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世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第6章

 

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 場所はアメリカのフィラデルフィア。
 とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
 ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
 ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
 そこに現れた1匹の蛇。
 その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
 SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入するたけし(ガウェイン)とタイロン。
 「EDEN」にいるという匠海たくみ和美かずみが気がかりで気もそぞろになる健だったが、無事データを回収する。
 解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
 そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
 「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
 辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。
 謹慎中、トレーニングをしているところで健は「Team SERPENT」に亡霊ゴースト魔術師マジシャンである「白き狩人ヴァイサー・イェーガー」が在籍していないことに疑問を持つ。
 「ヴァイサー・イェーガーはチームへの所属を希望しなかった」という事実に不信感を持つ健だったが、そんな折、Lemon社が新型AI「ADAM」と「EVE」を発表する。
 この二つのAIは匠海と和美だ、と主張する健。
 二人は大丈夫なのか、と心配になった健はもう一度「EDEN」に侵入することを決意する。
 止めようとするアンソニーだったが、そこにピーターとタイロンも到着し、健と共に「EDEN」をダイレクトアタックすると宣言する。

 

 
 

 

    第6章 「魔導士の種ソーサラーズシード

 

 視界が一瞬揺らぎ、次の瞬間には二人はTree of KnowledgeToKの中にいた。
 シンプルかつ剛健な鎧を身にまとったガウェインと皇帝を思わせる豪奢な鎧を身にまとったピータールキウスがそれぞれ剣を抜く。
「やりますかね、ルキウスさん」
 剣をくるくる回し、健がピーターに声をかける。
「セキュリティ周りサポートは任せろ。同じところに侵入するのに二人がかりでセキュリティに穴を開けるより一人でやった方が効率がいいし万が一の対処に一人が専念できるから有利になる」
 ウィンドウを開き、ツールを操作し始めるピーターに健は応、と頷いた。
「じゃあセキュリティは任せた。おっさん、VRモード中の俺たちは全く動けないから警戒よろしく」
《だからおっさんと言うなと。とにかく、警戒は任せろ。何かあったらすぐ呼ぶ》
 通信越しにタイロンが返答する。それに対し、健が頼んだぞ、と追加する。
「最悪、ケーブル抜いてくれてもいい。VRモードなんてオーグギアを通じて感覚を合わせてるだけで魂をToKに送り込んでるわけじゃないからな」
 視界に映り込む巡回botに視線を投げながら健が呟く。その巡回botがピーターのハッキングにより二人に気付いていないかのように通り過ぎていく。
 相変わらずのピーターの手際の良さに健が小さく口笛を吹いた。
「やっぱセキュリティはお前に任せるに限るわ。まぁ俺だってできないことはないがやっぱりこう、『万物灼き尽くす太陽の牙ガラティーン』振り回してる方が性に合ってる」
「……お前、それでよく世界ランク一桁行けたよな……」
 健の発言にげんなりとしながらピーターが周辺のマップを作製する。
「ほら、『EDEN』までのルートだ。今回はもう認証なんて通さねえ、裏口を使う」
 セキュリティの穴はあった、オーグギアのキャリブレーションデータのサーバよりはぬるかった、など言いながら健にマップデータを転送する。
「サンキュ。持つべきものは相棒だな」
 転送されたマップを確認し、健は相変わらずのピーターの細かさと正確さに舌を巻いた。
 ピーターの言う通り、健のスポーツハッカーとしての実力は世界ランク一桁台に到達しただけあって確かなものである。しかし、スポーツハッキングはあくまでもゲーム、相手のオーグギアを爆破してしまえば何とでもなる、というものである。勿論、対戦相手のオーグギアを破壊した場合は半額弁済というペナルティが存在する。それでも健は実家が太かったこともあり、多くの対戦相手のオーグギアの残骸を踏み越えてのあの結果ということは本人が一番よく分かっていた。
 とはいえ、いくら健が相手のオーグギア破壊の常習犯だったとはいえセキュリティを掻い潜るのが苦手なわけではない。オークギアの破壊のためにはまずそのセキュリティに取り付く必要があり、それを打ち破ってこそはじめてできるものだったからだ。
