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退魔師アンジェ EP11.5

季節外れのお化け屋敷旅行

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「大阪行こう! 大阪!」
 その日、突然ヒナタが言った。
「お、大阪? 唐突ですね……」
 とりあえず返事をする。
「うん、行こう、アンジェ」
「嫌です」
 大阪に行くつもりは全くない。
 私は可能な限り早いタイミングで岩手県の達谷窟に向かいたいのだ。ここのところの霊害討滅の報酬も全てそのために貯金している。
 英国の魔女に頼めば連れて行ってくれるかもしれないが、あまり頼りすぎるといつか借りを返せと言われた時に怖い。
 そんなわけなので、大阪になど行って、その貯金を削るわけにはいかないのだった。
「えー、そんなこと言わないでよー、せっかくロゼッタが世界初の彗星着陸を実現させたんだよ」
「あぁ、ニュースでやってたね」
 アキラが話に加わってくる。
「お、さすがアキラー、ちゃんとニュースも見てるなんて優等生! その点アンジェちゃんは多分こうはいかないよ、何のことかわからなかったでしょ」
「いえ、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星にロゼッタ がフィラエとかいう着陸機を投下した件でしょう。知ってました」
 ロアの一件以来、ニュースにも目を光らせるようにしてるのだ。
 するとヒナタは訳知り顔でニンマリ笑い、
「おー、アンジェもよく勉強しとるなー、ご褒美に大阪行こう」
「行きません」
「私がお金持つよ?」
 む、それなら、確かに断る理由がない? いや、というか。
「なんでそんなに大阪に行きたいんです」
「梅田にあるお化け屋敷に行きたいの!」
「お化け屋敷?」
 唐突に出てきた言葉に首を傾げるアキラ。まぁそれもそうだろう。なにせもう11月だ。いろんな意見があるとは思うが、少なくとも一般的に言ってお化け屋敷、なんて季節ではない。
「うん、これ」
 チラシを見せてくる。なになに?「恐怖! かくれんぼ屋敷」? 梅田ATTICの隣にある毎朝テレビの建物内での催しのようだ。毎朝テレビといえば、毎朝と夕日、読切あたりで三大放送社と言われているやつだ。新聞とかも出している。ちなみに月夜家は読切新聞を取っている。
「あれ、でもこれ、9 月 15 日までって書いてあるよ? もうおわってるんじゃないの?」
「おや、本当ですね。二ヶ月ほど遅かったようですよ、ヒナタ」
 なにせもう11月だ。
「ん? あぁ、そこは大丈夫。ちょっとしたコネがあるから」
 またか。ヒナタはよく遊びにコネを使う。こんなお気楽ガールにどうしてこんなにコネが集まってくるというのか。
 復讐のためにも、私の方こそコネが必要かも入れないのに。
「そういうことなら私は行こうかな。大阪までのお金を持ってくれるなら、ちょっと大阪観光もしてみたいし」
「お、さっすがアキラー、話がわかるー」
 まずい、アキラが向こうに着いた。いや、断る理由は特にないのだけど、なんとなくヒナタの誘いにただ乗るのが癪だ。
「あれ、アンジェ、もしかして怖いの?」
「は? 怖くありませんが」
「じゃあ他に何か行きたくない理由があるの?」
「それは……」
 困ったことに、ない。まさかさっきの独白を本当に口にするわけにはいかない。
「じゃあやっぱり怖いんだ」
 ええい。
「怖くありません。分かりました。行けばいいんでしょう。行きましょう。いつ行くんです?」
「うん。ずばり、今度の三連休ね!」
 こうして、私はヒナタの交渉術の前に屈し、大阪旅行に向かう羽目になった。

 

