世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第8章
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場所はアメリカのフィラデルフィア。
とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
そこに現れた1匹の蛇。
その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入する
「EDEN」にいるという
解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。
謹慎中、トレーニングをしているところで健は「Team SERPENT」に
「ヴァイサー・イェーガーはチームへの所属を希望しなかった」という事実に不信感を持つ健だったが、そんな折、Lemon社が新型AI「ADAM」と「EVE」を発表する。
この二つのAIは匠海と和美だ、と主張する健。
二人は大丈夫なのか、と心配になった健はもう一度「EDEN」に侵入することを決意する。
止めようとするアンソニーだったが、そこにピーターとタイロンも到着し、健と共に「EDEN」をダイレクトアタックすると宣言する。
ToKのサーバルームに侵入し、ダイレクトアタックを敢行する健たち。
「EDEN」に侵入し、匠海と会話をはじめた直後、予想通り黒き狼に襲われる健だったが、自分のアバターに一つのアプリケーションが添付されていることに気付く。
「
オールドハックを駆使し、黒き狼を撃退に成功するが、健たちの侵入もToKに知られており、健たちはToKから離脱する。
黒き狼は
だとすれば匠海と和美を守りたい一心で「Project REGION」に参画しているはずだ、という健にまずはその事実の確定をしなければいけないとタイロンが指摘する。
しかし、健が匠海の祖父の名が「白狼」であることを告げた瞬間、タイロンとピーターは「確定だ」と判断する。
それならDeityを抑え、黒き狼を説得すれば助けてもらえるかもしれない。
そう判断した三人はタイロンのハイドアウトからまたもToKをハッキング、Deityと黒き狼の捕獲に向かう。
第8章 「狼討伐、その先へ」
夕闇が迫り、薄暗くなった室内に灯りが灯される。
「おー、意外と洒落たところに住んでんな」
部屋に踏み込み、健が感心したように呟いた。
「意外とは失礼な」
健とピーターを案内したタイロンがキッチンに移動し、マグカップを手に取りコーヒーマシンにセットする。
コーヒーマシンがマグカップにコーヒーを吐き出す間に棚を開け、タイロンは「砂糖とミルクは?」と二人に声をかけた。
「あ、俺は砂糖だけで」
「オレは両方欲しい」
二人のリクエストに、タイロンがあいよ、と角砂糖の入ったシュガーポットとミルクポーションを取り出し、リビングのテーブルに置く。
「お前ら、楽にしていいぞ。これからToKを攻めるなら長丁場にもなるだろう、ハッキングしやすいように部屋を整えてくれて構わん」
タイロンに言われて、健とピーターは案内されたリビングを見まわした。
部屋に二つ置かれた、座り心地が良さそうでベッドにもなるソファには柔らかいクッションが置かれており、長時間のハッキングでも無理な姿勢にならなくて済みそうである。贅沢を言うなら長時間座っても比較的疲れにくいゲーミングチェアが欲しいところだが、流石にそんなものをタイロンに要求するわけにもいかず、それならふかふかのソファでくつろぎながらハッキングした方がある程度リラックスもできるだろう。
それじゃ、と健が靴を脱ぎ、ソファに身を投げ出す。
「あ、オレも」
健がくつろぐなら、とピーターも同じように靴を脱いでソファの上であぐらをかく。
「で、本気でToKをもう一回攻めるんだな?」
確認するようにピーターが言う。
「あたぼうよ。『Team SERPENT』もバレてんだしこうなったらやれるところまでやるしかないだろ」
SERPENTが「綻び」を作ったと言うのなら。
それを無碍にする気も、ここまで来て匠海を和美を見捨てることになりかねない選択を取ることも健にはできなかった。「Project REGION」は少なくとも佐倉 日和や永瀬 白狼の意思を踏み躙って遂行されている可能性がある。日和自身が魂の複製について賛同し、プロジェクトを進めている可能性はゼロではないが、それなら白狼が付き従う理由が分からない。それとも、日和がプロジェクトに賛同して和美のデータ保護を確約しているだけで匠海はそうではないのか。
いや、いくら日和でも娘「だけ」を保護するとは考えられない。匠海と和美の仲の睦まじさは他人である健もよく分かっている。それを引き裂くような選択を親がするはずがない。今はただ、それを信じて先に進むしかない。
匠海、お前だったらどういう選択をしたんだろうな、と思いつつ、健はタイロンが差し出したコーヒーに角砂糖を二つ入れ、喉に流し込む。
「お、このコーヒーうめえな」
どの銘柄だ? などと呟きつつ、健はオーグギアを操作し、
起動しながら、健はちら、とピーターを見た。
「要る?」
「要らん」
馬鹿野郎、オレはお前みたいにオールドハックの心得がないんだよと返しながらピーターも
「ガウェイン、オレはいつでもいけるぞ」
「こっちも準備OKだ。いつでもいける」
健の指が空中のホロキーボードを滑り、準備を完了させる。
