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世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第1章

 

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    第1章 その名は「Team SERPENT」

 

《その通路の先に二人構えてる、やれるか?》
 髭を蓄えた男の聴覚に声が届き、男はああ、と頷いた。
「何言ってんだおっさん、流石のおっさんも見つからずにあいつらを排除するのは荷が重いだろ」
 男の隣に立つもう一人のツンツンとした茶髪の男が髭の男に指摘、髭の男もそうだな、と頷く。
「攪乱は任せた。SPAMスパムはハッカーの十八番だろ」
「それはもうその通り。っても、俺はSPAMよりオーグギアそのものをぶっ壊す方が性に合ってんだがなあ……」
 そんな軽口を叩きながら茶髪の男が自分の視界にAR表示のウィンドウを展開、数か所タップして通路の先の警備員をロックオンする。
パスは繋いだ、チョロいな」
 そんなことを言いながら茶髪の男はコンソールウェポンパレットを開き、ツールを選択した。
「パラメータは……っと、おっさんが伸してくれるからこんなもんでいいだろ」
「おいガウェイン、そうおっさんを連呼するな」
 髭の男が両手の二丁の銃のモードが非殺傷スタンになっているのを確認しながら茶髪の男をたしなめる。
「えー、タイロン、おっさんじゃねえか」
 ガウェインと呼ばれた茶髪の男も手を止めずに反論する。
「ほらよっと」
 ガウェインがウィンドウに表示されたボタンをタップ、するとガウェインの視界でロックオンしたターゲットに向けてラインが伸び、SPAMを送り込む。
 ぎゃあ、と二人の警備員が頭を抱え、悶絶する。
 視界に投影された光過敏性発作を誘発するフラッシュ映像に加えて聴覚に届く大音量の爆音。
 典型的なSPAM攻撃に警備員たちは成す術もなく無力化され、角から飛び出した髭の男侵入者に対応することができない。
 タイロン、と呼ばれた髭の男が引鉄を引く。
 銃からレーザーが伸び、導電性レーザー誘起プラズマチャンネルLIPCを通った高圧電流が二人に撃ち込まれる。
 電撃によって二人の体が硬直し、ばたりと倒れる。
「ガウェイン、終わったぞ」
 振り返り、タイロンが角に隠れていたガウェインに声をかけた。
「さすがおっさん」
 ガウェインがタイロンの横に立ち、倒れる警備員たちを見下ろす。
「何をしている、行くぞ」
 タイロンが銃を手にしたままさっさと歩き始める。
「待てよおっさん!」
「おたくさん、俺のことおっさん呼ばわりしてるが、おたくさんも十分おっさん予備軍だろうが」
 小走りで隣に並んだガウェインにタイロンがため息交じりに呟く。
 ガウェインと組んで一年ほどになるが、この調子のいい男がもうアラサーの域に入っていることは知っている。
 おたくさんももうすぐおっさんと呼ばれる歳だぞ、などと思いながらタイロンはもう一人のナビゲートを受けながら奥へと進んでいた。
 途中見かけた警備員はガウェインのSPAMを利用しつつ昏倒させ、やがて「サーバルーム」と記載された部屋の前に到達する。
「ガウェイン、できるか?」
「俺をなんだと思ってんだよ、一分で開けてやらぁ」
 ガウェインがウィンドウを展開、サーバルームのロックシステムに侵入する。
 トラップをかいくぐり、セキュリティを無効化して施錠状況を【Lock】から【Open】に変更する。
 宣言通り、一分弱でロックを解除したガウェインがドアの横に立ち壁を軽く叩く。
「おっさん、できたぞ」
「だからおっさんと呼ぶなと」
 そんな会話を交わしながら二人がサーバルーム内に侵入する。
 が、タイロンは入ってすぐのところで立ち止まり、室外の廊下を警戒する。
 ガウェインのみがサーバルームの奥へ進み、最奥の集中端末の前に立つ。
「さぁて、やりますか……」
 指をポキポキ鳴らし、ガウェインが気合を入れる。
 このご時世、ハッキングはネットワークにさえつながっていればどこからでも行うことはできる。