 だから健がセキュリティの突破を苦手としているかと言うとそうではなく、逆に突破力の高い魔術師マジシャンであるのは誰もが、そう、ピーターも認めるところだった。ただ、スポーツハッキングでは「相手に悟られずに」ハッキングするよりも多少強引にでも突破する突破力を求められるからピーターのような緻密なハッキングを行う魔術師マジシャンが出現した場合、「気付けばDDoS喰らってました」などという事象が後を絶たないだけである。
 健とピーターが対戦した時はどうだったかというと、互いにVRモードで殴り合った結果、ピータールキウスの「凍てつく皇帝の剣フロレント」の凍結能力がガウェインの「万物灼き尽くす太陽の牙ガラティーン」を上回り、軍配はピーターに上がった、という展開だったが。
 いくらピーターが緻密なハッキングを行うと言っても健ほど大雑把な人間を前にすれば殴り合うのが手っ取り早い、というものである。そのため、健がピーターの緻密なハッキングを知ったのは「木こりのクリスマスランバージャック・クリスマス」の時である。それで思ったのだ。
 「だからイルミンスールのカウンターハッカーとしてヘッドハンティングされたのか」と。
 ピーターには言っていないが、健はピーターがイルミンスールのカウンターハッカーとしてヘッドハンティングされたことを密かに喜んでいた。妬みも何もない、ただ純粋に、自分のことのように嬉しくて、
「俺の好敵手ライバルはイルミンスールのカウンターハッカーなんだぞ」と自慢して回りたくてうずうずしたほどだ。尤も、そんなことをすればピーターの身バレにもつながるし迷惑が掛かると思ってしていないが。
 それほど、健にとってピーターは大切な仲間でありライバルであり魔術師マジシャンだった。「ランバージャック・クリスマス」の際は「犯罪行為はしたくない」と言いつつもそんな綺麗ごとで世界が救えるわけがないと数多くの違法行為を繰り返し、テロを阻止した。それ以来一皮剥けたのか、「Team SERPENT」にスカウトされてからは普通に違法なハッキングを行って健たちをサポートしてくれている。
 そんな経緯があり、今こうやって隣に立ってToKの攻撃に協力してくれるピーターを健は頼もしく思っていた。ピーターがいなければ今頃サーバールームに到達することすらできずに逮捕されていたかもしれない。
 ピーターに感謝しつつ、健は周囲に警戒を払いながら歩きだした。
 対ハッカーのための巡回botはピーターが全て欺瞞してくれている。タイロンから連絡が入らないことを考えるとまだ侵入の初期発見はされていないらしい。
 今までのハッキングならこのままサーバの中枢まで何の障害もなく進むことができただろう。
 しかし、ここは世界樹メガサーバTree of KnowledgeToK」。世界のネットワークインフラを支える四本の世界樹のうちの一本がそんなぬるいセキュリティであるはずがない。
 ……そう、ピーターが務めるイルミンスール、いや、他の二本、ユグドラシルやGougle World TreeGWT同様、世界樹を守るためのハッカー、ハッカーに対抗するためのハッカーが存在する。
 カウンターハッカーと呼ばれる彼らはその誰もがハッカーとして超がつくほどの一流である。その多くがスポーツハッキングで優秀な成績を収めた競技魔術師スポーツマンかその逆、世界樹に攻撃を仕掛け、その脆弱性を暴き出した犯罪者クラッカーである。世界樹を落として世界を混乱に陥れようとするような悪しき心を持った人間は流石に採用されないが、世界樹の脆弱性を暴き出したうえでそれを警告したり最深部まで行ってわざと逮捕されたような人間は各企業が司法取引を行い、カウンターハッカーとして雇い入れる。そのような犯罪行為を経由して採用されたカウンターハッカーは「犯罪者枠」として扱われ、様々な制限が課せられるがそれでも給料や待遇は一般枠とそう変わりなく、腕に自信のある魔術師マジシャンは目標の一つとして世界樹を攻めるとも言われている。
 今回、もし俺が逮捕されたら司法取引してくれたりしないだろうか、などと邪な考えを持ちつつも健はToKの通路を奥へ奥へと進んでいく。
 勿論、匠海と和美が「Project REGION」に利用されるのは嫌である。だが、世界樹ほど運営母体が巨大な企業となるとカウンターハッカーとしての待遇は非常にいい。アメリカのエンジニアの平均年収の2~3倍はもらえるという噂もあり、その噂を信じた魔術師マジシャンは高給目当てに世界樹を攻撃する。
 実際、健もピーターに訊いたことがある。ずばり、「年収いくら?」と。
 ピーターははっきりとは言及しなかったが「まぁ、噂の範囲内かな」と答えている。
 それを知っているだけに、万一Lemon社に逮捕されたとしてもあわよくばカウンターハッカーとしての登用を期待してしまう。
 いやだめだ、俺は匠海と和美のために戦うと決めただろ、と首を振って雑念を払った健と、そんな健に気付いているのか気付いていないのか素知らぬ顔をしたピーターがとある壁の前で立ち止まる。
「……ここか?」
 隣で壁を見るピーターに健が確認する。
「ああ、ここに非常用の裏口バックドアがある」
 ピーターがフロレントをいったん格納し、コンソールウェポンパレットからツールを呼び出す。
「さて……と。真実の鏡ミラー・オブ・トゥルースなら」
 呼び出したツールを展開する。壁の前に一枚の鏡状のオブジェクトが出現し、仄かに光を放つ。
 その光のエフェクトが壁に触れた瞬間、壁に一枚の扉が出現した。
違和感引っかかりは見つけたぞ」
「早え」