「じゃあ、行きますか」
「おっさん、おっさんの出る幕はないと思うが万一ここがバレて襲撃された場合は頼むぜ」
ピーターと健に言われ、タイロンが苦笑しつつも腰のヴァリアブルハンドガンを軽く叩く。
「任せろ。ってもお前らがうまくやれば襲撃もクソもないだろ」
「いやー、多分警戒レベルはマックスだから逆探くらいはされるかもしれん。そうならないよう気をつけるが、万一のことがあった場合頼むぜ」
健もピーターもそう易々と居場所を逆探知されるような下手なハッキングは行わないが、それでもToKのカウンターハッカーを舐めていると痛い目に遭う。そこに
二度も見逃したというだけの根拠で健は黒き狼に挑もうとしている。その無謀さはピーターも理解していたが、ピーターもまた「いける」という可能性に全てを
ピーターは健に比べて慎重な性格をしている。勝ち筋が見えない限り危険な賭けに乗ることはない。今まで、健のいるフィラデルフィアに赴かず、イルミンスールのあるロサンゼルスから遠隔で援護していたのも「Team SERPENT」の危うさを理解し、リスクを回避するためだった。
それが今、有給を取ってフィラデルフィアにまで赴き、ToKのダイレクトアタックに参加したのは単に健が見ていて危なっかしいだけではない。分の悪い賭けでも勝ち筋が見えたから、健なら必ず突破口を開くと確信したからだ。
それはハッカーの勘と言ってもいいもの。誰よりも高い直感力と判断力を求められる
ピーターの手も空中を滑り、各種ツールを起動していく。
「ルキウス、行くぞ」
「ガウェイン、抜かるなよ」
準備が完了した健とピーターが互いに頷きあう。
『作戦開始!』
二人の声が重なり、二人はToKに向けて侵入を開始した。
まずは二人が同じ場所からアクセスしていることを悟られないために、別々のアクセスポイントを経由しToKへのルートを確保する。
経由するアクセスポイントも一つ二つではすぐにオーグギアまでのルートを特定されてしまうため、幾つものアクセスポイントやサーバを経由、さらにはセキュリティが甘い見ず知らずの他人のオーグギアにも枝を付けて先のルート、ToKの表層に取り付く。
健が到着した時にはピーターが先に到着しており、表層のセキュリティを剥がしにかかっていた。
「ルキウス、遅くなった!」
「遅えよ!」
健のハッキングが遅いわけではないが、ピーターの方がたまたま早かっただけである。同世代のスポーツハッカーとして活躍していた時もピーターの方が総合的なランキングは上だったのである、その差がここで出たということか。
遅いとは言ったもののピーターは別に怒っているわけでもなく、淡々とセキュリティの監視網を欺瞞して二人のアバターが通過できるほどの穴を開ける。
SERPENTが「綻びを作った」とは言っていたが、こんな表層であるわけがない。表層程度は健やピーターほどの
問題はさらにその奥、深層以降である。
ここはカウンターハッカーは当然、より情報密度の高いトラップや自らも攻撃性能を持つ
前回以上に複雑になった迷路に、大量に仕掛けられたトラップに、二人はさてどうする、と考えた。
それらを解除するツールはある。いくらセキュリティが最新のものになったとしても二人が手持ちのツールを合成すれば、あるいは健がオールドハックでサーバのシステムそのものを書き換えればいくらでも突破できる。しかし、それを行うにはあまりにも時間がかかりすぎるし、時間がかかれば当然カウンターハッカーの目に留まる。それだけならまだいい、カウンターハッカーとて人間なのだからオーグギアにまで侵入してシステムを落とせばいいだけだが、問題は黒き狼だ。
ToKのカウンターハッカーが動けば、黒き狼は確実に動くだろう。恐らくはまたも健たちが侵入したことを悟るはず。そうなった場合、カウンターハッカーも相手にしつつ黒き狼と戦うのはあまりにも分が悪すぎる。下手をすれば手も足も出せずに黒き狼に撃破されるかもしれない。
難なく表層と中層を突破し、二人は深層のセキュリティに挑もうとする。
SETPENTが残した「綻び」とは一体何か。それは深層を攻略するにあたってどれほどの
SERPENTは「見つけ出せ」と言った。恐らくは、それを見つけ出さなければ「Team SERPENT」として戦う意味はない。
健の指が空中を滑る。
「……SERPENT……お前の性格を考えると、綻びとは――」
「ああ、オレたちに分かるように、あからさまなものを用意しているはずだ」
ピーターも同じく空中に指を走らせる。
二人の指の軌跡がToKの電子空間に一つの紋様を描いていく。
「俺たちは――」
「『Team SERPENT』だ!」
二人が描いた紋様は、アンソニーがよく「Team SERPENT」用のガジェットに付けていたエンブレム。
智慧の樹に絡みつく蛇を模した、健たちにはお馴染みのもの。
『開けゴマ!』
二人の声が重なり、同時に二人の手も光で描かれた紋様に触れる。
その瞬間、二人の視界に映るToKの深層映像がまるで宇宙ものSF映画でよく見るような光のトンネルに突入し――
次の瞬間、二人は「EDEN」内部にいた。
「……マジかよ」
先に声を上げたのはピーターだった。
綻び、と言うからToKの深層セキュリティを楽に突破できる程度のものだと思っていたらまさかその全てをショートカットして「EDEN」内部に侵入してしまうものだったとは。
念の為に周囲のセキュリティを確認し、何も発動していない、カウンターハッカーの動きもないことを確認する。
