「ってことは、この前の女の人は女流棋士じゃなくて性別を問わないプロ棋士の方ってこと?」
「そ。まぁ、そうはいっても、まだ目指してる止まりで奨励会入ったばかりらしいけどね、美人さんの外国人だから、注目されてるみたい」
 もうインタビューとかもされてたよ、とヒナタ。
「でも、そんな人がなんで長門ながと区に来てたんだろう? 将棋会館って渋谷しぶや区だよね?」
 確かに、それは気になる。
「んー、この辺に住んでるからとか? ほら、長門区って東京24区の中ではお家賃安めらしいし」
「なるほど」
「わざわざ長門区に住むくらいなら武蔵野むさしの市や三鷹みたか市の辺りのほうが良い気がしますが」
 渋谷区は東京24区の西側に位置する。対して長門区は北東の端。渋谷区へ通う利便性を思えばもっと別の場所に住むことが望ましいように思える。
 もっと言えば、神奈川県や埼玉県に住む方が家賃はぐっと抑えられるはずだ。
「んー、あくまで東京の特別区内に住みたかったとか?」
「まぁ、確かに」
 そういうこだわりは個々人色々あるものだ。そう言われると、反論の余地はない。
「あれ?」
 と、ふと窓を眺めていたアキラが呟く。
「どうしました?」
「いや、そんな話をしてたからかな、ベルナデットさんをそこの通りで見かけたような気がして」
 窓からは校門前の通りが見える。
「そんな偶然あるかなぁ」
 とヒナタ。
「うん……気のせいだよね」
 そう言われると、見た気がしただけらしく自信のないアキラはすぐに発言を取り下げる。
 なんだかそれは勿体ない気がしたので、もう少し話を深堀してみようかと口を開こうとしたその時、チャイムが鳴る。昼休みが終わり、授業が再開される合図だ。
 しまった。昼休みのうちに、しばらく放課後に遊べない旨を伝えておく予定だったのに。

 

そして放課後、アオイさんが早速廊下で立っているのもあり、私は二人への挨拶もそこそこに逃げるようにアオイさんと合流し、校門を出た。
 私は、アオイさんに連れられるまま、電車に乗り、竈門町へ向かった。
「……学園祭、残念でしたね」
 無言の時間が長く続いた後、不意にアオイさんが口を開いた。
「え、えぇ。そうですね」
 私はなんとか返事をする。が、アオイさんは再び沈黙してしまう。
 再び無言の時間が続く。
「……憎むべきは作戦失敗時には学校を爆破しようなどと企んだ邪悪なる魔術師、安曇です。そこを間違えてはいけません」
 それはまるで自分に言い聞かせるような言葉だった、というのは、私の考え過ぎだろうか。
「アンジェ。あなたを裁いた裁判が秘密裏に行われたように、神秘事件は司法では裁けません。神秘不拡散の原則があるからです」
 神秘不拡散の原則、初めて聞いた気がするが、話の腰を折るべきではなさそうな気がする。
「だから、アンジェ、必ず安曇を捕まえて、裁きましょう。私達、討魔師の手で。それがきっと、傷を負った者、亡くなった者達への弔いにもなるはずです」
「はい」
 その通りだと思った私は、素直に頷いた。

 

