世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第9章
分冊版インデックス
場所はアメリカのフィラデルフィア。
とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
そこに現れた1匹の蛇。
その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入する
「EDEN」にいるという
解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。
謹慎中、トレーニングをしているところで健は「Team SERPENT」に
「ヴァイサー・イェーガーはチームへの所属を希望しなかった」という事実に不信感を持つ健だったが、そんな折、Lemon社が新型AI「ADAM」と「EVE」を発表する。
この二つのAIは匠海と和美だ、と主張する健。
二人は大丈夫なのか、と心配になった健はもう一度「EDEN」に侵入することを決意する。
止めようとするアンソニーだったが、そこにピーターとタイロンも到着し、健と共に「EDEN」をダイレクトアタックすると宣言する。
ToKのサーバルームに侵入し、ダイレクトアタックを敢行する健たち。
「EDEN」に侵入し、匠海と会話をはじめた直後、予想通り黒き狼に襲われる健だったが、自分のアバターに一つのアプリケーションが添付されていることに気付く。
「
オールドハックを駆使し、黒き狼を撃退に成功するが、健たちの侵入もToKに知られており、健たちはToKから離脱する。
黒き狼は
だとすれば匠海と和美を守りたい一心で「Project REGION」に参画しているはずだ、という健にまずはその事実の確定をしなければいけないとタイロンが指摘する。
しかし、健が匠海の祖父の名が「白狼」であることを告げた瞬間、タイロンとピーターは「確定だ」と判断する。
それならDeityを抑え、黒き狼を説得すれば助けてもらえるかもしれない。
そう判断した三人はタイロンのハイドアウトからまたもToKをハッキング、Deityと黒き狼の捕獲に向かう。
SERPENTが作った綻びを利用し、再度「EDEN」に侵入する健とピーター。
黒き狼が現れるが激闘の末説得に成功、その協力を得て匠海と和美を「ニヴルング」へと転送、ピーターもDeiryを抑え、データの入手に成功する。
任務完了と現実世界に戻る二人、しかしどこで突き止められたかLemon社の私兵がタイロンのハイドアウトに乗り込んできて、三人は拘束されてしまう。
第9章 「打ち砕け、仲間のために」
Lemon社が有する収容施設に連れてこられた三人はそれぞれ独房に収容されることになった。
「あー……畜生め」
壁に備え付けられたベッドに腰かけた健が毒づく。
隣の房にはピーターが、これまたやはりベッドに腰かけて頭を抱えている。
「やべえ……FaceNoteにバレたらクビだ……」
多少の犯罪なら
これは詰んだ、などとブツブツ呟いているピーターだったが、しかし後悔の念はほとんどなかった。
Lemon社に喧嘩を売ったことに関して、「『Team SERPENT』に参加するんじゃなかった」という思いはない。ただ頭の中を回っているのは「どこで特定された」や「オレとしたことが」という言葉だった。
健やピーターが
何とかして脱獄しなければ、と考えつつ、ピーターは向かいの独房に収容されているタイロンを見た。
「おいおっさん、このドアぶち破れないのかよ」
ピーターに声を掛けられたタイロンが面倒そうにピーターの独房を見る。
「ふざけるな、俺を何だと思っている」
「え、めっちゃ強いバウンティハンター」
ドアをぶち破るのくらい楽勝だろ? と続けるピーターに、タイロンはため息をついた。
「……そんな、ハリウッド映画みたいなことを俺ができると思うか?」
「
三年前の実績を持ち出されればどうしようもない。
あれはヴァリアブルハンドガンの
いずれにせよ、四丁所持していたヴァリアブルハンドガンは全て没収されている。健がたまに「五丁の間違いだろ」と茶化してくるがその五丁目が役に立つなら教えてもらいたいところだ。
ロックされたドアを数か所叩き、その音から体当たり等で蹴破れそうな脆さがないか確認する。しかし、そのあたりはちゃんとメンテナンスされているらしく脆さはどこにもない。
「……無理だな。流石にこれを破るには道具がいる」
「探偵なら秘密道具くらいあるだろ。それでちゃちゃっと」
健も会話に割り込んでくるが、そこで看守の「うるさいぞ!」という叱責が飛んでくる。
「静かにしてろ!」
「――あーはいはい」
諦めたように、健がベッドに寝転んだ。
オーグギアをはじめ全ての装備を奪われ、自分たちではどうすることもできない。他の「Team SERPENT」のメンバーが救出に来てくれないか、などと考えてみるが今の状況と健たちの独断専行を考えるとそれも望み薄。
打てる手が何もなく、独房内ですることもなく、健ははぁ、とベッドの上でため息をついた。
「……どうなるんだろ、俺たち」
きょうび、警察機能も
プロジェクトの阻止はやっぱり無理だったのか、と思っていると、廊下の方で複数の足音が近づいてきていることに気が付いた。
取り調べか? と健が体を起こす。
もしそうなら逃げ出すチャンスはあるか。少なくともタイロンなら独房を出された瞬間にその場の全員をぶちのめしてロックを解除することくらいできるだろう。
タイロン、と
ツイていない。タイロンなら言われずとも勝手に動くだろうが、それでもこっそり連絡を取りたい時に連絡ができないという状態はあまりにももどかしかった。