「やべえな」
健も同じくセキュリティを確認していたのだろう、周囲を見てからピーターに声をかける。
「ルキウス、ここからが正念場だぞ。目的は分かってんだろうな」
「ああ、黒き狼を食い止めている間にDeityを掌握する、だろ?」
二人の最終的な目的はToKの基幹システムであるDeityを掌握し、「Project REGION」を告発すること。それに次いで黒き狼の足止め及び説得、単純な難易度であればこちらの方が上だ。
しかし、SERPENTが作った綻びはSoToKの最深部ではなく「EDEN」に道を作った。「Project REGION」を阻止するにはToK最深部にあるDeityを抑えなければいけないのに、エリア上は別の場所となる「EDEN」に導かれたということは――。
先に黒き狼を抑えろということか、と健が判断する。
確かに黒き狼を躱してToKの最深部に到達できたとしても追いかけてくるのは必至。下手をすればDeityを抑える前に黒き狼の妨害が入って通報ということもあり得る。
それならば先に黒き狼を無力化する――いや、黒き狼が匠海と和美という人質を取られているのなら撃破した瞬間にDeityが二人のデータを削除する恐れがある。
そう考えると打てる手は一つ。
「ルキウス、黒き狼は俺に任せろ――と言いたいところだが、捕獲だけは手伝ってくれ」
ホロキーボードを展開、いくつかコマンドを打ち込みながら健がピーターに声をかける。
「ん――つまり、お前が黒き狼を抑えている間にオレがDeityを止めればいいのか」
健の意図を理解したピーターが確認する。
「ああ、
「しかし、先手を打つって、そんな方法があるのかよ」
前回、黒き狼と交戦した時も
だが、健はホロキーボードに指を走らせながらにやりと笑う。
「今回は俺たちが先手をいただく。そもそも、今回の俺たちの目的は匠海じゃない、
「なるほど」
今まで、「EDEN」に侵入して数分程度で黒き狼はエリアを隔離し、襲いかかってきた。それが分かっているからむしろ準備することができる。
今回は匠海や和美と接触することが目的ではない。今回の目標は黒き狼本人。黒き狼を説得し、「Project REGION」阻止のための協力を取り付けるのが勝利条件となる。
それなら負けない、と健の指がホロキーボードを滑り、コマンドを打ち込んでいく。ピーターもいくつかのツールを結合させ、黒き狼の襲来に備える。
「来いよクソジジイ、今度こそ吠え面をかかせてやる」
前回の侵入で黒き狼が干渉してくるまでにかかった時間を使ってトラップの用意を完了した健が低く呟く。
二度は負けたが三度目はない。今度こそ勝つという強い意志がピーターにも伝わってくる。
「――来るぞ」
ほんの一瞬、
直後、二人の周囲が闇に包まれた。
まるで天球に黒いペンキを垂らしたかのように周囲の風景が黒く塗りつぶされていく。
「――お前ら、性懲りもなく――」
「ルキウス、やれ!」
黒き狼の声が響いた瞬間、健が叫んだ。
「応!」
即座にピーターが反応し、トラップを活性化させる。
空間内を無数の氷の槍が貫き、闇に姿をくらましていた黒き狼がそのアバターの表面を凍結され姿を見せる。
「流石『
黒き狼が姿を見せたことで健が声をあげ、自分が用意したトラップを起動する。
「くそ、
アバターの表面を凍結されたくらいでは黒き狼にダメージはほとんどなかったが、それでも一瞬の足止めにはなる。そこへもって健の
もちろん、黒き狼もこの程度の鎖で動きを封じられるほど低能ではない。たとえ
しかし、それは健もピーターも予測済みだった。
過去二回の戦いで黒き狼の攻撃パターンやアバターの特性はある程度推測できている。だからこそ「EDEN」侵入と同時に対黒き狼特化のトラップを張ったのだ。
ピーターは自身の
黒き狼もオールドハックでこれらを無効化することは可能だが、厄介なのは健がインバリデーターに紛れ込ませた
完全に動きを封じられ、黒き狼が悔しそうに唸る。
「――やれ。儂のオーグギアを破壊すればお前らの完全勝利だ」
負けを悟った黒き狼は潔かった。
これ以上の抵抗は無意味、しかし、もし健がアクセス禁止等だけで解放するのであれば戻ってきて再戦するくらいの覚悟はある、と言わんばかりの黒き狼に、健が
「わーってるよ、匠海の爺さん。あんたは多分オーグギアを破壊しない限り戻ってくる」
健がそう言うと、黒き狼は驚いたように
「お前、儂を特定――」
「いや、よくよく考えたらバレバレなんだよ爺さん。黒き『狼』に『白』き狩人、そして自己顕示欲の高いヴァイサー・イェーガーと三拍子揃えばあんたが匠海の爺さん――永瀬 白狼ってことくらいすぐ分かるわ」
「そう言って、割とさっきまで気づいてなかったがな、お前」
ピーターのツッコミは入ったものの、健が正体を暴いたことで黒き狼は完全に観念したようだった。
「……儂をどうする気だ」
拘束されたまま、黒き狼――白狼が質問する。
「それに答えてる暇はねえ、ルキウス、行ってくれ」
黒き狼が無力化されたことを察知すればDeityも動くはず。その前に全てを終わらせなければ。
「分かった、ぬかるなよ」
ピーターが頷き、フロレントの凍結機能をコピーした子機を健に押し付ける。
「何かあったらそいつを使え」
じゃ、行ってくる、とピーターが身を翻し、黒き狼によって隔離された空間から離脱する。
「くそ、行かせるか!」
拘束されてもなお、白狼がピーターを止めようと身じろぎする。
と、白狼を拘束していた
「はぁ!?!?