 当然、ガウェインが発見の危険を冒してまでサーバルームに来る必要はない。
 しかし、どれほどの優秀なハッカーであっても現地に赴かなければ侵入できないコンピュータは存在する。
 それは――。
「まぁ、最重要機密事項ならネットワーク未接続スタンドアロンのPCに保存するわな……」
 グローバルネットワークに接続されていないコンピュータには直接接続しないとアクセスできない。
 近年は量子通信の普及によって電波暗室にコンピュータを置いておけばアクセスされないという安全神話も崩れ去っており、特に重要なデータ、外部に漏れてはいけないデータを保管しておく専用のコンピュータが設置されていることが多い。
 ガウェインが右耳に装着したデバイスにケーブルを挿し、もう片方の端を集中端末のポートに差し込む。
 視界に幾つものウィンドウが展開し、ガウェインは素早く指を動かしてセキュリティを回避、サーバに保管されたデータにアクセスする。
 データ閲覧のためにARモードからフルダイブVRモードに変更、視界が瞬時に巨大な書架へと切り替わり、ガウェインの姿も黄金の鎧をまとった騎士の姿へと変化する。
「さて、と……ルキウス、見えてるか?」
 ぐるりと書架を見回し、ガウェインが通信中のナビゲーター――ルキウスに声を掛けた。
《ああ、見えてる。俺も行くから少し待ってろ》
 ルキウスが返答、直後、ガウェインの隣に豪奢な鎧をまとった皇帝が出現した。
「いやー、最新のオーグギアは凄いな、ブースターがあればオーグギア経由で複数人同じエリアに出現できるんだもんな」
 隣に立つ豪奢な鎧のアバター――ルキウスにガウェインが感心したように呟く。
「なに感心してんだよ、さっさと探すぞ。確かアイツの話だと去年あたりから動きが活発化してる、だったよな」
 探すのも去年のアーカイブをメインエリアに絞ればいいか、とルキウスが検索ツールを展開する。
 必要データを入力、検索を開始すると、検索ツールは一羽のハクトウワシへとその姿を変化させ、書架を飛び回り始めた。
 ガウェインも自分が所持する検索ツールで検索を開始、二人で該当のデータを探す。
 時間にして数分もかかっただろうか。
 ハクトウワシが書架の一つに急降下し、その鋭い鉤爪で対象のデータを捕える。
「ビンゴ! ガウェイン、そっちに転送する」
 ルキウスが素早くハクトウワシを回収、その鉤爪に掴まれたデータをガウェインに転送する。
「やっぱお前の検索ツール狩人の眼はすげえな、セキュリティ回避しながらでそのスピードかよ」
 検索スピードだけで計算すると、ルキウスの「狩人の眼」による検索スピードはガウェインが使用したツールの数倍を誇る。
 ガウェインのARウェアラブルデバイスオーグギア外部演算デバイスブースターを経由して、処理能力は落ちているはずなのにそのスピードで、ガウェインはルキウスの魔術師マジシャンとしての能力の高さに称賛を送らずにはいられなかった。
 もちろん、ガウェインも魔術師としては界隈トップクラスの実力はある。
 かつては世界最強と言われたスポーツハッキングチーム「キャメロット」に所属していたナンバーツーなのだ。
 尤も、その「ナンバーツー」は自称ではあったが。
 そして、ルキウスもまた、かつてはスポーツハッキング界のランキング上位常連チーム「エンペラーズ」の一員として腕を振るっていたスポーツハッカーだった。二人はスポーツハッキング大会の決勝での対戦経験もあるほどには見知った相手であり、ライバルだった。
 そんな二人が今、スポーツハッキングとは真逆のハッキングで施設のサーバを攻め、データを盗み出そうとしている。
 二人とも、スポーツハッキング界から引退して久しい。大会優勝などの数々の栄光は捨て去り、今この場にいる。
 ガウェインがデータを受け取り、ルキウスに頷いてみせる。
「じゃあ、オレは引き続き館内のセキュリティ監視に戻る。お前は離脱前にデータの確認を頼む」
「了解。流石に俺経由のままじゃリソースがいくらあっても足りないからな」
 ガウェインの返事を聞き、ルキウスが小さく頷く。
 ガウェインを経由した遠隔フルダイブを解除、ルキウスのアバターが光の粒子となって掻き消える。
 残されたガウェインは受け取ったデータを展開、表示された各種データ――何かの取引帳簿に目を走らせた。
