退魔師アンジェ 第13章

『"日本を裏から支配したもの"先代悪路王』

  

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「人が痛みを感じる限り、彼は生きています。 人が他人の痛みを感じる限り、彼は人です」(劇作家・アントン・チューホフ)

 

 アオイさんの木刀が迫る。自身の木刀で防ぐ。
 防がれたとみるやアオイさんは素早く木刀を引く。
「!」
 その隙を逃さず、私は一歩踏み込む。
 いや、それさえアオイさんの手のひらのうちか? 一瞬躊躇した私が上段に切り込むより早く、アオイさんがまるでフェンシングのように突きを放つ。
 ――っ!
 私の刀は上段に構えて、今振り下ろされようとしている。迫るアオイさんの刀は真っ直ぐ私の胴を狙っていて、ここから庇いにはいけない。
 咄嗟に横に飛んで突きを回避する。
 アオイさんが二の太刀で追撃してこないはずがない。そのままさらに後ろに飛ぶ形で姿勢を整え、木刀を構え直す。
 案の定迫っていた上段からの攻撃を間一髪で避け、木刀を身に寄せて、次に迫る中段の払いを受け止める。
 ? 木刀を引かない?
 意図に気付き、慌てて後ろに飛ぶ。
 刹那、先ほど足があった場所をアオイの足払いが通過する。
 この僅かな隙は攻撃のチャンス! ……いや、しかし、それさえ読まれていたら?
 一瞬霞に構えた刀を下段に戻す。
 しかし、それこそが一瞬の隙。
 見逃さぬとばかりにアオイさんの突きが飛び、私の胴体にめり込んだ。

 

「ごめんなさい、アンジェ、大丈夫ですか?」
 胴体への強い衝撃に咳き込む私に、アオイさんが飲み物と薬箱を持って戻ってくる。
「避けるのはすっかり上手くなりましたね。私も思わず寸止めできない程度には力が入ってしまいました」
 まさか褒めの言葉をいただくとは、感激だ。
「ですが、二度! 二度も攻撃のチャンスを見逃しましたね! それも攻撃姿勢に入ってから!」
 うっ、流石に気付かれてたか。
 そうだ。私はあれから、敵の動きを見切ることに集中して、まるで攻め切れない。
 アオイさんが活人剣の達人だから、ではない。活人剣の理論、攻める瞬間こそが隙であるという事実が、攻撃をする事で自身の隙を晒す事を恐れる思考へつなげてしまっていた。
 要するに私は一度腕を切られてすっかり攻撃を喰らう事を恐れるようになってしまった。
「まぁいいです。もうすぐ学校ですから、お互い支度しましょう。何があったか、また夜に聞かせてもらいますからね」

 

 改めてあの日のことを思いだす。

 

◆ ◆ ◆

 