」
ちょっと待て、え、反則だろ!?!?
と健が叫ぶ。
対黒き狼特化で構築した
それをいとも容易く無効化されてしまえば健の
おいセコいぞチート使うなよと喚きながら健がルキウスから受け取った凍結機能解放の子機を作動させる。
再び、白狼を無数の氷の槍が襲うが、その全てが白狼に届く前に砕け散る。
「何が『チート使うな』だ、儂らハッカーはチートを使ってナンボだろうが!」
「それはごもっとも!」
健もガラティーンを構え、黒き狼の牙を受け止める。
そもそも、ハッキング自体がコンピュータに対するチートなのである。そのチートを制したものが情報を制すると言われてるくらいにはハッキングというものはチートのぶつけ合い。
健はさまざまなチートを組み合わせて白狼に挑んだが、白狼のチートが単純にそれを上回っただけなのだ。
全力で黒き狼を弾き飛ばし、健がコマンドを解放する。
先程の
「その程度!」
黒き狼が前脚を振るうと、無数の棘が健に向かって射出され、
しかし、健もそれは想定済みで、起爆した
「あんたは――『Project REGION』を肯定するのか!」
煙の中に飛び込み、健がガラティーンを振るう。
煙と眩い光で視界はゼロだが、健の視界にはレーダーが表示され、黒き狼の位置がはっきりと可視化されている。
「君の見ていない敵が君を撃墜する」という古の飛行機乗りの言葉に則れば、黒き狼の位置を把握している健の方が圧倒的に有利。
しかし、健が振ったガラティーンを黒き狼は易々と受け止めた。
「お前が視えているなら儂にも視える!」
そう声を上げ、黒き狼がガラティーンを弾く。
「く――っ!」
強い。あまりにも強すぎる。
健は全力で黒き狼に挑んでいる。それは黒き狼も同じだろうが、健の想像を遥かに上回る力で押し切ってくる。
それでもここで負けるわけにはいかない。ここで健が負ければピーターにも危害が及ぶ。
「爺さん、なんでそこまで邪魔するんだよ! 俺は匠海と和美を『Project REGION』から守りたいと思ってる。爺さんが考えてる最悪の事態は起こさねえよ!」
「信用できるか!」
体勢を整えるために一歩退いた健を黒き狼が追撃する。
「Deityを止めればその報復で匠海と和美さんのデータは消される! 儂も退けんのだ!」
白狼のその言葉で健は確信した。
Lemon社は二人のデータを人質に白狼を利用している。二人のデータを消されたくないから手を貸している。
それなら、と健は再び叫ぶ。
「爺さん、あんたDeityに匠海と和美を人質に取られてるんだろ? だったら安心してくれ、Deityに二人を消させはしない!」
「それができるなら儂だってとうの昔に実行しとるわ!」
Deityの監視は完全だ、その網を抜けるなど無理だ、と白狼は反論する。
反論すると同時に健を拘束しようと触手を伸ばすが、健はそれを切り裂きつつも黒き狼に再接近、ガラティーンを握るのとは別の手で黒き狼を殴りつける。
「本当にバーサーカーだな!」
「バーサーカー舐めんな!」
低レベルの罵倒も交えつつ、健と黒き狼は殴り合う。
「信じろよ!