「やっぱSERPENTサーペントの言葉通りだな。うまいこと隠されているが裏金の取引記録がばっちり収録されてるぜ」
 楽しそうにデータを確認するガウェイン。
「大丈夫だ、このデータで間違いないようだ」
《だったらさっさと戻ってこい。セキュリティ止めてるの、そろそろバレそうだ》
 施設のセキュリティにアクセスし、ガウェインたちの侵入を遅らせていたルキウスが大して焦った風でもなく報告する。
「多少は心配しろよ~」
《まぁ、お前らならそこを脱出することくらいわけないだろ》
 ガウェインの抗議にルキウスが全く心配したそぶりもなく一蹴する。
《捕まりたくなかったらさっさと脱出しろ。俺にできることはここまでだからな》
「はいはい――っと。おっさん、警備は任せたぞ」
「ああ、お客さんだ。思っていたより早かったな」
 扉の影に身を隠しながら、タイロンが毒づいた。
 マジか、とガウェインもその隣で身を隠し、扉の外を見る。
 そこには複数の警備員が集まっていた。
 銃を手に、サーバルームの出入り口を取り囲むように身構えている。
 最前列は防弾盾バリスティックシールドを持った警備員が構えており、撃ち合いになったとしても犠牲者が出ないように、と配慮されている。
 まぁ、こちらの犠牲は考慮してないんだろうがな、とタイロンが考えつつどうする、とガウェインに尋ねる。
「どうするもこうするもここを抜けなきゃ帰れんわけだが」
「SPAM送れるか?」
 ざっと確認したところ、相手は十数人。狭い通路に密集しているようにも見える。
 それならガウェインのSPAMで一網打尽にできる……と、タイロンは思ったのだが。
「流石に一度に十人超えはきっついなあ……しかもバレてんだろ? 枝付けるのと対策される、のいたちごっこだぞ」
 ルキウスから共有されたウィンドウを開き、警備の状況を確認しながらガウェインが唸る。
 オーグギアをハッキングする対人戦の場合、「相手に気付かれる前に暗殺ステルスアタックする」のがこの時代のハッカーこと魔術師マジシャンの常套手段である。
 もちろん、相手がハッキングの知識のない素人であれば知られていても侵入はたやすいが、流石に十人以上を相手にすれば必ず気付かれるし同時進行で対策もされる。データリンクでも構築されていようものならほぼ同じタイミングでハッキングしない限り、データリンク経由で解除されるだろう。
 まずいな、とタイロンが呟く。
 タイロンはハッキングに疎い反面、白兵戦に強い。しかし一人で十人超えを相手にするのは骨が折れる。ましてや白兵戦ができないガウェインを庇いながらとなると苦戦は必至だろう。
 しかし、ネガティブな発言ばかり口から飛び出しているにもかかわらず、二人の口元には余裕の笑みすら浮かんでいた。
 この程度なんとかなる、と言わんばかりの様子に、駆けつけた警備員が声を上げる。
「投降しろ! 抵抗しなければこちらも悪いようにはしない!」
「……ってさ、おっさん。どうする?」
 ニヤニヤとしながらガウェインがタイロンを見る。
 タイロンもニヤリ、と不敵な笑みを浮かべながらガウェインを見た。
「SPAMは使えずとも、おたくさんには手があるだろうが」
「それはそう。AAAトリプルエーから貰ったガジェットのお披露目でもするか?」
 そう言いながら、ガウェインは背負っていたリュックサックを下ろし、ジッパーを開く。
 中に手を突っ込み、取り出したのは――金属でできた蜘蛛のような数体のガジェット。
 その背に描かれ、樹に巻き付く蛇のエンブレムに「あいつ、こんなもの付けやがって」と呟きながらガウェインはガジェットを床に下ろし、起動した。
 ガウェインの視界に幾つものウィンドウが展開し、蜘蛛型ガジェットのカメラアイの映像を映し出す。
「……んじゃ、やりますかねえ……」
 制御用のウィンドウを開き、ガウェインは【Launch】と表示されたボタンをタップした。
 一斉に蜘蛛型ガジェットが起動し、カメラアイにセットされたLEDが紅く光る。
「ほいっと、いってらっしゃい」
 蜘蛛型ガジェットにガウェインが手を振る。
 カサカサと蜘蛛型ガジェットが走り出し、開かれた扉から廊下へと飛び出した。
!?!? なんだ!?!?