 そう言いながらも健は周囲を確認する。ツールを使ったことによる侵入検知はされていないようで、周囲は何事もなかったかのように平穏である。
 次に情報糸状虫データフィラリアを呼び出し、ピーターはそれを扉に向けて解き放った。
 ぬるり、と扉の隙間から中に潜り込む情報糸状虫データフィラリア
 情報の隙間から内部に潜り込み、セキュリティを突破するための足がかりを作るこのツールはこのツールがセキュリティを突破するのではなく、「セキュリティの隙間を突くからあとはユーザーがなんとかしろ」というものなので情報糸状虫データフィラリアを侵入させた後は純粋な魔術師マジシャンの実力勝負となる。
 ここからが腕の見せ所だぞ、と健がピーターを見ると、ピーターは涼しげな顔で情報糸状虫データフィラリアから伸ばしたマニュピレータを操り、セキュリティの壁ファイアウォールを一枚ずつ剥がしている。これくらい表層なら攻性防壁I.C.E.を使うまでもない、ということかと考えつつ、ファイアウォールを突破したピーターは扉を解放し、二人はその中に踏み込んだ。
 扉の中はバックヤードのような通路、底をしばらく歩くと一つの扉の前に到着する。
「……この先が『EDEN』のようだな。緊急事態に使うデータ退避用の裏口だからセキュリティはそこまで硬くない」
 ピーターが素早く指を動かして認証システムにアクセスする。
 これくらいなら健も勿論できるが、ピーターが「セキュリティは任せろ」と言っている以上横から手を出すのは無粋というものである。それに、この後で恐らく出てくるだろう黒き狼のために少しでもリソースは温存しておいた方がいい。
 現在、VRビューで侵入をしているが、もし黒き狼との戦いになった際は裏コマンドを使ってVRビューにいながらも現実の視界と肉体を操る戦闘スタイルを取らなければいけないかもしれない。そうなるとVRビューのみ、俯瞰バードビューのみでハッキングするよりもはるかに集中力も体力も使うので楽ができる間は楽をした方がいい。
 そう、健が思っているうちに扉がこじ開けられ、向こう側に「EDEN」の街並みが見える。
「行くぞ」
 アバターをルキウスのものから現実と同じ姿のものに切り替え、ピーターが健を促す。
「お、おう」
 確かに「EDEN」の内部を鎧をまとったガウェインの姿で歩き回るのは違和感がありすぎる。
 健も慌ててアバターを着替え、「EDEN」内部に踏み込んだ。
 二人の後ろで裏口が閉まり、はじめからそこに扉などなかったかのような風景になる。
 街を歩きながら、ピーターは「すごいな」と独り言ちた。
「まぁ、巨大仮想空間メタバース自体は『ニヴルング』もあるから珍しくも何ともないがな。それでもここにいる住民が全員死者だって? ぞっとしない話だな」
 で、あの二人はどこにいる? とピーターが住民検索ウィンドウを展開する。
「とにかく最短で探す。いつ黒き狼が出てくるか分からんからな」
 そう言いながらもピーターの指はホロキーボードを滑るように走り、匠海の居場所を検索する。
「ん、意外と近いな――そこの角を曲がったところにいる」
 その言葉を聞いた瞬間、健は何故かぞっとした。
 まるで匠海が自分たちの侵入を察して迎えにきたような、そんな考えに捕らわれてしまう。
 そもそも前回も匠海のすぐそばにログインした。もしかして、匠海は自分たちの侵入を初めから分かっていて――。
 ピーターに先導されて角を曲がる。
 そこに、ピーターの言う通り匠海と和美がいた。
「アーサー……」
 思わず健が声を上げる。
 前回はここで黒き狼に襲われたため、まともに言葉を交わすことができなかった。前回と違って認証を通していないが、黒き狼が侵入を察知していないはずがない。
 急げ、と健が匠海に駆け寄る。
「アーサー、お前、大丈夫なのか!」
 ――「Project REGION」に利用されてないか――?
 そう尋ねようとした瞬間、匠海は腕を伸ばし健の胸倉を掴んだ。
「アー……」
「どうしてここに来た! 今、お前が来るべき場所はここじゃないだろう!」
 生前は決して他人に怒りを見せることがなかった匠海が、怒りも露わに健を怒鳴りつける。
「お前の役割は『Project REGION』を阻止することだろ! 俺に構ってる暇なんてないはずだ!」
「な――」
 ――何故、それを知っている。
 匠海の言葉に、質問すら投げられない。
 そうだ、健は確かに「Project REGION」を阻止するために動いている。しかし、匠海が何故その名称を知っているのか。何故健がその阻止のために動いているのを知っているのか。
 謎が謎を呼び、質問が思い浮かばない。
 いずれにせよ、匠海は「Project REGION」の存在を把握している。「EDEN」でただ平穏に生きているだけではない、そう、健は確信した。
 そして匠海の口調から察する。
 匠海もまた、「Project REGION」を良しと思っていないことを。
 もし、匠海が「Project REGION」を良しと思っていたならここで怒りを見せることはないはずだ。健が阻止に携わっていることも把握しているなら快く迎え入れて時間稼ぎをするはず。そうしなかったことから、匠海も阻止したいと思っていると判断する。
 それなら、ここに来るべきではなかったのか、と健が思ったところで匠海が言葉を続ける。
「ここは監視されている、『SERPENT』から聞いていないのか!?!? お前が今すべきことは――」
 その瞬間、健とピーターの周りの風景が塗り替えられた。
「クソッ、もう見つかったのか!?!?