そうは言ったものの、健には懸念点があった。いくらピーターがDeityを掌握し、「Project REGION」を丸裸にしようともLemon社の攻撃を全て躱せるとは限らないことはなんとなくだが分かる。。そこで必要なのは白狼のハッキングスキル。
少なくとも伝説の
健の拳が黒き狼の顔面にクリーンヒットする。
一旦後方に跳び、黒き狼が頭を振ってダメージを振り払う。
「ガラティーンはおまけか!」
「どうせ効かないなら
健のめちゃくちゃな理論に「だったらガラティーン格納しろよ」と思う白狼。
いずれにせよ、健はガラティーンを使用しつつ格闘も交える気か、と白狼は判断した。
黒き狼としてのアバターは武器を使えない。使えるのは棘や触手といった遠隔攻撃とアバターを使用した格闘だけだ。
そうなるとどちらのアバターの
そして、黒き狼のアバターの情報密度の高さには自信があった。
これなら持久戦になれば勝てる、と白狼は計算する。
とにかく、今は健志のアバターを構築するデータを削ればいい、と白狼は作戦を変えた。
理想なのは触手と棘による飽和攻撃。しかし、一人でその処理を行うのは流石の白狼でも荷が重く、それならと棘で健の回避方向を制御しつつ飛びかかる。
「どっちなんだよ爺さん! あんたは『Project REGION』を肯定するのか!」
健がもう一度問い、黒き狼の牙を受け止める。
「本当は分かってんだろ、『Project REGION』がやばい計画だってこと! それでも協力すんのかよ!」
「儂は――」
白狼の言葉には迷いが含まれていた。
白狼の本音としては「Project REGION」には協力したくない。
しかし、Deityの監視が強すぎて、それをはっきりと言うことができない。
「利害は一致してんだろ! 協力しろよ!」
利害は一致すると言われても、匠海と和美のデータを消させないと言われても、白狼は手放しでそれを信用することができなかった。
「そう簡単に信用できると思うのか!」
迷いを振り切るように叫び、黒き狼が前脚を振るう。
それでも信用することができない――いや、健に協力すると言えなかったのはLemon社がそこまで無能な企業ではないと分かっていたからだ。
ルキウスの腕を信じていないわけではない。彼は非常に優秀な
それは分かっていたが、よく考えれば何故健は匠海と和美を助けたいと言ったのか、何故「Project REGION」のことを知っているのかが気になる。
どこでこのプロジェクトを知ったのか、そして何故匠海と和美が危ないと思っているのか。
匠海と和美の二人が「EDEN」にいることは名前こそ発表されていないが有名だ。Lemon社ははっきりと「最高責任者の娘と義子がいる」と明言している。だから健が二人のことを知っていることには疑問を持っていないが、「Project REGION」を知り、二人のデータが握られていることを把握している理由が気になる。
いや、そんなことを考えている場合ではない、と白狼は首を激しく振った。
黒き狼の周りに無数の触手が出現し、健を襲う。
「ああ、もううぜえな!」
触手をガラティーンで切り裂きつつ、健が吠える。
「伝説の
「それができないからこうなってるんだろうが!」
触手の対処で一瞬注意が逸れた健に飛びかかり、黒き狼が牙を突き立てる。
多数の
「おっとそれは残像だ!」
黒き狼の横から健の声が響く。
咄嗟に振り向き、黒き狼は前足でガラティーンを受け止めた。
何故ここまで抵抗する、と白狼が呟く。
いくら健が匠海と和美のためと言ってもここまで抵抗する理由が分からない。
やはり、「Project REGION」を知っていることに疑問が浮かぶ。
「――何故、お前は『Project REGION』を知っている?」
思わず、白狼はそう尋ねていた。
何を当たり前のことを、と健が答える。
「俺はSERPENTに導かれてここまで来た」
「SERPENT――」
健の答えに白狼が首を傾げる。
つまり、健は「Project REGION」を知る存在がいて、その存在に全てを打ち明けられて戦うことを選択したというのか。
「爺さん、あんたのところにも来たはずだ、『Team SERPENT』に参加しろって」
「いや、儂は――」
白狼が口ごもる。
知らない。そんなチームも、SERPENTも知らない。
自分の知らないところで「Project REGION」を止めようとする動きがあったのか、と白狼はここで初めて知った。
だが、それでも白狼には「Project REGION」を止めさせるわけにはいかないという思いがあった。
「儂は『Project REGION』を止めさせることはできん!」
黒き狼が健の手からガラティーンを弾き飛ばす。
「っそ!」
咄嗟に健がガラティーンの格納処理を行う。
その、がら空きになった腕に黒き狼が噛み付こうとする。
「そうは問屋が卸さねえ!」
ガウェインが黒き狼の両顎を掴む。
噛み付かせるものか、と口を開かせようとするガウェインと、絶対に噛み砕くと言わんばかりの黒き狼。
「正直、俺は『Project REGION』の阻止なんておまけだと思ってる! 本命は匠海と和美の解放だ!」