「ん……ぐっうぅっ」
 暗闇。ただ、片腕が熱い。いや、これは痛みだ。
 どうなってるのかわからない。
 目を開けなきゃ。
「あ、アンジェ。意識を取り戻しましたね」
「その声は、英国の魔女」
「目を開けちゃダメ!」
 瞼に力を入れた直後、激しい警告が飛ぶ。本当にどこかで聞き覚えがある声色だ。そうまるで……。
「あー、出来ればあんまり考え事はしないで下さい。私の声だけを聞いて」
 英国の魔女はやけに真剣な声色。そしてそのまま言葉を続ける。
「あなたの腕はどうなっていますか?」
「え、あっ」
 その言葉で思い出す。
 討魔師・浪岡 右京の鋭い一撃。
 たったの一撃で私の利き腕を奪った。
「あああああああああああ」
 私の利き腕。もう刀も振れない。これじゃ、復讐も敵わない。私の全てはここで終わってしまう。
「おかしい、忘却のルーンの効きが悪い……」
「多分、――のせいで血の力抜きでも魔術への耐性が高い」
――!? そんなの、これまで一度も――されてないのに……」
「でも間違いない。だって彼女は―――――だもの」
「そういうことか! だから認知魔術で治療する必要がある。いや、認知魔術だからこそ治療出来る!」
 あまりの痛みに二人の声が途切れる。
「アンジェ! アンジェ! よく聞いて。今からあなたの腕を魔術で治療する!」
 再び意識が朦朧とする私に英国の魔女が私を揺さぶる。
「治療?」
「えぇ、幸い貴方の腕は回収出来た。これくらいスパッと切れてれば科学技術でも接合出来る。もちろん、魔術でも」
「な、なるほど」
 なるほど。たしかにスパッと切られたような気はする。
「今から治療のためのルーンを刻むからね。受け入れて。抵抗すると効きが悪くなるからね」
「はい」
 確かにアオイさんも魔術には抵抗が出来ると言っていた。私は逸る気持ちと恐怖に駆られる気持ちの手綱をなんとか握って抵抗しないように、と意識する。
 先のない二の腕に英国の魔女の杖が触れる。何かヌメっとした液体が杖により伸ばされていく。
「はい、まず下準備が終わり。今度は切断された先の腕にルーンを刻んでいきますね、さっきのルーンでリンクが少し繋がったはずだから、離れていても触覚が作用しますが、驚かないで」
 直後、本当にないはずの腕が先ほどと同じ杖と液体の触覚情報を頭に送ってきた。
「あ、感じる」
「よし」
 手応えを感じたのか英国の魔女がらしからぬ声をあげる。意外だが、英国の魔女のような万能に見える魔術師でも喜びを感じる事があるのか。
「それじゃ、今から腕と腕をくっつけます。鉄をくっつけるような熱を使った魔術です。魔術で簡単に麻酔しますが、少し感覚は残ります。熱いですが許して下さいね」
「ぐっ」
 ジュッと焼けるような熱が腕を襲う。
「あ゛っ、ぐっぅ」
 暑い。麻酔のような魔術をかけてこれって、本当はどれだけ苦しいんだ。
 しばらくして、ようやくその苦しさは消えた。
「よし。今から内部の再生を促すルーンを刻みます。そしたら、手を動かせるようになりますよ」
 そう言うと、私の傷口にまたあの杖と液体の感覚が届く。もう腕の痛みもなくてくすぐったいほどだ。
「はい。私の言う通りに動かしてください。行きますよ、親指、人差し指、中指、薬指、小指」
 英国の魔女の言葉に合わせて指を動かしていく。すごい、本当に動いてる。手のひらの感触を感じる。
「動いてる。感じる」
「よかった、施術は成功です」
 私の言葉を聞いてようやくホッとしたように英国の魔女が告げる。変な話だ。動いてるのを見た時点で成功は明らかだろうに。それとも、感覚が生きてるのが分かってホッとしたのか。
「もういいですよ、目を開けてください」
 慎重に目を開ける。恐る恐る右手を見ると、果たして、そこにはしっかりとくっついて、私の指示に従う右手があった。
「よかった」
「よくないよ、アンジェ。君は何しにここに来たんだった?」
 極めて不機嫌な声に声の主人の方に顔を向けると、そこにいたのは悪路王だった。
「っ! 悪路王!」
 腰に手を当てるが刀はない。
「英国の魔女、私の刀は? なぜ攻撃をしないのですか?」
「それはここが彼の領域だからです。いくら私でも隣接魔界で上級悪魔相手に一人で挑むような無謀なことはしたくありません」
「隣接魔界?」
「魔界と呼ばれる僕ら悪魔の領域が人間の領域に表出した空間の事を人間はそう呼ぶらしい。概ね殆どの上級悪魔は人間の領域に自身の隣接魔界を持ち込んでいる」
「それにしてもあなたのそれは規模が大きいですけどね。その背後にある亡骸の影響ですか?」
「あぁ、これは先代だ。10年前に討魔師に討たれた。今も僕を守るために僅かな魂を燃やしている」
 言われてみると、悪路王の後ろにある大きな山に見えていたそれは、巨大な生物の一部に見えてきた。
「10年前……?」
 それは大怪異のあった年。父の死んだ年。一年といえど365日あるわけで同じ日というわけでもないなら偶然なのかもしれないが。なんだか引っかかる。
 いや、そうではなくて。
「それでも、私は力を取り戻すために……」
「それだよ、アンジェ」
 悪路王が私の言葉を遮る。
「力を返してほしいと君は言う。だがもし、今、能力があったら、どうなっていたと思う?」
「え?」
 どうなっていた……って? 
「私からもヒントです。アンジェ。私はあなたを魔術で治療しました。きっと、魔術以外では無理だったでしょうね」
 私の力の有無……。私の力は魔術の解呪ディスペルって言ってたっけ……。
「あ」
 もし血の力が残ってたら、魔術を使えずに腕を失っていた?
 思いもしなかった可能性に血の気が引いていくのを感じる。
「気付いたね。君は魔術……いや、汎神秘による支援を受けられない。それは神秘の加護なく、その刀と血の力だけで戦わねばならない、と言う事だよ。今の君にはそれだけの力はない」
「だ、だとしても、何故あなたがそれを裁定するのです! あなたは人類の敵、悪魔でしょう」
「それは違う。悪魔はただ悪魔同士争うと言う目的を持って生まれてくるだけだ。人間の領域に出張る彼らもただより戦いに向いた地平を求めているだけで積極的に人間を害したいと言う目的を持つ悪魔は少数だ。君達の学校を狙うイブリースはどうもそうじゃないようだけどね」
「人間を害したいわけではないのはそうでしょうけど、単にリソースとして人間を使う悪魔は枚挙に暇が無いほどですけどね。それで、あなたはこの世界で何を?」
「僕の目的は父を継ぐ事だ。830余年もの間この世界の裏を支配し続けた先代を、ね」
「何をふざけたことを!」
 世界を支配する? そんなの人間への関心とかそれどころの話じゃない。悪魔に支配されるなんてまっぴらごめんだ。
 私は右手やや遠くに刀があるのを確認して、右に一回転して刀を手に取って起き上がる。
 いきなり立ち上がったからか、一瞬立ちくらみが襲ったが、なんとか持ち直して刀を構える。
「アンジェ、勇敢なのはいい事だけど、無謀なのはダメだよ」
 パチンと悪路王が指を鳴らすと周囲に黒い円錐が無数に出現する。
「ここは僕の隣接魔界。隣接魔界にいる上級悪魔をまさかなりたての討魔師が倒せるとでも?」
「アンジェ、彼の言う通り、ここで彼と戦うのは分が悪いです。転移のルーンを敷きましたから、ここは退きましょう」
「……分かりました」
 渋々英国の魔女の忠告に頷く。そこに、再び腕を失う恐怖がなかったとは、決していえない。

 

◆ ◆ ◆

 


 

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