 ピーターが対抗しようとウィンドウを操作する。
 しかし、ピーターの抵抗は抵抗にすらなっていないのか二人の周りはどんどん闇に包まれていく。
「ジジイ、待ってくれ! ジジイも分かってんだろ――!」
 匠海が健から手を離し、虚空に向かって叫ぶ。
 ジジイ? アーサーは黒き狼のことも把握しているのか? と健もピーターも漠然とそう思った。
 もしかして黒き狼は匠海に近しい人間なのか? だとすれば誰だ、と考える。
 生前の匠海の人間関係を思い出す。家族は祖父以外いなかったはずだ。和美と結婚してからは佐倉 日和が義父として認知されている。交友関係は詳しく聞いていないが、スポーツハッカーになる以前の交友関係はほとんど聞いていないから友人自体は少なかったかもしれない。しかし、これらの人間がハッキングに携わっていたとは到底思えず、スポーツハッキングをするようになってからも「ジジイ」と呼ばれるような魔術師マジシャンと出会ったことすらない。匠海が「ジジイ」と呼んだこの魔術師マジシャンは一体何者なのだ。
 ――いや、可能性は一つだけある。
 全ての線を否定した健だったが、その中の線の一本だけ、否定を否定する。
 ――匠海のじいちゃんの可能性!
 考えられない話ではない。匠海は多くを語らなかっただけで、否定はしていない。匠海の祖父が魔術師マジシャン、それも亡霊ゴースト魔術師マジシャンの黒き狼ではないと証明するものは何もない。
 まさか、と健は呟く。
 黒き狼は、匠海と和美を守るために「EDEN」を監視しているのではないか、と。
 それゆえに「Project REGION」に与しているのではないか、と。
 だったら。
「アーサー!」
 闇の向こうに消える匠海に健が呼びかける。
「必ず『Project REGION』を止めるから! 黒き狼は任せろ!」
「なに無責任発言飛ばしてんだよ! 来るぞ!」
 闇に包まれた中でピーターがアバターをルキウスのものに切り替える。
 健もガウェインのアバターに切り替え、ガラティーンを抜く。
「性懲りもなく『EDEN』に踏み込んで――」
 闇の中でゆらり、と黒き狼の影が揺れる。
「こいつが黒き狼……」
 フロレントを抜き、ピーターも呟く。
「ああ、だが相手は一人だ。俺たち二人でかかればきっと――」
 そう呟く健の声は震えていた。
 黒き狼の実力は前回の戦いで嫌と言うほど思い知っている。自分一人では決して勝てない、都市伝説とも言われる亡霊ゴースト魔術師マジシャン
 しかし、今ここには亡霊ゴースト級でなくとも世界ランキング一桁台を記録した魔術師マジシャンが二人もいる。
 苦しい戦いかもしれないが勝てない相手ではない、と健は自分を奮い立たせる。
 いざという時は負担は大きくなるが裏コマンドを利用して旧世代オールドハックで対抗する。そのための機材も持ってきている。
 黒き狼を取り巻く影が鋭い爪を持つ触手に変化し、二人に襲いかかる。
「はっ!」
 横に跳んで回避し、健とピーターは同時に剣を振った。
 健のガラティーンは触手を切り裂き、ピーターのフロレントは斬撃波を飛ばし、触手を凍結させていく。
「凍結能力のある斬撃波――ルキウスも連れてきたのか」
 凍結した触手を見て、黒き狼が呟く。
「流石にルキウスを連れて来られると儂でも荷が重いか――」
「なんだよ怖気ついてんのかじじい! アーサーがジジイって呼んでんだからどうせ老いぼれなんだろ、老いぼれは老いぼれらしく引退しやがれってんだ!」
「煽るな!」
 やーいやーいと大人気なく黒き狼を煽り始めた健をピーターが止める。
 いくら前回の戦いで相手がどの程度の実力か把握していたとしてもそれが本気だとは限らない。この煽りで相手が本気を出せば二人がかりでも勝てないかもしれない。
 知るか、と健がガラティーンを振り回し、触手を切り裂きながらなおも煽る。
「どうせアーサーとマーリンを人質に取られて『Project REGION』に賛同してるんだろ? そんな腰抜けに俺が負けるわけねえんだよ!」
「く――」
 黒き狼が歯軋りする。
 ガウェインの煽りは間違っていない、その言葉通りだ、という思いが黒き狼を過ったのか。
「だとすればなんだ! 儂はあの二人を守ると誓った! そのためにはLemon社にも魂を売るわ!」
「本当は『Project REGION』には反対じゃないのか? だったら利害は一致してるだろ、手を貸せよ!」
 負けじと健も叫ぶ。
 猪突猛進だのバーサーカーだの言われる健であっても不要な戦いはしたくない。相手に揺らぎがあるのなら尚更だ。黒き狼にそんなものがあるかは分からなかったが、それでも健の推測が正しければ黒き狼は匠海の祖父であるはずだし、匠海と和美を守ると言うのであれば利害は一致している。
 健とて匠海や和美に危害を加えるために「Team SERPENT」に参加したわけではない。その逆だ。二人の魂を弄びかねない「Project REGION」を阻止するために戦っている。
 それとも、黒き狼は「Project REGION」こそ二人の魂を救済するものと認識しているのか。
「黒き狼、聞いてくれ! 『Project REGION』は人間の魂を複製する計画だ! それこそ、アーサー……匠海も和美も巻き込まれて複製されて平気転用されるかもしれない! それを止めるために俺たちは戦ってる!」
 説得が通用するかどうかは分からない。それでも、もし可能性があるのなら、と健は声を張り上げる。
 その後ろでピーターが迫り来る触手を次々に凍結させていく。
「キリないぞ!」
 説得しても無駄だ、とピーターが叫ぶ。
「ルキウス、黒き狼は確かに脅威かもしれんが味方になればこれ以上心強い奴はいねえんだよ! それに利害は一致してるんだ、きっと――」
「『分かってくれる』か? そんな甘い考えは捨てろ!」
 黒き狼が吠える。同時に触手の密度が一気に上がる。
「くっ――! どんだけリソース使ってんだよこいつ!」
 斬撃波だけでは捌ききれず、ピーターもフロレントで迫り来る触手を切り裂く。
「っそ、なんで分かってくれないんだよこの耄碌ジジイ!」
 触手を叩き落としながら健も叫ぶ。
 その眼前に、漆黒の影が迫った。
 振り下ろされる鋭い爪を健が受け止める。
「分かっとるわ、そんなこと!」
「え――」
 爪を受け止めながら、健は黒き狼の言葉に絶句した。
 分かっていて、Lemon社に与している、だと?