「――ッ」
健の叫びに、黒き狼が一瞬怯む。
健は個人的な理由もあって匠海と和美を助けたいと思っているのかもしれないが、それでもこの事実は白狼の心を揺るがした。
――もしかすると、本当にDeityを――。
「ガウェイン、取り付いた! 『EDEN』の監視を停止させる!」
直後、
「……
目の前の白いアバターを見る。
狼の頭をした、白い狩人装束のアバター。
「爺さん……」
初めて見るヴァイサー・イェーガーに、健は思わず呟いた。
一度は相まみえたかった
「爺さん、力を貸してくれ」
動きを止めた白狼に、健が懇願する。
「分かってる、爺さんの実力は俺やルキウスよりはずっと上だ。ルキウスなら少しくらいDeityを止められるだろうが、それでもそれが精いっぱいだ。もし爺さんが手を貸してくれるなら、たぶん『Project REGION』は止められる。それどころか、匠海と和美も解放できる」
「解放……」
健の口から出た言葉を、白狼が繰り返す。
今、健は二人のデータを「守る」ではなく「解放できる」と言った。
二人のデータは「EDEN」に格納されているからこそ電子空間の中でだが触れ合い、言葉を交わすことができる。しかし、二人のデータが「EDEN」に、ToKにある限りLemon社の手の内で、「Project REGION」の脅威に怯えなければいけない。それを解放するなど――。
「無理だ、あの二人は『EDEN』でしか生きられない。それとも、お前はあの二人を――真に死なせる気か」
死者は死者として諦めるべきなのか、と白狼は問うた。
分かっている。あの事故で命を落としたときにすでに諦めるべきだった、ということを。
しかし、日和の研究があり、二人をデータの存在であったとしても生かす方法があるとすれば、それを試したいと願うのは親として抗いがたい誘惑だった。
だからこそ日和に二人の脳内データの抽出を頼んだ。その後、Lemon社から「EDEN」構想を提示され、脳内データをAIに加工すればもう一度言葉を交わせると言われたから応じてしまった。
「EDEN」構想を提示された時点で、白狼と日和は「Project REGION」の話も聞かされていた。そこで言われたのだ。「『Project REGION』に協力するなら二人を無期限で『EDEN』に受け入れよう」と。
その悪魔の囁きに、白狼も日和も抗うことはできなかった。離反すれば二人のデータが消されると分かっても協力せざるを得なかった。
そんな提案から何年も、二人はLemon社に従うことを強いられた。それは匠海と和美を消したくなかったからだ。それを分かっていて、健は二人を削除しろと言うのか。
「違ぇよ」
白狼の不安を、健は一言で否定した。
「匠海と和美は『EDEN』で生きてんだろ? それを殺すような真似は俺もしねえよ」
「だが、二人を『EDEN』から出すことはできない」
分かり切ったことを、と白狼が首を振る。
だが、健はそれも「違う」と否定した。
「できるぞ、爺さん」
自信に満ちた健の声に、白狼はバカな、と声を上げた。
「EDEN」があるからこそ、二人は生きることができる。逆に言えば「EDEN」以外で生きることなど――。
そこまで考えて、白狼はまさか、と呟いた。
可能性は一つある。しかし、それは本当に可能なのか。
白狼が困惑の目で健を見ると、健はたぶん、と前置きしつつも自分の考えを口にした。
「『ニヴルング』があるだろうが」
そのニヴルングに、二人のデータを送り込むというのか。
無理だ、と言おうとして、白狼はその自分の考えを否定する。
不可能ではない。ニヴルングは白狼もアカウントを持っているが、その基本構造は「EDEN」に酷似している。遺族が「EDEN」に踏み込むには
元々、ニヴルング内にはAI制御のNPCも多数存在する。AI制御のNPCと、「EDEN」の住人に違いがあるとすればそのデータ密度くらいだ。「EDEN」の住人も脳内データを学習モデルとしたAIなのでデータをイルミンスールに送り込めばニヴルングで生き続けることも可能。
盲点だった。身近なところに酷似した環境があるのに、白狼はその可能性を全く考慮していなかった。二人は「EDEN」でしか生きられないという固定観念が二人を解放から遠ざけていた。
「……Deityを抑えている間に、二人のデータをイルミンスールへ転送する……」
「ああ、そうすればLemon社も手出しできないはずだ」
アメリカにそれぞれの世界樹を有する
だが、本当にそれが可能なのか。二人をニヴルングに転送することは理論上は可能である。それでも、大容量のデータを世界樹から世界樹へと移動させることに不安はある。いや、転送自体は大丈夫だろう。それをいくらDeiryを抑えたとしても可能なのか、と白狼は健を見た。
「……確実にできるという保証は」
「あんたが手伝ってくれれば、ほぼ確実に」
健にはある程度のビジョンが見えていた。自分のハッキングスキルだけでなく、ピーターや白狼のスキルも考えればよほどのイレギュラーが発生しない限り確実に成功させられる自信がある。