 出てきたのが侵入者ではなく、幾つもの蜘蛛型ガジェットで、警備員たちが驚きの声を上げる。
 このような状況、特殊部隊など場慣れした人間なら即座に蜘蛛型ガジェットを撃つ、といった反応ができただろう。
 しかしこの場にいた警備員たちはあくまでも施設内を巡回して見かけた、あるいはデータリンクで共有された侵入者を排除するという受け身の対応しかできなかった。見たこともない不気味なロボットがいくつも飛び出して来たらそれはそれで驚き、反応が遅れてしまう。
 それでもこの警備員たちは優秀だった。
 ほんの一瞬硬直したもののすぐに「あれは敵だ」と認識し、蜘蛛型ガジェットに銃を向ける。
 数発の銃声、直後、床に幾つもの弾痕が刻まれる。
 しかし、蜘蛛型ガジェットの反応速度は警備員たちの想像をはるかに上回るものだった。
 銃声と同時に、いや、発砲される直前にその八本の足で斜め前方に跳び、全ての蜘蛛型ガジェットが銃弾を回避する。
 何、と警備員たちがさらに発砲する。
 だが、蜘蛛型ガジェットは難なく銃弾を回避、あっという間に警備員たちとの距離を詰めた。
 壁や防弾盾の隙間を通り抜け、蜘蛛型ガジェットが警備員に取り付く。
 次の瞬間、蜘蛛型ガジェットがスタンガンのように放電、警備員の一部を昏倒させた。
「おっさん、今だ!」
 蜘蛛型ガジェットによる攻撃にかき乱された警備員たちを見てガウェインが合図を送る。
 ガウェインの合図を待つことなく、タイロンもサーバルームから飛び出した。
 タイロンの両手に握られた二丁の可変拳銃ヴァリアブルハンドガンの銃口が警備員を捉え、レーザーと共に電撃を放つ。
「二人!」
「残りは四! いけるよな?」
 タイロンのカウントと同時にガウェインも蜘蛛型ガジェットからの映像で残りの警備員の数を確認する。
 蜘蛛型ガジェットの被害に遭わなかった四人の警備員がタイロンに銃を向ける。
「遅い!」
 そのうちの一人に肉薄し、タイロンは鳩尾に拳を叩き込んだ。
「がはっ!」
 重い一撃に警備員がその場に頽れる。
「三人!」
 そう言いながら、タイロンはチャージの終わった銃をそれぞれ別の警備員に向け、発砲。
 電撃がさらに二人の警備員を昏倒させる。
「くそっ!」
 残りは一人、いくらタイロンの動きが素早くとも、複数人を相手にしていてはどうしても隙が生まれる。しかも、非殺傷スタンモードのヴァリアブルハンドガンはチャージ中。
 肉弾戦で沈めるにはほんの少し遠い位置にいる警備員。
 った、と警備員が確信したその瞬間。
 カサカサと警備員の肩で何かが動いた。
!?!?