 そして、私とアオイさんは昨日の夜から引き続き、連続二日目となる竈門町を訪れた。
「ここが片浦家です。多くの討魔師の家と同じく家に道場がありますね」
 アオイさんがインターホンを押しながら口を開く。
 なるほど、案内された家は月夜家ほどではないが、それなりの洋式一軒家だった。敷地内に程々の大きさの道場がある。道場を置くのを我慢して敷地いっぱいに家を建てればもっと家を広く使えるのに、というのはあまり考えてはいけないのだろうか。
「片浦とは聞いたことがないですね、千桜家みたいに元は別の家だったとか?」
「おや、アンジェ、いつの間にかフブキさんとお知り合いに? ホワイトインパクトの時には意図的に合わせなかったのに」
「えぇ、まぁ、井処町に遊びに行った時に、ちょっと……」
「なるほど。まぁ、今のところ、千桜家は別に討魔師の家ではないですけどね。あくまで彼女は真柄家の討魔師という扱いです。この先彼女が道を決める時、千桜家をあくまで名乗り続けるようなら、そういう新しい討魔組の一家が生まれる可能性もありますが」
 なるほど、そういうものなのか。
「それで、片浦家ですが。実は私にもよく分かりません。戦国時代には既に存在した一家なのは間違いないようなのですが、特に戦国時代でどこかの大名に仕えたとか、どこかの戦争で名を挙げたという記録もなく、その使っている刀の出所や由来も宮内庁刀剣類管理課で把握できていないほどで……」
 謎に満ちた一家、というわけか。戦国時代に存在したということは家はわざわざ洋式にリフォームしたんだな。
「御待たせ致しました。いやはや、宮内庁の方を待たせるなど申し訳ない」
 一軒家から一人の男性が出てくる。まだ"守宮"殿よりは圧倒的に若そうだ。
 腰が低い態度を取ってはいるが、周囲に油断なく目を光らせているのを感じる。きっと手練だ。
「キョウガさん、ご無沙汰しております。そんなに恐縮なさらないで下さい。ここへは宮内庁としてではなく一人の討魔師として訪問しておりますので」
「そんなそんな、もしあなたへの対応に粗相があれば、あなたの母君からなんと言われるか分かりません」
「母もそこまで過保護ではないと思いますが……。あ、アンジェ、紹介します。こちら、片浦家の討魔師、片浦京華きょうがさんです」
「は、はじめまして、如月アンジェです」
「はじめまして、ご紹介に預かりました、片浦キョウガです。この竈門町を守る討魔師をしております」
「あれ? ここの討魔師はカリンさんじゃ?」
「もちろん、カリンがここを担当しておりますが、まだまだカリンはひよっこです。真柄の娘に負けないようにと討魔師にしましたが、まだその実力は十全とは言い難い。それでカリンには荷が重いような仕事は私がまだ担当しております」
 まだ隠居するには若いですからな、とキョウガさん。
 それにしても、真柄の娘に負けないように、と来たか。やはり隣接するエリアの討魔師同士、いろいろあるようだ。
「カリンさんとアカリさんはもう道場に?」
「えぇ、稽古しております。これでカリンがもっと使える討魔師に育ってくれると良いのですが」
「では、道場に上がらせてもらいますね」
「えぇ、どうぞどうぞ。ぜひ今後も片浦家にお仕事を回して頂けるよう、よろしくお願い致します。アンジェさんも」
「え、私ですか?」
「宮内庁から頂いた仕事を討魔組所属の討魔師に割り振るのは討魔組の頭、月夜家ですからね。月夜家にお住みのアンジェさんにも、ぜひよろしくお願い致します」
「はぁ、まぁ、"守宮"殿に伝えておきます」
 家の中から道場に繋がっている我が家月夜家と違い、片浦の道場は別に入り口があるタイプなので、そのまま扉を開けて道場に入る。
「彼の言葉は別に気にしなくてもいいですよ」
 とぼそっとアオイさんのフォロー。とはいえ、片浦家も色々大変なのだろうか。
 そして、道場の扉を開ける直前、
「なるほど、彼女が如月家の……」
 というキョウガさんの呟きが聞こえた気がした。
 父を知っているのか、と振り向こうとしたが、扉の向こうで繰り広げられている戦いに先に視線を奪われた。
 私達、厳密にはアオイさんが扉を開けた瞬間、ちょうど、アカリさんに向けて小柄なボブカットの少女、おそらくカリンさんが小刀を構えて突進するところだった。
「直線的な突進では私を捉えられないと言ったところだぞ」
 アカリはそれを十字槍で受け止める。
「っ」
 小刀ではレンジが圧倒的に短い。レンジの長い十字槍とやり合うのは厳しいだろう。
 カリンさんもそう判断したのか、そのまま後ろに下がる。