白狼が不測の事態を考慮する気持ちも分かる。失敗すれば二人のデータは永遠に失われる。それが嫌でLemon社に与した白狼がはいそうですかと協力してくれるはずがない。
そこはもう信じてもらうしかなかった。必ず転送を成功させて、「Project REGION」を阻止すると。
「本当に、Deityを止めたのか?」
アバターに憑りついた
ああ、と健は頷いた。
「ルキウスを信じてくれ。下手すりゃあいつは俺より上だ」
「……しかし、今ここでDeityを止めてどうする」
白狼としては半信半疑なのだろう。Deityの監視を止めたとしてもそれはすぐにToKのカウンターハッカーが察知することになるはずだ。「Team SERPENT」がすべきことを全て終わらせるにはあまりにも時間が足りない。それに、「Project REGION」のデータを引き抜けた場合、機能を回復させたDeityが黙っていないだろう。少なくとも健たちを止められなかったことを理由に二人のデータを削除することは考えられる。
「爺さん次第だよ。俺たちはDeityの監視を止めた。ルキウスがデータの抜き取りはやってくれるだろうから俺は匠海と和美のデータを解放する」
「――ッ」
健に言われ、白狼が喉を鳴らす。
それは、可能であるなら実行したいと思っていたこと。しかし、白狼は「『EDEN』以外に行き場はない」と諦めてしまったこと。
だが、健は「それは可能」だと言った。ニヴルングが新たな受け皿になると教えてくれた。
それなら――それなら。
「ガウェイン、」
白狼が健を呼ぶ。
「なんだ、爺さん」
「儂に、やらせてくれ」
な、と健が声を上げる。
白狼がそう言うことは想定できたはずだ。それなのに、失念していた。
確かに白狼にはそれができるスキルがあるし、今この瞬間、Deityの呪縛がない状態ならそれを実行することができる。
健に「親愛なる友人を助けたい」という気持ちがあるように、白狼が「家族を助けたい」という気持ちを抱くことは当然なのだ。
「爺さん……」
健が呟く。
白狼に二人を解放させることに異論はない。だが、それはあくまでも健個人の感情であって、ピーターや他のメンバー、そしてSERPENTはどう答えるだろうか。
Deityに監視されていたとはいえ、白狼は敵である。敵に、大切な二人のデータを解放させていいのだろうか。Deityの監視がなくても白狼が「Project REGION」に賛同している可能性も――。
そこまで考え、健はぶんぶんと首を振った。
「あぁ考えるのめんどくせー! やっぱ俺は頭脳労働無理だわー」
「アホか、お前は
思わず白狼がツッコミを入れる。なんでぇ、と健が頬を膨らませる。
「ハッキングなんて直感でやりゃーいいんだよ! 直感と気合さえあれば何とでもなる!」
『お前、本気でそれ言ってる?』
VRビューでの白狼の言葉と、リアルでのピーターの言葉が重なる。
「え、そうだろ? 特にARハックなんて――」
「……え、儂こんなバーサーカーに負けたんか……?」
信じられん、と嘆いた白狼だったが、すぐに今はそんな場合ではない、と健を見る。
「儂にやらせろ。バーサーカーなお前には任せられん!」
「失礼な、俺だってやるときは――」
「お前ら、時間ないぞ!」
Deityの監視システムを監視しながらピーターが叫ぶ。
「こっちは大体済んだが――あとはお前ら次第だ!」
「ガウェイン、儂にやらせろ!」
時間がない。いくらピーターがDeityの監視システムを止めたとしてもカウンターハッカーも巡回している以上、同じ場所に留まってシステムを止め続けることはできない。発覚するのも時間の問題、その前に全てを終わらせて離脱しなければ厄介なことになる。
熱心に頼み込む白狼に、健は分かった、と頷いた。
「爺さんに任せた! 俺もサポートする、急いで転送を――」
「もう始めとるわ」
健が「任せた」と言った瞬間、白狼は全てのコマンドを解放して複数のウィンドウを展開した。
「な――」
健が声を上げる。
今この瞬間まで、動きを止めた白狼は何かをしているようには見えなかった。
何のモーションもなく準備を整えた白狼に、健は「敵わねえ」と呟いた。
それから
しかし、健が「EDEN」のライブラリに侵入したとき、白狼は既に匠海と和美のファイルに掛けられていた
「早っ」
白狼の目の前のスクリーンに【実行しますか?】のダイアログが浮かんでいる。
「――ガウェイン、」
白狼が追いついた健を見る。
「信じて、いいんだな」
「ああ、いけるはずだ」
力強く健が頷く。
その返事に白狼は祈るように目を閉じ、そして【Yes】のボタンをタップした。
始まるデータ転送。転送先は――イルミンスール。
転送状況を示すインジケーターが表示される。
その数値が少しずつ上がっていく。
――と、二人の目の前にふわりと人影が浮かび上がった。
「――ジジイ、」
二人の目の前に浮かび上がったのは匠海と、彼に寄り添う和美。
「いいのか、こんなことをすればジジイも危ない」
「おじいちゃん、わたしたちは別に――」
いくらAI制御された思考でも匠海と和美は白狼のこの行動に対するリスクを理解していた。