 黒き狼ほどの実力ならLemon社など敵ではないはずだ。匠海と和美くらい普通に守れるだろう。
 それなのに何故、と問いかけようとしたところでピーターが放った斬撃波が黒き狼に襲いかかり、黒き狼は後方に飛び退る。
「ガウェイン、裏コマンド使え!」
 キリがない、とピーターが叫ぶ。
 二人がかりでも黒き狼は倒せない、その言葉に健も納得する。
 黒き狼はあくまでもLemon社の駒として戦うつもりだ。説得は無理かもしれない。それほど、匠海と和美を守りたいという気持ちは本物だ。
 それなら、どちらの正義おもいが強いかをハッキングで決めるしかない。
 黒き狼を止める。止めた上で匠海と和美から真実を聞き、「Project REGION」を阻止する。
 ――本当に、それでいいのか?
 不意に、健の脳裏をそんな疑問がよぎる。
 黒き狼の言葉に揺らいだのか、と自問する。
 健の、匠海と和美を「Project REGION」の手から守りたいという気持ちに嘘偽りはない。しかし、黒き狼を前にして、二人を守りたいという言葉を聞いて揺らぐのは何故なのか。
 健は「Project REGION」が正しいとは決して思わない。魂を複製する、そのリスクは計り知れないし現段階では複製が難しいこともわかっている。あの、「EDEN」の元住人をコピーしたらマスタデータとして手元に来たことを考えると、複製によるリスクは十分理解できた。
 その上で、匠海と和美のことを考える。
 ――まさか。
 ふと浮かんだ可能性。
 ――Lemon社に刃向かえば、二人のデータが消される――?
 あくまでも可能性だ。
 黒き狼がここまで頑なにLemon社に与すると言うのは二人のデータを人質に取られているからではないのか。そう考えたら色々納得できる。
 二人を守るためにLemon社に魂を売る、それは二人のデータを複製実験に利用されないための黒き狼匠海の祖父なりの愛。
 勝てねえ、と健は呟いた。
 そんな思いで挑まれたら、罷り間違っても勝つわけにはいかない。
 しかし、それでも。
「俺だって――負けられねえんだよ!」
 健が吠えた。
 負けられない、それは健も同じだ。
 いつ反故にされるか分からない約束を守るより、計画を叩き潰して二人を守る方が遥かに確実性が高い。
 健には健の信念がある、それを曲げてまで黒き狼に勝ちを譲る気はない。
 それなら、と健はコンソールを開き、裏コマンドを入力した。
 視界が分割され、現実の肉体とリンクする。
「――ッ!」
 健の動きに、黒き狼も即座に反応し、指を振る。
 ――と、健の視界が瞬時にVRビューのもののみとなり、肉体とのリンクも切断される。
「なっ!?!?
 ――裏コマンドを無効化した!?!?
 どういうことだ、と健が黒き狼を見る。
「まさか魔法使いウィザード技能を持っているとは――。だが、それは使わせん!」
「このじじい、魔法使いウィザード技能のことを知っている――?」
 呟いてから、健はそれもそうか、と考え直す。
 亡霊ゴースト級と呼ばれるくらいなら魔法使い技能オールドハックのことを知っていても不思議はない。いや、それよりも今の黒き狼の反応の方が気になる。
 健の裏コマンドに即座に気づき、無効化した――まさか。
「まさか、あんたも魔法使いウィザード!?!?