 視線だけを動かすと、肩には一体の蜘蛛型ガジェットが取り付いている。
 蜘蛛型ガジェットは前脚を伸ばし、警備員の首へ当て――。
「ぎゃああああああ!!!!」
 全身を駆け巡る高圧電流に、警備員が絶叫、その場にばたりと倒れ込んだ。
「ほい、一丁上がり!」
 警備員たちが全員昏倒したことを確認し、ガウェインが声を上げる。
「さすがAAAのガジェットだな。やっぱオタクギークは違うや」
 ガウェインがサーバルームから出てきてタイロンの隣に立つ。
 蜘蛛型ガジェットがその彼に付き従うように足元に集合する。
「それじゃ、脱出しますかね」
 呻く警備員たちを尻目に、ガウェインとタイロンは走り出した。
 ルキウスによる施設内マップのナビゲートに従い、非常口に出る。
 非常口から外に逃れ、周りに誰もないことを確認し、ガウェインは自分の周りの蜘蛛型ガジェットを回収した。
 全てリュックサックに収納し、施設の敷地外へと出る。
「じゃあおっさん、後でいつもの場所に」
 ビルに挟まれた路地に出たところでガウェインはタイロンに手を振った。
「ああ、また後でな」
 ガウェインと反対方向に歩き出すタイロン。
 それを見送ることなくガウェインも表通りに出て、何事もなかったかのように歩き出した。
 往来の人々の中に、ガウェインが溶け込んでいく。
 アメリカは第三の世界樹「Treeツリー ofオブ Knowledgeノーレッジ」のお膝元、フィラデルフィアのとある街。
 先ほどまで、ついそこの施設に侵入者がいて、まんまと情報を盗み出したということを、誰も知らない。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 橋の下に、そのコンテナは打ち捨てられたように置かれていた。
 スプレーで落書きされ、誰も気に留めないようなそれに一人の男が歩み寄る。
 ツンツンとした茶髪の男――ガウェインがコンテナの前で足を止め、扉にそっと手を触れる。
 ――と、ガウェインの視界に【Open】の文字が浮かび上がり、ロックが解除される音が聴覚に響いた。
 周りに誰もいないことを確認し、扉を開ける。
 中に入り、すぐに扉を閉める。
 入ると同時、樹に巻き付く蛇のエンブレムとその下に「Team Serpent Quantum Intra Network」と表示される。
「ガウェイン、遅かったな」
 先に到着していたのだろう、デスク前の椅子に腰を下ろしていたタイロンがガウェインにそう声を掛けた。
「おっさん、早かったな」
「まあな。この辺りは庭だ、最短ルートくらい把握している」
 探偵業本業であちこち回っているからな、と続けるタイロンにガウェインはさすが、と口笛を鳴らす。
 このコンテナはガウェインとタイロンがよく「仕事」で利用するハイドアウトだった。
《十人ちょっとくらいではお前らは止められないってか。お疲れさん》
 ガウェインとタイロンの会話にその量子独立ネットワークイントラネットの内部にいるルキウスも通信で会話に加わる。
「おう、ルキウスもお疲れさん」
 ガウェインも通話の向こうのルキウスに片手を挙げ、労うともう一人が会話に加わってきた。
《なんだ、俺のことは放置かよ》
 通話ステータスの顔写真アイコン、「ルキウス」と書かれた金髪の男の隣に、「アンソニー」と名前が表示され、さらに赤毛の少年の顔が映し出される。
「おう、AAA、お前も来たか」
 これがこのハイドアウトを利用する理由。アメリカ各地にこのハイドアウトは設置されており、そのハイドアウトの内部にいる人間だけがハイドアウトの内部にいる人間同士で会話するための量子イントラネットに接続出来るのだ。
 アメリカ全土のハイドアウトだけを量子イントラネットで繋ぐなどどういう仕組みなのかこの会話に加わっている天才ハッカー二人を持ってしても分からないが、彼らの出資者兼情報提供者により提供されている技術の一つだ。
「と、そうだそうだ」
 タイロンが椅子を使っているため、コンテナ内に設置された簡易ベッドに腰かけ、ガウェインがリュックサックから蜘蛛型ガジェットを取り出す。