このままでは自分たちは解放されたとしても白狼が無事で終わるとは限らない。それこそ、裏切り者としてLemon社に消される可能性も――。
「大丈夫だ、匠海、和美さん」
精いっぱいの笑顔で白狼が二人に声をかける。
「実は、既に移動は開始している。GPSも偽造してあるから、そう簡単には捕まらんはずだ」
「爺さん、あんた――」
もしかして、こうなることが分かっていたのか、と健が声を上げる。
「まあ、な――」
そう言い、白狼は健を見た。
「そういうお前はどうなんだ。安全なところにいるのか」
「たぶん、安全だとは思う。それよりも……」
言葉を途中で止め、健が匠海と和美を見る。
「アーサー……」
「ったく、お前は無茶しやがって。相変わらずのバーサーカーだな」
そう苦笑する匠海の姿は転送が進むにつれ薄くなりつつあった。
「流石に転送中に映像化するもんじゃないな。まあ、ジジイとルキウスがあらかた荒らしてくれたようだから俺が手を加えるまでもないか」
その言葉を最後に匠海と和美の姿が掻き消える。
『あとでニヴルングで合流しよう。お前らとは色々話したいんだよ』
その声を残し、二人の気配が完全に消える。
直後、インジケーターが100%になり、【
「ルキウス、転送終わった!」
「オーケー、こっちも離脱するからお前もログアウトしろ」
全てはこちらの手中に。これ以上ToKに居座る必要はない。
応、と健も頷き、白狼に対しても頷いてみせる。
「それじゃ、場合によってはニヴルングでな」
そう言い残し、白狼の姿が掻き消える。
戻りますか、と健も痕跡を消しつつログアウト処理を行う。
視界が一気に切り替わり、目の前のソファに座るピーターの姿が見えた。
「……やったな」
ふう、と息を吐きつつも健がそう言うと、ピーターもああ、と小さく頷く。
ピーターとしては「Team SERPENT」の目的である「Project REGION」のデータは入手した。健としても個人的な目的であった「匠海と和美の解放」を成し遂げた。
あとはピーターが入手したデータを「Lemon社の非人道的計画」として公開し、周知すればいい。
勝ったな、と健がピーターを見る。
その瞬間、タイロンが叫んだ。
「伏せろ!」
ここで二人が即座にソファから降り、伏せたのはひとえに「
ソファの上を無数の銃弾が通り過ぎていく。
「っぶね!」
健が叫んで頭を上げると、その視界にいくつもの重武装の兵士が映った。
「な――」
「侵入がバレたのか!?!?
お前ら、何やってたんだ!」
タイロンがヴァリアブルハンドガンを
「んな、ルキウスがぬかるわけ!」
「オレの侵入は完璧だったはずだぞ!?!?
それがどうして!」
三人の目に侵入してきた兵士の左袖につけられたエンブレムが見える。
一口齧ったレモンの紋章――Lemon社。
つまり、健とピーターの侵入が察知され、二人のオーグギアのGPS座標を探知された。いくらピーターが完璧に侵入したと言っても、ピーターが他の
よほど腕利きのカウンターハッカーがいたのか、と考え、ピーターはまさか、と呟く。
「黒き狼……」
「そんなわけあるか! あの爺さんは確かに俺に協力を――」
健が否定するが、それを決定づける根拠はどこにもない。
白狼の目的はあくまでも匠海と和美の解放で、「Project REGION」の否定ではない。協力はしないが賛同していたという可能性もある。
「くそ――」
タイロンがいくら応戦しても多勢に無勢、部屋になだれ込んだLemon社の私兵にあっという間に制圧され、三人が拘束される。
後ろ手に手錠をかけられてしまうと、三人はもう抵抗することができなかった。暴れて抵抗したとしても後ろ手では銃を奪うこともできないし、下手に暴れれば肩が外れることもあり得る。一応は身体が資本の三人はそんなことで自分を傷つけることはできなかった。
タイロンのマンションから引きずり出され、三人が装甲車に押し込まれる。
「おいルキウス、データは……」
小声で健がピーターに尋ねる。
「バカか、転送してる暇もなかった」
切り札は手に入れたものの、それを切ることも託すことも許されず。
三人はLemon社が有する収容施設へと連行されていった。
To Be Continued…
第9章へ!a>
AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。
世界樹の妖精-Fairy of Yggdrasill-
アメリカに4本建立されたメガサーバ「世界樹」の最初の1本、「ユグドラシル」サーバの物語。
今作では事故死しているらしい匠海が主人公で、ユグドラシルサーバで働いています。
謎のAI「妖精」と出会いますが、その妖精とは一体。
光舞う地の聖夜に駆けて
ガウェイン、ルキウス、タイロンが解決したという「ランバージャック・クリスマス」。
三人が関わった始まりの事件……の、少し違う軸で描かれた物語です。
そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。
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