 全く想定できなかった事態ではない。むしろそうならないでくれと祈っていた事態。
 オールドハックは何も健の専売特許ではない。いくら魔法使いウィザードが絶滅危惧種と言われるレベルで数少ないハッカーになったとはいえ、健にオールドハックのイロハを教えた師匠はいるし、旅の間にも健は何人かの魔法使いウィザードと出会ってきた。健がオールドハックのことを知ったのは匠海が魔法使いウィザードだったからであり、この技能があったからこそスポーツハッカーとしても大きく成長した。
 それなら、匠海の祖父がハッカーであるのなら魔法使いウィザードである可能性は十分に考えられる。それなら、黒き狼がオールドハックで対抗するのは当然の行動である。
「何を今更! 儂はARハックよりオールドハックの方が得意なんじゃ!」
 黒き狼の周囲に無数の棘が出現する。
「匠海には悪いが、儂は儂なりに動かせてもらう!」
 無数の棘が射出される。
 それを防壁を展開して防御しつつ、ピーターが呻いた。
「なんだよこいつ、さっきよりも強く――!」
《マズい、侵入がバレた!》
 タイロンからも通信が入る。
「特定に時間がかかったが、お前らの侵入経路は把握した。まさかToKをダイレクトアタックするとは――」
 さらに棘を生成、射出しながら黒き狼が宣言する。
「逮捕が完了するまでお前たちをリアルには戻さん! 仲間を助けたいなら、匠海と和美を守りたいなら儂を倒せ!」
「くっ、」
 魔法使いウィザード技能を封じられて、侵入まで察知され、もはや絶体絶命。少なくとも、今なんとかして黒き狼を封じ込めてログアウトしなければ逮捕されるのも時間の問題である。
「タイロン、もう少し耐えてくれ! こっちも何とかしてログアウトする!」
「逮捕までログアウトはさせん!」
 黒き狼がさらに棘を射出、触手も展開し二人を拘束しようとする。
「っそ、魔法使いウィザード魔術師マジシャンは勝てねえってのに!」
 ARハックのみで黒き狼のオールドハックも含めた攻撃を凌ぐ二人。
 ピーターが無理だと叫ぶが、健はそれでも諦められなかった。
 ここで諦めれば全てが終わる。「Team SERPENT」は壊滅するし、黒き狼もLemon社の言いなりで終わる。
 それは嫌だ。こんなところで終わりたくない。
 まだ自分は何も成していない。匠海も和美も守れずに、「Project REGION」を完遂させたくない。
 黒き狼から放たれた棘がガウェインの鎧を穿つ。
 そこから侵入するAuggear Heat OverloadAHOを、鎧の一部を切り離すことで無効化し、健はガラティーンを構え直した。
 先ほどから健もピーターも固有ツールユニークの機能を全開放して戦っているが、黒き狼にはかすり傷一つ付けられていない。それほどの情報密度を持つアバターに、黒き狼は何者なんだ、と考えてしまう。
 亡霊ゴースト魔術師マジシャンともなると都市伝説にもなるくらいのハッカーである。しかし、黒き狼は亡霊ゴースト級であるにも関わらずその存在は「ディープウェブ第二層」でも話題に登らない。
 いや、違う、と健は呟いた。
 「黒き狼」という魔術師は存在しない。遭遇した魔術師マジシャンが勝手にそう呼んでいるだけだ。つまり、魔術師マジシャンとしての真名は別にある。
 それならその真名は何だ。一体、誰が黒き狼としてここにいる。
 攻撃を凌ぎながらも健は考えを巡らせる。
 もしかすると、そこに逆転の一手があるかもしれない。
 匠海の祖父が亡霊ゴースト魔術師マジシャンであるのなら、いったい誰か――。
 健が知っているのは黒き魔女モルガン白き狩人ヴァイサー・イェーガーの二人。同時に、この二人は「第二層」でもかなり有名な魔術師マジシャンだった。そして、モルガンはもうこの世にいないということは分かっている。モルガンの正体は和美で、彼女を狙ってあの事故が起こされたと分かっているから。
 それならヴァイサー・イェーガーか。
 そこまで考えて、健は短絡的な考えだが十分あり得る、と気がついた。
 その根拠はいくつかある。
 まず一つは亡霊ゴースト魔術師マジシャン自体数が少なく、その中でもトップクラスの実力を持っているのがヴァイサー・イェーガーだったこと。
 次に、魔法使いウィザード自体ほとんど存在しない絶滅危惧種であること。
 さらに、ヴァイサー・イェーガーの噂はある時を境にぷつりと途絶えていること。それが健の「Team SETPENT」入り目前――「Project REGION」の話を知る前だ。
 そこに、黒き狼が匠海の祖父であると言うのなら、匠海がオールドハックに精通していると言うのであるならば辻褄は合う。
 匠海の祖父は匠海にオールドハックのイロハを教えた。つまり、つまり魔法使いウィザードとして十二分の実力を持っている。
 黒き狼は「ARハックよりオールドハックの方が得意」と言った。
 それで確定だろう。黒き狼は、白き狩人ヴァイサー・イェーガーだと。
 そう考えた瞬間、健志はくらりとめまいを覚えた。
 一度は相見えたいと思っていたヴァイサー・イェーガーが目の前にいる。
 それはある意味闇堕ちしたとも言えるし、愛する者を守るために汚れ役を背負ったとも言える、黒き狼。
 だめだ、と健は首を振る。
 これ以上、黒き狼白き狩人を苦しめるわけにはいかない。
 そのためにも、今は一度離脱して体制を整えなければいけない。
 匠海の祖父なら一度会ったことがある。それは匠海の葬儀の時ではあったが、それでもパスは存在する。
 どうすればいい、と健は考えを巡らせた。