 床に置かれた蜘蛛型ガジェットはカサカサと移動し、それぞれ割り当てられた充電ドックに入っていく。
「AAA、お前のガジェットなかなかやるな」
 充電ドックに入っていく蜘蛛型ガジェットを見ながら、ガウェインが「アンソニー」と名前が表示された少年を褒める。
《ふふん、SERPENTの資金提供のおかげで最新のアクチュエータとかたっぷり買えたからな。気に入ってもらえて嬉しいよ》
 そう言い、ガウェインに「AAA」と呼ばれた少年――アンソニーがはにかんだ。
少々大人びたところがあり、電子工作に関してはガウェインやルキウスですら知識の及ばないところを歩くアンソニーだが、こうやって笑った様子が窺えると高校生らしい年相応さが垣間見える。
「ああ、AAA、今データを送る」
 ガウェインがウィンドウを開き、アンソニーに先程施設から入手したデータを転送する。
《了解、ガウェイン。ところで――俺のことAAAって呼ぶの、親とか一部の友人だけだし教えた記憶もないんだが》
 データの転送時間に、アンソニーがふと、ガウェインに尋ねる。
「なーに言ってんだ、Anthonyアンソニー・A・Avaryエイヴァリー、イニシャル全部AなんだからAAAになるだろうが。それに俺はお前のこと信用してるからな、親愛の証だ」
 がはは、とガウェインが豪快に笑う。
 なるほど、とアンソニーが納得したように頷いた。
《信頼してもらえると俺も嬉しいよ》
「まぁ、こんなおっさんばっかりに囲まれちゃ色々気を使うだろうが、俺たちは気にしないから気楽にしてくれ」
 ガウェインとしては「仲間なんだから気負わずに頼ってくれ」というつもりだったのだろうが、その言葉を聞いたタイロンが渋い顔をする。
「なんだよタイロン、渋い顔して」
「……お前、自分がおっさんだという自覚あったんだな」
 タイロンの言葉にガウェインが「なんだよー」と反論する。
「AAAからすりゃ一回りくらい年齢違うだろうが。おっさん扱いされてもしゃーねーって」
「……はぁ」
《おい、無駄話している時間はないぞ》
 おっさん談義を始めた二人をルキウスが止める。
 あっ、と話をやめたガウェインとタイロンがアンソニーのアイコンを見た。
《データをSERPENTの解析ツールで確認した。やはり、『Projectプロジェクト REGIONレギオン』の実在性を証明するに値するものだった》
 そう言いながらアンソニーがウィンドウを操作、ガウェイン、タイロン、そしてルキウスにデータを転送する。
 三人の視界にいくつかのウィンドウが開き、裏金の動きなどがグラフとして可視化される。
「『Project REGION』なんてただの与太話だと思ってたんだがなあ……こうやって実在性を証明されるとマジかよ、って思えてくる」
 グラフに視線を投げたガウェインが唸る。
 「Project REGION」。今、ガウェインたちが追っているとある計画の名称ではあるが、ガウェインとしてはにわかには信じられないものであった。
 だが、こうやって実際に、しかも極秘裏に展開されていると証明されてしまうとその存在を疑うことができなくなる。
 ううむ、とガウェインが唸っていると、四人の目の前で空間が揺らぐようなエフェクトと共に一匹のサーペントが姿を現した。
『だから与太話ではないと言っているだろう。「Project REGION」は実際に計画され、極秘裏に進められている。尤も、今回のデータ解析でそれが完全に証明された、ということだがな』
 ネオンカラーのラインが光り、金属光沢を持ったデジタルデザインの蛇が舌をちろちろさせながら四人に言う。
 この蛇は四人にしか、いや、この量子イントラネットにアクセスすることを許された人間にしか見えていない。
 このハイドアウトをはじめとした量子イントラネットにアクセスすることが許された人間の前だけに姿を現すこの蛇には実体は存在しない。あくまでもオーグギアを経由して表示されるAR体に過ぎない。