「今日も、新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は、のぞみ号、新大阪行きです。途中の停車駅は、名古屋、京都、終点、新大阪です。続いて、車内のご案内をいたします。自由席は、1号車、2号車、3号車です。この電車は、全席、禁煙となっております。お煙草を吸われるお客様は、喫煙ルームをご利用ください。普通車の喫煙ルームは、3号車、7号車、15号車、グリーン車の喫煙ルームは、10号車にあります。車掌室は、8号車です。携帯電話は、マナーモードに切り替えるなど、周りのお客様のご迷惑とならないように、ご協力をお願いいたします。Ladies and gentlemen, welcome to the Shinkansen. This is the NOZOMI Superexpress bound for Shin-Osaka. We'll be stopping at Nagoya, Kyoto stations before arriving at Shin-Osaka terminal. Cars 1, 2 and 3 are for the passengers without seat reservations. Smoking is not allowed on this train except in the designated smoking rooms located in cars 3, 7 and 15. The smoking room in car No.10 is for the passengers in the Green Cars. Please refrain from smoking in the train, including areas at either end of the cars. The conductors room is in car No.8. While in the car, we ask that you switch off your mobile phones to silent mode」
 新幹線の旅が続いている。
「もうすぐ富士山が見えるらしいよ」
 ヒナタがパンフレットをみながら呟く。
「え、本当? 私、実物見たことないんだよね」
 アキラが窓に張り付く。
 やがて、それは見えた。興味ないふりをしつつ視線で窓の外を見ていたわたしも、思わず「ほう……」ともらしてしまった。
 その瞬間、ヒナタがニヤリとした気がするのは気のせいだと思いたい。
「あんな半分くらいまで白くなるんだね」
「夏だと全く白くなかったりもするらしいよ」
「へぇ、季節によっていろんな顔を見られるんだね」
 ヒナタがパンフレットをみながら呟き、アキラが感心したように頷く。
「富士山といえばかぐや姫だよね」
 アキラがそう言えば、と話を振る。
「かぐや姫の物語に富士山なんて出て来ましたっけ」
 覚えがなく首をかしげる。
「あぁ。絵本とか童話のかぐや姫だと月に帰る場面で終わるし、帝も出てこないもんね。『竹取物語』だと、月に帰る前に帝に不死の薬を送るんだよ。でも、帝はそれを飲まず、最も天に近い山、つまり最も標高の高い山の頂上でそれを燃やすように指示するんだよ」
「あんな鈍角で末広がりな山がもっとも天に近い山ってなんだか釈然としないよね」
 ヒナタが余計な茶々を入れる。日本人の魂がこもってないのか、こいつは。
「あはは。太宰治の『富嶽百景』の冒頭にもそういうフレーズがあるね。広重や文晁の富士は、鋭角ですらっとした山のようだけど、実際の富士は末広がりな割に鈍角で、低い、のろくさとした山だ、って」
「妥当な評価だねー。やっぱり、良い山ってのは、ベン・ネビス山とかさー」
「イギリスの最高峰の山だっけ? 標高千メートルとかだったかな?」
「なんだ、富士山の方が三倍大きいですね」
 確か三千メートルちょっとのはずだ。
「ほほう、言うねぇ、アンジェ。でも、山は標高が全てじゃないでしょ」
 なんでそんなにイギリスの肩を持つのか。
「あ、でアキラ、その不死の薬がどうしたんでしたっけ?」
「あ、うん。それで、富士山の山頂で不死の薬を焼いたんだって。それで富士山って呼ばれるようになったって、『竹取物語』では語られてるんだよ。もうもうと煙が上がってるのは、その不死の薬がずっと燃えてるからなんだって。当時は活火山だったんだろうね」
「へー。アキラが本をよく読んでるのは知ってたけど、古典も読むんだね」
「『竹取物語』は面白いんだよ。そもそも『竹取物語』は現存する日本最古のフィクション小説だと言われてるんだけど、かぐや姫のおかげで竹取の翁が栄えたって言う長者伝説としての側面や、竹の中から生まれたって言う異常出生、三ヶ月で大きくなって言う急成長、複数の人間に言い寄られるってところとか、さらにそこで無理難題を出すところとか、あと最後に秘密を明かしてさっていくのは羽衣伝説、そして富士山の地名由来を明かす地名起源説話、とか、今の物語でも見られるような典型が詰まってるんだよ」
 それは知らなかった。と言うか、アキラは好きなことについては本当に饒舌だなぁ。
「でもさ、それだったら、実はノンフィクションだったりしたら面白いよね」
「月にも人類がいて、その月面人が竹から生まれて、不死の薬を時の天皇陛下に渡した、と?」
「うん。まぁ、さすがに月に人は住んでないだろうから、そこは多分、外国の暗喩とかかなぁ。それなら標高が高い山に煙をあげるのも狼煙ってことだったのかも」
「確かに日本書紀や古事記の土蜘蛛や鬼は本当は朝廷に歯向かう地方豪族の話、って言われたりするもんね」
 ……いや、むしろ鬼は実在する。……とはいえ、物語と神話じゃ話が違うだろう。神話は曲がりなりにも事実であると言う前提で書かれた話だ。
「んー、それでね、じゃあ何が本当なのかな、って。例えばその土蜘蛛や鬼が地方豪族だったとしたら、本当なのは朝廷がそれを平定して権力を得た、ってことだよね?」
「そりゃ、海外の人間がモテモテになって無理難題を言いつけたのでは?」
「うん。まぁその可能性もあるよね。けどさ、最後にもっと唐突に出てくるものがあるよね」
「つまり、ヒナタは『竹取物語』は不死の薬の実在を示すものだ、と?」
「うん。まぁ、もう富士山から煙は上がってないし、燃え尽きたのかなぁ。それとも……」
 誰かが鎮火して持ち去った?
 ヒナタは何も言わず、富士山を見つめている。富士山からはもちろん煙など上がってはいない。