 どうすれば黒き狼を足止めして離脱できる。
 ――「種」を使え。
 不意に、健の脳裏に匠海の声が響いたような気がした。
「……種?」
 どういうことだ、と健が周りを見る。
 種、とは、そしてどうして匠海の声が。
 そう考えた時、健は自分の胸元で何かが光っていることに気がついた。
「これは――」
 咄嗟に光を手に取る。
 胸元に付いていたのは一つのアプリケーション。
「それは――!」
 黒き狼が何かに気付いたのか、手を伸ばすが、それはピーターが割り込んで妨害する。
「ガウェイン! そのアプリを開け!」
 ピーターも、健が手にしたものがアプリケーションだと気付いたのか、黒き狼の攻撃を防壁の展開で防ぎながら叫ぶ。
 ああ、と健がそのアプリケーションを展開する。
 【Sorcerer’s Seed】というアプリケーション起動ロゴにこれは、と呟く。
 ――魔導士の種ソーサラーズシード……まさか。
 起動したアプリケーションがウィンドウを展開する。
 見慣れたその画面に、健はこれは、と呟いた。
 その画面は、普段使っているラップトップPCとほぼ同じものだった。
 ウィンドウの周囲にはホロキーボードやポインティングデバイスも用意されており、オーグギアに連動してオールドハックができる環境が整えられている。
 これを、と健が再度呟く。
 ――これを使って、黒き狼を止めろと言うのか。
「やってやろうじゃねえか!」
 健が叫んだ。
「ルキウス、とりあえず防御頼む! すぐに環境構築して援護する!」
「了解! 防御は任せろ!」
 オールドハックならARハックのVRビューに比べて動きは止まる。環境構築さえ整えば一歩も動かずともARハックに対抗できるが、戦闘中に環境構築を行わざるを得なければいない今、どうしてもピータールキウス頼りになってしまう。
「とりあえず一分! それまでに終わらせる!」
 そう言いながら、健はホロキーボードに指を走らせた。
 見慣れたターミナルの画面、そこに健が構築したコードが展開されていく。
「っそ、させるか!」
 周囲に棘を出現させて攻撃しながらも黒き狼が裏コマンドを使って健に対抗しようとする。
「じじいだけ裏コマンド使って不公平なんだよ!」
 ピーターが防壁を展開しながら黒き狼に突撃する。
「くっ!」
 ピーターのフロレントの一撃を、黒き狼が触手を固化させ、受け止めた。
「ガウェイン、急げ!」
「もう終わる!」
 ピーターの声に応えながら、健がエンターキーを叩く。
 次の瞬間、闇に閉ざされていた健の周囲を光が包み込んだ。
「じじい、勝負だ!」
 そう叫びながら、健がさらにキーボードに指を走らせる。
 その周囲に光の槍が出現し、黒き狼に向けて射出される。
「クソッ!」
 ピーターの攻撃をいなしながらも、黒き狼が防壁を展開して防御する。
 そこへ、ガラティーンを構えた健が突撃した。
「こん、のぉっ!」
 振り下ろされたガラティーンを、黒き狼が爪を振り上げて受け止める。
 しかし、ピーターの攻撃と、光の槍の攻撃の合間にオールドハックによって強化されたガラティーンは黒き狼の爪を易々と打ち砕き、黒き狼本体をも斬り付けた。
「なにっ!?!?
 まさか、この超高密度のデータで構築されたアバターが傷つけられるとは思っていなかった黒き狼が後ろに飛び退る。
 同時にアバターから侵入してきたAHOに対抗しながら、黒き狼はこれは無理だ、と判断した。
 ガウェインピータールキウスの連携はかなり高度なものだった。それぞれ独自判断で動いているようでいて、必要な時には完璧な連携で攻撃する。魔術師マジシャンが二人なら黒き狼単体で凌げない相手ではなかったが、そのうち一人が魔導士ソーサラーであるのなら話は別だ。
 退くしかない、と黒き狼が身を翻す。
「逃げる気か!」
 そう叫びつつも、ピーターは深追いしようとしなかった。
 今必要なのはこの隔離空間からの離脱、黒き狼の撃破ではない。
 それは健も分かっていたため、素早くキーボードに指を走らせ、隔離空間の支配権限を書き換えた。
 黒き狼によってログアウトも妨害されていた隔離空間が光に包まれ、亀裂が入る。
「ルキウス、開いた!」
「了解、離脱する!」
 隔離空間から離脱する黒き狼を尻目に、健とピーターも亀裂から外に飛び出す。
 飛び出した先でログアウト処理を行い、二人の意識が現実へと引き戻される。
「おっさん、待たせた!」
 目を覚ますなりコンソールウェポンパレットを展開し、健がいくつかのツールを組み合わせ、合成する。
「だからおっさんと言うなと!」
 場所がサーバールームであるだけに、警備も実弾が使えないため、電磁警棒スタンロッドでタイロンに挑みかかっている。
 それを巧みな体術とヴァリアブルハンドガンの非殺傷スタンモードでいなしながら、タイロンが遅いぞ、と声をかけた。
「悪りぃ悪りぃ、黒き狼にてこずった」
「それなら仕方ないな」
 そんな会話を交わしながら、タイロンはさらに発砲、電撃を受けた警備員が昏倒する。
「ルキウス、いけるか?」
 合成したツールをピーターに転送しながら、健が確認する。
「うっわ、容赦ねえなお前!」
 そんなことを言いながらピーターもツールをセット、ターゲットを選定する。
「とりあえず――」
「ToKからは脱出する!」
 二人が同時にツールを起動、周囲に最強設定が施されたSPAMが展開された。
 三人以外の、周辺の人間のオーグギアに出鱈目なデータが送り込まれ、送り込まれた警備員たちが呻きながらバタバタと倒れていく。
「おっさん、大丈夫か!?!?