 アカリさんは追撃のため、一歩踏み込むが、直後、カリンさんがなにか黒いものを三つ投擲した。不思議なことにそれがなにかつかめない。片浦家の血の力か。
「なにっ」
 アカリさんにもその正体が掴めなかったのか、黙って回避を選ぶ。
 かくして、カリンさんの離脱は成功し、二人はにらみ合いに戻った。
 背後の壁に何かが当たり、地面に落ちる。
「ガラスか。こんなものを仕込んでいたとは。それに投擲の速度も狙いも申し分なかった。対人用に準備してきたな。そうでなくては!」
 というアカリさん、それに対してカリンさんは再びガラスを構える。まるで忍者の苦無くないだ。
 カリンさんは回り込むように駆け出しながら、再びガラスの苦無を投擲する。アカリさんの言葉通りそれは見事な速度で綺麗に三方向に真っ直ぐ飛んでいる。
 再び、放たれると同時にガラスは真っ黒い影に変化する。やはりあれが血の力。
「ガラスと分かっていれば……」
 アカリさんはカリンさんの方へ前進を始める。それはすなわち、真っ黒なガラスへの直進でもある。アカリさんは十字槍で真っ黒なガラスを弾き……。
「なにっ!」
 弾けなかった。黒いガラスはアカリさんの十文字槍をすり抜け、前進を続ける。
 恐るべきはアカリさんの反応力か。それであわや胴体にガラスが突き刺さるかと思いきや、即座に大きく左に飛んでガラスを回避する。
「流石に簡単には一太刀取らせてもらえないか」
「危ないところだった。初めて傷をもらうところだったな」
 今更だがこの二人、当たり前のように真剣で鍛錬をしている。中島家もそうらしいが、討魔師の鍛錬というのは凄まじい。
 いや、私が木刀で平和ボケしているのだろうか。失敗すれば傷つき、下手をすれば死ぬ。それくらいの緊張感が、実戦を見越すのなら必要なのかもしれない。
 しかし、黒いガラスの苦無が十字槍をすり抜けたのは一体……? 今度こそ透過系の血の力か?
「っ!」
 カリンさんは再び走りだし、ガラスの苦無を投擲する。
 アカリさんはそれを大きく避ける。
 昨日見た最小の動きで回避するアカリさんが、と考えると嘘のようだ。
「太い赤い線が見える。黒い影は見せかけ、実際にはその周囲のブレた位置に本当のガラスが存在するのか。血の力の応用、考えたな、カリン」
「アカリさんには未来の攻撃の軌道が赤い線で見えるそうです。太い赤い線というのはおそらく可能性の範囲が広い、ということでしょう」
 アカリさんの言葉をアオイさんが補足する。
 まぁ、そうは言われてもイマイチピンとこないのだけど。
「もう予知出来るの……」
「宝蔵院の前に同じ技は二度通用しない、初めて会ったときにそう言っただろう? むしろ三度目まで隠し通せたことを誇るべきだ」
「っまだ!」
 カリンさんが再びガラスの苦無を投げる。同時、カリンさんも小刀を構えて駆け出す。
 既に軌道を見切ったらしいアカリさんはそのガラスの苦無を容易く弾く。
「今!」
「なっ」
 直後、膨大な光がガラスの苦無から溢れる。距離がある私達は平気だが、眼前で食らったアカリさんは間違いなく視界が奪われただろう。
「はああああああああああっ!」
 カリンさんの一閃がアカリさんに届……かなかった。
 視界が完全に奪われているはずなのに、カリンさんの斬撃は容易く十字槍に受け止められた。
「言っただろう。宝蔵院に同じ技は二度通用しない。見事な搦め手には驚かされたが、素の剣術の浅さが出たな」
「くぅ……」
 カリンさんが悔しそうに顔を歪める。
 今のは一度きりだから可能な不意打ち、それを防がれたとあっては、流石に今回の手札はもうないだろう。
「参りました」
「うむ。だが良い手管だった。これは一太刀浴びせられるのも時間の問題だな。真柄の子と言い、長門区の討魔師の未来は安泰のようじゃないか」
 なんと、フブキさんも戦って一太刀浴びせているのか。フブキさんの戦闘スタイルは知らないが、すごいな。
 私は今の時点ではあらゆる攻撃を予知して回避するなんて血の力を持つ相手にどう戦えばいいか見当もつかない。
「さて、客人も来ている、一度休憩にしよう」
「はい」
 二人が武器をおろしてこちらに歩いてくる。
「お疲れさまです、カリンさん。紹介させて下さい、こちらは如月アンジェさん。御手洗町の討魔師です」
「はじめまして、アンジェさん。片浦カリンです。竈門町で討魔師をしています」
「アンジェです。よろしくおねがいします」
 二人でお辞儀をし合う。
 と、そこで、
「そこ、何者だ!」
 アカリさんが窓を睨んで叫んだ。
「おい、バレたぞ」
「おい、あばれんな、あぶねぇ」
 バタン、と倒れる音が聞こえた。
 全員で外に出て窓の外に回り込むと、二人の男子生徒が倒れていた。
「何者だ」