 それでもこの蛇のテクスチャやシェーダーは精巧に作られており、現実に出現したのではないかと錯覚させるほどリアルであった。
「おいでなすった。……まぁ、これだけ証拠を突き付けられちゃ疑うことはもうできねーよ」
 蛇に向かってガウェインがぼやく。
「なんと言うか……SERPENT、お前が『Project REGION』を阻止したいからチームに入れとスカウトしてきてさ、今まで色々調査してきたけどここまではっきりとした証拠は掴めなかったんだ。完全にあり得ないと疑ってたわけじゃないが、それでも俺やタイロンが命賭けるに値するものかどうかなんて何回思ったか分からないぞ」
 まだ完全には信じることができていないようなガウェインの声に、「SERPENT」と呼ばれた蛇はため息を吐いた……ようだった。
 SERPENTの身体を構築するデータが揺らめき、まるでため息を吐いたかのように見せる。
『私も独自のネットワークで調査はしているのだがな……「Project REGION」は実際に遂行されている。しかし、Lemonレモン社は巧みに情報を隠蔽して、私の追跡を逃れている』
「ってか、それだよ。マジでLemon社が関わってんのか?」
 SERPENTの言葉にガウェインが半信半疑の声を上げる。
 Lemon社と言えばこの世界に君臨する四大巨大複合企業メガコープの一社である。
 一九八〇年代に独自のOSを搭載したコンピュータをリリースし、二〇〇〇年代には当時全く新しい携帯電話「lPhoneエルフォーン」を販売、一躍脚光を浴びて世界に君臨する企業の一つとして上り詰めた。
 そんなLemon社も現在ではオーグギア「lGearエルギア」をフラグシップ機として販売しており、全世界のオーグギアユーザーのかなりの数がlGearユーザーとも言われている。
 Lemon社は他にも様々なICT機器なども手がけており、二一二六年には世界で三本目の「世界樹」と呼ばれるネットワークインフラ基幹サーバ「Treeツリー ofオブ Knowledgeノーレッジ」、通称「ToK」を建造、オーグギアが普及し、より密度の増した量子ネットワークを強固なものとするべく稼働している。
 そのLemon社が極秘裏に「Project REGION」を進めているというのは穏やかな話ではない。
 少なくともSERPENTはそうガウェインたちに訴えかけていたが、ガウェインが半信半疑だというのも無理はない話なのである。
 何故なら――。
「Lemon社が『魂のデジタルコピーを企んでいます』と言われてハイそうですかと言えるか? そもそも魂って、俺たち人間に宿ってるものだろ? それをデジタルコピーするとか言われてもピンと来なくて」
 ガウェインが、いや、恐らくは他のメンバーも半信半疑であろう「Project REGION」の内容。
 それが、「魂のデジタルコピー」だった。それも、コピーした魂を兵器運用のためのAIにしようと言うのだ。
 SERPENT曰く、「Lemon社は人間の脳内データをデジタルデータとして収集している。それは魂のデジタルコピーに他ならない」ということ。
 あまりにも突飛すぎる内容に、ガウェインは「Project REGION」自体は実在すると今回の調査で信じることとなったが、それでも魂のデジタルコピーに関しては信じられない。
 だが、SERPENTはガウェインたちの不信をよそに一つの例を提示する。
『何度でも言うが、魂のデジタルコピーに関しては実例がある。ToKが運営している巨大仮想空間メタバースEDENエデン」、それが魂のデジタルコピーの証明となる』
「あんな一部の人間にしか入れない巨大仮想空間メタバースを根拠に出されてもなぁ……」
 SERPENTの言葉にガウェインがため息交じりに呟く。
 ToKが運営している巨大仮想空間メタバース「EDEN」。それはガウェインだけでなくここにいる全員が知っているサービス名だ。かのLemon社のサービスなのだから当然だろう。だが、同時にここにいる全員がその明確な詳細を知らなかった。