 一応、おっさんのオーグギアには防御プログラム送り込んだんだが、と声をかけてくる健に、タイロンが大丈夫だ、と頷く。
「こういう時のために専用ポートを一つ解放しているんだろうが、俺は無傷だ」
「ならよかった、離脱するぞ!」
 急いでケーブル類を全て回収し、三人がサーバールームを飛び出す。
 こちらに向かってくる警備員は全て三人で無力化し、守衛室も突破する。
 周囲に警察車両も到着しており、敷地の外へつながる道は全て封鎖されている。
「くそ、黒き狼はこれも見越してたのか!」
 健が手持ちのツールを確認し、煙幕フォグ広域化ワイドエリア、そしてダミーバルーンデコイを組み合わせる。
 ピーターがどうする、と目で訊いてきたところを無言でツール展開、「こっちだ」と誘導する。
「とりあえず俺たちの姿をデコイで警備員に欺瞞した。短波通信で周囲のオーグギアに干渉させたから多分周りに俺たちは警備員にしか見えないはずだ」
「なるほど、考えたな」
 健の咄嗟の判断を、ピーターが素直に褒める。
 こういう時の健の判断はとても素早く、しかも的確である。
 今もそのままの姿は警察に共有されているだろうから、と周囲のオーグギアへの干渉で姿を欺瞞させ、離脱を図ったことにピーターは舌を巻かざるを得なかった。
 オレだったらどうしただろう、やっぱり広域SPAM使ったか? と考え、自分の猪突猛進さに嫌気が差す。
 この点では健志はバーサーカーと呼ばれつつも鋭い判断ができる一流の魔術師マジシャンであった。
 流石に警察に近寄れば欺瞞していることはバレる、と三人は人気のない、フェンスで区切られた一角に駆け寄る。
「さてと、ここでAAAトリプルエーのガジェットの出番だ」
 そう言いながら、健がバックパックから一体のガジェットを取り出す。
 オーグギアを操作して起動すると、ガジェットはすぐにフェンスに取りつき、金網を破り始めた。
 ものの数分でフェンスに穴が空き、三人が敷地の外へと脱出する。
 ――と、そこへ一台の車が近寄り、三人の前で停車した。
「ったく、お前ら無茶しやがって!」
 運転席の窓が開き、中に乗っていた男が三人に声をかける。
 この男に三人は面識があった。「Team SERPENT」の中でも特にドライビングテクニックに長けた運び屋ポーターだ。
「乗れ! ハイドアウトまで送ってやる!」
「助かる!」
 開かれたドアに、三人が車に乗り込むと、車は即座に発進した。
 運よく警察車両もToKの職員もこれには気づかず、追跡されることもなく車は街中へと消えていく。
「で、何か分かったのか?」
 ポーターの言葉に、健はああ、と小さく頷く。
「黒き狼は白き狩人ヴァイサー・イェーガーだ」
「へぇ、あの伝説の魔術師マジシャンが『EDEN』を守っていたのか」
 ひゅう、とポーターが口笛を吹く。
「侵入してすぐに黒き狼に捕捉されたから『Project REGION』については何一つ収穫はなかったが――。黒き狼の正体が分かったなら、きっと何とかなる」
 確信したように、健は呟いた。
 もし、ヴァイサー・イェーガーがあの二人を人質に協力を強いられているのなら。
 健の中に一つの作戦が浮かぶ。
 それは再度ToKに侵入するという危険極まりないものであったが、ヴァイサー・イェーガーが協力してくれるのなら必ず成功する。
「何とかなる、ってもさ、黒き狼がヴァイサー・イェーガーだったら俺たち二人がかりで足止めがやっとだろうが。実際、あの時黒き狼が退かなければ俺たち逮捕されてたんだぞ!?!?
 もう諦めろ、別の方法で「Project REGION」を止めたほうがいい、というピーターに健はいいや、と首を振る。
「むしろ勝ち目が見えた。ヴァイサー・イェーガーをきっと仲間にしてみせる」
「へえ、大した自信じゃねえか。俺、そういうの好きだぜ?」
 ポーターに励まされ、健は次こそは、と拳を握りしめた。
 まずは、ハイドアウトに帰って作戦を練り直す。
 今浮かんだ作戦はあくまでも全てがうまくいったら、という楽観的希望によるものだ。最悪の事態を想定しての第二案も考えなければいけない。
 作戦立てるの苦手なんだけどなあ、と思いつつも、健の目は遠ざかるToKを見据えていた。

 

To Be Continued…

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「世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第6章」のあとがきを
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