 アカリさんが十字槍を向ける。
「ひぃ」
 二人が怯える。
「あ、三木みき君、崎門さきかど君……」
 カリンさんが、二人を見て呟く。
「知り合いですか?」
「うん、三木ホナツ君と崎門ミノリ君。私と同級生だよ」
「その同級生がなぜここに?」
 アカリさんが槍を手元に戻して尋ねる。
「え、えーっと……」
 ホナツさんが動揺していると、ミノリさんが口を開く。
「いや、片浦の家に見慣れない人が最近出入りしてるって噂がうちの神社に入ってきて、そのことをホナツに話したら、『片浦さんに見知らぬ人? 男か?』 なんて気にし始めやがって」
「おい、言うなよ」
 ホナツさんが慌ててミノリさんの口を閉じにかかるが、ミノリさんは続ける。
「それで仕方ねぇから覗きの手伝いをしてやろうと思ってな」
 ミノリさんは楽しそうだ。ホナツさんも大慌てで止めにかかっているが、本気で怒っている風でもない。良い男友達のようだ。
 それにしても、カリンさんのそばに男が増えたかどうか気にする、というのはつまり、そういうことだろうか。カリンさん、モテるのだろうか。
 なーんだそんなことか、と言った雰囲気の中、アカリさんがアオイさんにこっそり話しかける。
「記憶処置の札は持ってきていますか? 真剣での試合を見られた可能性があります」
「確かに、えーっと……、札でしたら……」
「大丈夫です」
 カリンさんが二人を制して前に出る。
「三木君、崎門君、演劇を練習の段階から見るのはあまり行儀が良くないと思うの」
 少し悲しげにカリンさんが言う。なんだろう、さっきまでと少し雰囲気が違う、なにかのスイッチが入っているというべきか。
「す、すまん。そういうつもりじゃなかったんだ」
 即座に謝るのはホナツさんだ。
「ウソつけ、『片浦が殺陣やってる! 次の演劇では片浦が出演するのかもしれない、いやでも、そうすると照明係が……』とか俺の肩車の上で色々言ってたくせに」
「ぐ……。そ、そうだ、片浦、次回は殺陣やる役をやるのか?」
「ううん、まだ分からない。実際に武術やってる人がお父さんを訪ねてきたから、練習に付き合ってもらってただけ」
「そ、そうなのか……」
「ほれみろ、なら見れてラッキーって顔してる」
「ミノリ、お前、もうちょっと罪を軽くしようって気はないのか」
 本当に仲のいい二人だ。
「二人とも、今日見た練習はみんなに内緒にしてくれる?」
「す、する! もちろん、するよ」
「おう、ホナツが黙ってるなら俺も黙ってるよ」
 ホナツさんが必死で頷き、ミノリさんがその横で面白そうに笑いながら頷く。
「ならよかった。こんなことはこれっきりにしてね」
「はい、すみませんでした」
 カリンさんの言葉にホナツさんがびしっと謝る。後ろでミノリさんは笑っている。
「じゃ、帰ってよし」
「はい、失礼します」
「また、教室でなー」
 カリンさんが二人に笑って頷くと、二人はそれぞれ先程までと同じ調子で返事をしながら帰っていった。
「はい、これで二人はすっかり演劇の練習だと思ってる。これでいいでしょ?」
「演劇というのは?」
 他の人は納得している様子だったので、私が聞くことにした。
「私、学校では演劇部に入ってるんです。既に何度か出演したりお手伝いしたりもしてるんですよ」
 なんと。討魔師としての仕事に学業だけでなく、部活動までしているというのか。驚きだ。
 私はただでさえ成績が落ちていくばかりだと言うのに。
「さて、それではアンジェさん……いえ、アンジェ。カリンが休憩して、次の作戦を考えている間に、次は私達が鍛錬と行きましょうか」
 そういって、アカリさんは十字槍を構えた。
「あ、あの、刀は持ってきていないんですが……」
「おや、そうなのですか、アオイ様?」
「えぇ、今のアンジェには真剣での試合は刺激が強すぎます。まずは木刀で相手してもらえますか」
「ふむ、事情は存じませんが、アオイ様がそうおっしゃるなら」
 アカリさんが十字槍を壁に立てかけ、長めの木刀を構える。
 十字の部分がない分、防御力は劣りそうだ。
「そうですね、少しいつもとは勝手が違います。まぁ初日の相手であれば十分でしょう。明日には十字槍を再現した木の棒を用意しておきます」
 言ってくれる。自信はないとはいえ、こうなりゃ初日のアドバンテージを生かして、一気に攻めたいところだ。
 それから3時間。初日の私は一太刀も浴びせられないどころか、すべての攻撃の隙を突かれて寸止めで負かされる有様となったのだった。

 

 to be continued……

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