 なぜならば、「EDEN」は「特定の条件」を満たした人間しか入れない、特殊な巨大仮想空間メタバースだからである。
 「特定の条件」は知っている。「死を間近にした人間、そしてその家族」だ。
 「EDEN」は「End of Death Eeternity Network」の略であり、死が間近に迫った人物の脳内データをサーバに抽出し、「EDEN」内にアバターとして再現、遺された家族がそのアバターと交流するために用意された巨大仮想空間メタバースである。
 遺族が死んだ家族と会うことができる、と人気を博しており、申込者は多いと聞く、が。
「あんなの入った事ない人間からしたら都市伝説みたいなもんだしなぁ」
『なぜ疑う? 「EDEN」の第一号被験者はお前の友人だろう』
「それはそうなんだが……」
 SERPENTの言うところの「お前の友人」。
 あれはもう十年ほど前になる。ガウェインは友人であり仲間だった二人の人間を一つの事故で喪っていた。
 そして、その二人のうちの片割れにしてガウェインが所属していたチームのまとめ役でさえあった永瀬ながせ 和美かずみの父である佐倉さくら 日和ひよりはEDENの技術最高責任者として知られており、その一号被験者が彼の実の娘とその夫である、と言う話は娘とその夫の名前こそ公表されていないが有名だ。
 事故で死んだ実の娘とその夫を第一号被験者にするあたり恣意的なものを感じる上にそんなよくできた話があるか、とガウェインは考えていたが、時期や状況を考えるとあり得ない話でもない。
 人間の脳内データの抽出にはどうしても人体実験が必要となる。当然、倫理委員会の反対もあったはずだ。
 それでも日和が「自分の娘の記憶データを霧散させたくない」と独断専行して既成事実を作り、倫理委員会を説き伏せたと考えるのは美談として世に広まっている。
 とはいえ、やはりEDENに入り、二人に会った事があるわけでもない。ガウェインには結局、実感のない話であった。
「おたくさん、よくその話を何度も繰り返せるねえ……」
 ガウェインとSERPENTの会話に、タイロンが呆れたように呟く。
 だってよ、とガウェインが口をとがらせる。
「何回言われても納得できねえよ。和美さんマーリン匠海アーサーが親のコネでEDEN入りした、しかもそのEDEN絡みでキナ臭いことやってるってさ……」
 何度も繰り返した話をガウェインが再度口にしようとし、それを遮るかのようにルキウスが咳払いした。
《とにかく、だ》
 口を挟んだルキウスが言葉を続ける。
《確かに、SERPENTは謎が多い。俺やガウェインのような魔術師マジシャンが全力を出しても、その中身が未だ不明な程度にはな》
 だが、とルキウスが続ける。
《少なくともSERPENTのこれまでの情報に嘘はない。その内容はともかく、『Project REGION』と言う秘密計画の実在も明らかになった。なら、SERPENTに集められた『Team SERPENT』として、やることはこれまで通り続けるだけだろ?》
「だな」
 ガウェインがその言葉に頷く。
「俺達なら出来る。三年前の『木こりのクリスマスランバージャック・クリスマス』を三人で阻止した時みたいにな」 
 ガウェインの言葉に、タイロンと、画面越しのルキウスが頷く。
《あの、この場には俺もいるんだけど》
 置いてけぼりを喰らっていたアンソニーが強引に割り込み、ガウェインは「そりゃ勿論」と頷いた。
「おう、勿論AAAも、他の会ったことないSERPENTのメンバーも、みんなでな!」
 SERPENTには謎が多い。それでも、これまで何度か交流したTeam SERPENTのメンバーは全員頼りになる人間揃いだった。
 このメンバーなら必ず、「Project REGION」の証拠を固め、Lemon社を告発出来る。ガウェインこと山上やまがみ たけしには不思議と確信があった。

 

To Be Continued…

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