「――こちらです、ドクター・サクラ」
三人の独房の前に、看守の一人が白衣を着た老人を案内する。
「……ドクター・サクラ……?」
看守が老人をそう呼んだことに、健が首を傾げ、そしてあっと声を上げる。
「佐倉……日和……」
「おや、私のことを知っていたか」
六十代には届いているだろうが背筋をピンと伸ばしまっすぐ立つ老人が、そう呟いた。
「しかし、ドクター・サクラがわざわざここに来る必要は――」
看守の言葉を聞く限り、日和はToKをダイレクトアタックしてまで「EDEN」に侵入した
そう判断した健が何をいまさらとばかりに日和を見る。
日和は小声で看守と話しているようだった。
「お言葉ですが――」
まるで日和の提案を拒絶するかのように看守が首を横に振る。
何か交渉しているのか、と健が日和と看守たちのやり取りを見ていると、日和は懐から何かを取り出し看守に手渡した。
「――知りませんよ、どうなっても」
賄賂でも渡されたのか、看守は意外にもあっさりと引き下がる。
「一応、監視カメラで追跡はしていますからね。会話だけは聞かない、というだけですよ?」
「ああ、それで十分だ」
日和が頷くと、看守たちはブツブツ言いながらも独房のあるリアを出て扉を閉め、控室に戻っていく。
それを見届けた日和はちら、と廊下に設置されている監視カメラに視線を投げ、それからドア越しに健たちを見た。
「……さて、これで君たちとじっくり話すことができるね」
「俺たちに何の用なんだよ」
投げかけられる日和の視線をまっすぐ受け止め、健が尋ねる。
「『Project REGION』を阻止しようとする集団、智慧の樹の実をアダムとイヴに食べさせた張本人の名を冠した『Team SERPENT』、ねえ……」
これは面白い、と日和がくつくつと笑う。
「実際、『ADAM』と『EVE』は『
「……何が言いたい」
日和が「Team SERPENT」の存在を知っているのはこの際驚かない。どのタイミングで知ったとしても今回日和がここに来たのは「Team SERPENT」のメンバーを捕らえたとLemon社から連絡を受けたからだろう。
日和もLemon社に強要され、「Project REGION」が抱える「魂の複製」に関わっていた、と健たちは思っていた。本当に日和が強要されているという証左はどこにもない。
もしかすると日和は自分から「Project REGION」に関わることを選択しているかもしれない、もしそうだった場合、匠海と和美の二人をイルミンスールに向けて解き放ったことは日和にとって不都合な展開だったということも考えられる。
実際はどちらだ。Lemon社が二人のデータを無期限保管することを提示したのは事実だろうが、そこで日和はどのような選択をしたのか。
緊張の面持ちで、健は日和の顔を見る。
感情も思惑も読ませぬ、無表情。
――と、その日和がふっと笑った。
「ありがとう、二人を解放してくれて」
『っ!』
日和の言葉に健とピーターが息を呑む。
ありがとう――つまり、日和も白狼と同じく「Project REGION」に賛同することを強制されたということか。
いや待て、油断するな、と自分に言い聞かせつつも健は日和の言葉の続きを待つ。
「私は二人をあのまま死なせたくなかった。だから脳内データをサーバに取得したが、Lemon社に『Project EDEN』の構想を持ちかけられてそれに縋ってしまった。だが、その本意が『Project REGION』にあったのを見抜けなかったのは私の落ち度だ」
悲痛な面持ちで、日和は言葉を続ける。
「和美と匠海君のデータを守るためだけに、私は多くの死者の冒涜に力を貸してしまった。『Team SERPENT』についてはついさっき知ったよ。『Project REGION』を妨害しようとする集団がいる、実際にToKがダイレクトアタックされたと聞いてこれは、と思ったよ」
そう言い、日和は視線を上げて健を見る。
「君は確か――ガウェインだったか。元『キャメロット』の」
「俺のこと知ってるんか」
健が意外そうな顔をする。
確かに、健はスポーツハッキング界ではランカーだったこともあり、そこそこ有名どころの選手であった。しかし、目の前の日和がそこまでスポーツハッキングを観戦しているようには見えないので意外に思ってしまった――のだが。
「あ、そっか、マーリン……」
すぐに思い出す。日和が誰の父親であったかを。
スクリーンネーム「マーリン」、健の元チームメイトであり、当時は世界ランキング一位を我が物としていた和美。そんな娘が出場する試合は見ていただろうし、それならチームメンバーに誰がいるかもある程度は把握していたのだろう。
それに、よくよく考えれば匠海と和美の葬儀の際には一度顔を合わせていたはず。その時に名乗った記憶はないが、健と日和は完全に初対面ではない。
「和美が世話になったな」
「……あ、あぁ……」
日和の言葉一つ一つに注意を払いながら健が頷く。
それはピーターも同じで、ベッドに腰かけたまま顔は日和の方に向けて一挙手一投足を見逃すまいと見つめている。
日和が健の独房に一歩近寄る。
そして、唇だけを動かす。
「――、」
「っ!」
健が目を見開き、日和の顔を凝視する。
「マジで言ってんのか!?!?」
「しぃっ、静かに」
日和が人差し指を自分の唇に当てる。
「監視カメラを見ろ。首は動かすな」
「――え、」
日和の囁き声に、健が恐る恐る視線だけを動かして天井に備え付けられた監視カメラを見た。
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