 

 そして、新大阪で在来線に乗り換えて、梅田駅へ。
「ついたね!」
 隣には梅田ATTIC。確かにここのようだ。
「ところでATTICってなんなんですか?」
「屋根裏って意味の英単語だから、屋根裏部屋ロフトみたいなのを意識してるんじゃない?」
「なるほど」
 何の気なしに発した疑問だが、ヒナタがいい感じの解釈をしてくれた。真実は分からないが、納得感はある。

 その梅田ATTICの隣の毎朝テレビの建物に入る。
 入るとすぐにブースへの案内があって、それに従えば、すぐに入口が見えてきた。
 ヒナタが先頭に立って係りの人らしき人に話をすると、笑顔で迎えてくれた。
「準備するのでしばらくお待ちください」
 と係の人が去って行く。
「別にどうでもいいのですが、このお化け屋敷の舞台設定、どちらかと言うと私達客側の自業自得なのでは?」
「あー、〝私達"がこの女の人が死んだ原因を作ってしまって、それで"私達〟を探して化けて出てるって設定だもんね」
 霊害の分類としては目的型の亡霊に当たる。
「しかも〝私達〟とは関係ない人たちも大勢呪われてきた設定みたいですよ」
 シナリオに〝訪れた人間に対し、「お前じゃない」と言って呪う〟とある。
「まぁ和風ホラーって大なり小なりそんなもんじゃない? 呪いの家にしても呪いのビデオにしても、大体大元は原因があって、けど呪いそのものは割と理不尽に降り注ぐじゃん」
「それは確かに」
「けど、幽霊になっちゃった女の子もかわいそう。別に何も悪いことしてたわけじゃないのに死んじゃって」
「可哀想? 人を大勢呪い殺してるんですよ?」
「それはそうだけど、でも本人だってそうする理由があるわけでしょ? そこに同情するのは許されるんじゃない?」
 つい霊害の事を考えてアキラに反論してしまった。そうする理由があった、か。
「いえ、どんな理由があれ、人を呪い殺すことが正当化される事はありません」
「お堅いねぇ、アンジェは。じゃあ、この物語の中で彼女が死んじゃう理由を作った〝私達〟は?」
「もちろん、許されないでしょう。なんなら、彼女に殺されるべきです」
「へぇ、それって彼女の殺しを正当化してるよね?」
「なっ、そ、れは……、その、復讐はまた、別、と言うか」
「復讐と言う理由であれば、殺すのは正当化されうるの? どんな理由があれ、じゃなかった?」
「いや、それは……」
「まぁまぁ、ヒナタちゃん。感情と理性はまた別だから、分離できるものじゃないよ」
「アキラの可哀想って感情を、呪殺は正当化されないって理性で分離しようとしたのはアンジェの方だけどね」
 悔しいことに、ヒナタの言っている事は正しい。私は自己矛盾を抱えている。
「いえ、ヒナタの言う通りです。アキラの感情を否定できる道理はありませんでした」
「お待たせいたしました」
 謝罪したタイミングで、係りの人が戻ってきた。いよいよ入れる、と言う事らしい。
「あ、その前に写真を撮らせていただいてもいいですか?」
「? 構いませんが」
 なんのために。
「あ、挑戦者の記録のためです最短クリアした人は張り出されるんですよ」
 と、ボードを示してくれる。
「そういうことなら撮ろう! ね、ふたりとも」
 ヒナタがノリノリで応じて、三人で入り口で写真を撮る。
「出た時にも撮って表情の違いを楽しむというのもありますので、また出たときもよろしくおねがいします」
 なるほど、色々あるんだな。
 感心しつつ、いよいよ屋敷の中に入る事となる。

 

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